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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第三十二話『まだ見ぬ空へ』

 遅れて後続がぽつぽつと現れてはゴールラインを通過していく。レースはまだ続いているため、レグナスはクゥを観客席側の脇に着地させた。


『ゴールしてもなお止まない大歓声! それほどまでに凄まじい激闘だったということでしょう!』


 レグナスは鞍から飛び降りたのち、クゥを労うように抱いた。翼はぐったりとしているし、息も荒い。きっと限界を越えて飛んでいたのだろう。本当によく頑張ってくれた。


 それにしてもゴール直後にピナの姿を捜したのだが、観客席には見当たらなかった。スタート前に聞こえた彼女の声は気のせいだったのだろうか。


「レグーっ!」


 ふとペトラの声が聞こえてきた。


 振り向くと、観客席の下――登場口の廊下から走ってくる彼女が映った。間近まできても止まらずに勢いよく飛び込んできたので、しっかりと抱きとめる。


「っと、いきなりだな」

「よかった、よかったよ……っ」


 そうこぼしながら、ペトラは嗚咽交じりに涙を流していた。


 ギルトア大祭典で墜落したあのときから、彼女にはずっと迷惑をかけてばかりだった。彼女なしではきっと復帰を考えることすらもできなかっただろう。本当に彼女には感謝してもしきれない。


「おめでとうございます」


 その声はいまや聞きなれたものだった。

 ペトラが離れると、声の主が映り込んだ。金の美しい髪に華やかなドレス。普通に生きていれば決して合うことはなかっただろう少女――。


「やっぱり来てたんだな、ピナ」

「はい、ペトラさんが迎えにきてくれたんです」


 いくらなんでも開始直前までペトラがいないのはおかしいと思っていたが、どうやらそういうことだったらしい。


「声、ちゃんと届いてたぞ。俺にも、クゥにも」

「絶対に勝ってくれるって思ってました……!」


 ピナから弾けるような笑みを向けられた。一点の曇りもない信頼がくすぐったが、同時に心地良くもあった。


 彼女がずっと信じてくれていたからこそ、こうしてまた空に戻ることができた。ペトラと同じく、彼女にもまた感謝してもしきれない。


「クゥもおめでとう。いっぱい頑張ったね」


 ピナから労いの言葉を受け、クゥが喜ぶように声をあげる。それから彼女のそばに歩み寄り、「クゥ」と甘え鳴きしていた。最近、ピナとは会えてなかったのできっと寂しかったのだろう。


 そうしてピナたちを微笑ましく見守っていると、視界の端にククシエルが入ってきた。彼女はこちらの正面に立ち、刃のように鋭い目つきを向けてくる。


「レグナス・ソングオル」

「……どうだ、少しは昔の俺に近づいてたか?」


 そう問いかけると、ククシエルがゆっくりと首を横に振った。それからまるで気持ちを入れ替えるように深く息を吐いたのち、清々しい笑みを向けてくる。


「昔よりも、ずっと気持ち良さそうに飛んでいたわ」

「……そうか」

「また一緒に飛びましょう。次は負けないから」

「ああ、望むところだ」


 握手を交わしたのち、ククシエルは去っていった。


 彼女ほどの騎手がいなければ、本当の意味で復帰できていなかったかもしれない。こうしてギルトア大祭典を目指さなかったかもしれない。ありがとう、とレグナスは彼女の背中に向かって胸中でそう告げた。


「そういやマルクさんは?」


 先ほどから探しているのだが、どこにも見当たらない。ペトラが目をそらしながら言いにくそうに話しはじめる。


「あ~……それなんだけど、ピナちゃんを迎えに行くときにウェンディに乗って行ったんだよね」

「ってことは貴族街を飛んだのか? 冗談だろ……」

「案の定、竜騎士に追いかけられちゃって」


 代わりにマルクが捕まったということか。


「あの、ペトラさんを責めないでください! わたしを思ってしてくれたことで――」

「わかってる。けど、これは優勝どころじゃないな」


 しかし、事情を説明したところで許してもらえるだろうか。盛り上がる会場とは相反して3人で暗い空気を漂わせていると、すべてを吹き飛ばすような声が飛んできた。


「やったな、レグナス!」


 そんな声とともに登場したのは竜騎士に捕まったはずのマルクだった。彼はこちらが唖然とする中でも構うことなく、快活な笑みを浮かべながら大きな声をかけてくる。


「お前なら絶対にやってくれると思ってたぞ! なにしろ俺の弟子だからな!」

「ってお父さん、大丈夫だったの!?」

「ん? ああ、危うく王城に連行されかけたが、あのお方に助けていただいてな」


 言いながら、マルクが体を横に開いて後ろを窺う。その先に立っていた人物を見た瞬間、ピナが驚いた声をあげる。


「お、お父様……っ!?」


 ピナの父親、オルバーン侯爵だった。


 間違いなくピナを追いかけてここまで来たのだろう。侯爵は厳しい顔つきのまま、こちらに向かってくる。ペトラが片頬を引きつらせる。


「うわ、なんかやばい感じ。どうしよう……」

「大丈夫です」


 言って、ピナが勇ましく侯爵の前に立ちふさがった。それからしばらく親子同士で睨み合ったのち、侯爵が静かに口を開く。


「ピナ、わたしになにか言うことはあるか」

「……勝手に抜け出して申し訳ありません。ですが、このレースを観ることはわたしにとってなによりも大切なことだったんです」


 ピナは臆することなく侯爵の目を見返しながら、意を決したように続きを継ぐ。


「わたし、騎手になります!」


 それはあまりに突拍子のない言葉だった。


 彼女が騎手を目指すという話は聞いていたが、まさかこんなところで宣言するとは思いもしなかった。侯爵も目を見開いていたが、すぐにその顔は真剣なものに戻った。責めるような厳しい声音で問いかける。


「わたしが反対すれば諦めるのか?」

「諦めません!」


 即答するピナ。

 やがて侯爵が根負けしたように息を吐いた。


「まったく……一度決めたら絶対に譲らないところは本当にソフィアそっくりだな」


 侯爵は呆れているようだったが、どこか嬉しそうでもあった。その顔からいっさいの険を取り除いて微笑を浮かべる。


「好きにしなさい。お前が元気でいてくれるのなら、わたしはもうなにも言わない」

「お父様……っ」


 許しを得たことに興奮したか、ピナが振り返って喜びに満ちあふれた顔を向けてきた。


「よかったね、ピナちゃん!」

「はいっ」


 喜びを分かち合うように抱き合うペトラとピナ。

 そんな2人をよそに侯爵がこちらに目を向けてきた。


「レグナスくん。知ってのとおりこの娘は危なっかしい子だ。どうか近くで見ていてやってくれ」

「……はい」


 彼女が騎手を目指す話を聞いたときから、もとよりそのつもりだった。彼女が憧れた騎手として教えられることを教えたい。そしていつか、ともに別々の飛竜に乗って空を飛べればこれ以上最高なことはない。


『残念ながら脱落した組が出てしまいましたが、今年度も実に素晴らしいレースでした! 間もなく表彰式が始まりますので3位の組から順にどうぞ再登場をお願いします。そしてみなさま、素晴らしい激闘を繰り広げてくれた彼らをどうか盛大な拍手でお迎えくださいっ!』


 すべての飛竜がゴールし、会場の熱は少し収まりかけていたが、再び火がついたように沸き上がった。盛大な拍手と歓声の中、3位、2位の組が登場しては観客たちに応えていく。


「行ってくる」


 ピナやペトラ、マルクに見送られる中、レグナスは再びクゥとともに飛翔した。観客に応えながらギルトアレース場の空を飛びまわる。


 優勝できたことは嬉しい。だが、それ以上にこの空を笑顔で翔けられたことが嬉しかった。レグナスは心地良い風を全身で感じながら、クゥの首もとを優しく撫でる。


「お前と出会えたから俺はまた空に上がることができた。ここまでこられた。……本当にありがとう」


 応じたようにクゥが咆えると、思い切り翼をはばたかせて一気に飛びあがった。レグナスは慌てて手綱を強く握り体勢を整える。いきなり飛びあがったクゥを見てか、会場もどよめいていた。


 いったいどうしたのかと思ったが、ずっと遠くを見ていたクゥの目を見て理解した。レグナスは思わず口元を緩めてしまう。


「そうか、そうだよな。まだまだこれからだ」


 クゥと出会ってから色んなことがあったからか、とても長い時間を一緒に過ごしたような気がするが、実際は半年程度しか経っていないのだ。飛んだことのない空も、出たことのないレースもまだたくさん残っている。


 レグナスはクゥとさらに高く飛びあがり、なによりも速く翔けた。


 終わりが見えないほどに広い空。


 その先にきっとまだ感じたことのない最高の風があると信じて――。



「一緒に飛ぼう、クゥ。そして行こう、俺たちの空へッ!」




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