◆エピローグ『彼の待つ空へ』
〝――あれから3度目の春ですね。
リダムの春は王都よりも少しだけ遅くに訪れるのでようやくといった感じです。ここの気候にはいまだ慣れませんが、竜舎の仕事にはだいぶ慣れてきたと思います。
もちろんまだまだ学ぶことは多いです。でも、飛竜たちがなにを考えているのか、どんなことをして欲しいのか、なんとなくですがわかるようになってきました。
だからでしょうか、騎乗の練習もさせてくれた黄竜のウェンディがルグリン竜舎を旅立ったときはとても悲しかったです。
わたしにとってはルグリン竜舎に来たときからのお友達で、そして一緒にいた時間が一番長い飛竜でしたから。
そんな別れがありましたが、出会いもありました。ルグリン竜舎に新しい飛竜がきたのです。それも翠竜です。
名前はレイン。
女の子で少し大人しいのですが、すごく負けず嫌いな子です。
あっ、レインの名前で思い出しましたが、お父様にお伝えしたいことがあります。と言うよりそのためにお手紙を書いていたのですが――〟
「ピーナちゃんっ」
竜舎の清掃が終わり、器具を倉庫に片付けに行こうとしたとき、後ろから誰かに抱きつかれた。声からもわかっていたが、こんなことをする人はひとりしかいない。
「ペ、ペトラさん!?」
「相変わらずピナちゃんは可愛いなぁ~」
「く、くすぐったいですっ」
互いの頬がつぶれるぐらいに顔をすりつけてくるペトラ。過剰すぎる接し方だけれど、いつものことなのでもう慣れてしまった。
ペトラがようやく離れてくれたと思うや、少し首を傾げながら眉尻を下げる。
「髪、やっぱり切っちゃったのはもったいないなぁ。長いの綺麗だったのに」
言われて、ピナは肩に触れる程度で揃えた自身の髪を触った。
「あはは……どうしても気になる場面が多かったので。でも、おかげでいまはすっきりしていますよ」
「うん。ま~、短くてもピナちゃんはピナちゃんか」
ペトラが納得したように頷くと、目線を落とした。その先にはこれから片付けようと思っていた清掃用具が置かれている。
「掃除は……終わったみたいだね」
「はいっ、先ほど終わったので、片付けをしたらこれからお昼の餌をあげようと」
「あ、いいよいいよ。わたしがやるから」
「ですが――」
「レグ、あっちで待ってるよ。ほら、いったいった」
背中を押され、ピナは半ば追い出される形で竜舎をあとにした。ペトラの優しさに感謝しつつ、ルグリン家で準備をしてからまた外に戻ってくる。
庭のほうへ顔を出すと、レグナスの後ろ姿が見えた。そばではすでに鞍を取りつけたクゥとレインがじゃれ合っている。
2頭がこちらを見るなり揃って甘え鳴きをもらした。レインに至っては、ばさばさと翼を動かしながら駆け寄ってくる。その鼻先を撫でていると、レグナスとクゥも近くまでやってきた。
「レインの奴、早く飛びたくてしかたないみたいだ」
「お待たせしてごめんなさい」
「今週ぐらい当番休みにしてもよかったんだぞ」
「いえ、どうしてもいつもどおりにしたかったので。そのほうが落ちつきますし」
「……そうか」
レグナスはとくに責めることなく、理解を示してくれた。それから彼は柔和な笑みを浮かべながら、こちらをじっと見てくる。
「あ、あの……どうしたのですか?」
「いや、背伸びたなって」
「そうでしょうか。自分ではあまりわからなくて」
「ああ。前は俺の腹ぐらいだったしな」
「そ、そんなに小さくは――あったかもです」
「だろ」
レグナスが口の端を吊り上げ、にっと笑った
ピナは膨らました頬を縮めながら、負けじと彼の前に立つ。
「でも、いまは少し目線を上げるだけでレグナスさんの顔が見えるようになりました」
昔とは――。
ただ見上げるだけだった頃とは違うのだ。
「それじゃ成長したピナには、今日もしっかりと調整してもらわないとな。デビュー戦も近いんだ。みっちり行くぞ」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
ピナはレインに、レグナスはクゥに乗って飛翔する。
〝――お父様、わたし、ピナは騎手としてついにデビューすることになりました。来週、リダムで行われる新竜戦です。遠い地ではありますが、よければ観にきていただけないでしょうか。そしてお父様の目で見て欲しいのです。わたしがどれだけ成長したのかを〟
レグナスに連れて行ってもらった初めての空。あのときのことはいまでも覚えている。きっとこれからも忘れられない思い出となるだろう。けれど、あのときと同じぐらい自分が手綱を握って上がった空は興奮したし、感動した。
もちろん飛んでいるのはレインだ。けれど、それでも指示を出せば好きなところへと向かってくれるおかげで、まるで自分の翼で飛んでいるかのような気持ちになれた。
まるで地上すべてを望んでいるかのような、とても広い景色。ときに優しく、ときに激しく吹きつけてくる気まぐれな風。そして圧倒的な飛翔感。なにもかもが最高だった。
「ピナッ!」
前を飛んでいたレグナスがそう声をあげた。彼は続けて、肩越しに振り返りながら勝ち気な笑みを向けてくる。
「ギルトア大祭典で、待ってるからな……っ!」
いまやレグナスは大陸一の騎手だ。
対してこちらはいまだレースにも出ていない騎手だというのに……。
ピナはぐっと胸が熱くなった。
初めは見上げるだけで充分だった。けれどともに過ごすうち、いつしか彼のように飛びたいと思うようになった。彼と一緒に空を飛びたいと思うようになった。あの空――。
――ギルトア大祭典の空で。
いまはまだ遠い話だ。
けれど、いつか絶対に実現させる。
それがいまの自分の夢であり、目指すべき空だから――。
「はい! 必ず……必ず追いつきますっ!」
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




