第50話 門前ノ小事ハ争イノ種
ベシュナー領の街フラープを発ってから今日で6日目。
順調に旅の行程を消化しているカナタ達一行は、フォーバル領とベシュナー領の丁度境界に位置する町コムタッカの目の前まで辿りついていた。
ここコムタッカは他の町とは大きな違う点がある。それは領主の街と同じ様に周囲を囲む高い塀を持っている事だ。
その理由はこの町がガノン王国内に数ヵ所設けられている関所の役割を持っているからだ。
その関所という役割を持つが故に領地間を移動する旅人や行商人が数多く出入りしており、それら全てを検閲、取り締まりを行う為、町に駐留する兵士の数も他の町の倍近い人数になっており警備もかなり厳重なものになっている。
「だからってこれはちょっと並びすぎじゃないか?」
町の出入り口へ向かって伸びる長い人の列を前にしたカナタは思わず愚痴を漏らす。
高い塀の中にぽっかりと空いた大きな門の前には、駐留する王国兵士による検閲を待つ人の群れ。
朝方に到着してからもうかれこれ2~3時間程並んでいるが中々前に進まない。
「これ町に入れるようになるのって明日になったりするんじゃないか?」
「う~ん。流石にそんな事はないと思うよ・・・きっと」
否定の言葉を述べながらも、サロネ自身、自分の言葉に自信が持てない様子だ。
どうやら遅々として進まない列を見て彼の中でカナタの言った言葉が現実味を帯びてきているらしい。
「こういう場合ってさ、聖女様特権とかで先に通してもらったりって出来ないの?」
「難しいでしょうね。このコムタッカを任されている守備隊長のサマーニ兵士長は優秀だけど、真面目で融通の利かないという事で有名ですし特別扱いはしてくれないでしょう」
難しい顔で説明してくれるテーラの言葉を聞いて、カナタは顔を顰める。
「なんでそんな面倒くさいヤツに任せるかな~」
「仕方ないよ。ここコムタッカは二十貴族会の次席。カナード・フォーバル様の領地であるフォーバル領の入口。しかもフォーバル領は国王陛下の治める王都ガノンに隣接してるからね。当然、警備だって他の領地以上に厳重になるし、そこを守る兵士も厳格で優秀な人材が揃ってくるからね」
「そういうもんか?」
「そんなもんなんじゃない。たぶん」
適当な言葉を並べながらあれやこれやと考察する馬鹿者2人。
馬車内にいる他の女性陣から生暖かい目で見守られる2人に、御者台で話を聞いていたダスターが口を挟んでくる。
「このコムタッカが厳重って話っすけど、実際ここはまだマシな方っすよ」
「えっ!そうなの!」
「当たり前じゃないっすか、ここはあくまでも王都への通過点。国王陛下のおわす王都ガノンへ至るまでの言わば前座っす。王都ガノンに入るときに通る関所なんて最早砦っすからね。当然ここよりもずっと警備が厳重で通りだけでも最低2日は待たされる事になるっすからね」
「うへぇ、マジかよ。その話は今はまだ知りたくなかったよ」
ダスターからもたらされた新情報に、カナタは心底うんざりした表情をして荷馬車の外に視線を移す。
するとそこへ風に乗って食欲を刺激する良い匂いが漂ってくる。
「ん?今なんか急にいい匂いが・・・」
「いい匂い?あっ、ほんとだ」
「それならきっと町の外の屋台からですよ」
「屋台?そんなのあったっけ?」
レティスに言われてもう一度外を見渡してみると、町の入り口から少し離れたところにいつの間にか屋台と思しきもの並んでいるのが見える。
その店先からはいくつもの煙が立ち昇っている。
「本当だ。でもさっきまではあんなのいなかったよね?」
「もうすぐお昼時ですからね。今ぐらいの時間帯に店を開けるように準備をしていたんじゃないですか?」
「なるほど」
「関所での検閲は今みたいに待ち時間が長いですからね。待っている間にお腹も空きますから、そういった人達にとってはありがたいですし、店を出す側も客引きをしなくてもお客さんの方から来てくれるから手間が掛からなくて助かるんじゃないですか」
レティスの説明を聞いている間にも漂う匂いに刺激されて急激に腹が減ってくる。
そこでふと朝から何も食べていなかった事を思い出す。
ちょうどいい具合に空腹になった所にこれだけ食欲を刺激する匂いが漂って来れば誘惑に抗うのは中々に難しい。
「折角だし何か買ってこようかな~」
「勝手に持ち場を離れるなよ」
カナタが何を言い出すのか完全に見越していたリシッドがすかさず口を挟む。
だが、そんなリシッドの忠告を完全に無視してカナタは財布代わりに使っている巾着袋を取り出すと中に入っている額を確認する。
屋台の相場がどの程度かは不明だが買い食いするには十分な額があると判断したカナタは巾着を握りしめて立ち上がる。
「丁度腹も減ってきたところだったし、屋台で何か食い物を買ってくる」
「おい待て!人の話を・・・」
「じゃあ僕も行きます」
「私も行きますわ」
止めようとリシッドが言葉を発するよりも早くサロネとリルルがカナタの後に続いて名乗りを上げる。
謀られた。咄嗟にリシッドはそう思った。
カナタとサロネだけならまだなんとか言い包める事も出来たと思う。
だが聖女であるリルルが相手となると流石にリシッドでも説き伏せるのは難しい。
見た目も考え方もまだまだ子供な彼女ではあるが年相応に頭が回り、しかも貴族出身というだけあって自分の我儘の通し方というものを理解している。
こうなってはもうリシッドに勝ち目はない。
妙な所で息の合った連携を見せるカナタ達にリシッドは疲れた溜息を漏らす。
「はぁ、分かりましたよ。じゃあリルル様とテーラ、それとサロネとカナタで買い出しに行って来てください」
「いい判断ですわリシッド・フォーバル」
「・・・ありがとうございます」
満足そうな笑みを浮かべるリルルに心底疲れた顔でリシッドは言葉を返す。
こうして急遽結成される事になったお買い物チームは、任命したリシッドの暗澹たる気持ちを余所に意気揚々と買い出しに出かけた。
町を囲む高い塀の外周に近付くと遠目に見た時よりも多くの露店が並んでおり、カナタ達と同じ様に食べ物欲しさに集まった旅人や商人で賑わっていた。
「思ってたよりも結構沢山店が出てるんだな」
「その様ですわね」
元が何の生き物か分からない謎の肉の焼ける匂いや、物理法則を無視した奇天烈な形状をした果物の放つ甘い香気といった様々な匂いが次から次へと鼻先を通り抜け、その度に空腹を刺激される。
「とりあえず早く何か腹に入れたいな」
「やっぱり最初はお肉がいいよね。あっ!あのラモウ牛の串焼きなんていいんじゃないかな?」
「おお~うまそ~じゃん」
カナタとサロネの視線を一身に集めるのは、厳ついおっさんの持った手に握られた串の先に刺さった4つの分厚い肉の塊。
香辛料を纏った肉は火が通る程に香ばしくスパイシーないい匂いを放っている。
見ているだけで口の中に唾液が溜まってくる。
ゴクリと生唾を飲み込んだ2人は誘蛾灯に誘われる羽虫のようにフラフラと歩き出す。
そんな2人の背中に後ろから無慈悲な言葉が掛かる。
「そんな物は後回しにしてくださる。まずは甘味のお店ですわ」
『ええ~!!』
リルルから2人に突き付けられる無情なる宣告に思わず2人して素の感情が口から漏れる。
ここまで来てまさかのお預けを喰らってはそうなるのも無理ない。
別に甘味でも空腹を満たすことはできる。だが今の2人の口は完全に塩気のある肉を欲する状態になっており、本心ではリルルの言葉を振り切って今すぐ屋台に走りたいところだ。
しかしそれは出来ない。例え一時でも護衛対象である彼女を残して買い物に行く訳にもいかないのだ。
(クッ!完全にこのお嬢様の掌の上で転がされている)
正直、襲撃者が現れるとは到底思えないが、それで万が一にもしくじったとあっては目も当てられない。
喉元まで出かかった不満の言葉をグッと堪え、唾と一緒に喉の奥へと押し戻すカナタとサロネ。
そんなあからさまに落胆の表情を見せる2人にテーラが苦笑気味に告げる。
「そんなに買いたいなら2人のどちらかが買ってくればいいのでは?」
『なるほど!!』
2人していなくなるのは問題だが、片方だけ一時離れるぐらいならばまだなんとかなる。
テーラからの提案を受け入れた2人の馬鹿者は素早く相談を済ませ、結果サロネが肉類の買い出しに行く事が決まり、早々と屋台の方へと走っていく。
「それでは私達はお嬢様と一緒に甘味の屋台を探しましょう」
「りょーかい」
「ふふ、実は先ほどから気になっている屋台があったんですわ」
先程までの不愛想はどこへ行ったのかと聞きたくなるほどの喜々とした表情を見せてリルルが歩き出す。
機嫌が良すぎるあまりに本人も知らずと匂いの方へと向かう足も早足になっている。
「おいおい、あんま勝手に先へ行くなよ。アンタになんかあったらリシッドのヤツがうるさいんだからさ」
「そんな事は分かっていますわ。それよりあまり子ども扱いしないで下さります」
「そいつは失礼。あまりに小さくてに子供にしか見えなかった」
「むっ、今の言葉聞き捨てなりませんわ」
カナタの言葉に反論しようと振り返るリルルだったが、ちょうど足を乗せた場所が石で僅かに段差になっており、足を滑らせて体勢を崩す。
驚き硬直するリルルの体が前のめりになるのを後ろから伸びた手が掴んで留めると、そのままリルルの体は後方へと引っ張られてカナタの腕の中に収まる。
何が起こったか分からずにリルルが呆けていると頭上から声が響く。
「ほらな。子供みたいに危なっかしいし、体重も凄く軽い」
「・・・女性に対して体重の話をするなんて、ほんっとに失礼な殿方ですわね貴方は」
バツの悪さから目を逸らして不満を述べるリルル。
彼女にしては珍しいそんな態度も、カナタは特に気にする様子もなくヘラヘラと締まりのない笑顔できょろきょろと辺りを見回している。
「そりゃどーも」
「まったく褒めてませんわよ」
「うん、知ってる知ってる」
そう言ってケラケラと笑うカナタに顔を真っ赤にしてリルルが頬を膨らませる。
2人のやり取りを見るテーラは母親のような温かい眼差しを向けるだけだ。
どうにも居心地の悪い思いを抱いたまま、リルルはカナタから体を離すと素早く左右に視線を走らせる。
「あの店!まずはあの店に行きますわ!」
「はい、お嬢様」
「ったくしょうがないな~」
「貴方は嫌なら来なくてもいいですわよ」
「それが出来ないって知ってるだろ・・・」
「さぁ、知りませんわ」
リルルからの意趣返しの言葉に苦い顔をするカナタ。
それからはしばらくリルルの気の向くままにあちこちで食べ歩き(主に甘味)をしながら並ぶ屋台を巡っていく。
もちろん馬車で待つレティス達の為に行く先々でテイクアウトするのも忘れない。
甘味ばかりではあったがある程度腹も膨れ、馬車で待つ皆の分も食料が確保できたところでカナタはリルルに声を掛ける。
「もう十分食べたし買い出しも済んだ。レティス様達のところまで戻らないか?」
カナタからの提案をリルルは憮然とした態度で一蹴する。
「まだ駄目ですわ。私の勘ではまだ見つけていない甘味屋があるはずですもの」
「・・・は?」
リルルが何を言っているのか分からずカナタは呆気にとられる。
一方、彼女の意図を汲み取ったテーラは主を諫めるべく意見を述べる。
「しかしお嬢様。流石にそろそろ戻らないと・・・」
「あと少し、あと少しだけですわ」
カナタの時よりも反応は落ち着いているが、どうやらまだ帰る気がないという一点においては内容に変更はないらしい。
こちらの言い分を聞かずに突き進もうとするリルルに、2人はやれやれと肩を竦めながらその後ろに続く。
そうしてしばらくリルルに付き合って辺りを捜索してみるが、彼女の言う屋台は一向に発見できる気配がない。
そうこうしている間に後から追い付いてきたサロネが串焼きを頬張りながら現れる。
「やっと追いついたよ。ってあれ?どうかしたの?」
「なんでもない・・・っていうかサロネこそ何ソレ?」
見ればサロネの手には串焼き肉以外にもいくつかの食べ物の入った袋が紙袋が抱えられている。
「ああ、串焼きだけじゃ物足りなかったから他にも色々買ってきたんだよ」
「いや、そりゃ見ればわかるんだけどさ・・・」
得意満面といった笑みを浮かべるサロネを見て、カナタは頬を引き攣らせる。
赴くがままに食べ物を買いあさった結果、サロネの両手は食べ物の入った紙袋で塞がっており、これでは剣を抜くどころか戦う事もままならない。
今この瞬間に襲撃に遭ったらリルルを守るどころかサロネは自分の命も守れないだろう。
「自分の役目って何か覚えてる?」
「何言ってるの急に?そんなの決まってるよ。聖女様のごえ・・・あっ」
カナタの言葉で自分の状況を省りみたサロネの顔からサッと血の気が引く。
こんな失態、リシッドに見つかったらきっとタダでは済まないだろう。
「どうしようカナタくん」
「知らないよそんなの。自分で考えろ」
「酷い!」
どの口で言ってやがると心の底で思いながら、カナタはサロネの手から串焼き肉を奪い取る。
「あっ!」
「とりあえずコイツは没収な」
言ってカナタはサロネの許可を得ることなく奪った串焼き肉にかぶりつく。
歯で噛んだ瞬間に口の中で広がる肉汁。抜群の塩加減とスパイスの刺激が甘味ばかりで甘ったるくなっていた口の中に広がっていく。
「おお、丁度いい感じの塩加減が染みる~。甘いのばっかりで飽きてきてた所だったからさらにいい!」
幸福そうなカナタの表情を見て、隣に立っていたテーラがゴクリと喉を鳴らす。
そのリアクションだけで彼女の心中等容易に察する事が出来る。
いくらリルルの護衛とはいえどうやら彼女も甘味ばかりに飽きていたらしい。
「サロネ、私にも一本もらえるだろうか?」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
両手に紙袋を持ったまま器用に目的の串焼きの入った袋を探すサロネ。
足を止めている3人を見て前を歩くリルルが不満げな声を漏らす。
「何をやってますの。先に行っちゃいますわよ」
「はいはい。分かってますよっと」
肉を食べた事で機嫌がよくなったカナタは、串焼きの残りを頬張りながらリルルの隣に並ぶ。
その時、前方の屋台から突如怒声が上がる。
「おうコラ店主!これは一体どういう事だ!」
見ればそこには屋台の店主に向かって焼き菓子らしきものを突き付ける6人組の男。
男達に恫喝されて青い顔をしているのは店主と思しき若い女性。
「何か粗相がありましたでしょうか?」
「何かあったかじゃねえんだよ!この店は客に虫を喰わせるのかって聞いてるんだよ」
そう言って男は店主に向かって手に持った焼き菓子を突き出す。
遠目から見ても分かるサイズの緑色が焼き菓子から覗いている。
どうやら購入した商品の中に虫が入っていたと言いたいらしい。
あまりにもベタな手口に思わず吹き出しそうになってむせるカナタ。
もしあのサイズの異物が混入したのに気付かないのなら、そいつには目か脳の医者に行く事を薦めた方がいいレベルだ。
「なんだろう。この世界でもこういうベタな展開は流行ってるんだろうか?」
「なにか言いました?」
「いんや、なんでも」
思わず口をついて出た言葉をリルルに突っ込まれつつ、古典どころか化石レベルで使い古された手口で恐喝行為に及んでいる輩共にカナタは視線を戻し成り行きを見守る。
「いや、そんなはずは・・・」
「あんだと?俺達が嘘を言ってるってのか?」
「そういう訳では・・・」
「この店は客に虫を食わせた挙句、嘘つき呼ばわりするなんてとんでもねえ店だ!」
店主がハッキリと言い返さないのをいい事に、男達が一気に捲し立てる。
どうやら最初から気の弱そうな店主を狙って行動を起こしたと見て間違いなさそうだ。
おかげで折角露店での買い食いでいい気分になっていたのが台無しである。
隣を見ればリルルも同じ思いだったらしくあからさまに不快気な表情を浮かべている。
「まったくこのような場所にまで無粋な輩がいるなんて、嘆かわしい事ですわ」
「そうだな。で、どうすんのアレ?」
「どうするも何もないでしょう。こちらは旅の途中。平民同士の下らない争いなんて放っておくに決まってます。心配しなくてもしばらくしたら見回りの兵が止めに来るでしょうし」
聖女という称号とその子供の様な愛らしい外見には到底見合わぬ冷たい発言。
本心は別として、彼女の中ではこれが大人な対応なのだろう。
もっとも本心はやはり気になっているのか見回りの兵士でも来ないかと周囲の動きをチラチラと気にしている。
カナタはそんな素直になれない彼女の背中を少しだけ押してやる事にする。
「ふ~ん。まあ俺はいいんだけどさ・・・」
「何か問題でも?」
「あの店、さっきから探してる甘味の店じゃないか?あの男が持ってるのって焼き菓子だろ?」
カナタの言葉でリルルの目の色が一瞬で変わる。
男の手に握られたものを睨み付け、それが目的のものであると分かった瞬間、彼女の答えは早かった。
「何をグズグズしているんですの!あの食べ物を粗末にする不届き者達を今すぐに懲らしめて!」
「へ~い」
こちらが驚く程に早い掌返しに流石のカナタも思わず苦笑いする。
とはいえけしかけたのは自分なので素直に命令には従う。
カナタは持っていた包みをリルルが差し出してきた手の上に乗せると、男達の方に向かって歩き出す。
歩き出すカナタの背中に向かって後ろからサロネが声を上げる。
「カナタくん。ボクも行こうか?」
「いやいいよ。サロネはテーラと一緒にお嬢さんのお守りでもしててよ」
どうせその両手に抱えた袋が邪魔で加勢に来てもとても役に立つとは思えない。という言葉は一端胸の内にしまっておく。
どのみち自分1人でやった方が早々に片が付くのは間違いない。
揉め事を遠巻きに見ている野次馬たちの間を抜け、今にも店主に殴り掛かりそうな男に近付くとその肩を叩く。
「あ~ちょっとそこのお兄さん方。少し話良いですか?」
「なんだ小僧」
「今ちょっと取り込み中だ。後にしろ」
恫喝しているところを邪魔されて明らかに不快そうにこちらを睨み付ける男共。
一応武器は持っている様だが、その風体は見るからに戦闘職のそれとは違う。
兵士でもなければ、傭兵でも、冒険者でもない身なりの男達。
大凡どこかの金持ちの取り巻きといった所だろう。
ハッキリ言ってしまえば雑魚。ハッキリ言わなくても雑魚である。
対するカナタは背中に剣を帯びているとはいえ相手よりも背は低く、見た目も左程強そうに見える訳ではないので当然舐められる。
「お兄さん方はここで何やってんの?」
「見りゃ分かるだろう。悪徳店主を懲らしめてんだよ」
「ガキは黙ってどっかに行けよ」
「ふ~ん。まあなんでもいいんだけどさ。腰の巾着から何か出てるよ」
「あん?」
カナタの指差した場所に男達の視線が集まる。
そこにはウゾウゾと蠢く巾着袋とそこから顔を出す芋虫の姿。
それを見た男達の表情から一瞬で血の気が引く。
「げぇっ!なんじゃこりゃ!」
「おい、何やってんだおまえ!」
「これじゃバレバレじゃねえか!」
口々に言い合う男達は先頭にいた男の腰から巾着を引き剥がすと地面に叩きつける。
衝撃で中の虫が潰れたのか生々しい音と共に虫の体液が地面に飛び散る。
「なんでだ!俺は確かにこっちの小瓶に入れて・・・あっ」
自分の言った言葉に気付いた男がハッとなって顔を上げる。
そこには憎らしい笑顔を浮かべ、空になった小瓶を指先で揺らすカナタの姿。
「ププッ、自分でバラしてやんの」
「クソが!テメェの仕業だったか!」
「余計な真似をしやがって!ぶっ殺されたいのか!」
自分達の手口までバラされた上に、恥までかかされたとあって、男達は怒りで顔を真っ赤にしてカナタに詰め寄る。
1人で6人の男に詰め寄られれば普通は怯んだりするのだろうが、カナタに至ってはそれはない。
むしろ涼しい顔でカナタは男達の鋭い眼光に応える。
「アンタ等こそ分かってるの?皆楽しく食べ歩きとかしてるんだからさ。あんまりアコギな真似して雰囲気ぶち壊さないでくれるかな?目障りなんだよね」
「うるせぇガキ!舐めた真似しやがって!」
「よっぽど痛い目が見たいらしいな!」
「こっちもアンタ等の下らない、身にならない、役に立たないの三拍子揃った無駄話をいつまでも聞いてやる程暇じゃないんでね。やるならサッサとしてくれるかな?正直ウザイ」
カナタの言葉を合図に男達が矛先をカナタに向けて一斉に襲い掛かる。
男達の動きを見ながらカナタは手に持っていた串に残っていた最後の肉片を口に運ぶ。
口の端についた塩とスパイスを親指の先で軽く拭うと、突き出された拳を躱し、カウンター気味に目の前の男の両目をその指で素早くなぞる。
直後、塩の塩分が目に染み、スパイスの刺激が男の眼球に突き刺さる。
「いっぎゃあああああああああ!」
両目を抑えて悶絶する男の鳩尾に容赦なく蹴りを加えると、男はその場で膝をついて蹲る。
蹲った男の背後から2人が左右同時にカナタに向かって拳を繰り出す。
カナタは咄嗟に屋台の上で熱せらていたフライパンの取っ手を掴んで持ち上げると、向かってきた相手の拳を高温に熱せられたフライパンの底で左右交互に打ち返す。
「あっちぃいいいい!」
「いってぇえええええ!」
ガインッという金属音が二度響いた後には痛みと熱という二重苦に見舞われた自分の拳を抑える哀れな2人の男。
そんな相手にカナタは更なる追い打ちをかけるべく手にしたフライパンで2人の顔面を殴打してノックアウトする。
「はい、これで半分終了っと」
手にした熱々のフライパンをクルクルと回しながら、カナタは残りの3人へと視線を向ける。
今の攻防だけでも十分に互いの実力差は伝わったと思うのだが、男達に敗北を認める様子は見受けられない。
むしろ仲間をやられた事でより怒りが増しているように見える。
「この野郎~」
「調子に乗りやがって!」
もはやおなじみ過ぎて聞き慣れてきた捨て台詞に笑顔を崩さずに相手を見詰める。
たったそれだけの事に気圧された男達は、腰に帯びていた武器に手を伸ばす。
銀色に輝くナイフの刃を見て、成り行きを見守っていた野次馬達が騒ぎ出す。
「おい!アイツ等刃物を持ち出しやがったぞ!」
「これはイカン!止めないと死人が出るぞ!」
「衛兵はまだか!」
「あの坊主このままじゃ殺されちまう」
騒ぎ立てる周囲を余所にカナタと彼を見守る仲間達は至って冷静である。
「本当に、性格は悪いですけどこういった揉め事の時は頼りになりますわね」
「まあ、そういう能力を買ってカナタくんの事を雇った訳ですからね」
リルルとサロネが呑気にそんな言葉を交わしているのをテーラは相変わらず母親のように見つめるだけだ。
そうやって仲間達が所感を述べている間にも事態は動く。
「いけぇ!ソイツをぶっ殺せ!」
「おう!任せろ!」
刃物を手にした事で気が大きくなった男達が勢いに任せてカナタへと突っ込んでくる。カナタは男達の繰り出す刃を躱しながら周囲の屋台を観察する。
そこでふと1軒の屋台の前で足を止めると、屋台の陰に身を隠していた店主に声を掛ける。
「お店の人。喉乾いたから一杯貰うよ」
「えっ!」
店主が驚きと共に顔を覗かせると、カナタは店先に置いてあった金属製のカップを煽って中の液体を一気に飲み干す。何の果物かは不明だが柑橘系の甘酸っぱさが口の中一杯に広がる。
「あっ、これ結構おいしいかも」
「何ふざけてやがる!」
「バカにしてんのか!」
攻撃を躱しながらジュースを飲み干すカナタに男達の怒りが頂点に達する。
カップを片手に持って足を止めたカナタ目掛けて2人が手にした刃を突き入れる。
それは刹那の出来事だった。1人目が繰り出したナイフはカナタが持ったカップの中に吸い込まれる様に収まると、次の瞬間には中ほどで折れてカップの中から現れる。
2人目もまるで操られるように同じ動きをなぞって同様の結末を辿る。
たった数秒の出来事で何が起こったか理解できない男達は折れた自分の獲物を呆然と眺める。
「どうなってやがる」
「一体何が・・・」
混乱する2人の男の前で、カナタは空のカップを軽く振る。
中からはカラカラと金属片が擦れる様な音が響く。
「何が起こったんだろうね?」
不敵な笑みを浮かべてカナタがカップを逆さまにすると、カップの中から折れたナイフの刃が2つ乾いた地面の上に落ちる。
「なっ!」
「バカな!」
目の前に突き付けられる現実に男達の表情がみるみる強張る。
彼らが対峙している少年はただの金属カップでナイフを2本へし折ったのだ。
「結構簡単だよ。テコの原理を使えば」
事もなげに言うカナタに、男達だけでなく周りの野次馬もブンブンと首を横に振って否定する。
当然彼が言う様に簡単な訳がないのは誰にだってわかる。
そもそもそんな事を実戦でやろうなどと思う人間はまずまともじゃない。
カナタの技量を垣間見てガタガタと震えだす男2人。
その後ろから最後の1人が震える2人を押しのけてカナタに向かって飛び掛かる。
「ふざけんじゃねえぞクソがぁああ!」
カナタ目掛けてナイフを振り下ろす男だったが、その刃がカナタに届く事はない。
男は逆に突き出した腕をカナタに取られて、一本背負いで背中から地面に叩きつけられる。
「ゲフゥッ!!」
勢いよく背中から叩きつけられて男は昏倒する。
呆気ない幕切れと共に訪れる静寂。誰も言葉を発しない。
カナタは身を震わせる2人の男にゆっくりと歩み寄ると、その耳たぶを掴んで自分の方へと引き寄せる。
「これ以上やるっていうならそれなりに失うモノとか出て来る事になると思うけどどうする?」
ワザと優し気な口調で問いかけるカナタに2人の男は青い顔で首を左右に振って否定する。
もう格の違いは十二分に理解した。これ以上やれば失うモノはあっても得るものなどは何もない。
「おっオレ達が悪かった」
「もう二度とこんな真似はしないから頼む。勘弁してくれ」
ガタガタと耳障りな程に歯を鳴らす2人に、カナタは軽く頷いて見せる。
「分かればいいよ。そこで寝てるお仲間連れてサッサと帰りな」
その言葉を合図に2人は周囲でノビている仲間を叩き起こすと一目散に逃げていく。
彼らの姿が見えなくなった所で、一部始終を見ていた野次馬達から拍手と歓声が上がる。
「すげぇぞにいちゃん!」
「まるで曲芸みたいだった」
「若いのに大したもんだ!」
野次馬たちに軽く手を振って愛想笑いを返したところで、カナタはリルルの前に立つ。
「これで満足頂けましたかな?」
「結果は十分でしたけど、少し遊びが過ぎたのでは?」
「さぁ、どうだろうね。ともあれこれでお目当ての品は食べられるんじゃない?」
「そうですわね。そこは褒めてあげますわ」
それだけ言うとリルルはいそいそと先程の屋台の前へと駆けだす。
その背中はやはり甘いものに目がない少女にしか見えなかった。
こうして終わったか見えた騒動だったが、この町の外での1件がこれからこのコムタックの町で巻き起こるある事件の始まりとなる。
50話到達しました。
長らくお待たせしてモウシワケアリマセン。
ひとまずこれで一つのラインは超えたのかな?
後、今回登場キャラクター紹介を作ってみました。
http://ncode.syosetu.com/n0782do/
何か追加してほしい項目とか要望とかあったらご一報ください。




