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第8話 夜ヲ纏イ罪ヲ斬リ裂ク刃

ヘソン村の中心。この村で一番堅牢な建造物である集会所に、

村中の人々が今、続々と集まってきている。その数はざっと数えて300人。

老人も大人も子供も皆が少ない荷物を持って逃げてくる。


「急げこっちだ!」

「ママーッ!抱っこ~」

「婆さん夕飯はまだかぇ」

「お爺さん今はそれどころじゃないですよっ」

「戸締りはした?あっ!カギ忘れた」

「諦めなさい!今は集会所に急ぐんだよ!」

「パパ―ッ!おしっこ~」

「パパはおしっこじゃない!」


押し寄せる人々。とても集会所の中に入りきる人数ではない。

その為、村長及び村の重役たちが手分けして避難場所を割り当てている。

一番頑強な集会所建物内には女性や子供、年寄りが優先して入れるようになっており、

男手は集会所周辺の近くに建つ家の何件かを村長の指示で解放し、そこに身を潜めている。

村の若い男衆は、村の材木を使って集会所周辺に杭を打ち込み簡易的な柵を作っている。

野盗共相手にそれがどの程度役に立つかは分からないが、ご苦労な事だ。


人でごった返している集会所周辺。そこから少し離れた丘の上から辺りを眺める人影。

シスターから返却された戦闘服を身に着け、半長靴の靴紐はきつく縛ったカナタが言葉を漏らす。


「あ~あ。やっちゃったよ・・・」


自身の現状を振り返るカナタ。その表情は暗い。理由はカナタが現在置かれた状況に起因している。

先刻、集会所内で自身が行った"取引"の一部始終を思い出し頭を抱える。


「あれじゃ"英雄"どころか完全に悪役じゃないか」


思い出すのは集会所に乗り込んで村長と交渉した時の事。


あの時、カナタは皆で協力して戦うような流れに持っていき、

その過程で今後の為に少し自分の手元に金銭が転がり込むようにする予定だった。

しかし、登場の演出や、脅迫感のある言動に、自分が突っぱねた男の発言。

少し交渉を有利に進めようと用意した小細工等。その悉くが裏目に出た。

そもそも、まともな社会生活をしてこなかったカナタに交渉事は早すぎた。

策士策に溺れると言うが、策士どころか大して賢くもないカナタが策を弄した結果。

40人近い野盗相手に1人で切り込むという前代未聞の罰ゲームが決定した。


「こんなはずじゃなかったのに・・・・」


声を落とすカナタだが今更嘆いたところで、もはや手遅れ。

全ては変なところで欲を出して小細工をした自身の落ち度である。


仕方なく今は、村中から掻き集められた武器や道具を手に取り一つ一つ確認している。

先程、鍛冶屋の親父からは武器を乗せた荷車を丸々1台提供された。


「なんでこんな村の鍛冶屋にこれだけのものが!」

「俺の趣味だっ!」


胸を張ってふんぞり返る鍛冶屋の親父。

目の前の荷車に積まれた品にカナタは驚きと呆れともつかない顔をする。

そこには両手持ち大剣が3本、片手長剣が7本、片手斧が5本、短剣11本、弓矢が3組、

矢が44本と槍が6本にナイフや包丁が28本。それと


「どうだ!俺の自慢の一品を!」

「何これ?こんなもんどうやって使えってんだ?」


村の男3人がかりで目の前に運ばれたのはカナタの身長よりも大きな鎌。

なんでも収穫祭等で使われる儀式用だとかで見た目ほど切れ味はよくない。

両手で持ってみたがとてもつもなく重たい。


「おっさんあんた何考えてんだよ。こんなの重すぎて振れるわけないだろぉおお」

「ハッハッハ!やっぱダメか」

「・・・そう思ったんなら最初から持ってくんなよ」


時間がないこの状況で、マイペースな鍛冶屋の親父の茶目っ気には流石のカナタも苦笑いが漏れた。

とりあえず何かに使えるかもと思って村の出入り口に立てかけてもらう事にした。

それとは別に加工を依頼していた獣の角は、流石に時間がなさすぎて加工が間に合わなかった。


「後、一日ありゃ仕上がったんだがな」


とは鍛冶屋の親父の弁。

あんな化け物素材をその程度の期間で加工できるだけでも鍛冶屋の親父も大概だと心底思う。

鍛冶屋の親父の相手をしながら、村長経由で依頼した品を酒屋、薬師からも受け取る。


「こんなものが役に立つのかい?」

「まぁ物の使い方なんて意外とあるもんだよ」


疑問を浮かべた薬師と酒屋にカナタは軽く笑って答えた。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



最初に野盗接近の報が届いてから既に一時間程の時間が経過している。


今、村の四方には夜目が利く狩人に見張りに立ってもらっている。

最初は全力で拒否った彼らだが、戦闘しなくていい事を条件に渋々引き受けてくれた。

まあ、彼らにも家族があるので出来る事はしておきたいという思いもあったのだろう。

動きがあれば獣の角で作った笛を吹いて知らせてくれる手筈になっている。

彼らのおかげで武器や必要になりそうな道具の調達に動き回る事が出来ている。


そして現在、野盗の襲撃を知らせる笛の音はまだ鳴っていない。


恐らく斥候に出した6人の帰還を待って襲撃してくるつもりなのだろう。

残念ながら彼らが陣地に戻る事は二度とない。


「あの時、殺っといて本当によかった」


集会所での交渉の際に利用された野盗達の死体がそうなのだが、

斥候に来ていた6人の野盗を見つけたのは本当に偶然だった。

レティスとリシッドの様子を見に行こうと村の方へ歩き出した時、

村の方角から吹く風の中に微かな異臭が混じった。


「なんか臭いなぁ。"くさや"でも焼いてんのか?」


流石に日本でもないこの場にくさやは無いにしても発酵食品の一つや二つはあるかもと思い至る。

そこで湧き上がった興味の向くまま匂いの元を辿っていくと、

獣の皮を被った6人の男が村を囲む林の中に身を潜め、村の中に向かって行くのが見えた。


「なんだあいつら?」


陽が落ちて随分と暗くなったとはいえ、あんな不審者を一度見つければそうそう見逃さない。

身を隠して彼らの後ろをコソコソと尾行して集会所の傍まで来た時だった。

風に乗って野盗達の会話が聞こえてきた。


「へへへ、おまえこの仕事終わったらどうすんだ」

「決まってんだろ。聖女ってのがどんな具合か確かめるんだよぉ」

「聖女様は抱いたらどんな声で泣くのかねぇ~」

「げひゃひゃひゃひゃ」


そこで彼らがレティスを狙っていることを初めて知った。

どこの世界にいてもああいった輩の考える事は同じだと思う一方で、


(なんだろう。自分の事じゃないのに酷く気分が悪い)


こういった輩を見るのは今迄だって何度もあったはずなのに、、

彼らの声を聞いているだけで、体の奥で熱を帯びたなにかが荒れ狂う。


(なんか、こう・・・ムカムカする感じが・・・)


胸の内に湧き上がる感覚が分からず首を傾げる。

ほんの数日前までカナタが日常的に見ていたテロリスト達と、

目の前でレティスを凌辱する事を夢想する野盗共の姿が重なる。


「ああ、なんだ。別にいつも通りじゃないか」


そう思った時、カナタの体は自然と前に向かって歩き出していた。

自然な足取りで男達の背後に近づくと、背後から1人の男の心臓付近へ躊躇なくコンバットナイフを突き刺す。


「あ”っ」


短く呻いた男の影から次の1人の前に飛び出して喉と胸を2連続で突き刺す。

何が起きたか分からずにその場で膝を折る野盗。


続けざまに2人をすれ違いの刹那でナイフの刃で喉元を掻き切ってやる。

筋肉で覆われた太い首回りがまるで豆腐でも切るように切断され血が溢れた。

1人、また1人と男達が音もなく倒れていく。

4人までが無抵抗に惨殺され、ようやく残り2人がカナタの存在に気付く。


「なんだコイツは!」

「かまうなやっちまえ!」


慌てて腰に帯びた鉈に手を伸ばす2人。だが既に状況は決していた。。

直前に殺した二人が腰に下げていた鉈を左右の手でそれぞれに引き抜き、

歩く勢いそのままにカナタが左右に刃を振る。2人の武器に伸びた手首がポトリと落ちる。

落ちた自らの手首を見て二人が悲鳴をあげようと口を開くが、

喉の奥から音が響くよりも早く、鉈の刃が2人の顎の下に滑り込んだ。


時間にして30秒ほどの出来事。もはや戦闘とは呼べぬ一方的な殺戮劇。

カナタ自身も驚くほどの手際で、文字通り瞬殺だった。

屍となり頭から地に伏した男達を見下ろす。


「・・・おまえらは地面でも舐めてるのがお似合いだ」


吐き捨てるようにそう呟くと手に持った血濡れの鉈を足元に転がす。

その後、この戦いの勢いに任せて村長との交渉に臨み、そして大失敗をした。





「う~ん。あそこがそもそも失敗の始まりだったか?」


自分の行動を回想し、今の状況と照らし合わせるが答えは出ない。


自問自答を繰り返す彼の背後へと近づく人の気配。

武器を検めるその手を止めて、カナタはゆっくり振り返って視線を向ける。


「やぁ、レティス様。何か用?」

「いえ、あの・・その・・・お話がしたくて・・・わたしっ」


振り返ったカナタの視線を受けて、レティスがワタワタと慌てる。

その姿はまるでハムスターのような小動物を連想させ、

愛おしさと共に可笑しさがこみ上げてきた。


「プフッ」

「なっ!なんです」


突如笑い出したカナタに、レティスは怪訝な顔をする。

内側からこみ上げてくる笑いを隠すようにカナタは口元を抑える。


「いや、別になんでもない。ククッ」

「もっもう!笑わないで下さいよ!わたしは真剣なんです!」


カナタの態度に。腕を組んで不満げに頬を膨らませるレティス。

少し子供っぽい仕草一つとっても絵になるんだから流石は聖女様だ。


一呼吸程の間を置き、笑いの波が引いてきたところでカナタの方から話を切り出す。


「聖女様がこんなところにどういった御用でしょ~か?」

「その・・・本当に1人で戦うおつもりなのかを伺いたくて・・・」

「ああ~、その事。さっきそういう話になったじゃん」


歯切れの悪いレティスの言葉に、逆に割り切った様子で答えを返す。

簡単に事実だけを告げて、カナタはレティスから視線を外し武器の確認を再開する。

自分に背を向けたカナタにレティスは思い切って自身の考えを伝える。


「私たちと一緒に戦いませんか?」

「・・・・・はぃ?」


レティスの告げた言葉にカナタは思わず間の抜けた声をあげる。

取引の場で何も言わなかった彼女が今になってそれを持ち掛ける事に、

彼女の意図が掴めずにカナタが首を傾げる。

そんな彼の返事を待たず、レティスがさらに言葉を続ける。


「1人で乗り込むのは・・・とても危険だと思うんです。リシッド隊長達と協力してっ・・・」

「いらない」

「えっ」


レティスの申し出を最後まで聞かずに言葉を遮るカナタ。

早すぎる返答に不意を突かれてレティスが言葉に詰まる。

それでも彼女だって簡単には引き下がらない。


「ですが、それでは!あまりに危険です!」

「い~~~ら~~~な~~~い~~~」

「っ!どうしてですか!」


頑なに協力を断るカナタに、レティスも思わず語気を強める。

背後から伝わる少女の帯びた熱が風に乗ってカナタに届く。

少しの思考の後、カナタは首を右に傾け肩越しに視線を向ける。


「そりゃ、全員で行ったら俺の儲けが減るからに決まってるじゃん」


思ってもいなかった返答にレティスが驚き、感情のままに言い返す。


「お金!?死んでしまってはお金なんてなんにもらならないんですよ!」

「知ってる。だからこそ足手まといに傍にいられるとこっちも迷惑なんだよね」


カナタが放った言葉にレティスは更なる衝撃を受け、ぎゅっと唇を噛みしめる。

自分は高位の治癒魔術が使えるだけで、他に幾つか支援魔術と攻撃魔術が使える程度の戦闘の素人だ。

戦闘になれば前線で戦えるような力は持っていないから役立たずと呼ばれても仕方ない。


しかし自分の護衛となるリシッド達は違う。厳しい訓練を乗り越えた精鋭たちだ。

僅かな時間ではあるが彼らと共に旅をしてその実力の高さを知っている。十分な戦力だ。


だが、カナタの今の言葉はレティスだけでなくリシッド達にも向けられている。

自分の認めている人達を貶された事にレティスが僅かな怒りと共に口を開く。


「私たちは・・・そんなに足手まといですか?」

「そう言ったんだけど?だからここで大人しくしといて欲しいわけなんだが」


そう言うとカナタは右手に持った短剣を鞘から抜いて指先で回し始める。

急にそんな事を始めたカナタの手の中で、踊るように回転する短剣。

数度風を切った刃が不意にその動きを止める。

直後、レティスの真横を一陣の風が吹く。


「えっ!」


驚きと共に目を見開く。ほんの瞬きの間の出来事だった。

気が付けばカナタの手の中から短剣が消えていた。

どこへ行ったのかと視線を上下左右に動かして探すが見当たらない。

キョロキョロと周囲を捜すレティス。カナタはそんな彼女の背後に向かって言葉を投げる。


「そういう訳で話は終わりだ。レティス様を連れてってくれませんかね。クソ貴族様」

「っ!?」


カナタの言葉にハッとなって振り返るレティス。

彼女の背後の林の中。そこに立つ一本の木には、先程カナタの手の中にあったはずの短剣が突き刺さっており、

その木の陰から言葉を掛けられた相手。リシッドが姿を見せる。


「・・・気付いていたのか」


不満げな表情を浮かべてそう口にしたリシッドに、カナタは長い溜息をついて肩を竦めて見せる。


「『気付いていたのか』じゃねえよ。そんだけ威圧感を撒き散らしといて気づかれないとか思ってたのか?クソ貴族様はよっぽどおめでたい脳みそしてるんだな」

「ぐっ」


カナタの言葉にリシッドは返す言葉が見つからない。

言い返そうにも、事実目の前の男は自分の居場所をまるで見もせずに容易く見破って見せたのだから。

湧き上がる悔しさ抑え込んでリシッドはレティスの前まで歩み出る。


「申し訳ありません。御身の為とはいえ、出過ぎた真似をしました」

「いえ、こちらこそご心配をおかけしたみたいで・・・」


頭を下げるリシッドの謝罪を受け入れ、レティスは再びカナタの背中へ視線を移す。

今の一連のやりとりだけで、自分が信頼を寄せているリシッドとカナタの実力に差がある事を理解した。


国の兵士。その中でも精鋭と呼ばれるリシッドが及ばぬ程の実力。

見た目には大して自分と歳も違わぬであろう目の前の少年が、

その領域に至るには一体どれほどの研鑚を積み、いくつの修羅場を越えればよいのだろうか。

傍目には普通の若者にしか見えない彼の背中に、レティスはその歩んできた道のりの過酷さを思う。

きっと彼女がどれほど考えても、その一端にすら触れることは出来ないだろう。


(それでも・・・私は・・・)


集会所での"取引"ではあまりの出来事についていけず発言の機会を逃したが、

それでも、彼がどれ程強くても、たった1人で死地に飛び込む事をレティスは良しと思えなかった。

そして今も納得出来ないといった様子のレティス。そんな彼女の肩をリシッドがそっと叩く。


「聖女様。参りましょう」

「・・・ですが」

「奴が失敗した時。皆を守る為にも村の防備を固めねばなりませぬ」

「っ!」


リシッドが告げた言葉にレティスは言葉を失う。

短い付き合いだが、彼が誠実で真面目な人物だと彼女は評価している。

出会って間もないカナタとは会えば、いがみ合っている間柄とはいえ、

彼がそんな冷たく突き放した態度をとる事に驚きを禁じ得ない。


(いや違う。リシッド隊長は村を守る為に行動しているだけ)


傍らに立つリシッドを見てレティスは自分の感情を抑え込む。

これ以上、彼らの手を煩わせてはいけない。


「・・・分かりました。行きましょう」


リシッドに促され、レティスは俯きそれ以上何も言わずその場を後にする。

下を向いた少女の目には無力な自分を悔いて涙が浮かんでいた。


「ご苦労様でした~」


カナタは右手に持った片手剣を軽く左右に振って二人を見送る。

村の方へと歩み去る2人の姿が先程より少し小さく見えた。



しばし場を包み込む静寂な空気。

2人が立ち去って、周りから人の気配がなくなったところでカナタがごちる


「また、やっちまった・・・」


自分の声で口に出した瞬間、物凄い後悔の念に襲われ、頭を抱えて悶える。


「どうしよ~!嫌われたら~」


地面を転がりそんな情けない事を口にするカナタ。

今、彼の心を満たすのはレティスに対して冷たく対応してしまった自分への後悔。

正直、彼女が自分を心配して声を掛けてくれた事は飛び上がりたい程に嬉しかった。

共闘に関しても、素直に受け入れたい思いがないわけではない。


だが、仕方がないのだ。今回に関しては彼らの手を借りる事が悪手となる。



人が人を殺す事。それは多くの者が忌避する行いだ。

どれほど戦闘訓練を積んだ兵士といえど、殺人という行為に使われる肉体、精神のエネルギーは膨大。

事実、イスラムやアフガン等の戦場をいくつも見てきたが、、

未だ、その負荷に耐えかねてPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する者が後を絶たない。

カナタ達の同僚にもPTSDを発症して、満足に食事も取れなくなり会社を辞めていった者もいた。


カナタのように子供の頃からその行いを日常とした環境で育った異常者ならばともかく。

人を殺した事などほとんどないようなリシッド達を前線に出した場合、何が起こるか分からない。


それに彼らを前線に連れて行ってしまうと村の守り手がいなくなってしまう。

数の上で圧倒的不利な状況で守りを疎かにするなど素人のする事だ。

例え野盗を撃滅出来たとしても、その過程で大きな犠牲を出すだろう。

であるならば、守りに人員を最大限投入して防御を固める事で、

静寂 彼方<シジマ カナタ>という存在の中から防御への思いを全て消し去り、

己が身をただひたすらに攻撃に特化した刃とする事の方がメリットが大きいと考えた。


「時間はあまり掛けられない。迅速に、かつ繊細にして大胆に」


どの道、大して利口じゃない頭で短時間の間にいい案など浮かぶ訳もない。

後は、自分の経験と実力を信じて飛び込むのみ。


「やってやるさ。対テロ部隊出身のカナタさんを舐めるなよ」


気合と共に武器を手に立ち上がると、夜の闇に向かって歩き出す。


準備は整った。さあ、戦いを始めよう。

大丈夫。奴らの居場所は吹く風が教えてくれる。


「ここに来る前に風呂に入ってこなかった事を後悔させてやる!」


もはや恐れはない。今はただ、目の前に差し出された獣の群れを狩り尽くすのみだ。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



20分後、ヘソン村から5㎞程離れた山中に悪欲三兄弟とその手下達がいた。


「遅い!奴らはまぁだ戻らねぇのかぁっ!!!」


ダゴの上げた怒声に、手下どもの肩がビクッと跳ねる。

1時間程前に村の様子を確認に行かせた斥候は未だ戻っていない。

山の中で報せを待つ間にダゴの上機嫌だったはずのダゴは鬼の形相と化している。


「へぇっ。まだ誰も戻ってこねぇです。一体どこで油売ってるんだかぁ」

「帰ってきたら俺に言えぇ。全員まとめて絞ぃめ殺してやるからよぉおおお」


手下の言葉に、兄と同じく怒りに顔を真っ赤にした三兄弟の次男ムゴが両の拳を打ち付ける。

まるで岩同士をぶつけたような重鈍な音を上げる両拳に手下たちが震え上がる。

今までムゴの機嫌を損ねた者達の最期を思えば当然の反応と言える。

そこへ現れた三兄弟の参謀役、三男のデゴが兄を宥める。


「ムゴの兄貴よぅ。ちっと落ち着きねぇ。むしろこうも遅いという事は奴ら見つかって殺されたんじゃぁねぇかぁ」

「なにぃっ!ますます許せねえなぁああ。そんな奴らはぶっ殺してやるぅうううっ」

「見つかったんならぁもうとっくに死んだだろうぜぇムゴの兄貴ぃ」

「チクショォオオオオオッ!」


呆れるデゴの言葉にムゴは怒りに任せて目の前の木に向かって右拳を叩きつける。

拳に打たれた木が真ん中から音を立てて二つに折れる。

怒り狂う弟を見て逆に冷静さを取り戻したダゴがデゴに尋ねる。


「やっぱ野郎共が戻ってこねぇのは死んだと見るべきかぁ?」

「オレァそう思うぜ兄貴ぃ。聖女には護衛がついてたはずだからなぁ。なんでも国の精鋭って話だぁ」

「精鋭だぁ?しゃぁらくせぇっ!何だか知らねぇが見つけたらタダじゃおかねぇ」

「その通りだぜぇ兄貴ぃ」

「うおぉおおおおっ!ぶっ殺すぅうううう」

『オォオオオオオオッ!』


怒りに震えるダゴの言葉にデゴも頷く。猛るムゴが森に響く大声で咆哮をあげ、

手下たちも手にした武器を頭上へ掲げて吠える。


「そうと決まれば野郎共ぉ!村を囲めぇ!1人も逃がすなぁ!」

「了解ですぁ!親分!」

「包囲したら合図と同時に村へ突撃だぁ。わかってんなぁオメェラ」

「わかりましたぁデゴの兄貴ぃ」

「ならば行けぇええ!野郎共ぉおおおおお」

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


まるで知性を感じさせない野蛮な獣達が村を囲むべく一斉に走り出した。

あっという間に周囲から手下達がいなくなり、森に静けさが戻る。


「ワシ等も行くぞ。弟達よぉ」

「「合点だぁ兄貴ぃ」」


手下が全員いなくなった後、三兄弟も森の中を村へ向かって歩き出す。

その様子を闇の中から見つめる青色と黒色の瞳。


「包囲戦で来るのかぁ、まあ戦力を分散してくれた方が、一度に全員を相手にするよりはいいか」


少し前にこの場にたどり着いたカナタは、木の上から野盗達の話を盗み聞いていた。

高いところにいたせいで足元から立ち上る野盗達の放つ悪臭で軽く頭痛がする。


(現代テロリストだってもうちょい身綺麗にしてるぞ)


まさしく思うがままに生きる獣同然の野盗達に掛ける言葉もない。

まぁ、そんな言葉があったとしても、今声を掛けたら見つかるので絶対言わないけど。


(まぁ、まともな人間殺るよりは心が痛まないか)


そんな事を考えていると、出遅れた野盗が三人並んでカナタのいる木の方へ駆けてくる。


「ひゃっはぁああああ!」

「女、女、おんなぁあああああ!」

「皆殺しぃいいいい」


湧き上がる感情のままに言葉を吐き出す姿は獣よりも醜い。

それは道端にぶちまけられた吐瀉物よりも醜悪だ。


「ったくここは世紀末かっての・・・」


愚痴をこぼしながら近づいてくる男達を見下ろす。向こうが気付く様子はない。

右手に片手剣、左手に片手斧を持つと、向かってくる一団へ向かって木の上から飛び降りる。

狙った通りに敵の中心。先頭の1人を頂点とした三角形の隊列の真ん中へ降り立つ。

その両手に持った剣と斧が重力を纏って後ろを走る二人を頭から断ち割る。

残された1人が異変に振り返ると同時に、その顔を斧の刃が真横から叩きつける。

頬の肉が裂け、顔の骨が砕ける中、男が最後に見たのは真っすぐに自分に向かって伸びる剣の先端だった。

あっという間に生きた人間がカナタ以外に周囲に誰もいなくなる。


「まずは3人か。先はまだまだ長いなぁ」


自分の心の中のスケジュール帳を確認し、こなすべき予定を思うと帰りたくなる。


今のところ戦闘は奇襲の成功によって順調に見えるが、

もし真正面から戦った場合、相当な苦戦を強いられることになるだろう。


彼らは全員。頭は悪いが服の上から見ても分かる程の分厚い筋肉の塊だ。

純粋な膂力を比べれば末端の手下でさえカナタの2倍以上はある。

それは筋力で劣るカナタでは絞め技や打撃技で相手を倒す事が難しい事を意味する。

刃物も扱いによってはその厚い筋肉で止められてしまうかもしれない。

そうならない為には相手に一切の反撃の機会すら与えない一撃必殺の技量が求められる。

幸いな事にカナタにはそれを為せるだけの技術がある。


「さてと、そんじゃ次に行くとしますか」


両手の武器についた血を払って、カナタは森の中を駆ける。

スピードと持久力には自信がある方だが、彼らも山育ちだけあって足腰が強く体力もある。

その為、先に向かった野盗の一団を補足するだけでも時間がかかってしまった。

カナタの視線の先には7人の男が村の方角へ向かって森の中を走る。

なんとか村への攻撃が始まる前に少しでも数を減らしておきたい。


「そういうわけで、おまえらちょっと俺と遊んでけよっと」


そう言ってカナタは大きく振りかぶると、前を走る男達に向かって片手斧を投げる。

ゴウッという風切り音と共にカナタの手から放たれた刃は、木々の間を一直線に飛ぶ。

その刃は前方を走っていた一人の野盗を右の肩口から抉り、その身を深々と切り裂いた。


「ぎゃあぁあああああああああああ」

「なんだっ!」

「どうしたっ!」


絶叫と共に地面に倒れ込む男。仲間の悲鳴に野盗達の足が動きを止める。

その間にもカナタは森の中を駆けて野盗共との距離を縮める。

身を屈めて一番距離の近い相手の前に飛び出す。


「っ!?」

「初めまして、さようなら」


突如目の前に現れた少年に、野盗が驚きに目を見開く。

硬直する相手の体を、真下から突き出された片手剣が貫く。

胸の筋肉を割り裂いてその鋭い切っ先が背中を突き破る。


声もなく前のめりに崩れ落ちる男の体。

カナタは手に握った剣を惜しむことなく手放し、その横を通り抜ける。

すれ違い様に相手が腰の帯に差していた鉈を引き抜く。


視線を走らせて次のターゲットを視界に収めると、カナタは地を蹴って駆けだす。

相手の方もカナタの姿をその視界に捉える。


「見つけたぁ!」


声を上げて目の前の男が腰に帯びた鉈を手に取る。

男が声を上げた事で周囲の野盗達も声の上がった場所に向けて移動を開始する。

周囲の敵が動き出す中、カナタは他には目もくれず真正面の男へ向かう。


「死ねぇええええええ!」


渾身の力を込め、右手に持った鉈を真横へと振るう。

力任せに振られた刃を前に、直進していたカナタの体が迫る刃から距離を取るように突如、真横へと流れる。

バスケット等のスポーツで使われるチェンジ・オブ・ディレクションと呼ばれるテクニック。

突如軌道が変わったカナタだったが、その身は攻撃の軌道上にあり鉈の刃が追いかける。


(馬鹿め!)


後ろへ飛んで距離を離すならまだしも、横へ移動しては鉈の軌道上からは逃れられない。

その切っ先がカナタの体の直前まで迫る。がその刃はカナタに届かない。

鉈の刃はカナタの背後に突如現れた木に減り込んでその動きを止める。


(このガキ!まさか狙って!)


木に当てさせるように刃の軌道を操られた事に、驚きをもって目の前の少年を見下ろす野盗。

カナタはまるで悪戯を見つかった子供の様にペロッと舌を出して見せる。

子供の様なその表情とは対照的に繰り出すのは無慈悲なる刃。

刃の重さに力をのせて加速させ、鉈の刃が袈裟掛けに男の体を通り抜けた。


「刃物の手入れは悪くないな」


血を流し膝から崩れ落ちる相手の体の前で、血の付いた鉈を振るう。

呟いたカナタに左右から襲い掛かる2つの影。


「よくもやりやがったなあぁあ!」

「獣の餌にしてやるぅううっ!」


声を張り上げて両側から迫る男達に、カナタは呆れた様な口調で告げる。


「奇襲すんのに大声出しちゃダメだろうに」


左右から繰り出される刃。だが、カナタはその身に迫る切っ先にすら目を向けない。

直後、彼らの視界からカナタの姿が忽然と消える。

標的を失った刃は逆方向から突っ込んできた仲間の体へと吸い込まれる。

片方は首筋に、もう一方は脳天にその渾身の刃を受けて倒れる。


崩れ落ちる2人の頭上から1つ影が落ちる。

それは直前に倒した野盗の死体を踏み台に真上へと跳躍していたカナタの影。

首に刃を受けた野盗が地面に這いつくばって呻く。もう1人は脳をやられて即死だった。

残った1人もカナタが手に持った鉈で素早く頭を切り飛ばして止めを刺す。


3分にも満たぬ時間の攻防で戦える敵は残り2人。

最初に斧を投げつけられた男も出血がひどく既に息をしていない。

自分たちよりも小柄な少年の作り上げた惨状に2人が息を呑む。


「どっ!どうなってんだ」

「ありえねぇだろぉ。こんなの」


動揺して挙動不審になる男達。こうなってはもう彼らは俎板の上の鯉と変わらない。


「先は長いんだから手際よく行こうか」


自分にそう言い聞かせると、カナタが2人の前に木の陰から踊り出る。

現れたカナタの姿を見て、表情も分からぬ程に顔中毛だらけの2人から伝わる明らかな畏怖の念。


「ひぃいいいやああああっ」


奇声をあげて鉈を振り上げた男がカナタに向かって走り出す。

走り出しカナタと距離が迫った時、右足から駆け上がる熱と違和感。

すぐに足がもつれて男は地面に倒れ込む。


「ぐへっ」


痛みに何が起こったか分からず、痛む足へとその視線を向ける。

視線の先には見慣れぬ短剣に穿たれて血を流す自分の足。

訳が分からず、立ち上がろうと両手をついて上半身を起こす。

顔を上げた野盗の顔を見下ろすのは少年の笑顔。


「あっ」


間抜けな声を上げた男の頭上にカナタが振り下ろすのは無情の一撃。

スイカを砕いた様な音と飛散する血液。

跳ねた血飛沫を空いた左手の袖で拭い、最後の1人へ目を向ける。

言葉はない。話す必要もない。


「っひ!」


しゃっくりのように喉を鳴らせた最後の1人が背を向けて逃げ出す。


(何だあいつは!なんなんだ!)


頭の中に浮かぶ疑問と恐怖。本能が命の危機を感じてこの場を離れろと告げている。


(とにかく親分達に知らせないと!この村にはとんでもねぇ化け物が!)


悪欲三兄弟達の姿を求めて森の中を走る野盗。

舗装された道などない森の中を、木の枝で体中に引っ掻き傷を作り、

それでも必死になって走り続けた結果、森を抜けて村へと続く街道へ出る。

息を荒げながら辺りを見渡した時、かなり遠くではあるが三兄弟の姿が見えた。


(いたっ!これで助かる!)


目の前に見えた光明に手を伸ばそうと、足を踏み出した時、

ズンッという衝撃が全身を駆け抜けた。

急激に喉の奥を熱い液体が駆けあがってきて口から溢れ出す。


(一体・・・何が・・・)


血を吐き、ゆっくりとその視線が自身の体へと注がれる。

目に映ったのものは、自身の左胸から突き出た見慣れない物体。


野盗が最期に見たもの。

それが血を滴らせた銀色の刀身だと理解した所で野盗の人生は終わりを告げた。


ラストがなんかホラーみたいに・・・。

ともあれ次回、悪欲三兄弟とその手下VSカナタさん

ヘソン村での大決戦!みたいな感じです。


2日以内に更新予定です。

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