机がいつも丁度いいところにある。
人に声を掛けられた時、私はびっくりして、近くのデスクに小指を打ち付けた。電流が全身を駆け巡るような、痛みがじんじんと伝わって、私は顔を歪ませながら、足の小指をいたわるように、その場に屈み込んだ。
「大丈夫?」
人が声を掛ける。私はびっくりして、頭上のデスクに頭を打ち付けた。視界がぐらんとして、痛みすら感じないような、衝撃が私の意識を、真っ白に塗り替えていく。ああ、もうだめだ。
「ちょ、え、だ、大丈夫?」
人が声を掛ける。私はびっくりして、だけどもう動けなかった。その場にでろーんと伸びて、ピクリともしなかった。なにも、ここまで怯える必要も無かった。私に声を掛けていたのは、同僚の柚木だった。
「え、あんた何やってんの!?」
柚木は、倒れた私を抱きかかえて、必死に呼び止めようとする。でも、私の意識はふわりと飛んでいった。
お母さん。先立つ不孝を、お許しください。
「しっかりしなさい!」
ぺしんと音をたてる私の額。あれ、痛い。痛いよ柚木。何するの。とかなんとか考えていたら、本当に意識を失っていたようだ。
目を覚ますと、ふかふかの布団の中に居た。起き抜けのぼけーっとした頭には、白いカーテンから漏れ出る金色の光が眩しかった。そうだ、ここは、私の部屋だ。寝ぼけた頭で、やっと理解できた。でも、昨日は何してたっけ。思い出せない。まあいいや。
ふと、枕脇の時計が、目に入る。痛い。違う。あ、遅刻しそう。
ひょええぇ!
私は布団を蹴とばして、部屋中を駆け回る。一人暮らしを初めてから、いつもこんな感じ。痛い。タンスの角に、小指をぶつけた。ぐは。小指をぶつけた衝撃で、テーブルの上にダイブした。
ズコーン!!
ひょええぇ、へ、変な声出た。どっから出たんだろ。
いやいやいや、落ち着け、落ち着こう。落ち着いて、ゆっくり深呼吸。
私は、机の上から身を起こしながら、息をゆっくりと、吐きだして、ゆっくりと、大きく、吸い込む。
どかーん!!
びぎぃぎぇ!?
こんんどは何、そう思って、窓の方へ駆け出す。あ、と思ったら遅かった。ズコーん、と机の上にダイブする。机あるの忘れてた。
私は身を起こして、窓の方へ歩いて行った。窓は開いていた。マンションの最上階だから、それなりに眺めは良かった。だから、町中から煙がもくもくと、物凄い勢いで吹きあがっているのも、すぐに分かった。でも、あれはそんなに怖くないな。煙の中で何かが爆発してるんだろう。花火みたいに、煙が真っ赤に染まったりする。ぼんぼん言うのも爆竹みたい。
「あんた! 何やってんの!」
のんきに眺めていると、背後から声が飛んできた。私は、びっくりして、ベランダから、ぴょーんと、跳んだ。あ、これ、あかんやつや。
ひゃえぇえ!!
ああ、お腹がすうすうする! 手足をパタパタさせて飛ぼうとする。ひょえぇぇ! 飛べぇ。
あ、飛べばいいんだ!
私は手をポンと叩いて、空を飛んだ。なんだ、飛ぶのって簡単なんだ。ふわりと宙に浮かぶ。そう言えばパジャマのままだった。邪魔だから脱いじゃおう。宙に浮かんでるから、誰も見てないよね。パジャマを脱ぐと、パジャマだった。これでよし。私はふわふわ飛んでいこうと思った。煙がもくもくして、煙たいから、ちょっとでも離れたかった。それに空を飛べるなんて、滅多に出来ない。本当はいつでもできるのかな。出来ないよね。このふわふわした感じをちょっとでも伝えたい。でも、誰にも伝わらないかな。
風が心地よいものから、甘ったるくて、どろどろしたものに感じられた。体重を前に掛けて、はやく、ここからどこかに行きたかった。でも、ふわふわした感覚が、さっと、海で波が引いて行くように、その波間に佇んで、足元が波にすくわれるように、消えていってしまう。これは、あかんやつや。
ひゃーん、と声なき声で叫ぶ。雲の上から、垂直方向に、私の体が、背中から、地球に引っ張られていくのが、こんなに鮮明に分かってしまう。落ちたら死んでしまう。きっと助からない。動機がちの心臓が、バクバクと爆竹みたいに鼓動する。う、お母さん、先立つ不孝を、お許しください。
地面が近づいてるのがわかる。私は目を閉じて、念仏を唱えた。その時、私は、ふわりとした感覚を思い出した。もう一回飛べたのかな。違うかった。私の体は、誰かに抱かれていた。誰だろう。だけど、怖かったから、抱き付いた。助かって良かった。ありがとう!
きっと、顔を上げたら……。
空は眩しく、その人の顔は見えなかった。でも、懐かしい匂いがするし、不思議と安心する。その人の背中はふかふかしてて、優しい感触がした。出来る事なら、このまま……。
「あんた! 何やってんの!」
ぎょぞえ!
母の声で目を覚ました。あり?
なんだ、ただの夢だったのか。私が抱き付いたのは、結構、タイプの人だったのに……。
私の腕には、白クマの人形が、埋もれていた。
じーっと、白クマさんを眺めてみる。可愛い。
「助けてくれて、ありがとうね」
私は、もう一度、白クマさんをぎゅっと抱きしめた。白クマさんが、落っこちていく私を、助けてくれたんだ。ふかふかのいい匂いがする。
ふと、枕脇の時計に、目に入った。痛い。違う。あ、遅刻……。
ひょええぇ!
奇声を上げながら、白クマさんをほり投げて、部屋中を駆け回る。一人暮らしを初めてから、いつもこんな感じ。痛い。タンスの角に、小指をぶつけた。ぐは。小指をぶつけた衝撃で、テーブルの上にダイブした。
ひょええぇ……。
こんな毎日は嫌だよ……。誰か、私を貰って下さい……。
ぽとっと、白クマさんが、私の頭に、ダイブした。その重量に負けて、私は机にでろーんとなって、だだこねる子供みたいになった。動きたくない……。白クマさんに、乗っかられたまま、私は、もう一度。




