第41話 瓦礫ノ中ノ戦イ
領主の館での戦いが始まった後、戦うリシッド達の後ろで、レティス・レネートは小さく手を震わせながら立っていた。
見渡す一面、芝生を赤く染める血とそこら中に散らばる無数の屍。
彼女の人生の中でこれほどの凄惨な場面に出くわしたのは初めての事だった。
多くの者が兵士として職務に殉じた。
だが、それは彼らが望んだ結末などでは決してない。
獣人達によってもたらされた不条理な死。
それを目の前にした彼女の中で、激しい感情が渦を巻く。
獣人達への怒りと無念の死を遂げた兵士達への悲しみ。
その思いが彼女の中にある決意を生じさせた。
正直、この場に立つ直前まで、いや立った今もレティスは戦う事に迷っていた。
土精霊ドノウとの出会いにより、蘇った十六使徒としての能力。
神霊晶術「地霊招来」
今まで傷を癒すか戦いの支援だけだと思っていた自分が持っていた他者を傷つけ、敵対する者の命を奪う事の出来る力。
聖女として多くの人を救い、導く事を使命とする彼女にとっては望まざる力。
出来る事ならば最後まで使う事が無い事を願っていた。
だが、そんな彼女の思いに反して、別の決断を下そうとしていた。
「私がすべき事、使命は・・・・」
今も目の前で戦っているリシッド達の背中を見詰めながら、また、この場を離れて1人で強敵と対峙しているであろう少年の事を想う。
彼女は手に持った杖を両手で握り締める。
ふと、ユーステス領での戦いの後、力の使い方を教える前にドノウとの会話を思い出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
土精霊のドノウと聖女2人は平原の真ん中で向かい合っていた。
秘術を伝えるからという理由でカナタやリシッド達は少し離れた位置から眺めている。
「さて、それでは話を始めようかの」
「お願いいたします」
「お願いしますわ」
2人の返事に満足そうに頷くと、ドノウは口を開く。
「その前に少しだけ昔話じゃ。まず、主等の崇める神レメネンとその使徒達の本来の使命は争いや飢餓に苦しむ人々の救済じゃった。その役目の中には攻め入る魔人や魔獣と戦い民を守る事も含まれておったんじゃが知っておるかのう?」
「昔話程度に聞いた事しか」
「確か本で読んだことがありますわ。王国建国期の時代のお話ですわね」
2人の返答を聞いたドノウは笑いながら頷く。
「ホッホッホ。そうかそうか。熾烈な戦いを続けた神と使徒達じゃったが、その甲斐あってやがてこの辺りから敵を追い払い戦う事は少なくなる。次第に使徒達の役割も変化した様んじゃな。人を守る存在から、導く存在へと・・・。人々は使徒達を崇拝し彼らの下へと集まっていた。それがよくなかったのかのぅ。やがて人は使徒達の事を自分達を守る守護者から自分達が守るべき者存在だと認識を変えた、そうして使徒は戦う機会を失った様じゃな」
「・・・その結果、私達は戦う力を失くしたと?」
レティスの問いに、ドノウは首を左右に振りその言葉を否定する。
「いんにゃ、それは少し違うのう。確かに代を重ねる毎に力も少しずつ衰えてはおる様じゃが、その力が無くなったわけではないぞよ。ただ長い時の中で忘れてしまったのじゃ。じゃからワシが力を貸して思い出す手助けをしてやるんじゃよ」
片目でウインクをした小さな老人はそう言って両手を左右に広げる。
「今から主等に授けるのは知識。厳密に言えば大地の神霊とお主等の間にパスを開き、その力を借り受ける為の術の扱い方じゃ。もっとも精霊の術式の応用だから本来の術と違って主等の持つ力も消費する事になるじゃろうがな」
「私達の力ですか?」
「うむ、主等の内に流れる神の使徒の力じゃな」
「それを使うとどうなるんですの?」
「そうじゃの恐らく物凄~く体力を消費する筈じゃ。それはもう使いすぎれば死に至る程に」
『っ!?』
死という予想外の言葉を聞いて2人は思わず息を呑む。
今までも命の危険に陥るような場面は何度かあったが、まさか自分の力を行使する事で命を落とすかもしれないと聞かされるとは思わなかった。
「ホッホホ。今なら忘れたままにしておく事もできるんじゃが、どうするお前さん達?」
「私は・・・・」
ドノウの言葉にレティスは返事に詰まる。
彼が言っている力、それを使う事が出来ればこれからの旅はより安全になるだろう。
それでも容易に人を傷つけ、場合によっては相手を殺す事になるであろう力を得る事には躊躇いがあった。
決断を下せずにいるレティスの隣で、リルルは迷う事なく返事を返す。
「是非ご教授をお願いしますわ」
「ホッホ、良いのかえ?」
「ええ、それで己の身だけでなく人々を守れるなら迷う理由はありませんわ」
リルルの言葉にハッとなってレティスは彼女の方を見る。
彼女が何を考えているかは分からないが、その目には強い意志が宿っているのが見える。
「いいじゃろう。で、そっちのお主はどうするんじゃ?」
「わっ私もお願いします」
リルルの言葉に触発されたのか自然と自分の口ををついて出た言葉。
2人の言葉を受けたドノウは小さく頷くと自分の両手を2人に向ける。
「ホッホッホ。分かったわい。ならばお主等、ワシの手を取るがよい」
「はい」
「分かりましたわ」
2人の手が恐る恐ると言った様子でドノウの小さな手に触れる。
指先が触れた瞬間に頭の中に流れ込んでくる情報。
術に使う言葉、術発動時のヴィジョン。その中に混じって戦いの場面が映り込む。
(これは、私より前の代、かつてのレネートを継承した聖女が体験した戦いの記憶?)
土で作り上げられた戦士を操り、眼前の魔獣と思しき獣たちを薙ぎ払い進む者の姿。
戦場を駆けるかつて己だったかもしれない者の姿を、レティスはどこか遠くに感じながらその光景を見守る。
不意にその光景が途切れたかと思うと、目の前の小人から声が掛かる。
「ほい、終わったぞい」
「あっ・・・・ありがとう・・・ございます」
ドノウの手から指を離し、自分自身の姿を見降ろす。
特に何か変わったところはなく。術を使える様になったと言われても現実味はない。
「これで戦う力が使える様になったんですか?」
「そうじゃの。本来の術とは発動が方法が少し違うから少々詠唱は長くなるじゃろうが能力は遜色ない筈じゃ。それも何度か使い続けておる内に本来の術の形を取り戻していくじゃろう」
「そうですか」
本来の姿を取り戻すと言われて、レティスは先程見た戦いの光景を思い出す。
自分もいつかあの様に戦う日が来るのだろうか、そんな疑問を抱きながらレティスは己の手を見下ろした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの時、力の使い方を知ってから今日までずっと考えてきた。
レティスとて世の中が正しさで満ちているだなんて、そんな夢見がちな事を考える程子供ではない。
世の不条理も理不尽も年相応には理解しているつもりだ。
だからといってそれが自分以外のものを傷つけていい理由になるとは思えないし、思いたくはなかった。
そんなレティスの思いとは裏腹に、その後のカナタやリシッド達を交えた話し合いの結果、リルルの提案でいざという時は2人も戦列に加わる事になった。
(誰かを傷つけるのは今でも怖いし、人が死ぬのは嫌、それでも・・・・)
今も出来る事ならば戦いたくはないし、相手を傷つける事に対しては抵抗がある。
それでも自分が戦わなければ、死した兵士達の様な者がこれからも増え続けるだろう。
誰かが止めなければ悲劇は広がり続ける事になる。
それに自分が戦わなくとも敵が向かってくる以上、結局はその役目を誰かが負わねばならない。
そして今まで自分はその重荷をカナタやリシッド達に背負わせ続けてきたと思い知る。
「もう、自分の責任から逃げ続けるのはやめよう。例え自分の手を血で汚す事になっても、守るべきものが私にはある」
気持ちが固まったレティスはリルルと共に術を使って土の戦士をその場に召喚した。
そして、召喚された2体の戦士はリシッド達のいる戦いの輪の中へ飛び込み獣人達と戦いを繰り広げた。
そしてその戦いはいつしか終わりを迎えようとしていた。
「馬鹿な!こんな事が・・・・」
獣人の1人が零した言葉、その声のした方に視線を向けると、
仲間の獣人達の死体の中に取り残された3人の虎の獣人の姿。
3人とも全身あちこちに傷を負い、既に満身創痍といった様子。
「お前達はここで終わりだ」
彼らに向けて放ったリシッドの言葉に、獣人達を囲むシュパル達が頷く。
とはいえ、リシッド達も無傷という訳ではなく。その顔には疲労の色が浮かぶ。
武器に関しても、とうに10分の制限時間を過ぎており剣は元の形状に戻っている。
数の上では有利だが、地力を考えれば楽観視できる状況でもない。
「どうする?降伏すれば命までは取らないが」
あくまでもこちらに分があるといった口調で話を進めるリシッド。
だが、虎の獣人達は臆することなく吠える。
「命惜しさに我らが降伏するとでも思ったか!舐めるなよ人間風情が!」
「貴様等こそ、生きて帰れるなどと思うなよ!」
「我等、虎爪師団。最後の1人になろうとも戦い抜く!」
言うが早いか、獣人達は地を蹴って前に出る。
元よりどちらか全員が死ぬまで続けると始まった戦い。今更降伏などありえない。
相手の出方が分かっていたリシッドも決着を付けるべく前に出る。
無言で突き出された鋭い爪に向かって刃で応じるリシッド。
激突の瞬間に火花が飛び、前に突き出した両者の腕が跳ね返る。
「くっ!」
力において分がある獣人の一撃を受けきるもリシッドの体が大きく後ろに逸れる。
それを好機と獣人が追撃すべくさらに踏み込む。
その瞬間、2人の間に割り込む巨大な黒い影。
「っ!?」
獣人の目の前に飛び込んだのはリルルの召喚した土の騎士。
その手に持った盾が獣人の拳を弾き返し、その体を打ちのめす。
「ぐああああっ!」
後退る獣人の体が後ろに続いた2人の方にまで押し返され、後方の2人の獣人が仲間を受け止める。
3人の獣人の動きが止まるその一瞬を見計らったかのように、彼等へと近付く影。
大剣を握った土の剣士が、その手に持った刃を振り抜く。
咄嗟に防御姿勢を取ろうとする獣人達の思い空しく刃は彼らの肉体を上下に両断する。
2人が死に、辛うじて剣の範囲外に逃れた1人も片腕を切断されて踏鞴を踏む。
「おのれぇえええええええええ!」
腕を落とされた痛みよりも、敵に追い詰められた怒りを叫ぶ最後の1人。
もはや勝つ望みを絶たれた男の前にリシッドが飛び出す。
「フォースセイバー・ジェミニ!」
白き光を纏った双剣を手に、相手の懐に飛び込んだリシッドが素早く剣を振る。
片腕では防御しきれず、最後の1人は為す術もなく切り裂かれてその場に崩れ落ちた。
地面に倒れ伏した相手を見下ろし、リシッドは手にした剣を地面に突き立てる。
「っはぁ・・・・我々の勝ちだ」
勝利を告げるリシッドの言葉に、リシッド隊が歓喜の声を上げる。
彼らの様子を離れた位置から眺めていたレティスとリルル。
全身に込めた力を抜き術を解除すると、2体の土の戦士はその場で只の土に還った。
直後、2人の体から急激に力が抜け、2人は膝から崩れる様にその場に座り込む。
「なんとか終わりましたわ」
「ええ、そうですね」
ほっと安堵の息を漏らすリルルの隣で、レティスは小さくため息を吐く。
胸の中には獣人の命を奪った事に対する痛みが残っている。
(これが命を奪う痛み、リシッド隊長やカナタさんが達が越えてきた痛み)
胸の中に残る痛みと重圧を噛みしめながら、レティスは獣人達の骸に目を向ける。
(許して欲しいとは言いません。代わりにこの痛みを私は一生抱えて生きていきます)
心の中で詫びの言葉を告げながら、レティスは深く頭を下げた。
隣のリルルは何か言いたげに表情を変えるが、結局何も言わずに視線を逸らした。
「そういえば、カナタくんの方ってどうなったんですかね」
サロネの言葉を聞いて一同が館の方へと視線を向ける。
屋根は吹き飛び、見える範囲だけでも館は半壊状態にある。
戦いの最中に派手な音が上がる度、目の前で壊れていった。
「音がしなくなって随分と経つが、まだやってんのか?」
「恐らく。決着が付いたならどちらかが出てくるはずっす」
「確かに」
「確認に行きますか隊長?」
シュパルの言葉に、リシッドは頭を振って答える。
「いや、やめておこう。今行ったところで現状の我々では足を引っ張る可能性がある。それに万が一奴が負けた時の事を考えて動けるだけの体力は回復させておくべきだ」
その言葉に全員が押し黙る。
口には出さないがカナタが負けた場合、そのまま全滅という可能性は十分に考えられるからだ。
「きっと勝ちますよねカナタくん」
「さあ、どうだろうな。今回ばかりは流石に読めん」
不安そうな表情を浮かべる部下達を前にリシッドは毅然とした態度で告げる。
「心配ない。敵の親玉はヤツに任せたんだ。俺達はあのバカを信じて待つとしよう」
その言葉に、皆黙って頷くと再び館の方へと視線を戻した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
館の中庭、一面に降り注いだ瓦礫の上を2人の男が歩く。
1人は左目を失い、右腕が使い物にならない程にへし折れた虎の獣人。
もう1人は右耳の聴覚や触覚といった感覚を失い、右腕は複雑骨折、加えて全身に裂傷を負った人種の少年。
2人の距離は少しずつ近づいていく。
理由は違えど目的は互いに1つ。目の前の相手を物言わぬ肉塊に変える。
ただ、それだけの為に。
(右腕と右耳は駄目。出血はあるが今すぐ動けなくなる程ではないか)
カナタはシュンコウとの距離を縮めながら自分の状況を冷静に分析。
相手も似た様な状況だが、一撃の破壊力を持つシュンコウ相手ではそんな事はなんの気休めにもならない。
(問題はさっきのデタラメな攻撃だな)
自分の耳と腕を使い物にならないようにした攻撃を含めた一連の動き。
今までと比べ物にならないスピードで繰り出された攻撃は躱すので精一杯だった。
それに加えて奥義と言っていたあの技。
状況から空気中に衝撃波とかを撒き散らしたりしたのだろう。
実際それがどれ程の芸当なのかは見当もつかないが、ここは魔法がある様な世界。
今更どんな攻撃があったところで不思議はない。
もう一度仕掛けられたら今度こそ死ぬかもしれないけれど。
(まあ、シュンコウの奴もさっきの一撃で右腕はオシャカみたいだし、撃てても左手でもう一撃が限界だろう。・・・だといいな~)
不本意ながら戦況分析に若干の願望が混じる。
それでもカナタは目の前の男、シュンコウへ向かって進む。
カナタの予測では恐らくシュンコウは先程の加速と攻撃は乱発出来ないと踏んでいる。
それが出来たのならもっと早い段階で使用し、カナタはとっくに死体になっている。
恐らくどちらも使用に際し何かしらのリスクを伴う技なのだろう。
もう一度使うとしても決定的な場面まで温存する可能性が高い。
(野郎に決定打を打たせる前に倒したいけど、どうすっかな~)
その時、シュンコウの顔を見てカナタは一つの手を思いつく。
(ヤツは片目を失ったばかりだ。もしかしたら・・・)
現状で一番有効と思われる手を思いついたカナタは、剣を握る手に力を込めると、
シュンコウの間合いへと飛び込む。
瞬間、シュンコウの左拳がカナタの顔目掛けて拳を繰り出す。
相手の攻撃とほぼ同じタイミングでカナタはシュンコウの右側に向かって斜めに前に出る。
シュンコウの拳が顔の真横を通過するが、感覚がないので恐怖も湧かない。
そのまま相手の懐に飛び込むとカナタの姿がシュンコウの視界から消える。
(このガキッ!俺の死角にぃっ!)
潰れた右目側に入られ、カナタの姿を見失うシュンコウ。
直後、右の脇腹に異物が入り込み激痛が走る。
「があああああっ!」
絶叫を上げるシュンコウ。
その脇腹に深々と突き刺さるカナタの剣。
内臓を突き破った鋭い刃がシュンコウに痛みを刻み付ける中、カナタはそのまま突き刺した剣を深く押し込み、剣の柄を捻る。
脳髄を焼き尽くさんばかりの激痛がシュンコウの体を駆け上がっていく。
「ギアアアアッ!ギィイイイイザマアアアアアッ!」
痛みに思考を呑み込まれそうになりながら、シュンコウはカナタのいる位置を予測して拳を振り降ろす。
だが、その拳はカナタを捉える事無く空を切る。
同時に体の中を貫いていた刃が引き抜かれ、傷口から血が噴き出す。
「グゥウウウウ!」
血と共に体の中から力が急速に抜けていく。
だが、それを上回る怒りがその膝を折らせない。
「まだぁ!まだだああああああああああああ!」
片方だけになった目で必死にカナタの姿を探すシュンコウ。
そんな彼を嘲笑うかのようにカナタの姿が視界の中を右へ左へと移動する。
(アホが!的を絞らせる訳ないだろ!)
視界から消える度にシュンコウの体を斬りつけてダメージを与えていく。
早々に致命傷を与えたい所だが、流石に先程の一撃で警戒されたのか懐に飛び込める程の隙は無い。
(このまま失血死するまで待つか?)
思惑通りに攻撃が決まり腹部に深く入った刃の痕から、今も血が溢れ出て地面に落ちている。
手当をしなければ間違いなく命に関わるレベルの負傷。
いくら獣人と言えどそんな状況で戦い続ければ長くは保つまい。
そんな状態であるにも関わらず、おかまいなしにシュンコウは攻撃を繰り返す。
「死ね!死ね!死ぃねえええええええええええ」
「うわっ!あっぶねぇ!」
狙いもつけず目の前で嵐の如く繰り出される蹴りと拳の乱舞。
眼前を走る攻撃から咄嗟に身を離して逃れる。
「逃すかぁああ!南星獣角拳・地盤打ちぃ!」
カナタの動きを封じるべくシュンコウの拳が大地を打つ。
撃ち込まれた拳を中心に周囲の地面が波打つようにうねる。
着地したばかりの足の裏から衝撃が駆け上がり、麻痺したように足が動かなくなる。
(ヤバッ!)
身動きが取れなくなったカナタをシュンコウの目が補足する。
「ゲッ!」
「そこを動くなぁ!今殺してやる!」
目を血走らせたシュンコウが前傾の姿勢を取って構える。
上半身の筋肉が目に見えて膨張し、オーラの様に体から赤い蒸気が立ち昇る。
「南星獣角拳・岩間通しぃいいいいいい!」
カナタを仕留めるべくシュンコウがカナタへ向かって突っ込む。
喰らえば間違いなく今度こそ命はない。だが逃げようにも足は痺れたまま動かない。
(足が動かない!だったら!)
手に持った剣を握る手に力を込めて地面に突き立て左腕と全身の筋力を使って一気に体を持ち上げると、地面を斬る様に剣を振って反動をつけて技の軌道上から自身の体を逃がす。
「いでっ!」
咄嗟の思いつきに加えて手足も満足に動かない状況での回避動作だった為に、受け身も取れずに地面に転がるカナタ。
その真横を落ちた瓦礫を蹴散らしながらシュンコウの体が通過する。
飛び散った破片を浴びながら、カナタは上半身を起こす。
「今のは結構ギリギリだった」
そう言いながらシュンコウの姿を追うと、鬼の形相でこちらを振り返る。
「貴様ぁああああ!何故死んでいないぃいいい」
「避けたからに決まってんだろバーカ」
シュンコウの言葉に嫌味で応えたカナタは、いつしか感覚の戻った脚に力を込める。
撒き散らされた瓦礫を踏みしめながら立ち上がったカナタは、足元を確認すると顔を上げて正面にいるシュンコウに向かい剣の先を向ける。
「もう面倒くさいから終わりにしよう」
放っておいてもシュンコウは死ぬだろう。だが、この調子で暴れられ続けると相手が死ぬより先にこちらが殺されかねない。
どうやらシュンコウとは直接命を奪い合う以外の決着はないらしい。
「来いよ。あんたの命を終わらせてやる」
「人間如きがぁ!どこまでも調子に乗って・・・。だがいいだろう。貴様の最期の挑発に乗ってやるぞぉおおおおおお!」
喉の奥から空気を震わせるほどの怒りの声を上げてシュンコウが駆けだす。
目の前の少年を今度こそ仕留めきる為にシュンコウは自分の中の本能を解き放つ。
獣人種には稀に、獣化を深める事で能力を向上させる事が出来る者がいる。
シュンコウはそんな稀有な能力を持って生まれた存在だった。
理性と引き換えに肉体の能力を引き上げるその力は危険であり、
自身の野生に呑まれてしまえば二度と元の人格には戻れない。
ただの獣になり下がる危険性を持ったまさに諸刃の剣だ。
先程は怒りに任せて能力を解き放ち、カナタを圧倒する事が出来た。
しかしそれと引き換えに高度な技量を必要とする奥義を暴発させて自身も深手を負う羽目になった。
(これで最後だ。今度こそ奴を殺す!)
決意と共にシュンコウは自身の怒りに身を任せ、理性を手放していく。
両者にとって最後の攻防が始まる。
シュンコウが拳を振り上げて飛び込んだ瞬間、カナタは足を振り上げて足下の瓦礫を蹴り上げる。
「ヒャァッ!そんな目くらましが効くかぁあああ!」
巻き上げられた瓦礫を物ともせずに突っ込んでくるシュンコウ。
だが、その残された片目が瓦礫の中、飛来する金属片を捉える。
「っ!?」
金属片がカナタの投げたナイフだと気付いた瞬間、シュンコウは振り上げた拳を盾にして左目を庇う。
残された左目を守る為、条件反射で彼の本能が選んだ動き。
その結果、腕が視界を塞ぎカナタの姿を見失う。
本能に身を委ねたが故に起こった失態。これが勝負を分けた。
カナタの前に踏み出した右膝の上に刃が振り下ろされ、シュンコウの太腿を貫く。
「グゥウウウウアアアアアッ!」
痛みに呻きながらシュンコウは左腕を下げるが、そこにカナタの姿はない。
「どこに!」
カナタの姿を探そうとするシュンコウの足元で小さく声がする。
「シジマ・カナタが名において土精霊ドノウとの血の契約の名の下に命ず」
「っ!?」
目線を下げて自分の足元を見下ろした先にカナタの姿。
そしてその手の先には血で描かれた小さな五芒星。
「オノレェエエエエッ!!!」
目を見開くシュンコウ。
攻撃が来ると告げる本能に従って飛び退こうとするが、脚に刺さった剣が邪魔で飛べない。
その隙に地面に手を付いたカナタはシュンコウを見上げて声を発する。
「我が敵を地より穿て。グランドスピアー!」
カナタの声に呼応するように五芒星が輝いた瞬間、地を割って土で形勢された槍
がシュンコウ目掛けて飛び出す。
今まで一度も見せなかった魔法での攻撃。
相手の想像を超えた攻撃。例え獣人であってもこれは躱せない。
"ハズ"だった。
「ウッガァアアアアアアアアアアアアアアア!」
決まれば今度こそ致命傷。それも足元からという最も躱し辛い一撃を前に、シュンコウは動かなくなった右腕と左腕を盾にして槍を防御して見せた。
普通の相手ならば腕ごと貫通して命を奪える一撃だが、虎爪師団最強の肉体を持ち、尚且つ野生を解放したシュンコウの力はその一撃を薄皮一枚で耐え抜いた。
「マジかっ!」
流石に自分の持ち札の中で2番目の威力を誇る一撃を防がれるのは想定外。
思わず驚きの声が口から漏れるが、動きは止めない。
防御は予想外でも攻撃前に潰されるか、躱される可能性は想定に入っている。
「コンナモノデェエエエエエエッ!」
両手を貫かれて尚も食い下がろうとするシュンコウの叫び。
対するカナタも目前に迫るシュンコウを睨む。
2人の間、蹴り上げた瓦礫に混じり落ちてきた"モノ"に手を伸ばす。
それは1本の剣。柄に刻まれたるはガノン王国で騎士を示す紋章。
領主に仕える名も知らぬ騎士の剣。
「借りるぜ!騎士のおっさん!」
会話すらした事のない故人に向かってそう告げると、躊躇なく剣を振り抜く。
槍で貫かれたシュンコウの両腕の肘から先が切り落とされ、懐がガラ空きになる。
(今度こそ決める!)
剣を振り抜いた勢いを利用してその場で一回転し、相手の心臓目掛けて刃を伸ばす。
だが、その刃がシュンコウの胸を貫く事なく地面に落ちる。
「くっ・・うっ・・ああああ」
剣を持っていた手を真っ赤な血が伝い落ちる。
カナタの視線の先、そこには2本の矢で貫かれた自身の腕が映っていた。
(このタイミングで攻撃だと!)
予想外の攻撃。普段通りであれば矢は風切り音で事前に察知できるが今回は状況が悪い。
矢が飛んできたのはカナタの右側、つまり耳が聞こえない方からの攻撃。
音が聞こえなかった為に反応する事すら出来なかった。
(くそっ!一体どこから!)
両腕をダランと垂らしながらもカナタは矢が飛んできた方角へと目を向ける。
「なんとか間に合ったみたいね」
カナタの視線の先、弓を構えた1人の黒髪短髪の色白美女が屋根の上に立っていた。
その周囲にはリルル救援の際に遭遇した山猫の獣人達が居並ぶ。
「いつかのニャンコ軍団。なんでこんな所に」
疑問を抱くカナタの前で弓を持った女の姿が白い毛並みの猫人へと変貌する。
「お久しぶりだね傭兵のボウヤ」
「あんたは・・・山猫師団のスナーだったか?」
「覚えていてくれたみたいだね」
笑みを浮かべたスナーは屋根の上からこちらを見下ろしている。
その手には弓と矢が握られ、いつでも攻撃出来る体勢。
(下手に動いたら射殺すって事ね。どっちみち動けないけど)
状態が万全であれば切り抜けられただろうが、生憎と両手はボロボロで武器も満足に使う事が出来ない。
もはや戦うどころか逃げられるかどうかすら怪しい。
(今度ばかりはカナタ君も年貢の納め時かねぇ)
自嘲気味に笑みを浮かべながら相手の出方を窺う事にする。
「俺は今忙しいから相手するのはまた今度にしてほしいんだけど・・・」
「そいつは悪いねボウヤ。アンタにその人を殺させる訳にはいかないんだよ」
「・・・あっ、そう。だったら俺を殺すかい?」
話をしながらカナタは足元に落ちた剣につま先を引っ掛ける。
いざとなったらシュンコウだけでも道連れにしようと覚悟を決める。
その時、自分の真後ろに何者かが立つ気配を感じる。
「アンタに手は出さない。今日のアタイはただの付添人だからね」
そう告げるスナーの言葉を聞きながら振り返った先には1人の青年。
背は180cm程と高く。真っ白な長い髪を持ち中性的で整った顔立ちをした美青年だ。
しかしそんな外見に反して、纏った空気は怖気がする程の圧力を持ち、例えカナタの状態が万全であったとしてもまるで勝てる気がしない。
相手の異様さに凍り付くカナタの前で少年は薄く笑みを浮かべる。
「始めまして少年。俺の名はシリウス。星爪の旅団という組織で団長をしている者だ」
今回はベシュナー領、領主の館での戦いは
リシッド、カナタ、レティスの3視点からお届けしました。
一応予定通りには書けましたね。時間かかったけど
それにしてもようやく表れました星爪旅団の団長シリウス。
敵の親玉を前に、満身創痍のカナタの運命やいかに!
次回「星爪ヲ統ベル者」お楽しみに




