第53話 マルコフ邸襲撃事件
コムタッカの町、北西部にある町一番の大きな3階建ての屋敷。そこがマルコフの屋敷だ。
屋敷の3階中央部、緑に溢れ綺麗に整理された立派な中庭を正面から臨める位置にマルコフの自慢の客間がある。
その部屋の中で館の主であり町一番の商会の主であるマルコフ、コムタッカの全兵士を統率している兵士長のサマーニとリシッドの3人が一堂に会していた。
「なんだ、結局話を聞きに来たのかサマーニ?」
「先に相談を受けたのはこちらだからな。貴様の事は好かんがこれも職務だ。仕方あるまい」
悪びれもせず言い放つサマーニに、マルコフは不快そうに表情を歪める。
部屋に入って数秒、要件を聞く前から早くも険悪な雰囲気を醸し出す2人を前に、同席するリシッドは最初から気が重い。
こんな調子でまともな話し合いなど出来るのだろうか。
不安一杯のリシッドの隣から、給使が運んできたのティーカップを置いていく。
目の前に置かれたティーカップに注がれた琥珀色の液体から湯気と一緒にいい香りが立ち上っている。
(これは相当にいい茶葉を使っているな。淹れ方も随分と拘っている)
鼻腔を擽る良い香りに喜んだのも束の間、その湯気の向こうではおっさん2人が見苦しい口論を開始する。
「発言がいちいち気に障る男だの。少しは町で一番の納税者であるこのワシに対して経緯を表したらどうなんだ?」
「ふざけるなよ。貴様の様な守銭奴の為に何故私が気を回さなければならん。馬鹿も休み休み言え」
「なっ!聞きましたかリシッド様。この男はこういう男なのですよ。リシッド様が領主になられた際には是非ともこの男を更迭して頂き、会話が普通にできる優秀な人材を手配して下さいませ」
「いや、流石にそれは・・・」
茶の香りを楽しんでいたのを邪魔された挙句、マルコフからの無茶苦茶な要望をされたリシッドは頬をヒクつかせる。
そもそも兵士の勤務地や役職の任命権は王国軍の管轄。
余程の事情がない限り国の最高機関である二十貴族会といえど、軽々しく口を出していいものではない。
その事を知っているサマーニはマルコフの発言を鼻で笑う。
「ふんっ、馬鹿めが。その様な者の言葉は聞かずとも良いぞリシッド・フォーバル。第一、王国の為に力を尽くすこの私の代わりが務まる者などそう居ない。おまえもそう思うだろう?」
「いや、その、ハハハ・・・」
自信満々に言い放つサマーニ。そのあまりに高すぎる自己評価を聞いて、リシッドはただただぎこちない笑顔を返す事しかできない。
リシッドがまだ新兵だった頃、サマーニもまだ兵士長に任じられる前に何度か同じ任務をこなした事があるのだが、正直な所イマイチだったという印象しかない。
確かに兵士としての力はあったし、王国への忠誠心も大したものだ。
だが、同じ堅物で真面目と評されてきたリシッドから見ても、その性格は厳格さや潔癖さは度が過ぎており、仲間内での評判はあまり良くなく。
任務中に何度も仲間の兵士達と衝突している場面を目撃している。
(別に悪い人物という訳ではないんだがな・・・)
リシッドから見てサマーニはどうにも人の上に立つのに向いていない気がする。
それは恐らく他の者から見ても同じだろう。ではなぜ彼の様な人物が重要な役職に就いているのかというと、それは王国の兵士の登用方法に問題がある。
王国軍の人事採用基準は、勤続年数、王国への貢献度、戦闘技術が指標となる。
その為、評価対象となる人物の性格や周囲の人物評が含まれていない。
故に人の上に立つのに人格面に不適合である人物が抜擢される事がよくある。
サマーニは兵士として確かな実績があり、職務に対する態度も賞賛するに値する程立派ではあるのだが。職務に忠実であろうとするあまり自分にも他人にも厳しく。そのうえ、他者への配慮に欠く物言いが輪をかけて周囲との溝を深めるという非常に厄介な人物なのだ。
(サマーニ兵士長の様な性格の方が上司だと下の者は苦労しているだろうな)
カナタと共に旅を始める以前の自分の事を棚に上げてそんな事を思うリシッド。
ともあれそんな事を考えていても仕方がない。
今は一先ず自分がなんとかしないと、このまま放っておいてたらいつまでも2人が罵り合うだけで一向に話が前に進まない。
(俺も早く部屋に戻って休みたいし、正直あまり気乗りしないがここは俺が2人の間に入って話を進めていくしかない)
改めて正面を見てみると飽きもせずに言い合いを続けているマルコフとサマーニ。
放っておけばこのまま朝までやってるんじゃないかとすら思えてくる。
そんな2人を見てリシッドは小さく息を一つ吐くと、覚悟を決めて声を掛ける。
「マルコフ殿。本日は私達に何やらご相談があるという事でしたが」
「おお、そうでしたそうでした」
リシッドに言われてようやく自分の目的を思い出したマルコフは、ようやくサマーニとの言い合いを止めて、リシッドの方に向き直る。
横槍を入れられたサマーニは少し、不服と言った様子で腕組みをする。
「・・・さっさと用件を言え」
「分かっておる。今言おうとしてるところじゃろうが、まったくせっかちな奴め。大体さっきから貴様が一番うるさいのだ。ちょっとは静かにしておれ」
「なんだと貴様、わざわざ出向いてやったというのに・・・」
折角前進しかけた話の流れを断ち切る様に、余計な口を挟んでくるサマーニにリシッドは鋭い目を向ける。
「すいませんサマーニ兵士長。話が進まないのでちょっと黙っていてください」
「なっ!」
丁寧な態度を崩さないながらもリシッドから強い口調ではっきりと邪魔だと言われ、サマーニは思わず言葉を失う。
それを見てマルコフはふふんと鼻を鳴らし、愉快そうに笑みを浮かべる。
「続けてよろしいですかな?」
「ええ、お願いします」
「今回ご相談させて頂きたかったのは、この町の塀の外で大量に出店しております屋台についてでございます」
「屋台・・・ですか?」
マルコフの相談内容を知ったリシッドは正直肩透かしを喰らった様な気分になる。
とはいえそれを表情に出す事無くリシッドはマルコフの話に最後まで耳を傾ける。
「左様にございます。リシッド様も町の外で御覧になった事と思いますが、あれらは全てこのコムタッカの民が小遣い稼ぎの為に違法に開いているものなのです」
「え、そうなんですか?」
マルコフから聞かされた内容にリシッドは意外そうな表情を浮かべる。
何故なら待ち時間の長い関所の前に屋台が出ているのは当たり前だと思っていたからだ。
このコムタッカに限らず王国にある関所の町や王都の傍にも屋台は出ている。
それらが違法だ等という話は今まで聞いたことが無い。
リシッドの知らない所で法が改正されたのだろうかと首を傾げるリシッド。
だが疑問はすぐにサマーニの言葉によって晴らされる事になる。。
「何が違法だバカバカしい。貴様ら商会が勝手に作った取り決めを押し付けているだけだろう」
「この町での商いする上での法に反しているのだから違法と言って間違いあるまい」
「一商会主風情がデカイ口を叩くな。ガノン王国の法は王国法ただ一つだ」
キッパリとそう言い切り、マルコフの主張を一蹴するサマーニ。
ピリピリとした空気が漂い始める中、会話についていけなくなるリシッド
「あの~どういう事でしょう。いまいち話が見えないんですが・・・」
「だろうな。だが気にする必要はない。その男の主張は大方が虚偽妄言だ」
「決して虚言等ではありません」
サマーニの言葉を強く否定したマルコフは、コホンと一度咳ばらいをすると事情を語り始める。
「この町の産業は主に観光業を主体に成り立っているのですが、町の中の宿屋や商店、食堂に至るまで全てがどこかの商会の管理下にあります。それ故にこの町の市民の多くは基本どこかの商会に所属し、そこで働いているのです。そしてそんな彼等が働く上で困ったり、後は不正を働いたりしない様に商会主同士で商売に関する取り決めを設けているのですよ」
もっともらしく語ったマルコフの言葉にリシッドが頷きながら耳を傾ける。
だが、それでは不足だと言わんばかりにサマーニが説明を加える。
「だが商会のルールは貧しい者には厳しく締め付もキツイ、当然反発する者が出てくる。商会の支配を望まない者や従わない者。他にも商会への入会金や上納金が納められずに商会に登録できない者もいる。そういった者達が収入を得る方法として町の外で屋台を出しているのだ」
「なるほど。そういう事情があったんですか」
2人の説明を合わせる事でようやくこの町の事情が少しだけ見えてきた。
「貧乏でなくなりたいなら商会に入ってしっかり働けばいいだけではないか。まったくこの町の民でありながら町のルールに従えない者には困ったものです。しかも町のルールに従えないだけではなく塀の外で好き勝手に商売を始める等、言語道断!許してはおけません」
今日一番の怒りと熱の篭った口調で語るマルコフが拳を硬く握り締めて机を叩く。
「知っていますか?現在、屋台の出店には取り決めがなく誰でも好き勝手に店を出して良いそうですよ。しかも営業日はまちまちな上、提供する商品の品質もバラバラな無法地帯と化しているとか!その様な無秩序な商いをされては町への商いにどんな影響が及ぶか分かりません。場合によっては悪影響を及ぼすだけの害悪でしかない。私はその様な現状を放置する事を良しと出来ません」
「何が秩序だ。貴様等商会が自分達に都合のいい様に勝手に仕組みを作っているだけではないか」
呆れたようにツッコミを入れるサマーニを無視して、椅子から立ち上がったマルコフは熱弁を振るい続ける。
「そこでワシは現状を打破する術を考えたのですよ、屋台の出店については町の商会が中心となって組合を立ち上げ、出店については組合に届け出た者の中から寄り選り、組合の許可を得た店だけが出店できる様な許可制にする方法を!そうすれば商会が率先して舵を取り、商品の品質も保つ事も出来ますし、何か問題が起こった時にも組合の方でサポートが出来る様にもなります」
(なるほど、それでサマーニ兵士長や私に相談という訳か)
それを聞いてようやくマルコフがサマーニへの相談を止めて自分に話を持ち掛けてきたのかを理解する。
組合を作るには領主への届け出を行った上で許可を得る必要があるのだ。
しかも許可を取る為の審査は割と厳しめであり、許可を得るのは簡単ではない。
そこでマルコフが考えたのが審査を自分に有利になる様に進めるべく、誰かに口添えして貰おうと考えたのだろう。
リシッドと同じくマルコフの思惑を理解した、サマーニはあからさまに嫌そうな顔をする。
「話にならんな。組合による許可制だと?どうせその組合に参加するにも高い金を取るつもりなのだろう。それに貴様の事だ。組合を立ち上げるのに集める連中も貴様の息のかかった商会の者だけだろう」
「その様な事ある訳がなかろう。ワシは純粋に町の利益になると思ってだな」
真剣なに語るマルコフ。言っている事は至極真っ当なものに聞こえるが、何故かこの男が語る内容には先程からキナ臭さを感じてしまう。
ハッキリ言って口を開くほどに彼への不信感が大きくなる一方だ。
その理由はサマーニの言葉があるからだろう。彼は人間的には問題があるが職務に対する姿勢はまっすぐなので発言への信用は非常に高い。
「見え透いた嘘を言うな。近頃、塀の外で屋台の店主達に嫌がらせを働く者達がいるという報告をいくつも受けている。貴様の事だこれから立ち上げるつもりの組合に参加しない者が出ない様に見せしめに配下に抱えているゴロツキ共を使ったのだろう」
「何を馬鹿な事を、言いがかりにも程があるぞ」
「言い逃れしようとも無駄だ。こちらには貴様の持っている店の近くで屋台に現れたゴロツキ共が出入りしているのを目撃したという報告書もある」
「その様な者はワシは知らん!」
サマーニからの詰問を強く否定するマルコフ。
流石は町一番の商会の主らしく表情に動揺の色は見られない。
だが、本当に知らないにしては動揺が無さすぎる。その事がかえって不自然さを際立たせ、結果としてサマーニの発言の信憑性が高まる。
自分の旗色が悪くなっている事を悟ってか、マルコフはリシッドに必死に訴えかけてくる。
「やはり貴様では話にならん。ここはやはりリシッド様にお願いした方が良さそうだ」
「今の話を聞いて貴様に加担する訳がないだろう」
サマーニの横槍を無視して、マルコフはリシッドに詰め寄る。
「リシッド様ならワシに間違いがないと分かって頂ける事でしょう。どうかリシッド様から組合の件をカナード様にお伝え頂いけますでしょうか。リシッド様のお言葉ならばカナード様もきっとこの組合の有用性をご理解頂ける事でしょう」
「いやぁ、どうでしょう」
リシッドは必死に顔を近づけてくるマルコフから目を逸らす。
今までの話でこの男に対する信用はかなり低い位置にまで下がっている。
今更何を言われたところで彼に対し便宜を図る様な事はないだろう。
もっとも、例えリシッドがマルコフの事を父に伝えた所で、それで父が審査の手を緩めたりだとか目溢ししたりする事は絶対にないだろう。
何があろうと公私混同は絶対にしない。
それがリシッドの知る父、カナード・フォーバルとはそういう男だ。
「何卒!何卒、組合設立にご協力頂けます様によろしくお伝え頂え下さいませ」
「必要ないぞリシッド・フォーバル。その件がカナード様の耳に入る頃には、私がこの男の不正を暴いて牢の中に入れているだろうからな」
「何が不正だ。いい加減な事ばかり言いおって本当に不愉快な男じゃな。もう貴様に用はないんだから。とっとと帰れ!」
「ふん。言われずともこれ以上貴様の下らん話に付き合う気はない」
それだけ言うとサマーニは机に置いてあるカップを手に取り、中に入っている温くなった茶を一気に飲み干しす。
「相変わらずここの家の茶は腑抜けた味がするな。これの何がいいんだか理解出来ん」
「ふん!お前のような者にその良さが分かってたまるか」
「こちらも別に分かりたいとは思わん」
それだけ言うと、もう言う事はないとばかりにサマーニが席を立つ。
部屋を出ていくサマーニに合わせてリシッドも退散しようかと考えるが、流石にそれはマルコフが止めた。
「リシッド様。もう少しお時間をください。ワシのプランの詳細をお話しさせて頂きますので」
「いえ、大丈夫です。もう十分聞きましたので」
「そう仰らず。是非に!」
有無を言わせぬマルコフの態度にリシッドは苦笑を浮かべる。
普段ならキッパリと断る所だが、流石に今夜一晩とはいえ宿を提供してもらっている以上あまり無下に扱う事も出来ない。
既にこの男の願いを聞くつもりはないが、宿の礼として後少しばかり話に付き合ってやる事にする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
会談の後、来た時同様にグリニに案内されてサマーニは屋敷を出た。
「案内ご苦労。見送りはここまででいい」
「かしこまりました。お気をつけてお帰り下さいませ」
「うむ」
歩み去るサマーニの背中に、グリニは頭を下げて送り出す。
その口元に邪悪な笑みを讃えながら。
「さようならサマーニ兵士長。良い夜をお過ごしください。最後の夜を」
グリニの視線の先、サマーニの姿が屋敷へと続く路地の向こうに消える。
路地を曲がったサマーニが歩き始めてすぐ、彼の行く手を阻む様に立つ一団があった。
僅かな星明りに照らされた人数にして20人程の彼らは是認が長い布を顔に巻き付けて顔を隠している。
「なんだ貴様等は、邪魔だ道を開けろ」
道を塞ぐ一団に向かって吠えるサマーニ。
だが目の前にいる者達はその言葉に従う素振りを見せない。
「誰が邪魔だってクソ野郎?」
「アンタはいつもそうだ。いつも自分が正しいと思っている。自分が悪いだなんてこれっぽちも思わない」
「何を言っている。さっさと道を・・・」
相手を警戒しながらも前に向かって一歩踏み出すサマーニ。
その時、急に指先が痺れ、同時に僅かな息苦しさを覚える。
(・・・なんだコレは、体が重い)
屋敷を出る前はなかったなかった違和感。
体調の悪さを自覚した途端、額にびっしりと汗が滲み、サマーニは僅かに眉を顰める。
相手に自身の不調を悟られぬよう振る舞うサマーニの前で目の前で、謎の一団は次々とその手に武器を取る。
「なんだ貴様等は、マルコフの差し金か?」
「マルコフだぁ?ハハハ、何もわかってないよコイツ」
「まあ、コイツの頭じゃ分からなくて当然か」
「こういう時ぐらい少しはビビれよ。そんなだからこれだけの恨みを買うんだ」
嘲笑う様な言葉と共に、目の前の者達からサマーニへと向けられる感情。
それはドス黒い怒りと憎しみ、それと僅かな喜悦。
未だその素性は分からないが、分かった事と言えばせいぜい声や体格から全員が男だという事、そして彼らが自分の敵だという事だ。
自身に向けられた明確な敵意にサマーニは腰に下げた剣の柄を握る。
(やはり体の動きが鈍い。屋敷で一服盛られたか?)
心当たりがあるとすれば先程マルコフの屋敷で飲んだ茶だ。
しかしあれは屋敷の給仕が同じティーポットから注いでいたと記憶している。
そしてそれはマルコフとリシッドの2人にも同じものが提供されていたはずだ。
その事実がサマーニの頭にある考えを芽生えさせる。
「まさかとは思うが、狙っているのは私以外にもいるのか」
「さぁ、どうだろうな」
「今から死ぬおまえには関係ない事だ」
武器を持った男達のはぐらかす様な言葉で、自身の考えが正しい事を確信する。
自分1人に対する何かしらの復讐だけが目的ではない。むしろ自分を狙うのは周到な計画の一部に過ぎない可能性がある。
となれば狙われているのはマルコフにリシッド。
いや、それだけでなく聖女2人も標的に含まれていると考えるべきだ。
(急ぎ屋敷に戻ってこの事を報せなければ!)
屋敷に取って返そうと振り返った瞬間、背後に迫っていた敵が剣を突き出す。
咄嗟に身を逸らそうとするが、思った通りに体が動かない。
躱し損ねた刃がサマーニの左肩に深々と突き刺さる。
「ぬぅぐっ!オノレェッ!」
左肩に焼き鏝を突き込まれたような鋭い痛みが駆け巡る。
咄嗟に剣を抜いて反撃するが、脇から飛び出したもう1人がその一撃を止める。
さらにその逆から3人目が現れてサマーニに斬りつける。
「やらせる訳ないだろうが馬鹿が!」
「とっとと死ねよ!」
「クッ!ならば!」
剣が刺さったままの左腕を振り上げて目の前の2人を殴りつける。
動きが鈍っている為、避けられるが相手との間に距離が出来る。
敵を間合いに入れない様に剣を振って、周囲を見渡す。
いつの間にか自分が歩いてきた道の方にまで10人近い数の敵が集まっている。
(不覚。私とした事が前の連中に気を取られすぎたか)
周囲への警戒を怠った自身の不注意を呪いながら、刺された左肩を庇うようにして剣を構える。
一本道で前後とも抑えられてしまった為、進むどころか退く事もままならない。
傷も思った以上に深手。さりとてここで退く訳にはいかない。
(詰所に応援を呼びに行くには距離がありすぎる。なんとしてもマルコフの屋敷に戻らねば、なんとしても)
気を抜けば震えだしそうな指先に力を込め、力強く剣を握ったサマーニは屋敷への道を塞ぐ者達を鋭く睨み付ける。
「貴様らがどこの誰かは知らないが、命がある内に私の前から消えろ」
「ハッ、何を言ってやがる。今更引く訳ないだろう」
「確かに普段通りのアンタなら、この人数でも厳しい所だろうが、今の薬が効いている状態のアンタなら俺達だけで十分殺せる」
やはり毒を盛られていたと知ったサマーニは、ギリリと奥歯を噛みしめる。
敵の計略にハマっている自分への怒りが、1人の兵士として課せられた使命へ闘志が、彼を奮い立たせる。
「警告はしたぞ。ここで死ぬ事になろうと文句は聞かんからな」
「ハッ、さっきから動きが鈍いヤツが何を偉そうに言ってやがる」
「ボケが。死ぬのはテメエなんだよ」
先程から精彩を欠くサマーニの動きを見て、一団の中から3人が飛び出す。
どんな有利な状況であっても1回の攻撃は必ず3人同時というのが使者と呼ばれる覆面から厳命されている。
1人が攻撃を仕掛け、残り2人が追撃と防御を担う。
普段のサマーニが相手であれば、通用しなかったかもしれないが今は違う。
先程の動きを見て脅威と呼べるだけの力は出せていないのははっきりした。
「安心しろ。一撃じゃ殺さない」
「今日まで積もった恨みの分だけ全身を斬り刻んでやる!」
襲い掛かる敵を前に、サマーニは地を蹴って力強く一歩前に踏み出す。
攻撃を仕掛けてきた相手に対して剣を盾に突っ込むと、力任せに相手の体を吹っ飛ばす。
思った以上の力強い攻撃に、吹っ飛ばされた男の体が地べたに転がる。
「まだこんな力が!」
「この悪あがきしやがって!」
出鼻を挫かれた上に3人体制を崩された2人が、焦りと共に両側から斬りかかる。
「遅いわ!」
『っ!?』
大声と共に、サマーニは攻撃を仕掛けてきた敵の2人の内、左側にいた相手の懐に飛び込むと、剣を握った方の手を斬り落とす。
「っぎゃああああああああああ!」
絶叫と共に、相手の手首と剣が地面に落ちる。
同時に攻撃を仕掛けた仲間がやられた事で、もう1人の動きが一瞬鈍る。
その一瞬の隙に攻撃体勢を取ったサマーニがもう1人に迫る。
「もらった!」
「ヒッ!」
短い悲鳴を上げる男目掛けて刃が走る。
相手の腕に刃が食い込んだ瞬間、剣を握った腕から一瞬力が消える。
続いて広がる痛みに、腕を見下ろせば2本の矢が突き立っていた。
(抜かった!弓手まで用意していようとは)
度重なる失態に奥歯を噛みしめサマーニに対し、さらに矢が放たれて背中と右太腿に2本の矢が突き刺さる。
「うぐっ!」
続けざまに体を襲う痛みにサマーニは歯を食いしばって耐える。
その隙に、近くにいた敵が負傷した仲間を回収して距離を取る。
「クソッ、まだこれだけの力を残しているとは」
「慌てるな。一度距離を取って弓で削れ」
「弓手に奴を近づけるな!」
周囲を取り囲んだ男達が防御主体の陣形を取り、その後ろで弓手が番えていた矢を放つ。降り注ぐ矢がサマーニへと襲いかかる。
サマーニが窮地を迎えている頃、マルコフ屋敷の敷地内にもグリニの手引きによって襲撃者達が集まっていた。
「グリニ。首尾の方はどうなっている」
「はい、使者殿。物盗りの犯行に見せかける様に屋敷にある財をいくつか運び出しました。屋敷内に関しても無関係使用人は家に帰すか、捕らえて納屋に閉じ込めましたので、現在、屋敷内には私の配下の者と標的達しかおりませぬ」
「結構。すべて計画通りの様だな」
小さく頷く羽飾りをつけた覆面の者が頷く。
その表情は覆面で隠されていて窺い知ることは出来ないが、肩が小刻みに震えている事から笑っていると思われる。
グリニはさらに目の前の相手の期待に応えるべく、持っていた屋敷内の見取り図を差し出す。
「こちらに屋敷内にいる標的達の居場所を記してございます」
「うむ」
「マルコフの始末についてはヤツに恨みを持つ私の配下の者を回しました。使者殿達は偽聖女と護衛の方を・・・」
「分かった」
グリニの言葉を小さく頷くと、覆面達は屋敷内へと突入する。
屋敷内に侵入した者達の足音で、静かな屋敷内に響き渡る。
その只ならぬ気配をいち早く察知していたカナタは、武器を手に部屋の扉の前に身を寄せると、そっと部屋の外の様子を窺う。
「侵入者だな。それも結構な数だ」
「集団の来客っとかじゃないのか」
僅かな期待を込めたヤモックの質問を、カナタは首を左右に振って否定する。
「こんな時間にこれだけの数の来客ってのがありえないだろ。しかも相当に殺気立ってるから向こうさん殺る気満々だぜ」
「そっか~。そりゃ残念だ」
心底残念そうに呟いた後、ヤモックとレジエトも各々武器を取る。
「とりあえずウチのリーダーと聖女様達んとこ行くか」
「だな。だけどそれも簡単じゃなさそうだ」
「ん?どういう事だ」
「足音がまっすぐこっちに向かってる。まるで屋敷内を探している様子がない」
「こっちの居所がバレてるって事か。となると屋敷の者に内通者がいたのか」
自分達のおかれた状況を冷静に分析した3人は、自分達の取るべき対応を導き出す。
「ま、相手がどこのどいつだろうと関係ないか。邪魔なら排除するだけだ」
カナタの言葉に残りの2人も大きく頷く。
「そうだな。それが俺らの仕事だし」
「屋敷の主と掃除をする使用人には悪いが、ここは向かってくる奴らを全員蹴散らして強行突破が妥当だろう」
「それが一番確実だな」
「そんじゃ、結論も出た事だし行くとしますか」
『応!』
3人は部屋の扉を開け放ち、廊下へと飛び出す。
廊下の向こう、こちらを補足した侵入者と思しき一団が駆けてくるのが見える。
「来るなら来なよ。命が惜しくないならな!」
この話、多分後2~3話はかかります。
※タイトルの変更と文章おかしかったところいくつか修正しました。




