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◆第六話『墜ちた竜』

 ダジリア村から北東へ馬を走らせてから一刻程度。

 前方に三角の影が見えてきた。


 ラガン山だ。

 それほど高くなく山頂付近まで緑で覆われている。


「竜舎での仕事は、こういったこともするのですか?」


 そう訊いてきたのはピナだ。

 彼女はペトラの前にちょこんと座る形で馬に乗っている。


 ちなみにほかの同行者は村長だけだ。

 必要最低限の人数で来ている。


 レグナスはピナの問いに答える。


「いや、普通はしないな」

「でしたら、なぜ……?」


 首を傾げるピナにペトラが答える。


「リダムは田舎だからね。こういった竜の対応は近くの竜舎がするんだよ」


 言いかえれば、小さな竜舎でも対応できるほどの案件というわけだ。


 竜は掟の存在もあって人と住み分けている。

 だが、なんらかの理由でこちら側に来てしまうことがある。


 群れから追われたり迷い込んでしまったり。

 それらは大抵の場合、時間が解決してくれる。


 竜が自力で帰っていくのだ。

 だから結局、対応というほど大したことはしていない。

 人が安心するため、様子見しているといったところだ。


 村長が神妙な面持ちで言う。


「ラガン山の麓でとれる山菜はダジリアでは重要な食糧だ。なんとしても竜には立ち退いてもらわないと。いつもすまないが、今回もよろしく頼むよ」

「はい、村長」


 そんな会話をしているうちに麓に広がる森林に辿りついた。


 足場が悪いので、ここからは徒歩での移動になる。


 レグナスは馬に提げていた荷物からクロスボウを取り出した。


 もしものときのための装備だ。

 矢にはゲツレンカの花の蜜を塗っている。

 いわゆる麻酔矢と呼ばれているものだ。


「それじゃペトラ。ピナを頼む」

「はいはーい」

「え、え……?」


 ピナが目を瞬かせる。

 どうしてここまでなのか、と言いたげな顔だ。


「当然だろ。野生の竜はウェンディやロードンとは違う。人に慣れてない。さっき話した〝掟〟を無視して攻撃してくる可能性が充分にある」


 ここまでピナの同行を許したのは移動ついでにリダムの地を見せてあげたい一心からだ。野生の竜に会わせるためではない。


「これも竜舎の仕事なら、わたしも知っておきたいです」

「ピナ……いい子だから」

「わたし、レグナスさんの娘でも妹でもありませんっ」


 ピナが綺麗な眉を逆立てながら小さな頬を膨らませた。


 大人しいように見えて、こうと決めたら譲らない。

 短い間ながら何度も見てきた彼女の意外な一面だ。


 ペトラが「ぷっ」と笑いを漏らした。


「おい、笑い事じゃないだろ」

「だって」

「ったく……ペトラからも言ってやってくれ」

「あたしはいいんじゃないかって思うけど」


 ペトラがあっけらかんと言った。

 まさかの裏切りだ。


「おい、冗談だろ」

「下手に置いてったら、こっそりついてきそうな気がするし」

「だからペトラについててもらうんだろ」

「あたしは……ほら、ピナちゃんの味方だし」


 後ろから抱きしめたピナの頭にペトラは自身の顎を乗せる。


 顔は似ても似つかないのに、まるで本当の姉妹のようだ。


「ペトラさん……!」


 味方を得たからか。

 ピナが先ほどよりも強気な目を向けてきた。


「はい、こっそりあとをつけちゃいます!」


 下手についてこられた場合、予期せぬことが起こるかもしれない。


 それならいっそ一緒に行動して監視下に置いたほうが安全か。


 最悪の場合、〝自分が殺されれば竜は呪いで死ぬ〟。

 そうなればピナに危害が及ぶことはない。


 もちろん死にたくはないので本当の本当に最終手段だが。


「……わかったよ。一緒にきてもいい」

「本当ですかっ」

「ただし」


 浮かれたところをすぐに牽制する。


「竜が視認できるところまで来たら、それ以上は近づかないこと。いいな?」

「はい!」


 やった、とタッチを交わすピナとペトラ。

 レグナスは大きなため息をついて、少し先で待っていた村長のもとへと向かう。


「すみません、村長。お待たせしました」

「わかるよ。うん、わかる。わたしも妻と娘にはいつも手を焼いているからね」

「は、はあ……」


 村長家の事情は詳しく知らないが、彼も苦労しているようだ。


 とにもかくにも緊張感のない同行者たちから目をそらして、レグナスは前へと進むことにした。



     ◆◆◆◆◆


「いた」


 林道を歩きはじめてから間もなく。


 樹々を幾つか挟んだ向こう側、ひらけた場所で横たわる竜を見つけた。


 翠竜だ。

 その大きな翼をたたみ、うずくまっている。


 体の大きさからして幼竜ではない。

 少なくとも4歳以上であることは間違いないだろう。


 レグナスは後続に止まるよう手で合図を送った。


「村長、あの翠竜で間違いありませんか?」

「場所も発見者の報告どおりだし、翠竜とも言っていた。おそらく間違いないだろう」


 村長は翠竜に視線を固定しながら、焦りの混じった声で訊いてくる。


「レグナスくん、どうにかできそうか?」

「ちょっと待ってください。……少し様子が変なんです」


 あの歳の竜なら、ここが人間側の領域であることは理解しているはずだ。にも関わらず、帰る素振りも見せずに居座っている。


 考えつく理由はひとつしかない。


「ねえ、レグ。あの子、もしかして怪我してるんじゃない?」

「かもしれない」


 ただ、確証が持てなかった。


 ここからでは遠すぎてはっきり見えない。

 死角になっているところも少なくない。


「ペトラ、これを預かっててくれ」

「え、ちょっとなにする気? まさか近づく気じゃ――」

「そのまさかだ。みんなはここで待っててくれ」


 レグナスはクロスボウをペトラに預けたあと、翠竜のもとへと歩を進めた。



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