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デコトラ転生 ~トラックに轢かれたら異世界転生できると信じていたのに~  作者: 夏の夕暮れ
第二章  主人公反撃! 濾過されるお父さんの心
4/12

1話

 俺の身体はデコレーショントラックと化した。こうして第二の人生、もとい『デコトラ生』を送ることとなったのであった……。ふざけんな!


 それもこれも、完全にあのクソ女神のせいだ。絶対になんか大事な設定をミスったせいだろ。


 そういや四輪駆動だの絵柄だのと言ってたけど、俺の答えによってはアニメのステッカーがベッタベタに貼られまくったクルマとかになってたんだろうか。いわゆる痛車ってやつに。ただどちらであっても衆目の興味は引いていたに違いない。今だって、通りがかった人たちが俺の身体デコトラをスマホで撮りまくってるし。


 この身は今やデコレーショントラック。劇画タッチの神様たちが雅に描かれ、彩り豊かな電飾が激しく明滅しているのだ。


 ちなみに俺の視点は、ドライバーの目線そのものだ。カーレースゲームでよくある、運転手目線と言えば分かるだろうか。


 なので必然的に車体そのものを見ることはできないわけだが、デザインやパーツなどは隅から隅まで頭の中に叩き込まれている状態だ。俺はクルマとして生まれ変わってしまったのだと、イヤでも思い知らされる。


 トラックの左半分には、七福神の一尊である毘沙門天が描かれている。毘沙門天は『七難を避け七福を与える』縁起のいい神様として知られているが、戦いの神でもあった。かの有名な戦国武将の上杉謙信は、自らを「毘沙門天の化身である」と言って篤く信仰していたそうだ。そんな逸話もあるせいか、このデコトラに描かれた毘沙門天は、武神としての苛烈な側面を強調した、勇ましく恐ろしいものとなっている。


 対して右半分には、同じく七福神の一尊、弁才天が描かれていた。七福神の紅一点であり『弁財天』とも呼ばれるため、知恵や幸福をもたらすとされている。日本人にも馴染みの深い女神様であり、どこぞのネット中毒こじらせた誰かさんとは大違いだ。このデコトラに描かれた弁才天は、ふくよかな体型と福々しさ抜群のおだやかな表情を兼ね備えており、見るだけでも幸福招来しそうな勢いだった。


 デコトラなんてもはや旧世紀の遺物、ダサくてかっこ悪いと思っていたが、こうして見てみると捨てたもんじゃない。なかなか悪くないじゃないか。


 今、俺は空き地に駐車している状態らしい。幸いにして路上に面しており、すぐにでも動かすことが出来そうだった。


 人通りが途絶えたタイミングを見計らい、発進させてみた。すると、デコトラは俺の手足のように動いた。デカい車体を操るのも問題ない。それに、俺の頭の中には交通ルールが完璧に刻まれているらしい。これならば、無免許であっても事故を起こす心配は無さそうだ。


 そこへ、ふらふらと歩く人影が見えた。視点が高いもんだから、うっかり見落としそうになる。


 まったく危ねえな。ちゃんと前見て歩いて……。




 おい。


 あいつ……山本じゃねえか。


 俺にとっての、不倶戴天の怨敵。


 俺がここまで墜ちたのも。


 元を正せば、すべてあいつのせいなのだから……ッ!!







 頭に浮かんだのは、奴との記憶。

 

 山本と初めて出会ったのは、高校のときだ。


 第一印象は悪くなかった。気さくな性格で、最初の頃は俺にも良くしてくれていたと思う。スポーツもできて、頭も良い。そんな、絵に描いたようなクラスの人気者だった。


 けれど、あいつと知り合ってしばらく経ってから。山本は、俺のことを小馬鹿にするようになった。


『なんだよ? 陸上自衛官になりたいだって? お前なんかじゃ無理無理!』


『うわ、制服の下に迷彩色のシャツなんか着ちゃってんの? だっせえな!』


 この俺が、地味で運動も出来なくて成績の悪い……要はパッとしない男子だと気付いたんだろう。いつしか山本は、俺をからかうような発言をすることが多くなった。しかし、それだけならまだ許すこともできた。実際、殴られたり脅されたりはしていなかったからだ。だから俺は、いじめられているわけではなく「口の悪いクラスメイトからイジられている」だけなのだと信じた。


 けれどあの日。山本は、そんな俺の心を裏切った。


 ふらっと俺の家に遊びにやってきた山本は、俺がお年玉をはたいて買った戦車の模型を勝手にいじくった。「これ、このまま店で売れるんじゃねーの?」なんて言いながら。


 それだけならまだ我慢できた。だがその翌日。俺の部屋から、戦車の模型が忽然と姿を消してしまったんだ。犯人は、一人しか思いつかなかった。


 気の弱かった俺だが、これには激しく憤った。そして山本を問いつめたが、あいつはひたすら知らぬ存ぜぬを貫き通したんだ。しつこく糾弾しているうち、事情を知ったクラスメイト達はこぞって山本の味方をした。担任の教師も山本の側に付き、俺は濡れ衣を着せた悪者扱いとなった。


 結局、俺は山本に頭を下げる羽目になった。山本は「いいよ、気にすんな」と言って、さらにクラス内での株を上げた。


 それから一ヶ月経ち、あれは俺の思い違いだったのかと考え始めた頃。あの戦車の模型を、リサイクルショップで見つけた。店員に聞くと「体操着を着たガタイのいい男がこれを売りに来た」と言った。部活帰りの山本の姿が容易に想像できた。


 俺の中で、何かが崩れ落ちた音がした。


 最初は、いい奴だと思っていたんだ。


 途中から少しだけ印象は変わったものの、ただ口が悪いだけなのだと、そう思いたかった。


 けれど……違った。


 山本は、俺をいいように使うことしか考えていなかったんだ。それにクラスメイトの連中や教師だって信用できなくなった。


 俺はもう、学校へ行くことさえも嫌になった。


 それと同時に、親から買い与えられたパソコンでネットをするのにのめりこんだ。引きこもりと化すのは、時間の問題だった。


 こうして、今に至り……将来に不安しか残っていないダメ人間の出来上がりってわけさ。







 ……とまあ過去を振り返ってみたわけだが。


 さて、俺はこれからどうするべきか?




 ……山本をブッ殺すに決まってるよなあッ!!


 あの日を境に俺の人生は断絶したんだ! だから俺の人生の幕引きは「自殺」なんかじゃない。山本による「殺人」だ。だからこれは因果応報。殺されたから殺し返す!


 忌々しいあの糞野郎がッ!! 山本のことだけは何があっても許せねえし忘れもしねえッ!!


 あのツラを見るのは数年ぶりだが、苛立って苛立って仕方がねえんだ。ハラワタが煮えくり返ってオイルが漏れそうなんだよッ!!


 復讐に意味がない?


 やり遂げたところで過去は変わらない?


 んなこたァどうだっていいんだよッ!!


 俺はただ単純に、山本の顔が苦痛に歪むのを見たいだけなんだッ!!


 今の俺ならば、何をしようが法に問われることなどないだろう。


 奴の生殺与奪を、俺が握っているんだ。


 乾いた心に黒い愉悦が染み渡っていくのが分かる。


 轢き殺す瞬間、山本はどんな顔をするんだろう?


 泣いて許しを懇願するのか?


 それとも、必死で逃げ惑うのか?




 俺は。


 ゆっくりと、身体デコトラを動かした。








 幸いにして、山本はろくに前も見ずふらふらと歩いている。実に好都合だ。奴を轢き殺すなら今しかないッ!!


 だがその決意に反して、俺は急ブレーキをかけた。


 「復讐に意味がない」などと急に悟ったわけじゃない。そんな安っぽい動機、三流ドラマだけで十分だろうが。


 止めたのは、俺の頭の中に「ある疑念」が浮かんだからだ。


 確か「無人のトラックに轢き殺された奴は、すべて例の女神のところへ送り込まれる」と、そう説明を受けている。さらにその場合は、自由に転生先を選ばせてくれる、とも。そして、この俺はまさに無人のトラックだ。ってことは、つまり……。


 ここで山本を轢き殺せば、あいつは最高の来世を選び放題になるってことじゃねえか! ふざけんじゃねえ、俺だけがこんな目に遭ってるってのに、なんで山本だけが!


 ふう、危ない危ない。うっかり憎しみに身を任せるところだったぜ。あとちょっと気付くのが遅かったら、今ごろ山本をパラダイス送りにしていた。


 しかし、山本は相変わらず車道をふらふらと歩いている。あいつ前が見えてねえのか? このままじゃ本当にクルマに轢かれて……。


 あ。マジで轢かれた。


『あわ、あわわわわ!』


 俺の頭の中に、妙な声が響いた。それも、微妙にノイズがかかったような音。なんだこれ?


 音がした方角を見ると……黒塗りの高級車が見えた。確か、山本を轢いたのはあのクルマだな。


 その山本はと言うと、少し吹っ飛んだだけで意識はあるみたいだ。通りがかった人が救助をしている。悪運の強い野郎だ。


『あの人死んじゃったらどうしよう!』


 まただ。それも、よく聞いてみたら幼い少女のような声色をしている。


 その少女の声は『どうしようどうしようどうしよう!』と俺の頭の中へ刺さるよう響き渡った。あまりにうるさかったので『騒ぐなよ。ほっときゃ大丈夫だ』と言ってしまった。


『ん? 今の声はだあれ?』


『俺だよ。デコトラと化した……って、え?』


 ……今のは、まさか。声で意思の疎通が出来たのか? 俺の声は誰にも聞こえないはずなのに。


『……なあ、俺の声が聞こえるのか? 聞こえたのならクラクションを鳴らしてくれ。三回だ、三回』


 すると『は~い!』という声と同時にプップップーとクラクションが鳴った。あの、山本を轢いた黒塗りの高級車から。


『そっちのおにいちゃんもぷっぷーしてよ~』


『あ、ああ……』


 俺が三回クラクションを鳴らすと、黒塗りの高級車が目の前に走り寄ってきた。ベンツかと思いきや、よく見たらトヨタのセンチュリーだった。あんなクルマに乗りたがるのは、一流企業の重役かヤクザくらいのものだろう。なのに、なんか中の人のしゃべり方や声が幼女っぽいんだけど……。


『うわ~、すごいねこのトラック! ぴっかぴか光ってて、クリスマスツリーみたい!』


 彼女は。


 俺と同じ、クルマに転生させられた人間なのか……?

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