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第47話 世ヲ渡ル旅人

冒険者チーム「赤鳥の羽」と契約を交わした夜から一夜明け、時刻は昼過ぎ。

朝から急ぎで始めた旅支度を終えて、その身に旅装を纏ったカナタ達はフラープの北門前に集まっていた。


「止むを得ない事とはいえ、お前達には面倒を掛ける」

「隊長。そんなに気にしないでください」

「そうですよ。適材適所ってやつです」

「こちらの事は任せてください」


申し訳なさそうに頭を下げるリシッドにシュパル達は微笑んで見せる。

シュンコウ達の襲撃で兵士不在となったフラープの街を守る為、この地に残る事になったシュパル達4人は、王都に向けて旅立つカナタ達を見送りに来ていた。

急に決まった事であるにも関わらず、彼らは不満一つ言わずにリシッドの命令を受け入れた。

ただ命令されたからだけではない。今日まで共に築き上げてきた確かな信頼がそこに垣間見えた。

一方、その隣で同じ様に仲間を見送りに来たらしき男達の姿があった。

ただ同じ見送りのはずなのに彼等とシュパル達との間には決定的な違いがある。

とても仲間を見送りに来たとは思えない程に彼等の瞳の奥には真っ黒な炎が宿っており、心なしか背中からは真っ黒なオーラらしきものが見える。

あれはきっと怨念とか殺気と呼ばれる類いのものに違いない。

そうやってこれ以上ない程にありありと不満を顔面に張り付けているのはコザック、メルゲ、ダグマの3人。

王都行きから漏れた赤鳥の羽の居残りメンバーである。


「くっそ~。失敗したぜ。なんだってあの時あんな小細工を・・・」

「チクショーッ!あの時、隣のくじを引いておけば!」

「何故俺があっち側じゃないんだぁああああ!」


頼みもしないのに三者三様の悔しがり方を披露する男達。

後悔や不満といった真っ黒な感情を憚ることなく垂れ流しながら、仲間に向かって妬み嫉みが篭った目を仲間に向けている。

こいつら本当に仲間なのだろうかと疑いたくなる程だ。

目が合っただけで具合が悪くなりそうな男達の視線を、まるで涼風の如く受け流し、バネッサ達は余裕の表情を浮かべている。


「私達がいないからって仕事の手を抜くなよバカ共」

「そうそう。シュパル臨時領主代理殿や他の王国兵士のみなさんと仲良くやれよ」

「一足先に王都で待っててやるからよ」


勝者の余裕とでも言わんばかりのバネッサ達の態度に、残される男達の怒りゲージは振り切らんばかりだ。

それでも暴れないのは渋々ながらも班分けの結果を受け入れている為だろう。


昨晩の話し合いで契約が成された後、早速チームを分け始めたバネッサ達。

しばらくその様子を見ていたが、誰が王都行きのチームになるかで散々揉めていた。

1時間近く揉めた挙句、最終的にはくじ引きで今のような形に収まった。


「フフフ。これが日頃の行いの違いってヤツだ」

「そういう事だ。お前らは後からゆっくり追いかけてこい」

「ドチクショーが!地獄に堕ちろ!」

「好き勝手な事ばかり言いやがってこのクサレキ○○マ」

「○ン○ス野郎が!次に会ったら覚えてやがれよ!」


勝ち誇るレジエトとヤモックに、負け犬達が罵声を浴びせる。

実に騒々しい赤鳥の羽の面々にリシッド達も思わず苦笑を浮かべる。

仲がいいのか悪いのかは分からないが、非常に喧しい。

最も、この賑やかさも彼等がこの旅の危険性を知らないから仕方ない事とも言える。


「それにしてもいいんですか?本当の事を伝えなくて」


心配そうにそう述べるテーラの言葉に、カナタとサロネが適当に答える。


「いいのいいの。いちいち説明するのも面倒だし」

「知られると依頼を断られる可能性もありますからね」


テーラの心配も分からないではない。

彼らの事を考えるなら言ってやるのが優しさなのだろうが、リシッド達護衛部隊も決して余裕がある訳ではない。

こちらが優先すべきはあくまでも聖女2人の身の安全。

それに聖女や貴族襲撃の事実は可能な限り隠蔽する決まりになっている。

今となってはどこまで隠せているか怪しい話ではあるが、それでも今はまだ彼らに伝える訳にはいかない。

言い方は悪いが利用できるはものはこの際なんだって利用させてもらう。

幸いと言ってはなんだが彼等は先日まで犯罪に加担していたのだから、それ程心を痛める必要もない。


「まあ、そんな心配いらないんじゃないかな?彼らも腕に覚えはあるみたいだし、もし事情を知ってても断らなかったと思うよ」


そういってカナタがチラリとバネッサ達に視線を戻す。

丁度その時、誰かが小声で話しているのが耳に入る。


「王都に着けば金も貰えてしかも途中の旅費まで出るし、いい事づくめだな」

「しかも同行する女の子は結構可愛いしな!なんという役得!」


そう言ってレジエトとヤモックがグフグフと下品な含み笑いをしている。

彼らの横顔からは邪な考えが透けて見える様だ。

そんな2人のやりとりを見ていたカナタは静かに前へと身を乗り出す。


「なあリシッド。旅に出る前にちょっとアイツ等の教育しといていいか?」

「良い訳ないだろ。始まる前から空気が悪くなる様な事をするな」

「大丈夫大丈夫。ウチの聖女様に手を出す前に指の2,3本飛ばすだけだから」

「尚悪いわ!」


慌てて彼らに近付こうとするカナタの肩を掴んで止める。

折角色々根回しした上に、部隊を2つに分けてまで雇ったのにこんなしょうもない事で脱落されては堪らない。


「カナタくん落ち着きなって」

「そうっすよ。まだ先は長いんすから」


リシッドに続いてサロネとダスターからも説得され、カナタはムスっと膨れ面を作るとそっぽを向く。

旅が始まる前からこんな調子でやっていけるのだろうかと心配になるリシッド隊の面々。王都への道は出だしから雲行きが怪しい。


「はぁ、今回この方法しかないと思って雇ったが、少し早まったか」

「そんな不安になる様なこと言わないでくださいよ隊長~」


リシッドの零した不安に、サロネが心底嫌そうな顔で不満を漏らす。

隊長であるリシッドの前では割と猫を被ってる事の多い彼にしては、珍しく感情が表にダダ漏れである。

付き合いの長いメンバーのほとんどが一時的とはいえ隊を離れるのだ。

サロネ自身、本人が思ってる以上に不安やプレッシャーを感じているのだろう。


「サロネでも弱気になる事があるんだな」

「当たり前じゃないか。というか僕はカナタ君みたいに無駄に余裕ぶったりした事なんてないよ」

「別に余裕ぶってる訳じゃない」

「じゃあなんなのさ」

「実際余裕なだけだ」

「・・・聞かなきゃよかったよ」


カナタの発言でガックリと大きく肩を落とすサロネ。

そんな2人のやり取りを馬車の荷台から眺めていたレティスが小首を傾げる。


「どうかしたんでしょうか。サロネさん元気ないですね?」

「さぁ、私の知った事ではありませんわ。そんな事よりもいつまで油を売っているつもりなんですの?あまり時間的な余裕はないというのに」


いつまでも出発しない事に苛立ちを見せるリルルに、レティスは乾いた笑みを返す。

馬車から漂ってくる不穏な気配に気づいたリシッドは、残していく仲間達と最後の挨拶を交わす。


「後の事は頼んだぞ」

「もちろん分かっていますって」

「お任せください隊長。期待には応えて見せます」

「隊長こそ問題児揃いで難儀な旅になりそうですが、お気をつけて」

「うっ、それは今自覚したくなかったな・・・」

『ハハハハハッ』


思いがけずリシッドの口から出た弱気な言葉に、仲間達から笑い声が上がる。

それからひとしきり笑ったところでシュパル達は姿勢を正す。


「それでは隊長。こちらが落ち着きましたら我々も後から向かいます」

「頼む」

「戻ったらメシに行きましょう!」

「勿論、隊長の驕りで」

「分かった。王都に着いたらいい店を探しておく」

「期待しています。それではまた王都で」

「ああ、王都で会おう」


そうしてリシッドはシュパル達に背を向けると馬車の御者台へと乗り込む。

その隣にはサロネが乗り込み、テーラ、ダスター、カナタは荷台へ。

バネッサ達、冒険者達はそれぞれ自分の馬に乗り、馬車の両側と後ろに付ける。


「これより王都へと出発する!」


高らかに発せられたリシッドの声に続いて馬車が前に動き出す。

こうしてカナタ達はシュパル達居残り組に別れを告げ、フラープの街を後にした。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



フラープを発ったあの日から既に3日が過ぎた。

ここまで特に大きな問題も起こる事なく一行は王都への旅程を順調に進んでいる。


赤鳥の羽メンバーは見た目の厳つい印象とは裏腹に、中々人付き合いが達者であり、彼等が毎夜語る旅先の話はガノン王国内の事しか知らないサロネ達王国兵士の興味を強く引き付けた。

その結果、この3日の間という短い間にも関わらず。レティス、サロネ、テーラ、ダスターといった面々と思いのほか早く赤鳥の羽の面々は打ち解けていた。


空が朱に染まり、陽が落ち始めた所で馬車を街道脇の野原へと移動させる。

皆で協力して早々と野営の支度を整えた一行は、焚火を囲んでささやかな食事をとりながら歓談していた。

今宵も話題の中心となるのは赤鳥の羽の面々が語る旅の思い出話。


「でさ、その時出た魔獣がこれがまた大きくってよ~。自分の目を疑ったぜ」

「いや~本当にあの時は死ぬかと思った」

「それでどうしたんですか。戦ったんですか?逃げたんですか?」


興味津々と言った様子で尋ねるサロネに、レジエトは真顔で答える。


「勿論、逃げるに決まってんだろ。ウチはリーダー以外に魔核武器なんてもってないんだから。まともにやりあったって勝ち目なんてねえよ」

「そうそう。なのにウチのリーダーってばヒデェんだぜ。必死で逃げてる俺達の事を餌にしてよ。その隙に魔獣の後ろに回り込んでやがんの」

「ええ!」

「そっそれでどうだったんですか!無事だったんですか」


予想外の展開に心配そうな表情を浮かべるレティス達。

今ここでこうして話しているのだから結果は分かりきっているのに、完全に話にのめり込んでいる。

答えを待ち詫びるレティス達を焦らしてその表情を楽しむレジエトとヤモックに、リーダーであるバネッサは冷めたい眼差しを向ける。


「失礼な奴らだな。ちゃんと助けてやっただろうが」

「いやいやいや、倒せばいいってもんじゃないから!」

「こっちは喰われる寸前だったっての!」


当時の事を思い返してギャアギャアと揉め始めるバネッサ達に、続きを待ちかねたサロネが口を挟む。


「そんな事よりもどうやって魔獣を倒したんですか?」

「ああ、それはな。私が魔獣の背後に回り込んで、自慢の魔核剣『ピカロアマンテ』で魔獣の頭を粉々に吹っ飛ばして終わり。終わってみれば呆気ないものだった」

「もっとも、その時ヤモックは小ささのあまり危うく魔獣の体に潰されかけたがな」

「誰がダニみたいにプチっと潰れるって!」

「言ってねえよ!」


オチまでしっかりついた話にドッと笑いが起こる。

サロネ達兵士とレティスに加えて、リルルまでもが彼らの話が気になっているらしく聞き耳を立てている。

和気藹々と談笑する彼らの姿を見守っているリシッドの表情は複雑だ。

これからしばらく一緒に旅をするのだから険悪な雰囲気になるよりはこうして談笑し合える方がずっといいと以前よりは思えるようになった。

とはいえあまり仲が良すぎるのも考えものだというのがリシッドの思いだ。

カナタとの出会いを経て随分緩和されたとはいえ基本的な考えが変わった訳ではない。

リシッドにとって、というよりはガノン王国の人間にとって冒険者という存在がそもそも馴染みがないのも彼等に信頼を置く事が出来ない一因ではある。

他国と違い、ガノン王国には冒険者の為の組織が存在しない。というより基本的に必要ないのだ。

国民の多くが信仰している神レメネンが豊穣の神だからかどうかは不明だが、この国は末端の村ですら食に困る事は少ない。

故にわざわざ辛い思いをして過酷な旅に出ようなんて考えをする人間は少ない。

そういった理由から冒険者になる者がいない上、他国との交流を最小限に留めたいというガノン王国首脳部の思惑もあり、冒険者の為の機関は設けられていない。

要はガノン王国にとって国家間を好き勝手に移動する冒険者の存在は邪魔なのだ。

だからといって全てを締め出せる程の大義名分があるわけでもないし、冒険者の介入によって魔獣討伐が成される事もあるので、冒険者に協力的ではないが入国については黙認するにとどまっている。


(この辺りもいずれもっと法を整備して緩和すべきだな)


おかげで彼らの身分を保証するものは、入国の際に国境警備部隊から発行された薄っぺらい紙切れ1枚しかない。

それも最近明るみになった警備隊長と隣国貴族との癒着疑惑でどれほど信用していいか怪しいぐらいだ。

他に身分を証明出来るものとしては、組合に登録した冒険者は必ず名前や冒険者としての階級、後は冒険者登録した場所が記載された金属タグを持つ事を義務付けられているのでそれを確認するというのもあるが、先に言った通り国外の機関が作った代物なのでガノン王国内での身の証とするには不十分だ。


よって今、実質彼らの行動を制限するものは金銭による契約のみ。

つまり契約が切れれば赤の他人に逆戻りする。

カナタみたいに分かりやすく思いを寄せている相手がいるとかでもない以上。

今は味方でも、何かの間違いで敵になる事だってあるのだ。


(万が一そんな事になったら情で剣が鈍る事だってあるかもしれない。ある程度距離は取ってほしいのだが・・・)


バネッサ達は気付いていない事だが、既に一度彼らは変装したカナタと敵対している。それが発覚しただけでも今の関係がどう転ぶか分からない。

こうした和やかな状況の裏側は、周りが思っている以上に危険な綱渡り状況なのだ。


「リシッド隊長どうかしましたか?」

「いえ、なんでもありませんよ聖女様」


悪い方向に考えすぎて顔色の冴えないリシッドを心配そうに覗き込むレティス。

咄嗟に誤魔化そうとして取り繕うが、うまく表情がつくれずぎこちない笑顔が浮かぶ。それを見たレティスもどう反応していいか困惑する。

2人の間に気まずい空気が流れたその時、横合いからカナタが2人の間に割って入る。


「あんまり気持ち悪い顔してんなよ。見せられる側の精神衛生に良くないから」

「なっ、そこまで言われるほどじゃない!」

「そういや元々キモイ顔だったな」

「違う!」


カナタに茶化されて憤慨するリシッドを見てレティスが可笑しそうに笑う。

いつもの調子を取り戻しカナタとじゃれあう(?)リシッドを見てレティスの中に生じた微かな不安は払拭する事が出来たらしい。

レティスに気を遣わせ、カナタにフォローされた自分に気づき、リシッドは年長者として少し恥ずかしく思う。


「・・・すまない」

「何の事だかわからないな。そんな事よりも余計な事ばっか考えすぎてハゲるなよ」

「誰がハゲるか!」


カナタの一言で殊勝な態度も一瞬で吹き飛んだ。

いつもの様にいがみ合いが始まるかと思われたその時、2人が声を発するよりも早く。野営地から少し離れた森の方角から静寂を破る雄たけびが上がる。


「アォオオオオオオオオオンッ!」


犬の遠吠えに似た獣の声が暗闇の向こう側から響く。

それだけならば少し気になる程度であったが、少し間を置いて同じ様な遠吠えが木霊の様に同時多発的にあちこちから響く。

それはカナタ達のいる野営地を囲むように次々に上がり、野営地にいる全員の表情に一気に緊張が走る。


「レジエト!ヤモック!」

「分かってるってリーダー!」

「まだ慌てる様な状況じゃねえよ」


それぞれ自前の武器を手に立ち上がる赤鳥の羽のメンバー。

リシッド隊の面々も武器を手にいつでも戦闘に入れるように体制を整える。


「野犬の群れですかね?」

「恐らくはそうっすね。ただ普通の野犬かどうかは怪しい所っすけど・・・」

「どゆこと?」


サロネの放った言葉の意図するところが分からずカナタが首を傾げる。


「普通の獣は人の通る街道近くにはあまり寄り付かないんだよ。それなのにこんな街道の傍で遠吠えが聞こえているのは明らかにおかしいんだ」

「ただ、今言った内容に一つだけ例外となるケースが存在するっす」

「それは?」


カナタからの問いの答えをテーラが引き継いで答える。


「群れの中に1匹、もしくは数体の魔獣化した個体が存在し、全体を統率しているケースが極稀にあるの」

「そうなると少し厄介だ。普通の獣と違って魔獣は頭が回る。厄介な司令塔を潰さないと今日我々が退けても後日誰かが犠牲になる可能性が出てくる」


大体の状況を把握したリシッドが難しい顔で周囲を窺う。

野犬タイプの魔獣であれば単体の能力としては魔獣と言えど。決して後れを取る様な相手ではない。問題は個体能力ではなくその習性にある。

この手の魔獣は配下となる獣を従え、群れを操って攻撃をしてくる事が多い。

単体であれば大したことはなくとも群れを相手にするとなると中々に厄介だ。

しかも今は夜。夜目が効く獣達にとって有利な状況と言える。


「これは少しばかり厄介な事になるかもしれない・・・」

「そうなんだ」


想定外な上に苦戦が予想される戦いを前に苦い顔をするリシッドに反し、カナタは特に表情を変えるでもなく淡々と戦闘準備に入る。


「動揺はしないんだね」

「そりゃあな。実態がどれ程かなんてやりあってみないと分からないし」

「確かに」


未知の敵に対する不安がない訳でもないが、一々驚くほどでもない。

それに言葉だけでどれほどの脅威であるなんて言われたところで、やりあってみなければ実感なんて湧くはずもない。

結局人間なんて自分の身で味わってみないと確かな事なんて分からないのだ。


「とりあえずどうする?狩るのか?」

「そうだな。魔獣がいると分かった以上は戦うのが俺達の責務だ。それにこのまま見過ごした場合、他の旅人が襲われる可能性があるしな」


リシッドはそう言ってどこにいるとも分からない敵の潜む闇へと視線を向ける。


「でも、どうするんですか?まだ相手の数とかも全然分からないですよ」

「それについては心配ないんじゃないか?」

「えっ、どうして?」

「だって、ほら」


カナタの指差した方向へとサロネが視線を向けると同時に、闇の中から数匹の犬型の獣が飛び出してくる。

慌てて剣を抜いて応戦するサロネ。

その横を抜けて数匹の野犬がカナタの方へと襲い来る。

カナタは相手の動きに併せて背に帯びた剣を抜き放つと襲い来る獣達に向かって踏み込む。


「躾の時間だ」


一歩踏み込んだ所に、先頭を駆けていた野犬がカナタへと飛び掛かる。

鋭い牙を持つ口を大きく開けた野犬を一瞥すると、カナタはその大きく開いた口目掛けて蹴りを放つ。


 グシャリッ


骨が砕け肉が裂ける鈍い音と共に、顔面がひしゃげた野犬の体が空中で真横に一回転する。

久々にチタン鋼板入り半長靴の蹴りがその威力を炸裂させる。

落下する野犬の死骸に、続け様にもう一発蹴りを叩きこんで後続の群れに向かって蹴り飛ばす。


「キャインッ!」

「キャウゥウウンッ!」


禍々しい見た目からは想像もできない可愛らしい獣の悲鳴が上がる。

常人ならば攻撃の手を緩めてしまいそうな所ではあるが、生憎カナタはそんな可愛げを持ち合わせていない。

もつれあって一塊になっている野犬達に向かって躊躇なく手の中の刃を振り下ろす。

短い悲鳴を上げて野犬は物言わぬ肉片へと姿を変える。

目の前の血肉から興味を失ったカナタがサロネへと振り返る。


「ほら、こんな感じでわざわざこっちから仕掛けなくても向こうから来てくれるみたい」

「それよりもさ。来るなら来るって言ってくれないかな!本当にビビったんだけど!」


目の前の獣をなんとか倒したサロネが、カナタに非難の声を上げる。

この状況においてまだ緊張感が足りない2人にリシッドが檄を飛ばす。


「馬鹿やってないで気を引き締めて応戦しろ!まだまだ来るぞ!」

「は、はい!」

「言われなくてもそのつもりだっての」


リシッドに言われてサロネとカナタは闇の中に微かにチラつく獣の影を視線で追う。

同じ様に危なげなく数匹の野犬を仕留めたバネッサ達は、この局面でどう動くべきかを思案していた。


「どうしますリーダー?」

「このまま守りに徹するのか?」

「それでもいいけど、折角だし聖女様達に私達のいいところを見せようか」

「へへ。そうこなくっちゃな」


短い会話で互いに意思疎通をしたバネッサ達は、聖女2人の傍で指示を飛ばしているリシッドへと向き直る。


「お坊ちゃん。一つ相談なんだけど」

「おぼっ・・・・。分かってると思うが今忙しい!手短に頼む」

「この場を少し離れてもいいかい?」

「何っ!どういうつもりだ!」


予想していなかったバネッサからの提案に、この局面をどう乗り越えるかで頭がいっぱいだったリシッドは珍しく狼狽える。

整理がつかないリシッドを余所にバネッサは一方的に意図を伝える。


「このまま防御に徹していても負ける事はないだろうけど、波状攻撃を受け続けて無駄に体力を減らすのも面白くない。だから私達で頭を潰しに行く」

「この闇の中で魔獣の居場所が分かるのか?」

「冒険者を見くびってもらっては困るな。こんな状況なんて日常茶飯事だ。だからという訳ではないけれどいくつか対応策は持っている」


焚火の薄明りに照らされ、どこか妖艶な魅力を放つバネッサの表情には余裕の色が見て取れる。相当に自信がある様だ。


「・・・・分かった。ただしこちらもそれを簡単に信用する事が出来ないから1人同行者を付けさせてもらうぞ」

「いいけど、足手まといになる様なら置いていく」

「それについては心配ないと思う。そういう訳だカナタ!」

「なんだよ」


リシッドに呼ばれたカナタは不服そうに返事を返す。

勿論今までのやりとりは聞こえていたので何を要求されているかは分かっている。

それでもレティスのいるこの場を離れようという気は起こらない。

むしろそんなに言うならお前が行けと目で訴えかける始末である。


「・・・。言いたいことは分かるが今は非常時だバネッサ殿達と一緒に魔獣を討伐に協力しろ!それまでこちらは保たせるから・・・」

「嫌だよ。面倒くさい。っていうか前にも言ったと思うんだが俺は別にお前の部下じゃないから命令すんな」

「ぐっ、このクソガキ!」


先日のシュンコウ達虎爪師団との戦いの折に見せた以心伝心は一体どこへいったのか、目を覆いたくなる程に醜悪な言い合いを始める2人。

これには流石のバネッサ達も呆れを隠せない。


「こんな時に遊ぶなんて随分余裕みたいだけど、流石に付き合いきれないから先に行かせてらもう!」

「ちょっと待て!すぐに説得して・・・」


リシッドが言い終わるのを待たずにバネッサ達は行動を開始する。

振り回されるリシッドを見かねてサロネが口を出す。


「隊長。ダメですよ。それじゃカナタ君は言う事を聞きません」

「しかしだな」

「落ち着いてください隊長。こういう時の対応はいつも通りです。という訳でレティス様!レティス様からもカナタ君に言って下さい!」


サロネの声に反応してカナタの視線がレティスへと向かう。

目が合ったレティスは少し困り顔になりながらもカナタを見詰めたまま口を開く。


「カナタさん。私からもお願いします。バネッサさん達と魔獣の討伐をお願いします」

「はい!喜んで~」


どこぞの居酒屋宜しく軽快な返事を返すと、カナタは闇の中に飛び出すバネッサ達の後に続く。

レティスの一言でホイホイと言う事を聞くカナタに、周囲から呆れたの篭った溜息が漏れる。


「はぁ、本当に単純ですわね」

「まったくです」

「なんていうかその馬鹿っすよね~」

「まあ、ああいう所が扱いやすくて助かるんですけどね」

「・・・納得いかん」


サロネの思惑通りにハマったとはいえ、隊を預かるリシッドとしては当然面白くなく。ありありと不満を顔に張り付けたまま襲い来る野犬を薙ぎ払う。

心なしか八つ当たり気味になっているのは気のせいだと思いたい。


「結局キミが来たか。確かにキミならば実力的に見て申し分無さそうだ」

「そりゃどーも。どうでもいいからサッと行ってパッと片付けて来ようぜ。時間が勿体ない」


バネッサ達に並走しながらカナタは襲い掛かってきた野犬の頭を片手で掴むと、走る勢いをそのままに近くの木の幹へと叩きつける。

頭蓋が潰れて頭部がひしゃげた野犬の遺体を投げ捨てるカナタを見てレジエトが口笛を鳴らす。


「ヒューッ!やるじゃん」

「別に大したことじゃない」

「随分な自信だな坊主。だからって俺らの足を引っ張るなよ」

「うるさいな。ゴマ粒は黙ってろよ」

「誰が甘くておいしいゴマ団子だゴルァッ!」

「・・・そのコメント拾わないとダメ?」


心底嫌そうな表情を浮かべるカナタを見て、ヤモックは恥ずかしそうに目線を逸らした。どうやらネタは拾ってほしかったらしい。

生憎彼らのコントに付き合う義理はないのでそのまま無視する。


「で、飛び出したはいいんだけど、相手の位置の目星とかついてるの?」

「いいや、それはこれから探す。と言ってもすぐに見つかるんだけどな。レジエトッ!」

「分かってますよリーダー」


バネッサに呼ばれたレジエトは足を止めて、懐から何やら小さめの木魚の様な物を取り出すともう一方の手に持った小槌で軽く叩く。

微かな音が波となって静かな闇の中に広がっていく。

音の広がりを確かめるかのようにレジエトは静かに目を閉じ耳を澄ます。


「何やってんの?」

「レジエトは冒険者を始める前は狩人をしていてんだが、あれはその時に身に着けた狩人の技らしい。なんでも離れた場所にいる獣を感知する事が出来るんだとか」

「ふ~ん。ソナーみたいなもんか」


音かはたまた振動か、原理は不明だがレジエトの索敵技術は仲間内での信頼度は高いらしく。バネッサとヤモックに疑うような素振りは見えない。

時間にして10秒程で目を開けたレジエトが森の奥を指さす。


「この先に数匹の野犬とそれに混じって結構大型の生き物がいる」

「よし。早速敵の近くまで誘導しろ」

「分かってるっての!坊主もしっかりとついてこいよ!」


威勢よく言い放つレジエトだったが、その視線の先に既にカナタの姿はない。

それもそのはず。誰よりも早くレジエトの指差した方向に向かって走り出しているのだから。


「はやっ!」

「おいおいヤモック。あれ下手したらお前より速いぞ!」


驚きに声を上げるレジエトとヤモックを余所に、バネッサは胸の高鳴りを感じていた。


「面白い。どっちが早く獲物を狩るか勝負だ」


カナタの後を追ってバネッサ達も真っ暗な森の中へと飛び込む。

暗闇の中、獣達は知る事になる。死の恐怖というモノを


第46話のタイトルを「此処カラ旅立ツ為ニ」に変更しました。

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