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◆第七話『翼の爪痕』

 茂みから抜け出し、ひらけた場所に出たそのとき。


 落ちていた小枝を踏み、パキンと音を鳴らしてしまった。


 翠竜がぐいと頭を持ち上げた。

 さらに大口を開け、咆哮をあげる。


 骨まで揺さぶるような凄まじい圧だ。


 レグナスは思わず竦みそうになるが、翠竜のとった行動が冷静さを保たせてくれた。


 ――音を聞いただけで相手を確認することなく咆えた。


 この過剰な反応は間違いなく怯えている。


 立ち上がったり、翼を広げたりしなかったことも気になる。


 本来、威嚇をする際は自身を大きく見せようとするものだ。それをしなかったということは、どこかしら怪我をしている可能性が高い。


「……悪い。驚かせたな。俺はお前の敵じゃない。お前と話がしたいだけだ」


 レグナスは距離を縮めんと片足をゆっくり前へと出す。


 と、翠竜が先ほどより短い咆哮をあげた。

 それ以上は近づくなとの警告だろう。


「大丈夫だ。大丈夫。俺はお前を傷つけるつもりはない」


 両手を挙げて敵意がないことを証明する。


 こちらの意思が伝わったか、足を踏み出しても咆えられなくなった。


 だが、完全に信用したわけではないらしい。

 一歩踏み出すたびに翠竜は頭をぴくりと動かしている。


 怯えから反射的に〝掟〟を破ってしまう竜もいるだろう。その可能性が脳にこびりついて離れなかったが、懸命に追い出して翠竜との距離を縮めていく。


 やがて翠竜の口先に触れられるところまで辿りついた。


 翠竜が低く呻きながら、値踏みするかのように鋭い目を向けてきた。


 情けないことに足は震えているし、冷たい汗が背中を伝っている。だが、こちらが怯えていると悟られるわけにはいかない。


 レグナスは真っ直ぐに翠竜の目を見続けた。

〝お前の敵ではない〟という意思を瞳に宿して――。


 翠竜がすぅとまぶたを上げ、呻き声を止めた。

 どうやら近づくことを認めてくれたようだ。


 レグナスはほっとしつつ、さらに翠竜との距離を縮めた。


「よし、よ~し……いい子だ」


 つんつんと試しに指先で鱗を触ってみるが、咆えられることはなかった。


 今度はしっかりと掌で撫でる。

 翠竜は安心したのか、すっと頭を地面に下ろした。


 その機を見計らい、レグナスは翠竜の体を診ていく。


「……やっぱり怪我してたんだな」


 森林のほうからでは死角になっていた右翼。

 その翼角から前縁にかけて竜の爪痕があった。


 黒竜を除いて、竜たちは同色同士で基本的に争うことはない。


 そして他色の竜を襲う可能性があるのは黒と赤のみ。

 珍しい黒竜がこの辺りで発見されたことはないので、おそらくは赤竜にやられたか。


 いずれにせよ、この傷のせいで翠竜は空が飛べなくなって落下したのだろう。


 だとすれば足や腹のほうも落下時の衝撃で怪我しているかもしれない。この衰弱具合を見るかぎり、その可能性は大いにある。


 クゥ、と翠竜が甘え鳴きをした。


「もう大丈夫だ。俺がなんとかしてやるからな」


 そう声をかけながら、レグナスは頬を撫でる。


「レグ~、どう~?」


 茂みのほうからペトラが潜めた声で訊いてきた。

 翠竜が頭をびくりと動かし、ペトラのほうを睨みつける。


「大丈夫。俺の仲間だ。お前を助けるために協力してくれる」


 レグナスは翠竜をなだめたあと、ペトラに向かって状況を伝える。


「やっぱり怪我してた! たぶん赤竜に襲われたんだと思う! ただ、手当てしようにもここじゃ道具がない!」


「じゃあ持ってくるー!?」


「いや、時間をかけると赤竜が来るかもしれない! ルグリン竜舎で受け入れてもらうようマルクさんに頼めないか!?」


「りょーかい!」


 ペトラは背を向けると、葉すれの音を慣らして走り去っていく。


「村長、竜運車の手配をお願いできますか!?」

「わ、わかった!」


 竜運車は言葉どおり竜を運ぶものだ。

 車輪は通常より大きく、引く馬の数も竜の大きさによって数を増やせるよう細工してある。


 竜の巨体もあって速度に限界はあるが、それでも竜を運ぶ唯一の手段だ。贅沢は言っていられない。


 レグナスは村長を見送ったあと、翠竜に視線を戻した。


「竜運車はここまで来られない。辛いだろうが、林道を抜けるぞ」


 ――いやだ。

 そう言わんばかりに翠竜はまぶたを閉じた。


「ダメだ。ここにいたらまた赤竜に襲われるかもしれない。それにお前の手当てもできない。俺も一緒に行くから。だから……ほら、行こう」


 翠竜はまたも「クゥ」と甘え鳴きをしつつ、のそりと立ち上がった。


 どうやら怪我をしたのは右後ろ足のようだ。

 ゆっくりと歩きだすが、そこだけを引きずっている。


 呼吸は荒く、悲鳴のような呻きも漏らしている。

 辛いだろうが、いまは耐えてもらうしかない。


「あ、あの……」


 林道の手前にピナが残っていた。

 彼女は不安な顔で道を譲ると、少し距離をあけて隣を歩きはじめる。


「ペトラについてたんじゃないのか」

「その子が心配で……助かるのですか?」


 のろのろと歩く翠竜のそばにつきながら、レグナスは答える。


「竜舎なら道具も揃ってるし、命のほうはきっと大丈夫だ。ただ、翼が傷ついてる。それも飛ぶのに一番大事なところだ。もしかしたら助かってももう飛べないかもしれない」


 レグナスは淡々と告げた。

 ピナの顔が悲しげに歪む。


「治す方法はないのですか?」

「人の力じゃ難しいかもな」

「そんな……」


 気休めでも大丈夫だと言ってあげるほうが良かっただろうか。だが、気休めほど酷なものはない。


「いまからでも遅くない。ペトラを追いかけろ」


 返事はなかったが、聞き分けてくれたようだ。

 ピナは駆け出し、林道へと入って行った。


 去り際、なにか思いつめた表情をしていたように見えたが、いまは彼女に構ってはいられない。


「……大丈夫だ。俺がついてるからな」


 そう声をかけながら、レグナスは翠竜とともに林道へと入った。



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