第44話 赤イ羽根ノ渡リ鳥
街の外での野盗出現の報を受けたカナタは街を飛び出すと、街道に沿って街の西側へと馬を走らせる。
「ま~ったく。このタイミングで野盗とか嫌がらせかっての」
突如舞い込んだ厄介事に自然と愚痴が零れる。
一体どこから情報を仕入れたかは不明だが、明らかに慌てて街を離れる行商人達を狙っての犯行。
街の外での出来事とはいえ、街の守りが薄くなっているこの状況下では、街に住む人々の不安を助長する事にしかならない。
その混乱が大きくなれば、レティス達はますますこの街から離れる事が出来なくなる。
(野盗なんぞのせいでこれ以上足止めを喰らう訳にはいかないんだよね)
これ以上、足止めになるような事態を阻止するには一刻も早く事態を収拾する必要がある。
そう判断した上で、カナタは単独で現れた野盗の制圧に向かう。
しばらく馬を走らせていると、魔獣が棲むとされる森の程近くに行商人のキャラバンとそれを襲撃する20人程の野盗と思しき者達の姿を捉える。
「見つけた!」
流石は街を移動して商売する行商人達だけあって数人の死傷者を出しつつも、なんとか持ちこたえている。
野盗達も思った以上の相手からの反撃に手こずっている様子。
「だったら後は俺がこの状況をひっくり返すだけだ!」
カナタは背中に帯びた片手剣を引き抜くと、空いたもう一方の手で手綱を握る。
そして鐙から足を外すと、鞍の上に中腰で立ち一団に向かって突っ込む。
突如横合いから突っ込んできた馬に、その場にいる全ての者が意表を突かれる。
驚きの表情を浮かべる彼らの前で、カナタは馬上から飛び降りると勢いそのままに野盗の握る剣目掛けて自分の剣を振り抜く。
「オラァッ!」
キンッ!という小気味いい音を上げて野盗の持つ剣の先が断ち切られる。
「ぬぁっ!」
持っていた剣の先が落とされ、驚きに目を剥く野盗。
その隙に野盗の右太腿部分を剣で突き刺し、カナタは相手の動きを封じる。
足を潰された野盗がその場に崩れ落ちるのを背に、カナタは剣に付着した血を軽く振って払い、次の標的へと向かう。
「なんだぁ!」
「くそっ!街からの援軍か!」
血の付いた斧を持った2人の野盗がカナタへと体を向けて襲い掛かる。
野球のフルスイングよろしく横薙ぎに振るわれる2本の斧。
自身に向かってくる分厚い刃を前にカナタは表情一つ変えずに飛び込むと、階段を上る様に斧の刃を踏みつけて飛び越える。
「なぁっ!」
「馬鹿なっ!」
目の前の光景に信じられないといった表情をする2人の男の頭上、カナタは落下しながら身を捻り、1人の男の頭上に向かって踵を振り下ろす。
まるで豚の鳴き声の様な悲鳴が上がり、男の体が沈む。
対照的に反動で浮き上がったカナタの体は横回転すると、もう一方の男の側頭部目掛けて足を振り抜く。
「ぐぎゃっ!」
悲鳴を上げた男の顔面が真横へと吹っ飛び、頭に引っ張られた体がそのまま地面に横倒しになって転がる。
瞬く間に3人を行動不能に陥れたカナタは空中で一回転すると、体操選手の様な身のこなしで着地する。
「よっと、カナタ選手着地も全くブレませんでしたっと」
緊張感などまるで感じさせない口ぶりで呟くと、カナタはゆっくりと周囲を見渡す。
周囲にいる行商人や彼らが雇ったと思しき傭兵、それと野盗の視線を一身に集める。
「さてと、それじゃ手早く片付けますかね」
至って平静な態度を崩さないカナタに対し、野盗達の間に動揺が走る。
対する行商人や護衛の傭兵達は敵か味方か分からぬカナタの姿に困惑の表情を浮かべている。
「援軍・・・か?」
「恐らく。確か聖女様一行の1人だったはずだ」
「しかしたった1人だぞ。」
「後から聖女様達がくるんじゃないか?」
情報が無く混乱を極めるキャラバンの一団と野盗達。
彼らがカナタへの対応を決めかねている間に、カナタは行動を開始する。
「来ないならこっちからいくよん」
足下に転がる斧の柄を蹴って起こすと、空いた左手で掴み野盗達に向かってサイドスロー気味に投げつける。
慌てて防御姿勢を取った3人の野盗達は勢いのついた斧を身を寄せ合って防御する。
投げられた斧がぶつかると同時にゴンッと低い金属音が広がり、衝撃が武器を伝って腕を駆けあがる。
その衝撃で野盗達が手にした武器の刃に亀裂が走り大きく欠ける。
防ぎ切ったと野盗達が思った思う間もなく。その眼前にカナタが飛び込む。
「油断大敵ってね!」
相手の間合いに飛び込んだカナタは、防御姿勢のまま硬直した野盗達の足元目掛けて刃を往復させる。
足を斬り落とさない程度に斬りつけ機動力を奪う。
足を負傷し、武器を握りしめたまま前のめりに倒れる野盗達の顔面を次々に蹴り飛ばす。
「ぶっ!」
「ごぁっ!」
「ふげぇっ!」
鋭く強烈な蹴りを受けた野盗達が次々に地面に倒れ顔を抑えたままその場に悶絶する。
呆気なく倒された仲間の姿を前に、野盗達の間に表情が強張る。
「なんなんだコイツ!」
「聞いてないぞ!」
声を荒げて狼狽える野盗達。彼らが動揺するのも無理からぬ事。
見た目は大して強そうにも見えないたった1人の少年に仲間があっという間に打倒されたのだから。
「落ち着け!相手は1人だ」
「そうだ!まずはそのガキをやっちまえ!」
「一斉に掛かればなんとかなる!」
仲間同士で声を掛け合い不安を払拭するように努める野盗達。
キャラバンへの攻撃の手を止めて半数がカナタへ向き直ると、彼をを取り囲むように輪を作る。
「これで逃げ場はないぞ」
「俺達の邪魔した事を後悔させてやるぜ」
自分達の優位を確信し下卑た笑みを浮かべる野盗達に対し、周囲を小汚いおっさんで包囲されたカナタの方は呆れた様に溜息を漏らす。
「こんな温い包囲で俺を倒せる訳ないじゃん」
まるで動揺する事無く。いつもの様に相手を挑発する。
戦ってみた実感としては今相手にしている野盗達は、以前壊滅させた悪欲三兄弟率いる1党に比べれば数段落ちる程度の実力。
今のカナタにとっては敵にすらならない程、余裕の相手だ。
ともあれ余裕は見せても油断はしない。
1人1人の動きを意識しながら戦いの流れを頭の中で組み立てる。
「余裕面かましやがって!だが間合いに入れなきゃどうする事も出来ないだろ!」
野盗の1人が上げた言葉に応じて数人が手に持っていた槍をカナタに向かって構えると、カナタの武器の間合いの外からその切っ先を突き込む。
八方向からの同時攻撃。
鋭い切っ先がカナタへと伸びるが、カナタは動じる事無くその軌道を素早く確かめると手にした片手剣と併せて新たに片手斧を抜き放ち、2つを巧みに操ってその先端を次々に斬って落とす。
「そんな遅さで誰をどうするって?」
「なっ!」
「馬鹿なっ!」
まるで曲芸の様な動きで野盗達の攻撃を退けたカナタ。
掠り傷一つ負わせる事が出来なかった野盗達が呆然とする中、カナタは足元に落ちた槍の先を見下ろす。
「こんな所に置いたままだと誰かが踏んで怪我するかもしれないなからな。お返しするよ」
そう言ってカナタは手にした剣を振るって足元の槍先を引っ掻けると、その全てを槍の持ち手に向かって次々と弾き飛ばす。
切断された槍の先がカナタを囲む野盗達の腕や足に突き刺さり、あちこちから悲鳴が上がる。
「どうなってんだ!」
「このガキ。バケモノか!」
焦りや畏怖の念の篭った視線を向ける野盗達に、カナタは心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「バケモノだなんて人聞きの悪い。ちょっと身軽で器用なだけでカナタくんってば健全?な青少年だっての」
そう言ってカナタは両手に持った武器を構えなおす。
「で、こっからどうする?降伏するなら今なら聞いてやらなくもないんだけど・・・」
カナタの言葉に周囲を囲んだ野盗達の心が揺らぐ。
正直この段階で彼らもカナタとの実力差ぐらいは理解し始めている。
野盗といえど馬鹿ばかりではない。むしろ意外と現実主義者だ。
学はなくとも、損得に関する彼らなりの考え方を持っている。
キャラバンを襲うにしても相手の護衛人数等を確かめてから襲うぐらいの事はするし、戦況が危うくなったらとっとと逃げる。
今回もこのまま戦えばどうなるかという事を考え、戦闘継続か逃走を図るかを計りにかけている最中だ。
「クソッ!あと一歩だったのによ」
「どうする。ズラかるか?」
数の上では有利とはいえ相手は既に6人を戦闘不能にして、8人に怪我を負わせ、その上で全くの無傷。
数の有利が宛てにならない以上、まだ動ける者が多い今のうちに逃げるのが得策。
野盗達の間で逃走へと気持ちが傾きかける中、まだ諦められない者が声を上げる。
「待て、もうすぐ親分達がこっちに合流するはずだ」
「そうだな。親分が来ればこんなガキ1人・・・」
たった1人の放った言葉で、野盗達が踏み止まる。
多少の危機対応能力はあれど所詮は学のない者の集まりだった。
安易で楽観的な状況分析が彼らから千載一遇の脱出の機を奪い去る。
「なんだか知らないけどまだやるって事でいいの?」
「当たり前だ!」
「今から目に物見せてやる!」
カナタの問いに対し、野盗達が威勢よく言葉を返す。
だが、その構えは攻撃を仕掛ける体勢から防御へと変わる。
彼らの親玉が来るまでの時間稼ぎが目的なのは一目瞭然だ。
(どうしよ。正直、こいつらに付き合って親玉が来るのを待つのは面倒くさいし、さっさと片付けて離脱するか)
最初から防御態勢の相手を崩すのは相当に骨が折れそうだが、援軍が来る事を考えるとそうも言っていられない。
腰を落として姿勢を低くし、野盗達に斬り込むべく身構える。
その時、カナタ達のいる森の近くから地鳴りのような音が響く。
「ん?なんだこの音は・・・」
突如響いてきた地鳴りのような音に首を傾げるカナタ。
対照的にカナタの周囲を囲む野盗達の表情が希望に満ちたモノへと変わる。
「ヘヘヘ。噂をすればだな」
「ああ、まったくだぜ」
「小僧!おまえもこれで終わりだぁ!」
森から響く音を聞くなり勢いを取り戻す野盗達。
どうやらこの音は彼らの親玉の接近を報せるものらしい。
「う~ん。マジか~せめてもうちょっと減らしてからにしてほしかったんだけど」
面倒くささを隠そうともせずそんな事を呟くと、カナタは音のする方へと視線を向ける。
森の中の音は真っ直ぐにこちらに向かって近づいてくる。
「仕方ない。来たならまとめて相手をするだけだ」
戦闘は避けられないと早々に諦めて腹を括る。
直後、森の木々をなぎ倒して現れた大きな影。
馬ではなく大きな猛牛二頭に引かせたこれまた大きな牛車。
どうやら野盗達の親玉の乗り物らしい牛車は勢いそのままにこちらに向かって突っ込んでくる。
「早速やろうってのか、せっかちだね・・・・え?」
向かってくる牛車を前にしたカナタはその異変に気付く。
見れば車を引いている牛の顔には必死の形相を浮かべているように見える。
加えて牛車のあちこちから火の手が上がっており、他にも装飾の一部が欠けたり、外装があちこち剥がれかけたりと酷い有様だ。
元々そういうものなのかと思って野盗達の表情をチラ見すると、野盗達も牛車の様子を見て困惑の表情を浮かべる。
どうやら異変が起こっていると見て間違いないらしい。
「なんだろ?森で魔獣にでも襲われたかな?」
だとするとそれはそれで非常に厄介だ。
個体によっては野盗を相手にするのとは比べ物にならない危険を伴う。
いつかの森で大蛇の魔獣との戦いが脳裏を過ぎり、カナタは手の中に若干の汗が滲む。
しかしその心配は全くの杞憂である。
カナタは知らない事だが、この森の手強い魔獣はカナタ達一行を待つシュンコウが鍛錬と称してその悉く狩りつくしており、カナタが手を焼く様な個体は生き残っていないからだ。
そうとは知らずに警戒を強めるカナタの前で、荒ぶる牛車の中から厳ついケツ顎の男が顔を出す。
「野郎共!今すぐこっちへ来て俺を手伝えぇえええ!」
開口一番、悲鳴に近い声で叫んだ野盗達の頭目と思しきの言葉に手下達が目を丸くする。
相手が何を言っているのか理解できずにキョトンとしている。
それもそうだろう。自分達が頼みにしていた相手に逆に助けを求められたのだからそんな表情にもなろう。
だがそんな手下達の思いを当の親玉が知ろうはずもない。いや、焦りすぎてそんな事に気を使っている余裕はなさそうだ。
必死の形相で何かから逃げる様に何度も後方を振り返る野盗の頭目。
(何かに追われて逃げてきたみたいだけど・・・一体何に)
気になって牛車が飛び出してきた森の出口へと視線を戻す。
薄暗い森の中、目を凝らしてみると揺らめく影の様な者が見えた。
「・・・あれは?」
あまりの暗さにぼんやりとした輪郭しか見えなかった影が近づくほどに鮮明になっていく。
動いているのは6つの影、輪郭から恐らく馬に乗った6人の人間だと思われる。
やがて6つの人影は森を飛び出し、日の下にその姿を晒す。
遠目に見えたのは5人の人相の悪い男と1人の女の姿。
「あれ・・・なんかどこかで見た事がある様な」
記憶を遡ってその答えに辿り着いたカナタの頬が思わず引きつる。
それは数日前に滞在したユーステス領の町、イシマで起こった鍛冶師誘拐事件にて町の商人シムーチェが護衛として雇い入れていた。
司祭のお気に入り冒険者バネッサとその子分達の姿だった。
「待てやテメェッ!」
「逃げてんじゃねえぞ!」
「野盗の癖に根性がなさすぎだろうが!」
逃げる牛車に向かって大声を荒げる子分達。
その姿を見て一体どちらが野盗なのか分かったもんじゃない。
「なんでアイツ等がこんな所に・・・」
あの事件の後、結局彼らと顔を合わせる様な事はなかった。
(最後まで素顔を見られていないから問題ないとは思うけど)
しかしこのままだと彼らと接触する事になる。
うまく演技でだました(?)とはいえ接触すればバレないとも限らないから出来る事なら会いたくなかったのだが・・・。
「っていうか、なんでアイツ等野盗と揉めてんだ?」
このタイミングで現れた彼らは何故野盗等という反社会勢力の代表を追い回しているのか謎は深まるばかりである。
とはいえこれは好機でもある。
思わぬ乱入があった事で浮足立った野盗達を今なら容易に制圧できる。
「使えるものは使っとかないと・・・ねっ!」
意識が逸れたままの野盗達に向かってカナタが駆けだす。
包囲の一角を容易く打ち崩すと、そのまま他の野盗達を蹴散らしていく。
「なぁっ!どうなってやがる!」
野盗の頭目は目の前の光景に表情を歪める。
合流して追撃してくる冒険者に対抗しようと思っていたのに、その手下達が目の前で次々に倒れていく。
それもたった1人の少年相手に。
「クソッ!テメエェ等そんなガキ相手に何をやってやがるんだ!」
不甲斐ない手下達の姿に歯噛みする野盗の頭目。
かくいう自分も引き連れていた他の部下を見捨てて絶賛逃走中だという事は頭から抜け落ちている。
「そろそろ諦めたら?」
「っ!?」
突如横合いから聞こえた聞こえた声に視線を向ければ、牛車に並走する馬とそれに跨る1人の女。
麗しい容姿に反して自分をここまで追いつめた存在に、野盗の頭目は険しい表情を浮かべる。
「ふざけるな!誰がテメエ等なんかに降伏するか!」
「そう?私は別に構わないけど、死体の数が増えるだけだし」
「ぐぐぐぐぐっ」
バネッサの言葉に悔しそうに歯噛みする野盗の頭目。
この女の実力が並みの戦士と比べ物にならないのはもう十分わかっている。
それでもここで退く事は出来ない。
逃げられる道があるならば尻尾を巻いて逃げるのだが、既に退路は断たれた。
投降した所で、今までの余罪の事を考えれば死罪は免れない。
となれば後は戦ってこの状況を打開するか、戦って死ぬかの2択しかない。
その様な局面でどちらを選ぶかなど火を見るよりも明らかだ。
「舐めるんじゃねぇぞこのアマァッ!」
進退窮まった野盗の頭目はヤケクソ気味に手に持った斧をバネッサに向かって投げつける。
重量、勢い共に細腕の女が受けきれるような威力ではない。
だがそんな攻撃にもバネッサは眉一つ動かす事無く対処する。
「レッドインパクト」
斧を迎撃するように刃を繰り出したバネッサの剣先に赤い光が灯る。
その剣先が斧と接触した瞬間、赤い光が弾けて斧があらぬ方向へと吹っ飛んでいく。
事もなげに攻撃を弾いたバネッサの涼しげな表情に頭目は苦渋の表情を浮かべる。
まるで相手になっていない。
そもそも魔核武器を持っている人間を相手に、策もなく挑むなど無謀もいいところである。
「ウチのリーダーにそんなのが効くわけないだろうがこのチキン野郎が」
「この芋野郎が、現実を知れよ現実をよ~」
「親父の○○○○に戻って×××からやり直して来いや」
バネッサの後ろに続く男達から野盗の頭目に向かって口汚い言葉を飛ばす。
非常にガラが悪い。その振る舞いは現世においてヤンキーとかチーマーとかいった類の人種に大変酷似している。
もっとも腕は確かなようで彼らの身に着けた装備には敵の返り血が付着している。
(何をしたのかは知らないけれどあんなのに追い回されるとかツイてないな。あの野盗の頭)
野盗の1人を殴り飛ばしながらそんな事を思う。
そうこうしている間にも牛車はカナタ達の目の前まで近づく。
「やべぇ!巻き込まれるぞ!」
「散れ!散れぇえええ!」
蜘蛛の子を散らす様に大慌てで逃げ出す野盗達。
キャラバンの商人達も急いで馬車に戻るが、今から動かした所で激突は免れない。
このままでは犠牲者が出る。そう判断したカナタは片手剣を地面に突き刺すとその刃先に自分の親指を押し当てて傷をつける。
腰を落としてしゃがみ込むと指先に滲んだ血で地面に五芒星を描き、その上に手を当てる。
「シジマ・カナタが名において土精霊ドノウとの血の契約の名の下に命ず。降りかかる災いより我が身を守れ!グランドウォール!」
カナタの手の下で五芒星が輝き、カナタの前方の大地が盛り上がり、3m程の高さの分厚い土壁を形成する。
直後、牛車を引いていた二頭の荒牛はカナタが作り出した土壁の前で制止し、後ろに引かれていた牛舎は石に乗り上げて宙を舞い、勢いそのまま土壁に激突する。
木っ端微塵になって吹き飛ぶ牛車。
空中に投げ出された野盗の頭目は土の壁を越えてカナタの頭上に落下する。
「うおわあああああああああ!」
空中でグルグルと回転しながら落下する野盗の頭目。
その落下地点ではカナタが待ち構える。
「オーライ」
重力に引かれ、為す統べなく落下してきた野盗の頭目目掛けてカナタは容赦なく蹴り放つ。
顔の左側に減り込む鋭い蹴りを受けた巨体はグルンと大きく一回転して地面に叩きつけられる。
呆気ない幕切れに場の空気が静まり返る。
「終わったのか?」
「どうだろ?親玉は倒したみたいだけど・・・」
心配そうに状況を見守るキャラバンの商人や護衛達。
一方、野盗達は頼みの綱だった頭目の敗北を目の当たりに戦意喪失。
手にした武器を取り落とし呆然と立ち尽す。
「親分が・・・やられた」
「こんな馬鹿な事が・・・」
「もうお終いだ」
悲嘆にくれる野盗達を見て、カナタは事態が終息した事に安堵する。
だが安心したのも束の間、自身に向けられた殺気に反応して咄嗟に剣を手に取る。
瞬間、目の前に飛び込んできた刃を受け止める。
「へぇ、中々やるねキミ」
「お姉さんの方は見た目の割に随分激しい挨拶をするんだな」
互いに持った刃を挟んで初めて対面するカナタ少年と女冒険者バネッサ。
物騒な得物を相手に向けたまま両者は笑顔を浮かべる。
「野盗の一味って訳じゃないないみたいだけど、キミ、何者?」
「人にものを尋ねる時はまず自分が~とか言ってみてもいいかな」
「相手が堅気の人間相手ならそうするんだろうけど、生憎と野盗相手に1人で大立ち回りする様な人間かどうかも怪しい輩相手には自分から素性は明かせないね」
「失敬な。こんな善良な若者を捕まえておいて、何て言い草だ」
「そう思うんならその物騒な得物を引っ込めたらいいと思うんだけど」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ」
笑顔で鍔迫り合う両者に周囲の者達が固唾を飲んで見守る。
するとそこへ土壁を迂回してきたバネッサの手下達が現れる。
「ん?何やってんすかリーダー」
「ガキ相手に大人げないぜリーダー」
口々にバネッサに向けて言葉を投げかける男達。
そんな彼らにバネッサはカナタから視線を外す事無く言葉を返す。
「随分な言い様だけど、少なくともこの子はアンタ達より腕は立つと思うよ」
『っ!?』
バネッサの言葉に男達の目の色が変わる。
表情こそ変わっていないものの、纏う空気は先程までとは別物だ。
自然な動きでいつでも戦闘態勢を取れる姿勢へ移行し、鋭い眼光をカナタへ向ける。
「だったらどうしますリーダー?」
「やっちまいますか?必要なら手~貸しますけど」
こちらの動きに気を配りながら近づいてくる5人の男。
相手の技量だけを見れば負ける気はしないが、全員を相手にするのは中々に骨が折れそうだという事と、バネッサの持つ魔核武器の性能が未知数なのが気掛かりではある。
(これ以上時間かけたくないし、どうにか穏便に済ませられないかな)
カナタとしてはこの場を収めてさっさと街に戻りたい。
何か良い手はないものかと考えあぐねていた時、キャラバンの行商人の1人から声が掛かる。
「あの~ちょっと宜しいでしょうか?」
空気を読まない割り込みに冒険者達が不快気に表情を歪める。
「あん?なんだオマエ?」
「今、取り込み中だ。部外者はすっこんでろよ」
ヤンキーのように行商人に絡むバネッサの手下。
そんな高圧的な相手の態度を聞き流し、行商人は言葉をつづける。
「いえ、どちらかというと私共の方が当事者で、あなた方こそ部外者なんですが」
「なにぃ?」
「おい、おまえ喧嘩売ってるのか?」
行商人の言葉が癇に障ったらしく食って掛かるバネッサの手下達。
対して、リーダーのバネッサは行商人達の表情を一瞥すると、持っていた剣を引く。
「止めなアンタ達。私達冒険者が行商人を敵に回したらどうなるか、分からない程間抜けじゃないでしょ」
『うっ』
バネッサに窘められた男達が一斉に押し黙る。
決まった拠点を持たない彼等冒険者にとって行商人は金がない時に護衛等の仕事を与えてくれる大事な雇用先であり、街や村の外で活動する際に道具や食料を供給してくれる大事な生命線。そんな彼等を無下に扱った場合、その情報は商人同士のネットワークを通じてすぐに広まり、彼らから仕事を貰う事も商品を売ってもらう事も出来なくなる。
実際に、かつて国外ではそのせいで全滅した冒険者チームがあり、彼らの業界では未だに語り継がれる有名な話だ。
「私の仲間が失礼をしました。今の事は水に流して頂けると・・・」
「いえいえ、冒険者の方は荒っぽい方が多いのは存じておりますので」
謝罪の言葉を述べたバネッサの言葉を受け入れる行商人。
両者の間で和解が成されたところでバネッサは話を戻す。
「で、アナタ方が当事者だというお話だが?」
「はい。私共はこの先にある領主の街フラープから来たのですが、先刻ここにいる野盗達から襲撃を受けましてね。苦戦を強いられていたところにそちらの若者が街の方から救援に駆けつけて下さったんです」
「なるほど。そういう事でしたか」
事情を伝え聞いたバネッサは引いた剣を鞘に納めると、カナタに向かって頭を下げる。
「事情を知らずに失礼な事をしてしまったね。すまない」
「え、あ~いや、分かってもらえたんならいいよ」
思いがけない相手からの謝罪の言葉にしどろもどろになるカナタ。
それは別にバネッサが美人だからとか、そういった理由からではない。
単純に前回のイシマで接触時に彼女達の働き口を潰したカナタにとって、彼女から恨まれる事はあっても謝まられるいわれはないと思っただけだ。
(にしても前回会った時とはなんというか随分と印象が違うな)
前回会った時も美人だとは思っていたが、あの時はもう少し性格がキツそうな印象だった。
まあ、変態司祭の相手をさせられていたからか、それとも金の為に不本意な仕事に従事していたからか、理由は分からないが、あの時と比べると接し方が柔らかく落ち着いた印象を受ける。
これが本来の彼女の性格なのだろう。
「事情が把握出来たので礼に倣って名乗らせていただくよ。私の名はバネッサ。冒険者チーム『赤鳥の羽』のリーダーをやっている」
そう言ってバネッサは笑顔を浮かべて右手を差し出してくる。
「カナタです。一応傭兵稼業やってます」
相手に合わせて名乗ると、差し出された手を握り返す。
握手を交わしながら、今度はカナタがバネッサに尋ねる。
「今度はこっちから聞きたいんだけど、バネッサ達はどうして野盗を追ってたんだ?」
「ん?ああ、その事か。確かにこちらも事情を説明する必要があったな」
そう言ってバネッサは一息ついて事情を説明する。
「そこにいる野盗の親玉は結構いい額の賞金首でね。丁度この辺りで目撃情報があるって聞いてね」
「で、見つけたから追いかけまわしていたと」
「そういう事になるかな。冒険者って結構お金が掛かるものなんだよ」
バネッサが苦笑気味に語った言葉に、カナタの中で閃くものがあった。
(あれ?もしかしたらこれって使えるんじゃないか?)
街を離れる事が出来ないカナタ達の現状、金を必要とするバネッサ達の事情。
両者の事情を鑑みてみると補い合える部分が多い様に思えてくる。
(リシッド達に相談して結果どう転ぶか分からないけれど、今はとにかくバネッサ達を街に連れ帰らないと!)
うまくすれば停滞した現状を打ち破る切っ掛けになるかもしれない。
そう考えたカナタはすぐさま行動に出る。
「バネッサ。もし、良かったらなんだけど」
「ん?」
「野盗の一味を街に連れていくの手伝ってほしいんだけど」
カナタからの申し出に、バネッサは少しだけ考え込むような仕草を見せる。
彼女の仲間達は特に口を挟む様子はない。
その事からこのチームの行動方針に関する決定権はバネッサが握っているらしい事が窺える。
しばらく様子を見ていた所、バネッサは小さく頷き顔を上げる。
「そうだな。先程の詫びだ。手伝わせてもらうよ」
(よっしゃ!)
バネッサの言葉にカナタは心の中でガッツポーズをする。
まだ何も決まったわけではないのに気の早い話だ。
「我々もお供してもいいですか?先程の戦闘で死傷者が出たので一度街に戻りたいので」
「そうだな。また襲われないとも限らないし」
「ありがとうございます。代わりと言っては何ですがこの野盗達の護送に馬車を一台提供させていただきます」
行商人の申し出を受けたカナタとバネッサ達は、行商人達から提供された荒縄等の道具を用いて野盗達を捕縛すると、馬車の中に押し込み。
一行は一路フラープの街へ向かって移動を開始した。
という訳で冒険者バネッサ一行再登場でございます。
バネッサ以外のメンバーの名前は次回紹介予定です。




