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「犬を連れて歩いていると、猿が現れ言いました」

 ロボの案内でボクは、彼がやってきたカヌーフの集落まで旅を続けた。


 昔の車道沿いに歩き、徐々に旧世界の痕跡が目に見えて増えた。


 瓦礫の隙間から飛び出てくる鼠が日々の食料だった。ボクはクロスボウでそれを狩ったけど、ロボは違った。


 ロボの手には、古めかしい火薬式ライフルガンがあった。カヌーフたちが廃墟から集めたスクラップで作ったものだった。


 重たく大きなそれを持って獲物を狙って撃つと、手に残る衝撃の大きさに驚いた。

 生々しい命を奪う感触、スパナでフェラルの頭を砕くのとは違った感覚だった。


 ぶっきらぼうなしゃべり方だったけど、ロボは面白い奴だった。

 ボクははじめて家族以外の……友人というものを知った。


 

「ここだ」


 ロボが案内してくれたそこは崩壊を免れた施設のひとつだった。

 写真で見たことがある十字の模様が残っていた。ここは病院だ。


 けど病院だった痕跡はそれだけだった。沢山の窓が廃材で蓋をされていた。太い煙突が何本も空に伸びて黒い煙を吐き出していた。崩れた塀が補修され中が伺えない程高くなっている。

 中から金属を叩く音が定期的に響いていた。


「集めた廃材を解かして、鍛え直し、道具を作ってるんだ」


 昔、生まれたばかりのカヌーフをまとめた長が作った、電気を熱に変える装置をそのまま使い続けているらしい。

 その人はきっと、ボクの父さんのようなエンジニアだったんだろう。汚染の入り込まない病院に立て籠もり、機材を改造して、汚染に強いカヌーフたちと生き残ろうとした。


 分厚い鉄板で補強された扉の前で、ロボに似たカヌーフの門番が武器を手に立っている。


「俺だ。帰ってきたぞ」

「おお、ロボじゃないか。もうすっかり死んだかと思ったぞ」


「棟梁に会わせたい奴を連れてきた。中に入れてやれ」

「そうか。見慣れない顔だな? お前は何のカヌーフだ?」

「ボクは……カヌーフじゃないよ」


 その言葉に門番は険しい顔をした。


「安心してくれ。フェラルじゃない」


 ロボが胸を張って請け負うと、門番は渋い表情をしていたものの、扉を開けてくれた。


「寄り道をするな。まっすぐ棟梁の所へ行け」

「分かった……」


 薄暗い廃病院の中で印象深かったのは、壁と言い、天井と言い、あらゆる仕切りを殆ど取っ払った空間が広がっていたことだった。

 そこは殆ど換気をしていない、濃密な獣とか血の臭いが漂っていた。


 寄り道はしなかったけど、横目でボクはカヌーフの生活を見ていた。みんなロボと同じ、殆ど裸の、毛むくじゃらで、そこに何か紐のようなもので道具を体に身に着けていた。


 彼らは仕事をしていた。おんぼろな機械を使って道具を作ったり、粗悪な保存食糧を作っているのだ。


 それはフェラルや大鼠、野犬などの肉を使ったもので、ボクも後で食べることになったけど、凄く臭く、酷く不味い。

 でも、それを食べてもニューク……汚染は溜まらないのだそうだ。それも昔の長が考えたことだという。


「この部屋に棟梁がいる」


 ロボが足を止めたのは、階段を上り、一番奥になった部屋の前だった。そこは他の場所よりそれなりに綺麗で、昔の様子を少しだけ留めていた。

 中に入ると、カヌーフたちのリーダー……棟梁と呼ばれる者がいる。彼はロボたちと違った。斑な赤や緑の肌で、体毛がなかった。


 緑色の巨大な目がロボとボクを見る。ボクは彼をフェラルだと思った。カヌーフとフェラルの間にある生き物だと。


「生きていたか、ロボよ」

「我らの棟梁、ハオウ。俺の頼みを聞いてくれ」


 棟梁ハオウは牙をむき出しにして笑った。


「言ってみろ。死んだと思ったお前の言葉を聞いてみたい」

「ニューク中毒で死にかけていた俺を、ここにいるペルーシクが助けてくれた。礼をしてやりたいんだ」


 ハオウの目がボクに向けられる。


「言ってみろ、ペルーシクとやら」

「……僕は旧世界の道具を探している。人間の身体を癒すための」

「ここは昔、そう言った傷ついた人間のための設備だった。がらくたでいいなら好きに持っていけ」

「違う。そうじゃないんだハオウ。ボクが欲しいのはもっと精密な機械なんだ」


 ボクの身体から作られる、ニューク汚染抗体だけど、これだけではもう母は救えない。

 抗体をもっと強力にできる、分析器とか培養装置が欲しい。

 そういったものはないかと聞くと、ハオウは首をもたげて俯いた。


「……ペルーシク。お前が欲する物を、俺は持っていないようだ」


 落胆するボクだったけど、ハオウは続けた。


「だが、あるかもしれない場所を俺は教えられる」

「……それはどこ?」

「教えられない。それは棟梁でなければ教えられないのだ」


 カヌーフの棟梁は、最初の長から集落の外に残された旧世界について伝え聞いてきたという。

 棟梁になるには、その資格があると自認するものが棟梁を倒し、成り代わるしかない。


「お前が知りたいと思うなら、俺を倒してカヌーフの棟梁となれ」


 

 廃墟の屋上には分厚く土が敷き詰められていた。そこに円形の仕切りが作られていて、大きな篝火がいくつも焚かれていた。


 ボクはそこに、ハオウと二人で立っている。仕切りの外にはロボをはじめとしたカヌーフたちが興奮の雄たけびを上げながら見守っていた。


「カヌーフの棟梁を目指すペルーシクよ。さあ、掛かってこい!」

「いくよ! ハオウ!」


 巨大な銅鑼が打ち鳴らされ、ボクとハオウは組み合った。ハオウの身体は炎で出来ているみたいに熱かった。

 ハオウの力強い腕がボクを地面に叩きつけた。すぐに起き上がり、ボクはハオウに殴りかかる。


 怯んだハオウが向き直って、ボクより大きな拳を作って殴り返した。

 泥だらけ、痣らだけになりながら、ボクとハオウは声援を受けながら、ぶつかり合った。


 痛かった。苦しかった。涙も出た。


 でも何故だろう。ボクは辛いとは思わなかった。

 ボクもハオウも、決して相手を殺そうとはしていなかったから、だと思う。


 それは自分を襲うフェラルを撃ち殺すのとは違った。ロボと最初にあった日、夜通し話しあった時に似ている。

 傷つきながらボクはハオウが好きになってきた。いろんなことを知っているからだろうか、ほんの少し、父さんに似ている気がした。


 

 太陽が地平線から昇る頃、僕らの戦いは終わった。


 腕を取ってハオウを投げ、関節を力いっぱい捻じる。


 ハオウが痛みの絶叫を上げ、骨や腱の切れる音がした。


 馬乗りになったボクは遮二無二殴りつけた。ハオウの強張った身体から力が抜けて行くのがわかったけど、ボクもそれ以上動けないくらい、疲れていた。


 地面に身体を投げ出し、息を吐く。

 始めの時と同じように銅鑼が鳴り、歓声が上がった。


 ボクは棟梁として認められたのだろうか? 疲れ切った僕は朝日と風を感じながら、目を瞑った。


 

 ボクはどうやら棟梁として認められたようだった。

 カヌーフたちの寝床に運ばれていたボクが目を覚ますと、手当をしていたロボがハオウを呼んでくれた。


「新たな棟梁ペルーシク。俺が伝え聞いたことを教えてやろう」

「ありがとう、ハオウ。でもボクはカヌーフじゃないし、ここの棟梁にはなれないよ」


 そう言うとハオウはあの、牙をむき出しにした笑い顔になった。


「そう言うな。俺も見ての通り、ただのカヌーフじゃない」


 ハオウは難儀そうに腰を下ろす。ボクが片腕を折ってしまったからだ。


「俺はこの廃病院に逃げ込み、カヌーフたちを保護した人間に作られた。カヌーフと、フェラルを使って」


 その人はもう亡くなってしまったけど、どうやら壊れた世界をカヌーフの物にしたかった、らしい。


「よりニューク汚染に強いカヌーフが増えれば、壊れた世界でも暮らしていけると思っていたようだ」


 その人はハオウに、将来再利用の道があるかもしれない、旧世界の遺物について教えていたのだ。

 人払いをロボがしてから、ハオウがボクにだけ聞こえるよう近づいて話した。


「ここから日が昇る方角へずっと進んだ先に海がある。その先に旧世界の知識を保存した施設があった。そこにたどり着けば、お前の欲するものがあるかもしれない」

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