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第40話 凶刃ト狂虎

領主の部屋にて2度目の対峙を果たしたカナタとシュンコウ。

1人は顔の傷と共にその心に刻まれた屈辱を己が拳で雪ぐ為、

1人は行く手を阻む者を障害をその手の刃で除く為に、目の前の敵に殺意を向ける。


シュンコウは腕に突き刺さったナイフを引き抜くと、そのまま掌の中で握り潰す。

まるで玩具の様に簡単にひしゃげたナイフを手の中で転がしながらシュンコウが視線を向ける。


「こんな鉄屑を当てた程度で私を倒せる等と思うなよ」


そう言って開いた掌の中、丸くなったナイフの残骸をカナタへと投げ返す。

投げ返された鉄の塊が風を切ってカナタの顔の横を抜け背後の扉に減り込む。


「カッコつけて外すとか。もっと良く狙えよ下手糞」

「・・・その減らず口。すぐに叩けなくしてやる!」


吐き捨てる様にそう告げたシュンコウは椅子から立ち上がると、左手に掴み上げていた人質を無造作に床の上に投げ捨てる。

その瞳の奥でドス黒い怒りの炎が激しく燃え上がる。

シュンコウの体が少し膨れ上がったかと思った瞬間、その姿が灰と白の毛並みをした虎の獣人へと姿を変える。


(凄い威圧感。明らかに以前より圧が増してる)


押し潰さんばかりの殺意を受け止めながらカナタは身構える。

束の間の静寂の後、先に動いたのはシュンコウ。


「まずはいつかの礼をせねばな。・・・受け取れ!」


シュンコウは目を見開くと目の前にある机に向かって蹴りを放つ。

大きく重たい木の机がまるでエアホッケーのパックの様に滑り、美しい模様が描かれた絨毯の上を摩擦熱で焦がしながらカナタへと迫る。


「受け取りは拒否だな!」


突っ込んできた机を咄嗟に跳躍して飛び越えるカナタ。

その瞬間、瞬間が口の端を歪ませて笑う。


「馬鹿が!」

「っ!」


机を飛び越えたカナタの正面には着地地点に向かってシュンコウが駆けだす。

カナタならば必ず跳躍して躱すと予想した上での攻撃。

たった一度とはいえ以前の戦いでカナタの戦闘スタイルを知ったればこその戦法に、シュンコウが現状において燃え上がる炎の様な怒りを抱えながらも非常に冷静な思考で戦いに臨んでいる事が窺える。

3m程の間合いが一瞬で詰まり、シュンコウの目が鋭く光る。


「今すぐに死ねぇっ!」

「嫌なこった」


シュンコウが繰り出す砲弾の様な拳突が迫る。

まともに喰らえば一撃で即死。そんな一撃を前にしてもカナタの頭は冷静に状況へ対応する。

向かってくる拳に合わせて上体を後ろ逸らすと、反動を利用して拳を真下から蹴り上げて拳の軌道を強引に変える。


(重たっ!)


まるで岩でも蹴り上げた様な重鈍な衝撃が足の先に伝わり、軌道を曲げられたシュンコウの腕が空を切る。

だが蹴りの反動でカナタの体も姿勢を保てずに絨毯の上に落ちる。


「チィッ!」


拳を逸らされた事に舌打ちするシュンコウの目の前で、カナタが身を翻して着地する。

その直後にカナタの背後でシュンコウが蹴り飛ばした木製机が壁に激突して大破。

耳をつんざく轟音と共に館全体が大きく揺れ、部屋の壁一面に大きな亀裂が走る。

部屋にある全ての窓ガラスが割れ、部屋の中に飾られた絵画や壺といった調度品が次々に落ちて砕ける。

2人の邂逅から5分と経たぬ内に部屋の中一面に、大小様々なガラス片陶器の破片が散らばる。


「あ~あ、なんか高そうなの一杯壊してくれちゃってまあ」


絨毯の上に着地したカナタは周囲を見渡しながらカナタが残念そうに呟く。

勿論、口先だけでそんな気持ちは全く持っていないのだが。


「貴様の全身もすぐにその辺に散らばったガラクタ同様粉々にしてやる!」


シュンコウは荒々しく言葉を吐き出すと、眼前でトカゲの様な体勢をしたカナタを見下ろす。

摩擦熱で焦げた絨毯の上、這うような姿勢のカナタはシュンコウを見上げながら鼻で笑う。


「アンタにそれが出来るかな?」

「減らず口を叩くなぁあああああ!」


挑発に乗ってシュンコウの顔が鬼の形相へと変わる。

突き出した拳を素早く戻し、カナタの頭上に向かって振り下ろす。

鉄槌の如き破壊力を持つ一撃を、カナタは猫の様に後方へと跳んで避ける。

その目の前で空振りした右拳がいとも容易く床板を貫く。


「おお~恐っ。だけど残念ながらそんな見え透いた攻撃には当たらないんだよ」


飛びずさりながらカナタが挑発の言葉を飛ばす。

その声に反応したシュンコウの目が血走り、両の眼がカナタの姿を追う。

扉の前、大破した机の位置まで下がったカナタに向かってシュンコウが吠える。


「貴様ぁああああ!」


ギリリと奥歯を噛みしめたシュンコウは床から拳を引き抜き、素早く拳を構えなおすとカナタに向かって一歩踏み込む。

距離にして2m弱の間合い。到底拳の届く距離ではない。

にも関わらずシュンコウは引いた右拳をカナタ目掛けて繰り出す。


「南星獣角拳・城壁砕き!」


声と共に螺旋の回転を描きながら伸びた拳は空を貫き、撃ちだされた衝撃波がカナタへと向かって一直線に走る。

以前の森での戦いにおいてカナタの頬を削った技。

その時の光景から攻撃を予測したカナタは、見えない衝撃波が着弾するよりも早く真横へ飛んで攻撃を回避する。

直後に背にしていた木製机の断片がボゴッという音を立て、その中心に拳大の穴が穿たれる。


「当たらないって言っただろ!」


余裕ぶった言葉を吐きながら地面を転がり体勢を立て直すカナタ。

だが、彼が行き付いたのは四角い部屋の隅。

つまり格闘技でいうリングの上のコーナーポストに追いやられた状況に等しい。

当然シュンコウがこの状況を見逃す筈がない。


「最早逃げ場はない。追い詰めたぞ!」


吠えるなりすぐさまシュンコウは床を蹴ってカナタへと襲い掛かる。


「南星獣角拳・岩裂爪(ガンレツソウ)!」


カナタ目掛けてシュンコウの右手が地面を掬い上げる様に鋭い爪で真下から切り上げ、超振動する爪が軌道上の全てを切り裂きながら突き進む。

目の前で引き裂かれるカナタの姿と勝利する己を幻視するシュンコウ。

だが、シュンコウは1つ勘違いをしていた。

ここは確かに四角い部屋の中だが、密閉された空間ではない。

そしてそれはカナタにとって追い詰められた環境で無い事を意味している。


「そんなの喰らうかよ」


カナタは向かってくるシュンコウに対し斜め前に向かって駆けだすと、一番近くにあったガラス窓に向かって飛び込む。

既に割れたガラス窓を突き破ったカナタの体が宙に躍り出る。

その後ろで再び目標を失ったシュンコウの爪が壁面に部屋の隅を切り裂き、深い爪痕を刻む。


「おのれ!ちょこまかと!」


まるでこちらを嘲笑うかのように逃げ回るカナタと、それに翻弄されている自分自身への苛立ちがシュンコウの怒りを加速させる。

カナタを追うべくすぐさま窓際へ駆け寄り、窓枠に手を掛ける。

窓の外へ見るべく下を覗き込んだシュンコウの目の前に、突如黒い物体が現れ視界を覆いつくす。

直後、脳を揺さぶる強い衝撃と鼻先から上ってくる痛みで視界が明滅する。


「ぐがっ!」


上半身を大きく後ろへと逸らし後退るシュンコウ。

その視界の端で部屋の中へと舞い戻る少年の姿。

その手には先程まで握っていなかった短剣(ヘンゼル)が見えた。

それだけでシュンコウは相手が何をしたのかを瞬時に理解する。


(ぐっ、下に落ちたと見せかけて窓の外に隠れていたのか)


シュンコウの予想したように、カナタは一度窓の外に飛び出した後、

短剣を窓枠の真下に突き立てて体を固定し、シュンコウが顔を出すタイミングに合わせて壁を蹴って反動をつけ真下からシュンコウの顔を蹴り上げたのだ。


(どこまでもふざけた真似を!)


いつか旅の途中で見た雑技団の曲芸染みた技。

もっとも今目の前の少年の技は相手を魅せるための技ではなく。

相手を翻弄し、自分の有利になるよう操る為の技である。

それは今まで相対してきたどんな相手とも違う戦法であり、

術中にはまっているシュンコウの表情がますます歪む。


(人間の癖にどこまでこの私をコケにする気だ!)


怒りで震える拳を強く握り締めるシュンコウ。

先程の一撃で切れた口の端の血が伝い落ちるのを腕で拭い去るとシュンコウが後ろへと下がる。

本心としては今すぐ目の前の敵を嬲り殺しにしたいが、それでは相手の思うままだと微かに残った理性で抑え込む。

カナタから視線を逸らす事無くシュンコウはゆっくりと部屋の中央へと移動し、それに応じる様にカナタも間合いを保ったまま移動する。

睨み合ったまま、両者は部屋の中央で対峙する。


「カナタ。貴様は殺す。必ずだ!」

「はいはい。そういうのはもう聞き飽きたからサッサと来いよ」

「だったら今すぐ黙らせてやる!」


再び前に出たシュンコウは、指先を揃えて鋭い突きを連続して繰り出す。

先程までの拳による重たい攻撃ではなく鋭利な爪での素早い連続攻撃。

拳による攻撃程の威力はないが一撃の鋭さは十分致命傷になり得る威力を持っている。


「シェアアアアアアッ!」


次から次へと繰り出される攻撃を前に、カナタは双刃をもって応じる。


「ッラァアアアアア!」


2人の間で交わされる爪と刃の応酬。

力で勝るシュンコウの爪を、刃の扱いに長けたカナタの技が相殺する。

ぶつかり合う互いの刃が火花を散らし、互いの命を削り合う。


(何故だ!何故届かない!)


生物として勝っているはずの自分の攻撃に、目の前の少年は対応してくる。

常人ならば既に五体がバラバラになっているであろう程の手数繰り出したにも関わらず。

カナタは両手に持った2本の刃を巧みに操ってシュンコウの爪を逸らし、弾き、受け流す。

気味が悪い程の対応能力をカナタが発揮する程に、シュンコウの獣人としてのプライドが傷つけられていく。


(こんな事があってはならない。あってはならないのだ!)


怒りに任せて強引に捻じ込んだ爪が、双刃に弾かれて真上に跳ねる。

一拍遅れて指先から血が噴き出し、自慢の爪が指先から欠落する。

如何に強靭な爪と言えど肉体の一部いつかは壊れる。

武器としての性能を考えてもカナタの武器の方が上だ。

考えもなしに何度も打ち合っていればいずれこうなる事は目に見えていた。

それでも、人間如きに負けるはずはないと言うシュンコウの驕りが判断を誤らせた。


「オラァッ!」

「ぐぅっ!」


カナタの突き出した短剣(ヘンゼル)の刃を左腕に受け、シュンコウが再度後ろへと下がる。

左腕を流れる血が指先を伝って地面に落ちる中、シュンコウの頭の中では受けた傷の事よりも人間相手に二度も後ろへ下がった事で彼のプライドが大きく揺らいでいた。


「馬鹿げている」

「あん?」

「たかが人間風情が、虎爪族の中でも屈指の武人と呼ばれた私と対等に渡り合うなどあってはならない!」

「知らないよそんな事」


随分身勝手な主張をするシュンコウを呆れた様に見つめるカナタ。


「小僧。本当は亜人種だろう。そうでなければこの様な事が出来るはずがない」


余程現実が信じられないらしく何やら突飛な発言を始めたシュンコウにカナタは再度、溜息を吐く。


「はぁ、残念ながら静寂(シジマ)さん家の彼方(カナタ)君はドイツ人と日本人のハーフではあっても、生まれた時から今日までずっとか弱い人間なんだよ」

「嘘をつくな!それに何だドイツ人?日本人?そんなもの聞いた事もないわ!」

「だろうな。知ってる」


到底納得できない様子のシュンコウを余所に、カナタは手の中で2本の刃をクルクルと器用に回転させる。


「質問はもういいだろ。攻守・・・交代だ!」


言うが早いか、カナタは両手の短剣ヘンゼル片手斧(グレーテル)を構え直すとシュンコウへ向かって突っ込む。

突っ込んできたカナタを迎え撃つべくシュンコウが拳を振り上げる。

今までの攻防でカナタの武器の間合いは把握できた。


(今度こそ仕留めてやる!獣人の誇りに掛けて!)


カナタを仕留めるべく腕に力を込めた時、カナタの手元で何かが光る。

シュンコウの目がそれを刃物だと認識した瞬間、刃先が目の前に飛び込む。


(この間合いでナイフだと!)


真っ向から接近戦を仕掛けると見せかけての間合い外から投げナイフ。

咄嗟に首を傾ける事でかろうじて直撃は免れたものの、その頬を刃が掠めていく。

しかもナイフを避けた事で体勢が崩れ、攻撃の出鼻を挫かれる。

動きを封じられたシュンコウの懐にカナタが飛び込む。

刹那、手にした2本の刃がシュンコウの体の前でクロスを描く様に駆け抜ける。


「ぐぅっ!」


熱した鉄ごてを押し付けられたような痛みがシュンコウの腹部に広がる。

続けて皮膚が裂けて真っ赤な血が傷口から滲む。

だが、状況に反してカナタの表情が険しくなる。


(手応えが軽い。浅いか!)


顔を上げたカナタをシュンコウの冷たい目が見下ろす。

カナタが斬りつけたタイミングに合わせて僅かに上体を逸らし致命傷を避けたのだ。

決して楽観視できるダメージではないが、今のシュンコウにとってそんな事はどうでも良かった。


「今度こそ捕まえたぞ。小僧!」

「くっ!」


咄嗟に離れようとするカナタに向かってシュンコウの拳が頭上から振り下ろされる。

反射的に両手の武器を交差させて攻撃を受けるが、到底受けきれる様な威力ではなく。

真上から全身を押し潰される様な圧力に思わず片膝をつく。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、両手両足の骨が音を立てて軋む。


「ぐぅううっ。こんの馬鹿力が」

「このまま潰れろ!小僧ぉ!」


両手両足の力を僅かにでも抜けばシュンコウの言う様に潰されて終わる。

とはいえ何もしなくてもいずれは力尽きる終わる。

文字通り手も足も出ない状況のカナタだが、その眼の光は消えていない。


(手も足もダメなら!)


もう一方の手でトドメの一撃を放とうとするシュンコウの前で、カナタは素早く首を傾けると服の襟首に仕込んでおいたアローナイフを口に咥えて引き抜く。

そのまま首の振りを使ってシュンコウの顔目掛けてナイフを飛ばす。

勝利目前で油断した瞬間の完全なる不意打ち。

意表を突かれたシュンコウは防御も出来ず、左目の中に刃が突き刺さる。


「ぎゃああああああああああああああああ!」


片目を潰されたシュンコウが両手で傷口を抑え後退る。

真上からの圧力から解放されたカナタはよろめきながらシュンコウから体を離す。

これ以上ない程の好機。だが武器を握る指先に力が入らない。

思った以上に先程の一撃で体力を消耗させられたらしい。


「ハァッ・・・ハァッ」


肩で息をしながら周囲を見渡すカナタ。

領主は青白い顔をしているが微かに息をしている様だ。


(今は足手まといだから連れていけない。仕方ないからこっちで引き付けるしかないか)


カナタは決断を下すと、シュンコウの最初の一撃で壊れた部屋の入り口に向かって移動。

廊下に出る前に一度のシュンコウへと視線を戻すと、片目を抑えて蹲るシュンコウの姿。

指の間から覗く残った右目が憎悪に満ちた目でこちらを見ていた。

荒れ狂う激情の籠った視線にカナタの背中を冷たい汗が伝う。

このままここにいるのはマズイという本能に従い、急いで廊下へと飛び出す。


「逃げるんじゃなくて戦略的撤退」


誰にともなく逃げる言い訳を呟きながら廊下を走る。

その背後ではシュンコウの怒りの咆哮が廊下の奥まで響き渡る。


(手負いとはいえ今の状況であの男と戦うのは得策じゃない)


一度仕切り直さない事にはとてもシュンコウに勝てる気がしない。

少しでも体力を回復させるべく身を隠せる場所を探すカナタ。

長い廊下の途中で適当な部屋を選んで転がり込む。


「うっ」


飛び込んだ部屋の中には濃厚な血の匂いが充満しており、

床の上には館の使用人と思しき者達の亡骸が横たわっていた。


「これ全部、シュンコウのヤツがやったのか」


誰もが絶望や恐怖からか引き攣った表情を浮かべたまま事切れていた。

それだけで彼らが非業の死を遂げたのだと理解できる。


「悪い。ちょっとだけ休憩させてくれよ。その代わりにアンタ達の味わった痛みは必ず利子付きでヤツに叩きつけてやるから」


返事を返す事のない骸に向かってそう呟くと、壁に背を預けたまま座り込む。

息をひそめ、廊下の奥にいるシュンコウの気配に意識を集中させる。

シュンコウが廊下を歩いてくるような気配はない。

今も気配は領主の部屋の中に留まったまま動く様子を見せない。


(追ってこない?いや、奴の気性からそれは考えにくい)


あの男は今までの言動から感情的な人間だと思われる。

そんな人間が自分を傷つけた相手を傷の手当てを優先してこの場を離れるとは考えにくい。

他の何を置いてでもまず最初に相手への報復を考えるはずだ。


(はぁ、嫌だな~相手するの)


恐らく手傷を負ったシュンコウは今まで以上に凶暴になると予想できる。

今まででも十分に苛烈だった相手の攻撃がより激しさを増す等考えただけでもゾッとする。

普通の人間を自称するカナタとしてはそんな化け物を相手にするなど勘弁願いたい所だ。

だがやるしかない。ここまで来た以上どちらかが死ぬまでこの戦いが終わる事はありえないのだから。


(まあ、勝機が無い訳じゃないしな)


確かにシュンコウを打ち崩すのは今まで以上に難しいのは間違いない。

それでも相手が冷静さを失う程にこちらの奥の手が決まる可能性は上がる。

たった一撃。それを打ち込む機会を作る事が出来たなら勝つ事は不可能じゃない。


(まっ、当てなかったら俺が終わるんだけど)


失敗した時の事が脳裏をよぎり思わず苦笑するカナタ。

その時、ふと周囲の空気が震えるのを感じる。

今まで感じた事のない違和感の中、廊下の方へと意識を向けた瞬間、


 ズッドォオオオオオオオオン


背中を叩きつける様な爆音が響き、頭上の屋根が剥がれ上空へと舞い上がる。


「・・・ゲッ」


天井を剥がされた部屋の中、呆然とするカナタ。

いつの間に暗雲立ち込める空の下に無防備に晒された部屋。

怖気がする程の威圧感を感じて空を見上げると、上空に小さな影。


「見ぃいいいいいつけたぁあああああああ!」


頭上から響く絶叫が耳に届くと同時にカナタは弾かれる様に部屋の外に飛び出す。

直後、カナタがいた部屋に向かって黒い影が高速で落下する。

落下スピードを乗せて振り下ろされたシュンコウの拳はドンッという音を立てて2階の床を貫き、そのまま1階床下にまで達する。

地面を打った拳の衝撃で館の建てられた島全体が大きく揺さぶられる。


「どんな威力だよ。ふざけんな!」


なんとか廊下へ逃げて難を逃れたカナタはシュンコウの穿った穴に向かって声を張り上げる。

その声に応える様に穴の奥から怖気が走る程の凄まじい殺意が立ち上る。

カナタの本能がこのままここにいるのはマズイと警鐘を鳴らす。


「今更だけどコイツの相手はやめときゃ良かった!」


本当に今更の愚痴を零しながら、飛び出してきた部屋を背に正面を向く。

廊下を挟んで反対側の扉に手を掛けると、扉を押し開けて部屋の中へと駆け込む。

当然ながら無人の部屋の中を、全力で駆け抜けて部屋の奥にある窓へと向かう。

僅かにカーテンが掛かった割れた窓。その向こうには広い中庭が広がっている。

一歩前に進むほどに足下から立ち昇る殺意がから逃げる様にカナタは割れた窓際に向かって飛び込む。

カナタが空中に身を投げ出すのとほぼ同時に、背後で館の2階部分が爆音を上げ粉々に吹き飛ぶ。


「うおわっ!」


衝撃波に背中を押されてバランスを崩しながらも、空中で身を翻して庭の芝生の上に降り立つ。

振り返るとバラバラになった建物の破片が重力に逆らって上空へと舞い上がっていくのが見えた。


「あっぶね~。危機一髪」


少しの間その光景を眺めていると、やがて上空に舞い上がった建物の破片や家財等が重力に引かれて地上へと落下を開始する。

降り注ぐ瓦礫と巻き上げられた砂埃の中で揺らめく人影。


「殺す。殺す。殺す殺す殺す殺すコロすコロスコロスコロス。・・・・ブチコロスゥウウウウウ」


まるで呪詛の様に怒りの言葉を繰り返し、殺意を周囲へと撒き散らす1人の男。

いや、それはもはや理性を失い、感情の赴くままに力を撒き散らすだけの存在となったただの獣だ。


「はぁ、怒ってるとは思ってたけど流石にブチ切れすぎだろ」


揺らぐシュンコウの影を見詰めるカナタの脳裏に、かつて自宅でダスクと一緒に見たホラー映画がよぎる。

それ程までに今のシュンコウはパニックホラー等の映画に登場するモンスターの様に見えた。


「ったく。こういう映画の場合、怪物退治の為に銃火器が用意されてるのがお約束だってのに」


無い物ねだりだなんて事は分かっているが、流石にそんな事でも言っていないとやってられないぐらいにはカナタも追い詰められている。

とはいえピストルやライフル程度で今のシュンコウを倒せる気は全くしない。


(機関銃ぐらいじゃないとアレを倒すのは無理だろうな~)


今この場において今が現世での最後の戦い、フェイロンとの死闘に匹敵するレベルのピンチだと確信する。


「まあ、これがホラーなら最後は俺が勝って大団円。スタッフロールが流れて終わるだろ」


冗談めかした事を口にしながら両手の中の刃を握りなおすカナタ。

景気づけのつもりで言った言葉だが、ホラー映画は最終的に主人公が死ぬ等のバッドエンドで終わるケースがあるので今の状況ではあまり良い例えとは言えない。


「そこにいたか小僧ぉおおおおおお!」


突如、砂塵の中から響いた声に身構えるカナタ。

その眼前に砂塵を突き破ってシュンコウが飛び出す。


「死ねぇえええええ!」


想像以上のスピードで突っ込んできたシュンコウに合わせようと動く。

先程までの戦いを遥かに凌ぐシュンコウのスピードに体がついていかない。


「遅いぃいい!遅いぞぉおおおお!」


まさに瞬光とも呼ぶべきシュンコウの拳がカナタの眼前に飛び込む。


「くっ!」


なんとか寸での所で拳を躱した瞬間、シュンコウが口の端を吊り上げて笑う。


「南星獣角拳奥義ぃいいいいい・波状震掌ぉおおおおおおお!」


直後、視界が暗転したかと思えば、シュンコウの体が遠ざかっていく。

流れる景色から自分が吹き飛ばされたと気付いた所で、体は地面に打ち付けられていた。


「ぐぅ・・あ・・・一体・・・何が・・」


体を起こそうと全身に力を込めると、体中に激痛が走る。

自分の状態を確かめるべく視線を体に落とすと、右腕が逆方向に折れ曲がっており、他にも全身のあちこちに裂傷を負っておりあちこちで血が滲んでいた。

しかも異変はそれだけではなかった。


「あれ・・・なんか・・・音が」


右側の耳がまるで音を拾わない。

慌てて左手で右耳に手を当てるが、まるで感覚がない。


「クソッ、下手うった」


ヨロヨロと頼りない足取りで体を起こすカナタ。

相手との肉体構造の違いを考慮し攻撃を貰わない様気を付けていたのに、一撃で状況をひっくり返された。

歯を食いしばり顔を上げると、遠くの方に腕が折れた際に落としたであろう短剣(ヘンゼル)が転がっており、その近くには薄ら笑いを浮かべるシュンコウの姿。

だが、その姿は先程までの彼と比べて明らかにおかしい。


「はぁ・・・ひゃへへへへ・・・コロス。殺すぅ」


虚空を見詰めたまま気持ちの悪い笑みを浮かべるシュンコウ。

追撃のチャンスであるにも関わらずカナタの方をまるで見ようともしない。

しかも、先程の一撃を繰り出した右腕はカナタの腕と同じ様におかしな方向へ折れ曲がっている。


「急にどうしたんだアイツ?」


遠目に見ていても分かる程の異常、その姿はまるで重篤な薬物中毒者のトリップ状態に似ている。


「何かヤバい薬でも使ったのか?」


遠目に様子を見ていたカナタの視線に気づいたのか、シュンコウの顔がぎこちない動きでこちらを向く。

その瞳の中に少しずつ理性の光が戻ってくる。


「がはっ・・・はあ、まだだ後少しでぇええ」


何かを抑え込むように歯を食いしばりシュンコウがカナタを睨む。

どうやらあちらも何かしらの爆弾を抱えているらしい。


「まあ、あの野郎が正気でも正気でなくてもこっちは大ピンチだけどな」


残った左腕に持っていたグレーテルを投げ捨てると、カナタは背中に帯びた剣を引き抜く。

それはイシマの町でコクタクから授かった片手剣。

全身の痛みは酷いが、右腕以外はまだなんとか戦える。


「少々キツイけど、後少しで勝てそうな気がする」


自分自身を励ます様にそう呟くとカナタは剣を構えてシュンコウを睨む。

片目を潰され、カナタと同じ様に使い物にならないであろう腕をだらんと垂らしながら、

それでもしっかりとした足取りでシュンコウがゆっくりとこちらへと近付いてくる。

カナタは相手との距離がまだある事を確かめると目を閉じて小さく深呼吸する。

それからゆっくりと目を開けると、手に持った剣を軽く振って感触を確かめる。

握った感覚は問題なく、初めて手に取った時のようによく手に馴染む。


(やっぱいい武器だ。そうだ。この戦いに勝ったらこいつにも名前を付けよう)


自分でも驚く様な突飛な思い付きに、思わず苦笑を漏らしながらカナタも前に向かって歩き出す。



湖の真ん中に浮かぶ小島にて繰り広げられる2人の強者の戦い。

そんな中、ある意思をもってこの地へと近付く者達がいる事をカナタは知らない。


1話ほとんどを戦闘のみで構成してみました。

しかもそれで決着がつかないという・・・。

いや、予定通りなんだけどね。

とはいえこれ書くの結構大変だった。


次回でひとまず決着です。

タイトルは秘密。お楽しみに!

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