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「鬼ヶ島に乗り込んだ桃太郎は、ばったばったと鬼を切り伏せ、財宝を得て帰りました。めでたしめでたし」

 ドローンキッチンを出る前、ボクはキッチンサーバーに残っていた旧世界の記録を見た。


 両親がシェルターアトラクションに閉じ込められ、限りある資源と機械をやりくりしてサバイバルするに至った『運命の日』の記録。


 その日、世界中にあったミクロニューク生産施設の七割がエコテロル団体による複合的強襲を受けた。このドローンキッチンのようなクラッキングを受けた所、物理的襲撃を受けた所など、状況は様々だったようだ。


 エコテロル団体はミクロニュークを無作為に撒布した。彼らはミクロニュークが生体機能を変異させる危険性を以前から主張していた。


 いつから彼らの行動原理が変質していったのか、ボクは分からなかったけど、彼らがニューク汚染を世界にまき散らしたことは確かだった。


 そこからの記録は断片的だった。各種インフラの破壊、生産の停止、供給の停止、人心が荒廃し、暴走するドローンによる市民の虐殺、そして最後に、生物のフェラル化。


 この世界に、今も旧世界の人々は生き残っているのだろうか?

 それがボクの両親だけならば、それはとても寂しいことだと思う。


 もし、これから行くイカロステック社の地に、旧世界の人々が残っていたならば。

 ボクは彼らに両親を引き合わせたいと思った。


 

 ボク、ロボ、ハオウ、フ・ザンの四人での旅を、ボクはそれからもよく思い出す。やんちゃなロボ、穏やかで力強いハオウ、理屈っぽいフ・ザン、それにボク。皆バラバラだったけど、互いを守って進む日々は、辛かったけど快適だった。


 休むときは見張りを立てながら、他愛もない話をした。ボクが両親と暮らしたシェルターの話をした。ロボは狩りの話をした。ハオウが伝え聞いたカヌーフの伝説を話し、フ・ザンが周囲の事跡について細やかな説明をしてくれた。


 戦う時は一緒だった。フェラルが、スメルチが、狂ったドローンが通りがかりに襲い掛かってきた。

 ボクらの手には軍用レーザーライフルがあった。強固なスメルチの外皮を穴だらけにする強力な兵器だ。


 廃墟群を縫う道路を抜けると、徐々に空気の臭いが変わってくる。潮の臭いだった。

 初めて嗅ぐそれは不快だった。喉がいがらっぽくなる。


 ロボとハオウも嗅ぎなれない空気に顔をしかめていた。顔のないフ・ザンだけがいつものようにターレット・アイを巡らせている。


 近づいて見えた海は濃い灰色の水を湛えた水たまりだった。虹色の泡を波打たせて、崩れた岸を洗っている。


 海には荒野や廃墟とは違った生物が住んでいた。そいつは平べったく、角ばっていた。無数の足と大きな鋏を持っていた。飛び出た器官が揺れながら周囲を感知し、ボクらへと素早く忍び寄ってくる。


 レーザーで打ち抜かれた海の生き物がバラバラに砕け散る。残骸が波に浚われ海に消えた。

 醜い海の生き物を蹴散らししながら進むと、それまでの廃墟群とは違う地に出くわした。


「こちらがナビゲイション終了地点になります」


 フ・ザンはそう言ったきり、その場で静止してしまった。


 そこはどちらかというとカヌーフの集落になっていた廃病院に、なんとなく似ている。一度壊れた設備を修理して使っている感じだ。


 ただ、カヌーフの集落よりもずっと高度な技術が使われているようにみえた。敷地を一周する高い壁があり、壁の上を何かが動き回っている。


 近づくと、その形がはっきりと見えた。人型だが、何か鈍色の装甲のようなものを身に着け、ボクらが持っているような大型のレーザーガンで武装している。

 閉ざされた門には黒い帯のようなものが付いていて、そこフ・ザンのターレット・アイに似た光が左右に揺れている。


「フ・ザン。あの中に入ってみよう」

「入城許可を申請できません。申し訳ありませんがご自身で交渉してください」


「うん。ついてきて」

「ここまで来たら最後まで付いてくぜ」

「ここは旧世界の英知が生き残っているようだ。興味が掻き立てられるな、ペルーシク」

「市民ペルーシク、あなたの安全を守ります」


 門に近づくと、壁の上に立っていた人型がレーザーガンを向けて何か叫んだ。

 その言葉は難解で意味がよく分からなかった。辛うじて聞き取れたのは「立ち去れ」の一言だけだった。


 さらに近づくと、そいつはレーザーガンを打ってきたので、こちらも打ち返した。その間に、フ・ザンが門の電子機器に接触して、鍵を開けに掛かってくれた。

 耳障りな電子音を立てて、門が開く。ボクらは中に飛び込んだ。


 中では壁の上に立っていたのと同じ、鈍色の装甲に包まれた人々が待ち受けていた。

 ボクらは左右に散り、物陰に隠れた。相手はまた難解な言葉遣いで仲間に指示を与えながらボクらを撃つ。こちらも打ち返す。


 彼らの銃の腕前は酷いものだった。一度も使ったことがないようで、連携も取れていなかった。

 一方ボクらはこれまでの旅で数えきれない位戦ってきた。生き残るために。目的を遂げるために。


 素早く物陰から出て相手の胴や頭を狙い撃つ。やがて彼らは奥へと逃げたのか、静かになった。

 静かになってからボクは少し後悔した。やむなく打ち返してしまったけど、話し合いの余地があったんじゃないかと考えたからだ。


「……ペルーシク、どうした?」


 ロボがボクを見る。次の行動を決めて欲しい、と顔に書いてあるようだ。


「……行こう。でも慎重に、無暗に撃たないようにしよう」


 ロボは頷き、ボクらは奥の扉へと進んだ。歪な機械が並ぶ通路が続き、壁や天井には細かい文字が沢山書き込まれていた。

 それはじっと見ていると胸が苦しくなってくるような、圧迫感をボクらに与えるものだった。


「気色悪い建物だぜ……」ロボの文句ももっともだ。

「どの機械も廃病院やどろーんの巣にあったものより洗練されている。しかし、これは……」


 ハオウも一面の文字にただならぬものを感じ取ったようだ。


「フ・ザン。この壁に書いてある文章? の意味、分かるかな」

「サーバーのデータベースで照会します……これらはエコロジスム性反社会集団のテーゼに酷似しています」


「エコロ……なんだって?」

「エコロジスム性反社会集団は、環境破壊に対する啓蒙と意識変革を目的とした国際組織です。その活動はしばしば過激化し、エコテロルという通称で呼ばれております」


 エコテロル。世界が崩壊した原因の一つと思しき人らの名前が出て、どうやらここにいる人らが一筋縄でいかない集団であると知れた。

 狭い廊下を抜けるボクらを、エコテロルの末裔たちが阻む。一歩ずつ、ボクらは彼らを撃退して進んだ。


 そのうち、攻撃がぱったりと止んだ。壁や天井を覆っていた文字も無くなって、人の気配が絶える。

 ボクらは施設の最奥部にたどり着いた。広い部屋で、真ん中に積み上げられた巨大な電子機械があり、無数のケーブルが繋がれ、ぱち、ぱち、と微かな放電音が聞こえる。


「どろーんよ、なんだこれは?」

「イカロステック社が施設に設置した、サーバユニットと想定されます。外観に変更が加えられた形跡があります」


 重い回転音が聞こえ、照明が灯った。

 塔のような巨大なサーバの中央にあるブロックが、重々しい音を立てながらせり出た。


 せり出たブロックがアームに掴まれ床まで降ろされ、亀裂が走った。

 割れたブロックの中から溢れてきた冷気にボクらは緊張したけど、直接の危険は、なかった。


 そこには人がいたのだ。生気を喪った体で、ブロックの中に蹲った人。体毛は一切なく、身体中に管が繋がっていた。


「……穢れた世界の住人たちよ」


 震える声で彼はしゃべった。


「如何なる用で参られた。我ら無辜(むこ)の民は苦難に喘ぎ、私の長き眠りを解いた。私は蒼き世界の最後の一人。我が顔に免じて、どうか虐殺の手を止め、話を聞いて頂けないか」

「何言ってやがる! そっちが先に撃ったんじゃねぇか」


 吠えるロボをボクは抑えた。


「ボクはここに、ニューク汚染者の治療に使える物があるのではないかと思いやってきました。何か心当たりがあれば仰ってください」

「穢れた世界の青年よ。穢れに塗れて生まれ育った貴方たちに、何故それが必要なのか分からない。だが、たしかにそれはここにある」


 『最後の一人』と名乗った人は頷いて答えた。


「教えて欲しい、青年よ。君は何故それを求めるのだ? なぜそれを求めて無辜の民を虐げたのか?」


 ボクは、またこれまでの旅について話すことにした。

 彼はそれを黙って聞いていたけど、だんだんと震え、興奮しているようだった。


「最後の一人、とやら。聞いての通りだ。ペルーシクには待つ者がいる。大人しく必要なものを出してくれないか」


 ハオウが話の終わった後、そう言った。


「青年よ」


 最後の一人はボックスの中に戻りながら答えた。


「穢れた大地に生まれた、新世界(ニューワールド)の人よ。聞くがいい。この世は穢れている。罪が重なり覆いかぶさっている。この地に隠れ住んだ無辜の民は、罪に塗れぬ愛されし者らである。彼らの平穏を乱さないでおくれ。ニュークの除去装置は好きに持っていかれよ。すべてを忘れ貝のように口をつぐむというならば」


「好き勝手なこと言ってくれるじゃねぇか! 俺たちが汚れてるだぁ? 確かにそうだよ。空気は悪いし、水もくせぇ。フェラルや鼠を狩って飯にする日々よ。でもそれのどこが罪だ? どこが穢れだ? 俺たちは生きてる。毎日、うまいこと生き延びていけるように必死になってやってる。ところがどうだ? 古い世界の、すっげぇ道具やらなんやらがあるって聞いてきてみれば、お前らは壁の中に引き籠って、昔の連中が残した言葉を繰り返し唱えてるだけなんじゃねぇのか」


「穢れを知り罪を悟った先人の意思を傷つけることは許されぬ。穢れた者よ」

「うるせぇ! ペルーシク、行こうぜ。必要な物だけもらって、こんなところにいたくもねぇ」


 怒りっぽいロボはレーザーガンを振り回して最後の一人を脅しかけていた。

 正直なところ、ボクもだんだんと嫌気がさしていた。両親のような立派な人たちがいるんじゃないか、と期待しすぎていたのかもしれない。


 ボクらは最後の一人のいた部屋を去った。遠巻きに『無辜の民』と呼ばれた人たちが見ている気配がした。ボクらは、それを無視した。


 案内はなかったので、ボクらは勝手に部屋を物色して回ることにした。

 幾つかの部屋を回り、埃をかぶった倉庫のような場所に至り、ボクらはそれを見つけた。


 片手で抱えられる白いかばんのような、滑らかな質感の箱。二つに開くと中に液体の入ったパックと細いチューブが入っていた。


 表面には『生体結合ニューク用キレート剤』と印字されていた。

 それを見ながらボクは少し考えた。ただこれだけを持って、黙って出ていくのは簡単なことだった。

 ボクはフ・ザンに聞いた。


「フ・ザン。エコテロルがニューク施設を攻撃していたのは何故?」

「彼らの主張はニューク汚染による環境の変化を警告するものでした。エコテロルは人為的な環境変化の実証用に、ニュークを入手するためにしばしば武力による行動をとっています」


「ああ? じゃあ外がニューク塗れなのはこいつらのせいじゃねぇのかよ。何が穢れているだ。汚したのはこいつらじゃねぇか!」


「……恐らく、組織を維持するために論理の錯誤が生まれたのであろう。文言の意味も忘れられ、彼らは自分らの先祖が何をしていたのかさえ知らないのだ。それが『無辜の民』ということなのだろう」

「何も知らされねぇで、最後の一人の言うままになってるってぇことか」


 ロボ、ハオウ、フ・ザンの三人が話すことを聞きながら、ボクにはだんだんと芽生えてきた感情があった。


 ボクはニューク汚染抗体を持って生まれてきた。両親とは違う人類として。でもそもそも、彼らがニュークをばら撒いて世界を破壊しなければ、ボクは生まれなかった。


 この空の下とはまるで違う、あの狭いシェルターで、彼らが二十年も死に怯えながら暮らさなければいけなかったのは、ここにいるエコテロルの子孫たちの親に原因があった、と言えなくもない。


 そのことで、彼らを責められるのか? むらむらと沸き上がった感情がボクを熱し、レーザーガンを手にゆっくりと歩き出す。

 ロボたちが驚くなか、ボクはまたサーバルームにやってきて叫んだ。


「最後の一人! 教えてくれ! どうしてミクロニュークで世界を破壊したんですか! 多くの人が死んだんです! フェラルになって彷徨って! どうして! どうしてですか!」


 サーバルームは静かに機械の動く音だけがしていた。しばらくして、重々しい合成音が応えた。最後の一人の答えが。


「それは、我々の正しさを世界に示すためだった。ニュークの正しい使い方を世界に示すために、我々はあらゆる手段を講じた。それは正当化されるべきものだった」

「……その為に、ボクの両親はシェルターで怯えながら暮らしたんですか! そんなことのために!」


 レーザーガンを怒りに任せて……そう、ボクは初めて怒りという物を知った……サーバーの塔に向けようとした瞬間、追いかけてきたロボがボクを押し倒した。

 そのすぐあと、ボクの立っていた場所を部屋に設置されていたレーザータレット砲の火線がすり抜けた。


「馬鹿野郎! 死にてぇのかよ!」

「ロボ……ボクは……」

「ペルーシク、何も言うな」


 追いかけてきたハオウが、どこからかもぎ取ってきた扉を盾にしてレーザーを遮った。


「我々もこいつらのあり方に腹が立ってきたところだ。もう一泡吹かせてやろう」

「おうよ。これがあいつらの言う穢れた世界流のやり方ってのを教えてやるぜ!」


 レーザーガンを構えて息巻く二人。それを見ていたフ・ザンはターレット・アイを一巡りさせた。


「市民とイカロステック社の交渉が決裂したと判断します。私は社の過剰な防衛機構に対し、行動の抑制を要求します。場合によっては物理的排除を実行します」


 鈍色のアームに取り付けられたレーザーガンを動かすフ・ザンに、ボクらは二ヤッと笑いあった。このドローンは思っていたよりも人間臭い。


 ボクらは息を合わせて飛び出す。レーザーガンでタレットを破壊し、遮二無二サーバーを撃ちまくった。エネルギーが空になるまで打ち込む。


 全てが終わった跡、サーバーは黒煙と火花を噴き出しながら燃え上がった。

 中から最後の一人が上げる断末魔が聞こえたような気がした。古い世界の恨みの声のように、遠く、か細い悲鳴だった。


 

 ボクらはその地を去り、シェルターへの帰路についた。


 カヌーフたちはどうやら新しい棟梁であるボクと一緒についていくつもりだったらしい。一度廃病院に立ち寄ると、カヌーフたちはめいめいに道具や銃を持って待っていてくれた。


 一気に大所帯になったボクらはシェルターにたどり着く。ここを出て半年以上の月日が経っていた。


 溶接され、再び密閉されていたシャッターの前で、埃に塗れたカメラに手を振った。シャッターがガタピシ言いながらゆっくりと持ち上がって行った。父はどうやら、ボクが出た後に修繕をしていたらしい。

 開かれた地下へボクらは降りた。希望と、失望を持って。


 

 母はボクが持ち帰った道具で、やがて快復していった。


 父はにわか作りの防毒スーツに身を包んでボクらを迎え、大層驚いていたけど、カヌーフたちの純朴な振る舞いを見て、すぐに打ち解けてくれた。


 それからはシェルターの大改装が待っていた。シェルターを中心としたカヌーフの集落ができた。ボクらはそこで野菜を作り、時折フェラルやスメルチを狩って暮らすようになった。


 いつしかカヌーフの数が増え、年老いて両親が亡くなった。


 でもボクは寂しくなかった。死や孤独、不安はなかった。


 両親を救うために旅出た冒険が、今のボクを救っていた。


 これからもボクはロボ、ハオウ、フ・ザン、そして数多のカヌーフたちを暮らすだろう。

 穢れた大地の、実り豊かな仲間たちとともに。


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