届かない想い
どうも夢乃かなたです。
この物語を開いていただき、ありがとうございます。
今回の物語は、テーマも結末も切ないものとなっています。
気に入っていただけますと幸いに思いますので、この物語もよろしくお願いします。
どんな人にも物語が存在する。
そして物語には登場人物が存在し、それぞれ役割が与えられている。
私の物語においての主役は──私である。
当然だ、私の物語なのだから。
物語の出来事に、当たり前のように関われるメインキャラクター。
日常的なことから、重要な物語の核にあたる部分にまで触れられる存在。
けれど、私がメインキャラクターでいられるのは私の物語でだけ。
他の人の物語では、サブキャラクターになれるかどうかも危ぶまれると思う。
──でもね。
こんなにもちっぼけな私だけど。
その他大勢に分類されるかもしれない私だけど。
もしかしたら風景に等しい存在の私だけど。
少しくらい高望みをしてもいいんじゃないかな?
少しくらい夢を見たって許されるんじゃないかな?
これは可愛いくて魅力的なヒロインの物語じゃない。
綺麗で聡明なヒロインの物語でもない。
私──秋風絵里のちょっとした恋心を綴った物語。
* * * * *
いつもの中庭。
いつもの昼休み。
賑わいをみせるこの時間、この場所は、やっぱりいつも通り落ち着く。
私には刺激のある日常よりも、こういうほのぼのと過ごせる日常の方が落ち着くみたい。
そんな『いつも』の中で、私は一人スケッチブックに絵を描き進める。
友達がいないわけではない。
賑やかで人気のあるグループに所属しているわけではないけど、四人程度の少ないグループに所属できている。
確かに人数は少ない。
でも、私にはそのくらいの規模で集まる方が性格に合っていると思う。
中学でもそのくらいの規模のグループに所属していたし、特段容姿が優れているわけではないのだから。
学力中程度の学校に普通に通い、目立つことはなけれど普通に友達と話し、そして美術部に通う普通の学生。
我ながらどんだけ面白味もない人間なんだと笑いたくもなるけど、それも私らしいのだろう。
自分を取り巻く環境に苦笑を溢して、描き進めていた手を止める。
そして、スケッチ完了間近の絵を見て、思わずため息を一つ。
「うーん、いくら描いてもなんか物足りないんだよね……」
なにがダメなんだろ、と絵を傾けたり逆さに向けたりしてみるも、やっぱり原因がわからない。
この葛藤も、かれこれ五度目になった。
つまりは五作品目。
私の絵、または私自身になにか足りないものがあるのかもしれない。
最初の絵をスケッチし終えた時にそう考えて、それこそ何日も考えてみた。
そして考えた上で二枚目を描き、また同じ疑問を辿り、またまた三枚目を描く。
そんなことを繰り返して五枚目の今に至るわけで。
「……この絵もダメだね。また、新しいのを描かないと……」
「そう? 俺的には上手く描けてると思うけど」
「ひぃう!」
予期しない返答に、思わず変な悲鳴を漏らしてしまう。
私は慌てて後ろを振り返ると、私の反応が可笑しかったのか笑いをこらえている男子生徒の姿があった。
「あの……あなたは、一体……」
笑い転げそうな勢いの男子生徒に、私は恐る恐る尋ねる。
「ふくく、『ひぃう』って……ふふっ」
男子生徒は、尚も笑いをこらえていて余裕はないらしい。
少しイラッとした私は悪くないはず。
「……確かに変な声を出てしまいましたが、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。そういうの失礼だと思います。私に何か、用事でもあるんですか?」
少しむっとした態度が出てしまったかもしれないけど、再度私は問いかける。
「いやっ……ふははっ、ごめんごめん! あんたをからかいたくて話しかけたわけじゃ、ふくくっ」
なんて失礼な人なんだろ。
普通、初対面の人をここまで笑うかな。
でも、私はもう高校二年生。
このくらいのことで相手を罵るような人間じゃ──
「それにしても面白そうな人に出会えたもんだなー。あんな反応はなかなか見れるもんじゃないだろうし」
あ、やっぱり無理だ。
もう、我慢できない。
「もういいです! そこで勝手に笑っててください」
言ってから、私はスケッチブックをパタリと閉じ、鉛筆を筆箱に入れて立ち上がる。
そして足早にこの場を去ろうとした──その瞬間。
「待って待って!」
男子生徒はそう言いながらパシッと私の腕を掴む。
「……離してください。初対面の、それも女の子の腕を掴むなんて良い度胸してますね。声を上げますよ?」
「下心なんてないのに!?」
「関係ありません。嫌がる女の子の腕を掴んでいる時点で事案発生です」
「わかったわかった、キミの腕は離す。その代わり、俺の話を聞いてくれる?」
条件をつけられる立場だと思っているんですか、と呆れながらも私は一度だけ頷いて肯定の意を示す。
そんな私の反応に、男子生徒は安堵の息を漏らして手を離した。
「あーあ、危なかった。冤罪で学校生活的に死ぬところだったわー」
「まあ私自身目立ちたくないですし、大事にする気はなかったですけど。先生に連れていってもらうくらいで終わらせてましたよ。下手をすれば私の学園生活がむちゃくちゃになり兼ねませんし」
自意識過剰女として校内に知れ渡るのは私の本意ではないですよ、と頭を振ってため息をつく。
残り一年と数ヶ月ある学校生活をボッチで過ごすとか絶対に嫌だ。
まあ、そんことよりも──
「それで、あなたの話って何なんですか?」
昼休みも残り僅か。
いい加減話を進めないと授業に遅れてしまうかもしれない。
適当に話を聞いて、さっさと教室に帰ろう。
そんな私の内心に気付いてか、男子生徒はじとーっとした目で言う。
「……なんか、適当になってね?」
「…………」
「おいっ! その間はなんだ、その間は!」
「いえ、何もありませんよ? 何を的外れなことを、と思っていただけです。ええ、それだけのことですとも」
決して、「なんで気付くかな」とイラついたわけでも、図星だったわけでもないよ?
うん、本当に。
「色々と納得もできないし、釈然としないけど……まぁいいや。とりあえず話の前に、お互い学年と名前くらい教え合おうか」
「全く必要性を感じませんけど……」
「まあまあ。俺は二年A組、吉野隼人。よろしく!」
「……はぁ、もういいです。私は二年D組、秋風絵里といいます。よろしくお願いします」
言ってから、ペコリと頭を下げる。
「よし、んじゃ本題に入るか」
吉野くんは満足げに頷いて、さらに言葉を続ける。
「邪魔はしない。だから、しばらく秋空のこと見ていてもいいか?」
「…………はいぃぃぃっ!?」
なにそれ!?
どういうこと!?
「いやー、それだけ上手い絵が描かれてるところって、なんか感動するんだよね! だから、描いてるところ見せて欲しいって思ったんだよ」
そう言って、ふわりと笑う吉野くんに言葉をなくす。
本当なら「紛らわしい言い方をするな!」って言うところなんだろうけど……私のこれまでの人生でここまで綺麗な笑顔は見たことがなかった。
なんてチョロいんだ、私。
今まで悪印象しかなかった人なのに、ただ絵を褒められたのと笑顔一つで、好印象どころか──好きになってしまうなんて。
* * * * *
あれから五日、吉野くんは毎日昼休みに私のもとへ来るようになった。
とはいっても、私が絵を描いているのをじっと見て、昼休みが終わる少し前にちょっと話す程度だけど。
変わったことといえば、私が敬語で話さなくなったことくらいだろうか。
「…………よしっ! 今日はここまでにしとこ!」
言いながら、パタリとスケッチブックを閉じる。
いつもならまだ描き進めている時間だったため、それを不思議に思ったのか吉野くんは呆気にとられたかのような表情で問いかけてくる。
「えっ、もう終わり? いつもならまだ描いてるのに……」
「あんまりこっちの絵に集中できないみたい。だから今日はこれで終わり」
「こっちの絵って……それじゃ違う絵も描いてるのか!? なにそれ、むちゃくちゃ見たいんだけど!」
暗に違う絵も描いていることを仄めかすと、ぐいっと顔を私に近づけて目をキラキラさせる吉野くん。
うん、予想以上の食いつきだった。
──というか。
「ち、近いッ! 顔が近いからっ!」
「それじゃあ見せて?」
顔を少し背けながら吉野くんの肩を押してみるけど、あまり効果はないらしく、吉野くんはにんまりと笑みを浮かべて離れてくれない。
正直、私の絵に興味を持ってくれるのは嬉しい。
何の取り柄もないと思っていた私を認めてくれてるみたいで居心地もいいし、こうして一緒に居られる。
けど、この状況は私にとって荷が重い。
嫌というわけじゃないし、むしろ嬉しくもあるんだけど……それ以上に恥ずかしいから。
「その絵は家にあるから見せるのは無理だよ! もし機会があれば見せるから、とにかく今は離れてっ!」
「機会、ねぇ……。まあ、わかった。その機会とやらが来るのを楽しみにしとくわ」
言いながら、ようやく顔を離してくれた。
……本当に、心臓が止まるかと思ったよ。
ううん、心臓の鼓動が早まったのだからオーバーヒートするって表現の方が正しいのかな?
どちらにしても最終的には止まるから一緒か……。
「いやー、ホント良い反応してくれるね。いつも楽しませてもらって感謝するわ」
「もうっ! 私は吉野くんのおもちゃじゃないんだけどっ!」
ベンチの背もたれに身体を預けようとした時、膝の上に置いていたスケッチブックがずれ落ちる。
私は慌てて拾おうと手を伸ばすと──スケッチブックを拾おうとした私の手と、同じくスケッチブックを拾おうとしてくれた吉野くんの手が触れた。
狙ったわけでもなく、本当に偶然、触れ合ってしまった。
「──ッ! ご、ごめんなさい!」
「ん? ああ、俺こそ悪かったな。……はいっ」
思いもしない展開に、私は手を引っ込めて胸の前に持っていってしまった。
けど吉野くんはあまり気に留めてないのか、そのまま私のスケッチブックを手に取って私に差し出してくれる。
触れた時間は一瞬。
それでも感じられた温かい体温。
日常生活において、男の人と触れ合うどころか話す機会すらない私には衝撃的な出来事だった。
まして、それが好きな人なら尚更のこと。
男の人に対する免疫力がない私は、その出来事が恥ずかしくて、照れくさくて、スケッチブックをぶん取る勢いで受け取りって逃げるようにその場を後にした。
* * * * *
部活が終わり帰ろうとしているところで、校門付近に吉野くんの姿が見えた。
もしかしたら一緒に帰れるかもしれないという期待に、心が騒ぐのを感じる。
迷うことなく駆けようとしたその時、可愛らしい女子生徒が吉野くんに近づくのが視界に入った。
「隼人ー、明日も中庭に行くの?」
「ん? あー、そのつもりだけど?」
「へぇー、またあの女の子に会いに行くわけだ」
「……なんでそんなに不機嫌さ丸出しなんだよ」
「べっつにー? ただ、彼女を放置して別の女の子に会いに行くのはどうかと思っただけだし?」
「めちゃくちゃ不機嫌じゃん。つーか、里香だって遊んだりしてるんだし……人のこと言えなくね?」
「状況が違うでしょー? 私は二人っきりで会ってるわけじゃないし」
吉野くん……彼女、いたんだ……。
少しずつ遠ざかっていく二人の姿を、私は呆然と見つめる。
距離にして十数メートル。
たったそれだけの距離が、私にはとても遠く感じ、思わず顔を伏せて二人が見えなくなったであろう時間まで立ち尽くした。
* * * * *
制服に皺がついてしまうのも構うことなく部屋のベッドに仰向けで寝転がる。
「吉野くん、付き合ってる人いたんだね……」
初恋は実らないって言われてたっけ?
冴えない私でも例外なく当てはまっちゃったなぁ。
ううん、冴えない私だからこそ当てまっちゃったのかもしれない。
「それに……これが失恋、かぁ……。思ってた以上に、キツイね……」
今日をもって、私の短い恋物語は終わりを告げた。
想いを告げることなく、その幕を閉じてしまったわけだ。
私は鞄からスケッチブックを取り出してみる。
そして、まだ途中だけど願いを込めたページを開く。
そこには、私と吉野くんがベンチに腰かけて手を繋いでいた。
絵の中の私はもちろん笑っているし、吉野くんも初めて会ったときの温かい笑みを浮かべている。
あとは細々としたところに色を付ければ完成だったんだけど……。
「今回のは上手く描けたんだけどなぁ」
望んだ未来を描いた絵をそっと撫でる。
撫でて、撫でて、最初に出会った思い出を胸に撫で続けた。
──不意に。
ポタッと水滴が落ちてきて絵を滲ませる。
「あれ? おかしいな。今日は雨も降らない予報だったし、今は家の中なのに……」
あはは、と乾いた笑いを溢してみるも、どんどん水滴によって絵を滲ませていく。
ううん、誤魔化すのはやめよう。
私は今、泣いてるんだ。
恋ってこんなにも苦しくて、どうしようもないほどに痛むものなんだね。
スタートラインにすら立てず、こんなにも遅く出会ってしまったことが……とても、悔しい。
結局私は、どこまでも脇役なんだろう。
吉野くんにとってのヒロインにはなり得なかったということ。
それが悲しくもあり、けれども納得できてしまう自分がいることに、我ながら呆れてしまう。
どんだけ負け犬根性が染み付いているんだ、と。
──ああ、でも。
──こんなにも冴えない私だけれど。
──それでも、願うことが許されるなら。
「私も吉野くんと手を繋いで、隣を歩きたかったなぁ……」
か細く呟いた私の言葉は、誰に届くわけでもなく静寂に包まれて、消えゆくように呑まれていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「失恋」をテーマにした物語としましたが、いかがだったでしょうか。
活動報告で予告的に言ってしまいましたが、私ってこういう「失恋」をテーマにした切ない物語って結構好きなんですよね。
あ、でも「ネトラレ」系は絶対ダメです。
あれは、胸中がドロドロしたような感じがして、本当に私には合いません。
なので、同じ「失恋」系でもそっち方面は今後とも書くことはありませんので、ご理解いただけますと助かります。
あれ、なんか作品を追うごとに私の後書きが長くなっているような……。
まだまだ話したいところですが、これ以上グダグダ書くのも申し訳ないので、今回はこの辺りで締めさせていただきます。
本当にありがとうございました。