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第46話 旅立チヘノ契約

野盗の一団を捉え、フラープの街へと戻ったその夜。

カナタ達は助けた行商人に招かれ、街の中にある一軒の食事処の前に来ていた。

店は平屋の一軒家、派手さのない如何にも大衆食堂といった趣である。


「おお~料理一杯じゃん」

「これで店も貸し切りって凄くないですか?」


目の前の光景に思わず妙なテンションではしゃぐカナタとサロネ。

広い店の中、テーブルの上には数々の料理が並べられており、漂う香りが胃袋を刺激する。

目をギラギラさせて始まりの時を待ちわびるカナタ達。

彼らがそうなるのも無理はなかった。

なにせ久方ぶりのまっとうな食事である。


長距離を移動する旅の都合上、移動中の食事はどうしても簡素になりがちだ。

腐りやすい生物がほとんどない為、基本の食事は干し肉や果物、日持ちするカチカチの固いパンに乾物を戻した薄味のスープが主な食事。

後は途中で川魚を捕まえたり、鳥やウサギの様な動物を狩って一品追加すればいい方。

そんな食事ばかりだと味気がない上に結構飽きる。正直、喰えるだけマシ程度。

これまでカラムク、ユーステスの各領主の館を訪れた際は、領主の計らいで豪華な食事が提供されたが、今回のベシュナー領は先の戦いの影響でとてもじゃないがゆっくり食事をとっている様な余裕などなかった。

だからこうしてまともな食事にありつける事は彼らにとって、今の状況はまさに待ち望んだ光景なのだ。


「ジュルリ・・・これってまだ喰ったらダメなん?」

「どうだろ?まだなんじゃないかな?」

「おまえ達、落ち着きがないぞ。もうちょっと我慢しなさい」


思わず涎が垂れそうになるカナタとサロネをシュパルが窘める。まるで保護者だ。

そんなやりとりに周囲から笑い声が聞こえる。

周囲から見ればただの食い意地の張った態度見えるが、実際はそれだけではない。

そもそも地球で生活していた時から割とサバイバルな状況が多く。

質素な食事や、食事制限が多く慣れている。

が、慣れているだけであって、おいしいものが嫌いなわけではない。

それに加えて今日までの戦いで消耗した体は栄養を、血肉となるエネルギーを大量に欲している。

故に、早く食事にありつきたいという衝動に駆られるのも仕方の無い事だった。


「早く始まらないかな」


目の前に並べられた食事にありつく瞬間に期待を膨らませながら、その時を待つ。

案内された席について、会の始まりを今か今かと待ちわびるカナタ。

そんな彼の期待に答える様に、1人の男が店の中央へと進み出る。

短く切り揃えた白髪混じりの黒髪をした少し恰幅の良い男。

キャラバンのリーダー格を務めていた男だ。


「ええ~、それでは皆様御揃いの様なのでご挨拶を・・・」

「手短にな~」

「早くメシ食わせろ~」


男の言葉に茶々を入れる様にあちこちからヤジが飛び、途端に見せに集まった者達から笑い声が上がる。

周囲の反応に苦笑いを浮かながら、男は言葉を続ける。


「最初に本日お集まり頂いた皆様には私共の危機に際し救援、ご助力を頂きました事、商会の一同を代表しお礼を申し上げる」


そう言って男は集まった一同に対して頭を下げる。


「些細なものではございますが、今宵は私共デュロテア商会にて一席設けさせていただきました。どうぞお好きなだけ酒と食事をお楽しみください」


男の言葉を合図に店の奥からトレイに大量の木製ジョッキを乗せた店員が現れ、各テーブルに飲み物を配っていく。

カナタは合図と同時に皿の上の料理にかぶりつく。こうして宴が始まった。


宴が始まってしばらくして、カナタ達たテーブルに近づく1人の男。

初めに挨拶をした商人である。


「聖女様に皆様、宴の方はお楽しみいただけてますでしょうか」

「えっと・・・その・・・」

「頂いておりますわ」


にこやかな笑顔で近付いてくる商人に困惑の表情を浮かべるレティス。

対してこういった相手には子供の頃から慣れているリルルは何食わぬ顔で食事を続けている。

ちなみに未だ意識を取り戻さない領主コンブルにはジーペとベーゾンが代わりについている。


「なんだかすいませんね。私達まで御馳走して頂いちゃって」

「いえいえ、・・・っあれ?あなたは確か・・・」


商人の男がダットンを見て首を傾げる。相手の反応を見てダットンも軽く会釈を返す。


「ご無沙汰しております。ラグルントン商会の店主ビルドンの三男。ダットンです」


どうやら互いに顔見知りであるらしい。

そういえばダットンは確か商家の三男だという話だったと思い出す。


「ああ、どうりで見覚えがあると、御父上は息災で?」

「生憎と御覧の様に今は兵役についておりまして、実家の方にはしばらく顔を出しておりません。特に不調の噂も聞きませぬので元気にやっているものと思います」

「そうでしたか。これは失礼を」

「いえいえ、お気になさらず」


ダットンからの言葉を受けて男は安心したように笑顔で返す。

そこで何かを思いついたように口を開く。


「失礼ついでと言ってはなんですが、こちらで会ったのも何かの縁。よろしかったら皆様にご紹介を頂いても?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます」


ダットンは席を立つと、商人の隣に並んでから口を開く。


「こちら王都にあるデュロテア商会という店で行商部門を担当していらっしゃいますクルカンさんです」

「どうも皆様。ご紹介に預かりましたクルカンと申します。デュロテア商会で行商部門の筆頭を務めている者にございます。どうぞお見知りおきを」


クルカンと名乗った男はそう言って深々と頭を下げる。

彼の挨拶の後、リシッド隊の面々も軽く自己紹介をして軽く世間話程度に情報交換をする。

話もひと段落した所で、改めてクルカンが切り出す。


「先程も申しましたが、この度は危ない所にお力添え頂き感謝を申し上げます。正直、この様な状況下の街を放って出て行った私達は見捨てられても仕方がないと思っておりました」

「そんな事は・・・」


クルカンの言葉を否定しようと口を開きかけたリシッドだったが、その言葉を最後まで口にする事無く飲み込む。

正直な所、カナタが行動していなければリシッドが救援を出したかどうか自信がない。

リシッド隊の1人1人の実力が向上したとはいえ、人数は決して多くはない。

領主コンブルの意識が戻らず街を守る者が不在の今、この街を守れるのはリシッド達しかいない。

カナタを除けばたった7人。聖女2人を戦力としても9人しかいない。

とてもじゃないが救援を出せる様な余裕等ない。

そう考えた時、彼らの為に助けを出した等と言うのは無責任に思えた。


「皆さんを助けたのはあくまでそこのバカとあちらの冒険者の方々ですよ」

「もが?」


話題に上った事で視線を集めたカナタは肉を咥えたまま首を傾げる。


「そうそうカナタさんと仰いましたね。1人で野盗達相手にあの大立ち回り。実に見事でした。長らくこの仕事をやっておりますがあれ程の腕を持った傭兵は今まで見た事がありません」

「そりゃどーも」


クルカンからの賞賛の言葉に適当な返事を返しながらカナタは目の前の料理に手を伸ばす。彼の話よりも目の前の食事が余程大事らしい。

反応の薄いカナタに苦笑を浮かべながらクルカンは話を進める。


「何はともあれ助けて頂いたのは事実。今宵の食事に限らず、何かお困りの事がございましたら何なりとお申し付けください。微力ではございますがお力添えをさせて頂きますので」

「ありがとうございます」

「よろしければ後程、私共のキャラバンまでお越しください。必要な物などございましたら格安で提供させていただきますので」


救ってもらった事への感謝を述べつつも商売する事を忘れていない。

流石商人と言うべきか実にしたたかな男である。

だがこれぐらいの相手の方が色々と都合が良い事もある。

丁度、彼らにはこの場で頼みたいことがあった所だ。


「ええ、そちらへも後程伺わせていただきますがその前に一つ。お願いしたいことがあります?」

「私共に出来る事ならば何なりと」

「それでは・・・・」


そうしてリシッドはクルカンに対してある要望を伝える。

リシッドから話を聞き終えた後、クルカンは少し困った様に表情を歪める。


「それは・・・。勿論ご要望とあればそのように手配する事は可能ですが」


そう言った後、チラリと視線をある方向へと向ける。

視線の先にはカナタ達と同じくこの場に呼ばれたバネッサ達冒険者一行。


「お願いします。別に面倒事を起こすつもりも、迷惑をかけるつもりもありません。ただ、場をご提供いただきたい。それだけです」


場に似つかわしくない真剣な表情で頼み込むリシッドに、クルカンは黙ってしばし考え込むと、改めてリシッドに尋ねる。


「何故かと理由をお聞きしても?」

「残念ながら私の身分では多くを語る事は出来ません。申し上げられるのはとにかくあまり表に出て欲しくない話をするので取り計らってほしい。出来ますか?」

「むぅ・・・分かりました。そのように取り計らいましょう。ですがくれぐれも揉め事はなしでお願いしますよ。あの方々も我々にとっては恩人ですので」

「はい。理解しています」


多少の不安な点を残しつつもクルカンはリシッドの要望を聞き入れる事に同意すると、席をはずして他のテーブルへと移動する。

何やら深刻な様子で話をしていた事に違和感を覚えたリシッド隊の面々が心配そうに尋ねる。


「何の話をしていたんですか?」

「結構重たい感じで話してるみたいっすけど」

「これからの事について少し思う所があってな。その為の調整に彼らの協力を求めていたんだ」

「これからの事ですか・・・」


リシッドの言葉に皆の食事をする手が止まる。

動くに動けない今の状況、皆それぞれに思う所はある様だ。


「そうですよね。このままという訳にはいきませんからね」

「リシッド隊長に考えがあるなら自分達はそれに従うまでっす」

「すまない。皆にも同席してもらうからそのつもりでいてくれ」

「分かりました」

「それまでは久々のごちそうを楽しみますよ」


リシッドの意図を汲んで、皆それ以上深くは聞かずに食事を再開する。

彼らが深刻そうに話をしている間も、1人だけ事情を知っているカナタだけは手を止めずに目の前の食事に没頭していた。


「おね~さん。おかわり」

「動じないっすね。カナタさんは」

「まあ、この精神の図太さも彼のいい所だからね」

「あん?何か言った?」


首を傾げるカナタにサロネとダスターがなんでもないと苦笑気味に答える。

他愛もないやりとりをしている彼らの下に歩み寄る者達が居た。

バネッサ率いる冒険者チーム「赤鳥の羽」の面々だ。


「お話中の所すみません。少しご一緒させていただいても?」


思いがけず声を掛けられた事に反応に窮するサロネ達だったが、リシッドは落ち着いた様子でバネッサ達に応じる。


「ええ、構いません」

「ありがとうございます。それでは失礼して」


リシッドの返事を受けて、バネッサ達6人は周囲のテーブルから空いている椅子を持ち寄ると、適当な位置に腰かける。

押しかけてからあっという間に割り込んできた彼らにレティスは驚きを口にする。


「冒険者の方から声を掛けられるとは思いませんでした」

「そうですか?我々、冒険者というのは基本的に皆、好奇心旺盛でしてね。こうやって聖女様達に直接お会いできるような機会は逃せないんですよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものです」


レティスからの問い掛けに然も当然と言った様子で答える。

しっかりとした口調で語っているので騙されそうになるが、言っている事はミーハーだと公言しているだけである。

クールビューティーな雰囲気のバネッサだが実際は少しアホらしい。


「えっと、お名前はバネッサさんでよろしかったですよね?」

「覚えて頂いた様で光栄です。バネッサと呼び捨てにしていただいて構いませんよ聖女様」

「そうですか?それじゃあバネッサ。他のお仲間の方をご紹介いただいても?」


レティスからの予想外の反応に今度はバネッサが目を丸くする。


「よろしいのですか?この様な取るに足りぬゴミ屑共、無理に覚えて頂かなくてもよろしいんですよ」

「ひでぇ!」

「あんまりだ!」

「もっと言い方ってもんがあるでしょ!」


自分達のリーダーとはいえ、散々な言われように赤鳥の羽の男連中から非難の声が上がる。

だが、そんな彼らの声を当のバネッサはどこ吹く風と聞き流す。

どこかで見た様な彼らのやり取りを微笑ましく眺めながらレティスはバネッサを諭す。


「こうしてお会いしたのも神の結んだ縁です。よろしかったらお名前だけでも伺えればと思ったんですが」

「そういう事なら・・・では手短に挨拶をさせますね」

「はい。お願いします」


ニコニコと笑顔を浮かべるレティスに、バネッサは本人も知らぬ内に自分のペースを崩されながら従い、言われるがまま仲間達に自己紹介を促す。

待ってましたと言わんばかりに1人が顔中傷だらけの男が身を乗り出す。


「赤鳥の羽でサブリーダーをやってるコザックだ。よろしく」


コザックと名乗った男が満足そうな笑顔を浮かべた直後、隣に座ったバネッサの裏拳がコザックの顔面に叩きこまれる。


「いってぇええええええええええええええ!」

「おい、コザック。敬語はどうした?」

「いや、なんかフランクな方が冒険者っぽいかなと思って・・・」

「勝手な事言ってるとその舌引き抜くよ」

「ずみまぜん」


弁明しようとしたコザックだったが、バネッサの有無を言わせぬ冷たい瞳に射抜かれて黙り込む。

外見だけで見ればどう見てもコザックの方が強そうなのに、実際のパワーバランスは全くの逆らしい。

ともあれ随分とバイオレンスな彼らのやり取りにレティスも思わず引き攣った笑みを浮かべる。


「えっと、私は気にしてませんから・・・」

「恐縮です。ただ、これ以上無礼があってもいけませんので」


レティスに断りを入れた後、バネッサがもう一度仲間(手下?)達を睨む。

口には出さないが、その眼が次やったら殺すと語っている。


「俺はレジエト・・・です。でそっちの黒光りしているハゲがメルゲで、一番デカイのがダグマ。そこのクソチビがヤモック」

「誰がクソチビだ!!」

「ハッハッハ!事実だから仕方ないだろ」

「そうだぞ。クソチビ」


メンバーで最も背の低い男を指さして笑う赤鳥の羽の面々。

そんな彼らの背後にいつの間に移動したのか、ユラリと幽鬼の様に立つ影。

言うまでもないがバネッサである。

その手に握った剣は今にも鞘から放たれようとしている。


「お前達、今すぐ表に出ろ。言い残す言葉があれを3秒だけ聞いてやる」

「わぁああああ!ちょっと待ってリーダー!」

「冗談だってば!」

「真剣は洒落になんねえって!」


阿鼻叫喚する男達に詰め寄るバネッサをシュパルとサロネが声を掛けて落ち着かせる。

本気なのかウケ狙いなのかいまいち判断に困った様子のリシッドやレティスは苦笑いする事しかできない。

ツンデレもとい人見知りなリルルは横目でチラチラと彼らのやり取りを盗み見るだけで口は出さず。

カナタに至っては完全に無視して食事を続けている。


「おね~さん。おかわり~」

「・・・まだ食うのかよ」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない」


まるで無関心なカナタの態度に思わず溜息を漏らしながらリシッドは前を向く。


「バネッサ殿、よろしいか?」

「えっと、さっきから聖女様の周りでチョロチョロしてたのは知ってるけど・・・・・誰?」


バネッサの言葉がリシッドの胸に突き刺さる。

だが仕方の無い事だ。十六聖女はその美しい容姿も含めて国中の人間に知られているが、聖女の護衛なんて一般人は知らないし外国の人間から見ればそれこそモブと変わらない。


「プフッ、誰?だってさ」

「ちょっ、カナタ君。静かに」

「笑っちゃ悪いっすよ」


隣からクスクスと笑い声が漏れ聞こえる。

非常に屈辱的だが今は我慢だと自分に言い聞かせ、握った拳をプルプルと震わせる。

後で絶対ぶっ飛ばすと心に決めて、今は話を進める事にする。


「私はリシッド・フォーバル。聖女様の護衛部隊の隊長をしている者だ」

「へぇ~・・・」


レティスと話す時とはまるで違った態度でバネッサがリシッドを見詰める。

感情のない瞳は、リシッドの実力を推し量る様に上から下へと移動する。


「体つきはたしかに悪くないし雰囲気もある。その歳で隊長ならいいんじゃないですか?」

「言っちゃ悪いぜリーダー」

「悪いな隊長君。ウチのリーダーって男には厳しいんだよ」


冒険者達から上がる侮りの声に、リシッドは言い返したいのを我慢し、表情を崩さない様に必死に耐える。

ここで怒ってはこの後の予定に大きく差し支えてしまう。


「ああ、大丈夫だ。気にしてない」

「その隊長君が私に何か用?」

「いや、私達も親睦を深めようと思ってね。自己紹介でもと・・・」

「結構です。聖女様意外は特に興味ないんで」


随分と冷めた口調でリシッドを突き放すバネッサ。

流石のリシッドも女性相手に強い態度で出るのは難しいらしく対応に苦慮している模様。そんな様子をニヤニヤしながら見守る赤鳥の羽のメンバーとカナタ。完全に楽しんでいる。

だがその時、赤鳥の羽の1人ヤモックがある事に気付く。


「あれ?ちょっと待ってくれリーダー」

「どうしたヤモック。背が縮んだか?」

「違えよ!ってそうじゃない。フォーバルって確かこの国の貴族の家名だった気がするんだが」

「そういや確かに。ガノン王国じゃ家名を名乗っていいのは貴族だけだったはずだ」

「って事はこのあんちゃん貴族か!」


顔を見合わせた男達は慌ててリシッドの方へと視線を向ける。


「確かにガノン王国、二十貴族会が1人カナード・フォーバルは私の父だ」

「うわっ!やっぱり!」

「ガチのボンボンじゃねえか!」

「ヤバいってリーダー!」


リシッドの素性を知って急に焦りだす男連中、それに対しバネッサの反応は相変わらず冷ややかなものである。


「ふぅん。という事は隊長君は貴族のお坊ちゃんなんだ」

「あまりそういう呼ばれ方は好きではないのだが・・・」

「そう。だったらごめんなさいお坊ちゃん」

「・・・・・」


2人を中心に辺りに沈黙が降り、両者は視線をぶつけて火花を散らす。

睨み合う2人に気を取られていた周りのメンバーだったが、そこである異変に気付く。


「おい、なんか変じゃないか?」

「ああ、おまえも気付いたか」

「妙だ。静かすぎる」


いくらリシッドとバネッサの睨み合いで緊迫した状況だとはいえ、それはこのテーブルだけの話。にも関わらず他のテーブルの歓談の声すら聞こえないというのは明らかにおかしい。

慌てて周囲を見渡せば、いつの間にか他のテーブルについていたはずの行商人キャラバンの人々の姿は見えず。店の人間すら姿を消していた。


「誰も・・・いない」

「どういう事だ?いつの間にいなくなったんだ?」


動揺する他のメンバーを余所に、目の前のリシッドを睨み付けるバネッサの目が鋭さを増す。


「これはどういう事?」

「折り入って話したい事があったのでね。クルカン殿に頼んで少し人払いをしてもらった」

「そういう事を聞いてるんじゃないって事は分かると思うんだけど?」


そう言ってバネッサは腰に携えた剣に手を伸ばす。

同じ様に赤鳥の羽のメンバー達も各々身に着けた武器に手を沿える。

警戒態勢を取るバネッサ達を前にリシッドは落ち着いた様子で話を続ける。


「ウチの傭兵から貴女方がかなり腕の立つ冒険者だと聞いた。その実力を見込んで依頼したい仕事がある」

「だったら最初からそう言えば済む話じゃない」

「普通ならばそうする。だが今回はあまり外に漏れて欲しくない事情があるので引き受けて頂けると確約が取れるまで内容を明かせないのだ」

「ふ~ん・・・。どうやらかなりヤバイ仕事って訳ね」

「否定はしない」


リシッドの答えにバネッサは武器を構えたまま黙り込む。

気まずい沈黙がその場を支配する。

テーブルを挟んで向かい合う両者を交互に見ながらレティスが心配そうな表情を浮かべる。

リルルや他のリシッド隊のメンバーも同じらしく居心地悪そうに視線を彷徨わせるている。

ただ1人カナタだけはまるで気にする事なくテーブルの上の料理に手を伸ばす。


「あっ、これもウマ~い!」

『・・・・』


カナタが料理に手を伸ばす度にカチャカチャと食器の立てる音が耳に障る。

緊迫した雰囲気がぶち壊しだ。

だが、逆にそれが良かったのか不意にバネッサの表情が崩れる。


「フフッ。アハハハハ」

「リ、リーダー?」

「どうしたんだ?」


急に笑い出した自分達のリーダーに赤鳥の羽のメンバーが怪訝な表情を浮かべる。

当のバネッサはおかしそうに笑った後カナタの方へと視線を向ける。


「カナタだっけ?キミはおもしろいな」

「そうか?」

「おかげで少し興味が湧いた。その仕事引き受けるよ」


先程までの展開から難航するかと思われた交渉が、思わぬ形で好転した事にリシッドは驚きを隠せず。逆に心配になってくる。


「そんな簡単でいいのか?」

「お坊ちゃんに教えといてあげるよ。冒険者にとって旅の動機っていうのはおもしろいかどうかというのが重要なんだよ」

「そ、そうか」


堅物のリシッドとしてはどこか釈然としないものを感じながらも、引き受けてくれるというのだからこの流れに乗っておく事にする。


「依頼内容を話前に一つ確認だが、バネッサ殿はこの街が今どのような状況にあるかご存知か?」

「確か獣人の一団から襲撃を受けて領主様が意識不明。街の兵士もほとんどが死んだという話だったと聞いるけど?」

「その通りだ。そこで私から依頼したいのは私達の聖女護衛任務への同行と王都から街へ補充人員が来るまでの街の防衛の2つの依頼だ」

「なるほど。そういう事」


リシッドの語った依頼内容にバネッサは納得したといった様子で頷く。

彼女の仲間はいまいち理解していないらしく首を捻って頭上に?マークを浮かべている。


「だったら、隊を2つに割らずに街の防衛だけ依頼すればいいんじゃないか?」

「だよな。なんで2つに分けるんだ?」

「馬鹿。いくら雇われてると言っても私達は所詮は余所者。しかもアンタ達みたいな悪人面だけじゃ街の人間も安心できないだろう」


バネッサの説明を受けて男達はようやく内容を理解する。


「なるほど」

「そりゃ確かに」

「お前ら人相悪いもんな」

「うるせえ。お前も大して変わんねえだろ」


互いの顔を見ては罵り合う赤鳥の羽の男衆。

傍から見た限り顔についてはどいつも大差ないというのは敢えて指摘しない。面倒なので。

そんな事よりも思ったよりも頭の回転がいいバネッサにリシッドは感心する。


「理解が早いな。冒険者というのはそういった事に疎いと思っていたのだが、考えを改めなければいけないな」

「お坊ちゃん達が思っている以上に冒険者っていうのは政治的な場面に立ち会う事もあったりするんだよ」


そう言ってバネッサは得意げに胸を張る。

だがその胸は彼女の美しさに反してかなり薄い。


「1つ聞きたいんだけど、聖女護衛の部隊であるアンタ達も隊を分けるのか?」

「ああ、こちらで聖女様に同行するのは私と部下のテーラ、ダスター、サロネと傭兵のカナタ。フラープの防衛組の人員としては副隊長のシュパル・フォーバルとダットン、ジーペ、ベーゾンの4人を残す」

「まあ、お目付け役は必要だしね」


リシッドの口から語られたプランにサロネが驚きの表情を浮かべて左右を見渡す。

この場で初めて聞かされたのだから無理もない。

だがサロネと同じ様に驚いていたのはレティスだけだった。

他のメンバーは特に表情を変えず話を聞いている。

彼等としてはこの程度の事は予想の範囲内だったらしい。


「尚、王都から代理の領主が派遣されるまでの間、王都より緊急措置としてシュパル・フォーバルには臨時の領主代行の権限が与えられているので基本、彼の指示に従って欲しい」


これがリシッドが昼間受け取った王都からの返答の内容だ。

本来、領地はそこを統治する家に連なる者が行うのだが、現当主は意識不明。ベシュナー家の次期頭首は王都に滞在しており不在。

その他の家の者も領内の各地に散っており、街に居ない。

そこでリシッドが考えたのは、緊急措置として他家の人間を代理として立て、一時的に自治の権利を持たせるというものだった。

そういった法律は存在しない為、作るとなると王国の会議に掛けなくてはならず時間を要するが、今回は非常事態という事とあくまで一時的な処置という事で王の決済だけで承認を得る事が出来た。


(正直シュパルという隊の中核を失うのは痛手ではあるが、今は仕方ない)


リシッドとしても大変難しい決断ではあったが、優先すべきは聖女2人を無事期限までに王都へ連れていく事。その為に必要な手段だった。


「へぇ、そっちのおじさんも貴族なんだな」

「貴族の家系の末端も末端ですよ」

「お坊ちゃんよりは頼りがいがありそうだし。いいんじゃない?」

「ぐっ」


いちいち手厳しい口撃をしてくるバネッサにリシッドが苦い顔をする。

それを聞いていたカナタが横でクスクスと笑っているのはこの際無視する。


「ともあれ話は大体分かった。こちらとしては別に金に困ってる訳じゃないけれど、聖女様2人と王都まで旅が出来るんだ。特に異論はない」

「念の為言っておくが、今回領主様を襲ったような輩から襲撃を受けるかもしれない」

「獣人だろう?問題ないね。そのぐらいの危険を乗り越えられない様なら最初から冒険者なんてやってない」

「だったらいい。報酬についてはこの後、ウチのダットンが話をさせてもらう」

「ひとまずは交渉成立でいいよ。お坊ちゃん」

「・・・そのお坊ちゃんっていうのやめてくれないか?」

「それも依頼料に含まれるんなら考えとく」


バネッサの言葉にリシッドはがっくりと肩を落としながらも旅を再開する目処が立った事に安堵する。


リシッド自身。今も隊を分ける事や新参者を加える事に不安と抵抗はある。

だが、そのぐらいのリスクを負っても今は先を急がなくてはならない。

いつまた獣人が現れるとも分からぬまま、この地に留まり続ける事はできない。


(どんな状況でも今は前に進むしかない。少しでも犠牲者を出さないために)


これ以上、この街で起こったような悲劇が繰り返される事のないようにする。

そう胸に誓い、リシッドは明日からの旅に思いを馳せるのだった。


最近筆が重い。

行動に対する背景とかセリフとか何回も直してるからだけど

中々思う通りに進まないもんです

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