一つの願い ~夏陰~
中央に女が一人 座っている
じっとコーヒーカップをのぞいている
女 テーブルの上のコーヒーカップ
覗き込む
ほのかに赤みがかった黒が
私の息か
風もないのに揺れる
いつの間にか大人と言われる歳になった
苦かっただけのコーヒーを美味しいと思う
私だけが歳を重ねる
高校のときに はやったおまじない
私の指はカップのふちをゆっくりなぞる
コーヒーカップのふちを3回
指でなぞり息を吹きかけると願い事がかなうという
そんなことを信じていた
そんな自分がいとおしかったのかもしれない
卒業と同時にそんなこと
校舎に置いてきてしまった
でも時折思い出しては
カップのふちをなぞってみたりする
今ではそんなことあるわけないと知っているのに
それでも私の指はカップのふちをゆっくりなぞっている
昔の思い出 夏の影
その影を私は今も追っている
いつのまにか目の前に男が座っている
男 まじで ぜんぜん知らんかったわ
女 まじまじ うちら みんなやってたもん
ほんと 流行ってたな
願いがかなうって
コップ見たらみんな息吹っかけて
指 くるくる回してさあ
4人テーブルに座ってたら
みんな くるくるくるくる
紙コップでもやってたよ
男 ばっかでえ
女 でしょう
男 あーでも なんか 見たことあるわ
それやってる 女子
一つだけ願い事がかなうか
そういうことだったんか
女 じゃあさ あんただったら どうする
一つだけ願いが かなうんだったら
男 俺?考えるな~ 一つだけかあ
願いごといっぱいあるからな
本通りのベニ屋のカレーが食いたいとか
女 え カレー? なんでもかなうんだよ
男 じゃあラーメン
女 食い気で終わらすのか
男 行き先も解らないまま バイクで走り出したい
女 尾崎か
二人 ♪盗んだバイクで走りだす 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ♪
男 でも俺はバイクは盗まないぜ
女 なんか 願いがしょぼい
男 お前とチューしたい
女 馬鹿
男 しっかし 女子は不思議だよな
そんなん信じてるんだもんな
女 かわいいじゃん
うちらからみたら男子のほうが不思議だったわ
馬鹿騒ぎして 暴れたり 下らん話で盛り上がってたり
男 それは 女子もだろ アイドルの話とか盛り上がってたし
女 グラビアみて「乳でけえ」って騒いでたのは誰だっけ
うちらはそんな下品じゃありません
男 乳は男子の永遠のテーマなの
女 すいませんね でかくなくて
男 それはそれ これはこれ
グラビアは鑑賞用
女 うちは?
男 んーと 洗濯用?
女 何それ
男 昔 洗濯機がなかったころ
板で洗濯もの 洗ってたんだって
女 あーそっか そっか 板で洗濯ね
板だもんね うちの胸 って 殺す
男 わーごめん ごめん
女 やっぱ あんた 馬鹿だわ デリカシー皆無
男 馬鹿でごめん
女 ほんとに馬鹿(笑う)
男 何
女 いやあ 男子とか女子とかって単語久しぶりに使ったわ
男 そっかあ
女 懐かしいね
男 高校?
女 うん うちら 付き合ったのも高校だし
男 うん そうだなあ
女 まさか あんたと付き合うなんて
男 うん ってなんでだよ まさかって
女 だって あんた妙なやつだったよ
いきなり 腕立てしたり 腹筋したり
男 いきなりじゃない
さすがに いきなりしない
筋肉馬鹿でもない
女 忘れもしない元彼と別れて
さみしくって 屋上に一人上がってみたら
いーち にいー さーああんって
男 ああ 初めて話した時か
女 風に吹かれてセンチメンタルな気分になりたかったのに
遠くから 小さな声で 苦しそうに
いーち にーい さーんって
男 あのな 1・2・3の段階で苦しそうにはならない
女 見に行ってみたら いーち にーい さーんって
ゆっくりと 腕立てしてて
それがまた なんか
男 さわやかだったろ
女 ゴリラみたいで 汗ダラダラ流して
鼻を大きくして 息を ふーふー ふーふー
そんでもって こっち見つけて 「なんか用?」
用なんてねえよ
たまたま たまたま屋上に上がったの
男 え あそこでひとめぼれじゃねえの
女 ねえよ
男 そっかあ てっきり
女 戻ろうとおもったら にやりと笑って
その笑った顔が 真っ黒な顔して歯だけが真っ白で
男 なんだ その嫌そうな声 さわやかだろうが
女 「やるよ」っていきなりペットボトルくれてさ
こんな投げ方っで
男 なんだなんだ 投げ方もディスられるのか?
女 受け取った ペットボトルも
なんか見たこともないような デザインで
中の液体もちょっとどろりとしてて
それで なま温かくって
男 嫌だったのか
女 どこに売ってんだこれって どんな味だって
むしろ 逆に興味湧いて 飲みたくなって
なんか一緒に飲むことになってさ
男 飲んだな それも美味しそうに
女 それが ほんとに 美味しかったのよ 不思議な味で
男 どこに売ってるか聞いてきたもんな
女 あのあと箱買いしたわ
男 相当気に入ったんだ
女 家族には不評だったけど
ふふ あんとき 一瞬 不思議と元彼のこと忘れてしまったわ
男 次の日だっけか お礼って 訳のわかんないお菓子持ってきたのは
女 美味しかったっしょ
男 うん 美味かった
女 みんな あれまずいっていうのよ 親も兄弟も友達も元彼も
うちのこと味覚音痴だって
あんたが あれ美味いって言った瞬間
あんたのくれたペットボトルのこともあって
仲間意識が芽生えた
男 同じ味覚の仲間がそうとうほしかったんだな
そういやあさ お前 付き合う前 元彼の話ばっかしてたなあ
女 そうだっけ
男 した その話ばっかり
女 ばかりじゃない
男 ばっかり
女 そんなにした?
男 した した うんざりしたわ
女 笑いながら 聞いてたじゃん
男 笑いながら 話題を変えようとしてたんだよ
でも 話題が変わってもすぐまた彼氏の話になるしよ
女 あははは
男 あーあ ほんとに こいつは元彼のことが大好きなんだなって
女 ふーん
男 で 俺はまたうんざりして
女 よく話に付き合ってたね
男 忍耐強ええんだよ
女 いやいや
男 否定かよ
女 肯定するとこでもない
男 とにかく元彼の話ばっかだった
女 何 今更 焼きもち?
男 はあ? まさか このわたくしがあ?
女 あははは 焼きもちだあ
男 へえええ 何を言われるかね あなた
女 でもさ あんたの話も聞いたったじゃん
愚痴ばっかりだったけど
男 ばかりじゃない
女 ばっかり
男 ま たしかに 半分ぐらいは 愚痴だったかもしれん
いろいろあるんだよ ツレのこととか 勉強とか 先生とか 親とか
思春期なんだから
女 思春期のせいにするな
まあ 女子の話はなかったけど
男 うるせい
俺だって 色恋のひとつやふたつは
あったような なかったような
女 なかったじゃん
男 ああああ~
女 ひとつも
男 ああああ~
でも あったらお前焼きもち焼くだろ
女 焼かないよ まだつきあってもなかったじゃん
男 つれねええ
女 昔の話に嘆くなよ
あと なんか夢の話? してたね~
男 いいじゃないか 夢もったって
女 俺はよお 大きくなったら アクション俳優になるんだよ
そんでよ いずれは 真田広之のように世界にでるんだよ
ジャニーズは知ってるけど
知らないよ 真田広之を 女子高生は
男 なんで知らねえんだよ 真田さんのことって思ったね あのときは
女 いっぱいDVD見させられて
やれ柳生一族だ 影の軍団 魔界転生 里見八犬伝
男 おもしろかったな
女 ふつう見ない 女子高生が 影の群団
むしろ 服部半蔵の千葉真一様に目奪われたわ
わが身すでに鉄なりって
男 あのあと 定期入れに千葉眞一の写真入れてたもんな
女 真一様にハマってからはジャニーズや元彼が子供に見えてしまって
どうでもよくなったわ
男 (笑)
女 でもそのころからよくつるみ始めたよね
付き合ってはなかったけど
男 付き合ってなかったの
女 そんな認識はなかった
男 そっかあ
女 いろんなことしたなあ
男 先生にはかなり叱られたけどな
女 あんたが馬鹿なことばっかしてたから
男 お前もな
女 うちはあんたを止めようとしてただけ
男 一緒に楽しんでたじゃん
女 そんな
男 楽しかったろ
女 うう まあ それなりに
男 夜中に学校忍び込んで プールで泳いだり
屋上から花火とかさ 打ち上げてさ
ひゅるるるるる ぱーん って 綺麗だったな
お前 きゃーきゃー叫んでさ 大喜びで
あんときさ
お前さ 屋上からさ
でっけえ声で
あれUFOじゃね
あれUFOじゃね
って 興奮して 空指さしてさ
鼻息 ふんふんさせてさ
女 そんな鼻息しない
男 言っとくけど あれ 飛行機だからな
女 あんな時間に飛行機飛ばない
男 飛ぶさ
女 飛ばない
男 飛ぶ
女 飛ばない
男 学校の横の道歩いてる 通行人見て
あれ宇宙人だ
さっきの花火がUFOに当たったんだ
仕返しに来たんだって
女 歩き方おかしかったもん
男 酔っ払いが歩いてたんだって
女 道の端から端を様子みながら歩いてたもん
男 様子みてたんじゃなくて 千鳥足だろ
ふらふらして歩いてたんだって
女 飲み屋もない場所で
あんな時間に酔っ払いは歩かない
タクシー使う
男 歩くわ
女 歩かない あれは 宇宙人
男 酔っ払い
女 宇宙人
男 酔っ払い
女 宇宙人
男 (笑い)
女 何
男 あんときもこれやったな
女 やった やった 延々と
男 不毛
女 あんたがだ あれ 後で 大騒ぎになったよね
男 お前がギャーギャー騒ぐから
女 あんたの花火だ
男 あの後 先生にさ
おまえかあ 校舎で花火したのはって
どえれえ勢いで聞かれてさ
僕じゃないですうってしらばっくれて
女 そんときだけ 僕
男 いっつも 僕だよ 俺は
女 きもいわ
男 そういや 海も行ったなあ
女 ああ
男 バイク買ったはなでさ
女 禁止されてたのにね
男 内緒で免許とって
女 ばれなくてよかったね
男 内緒でバイトしてお金貯めて
女 それも夜のね
男 時給よかったんだもん
で おそろいのヘルメットとバイクを買って
納車んとき 急いでおまえんち行って
へへ
女 うちも後で知ったんだけど
知ってた 免許とって一年は二人乗り禁止って
男 ええ そうなの
女 あんた自動車学校でならったでしょ
男 忘れた
女 免許取ってすぐに忘れるのか
よく 取り立てでうちをのせようと思ったな
うちを 殺す気か
男 だって 乗せたかったの
女 は?
男 バイクにお前のせて走りたかったの
免許 とったらその夢が優先しちゃったんだろうね
嬉しくって
だから忘れちゃったんだ と思う 二人乗り禁止
女 あほか
男 だって
初めてのバイクはお前と乗ろうと決めてたんだよ
好きな子と乗りたいじゃん
だからすぐにおまえんち行ったの
嬉しかったな
運転はちょっと緊張したし
ヘルメットは暑かったけど
お前が後ろからぎゅっとしがみついてる感じが
なんか嬉しくってさ
お前とだったらどこへでも行けそうな気がして
そのまま海に行ってさ
水着ないから
テトラポットに腰かけて
足だけ浸かってさ
ふだんよくしゃべるのに
その時だけは 二人とも無口で
この 触れてる所がさ 暖かくってさ
なんか それが 心地よかった
気が付いたら あたり一面 オレンジ色で
水の高さも上がってきてて
そろそろ帰ろうかって
女 家の前まで送ってくれたよね
次は泳ぎに行こうって約束して
男 そうそう あんときさ
ブレーキランプって何回点滅させるかが
わかんなくってさ がんがんふみまくってさ
あとで調べたら 5回だった
女 それであんなに点滅してたの?
男 まあ 5回じゃ足りない心境だったんだよ
女 馬鹿
男 (笑う)
女 あのあとさ 水着買ったんだ
また行けると思って
男 …
女 (男の頬にさわり)暖かいね
あの ヘルメットね
ずっと使ってる
私ね バイクの免許とったんだ
バイクの免許とって
その時初めて免許とって一年間は二人乗りは
できないこと知った
男 (笑う)
女 同じバイク見つけて買っちゃった
色は違うけどね
それで 毎年 あの海に行って
あのテトラポットに座って
同じ夕焼けを見てる
男 …
女 一緒に行きたかった夏を
繰り返し思って
うちは… ううん 私は 一つずつ歳をとって
でも夕日だけはあんときと おんなじように
まわりをゆっくりオレンジに染めていって
でも あの時買った 水着は今もタンスの中
知ってる? 私 社会人だよ 働いてるの
信じられる あの私がだよ
大人なんて融通聞かなくって すぐに怒鳴ったりして
馬鹿みたいって思ってたのに
後輩とかに仕事教えてるんだよ 私が
怒鳴りながら
こんな自分 想像できなかった
想像してたのは
あなたと一緒にずっと笑っている 私
男 …悪かったな
女 海に行く約束破んなよ 馬鹿
男 ごめん
女 事故るなよ 馬鹿
男 うん ごめん
女 勝手に死ぬなよ
男 ごめん
女 あやまんなよ
男 ごめん
女 あーあ うん よかったよ 話ができて
男 そっか
女 私は大人になったんだなって思った
もう 自分のことを「うち」って呼んでた
私はもういないんだなって
そして あなたは 夏の思い出になっちゃったんだって
それを実感した
男 ふふ そっか なんか さみしいな
女 お前が言うな
男 (笑)
女 結構 時間かかった(笑)
男 強くなったんだな …千葉真一並みに
女 わが心すでに空なり
男 (笑)
女 私はこっちで頑張ってみるよ
男 ああ
女 でも 好きな人が出来たらごめん
男 いいよ おいてった 俺が悪い
女 そうだよ 馬鹿
男 じゃあな お別れがきちんと
出来なかったからさ
願いがかなって 良かったよ
女 うん
男 バイバイ 元気でな
女 うん バイバイ
男 いなくなる
女 きちんと お別れって…
それ 私の願いじゃん
精 現れる
精 これで よろしかったですか
女 …はい これが 私の願い
私は あの夏の影をずっと追いかけていたんです
あのとき
眠ってるような彼のほほを触って
…あれだけ暖かかったのに
お別れもできずに行っちゃったから
その冷たさがずっとこの手のひらに残って
私はおいてけぼりで
… あ でも違うな
影を追いかけてたのは
今の私じゃない(胸に手を当て)
テトラポットの上で
おいてけぼりになった あの夏の私
…でも 本当だったんですね
願いを一つだけかなえるおまじない
精 ええ
女 また 会えますか
精 会えるかもしれませんね
女 もし会えたら 次は 世界征服をお願いします
精 わかりました 大丈夫です
死んだ人に会わせるより簡単ですから
女 そうなんだ(笑) 楽しみにしています
じゃあ さようなら 本当にありがとう
精 さようなら
女 いなくなる
精 さてと 閻魔様に何もって行きますかね
暗転