第51話 兵士長ト商会ノ主
夕刻、閉門間近の時刻になってようやくコムタッカの正門まで辿り着いたカナタ達一行は、関所の門番からねちっこい上に時間のかかる検閲を受けてから町の中に入った。
門を抜けて町の中に入ると、正面には長くて広い道があり、町の中を反対側にあるフォーバル領へと繋がる門向かって一直線に伸びている。
道の両側にある建物を見れば、そのほとんどが旅人向けの宿屋や飲食店ばかり並んでいる。
「はぁ~なんとか今日中に町に入れたな」
「そうだね」
なんとか当日中に町に入る事が出来た事に、安堵しながら馬車を降りたカナタ達の目の前には毎度のごとくたくさんの人が溢れている。
行き交う人々の多くが旅装しており、土着の者が少ない事は一目で分かる。
地元民らしき者もチラホラと見かけはするが、そのどれもが忙しなく通りから通りへと移動しては消えていく。
「この町は旅人ばっかりなんだな」
「そりゃこのコムタッカは領地間を結ぶ交通の要所だからね~」
「もっとも通過点なんで地元民は町の規模に対して多くはないんすよね」
「そなんだ」
すっかり説明役が板についてきたサロネと話に乗っかってくるダスター。
2人からの説明を聞いてカナタはそっけない返事と共に再度周囲を見渡す。
能天気な馬鹿者達の隣で、同じように馬車を降りたリシッド達が真剣な顔で相談している。
「さて、とりあえず今日の宿をどうするかだな」
「宿屋どこも混んでそうですね」
メインストリートにはいくつもの宿が並んでいるが、どこも店先から人が溢れている。
泊まれないという訳ではないのだろうが、相当に人が多そうだ。
この国の宿屋は基本的に2つのタイプに分かれており、安価な庶民向けの宿は基本大部屋で大勢で雑魚寝。
逆に個室となるとリッチで優雅なお貴族様や金持ち向けとなっている。
最近では庶民向けの個室宿というのも出てきている様だが、お値段はかなりお高めであり庶民の中でも所得がそれなりにある者でないと手を出すのはかなり厳しい。
リシッド達の聖女護衛という任務を考えると大部屋よりは個室の方がいいのだが、悲しいかな現状のリシッド達の懐事情はかなり困窮している。
そもそも当初6人旅で旅する予定だったのに、今ではカナタや冒険者を加えて旅の人数も10人に増えた。
おかげで出費も随分と増えてしまい、財政は逼迫している。
(食事以外はカナタは自分に関する事は自費で過ごしているからまだいいが、冒険者達の旅費はこちら持ちの契約。正直かなりキツイ)
食事代に合わせて宿代までこちらで持つとなると、高い宿などもってのほかだ。
一応手立てとしてバネッサ達との契約の際に前金を払ったようにカナタに金を借りるという手もあるにはあるが、リシッドとしてはこれ以上カナタに借りを作りたくない。
(このバカは利子等をふっかけてこないが代わりにすぐ調子に乗る。それも物凄く!)
最初からリシッドの言う事を聞いた事があったかどうかも怪しい所ではあるが、最近では以前にも増してカナタがつけあがっている気がしてならない。
とはいえそれもリシッドに対してのみであり、何故かリシッド以外のいう事はそれなりに聞くし、レティスのいう事に関しては忠犬の様になんでも聞く。
そこに特に不便があるわけではないがリシッドとしてはなんだか納得いかない。
(早く王都に戻って金銭に関する借りだけでもとっとと精算しないと・・・)
このままだと隊長としての自分の立場がどんどん悪くなっていく気がしてならない。
そんな風にリシッドが1人で頭の中であれやこれやと思案していると、前方の人ごみを割って鎧に身を包んだ一団が駆けてくる。
「なんだ?」
「何か事件か?」
何事だろうかと思いつつ、こちら向かってくる兵士達に道を譲ろうと道の端へと移動するリシッド達。
そうして横を通り過ぎるかに思われた兵士達だったが、彼らは予想に反してリシッド達の目の前で足を止めると一斉に体をこちらへと向ける。
「聖女レティス様と聖女リルル様の御一行様で間違いございまでんでしょうか?」
「・・・いかにもその通りだが」
何事だろうかと訝しむ一行を余所に、兵士の1人が一歩前に進み出る。
「突然呼び立てて申し訳ございませんが、我々と共に兵士詰所へ同行願えませんでしょうか?」
「詰所へ?」
「はい!」
何事だろうかと首を傾げるリシッド達の前で、兵士は身じろぎ一つせずに返答を待つ。
リシッドは自分達の前に立った兵士の態度に微かな違和感を感じる。
(随分と素っ気ない態度だな)
普段ならこの様に兵士に正体がバレた場合、今までだと大体ちょっとした騒ぎになった。
兵士と言えど人間だ。当然ミーハーな者だっている。十六聖女と聞いて浮足立つ者だって当然いる。
リシッドも彼らがそうなるのも無理ない事だと理解はしている。
何せ王国内でも1人1人が相当に美しいと噂されるレメネン聖教会の十六聖女だ。
その姿を一目見ようと近寄ってくる者は数えるのも嫌になるほど居る。
そういった人間を先導するのも聖教会の思惑の1つであり、彼女達十六聖女に課した務めでもある。
リシッド達護衛を務める者にしてみれば非常に厄介な話ではあるが、それも仕事の内と諦めている。
(そう考えると彼らの反応は手間が無くて助かるのだが・・・。何だろうな。こういうのを張り合いがないとでも言うのだろうか)
誰か1人ぐらい騒ぎ出すかと思ったが、思った以上の無反応。
こうまで無反応だと自分達の守っている聖女に興味を示してもらえない事に寂しさすら覚える。
リシッドが複雑な思いを抱いている横で、当人であるレティスが顔を出す。
「あのう。どういった御用でしょうか?」
聖女自身から声を掛けられた事に一瞬、僅かにだが彼らの表情に動揺の色が見えるが、すぐに元の調子に戻って淡々とした口調で話を続ける。
「内容については私共も伺っておりません。詳しくは兵士長の方からお話がある事になっておりますので」
「そうなんですか」
「はい。ご同行頂けますか?」
兵士からの問い掛けに一同は不思議そうに顔を見合わせた後、特に断る理由もないので兵士の言葉に従う事にした。
兵士の後に続いてしばらく歩くと、3階建ての大きな建物へと辿り着く。
詰所の前に馬車を止めると、先導する兵士に案内されて建物の奥の部屋へと通される。
「サマーニ兵士長!聖女様御一行をお連れしました!」
カナタ達が部屋の中に入ると1人の強面の中年兵士が険しい表情で待ち構えていた。
「遅いぞのろま」
その厳つい表情とそれに相応しい重低音ボイスに、女性陣が思わず身を竦ませる。
それは案内をしていた兵士も同じらしく小さく肩が跳ねた。
「ハッ!申し訳ありません!」
「フンッ!まあいい。貴様は下がれ」
「ハッ!」
偉そうな中年兵士の言葉に従い、案内役の兵士は踵を返すと足早に部屋の出口へと移動する。
すれ違い様、男の表情が苦々し気に歪んだのが一瞬カナタの目に留まった。
(・・・部下からの求心力はイマイチっぽいなこのおっさん)
部屋から出ていく兵士の背中を横目にしながらそんな事を考えるカナタ。
兵士が退出した後、一行を前にした中年兵士が深々と一礼する。
「ご無沙汰しております聖女レティス様、聖女リルル様」
「お久しぶりですね。サマーニ兵士長」
「相変わらずの様ですわね」
「はい。病気一つなくこうして勤めに励ませて頂いております」
リルルの放った皮肉を表面通りの言葉として捉えたサマーニは礼を述べると、聖女2人を部屋の中央に置いてあるソファへと案内する。
促された2人が着席した後、対面の椅子に腰を下ろすサマーニ。
席についてしばらく挨拶程度に2つ,3つ言葉を交わすが、その間も聖女2人に対して一貫して堅苦しい態度で接するサマーニ。
そのやり取りを見ているだけで、この男がどの程度面倒くさい男かというのは認識できた。
(硬すぎ、真面目すぎ、面倒くさすぎ、上司には絶対したくないな)
しばらく続いた会話が終わりを迎えた所で、サマーニから伝わってくる空気が変わる。
本題に入るのだろうとあたりを付けていると、その目が聖女以外の面々の顔を見渡し、最後にリシッドへと移動して止まる。
瞬間、ただでさえ恐い顔がより一層険しさを増す。
「久しぶりだなリシッド・フォーバル」
「お久しぶりです。サマーニ兵士長」
挨拶を返すリシッドに、不快感を露わにしてサマーニは言葉を続ける。
「挨拶など不要だ」
「・・・はい」
「今日ここに呼んだのは聖女様達に話があったというよりは貴様とその部下、そしてそこに一緒に並んでいる連中についてだ」
サマーニが口を開くほどに、部屋の中にピリピリとした緊張感が漂ってくる。
正直、話の流れ的に聞いて気分のいい話ではない事だけは間違いない。
何が出てくるのかと待ち構える一同の前で、サマーニは本題を切り出す。
「関所から報告を受けた時は驚いたぞ。これは一体どういう事だ。何故聖女様を守る王国兵士がたったの4人しかいない。他の者はどうした?何故いない?何故王国兵士でない者がこの場に一緒にいる」
「それは・・・」
サマーニ高圧的な態度と物言いに圧されて言い淀むリシッド。
理由については正当なものがあり、手順も正規の手順を踏んでいる。
にも関わらず、それを口にする事を許さないといった空気があり、うまく言葉が出てこない。
その合間にもサマーニは一方的にリシッドに捲し立てる。
「大体貴様は何をやっているのだ。精鋭として聖女護衛の任を賜っておきながら、何故その様な者達を連れている!栄誉ある王国兵士としての誇りはないのか!」
カナタやバネッサを指さして声を荒げるサマーニにリシッドは何も言い返せずに黙り込む。
レティスやサロネ達が助けに入ろうと口を開きかけるがリシッドが視線でそれを制する。
下手に反論しても火に油を注ぐだけだと分かっているからだ。
一方的に言いたい放題好き勝手なことを言うサマーニに、一言も言い返さないリシッド。
彼のこんな姿を見るのはかなり珍しく。普段のカナタならばざまぁとか思って喜々として見守る場面なのだが、今回に至っては何故かまったくそういう気分にはならない。
むしろ偉そうな相手の態度の方が鼻に付くというか、ぶっちゃけかなり不快に感じている。
「なんだろうね。さっきからガタガタうるさいよねこのおっさん」
『っ!?』
沈黙を貫いていたカナタだったが、我慢できずに思った事をそのままサマーニに向かって吐き出す。
瞬間、場の空気が凍り付く。
聖女2人やサロネ達、バネッサ達冒険者までがこれはマズイと直感で感じ取る。
案の定、サマーニの鋭い目がリシッドから外れてカナタを睨み付ける。
「今、何か言ったか小僧?」
「おっさんの声がでかくてうるさいって言ったんだけど聞こえなかったかな?」
明らかに挑発と分かる口調と態度。カナタを知っている者からスルー出来る様な事だが、サマーニは違う。
カナタの態度は兵士長として高いプライドを持つサマーニの神経を見事なまでに逆撫でした。
「なんだと貴様!王国の兵士長の1人である私に向かってその口の利き方はなんだ!」
大声で怒鳴りつけるサマーニは怒りに任せて立ち上がる。
すぐさま止めようと割って入るリシッド達を押しのけ、カナタへと詰め寄るサマーニ。
怒りに任せてカナタに掴み掛ったサマーニはその胸倉を掴み上げとカナタを背後の壁に向かって押し付ける。
荒々しい息を吐きながらカナタを睨み付けるサマーニ。
対してカナタは何も言わずただ冷めた目でサマーニを見降ろす。
その目は無感情ではない。むしろゴミを見る様な目を向けるカナタに襟を掴んだサマーニの手に力が篭る。思わず拳を振り上げようとするサマーニの背中に向かって声が飛ぶ。
「カナタさんっ!」
「カナタッ!」
目の前の少年の名を呼ぶリシッドとレティスの声で、カッとなっていたサマーニは少しだけ冷静さを取り戻し手に込めた力を緩める。
思考が落ち着いたその瞬間、自分の喉元に伝わる金属特有の冷たい感触に気付く。
「っ!!!!!!!!!!!!」
肌に触れた金属の正体を知ったサマーニは驚きに目を見開き言葉を失う。
視線の先に映ったのは自分の首筋に添えられた短剣。
しかも驚いたのはそれだけでない。
見ればその短剣は自身が腰に下げていた兵士長用の紋が刻まれた短剣ではないか。
「一体、いつの間に・・・」
まるで見えなかったどころか短剣を抜かれた事にさえ気づかなかった。
サマーニの頬を冷たい汗が伝い、意図せず鼓動が早まる。
動揺を隠せないサマーニの前でカナタがやれやれといった様子で口を開く。
「心配しなくても最初から殺すつもりはないってば、流石にカナタくんだってそれぐらいの分別はありますよ。・・・本当だよ」
冗談めかした口調でそれだけ言うと、カナタはゆっくりとサマーニの首筋から短剣を引き、固まったまま動けないでいるサマーニの首筋から刃を離す。
だが、首筋から刃が離れても尚サマーニは動かない。いや、動けないでいた。
頭の中ではカナタがたった今放った言葉がぐるぐると頭の中を何度も巡る。
時間にして数秒、頭の中を回り続ける言葉にようやく理解が追い付く。
それと同時にサマーニは先程リシッドとレティスが彼の名を呼んだ事の本当の意味を理解する。
(あれはこの小僧の事を心配して叫んだのではなく、私を殺させない様に止めようとしたのか)
その事に思い至った途端、心胆から震えがくる。
殺す気がなかったと言っているが、逆に言えばそうする理由があると目の前の少年が判断していたならば、その手にした短剣は自身の血で染まったという事だ。
そもそも王国の兵士長である自分を相手にこんな真似をすること自体が既にまともじゃない。はっきり言って狂っているとしか思えない。
「ところでさ。いい加減にその手を離してくれないかな?流石にちょっと首がキツくなってきたんだけど」
何食わぬ顔でそれだけ言うとカナタはワザとらしく舌を出して見せ、サマーニの腕を軽くタップする。
咄嗟にサマーニはカナタの襟から手を離して後ろへ下がって距離を取る。
その時には既に腰の鞘に短剣は元通りに納まっていた。
「初対面の相手の胸倉いきなり掴み掛かるなよな。まったく」
不満を口にしながら襟元を治すカナタはサマーニにジト目を向ける。
殺意どころか敵意もほとんど篭っていない目に思わず気圧される。
さらに一歩後退るサマーニの後ろから小さくため息が聞こえる。
「はぁ、味方に対して刃を向ける奴があるか馬鹿者が」
カナタに対する苦言を口にするリシッドに、カナタが不満そうに口を尖らせる。
「知らないよそんな事。そもそも王国兵士が全部味方かどうかなんて分からないだろうがバーカ」
「おまえの方こそ弁えろ。同じ王国兵だぞ。そんな事ある訳ないだろう」
やれやれと肩を竦めるリシッドにカナタの方も呆れた様な表情を浮かべる。
周りで見ていたメンバーも2人のやりとりに微かに苦笑を浮かべる。
「何故だ・・・」
「ん?」
ボソリと呟いたサマーニの声に全員が反応し視線を集める。
視線を集めたサマーニはゆっくりと腕を持ち上げてカナタを指差す。
「何故この様に危険な者を聖女様の傍に置いている。リシッド・フォーバル!」
怒気を含みつつも若干震え声になっているサマーニの問いにカナタが答えを返す。
「そんなの雇われたからに決まってるじゃん。見て分からないかな」
「貴様には・・・聞いておらん」
先程までの勢いがすっかり鳴りを潜めてしまったサマーニにカナタを除く全員が僅かながら同情的な目を向ける。
「うん、話がややこしくなるからカナタくんはちょっと黙ってようね~」
「ええ~」
サロネからの指摘にブー垂れるカナタを放っておいて、リシッドは改めてサマーニからの問いに答える。
「その者が今言った通り、彼とそちらにいる冒険者は当方で雇い入れた者達です」
「バカな!貴様何を考えている!」
「聖女様をお守りするのに必要な事でした。勿論正規の手続きを取った上で、二十貴族会の承認も得ております」
「正気か!この様な頭のイカレた小僧を雇うなど、聖女様にどの様な害を及ぼすか分からんのだぞ!」
振り返ったサマーニは最初の勢いを取り戻し、今度はリシッドへと詰め寄る。
が、先ほど一度弱気な姿を見てしまっているので最初に見せた程の迫力は感じない。
向かい合う2人の後ろでカナタは小さく愚痴を漏らす。
「なんだか凄く酷い事を言われてる気がするんだけど」
「いや、会って早々に喧嘩吹っかけてんだから仕方ないっしょ」
「そうね」
「自業自得だよカナタくん」
「誰もフォローしてくれないとか・・・」
害悪扱いされた上に仲間達から慰めの言葉の1つ貰えなかったカナタは、不満たっぷりといった感じで頬を膨らませる。
「サマーニ兵士長の仰ることも分かります。確かにそこにいるカナタは常識に乏しく、大して賢くも無ければ粗野で野蛮。素行も悪ければ口も悪いですし、性格も最悪です」
「・・・オイ」
ここぞとばかりにカナタの事をこき下ろすリシッドの言葉。
散々な言われ様にカナタの口から思わず低い声が漏れ、他のメンバーからは小さな笑い声が漏れる。
そんな周囲のざわつきを無視してリシッドは拳を握り締め、言葉に熱を込める。
「ですがその者がいなければ我々がこの町に辿り着く事は出来なかったでしょう」
「恥知らずな事をよくもそれだけ堂々と言えたものだなリシッド・フォーバル。見損なったぞ!」
恥ずかし気もなく言い放つリシッドに、サマーニは色濃く失望を覗かせる。
そんな反応をされてもリシッドは言葉を止めない。
「サマーニ兵士長はご存知だと思いますが、現在聖女や貴族を狙う者がおります」
「話は聞いている。どこの愚か者かは知らないが中々の規模の組織だという話だな。だが所詮は寄せ集めの雑兵の集まりに過ぎぬ。我ら王国兵士の敵ではない」
「それが戦闘に特化した獣人相手でもですか?」
「何っ!」
自身が聞かされていなかった事実を初めて耳にしたサマーニの表情に驚きに染まる。
「獣人・・・だと?バカなそんな話は聞いていないぞ。それも戦闘に特化した種など、そもそもこの国に戦闘種の獣人は・・・」
「はい。ご存知の通りガノン王国に住まう獣人に戦闘種の者はおりません。敵は違法に国外から入った者達の様です」
「なんという事だ」
リシッドの説明を聞く程にサマーニの顔色が悪くなっていく。
無理もない。王国内に暮らす戦闘能力の低い獣人ならいざ知らず。
国外の、それも戦闘に特化した獣人等1人でも相当な脅威であるなど簡単に予測できる。
「戦闘種の獣人。その実力は兵士長程の方ならば私等が多くを語らなくともご存知でしょう」
「それは・・・」
サマーニ自身、戦闘種の獣人と直接相対した事がある訳ではない。
それでも、そういった種の獣人がどれほどの脅威かは十分に理解している。
「並の兵士が1対1で戦ったとして到底勝てる相手ではありません。実際、精鋭と呼ばれる我々でさえ彼らを相手に今日まで相当な苦戦を強いられてきました」
「戦ったのか!」
「はい。ですが正直、今、自分が生きているのが不思議なくらいです。それでもなんとか生きているのは今日ここに至るまでそにいるカナタが先頭に立って獣人達と戦い、獣人すらも圧倒する戦いぶりを見せたからこそ、ここまで聖女様を守ってくる事が出来たのです」
「そこの小僧がだと?そんな馬鹿な話を信じられる訳が・・・・」
言いかけてサマーニはチラリとカナタの方を見る。
自分を褒められた事にヘラヘラとした締まりのない笑みを浮かべたカナタと目が合う。
しばしの沈黙の後にすぐに目を逸らす。
先程の1件でサマーニは完全にカナタへの苦手意識を植え付けられてしまった様だ。
「カナタの実力の程は先程サマーニ兵士長もご自身でお確かめになったと思いますが?」
「ぐっ」
言い返せる言葉が思いつかずサマーニは唇を噛む。
部屋の中に長く重たい沈黙が降りる。しばらくして見かねたリルルが口を挟む。
「リシッド隊長、サマーニ兵士長。下らない言い争いはもうそのくらいでよろしいでしょう」
「しかしっ!」
まだ納得できず何か言おうとするサマーニに、今度はレティスが諭す様な口調で語り掛ける。
「兵士長。貴方が王国兵士として誇りを持っているのは分かります。ですがこちらにいるカナタさんは私達の窮地を幾度を救ってくださった恩人です。貴方が不振に思うのも分かりますが、それでもどうかこの場は私達の恩人であるカナタさんを信じてはもらえないでしょうか」
「むぅ、・・・聖女様がそう仰るならば・・・」
「ありがとうございます。サマーニ兵士長」
聖女相手にそこまで言われてしまってはサマーニにこれ以上口を挟む事等出来はしない。
ようやく折れたサマーニが言葉の矛を収めるのとほぼ同時に、バンッという大きな音を立てて部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
音に面れて部屋の中の一同の視線が一斉に開かれた扉に集まると、そこには豪奢な服や装飾品をその身に纏った1人の男が立っていた。
「遅い!いつまで待たせるつもりだサマーニ兵士長!」
怒鳴り声と共に入室した男が部屋中の視線を一身に集める中、唯一男の素性を知っているサマーニが口を開く。
「マルコフか。用があるからしばらく待っていろと言った筈だが?」
「待ってやっただろうが、なのにいつまで経っても呼びに来ないからこうして私の方から来てやったのだ」
兵士長の言葉に、マルコフと呼ばれた頭頂部に僅かに白髪を残した男が高慢な口調で反論する。
相手の物言いに表情を険しくしたサマーニがマルコフを睨み付ける。
「貴様こそ今は控えろ。聖女様の前だぞ」
「聖女だと?もしやレメネン聖教会の十六聖女か?」
「そうだ。聖女レティス様と聖女リルル様だ」
サマーニの答えを聞いたマルコフはすぐさまソファに腰を下ろしているレティスとリルルに視線を移す。
視線を受けたレティスは軽く会釈で返し、リルルはスッと視線を外す。
2人の姿を見たマルコフは即座に表情を作り変えて笑顔を張り付けると、2人に対して仰々しい態度で頭を下げる。
「おお、これはこれは聖女様。まさかこのような場でお目に掛かろうとは思いもしませんでした。申し遅れましたがワシはこの町で商会を開いておりますマルコフと申す者にございます。以後お見知りおきの程を」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「・・・・」
マルコフに丁寧に返事をするレティスと完璧にシカトを決め込んでいるリルルに、マルコフは残り少ない白髪を搔き上げながら気味の悪い愛想笑いを向ける。
「挨拶が済んだならばもういいだろう。こちらはまだ聖女様とお話の途中だ。らさっさと出て行けマルコフ。用件なら後で聞く」
マルコフを部屋から追い払おうと冷たく言い放つサマーニだが、マルコフはそれに従う様子はない。
「そうはいかん。こちらも貴重な時間を割いておるのだ。むしろワシもこのままこの場に同席させてもらおう」
「貴様何を言っている」
「聖女様と同席などこの様な機会滅多にあるものではない。こちらは国に高い税を納めておるのだからそのぐらいの便宜は図って然るべきだろう」
「馬鹿な。そんな事が出来る訳がないだろう」
老害クレーマー顔負けの無茶苦茶な理屈を振りかざし、それを恥ずかしげもなく述べて居座ろうとするマルコフにサマーニの顔に再び怒りの炎が灯る。
「あまり図に乗るなよマルコフ。貴様なんぞに聞かせるような話はないし、そもそも税を納めるのは国民の義務。その額の大小で便宜を図ったりなどと扱いを変える様な真似を誇り高い王国兵士がする訳が無いだろうが!」
「なんだと。貴様らが食っている物も着ている物もワシらが納めた税で買ったものだぞ。ワシ等の税で生活をしている貴様等兵士が偉そうな口を叩くな!貴様の方こそ身の程を弁えろ!」
高圧的な態度で追い返そうとするサマーニに、無理やりにでも横暴を通そうとするマルコフ。
来客がいる目の前で激しく怒鳴り合う2人のおっさん。
醜い罵り合いを聞かされる側としては気分が悪いだけであり、実にいい迷惑である。
いつまでたっても発言が平行線のまま、互いの意思をぶつけ合う2人に、このままではマズイとリシッドが2人の間に割って入る。
「お2人共。1度落ち着いてください」
「邪魔だ若造!貴様に用などないわ!」
「出過ぎた真似をするなリシッド・フォーバル!ここの責任者は私だ!」
2人の叫び声が再度室内に響き割った直後、突如としてマルコフの声が止む。
何事かと思ってマルコフの方を見てみると、彼はリシッドの顔をじっと見つめている。
「サマーニ兵士長。お主、先程何と言った?」
「責任者は私だ」
「違う!その前だ!」
強い口調で言い放つマルコフにムッとしつつも、サマーニは自分が口にした言葉を復唱する。
「出過ぎた真似をするなリシッド・フォーバルだが、それがどうした」
「リシッド・・・フォーバル・・だと。もしや貴方様はカナード様の?」
カナード、リシッドの父の名前が出た瞬間、リシッドは一瞬険しい表情を浮かべ、それから観念したようにマルコフへと視線を動かす。
「如何にも、私はリシッド・フォーバル。二十貴族会の一員であり、フォーバル領の領主であるカナードは我が父だ」
リシッド本人としては最後まで言いたくなかった様子だが、荒れたこの場を納める為に仕方なしといった様子で素性を明かす。
「おお、おおおお!こっこここここ、これは大変失礼いたしました。まさか領主様のご子息であらせられようとは!」
先程までの高慢の態度はどこへやら、深々とリシッドに対して頭を下げるマルコフ。
流石は商人というべきか、見事な掌返しである。
軍属であるリシッドは立場的にはサマーニの下に位置しているが、一国民から見れば国を束ねている貴族の嫡男である。
しかもマルコフにとっては自分の住まう領地を治める領主の倅であり、いずれは領主になる相手だ。
不遜な態度を取るなど出来ようはずもない。
今にも揉み手で擦り寄ってきそうなマルコフに内心で呆れながらも、リシッドは場を納めるべく話を進める。
「構わない。今の私は聖女護衛を任された一介の兵士に過ぎないのでね」
「流石はリシッド様、御父上の様に深い懐をお持ちだ」
マルコフからのあからさまな世事をリシッドはぎこちない笑みで返す。
「マルコフ殿、ここからの話の中で重大な要件についての話もある。ここは一度出直してはもらえぬだろうか」
「むぅ、リシッド様がそう仰せならば仕方がありませんな。一度出直すとしましょう」
リシッドの説得でようやく諦めがついたマルコフは、入り口の方へと戻っていく。
が、そこでふと何かを思い立った様に足を止めてリシッド達の方へと振り返る。
「ところでリシッド様や聖女様は、今夜のお宿は決まっておいででしょうか?」
「いや、まだこれから探すところですが?」
リシッドの返答に、マルコフは我が意を得たりといった満足げな笑みを浮かべると
即座に用意していた言葉を続ける。
「それは良かった。ならば今夜は是非とも我が屋敷へお越しくださいませ。ささやかではございますがおもてなしと今宵の宿を提供させていただきます」
「いや、しかし・・・」
断るべきか否か、判断に迷うリシッド。
金銭的余裕がないので金は掛けたくないが、聖女の為にも町にいる時ぐらいは真っ当な場所で寝泊まりをしたい。
そんな彼の心の内を知ってか知らずか、マルコフは強引に押し切ってくる。
「遠慮は無用にございますよリシッド様。いや、若君とお呼びした方が・・・」
「リシッドで結構ですよ。マルコフ殿」
一気呵成に捲し立ててくるマルコフに、たじたじになりながらも言葉を絞り出すリシッド。先程のサマーニ相手の時とは違った疲労の色が見える。
「おお、承知しましたリシッド様。では早急に手配をさせて頂きます。つきましてはその際に折り入ってご相談させて頂きたい用向きもございますがよろしいでしょうか」
「相談ですか?」
「はい。左様にございます。本当はそこのサマーニ兵士長に相談する予定で参りましたが気が変わりました。よろしかったらお話だけでも聞いていただけませんでしょうか」
「はぁ、まあ私でよければ・・・」
「それは良かった。では、先に戻って歓待の準備をさせますのでこれにて失礼いたします。屋敷までの案内には、後程迎えの者を寄越しますので、ではまた後程」
言いたいことを言い終わったマルコフは今度こそ部屋を出ていく。
1つの嵐が過ぎ去った後、部屋に残されたリシッドは今日一番の溜息を吐く。
「なんだかどっと疲れた」
「マルコフさんのお話って一体なんなんでしょう?サマーニ兵士長はご存知ですか?」
「いえ、私も内容についてはまだ聞いておりません」
「そうなんですか」
詳細について一切語らなかったマルコフ。
何を相談されるのか非常に気になる所だ。
「正直、あの手の方の相談というのはあまりいい予感はしませんわね」
「でも、これで今夜はまともな寝床で眠れそうですね」
「リシッド隊長様様だな」
「流石は若君」
「その呼び方はやめろ!」
心底嫌そうな表情を浮かべるリシッドに周囲から笑い声が漏れる。
小さく響く笑い声の中、サマーニの低い声が響く。
「マルコフのせいで話が途中になってしまったが、私が呼びつけた用件はさっきので片はついた」
「了解です。では今度はこちらから打診させて頂きたい内容がありますが、お時間宜しいでしょうかサマーニ兵士長」
「構わん。聞こう」
「ありがとうございます」
サマーニから了承を得たリシッドは、居合わせた兵士以外の面々に告げる。
「ここからは国軍に関する話になるので聖女様とカナタ、バネッサ殿達は詰所の外で待っていてくれ」
「了~解」
「んじゃ、我々は表で待たせてもらうよ」
そうやって彼らは部屋を出て、兵士の指示に従って詰所の外に出る。
リシッド達が表に出てくるまで時間を潰す彼らを遠くから観察する者達がいた。
「アレが話にあった連中か」
「ああ、間違いない。噂の聖女の一行だ」
「そうか。で、ここからどうするんだ」
「しばらく様子を見よう。隙があったら仕掛けるが、向こうも手練れらしいから注意しろ」
「ふん、どうだかな」
「油断はするな。特にあのガキには注意しろよ。昼間外で少し見かけたんだがえらく腕が立つみたいだったからな」
「分かっている。心配しなくてもキッチリ皆殺しにしてやるさ」
何かしらの意図を持ち、カナタ達を狙って動き出す者達。
夜の闇が町を覆いつくし始める中、悪しき思惑がカナタ達に迫る。
51話更新です。
ここからは100話を目指すというよりは
王都編目指して頑張ります




