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飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


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◆第十六話『エドラ大森林③』

 クゥは着陸するなり翼をぐったりと下ろした。

 初めてのレースなうえ慣れない場所での飛行とあってか、やはり相当疲れたようだ。


 それでも目にはまだ活力が有り余っているように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。きっとクゥも理解しているのだ。いまも聞こえてくる称賛が自身に向けられたものである、と。


 レグナスは鞍のベルトを外したのち、クゥから飛び下りる。


 地に足をつけた瞬間、かすかにフラついてしまった。レースは息詰まる展開だったが、本当に短い時間だ。きっと疲れではなく、安堵から無意識に脱力してしまったのだろう。


 汗もたくさんかいていた。

 だが、いやな感じはない。

 むしろささやかな風に吹かれ、ひんやりと心地良くさえあった。


 大きく息を吸って今一度心を落ちつかせた、そのとき。


「レグー!」


 駆け寄ってきたペトラがそのままの勢いで首に抱きついてきた。


「っと、倒れるぞ」

「おめでとう! 復帰戦で優勝だよ! ほんとすごいよ!」

「ああ、俺も色々驚きだ」


 優勝してもどこか夢心地のような気分が続いていたが、ペトラの弾けるような笑みを前にして、ようやくこれは現実なのだと実感できた。


 離れたペトラと入れ替わり、今度はマルクが目の前に立った。にかっと気持ちのいい笑顔を向けてくる。


「やったなぁ! レグナスっ!」

「マルクさん……はい、ありがとうございます!」


 復帰までの約3年間。


 ずっとなにも言わずに見守ってくれていた。それどころかいつ復帰してもいいようにと常に準備をしてくれていた。本当に感謝してもしきれない。


 込み上げた感情に思わず涙を見せそうになったが、ぐっと堪えた。代わりにマルクがかかげた手の平へと喜びをぶつけるように自身の手の平をぶつけた。


「レグナスさん、あのっ」


 ピナもまた近くまできていた。上手く言葉が出てこないのか、口を開いては閉じたりを何度も繰り返したのち、意を決したように声をあげる。


「おめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」


 クゥが空に戻るためにとピナが必死になってくれなかったら、またこの舞台に戻ることはなかっただろう。


 ピナはクゥに歩み寄り、その目元の近くにそっと手の平をおいた。


「クゥもおめでとう。すごいよ、本当に」


 彼女の目はいまも興奮しているようだが、クゥを気遣ってか。優しく言葉をかけることに専念しているようだった。


 人間と同じように接するようにと言われてすぐに実践できる者はそうそういない。しかしピナは違う。本当に……親しい友人として接している。そんな彼女だからこそ、クゥも受け入れているのだろう。


「最後、ゴール前で声援送ってくれたろ。あの声援がなかったらこの勝利はなかった」

「き、聞こえていたんですか? あんなにすごい歓声だったのに」

「クゥの奴、ピナの声はよく聞こえるみたいなんだ」


 その言葉がよっぽど嬉しかったのか、ピナは眩しいぐらいに目を輝かせた。


「これからもクゥのことを応援してやってくれ。きっとそれが一番の力になるはずだ」

「はい、もちろんです!」


 両手をぐっと握りしめながら気持ちのいい声で返事をする。

 そんな彼女を横目に見ながら、レグナスはペトラやマルクと顔を見合わせた。


「僕は認めないぞ!」


 ふいに覚えのある声が聞こえてきた。

 声を辿ると、予想どおりの人物――ダルダンが立っていた。わなわなと体を震わせながら、悔しさ満点の顔を向けてくる。


「なにか卑怯な手を使ったんだろう! そうじゃなきゃこの僕が負けるわけがない!」

「卑怯な手って……そんなことできるコースじゃないだろ。大体、お前は勝手に自滅しただけじゃねーか」

「ぐっ、そ、それは……あの青竜が僕の指示に従わなかったから――」

「あんなにいい青竜、なかなかいないぞ」


 少なくともA級のレースで上位に食い込む力はあるだろう。それほどまでにいい体と翼だった。今回、あの青竜にいい騎手が乗っていたなら出遅れた状態では間違いなく勝ちきれなかった。そういう意味ではダルダンに感謝しかない。あの青竜には気の毒だが。


 まだ感情の収まりがつかない様子のダルダン。

 そんな彼の前にピナが勇んで歩み出た。


「見苦しいです!」

「きみはさっきのちっこいの……」

「だから、ちっこくありません!」


 ピナの高い声を聞いて、不快だとばかりにダルダンが顔を歪めた。


「僕はいますごく機嫌が悪いんだ。さっきは捨て置いてやったが、これ以上生意気な口を聞くようなら僕も容赦はしないぞ」

「おい、ダルダン。その辺にしといたほうがいい」

「レグナス、お前ごときが僕に忠告するなよ。身分をわきまえろ」


 すっかり頭に血が上って冷静さを失っているようだ。いや、冷静だったとしてもいつも変わらないかもしれない。彼のことはあまり好きではないが、顔馴染みの仲だ。これ以上、破滅に向かわないようにピナの正体を教えることにした。


「あ~、すごい言いにくいんだけどな。その子の名前、ピナ・オルバーンって言うんだ」

「だからどうしたというんだ。そんな名前、聞いたことも――」


 これまで荒かったダルダンの鼻息がぴたりと止まった。


「オ、オルバーン!? あの侯爵家のオルバーン……?」

「そうだ」

「なにを馬鹿なことを言って――」


 改めてピナを見やったダルダンが硬直した。いま、ピナが着ている服はペトラのお下がりで素朴なものだ。だが、ピナ自身から滲み出る気品自体は隠せていない。さすがのダルダンもそれを感じとったのだろう。顔が一気に青ざめていた。


「ど、どうしてそんなお方がこんなところに……」

「あなたに教える必要はありません!」


 侯爵家の娘にかみついてしまった事実に怯えてか、すっかりダルダンは勢いを失ってしまった。一歩二歩と下がると、怒りの矛先をこちらに向けてくる。


「く、くそっ、覚えてろレグナス! パパにもっと良い竜を用意してもらって必ず僕が上だってことを思い知らせてやるからな」


 最後にはそんな捨て台詞を吐いて逃げるように去っていく。

 ピナがその後ろ姿を見ながら頬を膨らませる。


「本当に失礼な方ですっ」

「あいつの相手をまともにしてたら疲れるぞ。適当にあしらうのがいい」

「いやです」


 なんてはっきり言い切るあたりよほど嫌いらしい。

 少し過剰な気もするが、おかげでダルダンとしばらく顔を合わさなくてすむなら悪くはないかもしれないと思った。


「レグナス、そろそろ表彰式だ」


 マルクが司会席のほうを見ながら声をかけてきた。思いもよらぬ横槍で水を差されてしまったが、勝利の余韻はまだ続いている。


「リダムから応援に来てくれてる人もたくさんいる。声援に応えてやれよ」

「はい……!」



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