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第9話 名モ無キ刃ハ死ヲ運ブ

「ぐげぇっ」


潰されたカエルの様な呻きと共に野盗がまた1人、地面に崩れ落ちた。

胸に受けた傷口から深紅の液体を滴らせる仲間だった男の姿。

その光景を前に、明らかな動揺を浮かべて辺りを見渡す3人の野盗。


「どこだぁああっ!どこにいるぅううっ!」

「姿を見せろぉおおおっ!」


恐怖で震える体を寄せ合って周囲を警戒する野盗達。

周囲の闇に向かって叫ぶが返事はない。


風が吹くたびにガサガサと音を立てて揺れる葉。その音すらも怖くて仕方ないようだ。

追い詰められている彼らの現状を思えば、そんな気持ちも分からなくはない。


ヘソン村をぐるりと囲む林の中、点在するいくつかの黒い塊。

見ればそれは未だ体温の残る人の肉体。既に魂と呼ばれる者の抜け落ちた、ただの骸。

数にして6人分の骸がその場には横たわっている。

もう誰がどのように死んだかも覚えてはいない。

気が付けば1人、また1人と地に伏していた。

一体どうしてこんな事になっているのか知性に乏しい脳で考える。


「くそっ!くそっ!」

「どうなってんだチクショーッ!」


混乱を紛らわせるように叫んだところで彼らの置かれた状況に変化などない。

むしろこの暗闇の中では相手に居場所を知らせるだけである。


静寂に包まれた暗い林の中、その闇の中で何かが光った。


野盗達の頭の高さより少し高い場所から何かが飛ぶ。

それが飛来する槍だと気付いた時には、もう避けようのない距離まで来ていた。

直後、野盗の分厚い胸板に飛び込んだ槍が心臓を貫いて背中から抜ける。

背中から抜けた槍の先端はそのまま背後の仲間をもとろもに貫く。


「あっ!がぁああああ」

「ごおっ」


一本の槍で体を繋がれた2人の野盗が苦し気な声をあげてもがく。

2人の体が動くたびに、槍の柄の部分がミシミシと音を立てて軋む。


その柄が2人の間で折れると、解放された体が地面に投げ出された。

残された1人が2人を覗き込むが、すでに息をしていない。


「ひぃっ!」


しゃくりあげるような悲鳴を上げて男が後ずさる。

その背後からカナタが音もなく歩み寄る。

背後の気配に野盗が振り返るが、その胸を短剣が一突きにする。


「うぐぅっ」


痛みに声を漏らしながら野盗が目の前の相手の姿を見る。

胸から広がる熱に自身の死を感じた時、ここで初めて自分達の敵の姿を知った。

闇の中、自分たちに死を告げるべく現れた死神。佇む少年の顔を。


「・・・バケ・・モ・・ノ」

「おまえらには言われたくない」


最後に随分と失礼な言葉を放った相手にカナタが嫌そうな顔を浮かべる。

野盗はその場で座り込むようにして息絶えた。

最後にカナタの言葉が聞こえたのかどうかは分からない。


静かになった辺りを見渡し、他に生き残った者がいないか確認する。


「ここら辺はこれで片付いたか・・・」


ポツリと1人呟くと、立ち込める異臭に顔を顰めながら死体を数える。


「7・・8・・9っと。これで半分は越えたかな」


襲来した敵の数は大凡40人と聞いている。

最初に始末した斥候6人とここまでの道のりで倒した数19を足して25人。

最初の40という数字がどの程度の確度かは分からないが、半分には達したはずだ。


「これで半分か。まあ悪くないペースかな」


当初の予定と現在の進捗状況を頭の中で照らし合わせる。

今のところまでは順調だが、油断はできない。


林の中、近くの木の枝に引っ掛けてあった麻のような素材で出来た袋を取る。

袋の中を漁って中から干し肉の欠片と水の入った木筒を取り出す。

肉の欠片を口に含むと固い肉片をゴリゴリ音を立てて噛む。


「固い・・・けどこの固さ嫌いじゃない」


そう言って噛むほどに少しずつ柔らかくなる肉の感触を味わうカナタ。


野盗達の集結地点へ行く道すがら、こうしていくつか武器や道具を配置してある。

先程、敵に向かって投げた槍もその内の一つだ。

戦いにおいて補給の維持は非常に重要だ。武器がなくなればそれはそのまま死に直結する。

だが、その全てを持って移動する事は出来ないし、多い荷物は戦いの際に邪魔となる。

その為、必要に応じてこうして補給できるようにしてある。


味がなくなり、柔らかくなった肉を、水と一緒に胃袋へ流し込む。


「っつはー!キンッキンッに冷えて・・・はないな」


温い水を一気に飲み干して、空になった木筒を袋へ戻す。

それから口の端に浮かんだ水を服の袖で拭う。


「ごちそーさま」


人心地ついた所でカナタは自分の装備を再確認する。

腰のベルトにコンバットナイフを1本、背中には片手剣が1本、

腹周りには帯で固定した短剣が2本。左腕には布で固定したスローイングナイフが3本。

後は左手に持った敵から奪った鉈が1振り。


「不足はなしっと、そんじゃ次に・・・」


動き出そうと顔を上げた時、背中を駆けあがる寒気。それと共にカナタに向かって急速に近づいてくる人の気配。

この状況下において自分の領域を侵す者の存在。それは敵対者。

近づいてくる気配に対してカナタが素早く戦闘態勢を取る。


直後、闇の中から繰り出された鉤爪がカナタに向かって伸びる。

冷静にその軌道を目で追ってから手に持った鉈で払い除ける。

瞬間、ぶつかり合った金属同士が闇の中で火花を散らした。


思った以上の相手の力に飛びのき、たたらを踏むカナタ。

その眼前にはもう一方の手に装着した鉤爪を振り下ろす敵の姿。


「死ねやオラァアアアッ!」


真上から続けざまに繰り出された一撃を咄嗟に横に飛んで躱す。

鉤爪はそのまま空を切って地面を深く抉る。


「チィッ!避けてんじゃねえぞぉ」

「嫌なこった」


相手の言葉に軽口で応じながら体制を立て直す。

暗い林の中で、襲い掛かってきたのは悪欲三兄弟の三男デゴ。


「こっち側の様子を見にきてみりゃぁまさかこんな事になってるとは思わなかったぜぇ」

「ソーデスカ」


デゴの問いにカナタは軽く肩を竦めて見せる。

周囲に転がる手下たちの死体。その一つを指してデゴが問う。


「まさかとは思うがぁ。こりゃぁおめぇが1人でやったのかぁ」

「さぁ。どうだろうな」


はぐらかす様に答えるカナタ。その返事にデゴが眉をしかめる。


(なんだこのガキァふざけやがって。だが、タダ者じゃあねぇなぁ)


デゴは目の前の少年に対する警戒レベルを引き上げる。

見た目には手下達より貧相でとても強そうには見えないが、

周囲に転がる手下の骸と先程の攻撃への対応。

並みの兵士程度であれあ最初の一撃で引き裂いている筈だが、

目の前の少年はかすり傷一つ負っていない。

外見が弱そうでも強い獣もいる事をデゴは知っている。だから油断はしない。


「おまえぇ。中々強ぇなぁ。聖女の護衛って奴かぁ」

「いんや、ぜ~んぜん違います」

「・・・なにぃ?」


予想していた答えと違う返事にデゴが益々眉間の皺が深くなる。

確かに今まで殺した国の兵士とは違い見たことのない服装。

喋り方も堅物揃いの兵士のものとは違い砕けた物言いをしている。

疑問は尽きないところではあるが今は時間が惜しいので、デゴは考えを打ち切る。


「まぁいい。死ねば一緒だぁ」

「おまえにそれが出来るかな?」

「ぬかせえぇ小僧ぉ!」


地を蹴って前に出るデゴ。カナタもそれに合わせて後ろへ飛ぶ。

カナタに向かって右腕を伸ばすデゴ。手に装備した長い鉤爪がカナタに迫る。

目の前に迫った金属の爪をカナタが左足で真上へと蹴り上げ軌道を逸らす。


(かかった!!)


右腕を弾かれながらも口の端を釣り上げて笑うデゴ。

左腕に着けた鉤爪を真下からカナタへと振り上げる。

弾きやすいように突き出した右腕を餌にして動いた敵を左手で貫くデゴの必勝パターン。


(死いねぇ!)


勝利を確信するデゴの眼前で、蹴り上げた左足が向きを変え、デゴの鼻先を下に向かって通り過ぎる。

直後、左腕にかかる1人分の人間の重み。

見れば靴の底がデゴの腕を踏みつけ、腕の上に片足で立っている。


(なにぃっ!)


驚きに目を見開くデゴ。その顔面を顔の横から鈍い衝撃が突き抜ける。

明滅する視界。何が起こったか分からず思考が乱れる。

一瞬だけカナタが右足を振りぬいたように見えた事から自分が蹴りを受けた事を認識する。


態勢を崩してよろめくデゴに向かってカナタが鉈を振り下ろす。

それを寸での所で鉤爪で受けて弾き飛ばす。

弾かれたカナタは事もなげに着地して体制を整える。

大して脳を揺さぶる程の衝撃を頭に受けたデゴには明確なダメージ。


「どうだった?チタン鋼板入りの靴底の味は」

「こいつぅっ!」


意地の悪い笑みを浮かべて問いかけるカナタにデゴの怒りが頂点に達する。


「ぶぅっ殺してやるぅあああああああっ!」


激昂し、力任せにカナタに向かって飛び掛かるデゴ。

三兄弟の欠点。それは揃いも揃って短気である事。

三兄弟一の頭脳を持ったデゴだが彼も例にもれずに短気であった。

それ故にカナタの安い挑発に乗って理性をなくした。

襲い掛かる目の前のデゴを見上げるカナタの表情は崩れない。


「アホくさっ」


一言だけ呟いてカナタはデゴを迎え撃つ。目の前の敵に対し、既に脅威を感じない。

冷静な状況判断が出来なくなった時点で、デゴはカナタにとってはもはや敵ですらない。


手にした鉈を不意にデゴに向かって放り投げる。

緩やかな孤を描いて鉈が宙を舞う。


「舐ぁあああああめるなぁあああああああっ!」


投げ出された鉈を右腕で殴りつける。

鉤爪が甲高い金属音を上げて鉈を破壊する。

この一手がデゴの命運を決めた。


いつの間にか間合いに踏み込んでいたカナタが降りぬいた右腕の外側を通り抜けていく。

力いっぱいに振り抜いた為、右腕が伸び切り腕を戻せない。

その間にもカナタは背に帯びた長剣に手をかけ、伸びきった右腕に向かって刃を振り下ろす。

普通に攻撃すれば、筋肉が緩衝材となって腕を落とすことはできないだろう。

だが、筋肉が伸び切った状態のこの瞬間ならばカナタの力でも腕を落とすことができる。


衝撃はなかった。振り下ろした刃は真っ直ぐにデゴの腕を通り抜けた。

斬られた箇所にジワリと血が浮かび上がり、ゆっくりとデゴの腕が落ちた。


「あああああああああああああああああ」


驚きとも悲鳴ともつかない声を上げるデゴが落ちた腕を見下ろす。

すると今度は右膝の周辺に激痛が走る。

見ればカナタの手にした剣がデゴの右膝から先を斬り飛ばしていた。

急激に負荷のかかった左足が体重を支え切れずに尻餅をつくデゴ。

その鼻先に自身の手足を切り飛ばした血染めの刃が突き付けられる。

先程まで自分が見下ろす位置にあった少年の顔を今度は自分が見上げていた。


「終わりだ」


目の前に突き付けられた刃の先で、自身を見下ろす少年の冷たい視線。

ここで初めて目の前の相手が自分より格上だったと気付く。

まるで感情を感じさせない青と黒の瞳に心胆から震え上がる。


「たっ・・・たすけれくれぇ」

「おいおい、悪欲三兄弟とか呼ばれてんだろ~もうちょっと頑張れよ」


口元を抑えて笑うような仕草をする目の前の少年。

先程から表情は変わっているが、その眼の奥は変わらず感情が読めない。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


突如、遠方で上がった雄たけびにカナタが反応する。

その目に初めて怒りにも似た感情の色が浮かぶ。

遠くの声に何かを感じ取ったカナタがデゴに詰め寄る。


「オイッ。今のはなんだ」

「ああ、今のは・・・村への襲撃を・・・開始する合図だ」

「チッ」


先程まで余裕のあったカナタが舌打ちをしデゴに背を向ける。


(しめたっ!)


無防備に背を向けたカナタにデゴが残った左手を伸ばす。

例え片手であっても彼の膂力ならばカナタの首を折るなど造作もない。

自分が手にした最後のチャンスに顔に笑みすら浮かべるデゴ。

だが、そんな最後の望みを叶えさせるほどカナタは甘くはない。

急に身を翻すと同時に真横へ剣を一閃させ鉤爪ごと左手を斬り飛ばす。


「うぎゃぁあああああっ」


悲鳴を上げるデゴに向かってカナタが容赦なく斬撃を繰り出す。

決して即死する事の無いよう、だが痛みが長引くように。

全身を切り刻み、最後に腹を突き刺した剣を抜いて、カナタが剣先の血を払う。


「そこでしっかり反省して・・・死ね」

「あ"あ"あ"・・・だ・・ずげぇ・・・てぇ」


もはや体を起こすこともできず、救いを求めるデゴ。

だが、カナタはもう彼を振り返る事はない。剣を背の鞘に収めて足早に林の中に消える。

1人暗い林の中に取り残されたデゴは後悔する。

カナタと出会ってしまった事を、今回の作戦を考えついた事を、

悪事を働いてきた事を、兄達と同じ生き方を選んだ事を、

何度も何度も後悔し、カラムク領を震撼させてきた男は目に涙を浮かべる。


「あっ・・・が・・」


言葉にならない音を喉の奥から零れ出る。

痛みが鈍くなり、全身が痺れはじめ死の足音を感じる。


(死にたくない死にたくない死にたくない・・・助けておっかあ!)


最期に男は自身をこの世に産み落とした母親を思う。

この世で一番大事に思い、この世で一番最初に殺した相手を。

苦痛と後悔の泥の中、デゴは長い苦しみと共に果てた。


悪逆非道の限りを尽くした男の惨めな最期だった。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



悪欲三兄弟の1人を倒し、村へと向かって林の中を疾走するカナタ。

先程のデゴの証言が確かなら村への襲撃が始まったことになる。


「無駄な時間使っちまった。急がないと」


林を抜けた所、大して高くない柵を飛び越えて村の中へ入る。

まだ、村の中に野盗の姿はない。


「間に合ったのか?」


そうだとするならば急ぎ迎撃に向かわなければならない。敵は動き出している。

デゴは遭遇時に、今いる場所を"こちら側"と言っていた。

夕刻に丘の上から村を見た時、村は東西に延びる街道の中心に出来た楕円の形をしており、

その楕円を囲むように柵が作られ、外側に林が隣接していた。


カナタの予測が確かなら、デゴの言った"こちら側"は街道を挟んだ林の中を指している。

という事は対極に位置する街道の向こう側から敵はやってくるという事。

人数的には半分を割ったことから片側の敵は先程カナタが倒した野盗達で全部という事になる。


「来る方角が分かっているなら!」


今飛び出した林とは反対側に向かってカナタが駆けだす。

多くはない家の間を縫って一直線に村を横切る。

楕円形の反対側に近づいた時、森の中から丁度、野盗達が姿を見せた。


「やばっ!」


間に合ったが目前に迫っている敵にカナタが加速しようとした時、

野盗共の頭上から突如、矢が浴びせかけられる。


「えっ!」


予想外の攻撃に野盗共と共に驚きの声をあげるカナタ。

矢の飛んできた方向へ視線を送ると、村の狩人たちが屋根の上から矢を射かけていた。


「この村には手出しさせねぇぞ!」

「とっとと帰れぇ!!」


半狂乱に陥りながらも狩人達はその手を休める事無く攻撃を続ける。

どうやら村や家族の危機を目前に、彼らの中で何かが目覚めたらしい。

容赦ない攻撃に晒された野盗達が何人か地に倒れ伏す。


「もしかしてこれって、オレ要らないんじゃね?」


少し本気でそんな考えが頭をよぎったが、そううまくはいかない。


「ブッコロスッ!」


林の中から響いた大声と共に悪欲三兄弟の次男ムゴがこん棒を振り回し、林の中から飛び出す。

その巨体目掛けて何本かの矢が飛んだが、固い筋肉に阻まれて僅かな傷しかつけられない。


「なんだそりゃっ!嘘だろ!」


遠目に見ていたカナタが思わず声を上げる。

致命傷は期待してはいなかったが、多少ダメージは与えられると思っていた。

だがまさか皮膚にかすり傷一程度しかつけられないのは完全に想定外。

呆然となって見ている間にもムゴは力任せに柵を破って村へ侵入する。

あまりに怪物じみたムゴの存在に、狩人たちの士気は完全に折れていた。


「いけねっ!」


足を止めて様子を見ていたカナタも慌ててムゴのいる方へと駆けだす。

駆けだしたが、ムゴを倒す算段が思いつかない。

相手は2m以上の身長に加えて強靭な筋肉の鎧を纏っており、刃物が効きにくい。

見た目からして先程戦ったデゴとは戦闘能力が数段違う。


「あれで本当に人間かよ」


思わずそんな言葉が口をついて出るほどにムゴは強い。

もし一発でももらえば致命的な結果となりかねない。

食らった時の事を考えただけで背中を冷たい汗が流れる。

それでもやらねばならない。ムゴを倒さなければ死ぬのは自分だ。


「おいっ!こっち見ろ間抜け!」


カナタの声に反応してムゴがゆっくりとこちらを向く。

ムゴは自身の目の前に立った少年の姿を鼻で笑う。


「はっ。なんだ。ただの小僧かぁ。おまえなぞ相手ではないわぁ」

「ふ~ん。そんな事言っていいのかな?」

「なんだとぉ」


もったいぶった態度を取るカナタをムゴが苛立たし気に睨む。

カナタはズボンのポケットに手を突っ込むとそこからあるものを取り出す。

指先につまんだものをムゴにも見えるように右手でかざす。


「コレがなんだか分かるかいデクノボウさん」

「ソレはっ!」


取り出されたものを見てムゴが驚きに目を剥く。

カナタの手の中にあるもの。それは先程の戦いで倒したデゴの鉤爪の爪の一部。

傍から見たらただの金属片だが、長く悪事を共にした兄弟の得物を見間違う事はない。

突き付けられたそれを見てムゴが怒りのままに叫ぶ。


「貴様ぁ!それをどぉしたぁっ!」

「ああ、これ?さっきテメエの兄弟を殺った時に頂戴したんだよ!戦利品としてな!」

「なっなぁにい!」

「馬鹿なっ!」

「デゴの兄貴がやられただとっ!」


カナタが告げた言葉を前にムゴと手下たちが驚愕の表情を浮かべる。

自分たちの参謀的役割を担ってきたデゴの死亡。

組織のブレインを失った野盗達が明らかに狼狽えている。

野盗達への精神的ダメージを狙って回収してきたが、予想通り。

いや、それ以上の効果だ。


「悪欲三兄弟の1人を倒しただと!」

「すげぇ!すげぇぜあのあんちゃん!」


屋根の上からこちらの様子を見ていた村の狩人達も歓声をあげている。

まだ喜ぶには早いんだが気楽なものだ。


「よぐもっよぐも弟をぉおおおおおっ!」


村の狩人たちが歓喜に沸く中、ムゴがこん棒を力任せに振り下ろす。

大岩程あるこん棒が地面に叩きつけられた衝撃は凄まじく。

一瞬周辺の地面が大きく揺さぶられた程だ。


「ムゴの兄貴!落ち着いてくだせぇ」

「まずはダゴの親分に報告を」

「うるさい!黙れぇえええええっ!」


猛り狂うムゴがこん棒を振り回し、静めようと近づいた手下達の上半身が吹き飛ぶ。

上から半分がなくなった肉体が崩れ落ち、内に残った内臓を地面にぶちまける。

辺り一帯に血肉をまき散らしてムゴが暴れる。


「ゆるざんっ!」


その場でしばらく怒り狂っていたムゴがこちらを向く。

血走った目でカナタを睨み付けると突進をしてくる。


「そうそう。それでいいんだよ」


向かってくるムゴを手招きしながらカナタも走り出す。

自分の手下を殺すとは思わなかったが結果オーライだ。

計画通りにムゴの狙いをこちらに向ける事が出来た。

後はこちらが戦いやすいフィールドへ誘導するだけ。


「こっちへ来い!デカブツ」


目標地点を頭に浮かべてカナタが走る。ムゴもその後を追う。

静かな村の中を少年と巨漢が騒々しく走り回る。


「なんかこれエンシエロ(牛追い)みてぇでちょっとおもしろいかも!」


危機的状況にも関わらずスペインの祭りを連想し笑みを浮かべるカナタ。

正直そうでもしないとやってられないってだけなのだが。

しかもカナタを殺そうとするムゴの姿は闘牛が可愛く見える程に恐ろしい。

そう確かに恐ろしいのだが・・・。


(脅威には違いないんだが、こないだの獣とか大蛇とかに比べるとどうも見劣りするんだよなぁ)


異世界に来てからのオープニングイベントで既に結構な化け物と連戦しており、

もはや脅威に対する感覚が麻痺しつつあるカナタ。


そうこうしている間に目的の場所。そして目的の物が見えてきた。


村の出入り口に近い場所。

1軒の家の前には一台の荷車があり、荷台にはいくつか液体の入ったガラス瓶が積まれている。

それは今回の野盗戦前に酒屋に頼みカナタが用意させた酒。

この世界において当初アルコールがあるか心配だったが問題はなかった。

そして事前に実験した限り、用意された酒がカナタの臨んだ要件を満たしているのは確認済みである。


(そろそろ仕掛けるか!)


頭の中で背後を走るムゴを倒すまでの流れが完成した。思い描いた結末へ向けて作成を実行に移す。


前を向いて走っていたカナタが突如ムゴの方へと向き直る。


「飽きたから相手してやるよ!」

「ほざくなぁっ!」


立ち止まったカナタに向かってムゴがこん棒を振り上げる。

先程の遭遇時にその軌道と攻撃範囲は確認済み。

一度見ているならば対応方の一つぐらいは思いつく。


ムゴがこん棒を振り下ろすタイミングを計って一気に横へ逃げる。

どんなでも攻撃もそうだがそのコース上にいなければ当たる事はない。

しかも今回の敵の様に力任せに振り下ろせば、そこから連続攻撃には繋がりにくい。

問題は尋常じゃない筋力でスピードが速くタイミングを間違えると致命傷を貰いかねない事だが、


(出だしさえわかれば簡単なんだよ!)


直後にカナタがいた場所に一直線に上から降ってくるムゴの攻撃。

今回は狙い通りにこん棒がカナタの真横を抜けて地面を叩く。

その後の衝撃も計算し回避すべく少し飛び上がる。


こん棒の先が地面を打ち付け、大地を揺さぶる程の衝撃は空中にいても伝わる。

攻撃を外した事に怒りを増したムゴの顔がカナタの方へ向けられる。

そこを狙って左腕からスローイングナイフを一本抜き放つ。

狙うのはどんな屈強な肉体を持っていても鍛えられる事のない箇所。

一直線に飛んだナイフは吸い寄せられるようにムゴの左目に突き刺さる。


「あがああああああああっ!」


痛みに持っていたこん棒を離し、貫かれた左目を抑えて後ずさるムゴ。

今の一撃で両目とも潰そうと思えば潰せたがそうはしない。

完全に視界を奪われた場合、かえって手が付けられなく可能性を考慮しての事だ。

手負いの獣程予測もつかない動きをするものである。

だが、片方でも視界が残っていれば目の動きなどから読める情報もある。

片目を失ったムゴだが、痛みよりも怒りが勝ったらしくすぐに持ち直してこん棒を拾い上げる。


「おまえは殺すぅ。おまえは殺すぅ。絶対に殺すぅ」

「おまえじゃ無理だろな」

「殺すぅううううっ!」


呪詛の様に言葉を繰り返しながらムゴが近づいてくる。

こん棒の使い方も先程までの狙ってから振り下ろすのではなく我武者羅に振り回しながら近づいてくる。

どうやら投擲武器による攻撃と自分の間合いへの接近を警戒しての戦法らしい。


「そんな幼稚なガキじゃあるまいし」

「うるさいっ!うるさぃいいいい!」


雄たけびを上げながら近づいてくるムゴの振り回すこん棒が唸りを上げる。

3mは距離を取っているのに風圧がカナタまで届く。

カナタに再び狙いを定めたムゴが地を蹴って迫りくる。


迫る相手を見ながら、カナタは自分の立ち位置、荷車の位置、ムゴの進行方向を一本の線で結ぶ。


(これで決める!)


突然、身を翻して荷車の方へと駆けだすカナタ。

その後をムゴが逃がすまいと叫び声をあげながら追いかける。

荷車が目の前に迫ったところで、カナタが跳躍した。


その体は荷車を飛び越えてその向こうにある民家の壁面へと飛びつく。


「馬鹿めぇ!家ごと磨り潰してやるぅ!」


カナタへと近づくべく。ムゴが目の前の荷車を中身事粉砕する。

砕かれたガラス瓶の中から漏れ出た液体が周囲に飛び散り、ムゴの体にも液体が降り掛かる。

撒き散らされた液体で、足元には小さな水たまりまでできている。

その液体が放つ揮発臭に眉根を寄せるムゴ。


「なんだぁ!これはぁあああ!」

「そいつは洗剤だよ。あんたという汚れをこの世から消すためのな」

「っ!?」


言葉と共にカナタが民家の壁を蹴ってムゴの頭上へと飛ぶ。

こん棒が届かぬ高さでカナタは手に持った2本の刃をぶつけ合う。

金属同士の衝突により飛び散った火花が液体に引火して一気に燃え上がる。


「うおおっ!どうなってんだぁ!熱い!熱いぃいいい」


全身を一気に炎に包まれたムゴがその身を焼かれてのたうち回る。

足元から立ち上る炎で周囲が赤く染まり逃げ場が分からない。

必死に足を動かして炎から抜け出すことを試みるが、どう動いても炎を振り払えない。


それも当然だろう確かに燃えているのは荷車のあった一体のみだったが、

彼の衣服も酒を浴びており、しかも獣の毛皮がその油分で既にムゴ自身が燃え上がっていた。


「あつい・・・あつい・・・苦しい」


逃げ場のない炎に包まれて皮膚を焼かれるだけでなく。

取り込むべき空気すら枯渇してムゴの巨体が地面に倒れる。


どんな屈強な人間であろうと、身を焼かれ、空気を奪われれば死ぬしかない。

状況をより悪くしたのは伸び放題だった髪や髭。

炎が燃え移り顔中を炎が包み込むように広がっている。


「ああ・・・・あああああ」


体中の血が煮あがるような感覚。

このまま死んでたまるかと最後の力を振り絞るムゴ。

せめて道連れにしようと片方だけになった目でカナタの姿を必死で探す。

だが、全身を覆う炎が視界も、力も、命を奪いつくしていく。

そこへ後を追ってきていた手下たちがこの光景を目の当たりにする。


「なんだあれは!」


驚きに声を上げる手下達。最初は燃えている相手が誰か分からない様子だったが、

炎に包まれているのが大男という事と、足元に落ちたこん棒という視覚的情報でようやく理解する。


「あれは・・・ムゴの兄貴!」

「ムゴの兄貴だ!ムゴの兄貴が燃えている!」

「嘘だろ!こうしちゃいられねぇ!急げ!」


理解するなりバタバタと音を立てて近づいてくる手下達。

手下たちの助けがあればまだ助かる望みがある。

最後の希望を見出したムゴが焼ける喉の奥から必死の声を絞り出す。


「オレだぁ・・・ムゴだぁ・・・早く助けぇ・・・」


そう言いかけたムゴの両足に鋭い痛みが走った。

何かするどい刃物で傷を受けた様な感覚。

炎に焼かれるのとは別の痛みを受けてムゴの両膝が地面につく。

その瞬間、天の悪戯か一瞬だけ彼の視界が開けた。


(一体・・・何が・・・)


残った右目に映った光景に、ムゴは我が目を疑った。

自分を助けに来たと思っていた手下達が揃って手に持った武器で自分を攻撃していた。


「よくも今まで顎で使いやがったなぁ!」

「弟の仇だぁああああ!」

「死ね!死ねぇええ」


何故自分が攻撃されているのか、ムゴにはまるで分からなかった。

だが、周りから見れば彼は我儘で仲間すら殺すようなクズ。こうなって当然と言える。

格下に見ていた相手に嬲られながら、炎の中でムゴは絶望する。

自分の肉体すらも、もう彼のいう事を聞かない。


(1人では・・・・死にたくない)


ムゴは最後に残った自分の我儘を叶えるべく手下の2人に手を伸ばす。

虫の息だと思っていた相手の思わぬ行動に簡単に捕まる2人の野盗。

燃えあがる炎の中、ムゴが全ての力を込めて2人の野盗の首をへし折る。


「ぐぅえっ」

「ごぶっ」


一瞬で両手の中で骸となった手下2人と共に、ムゴは炎の中で事切れた。

未だ炎を上げて燃え上がるムゴの死体を前に、残された1人が引き攣った笑みを浮かべる。


「へっへへへ。ざまあみろ。おまえなんか死んで当然なんだ」

「・・・おまえもな」


不意を突く背後からの囁きと共に男の首筋に刃が突き刺さる。

炎に焼かれるムゴへの復讐に気を取られすぎて本来の敵を忘れていたのは男のミスだ。

カナタの手の中で男の命は蝋燭の炎のように儚く消えた。


未だ燃えるムゴの遺体の明かりに照らされながら、カナタが周囲を確認するが敵の気配は感じない。


「敵も大分減った事だしそろそろ親玉でも殺りに行くとするか」


そう思って手のコンバットナイフを仕舞おうとした時、

頭上を何かが勢い良く通り過ぎていった。


(なんだ?)


こんな夜中に鳥かとも思ったが、通り過ぎた何かは弧を描いて民家の壁にぶつかって落ちる。

そして大きな黒い塊が地面に転がる。


(あれは・・・)


離れた位置で転がったものの様子を窺っていると、

それは人だったらしく両手をついて必死に体を起こそうとしている。


「ぐっ!がぁはっ!ごほっ・せ・・様・・。」

「その声・・・おまえまさか!」


聞き覚えのある声に闇の中へ目を凝らすと、

口から血を吐きながらも折れた剣を支えに立ち上がろうとするリシッドの姿。

あちこち傷だらけになり左腕は折れているのかダラリと垂れ下がっている。

ボロボロになったリシッドがカナタに気付いて声を漏らす。


「貴様・・・まだ・・・生きていたのか」

「・・・そういうおまえは随分なやられようだな」


軽口を叩いてみるが、とても茶化せるような状態には見えない。

リシッドの強さはある程度知っている。

あの大蛇を恐れずに戦う胆力と技量を持った男をここまでにすると相手。

カナタの脳裏に浮かんだ相手を察したらしくリシッドが告げる。


「ヤツは・・・強すぎる・・・我等では勝てない。・・・貴様も早く逃げろ」

「おまえ・・・」


息も絶え絶えにそう告げるリシッドにいつもの覇気はない。

どうやら心からカナタを思っての言葉だったらしい。

だが、喧嘩相手の口からそんな弱弱しい言葉は聞きたくなかった。

目の前の男とはまだ会って間もないしがソリも合わないし気に入らない。

それでも憎まれ口を叩き合えるのはこの世界においては目の前の男ぐらいだ。

そんな男が今、絶望の淵に身を投げ出そうとしているのはカナタとしても面白くない。

だから言ってやる事にした。この絶望の中で光る最高の嫌味を。


「しょうがないからそこで見ていろよクソ貴族。これから俺が格の違いってやつを見せてやるからよ!」



2日以内と言ったなぁ。あれは嘘だ!

時間と筆が乗ったので書きました。

一応今回のテーマは「因果応報」

悪党に相応しい最期ってのがテーマなんですが

書いてたらカナタさん怖くなりすぎた。

ともあれ次回いよいよ悪欲三兄弟長兄ダゴVSカナタさん


※調子に乗って早く書きすぎてたのでなんか読みづらくなってました。猛省

誤字とか曖昧な個所を修正しました。

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