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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第二十八話『ギルトア大祭典』

 その日、王都ギルトアの空は賑やかな声で彩られていた。王城から延びる通りのほとんどには各地方から訪れた商人による露店がずらりと並び、また商業区の店は派手な飾りつけで普段とはまったく違った光景を演出している。


 当然ながら行き交う者も多い。通りに沿ってラギア王国兵士と演奏楽団によるパレードも行われるため、一歩踏み出せば誰かに触れてしまうほどだ。


 そんな身動きが取りづらい中、正午が近くになるにつれ、人々の流れは示し合わせたように王都東端――レース場に向いた。この日、行われるすべての催しがそこで行われるもののためにあるといっても過言ではない。


 大陸一を決めるレース。


 ギルトア大祭典が行われようとしていた。


 レース場からほど近い場所で翼慣らしを終えたあと、レグナスはクゥを待機区画に着地させた。鞍から降りると、マルクが近寄ってきた。彼はクゥの鼻先を撫でながら、快活な笑みを浮かべる。


「クゥの奴、いい状態だな」

「はい、今日はいつも以上に調子がいいです」

「ま、新竜とはいえ、もう5戦は飛んでるからな。少しは慣れてきたんだろうよ」


 待機区画にはほかの出走者の姿も見られた。まだ翼慣らしで空を軽く飛んでいる者もいるが、もう出走時間が近いこともあって多くが地上に戻っていた。


「まだそのみすぼらしい竜に乗っているのか」


 ふと後ろから声をかけられた。振り向いた先に立っていたのは黒竜を連れた癖っ毛のある騎手。ルグリン竜舎の山向こうに住んでいる大商人の息子――ダルダン・ズノーデだ。


「……なんだ、ダルダンか」

「このダルダン様が直々に挨拶にきてやっているというのに、ずいぶんな挨拶だな」


 相変わらずの不遜な態度だが、見慣れ過ぎて腹を立てる気にもならなかった。


「出走リストを見たとき、驚いたぜ。まさかお前も出るなんてな」

「ふんっ、僕ほどの騎手なら当然のことだろう」

「でもお前、A級で勝ったこと一度もないだろ。やっぱり、また親の金で――」

「う、うるさい! 実力なら間違いなく大陸一なんだ。僕が出ておかしいことはなにもないだろう!」


 むきになって反論してくるダルダン。


 大方、ギルトア大祭典に出走可能な飛竜の騎乗権利を金で買い取ったのだろう。正直、同じ騎手として軽蔑に値する行為だ。とはいえ、ダルダンになにを言っても無駄なことは身をもって知っているので放置するほかなかった。


 ダルダンが連れていた黒竜の手綱を引くと、その肌を撫でながら誇らしげな顔を向けてきた。


「……カイザードラゴン。どうだ、僕に相応しい竜だろう」


 黒竜は全体的に大きな体を持つが、中でもかなり大きいほうだ。遠目でしか見ていないのでわからないが、ククシエルの愛竜アステリオよりも大きいのではないだろうか。


 肌艶もかなりいいし、目つきからは勝負強さも窺える。ダルダンのような小物に従っているあたり性格もきっとかなりいいのだろう。正直、彼にはもったいないぐらいの竜だ。


「たしかに、いつもどおり竜のほうは最高だな」

「む、妙に引っかかる言い方だな……」


 まあいい、と彼は鼻を鳴らしたのち、唐突にきょろきょろと辺りを見回しはじめた。


「ところで……ペトラはどこに行ったんだ? 見当たらないが……」

「ちょっと遅れてるみたいなんだ。ま、そのうちくるんじゃないか」

「そ、そうか。まあ、べつに彼女がいたからどうということはないのだが」


 ごほんっ、とわざとらしい咳払いをして続ける。


「いずれにせよ覚悟しておけ、レグナス。今日こそどちらが上か、貴様に思い知らせてやるぞっ!」


 そんな宣告をして、彼は遠ざかっていった。


 ダルダンの相手をしたあとはどっと疲れる。そろそろ無視を決め込むのも手かもしれないが、それはそれで面倒なことになりそうだから厄介だった。レグナスは盛大にため息をついたのち、振り返って無視を決め込んでいたマルクに声をかける。


「マルクさん、あいつにはああ言いましたけど、ペトラの奴、大丈夫でしょうか。遅れるって言ってましたけど、いくらなんでも遅すぎのような」

「問題ない。あいつはあいつの仕事をしにいってるだけだ。お前はレースのことだけに集中していればいい」


 マルクがこれほど言い切るのだから問題はないのだろう。

 言われたとおりに気持ちを切り替えようとしたが、その前にしなければならないことがあった。レグナスはマルクへと真っ直ぐな目を向ける。


「マルクさん、色々ありがとうございました。ここまで来られたのはマルクさんのおかげです。本当に感謝してもしきれません」

「ったく、なに言ってやがんだ。息子も同然の奴の面倒見るなんて当然だろ」


 くすぐったそうに鼻を荒々しくかいたあと、マルクが「ただ」と継いだ。


「恩を返したいってんならひとつだけ言いたいことがある」


 続けて、にかっと笑う。


「好きに飛んでこい!」

「……はいっ!」


 そう返事をしたと同時、レース場で花火があがった。

 呼応するように余興の演奏もはじまる。


 沸き上がる歓声のもとへ向かって、レグナスはクゥとともに歩きだした。



     ◆◆◆◆◆


『ついに、ついにこのときがやってまいりました! ギルトア大祭典! 選ばれた13頭の飛竜たちが大陸一をかけてギルトアの広い空を翔け抜けます!』


 一気に上がった観客の熱が冷めぬうちに司会者の声が高らかに響く。


『それでは出走する飛竜と騎手たちに入場していただきましょう! 先頭を飾るのはこの組、黒竜カイザードラゴン、そして騎手――』


 呼ばれた組から順に観客席の下をくぐり、コースのほうへと登場。スタートラインへとついていく。出場するだけでも困難な大会とあって、どの組も盛大な拍手で迎えられていた。


『7番。翠竜クゥ、騎手はレグナス・ソングオル!』


 ついに順番が回ってきた。レグナスはクゥに声をかけて飛び出した。屋内から屋外へ。広がる青い空や王都を背景に数えきれないほどの観客の姿が映り込んだ。


 ギルトア大祭典に出場するのは今回で2度目だが、まるで既視感がなかった。こんなにも多くの観客がいたとは。いかに昔の自分が怖いもの知らずだったか、周りを見ていなかったかがよくわかる。


 あの頃とはなにもかもが違う。

 ただ、ひとつ変わらないのは勝ちたい気持ちだけだ。


 レグナスは拍手に応えるように旋回を混ぜつつ、飛行する。


『ドラゴンレースファンなら、この名を聞いたことがあるのではないでしょうか。かつて最年少でギルトア大祭典に出走し、驚かせたあの彼です。不幸な墜落から引退したとの話を聞いていましたが……約4年のときを経て、この舞台へと戻ってきました!』


 その経歴を聞いてか、観客席は少なからずどよめいていた。墜落やら復帰やらを大々的に明かされてなんとも言えない気分に見舞われていると、一区画から大きな声援が飛んできた。


「応援してるぞー!」

「レグナスーッ!」


 ダジリア村の知人たちだ。20人ほどだろうか。応援に駆けつけてくれたようだ。おかげで胸のもやも綺麗になくなった。彼らに感謝しつつ手を振ったあと、レグナスはスタートラインについた。クゥの首を撫でながら待機する。


『おそらくこの組を観に訪れた方も少なくないでしょう! 昨年度のギルトア大祭典の覇者! そしていまだ無敗を誇る絶対王者! 8番――黒竜アステリオ、騎手ククシエル・ルーファです!』


 耳をつんざくような歓声が沸いた。まるでスタート直後を思わせるほどの熱量だ。そんな中でも騎手のククシエルはいっさい動じていなかった。むしろそれが当然であるかのように軽やかな旋回で観客に応えてみせた。


『果たして彼女たちを負かす組は現れるのでしょうか!? それとも彼女たちが2連覇を果たすのでしょうか! いずれにせよ目が離せないレースとなることは間違いないでしょう!』


 大歓声を一身に浴びながらククシエルが隣についた。その後、黒竜アステリオを労うように撫でながら、こちらをちらりと見てくる。


「……まさかここまで来るとは思ってなかった」

「俺もだ」


 レグナスは肩をすくめつつ応じた。同意されるとは思わなかったのか、ククシエルが目をぱちくりとさせていた。


「あんたが言うように昔の俺はもういない。昔のように飛べないかもしれない。けど、それでもこの舞台に戻ってこられた」


 4年前のギルトア大祭典で墜落したあのときから飛竜に乗れない日々が続いた。騎手生活はもう終わったと諦めかけていた。だが、周りの人たちに支えられ、やっと戻ってこられたのだ。彼らに報いるためにも――。


「今日は俺が、俺たちが勝つ」

「……今日も私が勝つ。勝って私の記憶から弱いあなたを消し去る」


 互いに視線をぶつけ合い、どちらからともなく目をそらした。


 やがて演奏楽団による華やかなファンファーレが始まった。大陸最大のレースに相応しく豪勢で勇ましい音楽だ。


 コースの進路上に運営の飛竜が一定間隔に滞空しはじめた。2頭1組でテープを持っている。あの下をくぐりさえすればコース取りは大まかで構わない決まりだ。


 レグナスは観客席を見渡した。

 先ほどから幾度もピナの姿を探しているのだが、まったくといっていいほど見当たらなかった。


 もし彼女がいたなら人一倍大きな声援を送ってくれているはずだ。観客の数は優に千人を超えるが、その中でも彼女の透き通るような声ならきっと見つけられる。


 諦めきれずに限界まで探しつづけるが、やはり見つけられなかった。あのような事故があったのだ。もう飛竜とは関わらないようにとオルバーン侯爵が手を回していてもおかしくはない。


 レグナスは手綱をぐっと握りながら前を見た。


 この舞台に立てたのはピナのおかげだ。


 彼女が諦めなかったから、クゥを飛ばすことができた。

 彼女が諦めなかったから、自分もまた空に戻ることができた。


 彼女にはこのレースを観ていて欲しかった。それが叶わないというのなら、せめてこのレースに勝利したと報せたい。そして――。


 ありがとうと伝えたい。


 やがてファンファーレが終わり、会場が大きな拍手に包まれる。それから波が引くように観客のざわめきがほぼ消えた。静かにもかかわらず不思議と高まっていく熱気、興奮。それらがついに破裂しそうなったとき。


 開始の合図がギルトアの空に響き渡った。


 溜まりに溜まった観客の緊張が地鳴りのような歓声を生んだ。びりびりと空気が震える中、騎手が手綱を強く握り、飛竜たちが雄々しく翼を広げる。


『さあ、各竜一斉にスタート! 我先にと抜け出したのはカイザードラゴン! 次に黒竜アステリオ! あとを追って続々と飛び立って行きます! っと、どうしたのでしょうか!? いまだ1頭がスタートラインに立ったままです。これは……今大会唯一の翠竜、クゥです!』



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