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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第三十話『猛追』

『ようやくスタートしました、翠竜クゥ! 盛大な拍手で送られ、ギルトアレース場をあとにしていきます! しかし、先頭はすでにミドナ川中間に差し掛かったところ。最後尾も大風壁をちょうど迂回しようかというところまできています! これは少々……いえ、かなり厳しい状況と言えるでしょう!』


 あまりに遅いスタートだったからか、まるで健闘を称えるかのような拍手を観客席から送られた。どうやら多くの観客がもう優勝は無理だと思っているらしい。


 先頭との距離を考えれば無理もないかもしれない。だが、そうは思っていない人もいる。それを知っているからこそ、レグナスはただ前だけを見て飛び立つことができた。


 ギルトアレース場を出てから最初に待ち構えているのはルーモン荒野だ。〝気まぐれ空〟とも呼ばれるほどにここの空には多くの気流が混ざるように散在している。時折、突風が吹くギルトアの空を体現したかのような場所だ。


 この場所において風の流れを読むことはできないが、触れた瞬間に感じることはできる。


 レグナスは竜心を叩き、翼の指示権を預けてもらった。風が触れた瞬間に風の強弱、向きを把握。前へと進みやすい風だけを選んでは翼をはばたかせる。そのたびにグイと体に圧がかかり、クゥが加速する。


『な、なんという飛行でしょうか! この荒れ狂ったルーモン荒野の空を完全に手玉にとっています! レグナス・ソングオル! かつて神童とも呼ばれた天才騎手が、その実力を遺憾なく発揮しています!』


 これ以上ないぐらい神経が研ぎ澄まされていた。それこそ風を読み取った瞬間に指示を出せるほどだ。クゥもまたそれに応えてくれていた。互いの体が繋がっているような、そんな不思議な感覚を抱くほどにズレがない。


 やがて前方に巨大な白色の壁が見えてきた。縦横どちらも端が見えないほどに巨大なあれは大風壁。ルーモン荒野の東端に刻まれた溝から生まれた特異な気流によって形作られている。


『あっという間に大風壁まで到達しました、翠竜クゥ! ですがここから先の大風壁迂回コースにはルーモン荒野に吹くような風はありません。快進撃もここまででしょう――っと、翠竜クゥ、いったいなにをしているのか! 第一チェックポイントを通過してもなお曲がる気配がありません!』


 まともな飛行では追いつけないことぐらいわかっている。だから、まともではないことをやるしかなかった。


「クゥ、怖かったらやめるぞ」


 これから無茶なことをする。少しでもクゥに怯えが見られるようなら本来のコースである右方への迂回を選ぼうと思っていたが、その様子はいっさい見られなかった。そればかりか、まるで気合を入れるように雄々しい声をあげていた。


「そうか。お前も勝ちたいんだな。だったら、行くぞ――!」


 ルーモン荒野から加速した勢いをそのままに直前で翼をたたみ、一本の矢のごとく大風壁へと突っ込んだ。


 下方から襲ってくる風の激流は想像以上だった。前へと進む勢いが一気に上へと変換されていく。いまにも天まで吹き飛ばされてしまうのではと思うほどだ。


 鞍のベルトが腹に食い込み、吐きそうになる。さらに体中の肉が踊るような、そんな感覚に見舞われる。いますぐにでも竜心を叩いて翼をはばたかせたい衝動に駆られるが、下手に翼を広げれば一気に持っていかれる。


 そんな一瞬にも満たない逡巡の中、大風壁の気流が薄れ、正面に青空がうっすらと映り込んだのを確認した。


 ――いまだッ!


 クゥの翼が開かれたと同時、ぐんと全身が持ち上がる感覚に見舞われた。気流を拾って上へと流されているのだ。しかし、それは一瞬のことだった。クゥが力強く翼をはばたかせ、その体を前と撃ちだした。大風壁を抜けだしたクゥが勝ち誇るように咆える。


『な、なんということでしょうか! 翠竜クゥ、大風壁を抜けてしまいました! たしかにチェックポイントをくぐりさえすれば問題はありません! ですが、あの大風壁を抜けるなどと誰が考えるでしょうか!』


 正直、なんて馬鹿なことをしたのだろうといまさらながら思う。だが、見合った成果は得られた。正面に見える第2チェックポイントの先、黄竜の後ろ姿が映っていた。出走数は13。つまり現在12位の飛竜だ。その先にも何頭か見える。


 レグナスは一旦クゥに翼の指示権を返し、前方の黄竜のあとを追いかけた。すでにレース場から遠くなったこともあり、司会者の声は聞こえない。


 第2チェックポイントを過ぎると、下方に川が見えてきた。ミドナ川だ。横幅は翼を広げた飛竜5頭分とかなり広く、先は次の区画であるグアド渓谷まで真っ直ぐに続いている。


 ミドナ川は高度で風の流れがかなり異なる。時間や気候によって向きも変化するが、いまは下方が追い風のようだった。


「クゥ、もっと下だ! 限界まで下がるんだ!」


 水がつきそうになるほどまでクゥの高度を下げた。前方の飛竜との距離はほとんど縮まっていない。だが、まだ勝負をしかけるつもりはなかった。


 ミドナ川の風があまり強くないこともあるが、先ほどルーモン荒野と大風壁で無茶な飛行をしたこともあって、なによりいまはクゥを落ちつかせたかったのだ。


 レース中とは思えない静かでゆったりとした時間が流れる。やがてミドナ川の先に切れ目が見えてきた。あの先は滝となっており、そこからグアド渓谷のコースが始まる。


「クゥ、下りたら一気に仕掛けるぞ!」


 ミドナ側の切れ目を越えた、直後。クゥが翼をたたんで急降下を開始する。真下にはミドナ川の水が作った巨大な滝つぼが広がり、流れ落ちた水が地鳴りのような音を響かせていた。


 滝の中間を過ぎた辺りからゆるやかに翼を開かせ、なめらかな曲線を描いて降下から復帰。飛び散る大量のしぶきの中、水面をなぞるように翔け、滝つぼ上に設けられた第3チェックポイントを通過する。


 グアド渓谷の特徴はうねりにうねった狭い道だ。いかに速度を落とさずに翔けるかが重要となるが、ごつごつとした岩肌はコース側に大きく突き出しているものもある。曲がった先に目の前にあったなんてことは少なくないため、細心の注意を払わなければならない。


 ノスヴェリア大渓谷と違って強い風はない。

 だが、小回りの効く翠竜にとっては得意な場所だった。


 ほぼ勢いを殺さずにグアド渓谷に突っ込んだからか、2つ目の曲がり道を過ぎたところで前方を飛んでいた黄竜に追いついた。


 次の曲がり道で相手が外側へとふくらんだ。その瞬間、レグナスはカットターンを決めて内側へともぐり込み、一気に抜き去る。


「なっ」


 クゥがスタートから出遅れたことを知っていたのか、いましがた抜かした騎手がひどく驚いていた。あと11頭。目の前にも1頭は見えているし、その先にもちらちらと映っている。


 ――ここで抜けるだけ抜く。


 ほかの騎手たちが速度を制限する中、レグナスはクゥにさらなる加速を望んだ。急角度の曲がり道のみカットターンを使用し、ほぼ速度を落とさないようにグアド渓谷を翔け抜けていく。


 1、2……3……4。残り6頭ッ!


 ついに7位まで順位を上げた、そのとき。正面に第4チェックポイントが見えてきた。その先には渓谷の道はない。あるのは切り立った崖だ。あそこを上がった先に最後の区画であり折り返し地点となるベスティビア大樹がある。


 チェックポイントを過ぎ、グアド渓谷から飛び出した瞬間。黒い影が左方を翔け抜けていった。黒竜アステリオ、騎手ククシエルの組だ。


 すでに折り返し、復路に入ったのだろう。かなり距離を縮めたと思ったが、やはりそう簡単にいかせてはくれないらしい。レグナスは逸る気持ちを追い出し、視線を進路に戻す。


 なによりも先に視界に飛び込んできたのは天にも届くかという巨大な木――ベスティビア大樹だった。根の周辺には美しい花々や小さな湖がぽつぽつと見られ、そのさらに外側には多くの木々が集まっている。


 ここは精霊や妖精の棲家となっている場所だ。普段、人も竜も歓迎されることはない。だが、ギルトア大祭典の日だけはべつだった。


 まるで出迎えるように妖精と思しき色とりどりの燐光がふわふわと舞い、また大量の枝葉が歌うように葉擦れの音を鳴らしていた。


 ここを訪れたのは過去に出場したギルトア大祭典以来だ。相変わらず幻想的な場所で思わず見惚れてしまいそうになるが、あいにくといまはそんな暇はない。


 レグナスは折り返し地点を目指しながらほかの飛竜の姿をさがす。前方、折り返し地点前に3頭。折り返し地点を過ぎた先に目を向ければ、グアド渓谷に戻っていく2頭が見えた。やはりククシエルが1頭抜けているようだ。


 遠い。遠すぎる。

 本当に追いつけるだろうか。


 そんな疑心が脳裏を過ぎったが、すぐに頭を振って払い落とした。


 ――絶対に追いつける。追いついて、誰よりも早くギルトアレース場へと戻る……ッ!


 レグナスはコースの外側へとクゥを流した。最短となる内側を飛ぶのが一般的だが、翠竜には関係ない。風があるかないか。ただそれだけがコース選びで重要なことだった。


 ベスティビア大樹ほどではないが、大きな木々の枝葉をさざめかせるほどの風がそこには流れていた。レグナスは背中を押されるように加速し、木々の内側をなぞるように翔ける。


 周囲には妖精たちがあとをついてきていた。面白がっているのか、あるいはからかっているのか。答えはわからないが、ただなんとなく応援してくれているような気がした。


 折り返し地点となるベスティビア大樹をぐるりと大回りしはじめる。回っている間はまだ内側を飛んでいた3頭に負けていたが、回り終えたときには一気に抜き去った。


 レグナスとクゥは纏った風の勢いをそのままにベスティビア大樹の区画を抜け、グアド渓谷に再び飛び込んでいく。


 残り3頭……ッ!



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