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第49話 旅行ク日ノ朝風景

街道沿いでの野犬と魔獣を討伐してから一夜が明けた。

夜の番をしていたカナタとサロネが眩しそうに日の出を眺める。


「んあ・・・やっと朝か」

「太陽が・・・白いね」

「そうだな」


目を細め、顔を出したばかりの太陽を眺める2人。

その顔には僅かに疲労の色が浮かんでいる。

流石に昨夜の戦いの後、そのまま見張り番は体に堪えた。

2人以外のメンバーは絶賛就寝中である。

レティス、リルル、テーラ、バネッサの女性陣は馬車の荷台の上。

リシッドとダスターは馬車の傍で座った状態で器用に眠っており、レジエトとヤモックはカナタ達の脇で自前の寝袋にくるまって眠っている。


「カナタくん。はい、お茶」

「さんきゅー」


サロネが差し出した木製のカップを受け取ると、中には薄緑色の液体が湯気を上げている。

ガノン王国兵士御用達の眠気覚ましの薬草茶。

飲んだ後、少しの苦みとスーッと鼻を抜ける様なハッカに似た爽やかさがある。

難点があるとすれば薬っぽい独特の匂いがある事、その為こうした風通しの良い開けた場所以外で飲む事は滅多にない。


「匂い、相変わらずだな」

「まあね。でもそれがいいって言う人もいるよ」

「ふ~ん。まあそこまで臭いって程でもないからいいんだけどさ」


2人して手にしたカップに一度目を落とすと、どちらともなくカップのフチに口を付ける。

旅の最初の頃はこの独特の茶に慣れなかったが、今では随分と飲み慣れた。

ズズッと音を立てながら茶を啜る2人の若者。傍から見ると年寄りにしか見えない。


「ん~なんだこの匂い」

「妙な匂いだな。何かの薬か」


辺りに漂う匂いに反応して寝袋に入っていたレジエトとヤモックがモゾモゾと顔を出す。眠そうに薄目を開けて周囲を見渡した後、匂いの出所であるカナタとサロネの手に握られたカップで視線が止まる。


「なんだそれ?薬か?」

「ガノン王国北部産の薬草茶です。他国の人の口に合うかは分かりませんが飲みますか?」


サロネの問いにヤモックは興味深そうに目を開ける。


「へぇ、おもしろそうだな。どうするよレジエト?」

「ああ~俺はいいや。匂いがダメだ」


ヤモックの問い首を左右に振って返すと、レジエトは寝袋の中に顔を引っ込める。

亀の様な動作で寝袋に篭ったレジエトにヤモックは肩を竦める。


「まったく冒険者の癖にだらしねえ野郎だ。まあいいや、俺は一杯貰うぜ」

「分かりました」


ヤモックのリクエストに応えてサロネは手元に置いてあった金属製のポットを持ち上げると、食器等を入れた箱の中から適当なカップを取り出して茶を注ぐ。


「少し熱いですよ」

「おう、ありがとよ」


サロネから茶の入ったカップを受け取ったヤモックは、湯気の上がるカップの中に何度か息を吹きかけた後、そっとカップのフチに口を付ける。


「あちちっ・・・と。なるほどこういう味か」

「お気に召しましたか?」

「そうだな。確かにちょっと癖のある味だから好みは分かれる所だが、俺個人としちゃ嫌いじゃない」


感想を言ってヤモックが再び茶を啜る。

それから皆が起き出すまで時間を潰すべく。3人のバカ者は茶飲み話に花を咲かせる。内容についてはごくありきたりなもので仕事の事に始まり、好きな食べ物や好みの女性の話と続く。

そこでサロネは以前から気になっていた事をヤモックに尋ねる。


「そういやバネッサさんって彼氏とかいないんですかね?」

「なんだ?サロネの兄ちゃんはウチのリーダーみたいなのが好みなのか?」


ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるヤモックに、サロネは慌てて否定する。


「違いますって、そういう訳じゃないんですけど。ちょっと気になって」

「まあまあ、そんな焦るなよ。確かにウチのリーダーは美人だからな~」

「だから違うって言ってるのに・・・」


小声で不満を漏らすサロネだが、ヤモックはまるで聞かずに1人勝手に納得顔で頷いている。


「気持ちは分かるがやめときな。あの人は見た目は上玉だが中身が凶悪すぎる。過去何度か手を出そうとした冒険者は悉く痛い目を見てるからな」

「そっそんなにですか」

「そりゃ~もう。強引に手を出そうとしたヤツなんかアレを蹴り潰されて再起不能になったヤツまでいたし。今思い出しても縮み上がるりそうになる」

「ひぇ~」


聞いて居るだけでこちらまでナニが縮み上がる様な話だ。

だが、男であればあれだけの美女と一緒にいて何もせずにいるのは難しいと思う。


「よく赤鳥の羽の皆さんは手を出さずに居られますね」

「そりゃ~俺ら全員巨乳好きだからな」


ヤモックの言葉に、カナタとサロネは脳裏にバネッサの姿を思い浮かべる。

バネッサは確かにかなりの美女だが胸が極端に薄い。推定Aカップの貧乳である。

ちなみにカナタの見立てではテーラがBでレティスがDである。

流石にリルルに関しては年齢的に問題なくてもその外見から道徳的に犯罪の臭いがするので測定していない。

カナタがバカな事を考えている間に、答えに辿り着いたサロネが小さく頷く。


「・・・なるほど」

「ちなみにリーダーの前で胸の話は絶対にするなよ。フリとかじゃないからな。じゃないと本当に酷い目に遭うぞ」

「分かりました。っていうか流石にそんなデリケートな話は触れませんよ」


盛り上がる2人の横で黙ってやりとりを眺めるカナタ。

この話題になってから2人は一切こちらに話を振ってこないので話に混ぜてもらえないでいた。

理由は好みの相手がモロ分かりな上、特に隠してもいないので面白みがない事と下手に絡むと面倒くさいからだ。


「まあ、そういう訳だからサロネのにいちゃん。ウチのリーダーの事は諦めな」

「だから最初から狙ってませんってば。後、呼び方ですけどサロネでいいですよ。ヤモックさんの方が年上でしょうから」


話をはぐらかそうと強引に話題を別の咆哮に逸らすサロネ。

もちろんそんな事はバレバレだが、ヤモックは話に乗ってやる事にする。


「分かったぜサロネ。だったら俺もヤモックと呼び捨てにしてくれて構わない」

「いいんですか?」

「おうよ!この男、ヤモック34歳!二言はないぜ」

『えっ!?』


胸を張って主張するヤモックの前で、彼の実年齢を知ったカナタとサロネが思わずフリーズする。

無理もない。小学校高学年の平均身長である150cmに届くかどうかも怪しい程慎重の低い小男が、まさか自分達より10歳以上。カナタに至っては丁度一回りも歳が違うとは思わなかった。

2人のあまりの驚き様に、気付いたヤモックが怪訝な顔をする。


「ん、どうかしたか2人共」

「いえ、なんでもないです」

「思ったより年喰ってると思っただけ」

「そうか。まあ確かにいつも実年齢よりは若く見られることが多いな」


そう言ってケタケタと笑い声を上げるヤモックに、2人は引き攣った作り笑いを浮かべて誤魔化す。


(若いとか老けてるとかそういう話じゃないんだよ)

(正直、どんなに贔屓目で見ても子供か、そうでなければ小人族(ホビット)子鬼族ゴブリンなんだよね~)


内心でかなりの失礼な事を考えている2人の心を知る由もないヤモックは、自分が若く見えると勘違いして満更でもない様子。

3人のバカ者が下らない話に時間を費やしている間に、バネッサとテーラが荷馬車を降り、近くの水場で顔を洗ってからカナタ達の方へ歩いてくる。


「おはようございます」

「・・・おはよう」


朝の挨拶を述べた2人はチロチロと燃える焚火の前に腰を下ろす。

すぐにサロネが2人の前に茶の入ったカップを差し出す。


「おはようございますテーラさん。バネッサさん」

「ありがとうサロネ」

「ありがと」


サロネからカップを受け取ったテーラはそのままカップに口を付ける。一方のバネッサは湯気と共にカップから立ち昇る匂いに少し眉を顰める。


「変わった匂い・・・何コレ?」

「薬草茶です。ガノン王国兵士の間では割とポピュラーな眠気覚ましなんですけど・・・。匂いが気になるなら何か別のを煎れますか?」

「いや、これでいい」


バネッサはそれだけ言うと恐る恐るカップに口をつけて中に入った茶を啜る。

口の中に含んでしばらくその味を確かめた後、ゆっくりと飲み込む。


「ふぅん。味はまあ割と普通かな・・・」

「一応美容にもいいらしいですよ」

「・・・そう」


サロネの説明を軽く聞き流し、手に持ったカップの中身に視線を落とす。

そんな姿も絵になるな等とサロネが見惚れていると、横から声が掛かる。


「サロネ。お嬢様が起きだしてきそうだから朝食の用意をしたいんだけど・・・」

「あっ、了解ですテーラさん」

「カナタくんは干し肉削ってお湯に付けといて」

「へ~い」


テーラの号令でカナタ達は早速朝食の用意を始める。

もっとも、朝食と言っても干し肉を戻した湯に日持ちする野菜を刻んで放り込み、適当な調味料を足して作った薄味のスープに、保存が効くように硬く焼かれたパンといくつかの干し果物程度の簡単なものだ。

今日は先日道ですれ違った農夫から僅かだが野菜を貰っていたのでいつもより少しだけ食卓に彩がある。

漂っていた茶の匂いがスープの匂いに掻き消され始めた頃になってようやく荷馬車の中からレティスとリルルが顔を出す。


「ふぁ・・・。もう朝ですか」

「ご飯の時間ですの?」


眠そうな目を擦りながら寝間着姿のまま顔を出す2人の聖女。

こうしてみると聖女としての威厳はないが、年相応の可愛らしさが垣間見える。

しばし外の様子を眺めた後、顔を引っ込める聖女2人。

少ししてゴトゴトと音を立てる荷馬車。同時に馬車の傍で眠っていたはずのリシッドとダスターが剣をついて立ち上がる。

どうやら随分前から起きていたが、2人が起きるのを待っていたらしい。


「ケツが痛ぇ~」


座りっぱなしで痛む臀部をさすりながら立ち上がるダスターの横で、まるで何事も無い様に平然とした様子のリシッドが軽く肩を回す。


「時間毎に少しずつ座り方を変えた方がいいぞ。じゃないといざという時に動きが鈍るからな」

「はぁ、今度からそうするっす」


相変わらず優等生なリシッドの堅物発言を聞きながらダスターは体をほぐす。

それから少ししてレティスとリルルが着替えを終え、いつもの白い修道服に身を包んで荷馬車から降りる。


「すいませんお待たせして」

「いえ、大丈夫です」

「朝ごはんの用意はもう出来てますの?」

「多分。さっきからテーラの姉御達がやってたみたいっすよお嬢」


馬車を降りた聖女2人は兵士2人にエスコートされ、水場で身嗜みを整えてから皆のいる焚火の前にやってくる。

皆と朝の挨拶を交わした後、レティスとリルルは地面の上に敷かれた大き目の敷物の上に腰を下ろす。

2人が腰を下ろしてからリシッドとダスターも地面に腰を下ろす。


「これで全員か?」

「いや、そこでまだレジエトさんが寝てます」


リシッドに答えたサロネが寝袋にくるまったままいびきをかいているレジエトを指さす。呆れた様に肩を竦めるリシッドの隣でバネッサが小さくため息を漏らす。


「・・・はぁ」


それからゆっくりと立ち上がったバネッサは無言のままレジエトの寝袋まで歩みよると、腹のあたり目掛けて強烈な蹴りを見舞う。


「ぐびゃあっ!」


ヒットと同時に謎の奇声を上げ、レジエトの入った寝袋がかなりの勢いで野原を転がっていく。

皆の視線を集めて転がり続けた後、10m程転がったところで止まる。

呆気にとられる一同を余所に、振り返ったバネッサは清々しい表情を浮かべる。


「聖女様。食事にしましょう」

「えっと・・・いいんですか?その・・・」


野原の真ん中で死にかけの虫の様に寝袋から這い出すレジエトの姿を見ながらレティスが尋ねる。


「はい。何も問題ありません」


そう言ってバネッサは足元に落ちていた拳大の石を拾い上げると、もう一度レジエトの方へと振りかぶって石を投げつける。

プロのスカウトも唸りそうな強肩から繰り出された石は寸分の狂いもなくレジエトの横っ面に直撃し、悶絶させる。


「御覧の通りアレは今、食事を摂れる状況ではないようですので」

『・・・・・』


あまりに強引なバネッサのやり方に、皆それ以上口を挟むのを止めた。

決しておまえのせいだろ等とは言わない。

それからは何事も無かった様に皆で焚火を囲んで、簡単な食事を摂りながら歓談する。


「テーラさん。このお野菜おいしいですね」

「ええ、昨日農家の方に分けて頂いたものですが、とても良い出来なんです」


綺麗に器に盛られた野菜を口にしながら、レティスとテーラが頂き物の野菜について感想を述べあう。そんな2人の会話をチラチラと横目で覗き見しながら、リルルは無言でテーラが1口大に切り分けてくれた干し果物を口に運ぶ。

その隣ではリシッドが薄味のスープに眉根を寄せる。


「むぅ。少し薄いな。サロネ。すまないが塩を取ってくれるか」

「了解です隊長。あっ、ダスターさん。食べ残しはダメですよ」

「うぐっ」


リシッドに塩の入った小瓶を渡しながら、サロネはダスターの皿の上に残った野菜を見て小言を漏らす。まるでおかんだ。

見咎められたダスターの方はというと、皿の上の野菜を見て肩を落とす。


「うぅ。サロネくん厳しいっす」

「ハハッ、野菜ぐらいでだらしねぇなあダスターの兄ちゃん」


項垂れるダスターを見て、一部始終を見ていたヤモックが高らかに笑う。

そんな彼に向かってバネッサは冷ややかな視線を向ける。


「おいヤモック。そういうのは自分の皿の上の野菜を片付けてから言え」

「ぐっ、流石はリーダー。目ざといぜ」

「ヤモックさんも野菜が苦手なんですか?」


2人のやり取りを聞いていたサロネが意外そうに会話に割り込む。

サロネとバネッサの視線を受けて、ヤモックは苦笑混じりに皿の上の野菜を見る。


「別に喰えない訳じゃないんだけどな。だたどうにも喰った気がしなくて好きじゃないんだよ」

「だからいつまで経ってもチビなんだろ」

「それは今関係ない!」


バネッサの指摘に顔を真っ赤にして憤慨するヤモック。

いつもより少し賑やかな朝食風景。

目の前の穏かな光景を眺めながら人が殺せそうなぐらい硬いパンをガジガジとかじるカナタ。


(シュパル達が外れた時はどうなるかと思ったけど、結構うまくいってる感じ?)


思っていたより打ち解けた様子で接しているレティス達を見守りながら、口の中で表面が少しだけ柔らかくなったパンを噛む。


 ボリッ  ゴリッ  ガリッ  バキッ!


「・・・・食い物の音じゃないな」


口の中で半端ない異物感を主張するパンを噛み砕きつつ、カナタは目を細める。

それからしばらくして朝食を摂り終えて片づけをしているカナタの下へ、左頬が腫れ上がったレジエトが寝袋を抱えて戻ってくる。


「イテテ、ったくひでぇ目に遭ったぜ」

「それはお気の毒様」


痛む左頬を摩りながら、レジエトはキョロキョロと辺りを見渡す。


「あれ?ところで俺の分の朝飯は?」

「ない」

「嘘だろ!!」

「いんや、本当」


冷たく言い放つカナタの言葉に、打ちのめされたレジエトがその場にがっくり崩れ落ちてその場に両手をつく。

そこへまるで狙いすましたように現れたバネッサがその手を踏みつける。


「いっでええええええええ!」

「少年。この食器はどこに片付ければいい?」

「ああ、それならあっちの箱の中に入れといて」

「分かった」

「踏んでる!踏んでるってリーダー!坊主おまえも止めろよ!」


痛みに悲鳴を上げたレジエトを無視して、平然と会話を続ける2人にレジエトが必死に抗議する。

食器をもって立ち去ろうとするバネッサの足が離れ、ようやく解放されたレジエトがすぐさま立ち上がる。


「おまえらおかしいって!俺の扱い酷すぎるだろ!」

「そうか?」

「いや、全然普通だろ」

「おまえらは鬼かぁああああああああああああ!」


レジエトの魂の叫びが広い草原中に響き渡った。



その後、レジエトは同情したレティスの申し出で治療を受けてる事になり、その間に他の者はそれぞれ出発までそれぞれに行動する。

ダスターとサロネは朝の訓練として木剣を使って戦闘訓練。

テーラはリルルの要望で荷馬車の傍で髪の手入れ。

カナタとバネッサは使った道具の後片付けと旅支度。

ヤモックは昨晩カナタが倒した魔獣を解体して持ち帰った素材のチェックといった具合だ。


カナタは食器の入った木箱を荷台に乗せなると、後ろに立っていたバネッサに尋ねる。


「ヤモックのおっさんが魔獣の素材をチェックするって言ってたけど、それって何か意味があるの?」

「そうだな。まず魔獣の牙や毛皮っていうのは普通の獣より魔力を帯びているから売ればそれなりの値で売れる。ただそれも状態によって売れなかったりするし、運ぶ量にも限界があるからな。先に売れる部分を見極める必要がある」

「なるほど。でもなんでヤモックのおっさんなの?」

「アイツは昔、盗賊をやってたんだけど、その経験から素材の状態からでもどの程度加工に仕えてどのぐらいの品になるかが分かるんだ」

「へぇ~それはちょっと凄いかも」


バネッサの説明に納得したカナタは、1人で黙々と確認作業をしているヤモックの背中に目を向ける。


(あんなチンチクリンのおっさんでも意外と凄い特技を持ってるもんだな)


感心したように頷いているが、考えている事は随分と失礼な内容である。


「レジエトが元狩人でヤモックが元盗賊。フラープに残った他のメンバーは?」

「後はそうだな。サブリーダーのコザックは元軍人で、メルゲは元医者。ダグマは元研究者といったところか」


聞いてみて最初に思ったのはその統一性の無さ。

一体何がどうやったらそんな連中が一緒に旅をする事になるのか興味が湧く。


「そんなに前職バラバラなのがなんで冒険者なんてやってるのさ?」

「細かい事情はそれぞれだけど、やっぱり一番の理由は未知への好奇心や探求心といった所だろう」

「えっ、でも冒険者って魔獣と戦ったりとか結構命懸けだよね」

「そうだな。うっかり魔獣の巣に入って死んだなんて話もよくある」

「うわ~。やだなソレ」


バネッサの説明を聞いてカナタの脳裏にイギリスのことわざ「Curiosity killed the cat(好奇心は猫を殺す)」が思い浮かぶ。

過ぎた好奇心は身を亡ぼすと言う教訓だが、この世界の冒険者にそういう考え方はないのだろうか。

いまいち理解しかねるといった様子のカナタの思いを察してバネッサは言葉をつづける。


「もちろん危険は承知の上だ。それでも危険を恐れていては未知に巡り合う事など出来はしない」

「そりゃそうだろうけどさ」

「それに誰だっていつかは死ぬんだ。使い方は自由だと私は思う」


迷いなく言い切るバネッサに、カナタは返す言葉を思いつかない。

未知への興味はカナタにだってあるが、その為に命を掛けるという感覚がいまいち理解できなかったからだ。


(自分の命は他の人より軽いと思ってはいたけど、そういう風に使おうって思った事はなかったな)


今まで出会った事のない考え方に触れて、カナタは自分の命の使い方について少しだけ思いを巡らせる。

その後、特に会話もなく後片付けを済ませたカナタは、出発の時間までずっとその事を考えていた。


「それじゃ出発するが、問題ないか?」

「こちらはいつでも問題ない」

「よし、では出発する」


リシッドの声を合図に一行は野営地を後にする。


馬車が動き出して間もなく。本を読んでいたレティスの隣で、小さな寝息が聞こえ始める。

チラリと視線を向けると、カナタとサロネが2人並んで居眠りをしていた。

穏かな寝顔を浮かべる2人を見て、思わず笑みがこぼれる。


(良かった。今日はよく眠れてるみたいで)


ここ数日は冒険者達を仲間に加えたばかりという事もあって、あまり眠れていない様子だったので少し心配だった。

しかし、ある程度彼らと打ち解けた事と、昨夜の戦いで実力も示された事で安心して眠る事が出来た様だ。

レティスが2人の寝顔を微笑ましく見ていると、同じ様に彼等が寝ている事に気付いたテーラとリルルが小声で呟く。


「今回はよく寝ているみたいですね」

「人前でだらしない寝顔を見せるなんてよっぽどですわ」


だらしない寝顔を浮かべる2人を見て、リルルが溜息を漏らす。

それからレティスの方をチラリと一度だけ見たかと思うと、すぐに視線を逸らしてテーラに話を振る。


「それにしても、こんな調子でいざとなったら大丈夫か心配ですわ」

「と言いますと?」

「こうしている間にもよからぬ事を考えている輩が現れないとも限りませんし、そうなってからじゃ手遅れになりません?」

「・・・確かにそうですね」


リルルの言葉に少しだけ思案顔を浮かべるテーラ。

もしもの時を考えて、2人を起こすべきかと話し始める2人に向かってレティスはなるべく小さな声で話しかける。


「その心配はないと思いますよ」

「あなたには聞いていないんですけど・・・」


急に話に割り込んできたレティスに明らかに不満げな表情を浮かべるリルル。

リルルの態度に苦笑を浮かべながら、テーラが間を取り持ってレティスに尋ねる。


「心配ないとはどういう事でしょうかレティス様?」

「もし襲撃者が近付いて来たとしても、行動を起こす前にカナタさんは目を覚ましますから」


レティスの答えを聞いてテーラとリルルは目の前で寝こけている男に目を向ける。

どう見ても熟睡している。とてもじゃないがこの状態から目を覚ますとは思えない。


「よく眠っているみたいですけど、この状態からですか?」

「はい」

「どうしてそう言いきれますの?」


2人からの問い掛けに、レティスは以前カナタから聞いた話を2人に聞かせる。


「以前カナタさんが言っていたんですけど、なんでも敵意や害意を持った相手が近付くと反射的に目が覚めるという事でした」

「・・・それ本気で言ってます?」

「いくらカナタくんでも流石にそれは・・・」


とても信じられないといった2人の態度にレティスは以前あった出来事を語り始める。


「実際に以前ダットンさんから聞いた話なんですが、ある村で宿に泊まった際に盗人が宿に押し入ろうとした事があるんですけど、その時、さっきまでリシッド隊長の前で今みたいに寝てたはずのカナタさんがいつの間にか部屋から居なくなってたらしいんです」

「厠にでも行ったんじゃないんですか?」

「ダットンさんも最初はそう思ってたみたいなんですが、宿の外で物音がして飛び出したらカナタさんと縛り上げられた盗人がいたらしいんです」

『・・・・・・』


普通ならば冗談か何かだろうと一蹴する様な話なのだが、相手がカナタとなると簡単に冗談だと決めつけるのも難しい。


「アナタはその捕物を見ていないんですの?」

「私は・・・・恥ずかしながら熟睡してました。このお話も朝になって結果だけ知らされたくらいで」


そう言ってレティスは恥ずかしそうに指で頬をかく。


「はぁ、まあいいですわ。肝心な時にしっかりと働くなら文句はないですわ」


溜息交じりにそれだけ言うと、リルルは本を手に取って読み始める。

話は終わりという彼女の意図を汲んで、レティスも自分の本に視線を戻す。

会話の無くなった荷馬車の中をガタゴトと馬車の揺れる音だけが響く。


「今の話って本当なんすか?」


荷台での女性陣の話を聞いていたダスターが、隣で手綱を取るリシッドに尋ねる。


「今のというのは、宿にやってきた盗人の話か?」

「そうっす。それっす」

「・・・・ああ、本当だ」

「ひょえ~。そんな事できる人間がいるんすね~」


心底驚いた様子で感心するダスターに、リシッドはさらに続ける。


「さっきの話だが、襲ってきた盗人は何人だと思う?」

「えっ?そうですえ・・・2~3人ってとこっすかね」

「10人だ」

「イッ!」


答えを聞いたダスターは、荷台で寝こけているカナタに振り返る。

普通の状態ならまだしも、寝起きで10人相手に圧倒するとかどんな化け物だ。


「あのバカを我々の物差しで計らない方がいいぞ。自信を無くすから」

「・・・みたいっすね」


少し暗い表情になったダスターは、天を仰ぐ。

陽は高く、空は快晴。のどかな草原を馬車は進む。


これは波乱の旅を続ける少年達のとある平和な一日の一幕。

次回いよいよ50話に突入します。

当初の計画だと50話ぐらいで王都にはついているはずだったんだけど・・・。

何故こうなったし

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