表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛竜の風 ~あの日なくした翼を取り戻すため、俺はまた空へと上がる~  作者: 夜々里 春


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/33

◆第十二話『変わらずそこに』

「やっぱりだめですよね……」


 ルグリン家の居間にて。

 テーブルを挟んだ対面のマルクを前に、レグナスは思わず顔を俯けてしまう。


 ペトラとピナ。それにレイラもいるが、室内は沈黙が支配していた。


 ルグリン竜舎に帰ったのはちょうど日が落ちた頃だった。大切な話があるとマルクに伝えたところ、夕食前にしろと言われ、いまに至るわけだが……。


 マルクの顔が思いのほか険しかった。

 普段、陽気なところを見せているからか、余計に際立っている。


 やはり、また騎手をやらせてくれなんて虫がよすぎたのだ。そんな不安が胸中に満ちはじめたとき。


「良いぞ」


 マルクが言った。

 その顔からは綺麗さっぱり険が取れている。


「……はい?」


 あまりに予想外で思わず聞き返してしまった。


「だから、良いぞって言ったんだ。騎手に戻って、あの翠竜と一緒にレースに出たいんだろ? だったら出ればいい。このルグリン竜舎からな」


 途端、ピナとペトラが手を合わせて歓喜の声をあげた。その傍らではレイラが優しい笑みを浮かべている。


 そんな中、レグナスはひとりきょとんとしていた。

 認めてもらえたことはなんとか理解できたが、どうにも腑に落ちないことがあったのだ。


「じゃ、じゃあ……さっきのやたらと長い間は?」

「ちょっと脅かしただけだ」

「冗談きついですよ……」


 全身から一気に力が抜けた。

 険悪な流れから完全に断られると思っていたのだ。

 天井を仰ぎながら、ふぅと息を吐く。


「お前がデビューしたあの日から、もう俺の竜舎はお前のためにあるようなもんだ。だから、ダメなわけねぇだろ。全面的に応援してやる」


 言って、にかっと笑うマルク。


「マルクさん……」


 ルグリン竜舎で働くようになってから、もう八年になる。そんな長い付き合いとあって、マルクには家族のような想いを抱いているが、彼もきっと同じ想いでいてくれている。それを身に染みて感じることができた。


「レイラ」

「あれですね」


 マルクに言われて、レイラが居間を出て行った。しばらくして戻ってきたとき、彼女はその手に三着の衣服を手にしていた。そのうちひとつを両手で広げ、見せてくる。


 緑を基調に白と黄色で簡素に模様付けされた、その服は――。


「それって……」


 忘れはしない。

 かつてレースに出場した際、身に纏った騎手服だ。


「お前がいつ復帰してもいいように騎手服も用意してある」

「こっちが去年版で、こっちは一昨年版ね」


 レイラが楽しそうに残った二着を見せてくれる。はっきり言って違いはほとんどわからなかったが、込められた愛情は痛いほど伝わってきた。


「でも、だったらもっと早く言ってくれても」

「それは、その~なんだ……まあ、色々あんだよ。色々なっ」


 マルクは居心地が悪そうに目をそらした。

 そんな彼を見て、ペトラがくすくすと笑う。


「お父さんね、昨日の夜、あたしに言ってきたんだよ。あんなことがあったあとだから、レグが復帰するって言うまで待ってやるんだぞって」

「おい、ペトラ! 言うんじゃねぇよ、台無しだろうがっ」


 焦るマルクに、ペトラは悪戯っ子のように笑っていた。


 マルクは「ったく」と呆れたように息をつくと、咳払いをした。


「しかし、あの翠竜か……爪を見たが、おそらく五歳だ。ほかの竜に比べて出遅れもいいところだな」


 竜の年齢は五歳までなら爪に刻まれた薄い筋で見極められる。だが、六歳以降は爪の成長が止まるので、おおよそでしか判断ができない。


 そうしたこともあり、クゥと出逢えたのが六歳を迎える前だったのは幸運と言える。年齢がわからなくてはレースに出られないからだ。


「その辺りは心配ないと思います。かなり賢くて、反応もいいです」


 ほう、とマルクが感心する。


「もちろん細かい調整は必要ですし、教えないといけないことは沢山あります。ただ、それらを補って余りあるほど、あいつの翼は良く伸びてくれます」


 一度のはばたきで、どれだけ進めるか。

 それはドラゴンレースにおいて、もっとも基本的であり重要な能力だ。


「久しぶりに乗ったからおおげさに感じてる、なんてことはないよな?」

「ちょっとお父さん、その言い方――」

「いや、いいんだ」


 ペトラの擁護を遮って、レグナスは続ける。


「多少なりともあると思います。でも、それでもあいつの翼は違います。はばたいたあとグンと伸びるんですけど、すぐに滑らかになって。空を泳いでる……そんな感じにさせてくれます」


 誇張なしの感想だ。

 これまでに乗った、どんな飛竜とも違う。


「お前にそこまで言わせるか」


 マルクは驚嘆したように目を開くと、満足したように頷いた。


「よし、もうなにも言わねぇよ。最初に言ったとおり全力で応援するぞ」

「ありがとうございます、マルクさん」


 本当に信頼してくれている。

 それが嬉しくもあり、くすぐったくもあった。


「それで、どこに出るかはもう決めてるのか?」

「いえ、まだです。許可が出てから決めようかと」


 ふむ、とマルクは腕を組んで悩む素振りをみせる。


「新竜戦は昨日したばかりだ。次は一ヶ月後で空き過ぎる」

「でも、そこしかないですよね」

「一週間後のエドラ大森林杯はどうだ」

「エドラですか……」


 同じリダム地方内にある、エドラ大森林と呼ばれる場所で行われる大会だ。生い茂る大樹の間を翔け抜ける特殊なコースとあって頭のイカれたレースとして有名である。すんなりと同意できないのもそれが理由だ。


「あの、新竜のクゥはC級ですよね? エドラ大森林はB級のはずでは……?」


 ピナが疑問を口にした。

 ドラゴンレースをよく観るとはいっても、詳しい仕組みは知らないようだ。


「枠が空いてさえいれば格上のレースにも出場できるんだ」


 そうレグナスは説明する。


 レースに出場する竜はA、B、Cと三つの階級に分けられる。レースにも同様の階級が設定されており、同階級のレースにしか出場できない仕組みだ。ちなみに昇格するには規定の数の勝利が必要で、C級は一勝、B級は三勝となっている。


「今年は集まりが悪いらしくてな。いまの時点で3枠も空いてる。締め切りも近いし、明日にでも申し込めばいけるはずだ」


 そうマルクが説明すると、ピナが不安げに自身の手を握りしめた。


「集まりが悪いのって、やっぱり去年三頭も途中で脱落したからですよね……」

「よく知ってるね、ピナちゃん」


 ペトラが感心したように言う。


「王都以外のレースは観にいけなかったので、人伝にですけど」

「まあ、たしかに去年の脱落も影響してるかもしれないが、ぶっちゃけちまえばエドラだとよくあることだ。たしか……八年前だったか。あのときなんて五頭も脱落したぞ」


 マルクが笑い話のように語る。

 安心させるどころか、不安を煽ってどうするのか。

 案の定、ピナが青ざめていた。


「クゥは大丈夫でしょうか?」

「それは騎手のレグナス次第だな」


 にやりと笑いながら、マルクが目線を投げかけてきた。


「どうだ、やれるか?」

「じゃなきゃ復帰したいなんて言いません。気になるのは風がほとんど影響しないことぐらいです」


 つまり騎手の技術の差で勝負が決まる可能性が高いということだ。


「なぁに、新竜戦前の調整と思って気楽にやればいい」

「なに言ってるんですか」


 マルクが気遣って言ってくれたことはわかっている。だが、少しでも勝てない可能性を示されたからか。長い間、胸中の奥底でなりを潜めていた闘志が一気にせりあがった。


 レグナスは勝ち気な笑みを見せながら、宣言する。


「出るなら勝ちに行きますよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ