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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第二十五話『オルバーン侯爵家』

 ボナロ豊饒祭から約1ヶ月後。

 明後日に行われるラギア記念に向け、王都入りしていた。


 王都周辺の竜舎ではない地方の飛竜は王立の仮説竜房を借りられるようになっている。すべてが屋内となっており、設けられた竜房の数は28。ひとつずつ区切られ、竜房にいる限りほかの飛竜と目が合うことはない。


 なにかあったときにすぐ対応できるよう厩務員の寝床兼作業場も併設されている。さらには近くに王都の外に出られる道があり、そこで散歩も可能と環境はかなりいい。


 問題があるとすれば風通しがあまりよくないことだろうか。おかげで若干臭いがこもり気味だ。慣れていない者が入れば思わず鼻をつまむ程度には臭い。


「そういやピナはきたことあるのか?」

「はい、一度だけ見学に。でも、こうしてクゥが入っているのを見ると、また違った感覚で……なんだかそわそわしてしまいます」


 先ほど竜房に入ったばかりのクゥを撫でながら、ピナが落ち着かない様子で言った。いまでは彼女もルグリン竜舎の一員として立派にレースに関わっている。観ているだけのときと違った感覚なのは当然のことだろう。


「もうこっちはいいから、そろそろ行ってもいいぞ」


 マルクが荷車を引いて戻ってきた。積荷にはたくさんの藁が載っている。この王立仮設竜房では事前に申請することで敷物や餌を用意してもらうことが可能だ。おかげで最小限の荷物で王都入りできていた。


「すみません……マルクさんひとりに任せてしまって」

「なに、もともとこれは俺の役割だ。騎手のお前はしっかりと息抜きしてこい」

「……ありがとうございます」


 マルクが満足そうに頷いたかと思えば、厳しい顔つきでペトラに向きなおった。


「で、ペトラ。くれぐれも粗相のないようにな」

「大丈夫だってば。もう、心配性なんだから」

「心配にもなるだろ。礼儀もなにも知らないうちの田舎娘が侯爵さまんとこに行くってんだからな」

「田舎娘って言うなー」


 いーっ、とペトラから抗議の顔を向けられる中、マルクはピナのほうへと向きなおる。


「それじゃ、二人をよろしくな」

「はいっ」



     ◆◆◆◆◆


「なにこれ、可愛い! 前にきたときはこんなお店なかったよね?」

「そこは、たしか1年前にできたばかりですよ」

「えぇ、もっと早くにきてればよかったー! あそこにも可愛いのある! あ、あっちにも――」


 ずらりと並んだ硝子張りの店。そこに展示された工芸品の数々を目にして興奮しっぱなしのペトラ。そんな彼女を後ろから見守りながら、レグナスはピナと笑い合う。


「田舎者丸出しだな」

「でもペトラさんらしくていいと思います」


 王立仮設竜房をあとにし、作業服から着替えて王都の通りを歩いていた。


 王都ラギアの建物は、中央の王城から放射状に伸びた道に沿うよう並んでいる。道の長さが均一なので上空からは綺麗な円形の街並みを望むことができる。


 建物の種類は区画によって大まかに分類されている。中心地の王城に近い箇所には貴族の屋敷や王立の施設。中間は商業関係の建物。外側には平民の家屋が多く建ち並んでいる。ちなみに仮説竜房やレース場も外側だ。


「ねえ、レグ。見てみて!」


 言いながら、ペトラが両手に持ったぬいぐるみを見せつけてきた。大きさは人間の頭程度。ずんぐりむっくりな2頭身のこの姿は精霊だ。眠たそうな目もよく似ている。


「それどうしたんだ?」

「買っちゃった。えへへ、可愛いでしょー」


 ぬいぐるみを胸にぎゅっと抱くペトラ。もこもこの毛や柔らかな感触が気持ちいいのか、とても幸せそうだ。


「いや、買っちゃったって……これからピナの家に行くってわかってるのか?」

「お父様なら大丈夫ですよ。そういったことはあまり気にしない人ですから。そ、それより――」


 そう代わりに答えたかと思うや、ピナがとてとてとペトラに歩み寄り、少し恥ずかしそうにしながら恐る恐る口を開いた。


「わたしも触らせてもらっていいですか……っ!」


 ……ピナ、お前もか。



     ◆◆◆◆◆


「こ、ここがピナちゃんのおうち……」

「なんていうか……すごいな」


 王城にほど近い貴族街の中、周囲よりも際立って立派な屋敷の前にきていた。


 派手さはなく白を基調に落ちついた色合いだ。建物は思っていたよりも大きくないが、仕切られた塀の中――庭はとても広かった。飛竜が2頭入っても余裕がありそうなぐらいだ。


 色とりどりの花を手入れする庭師の姿も見られる。そんな光景に前にレグナスはペトラとともに唖然としていた。場違いというほかない感じだ。


「大きいだけで本当になにもないところですけどね」


 あはは、と苦笑するピナに続いて屋敷内へと入った。


 中には当然のようにメイドが働いていた。「お帰りなさいませ、お嬢様」と恭しく頭を下げられ、淑やかに応じるピナ。そんな光景に恐縮しつつ、レグナスはペトラとともに一階の応接室へと通された。


 絨毯は踏みしめるたびに深く沈むし、座るよう勧められたソファは尻が包まれたように感じるほど柔らかい。どれも木造でしか体験したことがないため、まるで別世界に迷い込んだかのような感覚だった。


「旦那様をお呼びしてきますので少々お待ち下さい」


 そう言い残して、メイドが部屋をあとにする。ぱたんと静かに扉が閉まった途端、「ぷはぁっ」とペトラが息をついた。


「なんていうか、改めてピナちゃんがお嬢様だって思い知らされたよ」

「最近じゃ一緒に飛竜の世話をしてるからよく忘れるけど、やっぱりピナは侯爵家の娘なんだよな」


 いま、ピナは初めて竜舎に訪れたときと同じ赤いドレスを着ている。そのせいもあって余計に〝お嬢様然〟とした感じが出ていた。


「わ、わたし、お二人にはこれまでどおりに接して欲しいです」


 ピナが必死になって懇願してくる。レグナスはペトラを顔を見合わせてくすりと笑う。


「わかってる。侯爵家の娘でもなにも変わらない」

「うんうん、もうピナちゃんとはお友達だもんね」

「レグナスさん、ペトラさん……はいっ」


 心底嬉しそうな顔で頷くピナ。

 そんな顔を見せられては、こちらまで笑顔になるしかなかった。


 と、扉がこんこんと小突かれた。ピナが「どうぞ」と声をかけると、扉が開けられる。中に入ってきたのは初老近い男性だった。


 優しげな目を持ちながらも威厳ある風格を持っている。その身を包む上品で洗練された衣服からしてピナの父親であるオルバーン侯爵で間違いないだろう。


「待たせてしまってすまない。ああ、座ったままでいい」


 レグナスはペトラとともにすぐさま立ち上がろうとしたが、制止を受けて浮かした尻をゆっくりと落とした。オルバーン侯爵が対面のソファに腰を下ろしたのを機にピナが口を開く。


「お父様、ただいま戻りました」

「……元気にやっているようだな」

「はい。お父様もお元気そうでなによりです」


 親子の挨拶もほどほどにオルバーン侯爵がこちらに目を向けてくる。


「それで、こちらがルグリン竜舎の方々だね」

「レグナス・ソングオルですっ」

「ペ、ペトラ・ルグリン……です!」


 二人して背筋をピンと張って応じる。緊張しているのが見え見えだったからか、オルバーン侯爵が優しげに口元を緩めた。


「そうかしこまる必要はない。……娘から手紙で何度も名前が出ていたからね。きみたちのことはよく知っているよ」

「お、お父様、そのことはっ」

「わかっている。なにを書いていたかを言うつもりはない」


 そう言われたものの、ピナは安心できないようで落ちつきがない。彼女があれほど取り乱すとは……いったいなにを書いていたのだろうか。


「娘が迷惑をかけてはいないだろうか。これまで王都でなに不自由ない暮らしをしてきた子だ。世間知らずなところは多々あっただろう」


 オルバーン侯爵家がそう問いかけてきた。

 ピナはなにを言われるのかと不安な様子だ。


「いえ、そんなことはありません。むしろすごく助かっています」

「うんうん、いまじゃ糞の処理もできるしね」

「お、おい――ペトラっ」

「あっ」


 ペトラが慌てて両手で口を押さえるが、もう遅い。ただ、侯爵に怒っている様子はなかった。目を瞬かせていたが、次の瞬間にはふっと笑みを漏らしていた。


「構わない。竜舎で働くというのはそういうことだからね」


 侯爵ともなればもっとお堅い印象があったが、どうやらそうでもないらしい。きっとこんな人柄だからこそ、ピナのような優しい子を育てられたのだろう。そう思うと、ひどく納得できた。


「今日はゆっくりしていってくれ。必要なら泊まっていくといい」

「それはさすがに……飛竜のこともあるので」

「わかっている。冗談だ」


 ほんの少し自嘲するように笑った。


 クゥになにかあったとき、いつでも駆けつけられるように王都滞在中は竜房近くに宿をとっていた。ピナも同じ宿に泊まることになっているが――やはり侯爵としては王都滞在中だけでも屋敷に泊まってほしかったのだろう。


 いまからでもピナを説得して屋敷に泊まらせたほうがいいのではないか。しかし、頑固なピナのことだから、きっと譲ることはないだろう。そうして逡巡していると、ピナがすっくと立ち上がった。


「あの、お父様。お二人に屋敷をご案内してきてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだとも。ただ、彼とは先に少しだけ話をさせてもらってもいいかな」


 突然のことにレグナスはきょとんとしてしまった。話とはいったいなんだろうか。ピナも聞いていなかったようで怪訝な顔をしている。


「お父様?」

「男同士の話という奴だよ。……大丈夫、あのことを話したりはしない」

「絶対に、ですよ?」


 念を押すように言ったピナに「ああ」と侯爵が頷く。しきりにこちらを気にしていたピナだったが、諦めがついたように息を吐いた。


「では行きましょう、ペトラさん」

「うんっ、実は気になってたんだよね。これだけ大きい屋敷だし、なんか隠し通路とか財宝とかありそうだなって」

「そ、そんなものはないですよ。でも、お部屋はたくさんあるので色々なものはあるかもです」


 侯爵の前ということも忘れてペトラはすでにはしゃいでいた。あれではどちらが年上かわからない。彼女たちが部屋をあとにして侯爵と二人きりになったが、おかげで緊張よりも申し訳なさのほうが勝った。


「その……すみません。ペトラが騒がしくて」

「いや、気にしないでくれ。むしろあの子の元気な姿が見られて嬉しい限りだ」


 言葉どおりのようで侯爵はピナたちが出て行った扉のほうを見ながら、優しい笑みを浮かべていた。


「久しく見ていなかったよ。あの子があんなに楽しそうに笑っているところを」

「そう……なんですか?」


 少し困ったように眉根を下げたのち、侯爵はゆっくりと立ち上がった。庭側の窓から外の景色を眺めつつ、静かに口を開く。


「ピナから母親についてなにか聞いているかな」

「母親……ですか。いえ、なにも」


 そう言えば侯爵の話は聞いていたが、母親のことは一度も聞いたことがなかった。しかし、その母親の話がいったいなんだというのだろうか。


 ふと侯爵の目が遠くを見つめるようにすっと細められた。


「いまから5年前ぐらいか。わたしの妻は病で倒れてしまってね。そのまま帰らぬ者となってしまったんだ」


 いきなり告げられた衝撃の事実にレグナスは言葉が出なかった。


「わたしは深い悲しみに襲われたよ。だが、わたしには彼女が遺してくれた最愛の娘がいる。いつまでも下を向いているわけにはいかない。そう言い聞かせてなんとか立ち直れたが、まだ幼かったピナは塞ぎこんでしまってね」


 当時のことを思い出してか、侯爵は手に拳を作りながら話を継ぐ。


「それからあらゆる手を尽くしてあの子に元気を取り戻させようとしたが、上手くいかなかった。そうして途方に暮れていたとき、ちょうどドラゴンレースに招待されたんだ。ものは試しにと連れて行ったのだが……見事にあの子は元気を取り戻してね」


 侯爵が拳から力を抜いてこちらを向いた。

 その顔は嬉しさ半分、呆れ半分といった感じだ。


「そこからは、おそらくきみも知ってのとおりだ」


 ――ドラゴンレースの大ファンになり、竜の世話をしたいと言い出した。


 侯爵の許しを得てピナが竜舎にきていたことが疑問でならなかったが、まさかそんな経緯があったとは思いもしなかった。どうりで侯爵も許さざるを得ないわけだ。


 ただ、侯爵も全面的に賛成というわけではないようだった。


「正直なところ、あの子を預けることに不安な気持ちがないわけではない。なにしろ飛竜は人間とは違うからね」


 レグナスは思わず立ち上がった。

 侯爵へと真っ直ぐに目を向ける。


「たしかに言葉を介すことはできません。ですが、気持ちを通わせることはできます。なにより人と竜の間には掟があります」

「その掟が絶対でないことはきみも知っているはずだ。それに飛竜が意図したものでなくとも、大きな事故が起こりやすい環境であることは間違いないだろう」

「それは……はい」


 反論できなかった。そもそも侯爵から言われたことは、これまで自分がピナに言い聞かせてきたことと同じだ。


 しかし、なにか言い返さなければピナが竜舎にいられなくなるかもしれない。そんな気がしてレグナスは胸中で言葉を練ろうとするが、なにも出てこなかった。


「だが、あのような顔を見せられてはな」


 侯爵が深い息を吐くと、困ったような笑みを浮かべた。そのままこちらに歩み寄ってきたのち、目の前で足を止める。


「レグナスくん」


 侯爵の鋭くも強い意志の宿った目がこちらを射抜いてくる。レグナスは思わず目をそらしてしまいそうになるのを堪え、しかと見返した。


「ピナを、よろしく頼むよ」

「はい……!」



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