◆第二十四話『大祭典に向けて』
ギルトア大祭典はA級だ。
出走するためにはB級レースを3勝し、A級に昇格しなくてはならない。エドラ大森林杯を勝ったクゥには残り2勝が必要になる。
マルクに相談すると快く日程を組んでくれた。というより、いずれ言い出すだろうと準備していたという。本当にマルクには感謝してもしきれない。
それからは出走するレースに向け、これまでより質を上げた訓練をおこない、クゥとともに自身の体力を強化。さらに連携もいっそう高めた。
そんな訓練のおかげか、オキール特別記念に勝利。そして地元リダム開催のボナロ豊饒祭でも――。
『大歓声の中、いま、翠竜クゥがゴール! 風のあまりない苦しい環境の中、大仕事をやってのけました! レグナス・ソングオル、見事な手綱さばきでほかの騎手を圧倒! かつてのリダムの英雄が完全に復活して戻ってきました!』
地元リダムであり、ダジリア村から近いこともあってゴール地点の牧場隅には多くの知人が応援に駆けつけてくれていた。そんな中においても、やはりピナとペトラの声援は規格外に熱が入っているうえに大きかった。
レグナスは苦笑しつつ、向けられた声援に応えるように旋回させた。それから地上に下り立ってクゥを労っていると、マルクが歩み寄ってきた。
「よくやった」
「はい……!」
顔の高さで差し出された右手。
そこに、レグナスは自身の手をバシンと合わせる。
「これでA級昇格だ!」
◆◆◆◆◆
レース後、ルグリン竜舎の庭に多くの知人を招いていた。ボナロ豊饒祭の副賞である作物や畜産物を配るためだ。
それらの配布が終わったのち、行われる祝勝会。流れる肉の香りを肴に盛り上がる会話はいつもどおり賑やかで、また気持ちを弾ませてくれた。
ただ、いまはレース後とあってか、少し気疲れしていた。レグナスは会場からこっそり抜け出すと、竜舎を挟んで逆側――普段、飛竜たちを遊ばせているほうの庭へと向かった。
見慣れた大岩に上がって座り込み、後ろに両手をついて空を見上げる。いまだ多くの赤みが残った夕刻の空に、ぽつぽつと星が顔を出しては輝きはじめていた。一日でもっとも幻想的な時間だ。
遠くから祝勝会の喧騒が聞こえてくる中、じっと空を眺めつづける。さらさらと芝を揺らしながら風が吹きつけてきた。夜が近いからだろうか、ひんやりと冷たい。
そうして穏やかな時間を過ごしていると、背後から二つの足音が近づいてきた。
「こーら。主役がいなくなってどうするの」
「みなさん、レグナスさんと話したがってましたよ」
振り向くと、予想どおりペトラとピナが立っていた。
ペトラは怒り気味、ピナは困り気味と二様の顔で出迎えられる。とはいえ、もっともな反応なので言い返しようがない。髪をかいていると、ペトラが先ほどまでの怒り顔が嘘のようにふっと笑った。
「ま、レグは照れ屋さんだからしかたないか」
「……そういうことにしといてくれ」
そう答えて、また空に視線を戻してから間もなく。
「んしょっ」
「ピナちゃん、大丈夫?」
「はいっ、ひとりでも上れますっ」
後ろからピナとペトラの呻き声が聞こえてきた。見れば、二人して大岩に上ってきた。ペトラが悪戯っ子のような笑みを向けてくる。
「きちゃった」
「いや、まあそれは見てたからわかるが……」
「ご、ご迷惑でしたら下ります」
ピナが申し訳なさそうに言ってきた。
「……好きにしたらいいんじゃないか」
そう伝えると、ペトラとピナが顔を見合わせて笑顔になる。したり顔のペトラを見るに予想どおりの展開だったらしい。すべてお見通しといった様子に多少の悔しさは感じるものの、悪い気はしなかった。
「もう少しそっち詰めて。真ん中じゃないと座りづらいから」
真ん中へと位置を変えられ、果てには彼女たちに挟まれる格好になった。先ほどまでは少し寒いぐらいだったが、いまはそれもまったく感じない。ほんの少し居心地の悪さを感じながら、愚痴をこぼすように言う。
「あっちにいたほうが美味いもん食えるだろ」
「こういうときに出されるお肉、分厚いんだもん。少しで充分だよ」
「わたしは、その……お酒のにおいがちょっと苦手で」
どちらも大いに納得できる理由だった。
「たしかに子どもにはまだ早い空間だよな」
「レグだってまだ子どもじゃん」
「それは否定しない」
祝勝会の主役ならきてくれた人の相手をするのが当然の義務だ。そんな中、こんなところに逃げてきたのだから否定のしようがなかった。そうして三人でくすくすと笑い合っていると、ピナがぐいと前のめりになった。
「それよりついにですね、ギルトア大祭典っ」
興奮を隠し切れないといった様子だ。
そんな彼女にペトラが言いづらそうに伝える。
「あ~、ピナちゃん。それなんだけど、まだ出られると決まったわけじゃないんだよね」
「え、でもA級に上がったはずでは……あっ」
どうやら気づいたようだ。
「賞金額……でしたっけ?」
「そう、大祭典は今年度の総賞金から順に枠が決まるんだ。A級の出場数が少ないクゥにはいまのままじゃ出走は厳しい」
当然ながらA級のほうがB級よりも入賞した際の賞金額が多い。正直、B級で5回優勝してもA級の優勝賞金には届かないぐらいだ。
「もちろん、そういった事情も織り込みずみで日程を組んでる。ギルトア大祭典の15日前に開催されることから前哨戦と言われる、ラギア記念。そこで2位以内に入れば出られる」
ラギア記念は2戦行われる。もし負けたらという想定はまったくしていない。そもそも大陸一を決めるレースで勝とうというのだ。前哨戦で負けようものなら本番で勝てるわけがない。
「ラギア記念ってことは王都ですよね」
「そうだよ。さすがピナちゃん。よく知ってるね」
「でしたら、お二人についてきて欲しいところがあるのですが、いいですか?」
「あたしはまったく問題ないよ」
「俺もべつに構わないが……行きたいところ?」
そう問いかけると、「はいっ」と頷いたピナがにこやかに答えた。
「わたしの家です」




