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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第二十一話『ナハキド大賞①』

『すでに多くの観客がノスヴェリア大渓谷に沿ってずらりと並んでおります。この壮観な光景はまさにこのレースならでは。今年もナハキド大賞がやってきたのだと実感させてくれます……!』


 レース開始前となり、司会者の声がナハキドの空に響きはじめた。


 出走予定の飛竜と騎手はノスヴェリア大渓谷の内縁に沿って一列に並んでいた。全部で13頭。レグナスはクゥとともに最後尾からひとつ前の12番目に待機中だ。


 帯同者は1名と決まっているのでマルクのみ。今頃、ピナとペトラは北橋の内縁近くにいるだろう。スタート、ゴール地点にもっとも近い関係者用の特別席だ。


『まずはコース説明をさせていただきます。ラトン北橋からスタート。反時計回りに進み、ナハキド大空洞の西口から東口へ。また反時計回り進み、北橋までを2周がコースとなります』


 つまりノスヴェリア大渓谷の北側半分だけを使う形だ。距離は前回のエドラ大森林杯に比べて2倍近い。そんな持久力が重要となるレースとあってか、出走する青竜の数は7頭とかなり多い。


『またレース中は地上――橋より高い位置まで上がると失格になるので騎手は注意が必要です。観客のみなさまも飛竜がよく見えないからと体を乗り出しすぎて渓谷に落ちないよう充分にご注意ください』


 一応、観客席として割り振られた縁にはロープが張り巡らされているため、単純な不注意で落ちることはない。だが、過去の同会場で行われたA級ノスヴェリア記念にて興奮した観客が落下してしまった事故が起きたので運営者があちこちで目を光らせている。


『それではお待たせいたしました。出走する飛竜たちを紹介していきます!』


 これまでのざわつきが一瞬にしてまとまり、歓声となった。みな、いまかいまかと待っていたようだ。拍手の中、司会者の声によって紹介がはじまる。


『まずはこの組からです。青竜デスベランド、鞍上ムンバック! デビューから5戦連勝、ウズール期待の新星。いままさにノリに乗っている飛竜です!』


 先頭に並んでいた青竜が飛び立った。直後、観客から多くの声援があがりはじめた。本拠地なだけあってさすがの人気だ。ムンバックは歓声に応えるようにデスベランドを飛ばし、手を振っている。


 その様を見ながら、マルクが声をかけてくる。


「いいか、レグ。今回、出る飛竜はほとんどがウズール出身だ」

「つまり完全に敵地って奴ですね」

「ああ。その辺り覚悟しとけよ」


 声援があれば自ずと気持ちも乗ってくる。だが、声援がなければ自分だけで気持ちを高めなければならない。この差はかなり大きい。


 また、もしリードしていた場合、罵声が飛んでくる可能性もいなめない。マルクの言うとおり覚悟はしておく必要があるだろう。


 歓声に応え終えたデスベランドが橋の下にもぐり込んだ。そこにはドラゴンレース用に飛竜用の足場が設けられている。


 ちょうど飛竜が1頭入る程度で仕切られ、15頭まで止まれる造りだ。いまはあそこに留まり、開始と同時に飛び立つ手はずになっている。


 以降も出走竜が次々に紹介され、そのたびに飛竜が飛び立っていく。やがて7頭目の紹介を終えたところで観客たちの声援が静まった。冷めているというより、まるで破裂寸前の風船のような空気だ。


『次の出走竜は黄竜ノイン、騎手はライラとなっておりましたが、直前に騎手変更があり、急遽この方が騎乗することになりました。いまやドラゴンレース界でこの名を知らぬ者はいません! ギルトア大祭典の覇者、そして絶対無敗の王者! ククシエル・ルーファです!』


 黄竜ノインとともにククシエルが飛び立った瞬間、耳をつんざかんばかりの歓声が沸きあがった。ウズール出身の参加者よりも圧倒的に大きい。


 ギルトア大祭典の覇者という称号ゆえか、あるいはその美しさゆえか。いずれにせよ凄まじい熱狂ぶりだ。


「とんだ歓迎っぷりだな。さすが絶対王者と言われるだけある」


 呆れた様子のマルクだが、ククエシエルを捉えるその目は勝負師のように鋭い。


「あの竜、前回のレースでは5位だったそうだ。……だが、騎手で大きく変わる。わかってるな」

「……はい」


 ククシエルの力量は見たことがないのでわからない。だが、ギルトア大祭典を取るほどだ。間違いなく優勝争いに絡んでくるだろう。最初に紹介されたムンバック組とともに要注意だ。


 その後、大会運営に促され、飛竜に騎乗してからほどなく。

 ついに順番が回ってきた。


『それでは次の紹介に移ります。今回はリダム地方からの参戦。新竜ながらB級エドラ大森林杯に格上挑戦――見事に優勝した翠竜クゥ、鞍上レグナス・ソングオルです!』


 紹介の間にゴーグルを装着、外れないようにと手の平で押さえて確認する。


「よし、行ってこい」

「はいっ!」


 マルクの声に押されるようにしてレグナスはクゥとともに飛び立った。エドラ大森林杯とは比べ物にならない数の観客の注目を浴びている。昔は気にならなかったが、いまはやけに緊張する。


 ひとまず歓声はほとんどない。微妙に怪訝な顔をしている観客が多いように見えるが……控えめな拍手のみと予想どおりの反応だ。


「レグーっ! 頑張ってー!」

「レグナスさ~~~~んっ、クゥ~~~~っ!」


 そんな中だからか、ペトラとピナの声はよく聞こえた。おかげで先ほどまであった緊張も吹き飛んだ。軽く片手を振って応じたのち、レグナスは旋回もほどほどにスタート地点の足場へと下り立った。


 正面は木造の網目状ゲートで塞がれているため、前へと飛び立つことはできない。フライング対策だ。ちなみにゲートは開始とともに運営の飛竜によって引き上げられることになっている。


 最後に紹介された飛竜も隣の足場についた。


『各竜、出揃いました。さあ、間もなくナハキド大賞が始まります!』


 観客からの拍手ののち、橋の上で待機していた演奏者たちによるファンファーレが始まった。頭上から聞こえてくる華やかかつ勇ましい音楽を聴きながら、レグナスは集中を高めていく。


 復帰後から二戦目だが、まだ現実感は薄い。この場にいるのは自分なのか。本当はまだベッドで寝ているのではないか。そんな考えをどうしても抱いてしまう。だが、握った手綱の感触、尻や脚から伝わるクゥの体温は本物だ。


「クゥ、初めからいくぞ」


 そう声をかけると、クゥが応じたように首を上下に軽くうならせた。以前に出走したエドラ大森林杯に比べて今回は落ちついている。この調子ならきっと大丈夫だ。


 やがてファンファーレが止んだのを機に会場が静まり返った。両隣の騎手たちが揃って居住まいを正しはじめる。レグナスは否が応でも高まっていく緊張に抗おうと、細く長く息を吸って吐き出す。


 いつ弾けてもおかしくないほどに会場が緊張感で満たされた、そのとき――。


 ブォオオ、と間延びした低い開始音がラトンの空に響き渡った。



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