第57話 全テ炎ニ消エヨ
バイカは手にしたブーメランを振りかぶり、カナタに向かって斬撃を繰り出す。
咄嗟にバックステップで間合いの外へ逃げるカナタの目の前を風切り音を上げてブーメランの形をした刃が通り抜けていく。
その音だけでその得物がどれ程危険なものであるかを瞬時に理解したカナタはそのまま後ろに下がって距離を取る。
「うおっとと、危ない危ない」
「避けるな!死ね!今すぐに死ね!」
「いやいや、オネーサン流石にそれは無理だから」
覆面を剥がす前の静かな印象から一転して殺気立つバイカ。
あまりの豹変ぶりにカナタは困惑しながらも次々に繰り出される刃を紙一重で躱していく。
身の丈程もある大きな武器を平然と振り回すバイカにカナタは違和感を覚える。
(結構重たそうな見た目の武器なのに随分軽々と振り回すなぁ)
先程剣で一合打ち合った時の感触ではバイカの力はカナタと同じ程度だった。
それなのに剣よりも大きな獲物をこうも易々と振り回しているのは不自然だ。
(これがこの姉ちゃんが持ってる魔核武器の特性なのかな?)
先程の小さなアクセサリー状態から今の状態に変化した事から考えられる事が1つある。
あくまで推測の域を出ないが敵の魔核武器の能力は重量や質量を自在に変化させるものではないだろうか。
つまり見た目の武器としての間合いは広がったが武器としての重さは先程まで扱っていた剣と同じかそれよりも軽い可能性が高い。
突飛な考えだとは思うがそう考えれば今の状況とも辻褄が合う。
(確かめたいけど間違ってたらペチャンコにされちゃいそうだな)
打ち合った瞬間は軽くても武器が触れる同時に重量を変化させる事も可能だという事も考えられる。不用意に近づくのは命取りだ。
流石にそれを確かめるためだけにあの得物の間合いに飛び込みたくはない。
目の前で敵の武器が振り回されているのを冷静に観察しながら対処法を見出すべくカナタは攻撃を躱し続ける。
「くっ!避けるな!」
「いや、いくら美人さんの頼みでも当たったら流石に死んじゃうから嫌です」
「また私を女扱いして!」
「いやいや、だって女じゃん」
カナタの言葉にギリリと奥歯を噛みしめバイカ。
狭い廊下を逃げ回るカナタを斬り殺さんと鋭い斬撃を次々に繰り出して廊下の壁を切り裂き、部屋のドアを破壊し、カンテラを砕き、建物事破壊しかねない勢いであちこちを切り裂きながら間合いを詰め迫ってくる。
おかげで正面がただでさえ厄介な事になっている状況で、さらに背後に回した敵からも弓矢や槍などで横やりを入れられるので堪ったものではない。
「ったく。次から次へと性懲りもなく。オレは曲芸師じゃないっての!」
そんな事を叫びながら背後からの伸びてきた寸での所で横へ飛んで躱し、そのまま槍の先を剣で斬り飛ばしたカナタは振り向きざまに斬り落とした槍の先を掴んで相手へと投げ返す。
投げ返した槍の先は見事に相手の頭部に命中し、頭を穿たれた白覆面は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
「今、俺の間合いに入ると命はないかもよ」
先程からカナタは自身を中心に半径2m圏内に意識を集中している、
いつもより本気モードのカナタは波打ち際で漂う小枝の様に前へ後ろへと飛び跳ねながら攻撃を躱し時には反撃を繰り出す。
敵を挟んで向こう側からそんなカナタの動きを目撃したレジエトとヤモックがそのあまりの見事さに思わず笑い声を上げる。
「アハハハ、なんだありゃ!冗談見てえに避けてるぜ」
「ほんとだ。マジで雑技団みてえ。もっと色々やって見せろカナタ~」
「ちょっと今集中してるから話掛けないでくれる!」
「悪ぃカナタ~。ちょっとよく聞こえないわ」
「当たらない様に頑張れよ~」
自分達も左程余裕がある訳でもないのに随分と勝手な事を言ってくれる。
(2人共等、これが終わった時に無傷だったら絶対に泣かす!)
別に戦いを真面目にしろとかふざけるなとか言うつもりはないが、余力があるならこの厄介な敵を相手にするのは真面目に手伝って欲しいところだ。
「オネーサンちょっと休憩しませんか?」
「うるさい。黙れ!」
「ちょっと胸元見たぐらいでそんな怒らないでよ。謝るからさ~」
「コロスッ!」
宥めようと思って掛けた言葉はどうやら逆効果どころか火に油を注いでしまったらしくバイカから放たれる殺気が明らかに増した。
やはりどれだけ刃物や銃火器の扱いを覚えたところで女性の扱いだけはどうにもならないらしい。
(まあ、敵を口説いても仕方がないんだけどね)
そもそも相手の方から問答無用で仕掛けてきているので戦いが始まる前から話し合いの余地などありはしない。
そんな事を考えながら目の前で持ち上げた武器を振り下ろすべく近づくバイカの間合いから飛び退く。
カナタのその動きに併せて背後から近付いた白覆面が胴目掛けて放った横一線を背面飛びで躱し、攻撃を仕掛けてきた白覆面の頭上を飛び越える。
「とりあえずちょっと切れ味確認させてもらおうか!」
言ってカナタは飛び越えた白覆面の背後に回ってその背中を思い切り蹴りつける。
蹴り飛ばされた白覆面はバイカの方に向かってつんのめって倒れていく。
この白覆面がカナタとの間に居る限りバイカの刃はカナタに届かない。
カナタを斬る為には仲間を斬って道を開けか、仲間を避けて回り込む他ない。
仲間を斬るのを躊躇えばカナタに攻撃の隙を与える事になる。
味方を斬れば敵が1人減って楽になる。どう転んでもカナタにとっては都合がいい。
「さあ、どうする!」
「私達を舐めるなよ!オーバーウイングブロー!」
バイカは声を張り上げると手にした巨大ブーメラン前に向かって振り下ろし、その手の中の刃を前に向かって投げ放つ。
バイカの手を離れた瞬間、ブーメラン状の魔核武器は一瞬で2倍近い大きさにまで巨大化し、味方の体を縦に引き裂いてカナタへと飛ぶ。
「ヤバッ!」
身の危険を感じた時にはカナタの体は真横へと飛んでいた。
偶然戦闘でドアが壊れていた部屋の中へと飛び込んだカナタの足の方、先程まで自分が立っていた位置付近をバキバキと音を立てて巨大なブーメランが通り過ぎていくのが見える。
「あそこからまだ大きくなるとか反則だろ」
部屋の中で半身を起こしながらボヤくカナタ。
可能性としては頭の隅にあったのでなんとか反応する事が出来た。
(初手でさっきの攻撃をされてたら危なかったかも)
今回は最初に一度大きくなるのを見ていたので助かったが、最初に至近距離でいきなりあのサイズに変化されてたら避けられなかっただろう。
(ん?でもそれっておかしくないか)
あちらの動きから考えて相手はプロだ。プロが自分の扱う得物の特性を理解していないという事は考えにくい。
ならば何故初手で使えば一番効果的な手を使わない。
(もしかして使いたくても使えないとか?)
一度に変化させられる大きさや重さの最大値が決まっている。
それなばら初手で今の攻撃を繰り出さなかった事への説明もつく。
「意外と攻略法あるかもあの武器」
まだ確証がある訳ではないが可能性としては極めて高い。
そんな事を考えてた時、部屋の入り口付近で微かに影が動く。
直後、剣を握りしめたバイカがカナタにトドメを刺すべく部屋の中に飛び込んでくる。
「死ね!」
「うわっ!ちょっと待って!タンマ!」
慌てて体を跳ね起こしたカナタは手にした剣でバイカの刃を受け止める。
だが体勢が不十分だった事もあって一気に壁際まで押し込まれてしまう。
暗い部屋の中、ガチガチと音を立てて鍔迫り合う2人の剣。
「ちょっと落ち着いて話し合いとかしませんか?」
「貴様と話す事等私にはない!」
叫び声と共にバイカが少し息を吸い込み頬を僅かに膨らませる。
それが何を意味するのか直感的に悟ったカナタは彼女の顔の正面から逃れる様に首を傾ける。
直後、バイカの口から鋭く尖った細い針が3本飛び出し、カナタの顔の横を抜けて後ろの壁にタタンと音を立てて突き刺さる。
「チィッ!」
「含み針とか・・・。お姉さん達一体何者?」
「言った筈だ。貴様と話す事などないと」
「そんな事言わずに教えてもらえると嬉しいかな!」
そう言ってカナタは壁に背を預けて素早く自身の右足を浮かせると、相手の右膝の裏に滑り込ませて鎌のように内側へ引く。
カナタの足が膝裏を叩くと同時にバイカの右膝から力が抜けてガクンと膝が落ちる。
「なにっ!」
何が起こったか分からずにいるバイカに向かってカナタは背を預けた壁を使って反動をつけて前に向かって体を押し込む。
バイカもカナタと同じだけの力はあっても女なので体重はカナタよりも少し軽い。
そのまま部屋の床に押し倒す様に倒れ込む2人。
「クソッ!」
このままでは上から覆いかぶさられて身動きを封じられる。
咄嗟に判断を下したバイカは足を浮かせてカナタに向かって蹴りを放つ。
その攻撃を咄嗟に剣の腹で受けるカナタだったが、威力を殺しきれずに距離を開けられる
「くっ!妙な技を!」
「いやいやそちらも中々足癖悪いね」
先程ので倒れてくれていれば決着を付ける事が出来たが、敵も中々の手練れ。
そうそううまく運ばせてはくれない。
ともあれこれでなんとか仕切り直す事は出来た。
(遊びでやってた"膝かっくん"の応用がこんな形で役に立つとはね)
高校でクラスメイト達がやっていた悪ふざけ。
日常の他愛ない遊びから思いついた足払いはクラスメイトを相手に使用した時は100%の確率で相手を転ばせてきた恐るべき技だが思わぬ所で役に立った。
(さて、ここからどうしようかな)
視界部屋の中、入り口を背にして立つバイカとそれに向かい合うカナタ。
仕留めきる事は出来なかったが相手の手から魔核武器は離れた。
これならば十分に勝つことができる。
「残念だったね。頼みの武器を手放した上に仲間も殺ちゃって」
「お前達さえ死ねば問題ない。それに・・・」
部屋の入口の方に向かってバイカがスッと右手を伸ばすと、最初に見た時のサイズにまで小さくなった魔核武器が彼女の手元に戻る。
「我が翼は何度でもこの手の中に舞い戻る」
「それズルすぎじゃない?」
カナタの予想していなかった性能を見せた魔核武器に思わず表情が引き攣る。
これで状況は好転するどころかむしろ悪くなった。
何せここは廊下よりもさらに狭い室内。相手の得物の間合いを考えると先程までの様に避け続ける事はカナタでも厳しい。
「今度こそ覚悟しろ。次こそ仕留める」
真っ直ぐに目を見詰めて殺意の言葉を口にするバイカ。
強い殺気を向けられたカナタは心底呆れた様な口調で告げる。
「知ってる?それを言った人は大体仕留め損なうって」
「ほざくなっ!」
バイカは再び手の中の武器を身の丈ほどの大きさにまで巨大化させる。
それは初めに大きさを変化させた時とほぼ同じに見える。
その事がカナタの勘が当たっている可能性が高い事を示す。
(恐らく同じ大きさ。という事はやはりいきなり最大化は出来ない仕組みか)
魔核武器が手に戻った事で相手の表情に微かな余裕が見える。
勝ちに大手が掛かった時、人の心には油断が生まれそこが大きな隙となる。
「今度こそ潰れろ異端者!」
カナタの逃げ場を無くすように部屋の隅に追い込むように刃を繰り出すバイカ。
「こんなところでハンバーグになるつもりはないっての!」
向かってくる刃から逃れる様に後方に飛び上がったカナタは、そのまま背後の壁に着地してそこからさらに部屋の天井スレスレを飛ぶ。
格闘ゲームなんかでよく見る技。三角飛びだ。
「何っ!」
バイカの予想の上を行く身軽さと、驚異的な武器を前に冷静さを保ったまま大胆な行動を取る事が出来るハートの強さ。
その2つがバイカの攻撃を凌駕し、刃は壁面に吸い込まれるように撃ち込まれる。
屋敷を支える太い柱にぶつかった刃はそこで動きを止める。
今、バイカの背中は完全なる無防備状態。攻撃を受ければ終わる。
「くっ!」
必死に振り返ろうと体を捻るがカナタの動きは遥かに速い。
負ける。そう思った時、ドアの向こうから仲間の白覆面が2人飛び込んできてカナタへと襲い掛かる。
「うおっ!危ない!」
繰り出された斬撃を咄嗟にベッドの上に逃げて躱すカナタ。
その隙に白覆面がバイカを背後に回す様に立ち、カナタへと刃を向ける。
「頭目。ここは一度お退きを!」
「駄目だ!まだコイツを仕留めていない!」
自分達はまだこの男に深手を負わせるどころか傷一つつけていない。
ここで逃げれば仲間達は犬死だ。
「このままで終わん。終わってたまるか!」
「しっかりしてください!我等の務めはこの者の始末ではありません!」
「っ!?」
仲間の言葉を聞いてバイカは我に返る。
カナタに固執するあまり大事な事を忘れていた。
(そうだ。私の目的はこの小僧を殺す事ではない)
個人的にはいますぐ四肢を裂いて地獄の苦しみを味合わせたうえで殺してやりたい所ではあるが、それはあくまで己の感情。
国の守護者である自分達の役目ではない。
「すまない。お前達、冷静さを欠いていた様だ」
「いえ」
仲間の返事を聞いてバイカは冷静な目でカナタの方に目をやる。
「あらら、冷静になっちゃったよ」
わざわざこっちに注意が向くように挑発したのにまったく余計な事をしてくれる雑魚だ。
「これは早く片付けた方がよさそうかな」
冷静を取り戻したバイカから何か嫌な気配を感じる。
彼女の目はまだこの戦いの勝ちを諦めていない。
「これより最後の策を実行する」
そう言ってバイカは懐から小さな筒状の物体を取り出し口に咥える。
「させるかよ!」
咄嗟に投げナイフを抜いてバイカへと放つが、彼女の部下が命懸けで盾となって刃を遮る。
「我等の勝ちだ。小童!」
ナイフを喰らった白覆面がそう言った直後、屋敷内に甲高い笛の音が鳴り響く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
3階の客間でヨルキの猛攻をなんとか凌ぐリシッドだったが、その顔には明らかに疲れの色が滲んでいた。
(この男。やはり強い)
もう随分長い時間剣を交えているが、こちらと違って向こうにはまだ余裕の色が見える。勘だが相手はまだ切り札を隠し持っている様に思う。
「中々粘るじゃないかリシッドさんよぉ」
「貴様の様な輩相手に後れを取る訳にはいかない!」
強がりを言ってみるが精霊武器が使えない今の状況ではリシッドにこれ以上打つ手はない。
このまま打ち合っていてもいずれは押し負ける。
(どうする。マルコフを連れて中庭に飛び降りるか)
1階の中庭に下りれば精霊武器を使う事が出来、まだ逆転をする可能性がある。
もっとも相手がそれを見逃してくれればの話だが。
「へへっ!その目、まだ諦めてねえな」
「当たり前だ。俺にはやるべき事がある」
「いいねぇ。それでこそ殺し甲斐があるってもんだ!」
戦闘狂特有の快楽的に飢えた歪んだ目をするヨルキ。
今まで戦ったどんな相手とも違うその瞳にリシッドの背筋を冷たい汗が伝う。
「貴様こそ賊の分際でもう勝ったつもりか?」
「言ってくれるね。それじゃあ楽しませてくれた礼に俺のとっておきで終わらせてやるよ。リシッド・フォーバル」
そう言って手にした長剣を構え直した瞬間、ヨルキの纏う空気の質が変わる。
まるで全ての殺気が彼の持つ長剣に流れ込んでいく様な感覚。
危機感から本能が警鐘を鳴らし、リシッドの全身が粟立つ。
今すぐ逃げろとリシッドの生物としての生存本能が告げている。
(俺はこんな所では死ねない。だが絶対に逃げたりもしない!)
今すぐにでも後ろを向いて逃げ出したい気持ちを無理やり心で抑え込み、リシッドは目の前に迫る死と向き合う。
その時、リシッドとヨルキの耳にどこからともなく甲高い笛の音が届く。
どこから響いているか分からない笛の音がしばらく続いた後、ヨルキがうんざりした様子で溜息を吐く。
「はあ~、なんだよ折角いい所だったのに」
「なんだ今の笛の音は?」
突如聞こえた不審な笛の音に警戒感を示すリシッドに対し、ヨルキはすっかりやる気をなくして武器を下ろす。
いつの間にかその手に握った長剣からはすっかり殺気が剥がれ落ちている。
「なんだか急にしらけちまった。今日はここでお開きだ」
「何っ!どういうつもりだ」
「どうもこうもねえ。依頼人から命令が出たから退くだけだ」
心底つまらなさそうな表情をするヨルキは長剣を背中の鞘に納めリシッドに背を向ける。
「リシッド。こんな所で死ぬんじゃねえぞ」
「さっきまで殺そうとしてたやつが急に何を言い出す」
急に殊勝な事を言い出すヨルキに警戒感を強めるリシッド。
一体これから何が始まるというのだろうか。
「そう言うなって。これでも本気で心配してるんだぜ」
「どういう風の吹きまわしだ?」
「そいつは言えないな。ただお前は俺が殺すと決めた俺の獲物だからよ。俺が殺す以外で死なれるのは面白くない」
「随分と身勝手な事を言うな」
「ハハハッ!自分勝手じゃなきゃ殺し屋なんてやってねえよ」
そう言ってヨルキは無防備な背中を向けたまま部屋の出入り口に向かって歩く。
今ならリシッドにも彼を倒す事が出来るかもしれない。
そんな考えが一瞬頭の中を過ぎるが、それは自分のやり方に反するとその考えを振り払う。
「お前等確か王都に向かってるんだよな」
「だったら何だ?」
「なら次にやりあうとすれば王都だな。そこで待ってるから必ず生きて来いよ。俺に殺されるために」
「本当に勝手な奴だな。だが俺もこのままでは終われない」
少なくとも剣の腕だけでいえば自分はヨルキに一歩及ばなかった。
純粋にこの男に勝ちたい。兵士としてではなく1人の男として。
カナタと出会った時でさえこんな風に思う事はなかった。
人間性はともかくとしてリシッドはこのヨルキという男を1人の剣士としての実力認めている証拠だった。
「次は必ず勝つ」
「カカカッ!そいつを聞いて安心したぜ」
「果し合いの場所と日時は?」
「そんなもん必要ねえよ。きっと俺とお前は殺し合う運命だ。時が来れば相応しい舞台で会えるだろうよ」
それだけ言い残すとヨルキはリシッドに背を向けたまま一度も振り返る事なく部屋を出ていく。
静かになった室内で、リシッドは己の敗北を噛みしめながら下を向く。
「勝てなかった」
相手は殺人鬼とはいえ1対1の正々堂々とした果し合いで、根本的な剣の技量の差で負けた。
カナタや他の者に負けるのとは違う真の敗北に自分の無力さを改めて痛感する。
「強く・・・ならなくてはな」
手にした剣の柄を強く握りしめてリシッドは自分を鼓舞し、俯いていた顔を上げる。
その時、中庭が望める部屋の窓が妙に明るく映っている事に気が付いた。
「何だ?」
気になって窓際に近付いて見たリシッドの顔が驚愕に歪む。
「なっ!」
屋敷の1階部分から火の手が上がっていた。
それもボヤ程度の炎の量ではなく見渡せる範囲全てが燃えている。
恐らく敵が一階のフロアすべてに油を撒いて火を放ったのだろう。
でないとこんな異常な燃え方はしない筈だ。
そう考えるリシッド間にも部屋の中に何かの焼けるような臭いと微かに煙が入り込んでくる。
「いかんっ!マルコフ殿逃げるぞ!」
「へっ?」
机の後ろに隠れていて未だに事態が呑み込めていないマルコフ。
リシッドはすぐさま彼の傍に駆け寄ると机をどかしてその手を引く。
「リシッド様。何があったのですか?それにこの臭いは・・・」
「奴等が屋敷に火を放った。急ぎここから逃げるぞ」
「なんですと!ならば急ぎ我が家の宝を持って逃げねば!」
震える手で金庫のカギを取り出すマルコフ。
リシッドはその手を掴んでマルコフの顔を正面から見据える。
「宝は諦めろ。今すぐに逃げないと死ぬぞ!」
「しかし!それでは・・・」
「燃えているのはここだけだ。商売は続けられるし、生きていればまた新しい宝にも出会える。だから今は諦めよ」
「・・・くぅっ!」
リシッドに説得されたマルコフは悔しそうに顔を歪めると力なく頷く。
なんとかマルコフの同意を得たリシッドは彼の手を引いて
(聖女様達の方が気掛かりだが火の回りが早くてあちらに向かっていてはマルコフもろとも焼け死んでしまう)
仕方ない事とはいえ、聖女の傍についていなかったことが悔やまれる。
せめて今は聖女の傍についている仲間達がうまくやっていると信じ、1人でも多く救うべく行動を開始する。
「死にたくなければ決して俺の手を離すなよマルコフ殿!」
「はひぃいいいいいっ!」
顔中が悔し涙と鼻水と恐怖でぐちゃぐちゃになった老人の手を引き、リシッドは炎の中へと駆け出す。
「皆、無事に逃げてくれよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
2階、聖女の寝室前の廊下は突如上がった火の手に敵も味方も大騒ぎになっていた。
「どうなってんだこりゃ!」
「こんな話は聞いてないぞ!」
どうやら事前に人つける事を聞いていなかったらしい賊達が逃げ場を求めてあっちこっちへ走り出す。
しかし思ったよりも火の回りが早く次々に炎に巻かれ始める。
「ギャアアアアアアアアアッ!」
「熱い!熱いぃいいいいい」
バタバタと逃げ惑う賊達が1人また1人と炎に包まれる中、サロネ達も追い詰められていた。
「ヤバイよ。ヤバすぎるよ」
「どうするのコレ」
「もう逃げ場がないっす!」
廊下の前も後ろも既に炎で道が塞がっている。
逃げようとした賊共があっちこっち壊したせいで逆に火の回りを速めてしまった。
部屋の窓から逃げようにも敷地内は全て炎に埋め尽くされており逃げ場がない。
「どうすんのよ!」
「俺に言われても分からないですよ!」
怒りの声を上げるリルルにサロネも思わず口答えする。
迫りくる炎を前に2人の表情からは完全に余裕が消え失せている。
気持ちは分からないでもないが、今は味方同士で言い争っている場合ではない。
「皆さん落ち着いてください。まだ何か方法があるはずです」
「方法って言ったって・・・」
こうしている間にもあちこちから逃げ遅れた賊共の断末魔の悲鳴が聞こえる。
もう一刻の猶予もない。このままでは全員揃って焼死体だ。
そう思った時、1人涼しい顔をしていたバネッサがようやく口を開く。
「それじゃ聖女様。そろそろここを出ようか」
「えっ?」
全員の視線がバネッサに集まる。
この絶望的な状況にとうとう気でも触れたかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。
彼女の眼は正気の色を保っており、余裕の笑みまで浮かべている。
「バネッサさん。今、ここを出るって」
「そうですよ。流石にいつまでもサウナ気分を味わいたくはないですからね」
「でもどうやって?」
「私の愛剣ピカロアマンテの力があれば造作もない事です」
そう言ってバネッサは炎が広がる通路へとその剣先を向ける。
「バイツァ・カローレ」
剣先から先程放たれたのと同じ様な赤い球体が飛び出し、炎の中へ飛び込む。
「私の剣の能力は熱量操作。この力を使えば例え行く手を炎が遮ろうと・・・」
バネッサがそこまで言いかけた時、目の前の炎が内側から弾けてレティス達の目の前に道が開かれる。
「この様に道を開くことが可能です。もっとも今の技は人間に相手に使うと色々と酷い事になるのでこういう場面でしか使いませんが」
そう言って剣先を下げるバネッサに全員が驚きの表情を浮かべる。
「・・・凄い」
「こっ、こんな力があるなら早くやりなさいよ!」
「そうっすね。おかげでもう駄目かと思ったっす」
「でも、これなら脱出できますね」
「それじゃ行きましょうか。急がないと先に酸素の方がなくなりますので」
先を歩き出すバネッサに続くレティス達。
奇しくもカナタの見出したこの冒険者は最初に思っていた以上に頼もしい存在だった。
(カナタさん、リシッド隊長。私達は大丈夫です。だからお二人もどうかご無事で・・・)
今この場にいない2人の安全を祈りながらレティス達は屋敷の外へ向かって歩き出す。
炎に燃えるマルコフの屋敷。
あちこちで生きるか死ぬかの明暗が分かれる中、長い夜がもうすぐ終わる。
長らくお待たせしてすいませんでした。
ようやくこちらの方に手を付ける事が出来ました。
次回でこの街の話は終わりになります。
燃え上がるマルコフ屋敷のカナタとバイカはどうなるのか!
お楽しみに




