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第4話 異世界サバイバー

気付いた時、広がっていたのはどこまでも続く闇だった。


何も見えず、何も触れられない空間。

重力を感じない、においを感じない、音も聞こえない。

そんな場所にただ、自分の存在だけが確かにある事を感じる。


「これが死後の世界ってやつかなのか・・・」


口に出したはずの言葉も闇の中に消えて自分の耳にすら届かない。


(何もないんだな)


自分の置かれた状況をまるで他人事のように考えながら空間の中を漂う。


昔、人間は真っ暗闇の中に閉じ込められると発狂すると聞いた事がある。

確かどこかの組織がそんな拷問をしてたななどと他愛ない事を思い出す。


どれぐらいこうしているかは分からない。

数分なのか数日なのか流石に年という事はないと思う。

上も下も左も右もわからない暗闇の中、たった1人だが不思議と嫌な気分はしない。


「なんだろこの感じ」


誰にでもなくそんな事を呟いた時、闇の中に青い炎が浮かぶ。

最初はバスケットボール程だった炎が左右に伸び、カナタの眼前に広がる。

カナタを囲むように広がった炎は意思を持ったように突如カナタへと襲い掛かる。


「うおっ!なんだ!」


向かってくる炎を躱そうとするが、足も手も金縛りにあった様に体は動かない。

身動きの取れないカナタの炎が伸びると全身を覆う。


「おわっ」


全身を包みこむ青い炎、だがその炎に"熱さ"はない。

代わりに全身に広がるのは"痛み"、正確には蘇る痛みの記憶。

先の戦いでフェイロンに握りつぶされた右手首の負傷、貫かれた右肩、

蹴り折られた左腕、掌打を受けた右胸、蹴りを受けた左脇腹を負傷した際と同じ痛みが襲う。


「うああああああああああああっ」


全身から送られてくる痛みの記憶にカナタは悲鳴を上げる。

だが、上げた悲鳴は闇の中に吸い込まれ音にはならない。

苦しむカナタを包んでいた炎は全身から負傷した各箇所へと収束し、傷口や皮膚に染み込むようにカナタの体の内側へと入り込む。

直後、脳内を駆け巡る過去の記憶。


先のテロリスト殲滅戦、高校での生活、同僚と戦場で過ごした日々、

静寂源次との出会いとその死、暗殺者時代の戦いの記憶、

フラッシュバックする記憶の奔流の中、微かに残る幼き日に両親と過ごした記憶を見た。

その直後、黒の世界が反転し視界を真っ白な光が覆いつくす。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



瞼を刺激する光に、ゆっくりとカナタは閉じていた目を開く。


視界に広がるのは一面を覆う澄んだ青とまばらに漂う白雲。

背中に感じる少し柔らかい土の感触と青臭い緑の匂い。

体に感じる重力で、自分が仰向けになっているという事を理解する。


ゆっくりと上半身を起こし、自分の状況を確かめるべく周囲を見渡す。

右を向くと木、左、後、前、どっちを向いても木、木、木。

四方を木々に囲まれた場所。今、自分が森らしき場所にいる事を理解する。


「あれ?ここどこだ?」


誰に話しかけるでもなく思わずそんな言葉が口を突く。

カナタの最後の記憶にある景色は死闘を繰り広げた地下の黒い巨石があった部屋。

だが今、目の前に広がる景色はどう見ても先の記憶にある地下ではない。


見慣れない景色に疑問を浮かべていると、さらに不思議な事に気付く。

先程から感じていた"違和感がない事"への違和感。

その違和感を確かめるべく景色を見ていた視線を自身の体へ落とす。


見慣れた半長靴と黒の戦闘服、防弾ベストに破損個所は見当たらない。

武器も背中のマチェット、コンバットナイフ1本、スローイングナイフが5本、

手榴弾2個とあの戦いの時のまま。だが本当に驚いたのはその後だった、

フェイロンに潰されたハズの右手首に傷跡がない。

確かめるように掌を何度も返して確認するが結果は変わらない。

しかも手術などをした形跡もなく。右手も違和感なく動く。


「えっ??・・・まさか?」


カナタはベストを脱ぎ、マチェットを放り投げる。

戦闘服の上を肌蹴て自分の体を確かめる。

折られた左腕も刺された右胸にも傷跡どころか痣一つない。


「嘘・・・だろ」


まるであの死闘が夢か幻であったかのように何の痕跡もない。

あれほどの大怪我であれば、生き延びても再起不能は免れないと思っていた。

それ程の傷を受けて傷跡の一つも残らないなどありえない。

事実、過去の負傷の傷跡等は今も体に残っている。

あの死闘の傷跡だけが綺麗さっぱり消えていた。


「どうなってるんだよ」


自分の置かれた状況が分からず思考がついていかない。

思わず疑問が口から漏れるが、カナタの疑問に答えてくれる者は誰もいない。

他に生物の気配のない静かな森の中で、1人考え込んでいたカナタは一つの結論を出す。


「・・・移動するか」


何故自分がこんなところにいるのかは分からないが、現状がどうであれここにいてもしょうがないのは確かだ。

腰を上げて立ち上がり軽く伸びをする。足の先から頭の天辺まで意識を巡らせるが、やはり全身に異常はない。むしろ調子がいいぐらいだ。


「さて、どこへ行くか」


呟いてみるが周囲には同じような景色が広がるばかりで目印になりそうなものはない。

空を見上げると太陽の位置はまだそれほど高くなく降り注ぐ光の色等からまだ昼前ぐらいだと予想する。


「とりあえず人がいそうなところだな」


戦闘服を着なおし、投げ捨てたベストとマチェットを拾って身に着ける。

周囲を再度見渡して一番背の高い木に目をつける。


杉の木のようなその木に近づくなりマチェットで斬りつける。

何度か斬りつけて木の幹にいくつかの切れ目を作ると、そこに足を掛けるて軽快に登り始める。

そうやって斬っては登りを繰り返して10分程かけて木の上に出る。


「町はどっちかな・・と・・・」


葉の間から顔を出したカナタは眼前に広がる景色に言葉を失う。

遠くまで広がる一面の緑とその先に山々が連なっており、四方どちらを向いても一面の緑にカナタの顔が青ざめる。


「マジか・・・」


町どころ街道の一本も見えやしない。

人のいる場所にたどり着く為にどっちへ向かえばいいのかがまるで分らない。


「これ絶対日本じゃないだろ」


眼前に突き付けられた現実に頭を抱えたくなる。

もう何から手を付けていいのか分からない。

死闘を乗り越えて(?)目覚めてみればこの絶望的状況。

あのまま死んだほうがマシだったんじゃないかとすら思える。

もちろん、そんな事で死んだりするつもりはないのだが。


「ニコライにも言われちまったしな」


彼が最後に残した言葉"生きろ"それを無視するほど心まで腐ってはいない。

確かに水も食料もない。救助が来る見込みもない。

だが幸いにもこういった状況には多少覚えがある。

フェイロンの修行時代に行ったサバイバル訓練。

散々な目にあってなんとか生き残った記憶が蘇る。


「行くか」


そう呟くとカナタは落下しないように慎重に木を下りた。

木々の間から太陽の位置を確認する。他に方角を確認できるものもない。

太陽の位置を基準にとりあえず南方へ向かう事を決めて歩き出す。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



歩き始めてどれほどの時間が過ぎただろうか。

既に日が傾き、辺りの景色をオレンジ色に染めている。

ずっと歩き通して来た為、喉が乾き腹も空いた。


「日があるうちに食い物を調達したかったんだが」


森の中だけあって獣の足跡はいくつか見かけたが、まだ遭遇できていない。

生えている草なども見てみたが生憎と山菜の知識はないのでどうしようもなく。

キノコらしきモノもいくつか生えてはいたが、見たこともない色合いと不気味な形状から口にする気にはなれない。


「獣でも出ないかな~」


不意にそんな物騒な言葉が口をついて出てくる。

過去の訓練の際にはカエルや蛇などを捕まえて食べた事を思い出しながら足を勧める。

精鋭として鍛えられてきた事から疲れは左程ないが、流石に1人きりで行先もわからぬまま歩いていると精神に堪える。


「ったく。なんでこんな事にっ」


苛立ちから目の前の木に八つ当たり気味に傷をつける。迷子防止の目印だ。


「川とかあれば楽なんだが」


随分と増えた独り言を呟き、気を紛らわせながら進んでいた時、少し離れた木々の間に動く影が見えた。

咄嗟に近くにあった木の陰に身を隠し息を潜める。


(いた!・・・・獣!ケモノォオオオッ!)


自分以外の生き物との遭遇に思わずテンションが上がる。

姿勢を低くし、物陰から様子を窺う。

遠目からはっきりとは見えないがシルエットからシカの様に見える。


(シカなら喰えるっ!?)


獣よりよほど獣らしい目をしたカナタが背のマチェットに手を掛ける。

息を殺し、相手に気付かれぬよう木々の間を進む。

向こうはまだ気づいていないらしくゆっくりと歩いていく。


少しずつ距離を詰め、ある程度近づいたところでその姿がはっきりとわかる。

真っ白な毛皮と銀色の斧のような角を左右に生やしたシカに似た四足獣。


(なんだアレ。・・・見たことない生き物だな)


その異様な姿に若干動揺しつつも追う足は止めない。

距離が2m程まで近づいたところで相手も異変を察知したらしく耳をピンと立てて周囲を見渡し警戒する。


(なんか凄そうだけど、こっちも命がかかってるんだ)


日が落ちるまでもう時間もない。ここで逃せば次いつ遭遇できるかも分からない。

夕闇の中、静かに深く息を吐くと、カナタは木の陰から飛び出す。


左手に持ったスローイングナイフを獣の脚に向かって投げる。

真っすぐに飛んだナイフは獣の左の後ろ脚に突き刺さる。


「ギィイイイイッ」


獣が悲鳴を上げ、よろめきながら倒れる。

その間にカナタが地面を駆け、右手に持ったマチェットで斬りかかる。


直後、信じられないことが起こった。

獣の頭部にある左右の角が、青白い光を放ったかと思った瞬間、

角の先端から周囲一帯に雷がまき散らされた。


「なにっ!」


予想外の出来事。放たれた雷撃にマチェットが弾き飛ばされ地面に転がる。

マチェットを持っていた手を伝って雷が右手に流れる。


「いってぇ」


マチェットが弾かれた事で僅かなダメージに留まったが、右手を走った痛みにカナタは慌てて距離を開ける。

その間も目の前では眩い光が周囲に伸びて辺りを焼く。


雷撃は4,5秒程で止まった。だがその威力は凄まじく。

直撃を受けた木々はへし折れ、折れた所からは火が上がっている。、

獣を中心とした3m四方は一面を覆っていた草が消し飛び、土が真っ黒に焦げている。


「ウソだろ・・・アリかよそんなの」


未だ目の前で起こった出来事が信じられないカナタ。

あんな事が出来る獣なんて見たことも聞いた事もない。どう考えても異常である。

動揺するカナタを尻目に獣はヨロヨロと起き上がり、逃げようとする。


(あんな化け物はやめて・・・他の獲物を狙おう)


あんな異常な化け物相手に、ここで無理をして死ぬのも馬鹿らしい。

きっと他にやりようがあると自分自身に言い聞かせる。

だが一方で、思うこともある。


(ここで諦めて次が無ければどの道自分は飢えて死ぬ。・・・必死なのはお互い様だ)


逃げ腰になりかけた心を叱咤し、獣へと再び視線を向ける。


(獣如きに負けてなんぞやらねぇ!)


半ばやけっぱちだが、心は決まった。

右手にコンバットナイフ、左手にスローイングナイフを構えて一度目を閉じる。

大きく深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えて心を静める。

次の瞬間、目を見開くと同時に逃げる獣へ向かって走り出す。


足を負傷している獣の動きは鈍くカナタとの距離はずぐに詰まる。

距離が2m程になった瞬間、獣の角に再び青白い光が走る。

先程と同じ様に雷が撃たれると直感し、身構える。


無差別に放たれる雷を見てから躱すなど人間には出来ない。

だが、人間相手ならともかく相手は獣。その攻撃は単調だ。

先程の一撃で攻撃範囲はおおよそ検討はついている。


(ここだ!)


相手が雷を放つ直前に、近くにあった大岩の陰に飛び込み身を隠す。

直後、周囲一帯にまき散らされる雷の光。

草木を薙ぎ払い、地面を穿つ度に体に振動が響く。

だが雷は大岩の表面を削り飛ばしても粉々にする程ではなく、周囲を激しい光が何度か包み込むが動きはしない。

5秒後、放電が止むと同時にカナタが岩陰から飛び出す。

丁度こちらを振り返って様子を窺っていた獣と視線が交差する。


(ここだ!)


距離にして3m弱。カナタのスローイングナイフの射程圏内だ。


「シッ!」


一息に放たれたナイフが大気を切り裂いて一直線に獣へ向かって飛ぶ。


カナタの投げナイフの腕は「GALAXY BEAST」内で随一を誇った。

これは暗殺者時代に鍛えたスキルを自身でより練り上げた彼の特技。

日々の鍛錬で鍛えた力と研ぎ澄まされた集中力。

何度も繰り返して得た指先のコントロールによって放たれた刃は、引き寄せられるように正確に目標へと突き刺さる。


つぶらな両目の間と突き出た鼻の頂点を結ぶトライアングル。

その小さな空間の中心にナイフが突き刺さる。


「ギュッギィッ」


短い悲鳴を上げてよろめき、獣が横倒しになって地面に倒れる。

その隙にカナタが接近するが、今度は雷撃が放たれない。

獣は悲鳴を上げ、苦し気に荒い呼吸を繰り返している。

地面を苦しみながら暴れる獣の上にカナタの影が重なる。


「うまくいったみだいだな」


予想通りに事が運んでホッ安堵の息をする。

カナタが狙ったのはこの獣が雷撃を放つのに必要な"力み"を潰す事。

走り幅跳びに例えると獣が攻撃開始前に角を発行させるのが助走で、

雷撃を放っている時間がジャンプから着地までの滞空時間。

そして雷撃を放つ為の"力み"これが飛ぶ瞬間の踏切りのようなものだ。

踏み切る事が出来なければ飛ぶことは出来ない。


今回カナタの初撃はこの"力み"潰す為に呼吸器等の重要な器官が集中する顔を狙った。

脳を狙えればもっと楽だったのだが脳の位置は角に守られており刃が通せなかった。

ともあれ予想がはまり獣は呼吸がうまくできず、痛みで集中力を奪われた事により獣の最大の攻撃を封じる事が出来た。


カナタは暴れる獣の背中側から回り込んで体の上に乗る。


「今、楽にしてやるよ」


優しくそう告げると、暴れる獣の前足を左手で抑えて身動きを奪い、優しく撫でるように獣の喉元に刃を走らせた。

首元からはジワリと血が溢れ、その真っ白な体毛を赤く染めていく。

喉を切り裂かれた獣は短く呻き抵抗し続けたが、やがてゆっくりと息絶えた。


「ふぅ・・・終わったぁ~」


まだ暖かい獣の体から離れて立ち上がるカナタ。

いつの間にか日は沈んで暗くなっており、辺りを燃える木々の炎が照らす。

その中の一つ。パチパチと音を上げて燃える火を見つめる。


「・・・火おこしの手間は省けたかな」


そう呟くと、先ほど弾かれたマチェットを拾いにも来た道を戻る。

すぐに地面に転がったマチェットを見つけて拾い上げると、その刀身は赤っぽく変色し、少し歪んでいた。


「うへぇ・・・これ高いんだけどなぁ」


不満顔でそうボヤくと、マチェットを片手に獣の骸まで戻る。

周囲でチラチラと燃えている木々の枝葉を切って焚火を起こす。

他に残っていた火種は大火事にならない様に火種を踏み消した。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



焚火の前に陣取り、大小の刃物を使って黙々と獣の解体作業に没頭するカナタ。


体感で4時間ほどかけてなんとか一通りの解体作業を終える。

解体の過程で銀色の角も切り分けたのだがこれが一番厄介だった。

そのまま刃物として使えるレベルの鋭さを持ち、尚且つ常に帯電しているらしく触れようとすると火花が散った。

そこで剥ぎ取った毛皮で巻いてみるとすんなりと掴めたので、獣の皮で固定した状態で根元をマチェットで切り落とし、毛皮で巻いた。


こうして毛皮、角、骨、肉や内臓に分け、折れた木を加工した板に乗せた。


「ああ~。手がベタベタする」


解体作業の過程で手に血と脂がべっとりとこびりついてベタベタとし感触が手に残り、内臓の処理なども行ったので匂いも酷い。

正直水場を探しに行きたい所ではあるが、日が落ちた今から探しに行くのは危険だ。


「明日、朝が来たら探しに行くか~」


そう思って焚火の近くに寄ると、先程拾ってきた木の枝に肉を刺して火の中に入れ焼いていく。


油と血が落ちていく様を眺めた後、炎の中から肉の焼ける匂いを嗅ぎ取り、火が十分に通った判断して火から離す。

ウェルダンに焼き上がった肉をゆっくりと口に運ぶ。


大口をあけてガブリと噛みつくと口の中に肉の味が広がる。

熟成どころか血抜きも十分にされていないから獣臭くて美味くはない。

だが、今日1日の疲労感と空腹感が手伝ってあっという間に串一本を平らげる。

量だけは大量にあるのでおかわりなら自由だ。


次々と肉を焼いて食べていく。

現代の文明社会からほど遠い原始的な食事風景。

それでも生きる為の糧をカナタは貪欲に食らっていく。

普段はパフォーマンス維持の為、徹底した食事管理をしているが今は気にしない。

食事の後は残った肉も焼いていく。生のまま放置して虫が湧いたら最悪だ。


一通り肉を焼き終えた後、ふと頭上を見上げる。

木々の間から見える空は、無数の星が輝いており中々に絶景だ。


瞬く星を見て、昔、ヒロと二人でパキスタンの空を見た時の事を思い出す。

役に立つからとヒロに教えられて星座をいくつか覚えた。

なんでも迷った時など星の位置を見て方位がわかったりするらしい。

それを思い出すと周囲を見渡してもっと空が見える場所を探す。


(おっ!あそこが割と開けてる!)


先程の戦闘で木がなぎ倒された場所が大きく開けているのを見つけ、立ち上がって焚火の中から燃える木の棒を一本取り上げて移動する。

空が開けた場所からもう一度空を見上げる。

一面に広がる星の海をジッと見渡し観察するが知った星座はない。

むしろまるで知らない空を見ている気分になってくる。

天文学どころか普通の勉強もロクにしたことはないが、世界中色んな場所、いろんな空を見てきた。

今まで自身の目で見てきたどの空とも違う気がする。


「なんだろうこの違和感・・・何かがおかしい気がする」


先程自分の胃袋に収まった獣にしたってそうだ。

確かに放電する水棲生物が実在することぐらいは知っている。

だが、陸上においてあれだけの放電現象を起こせる生き物など聞いた事がない。


「ほんとおかしな事だらけだ」


満天の星空に向かって1人そんな事を呟く。

僅かな混乱の中、不意に背後から吹いた風がカナタを通り過ぎていく。

そこに微かな水のにおいを嗅ぎとって思わず振り返る。


「水のニオイ!?」


胸の中から湧き上がる高揚感に思わず口元が綻ぶ。

先程、喉を潤すために獣の血を啜りはしたが、正直キツかった。

カナタは人間で吸血鬼ではないので普通の水が飲みたい。


蘭々と目を輝かせてニオイの元を辿る。

五感、特に嗅覚を研ぎ澄まして森の中を進む。もちろん迷わない様にマーキングは忘れない。

しばらく歩いた所で、木々の間を流れる小さな川を見つけた。


「川だ・・・川・・・水!」


歓喜に小躍りしてしまいそうな気持ちを抑え、川に駆け寄り水の中に手を沈める。

ひんやりとした冷たさが指先から脳へと駆けあがる。

続いて両手で水を掬いあげて舌で舐めてみる。違和感はない普通の水だ。

そのまま掬い上げた水を喉を鳴らしながら飲み干す。


「はぁ~うまい~」


間延びした声を上げて感想を口にする。誰も聞いてないけど。

その後、獣の血と肉の脂で汚れた手と口の汚れを洗い流す。

汗も洗い流したいが流れる水量が少ない為、今はやめておく。

人心地ついた所で、もう一度川の方へ視線を戻す。


「そういえば・・・」


高校の歴史の授業で教諭が文明は川の傍に発展したと話した事を思い出す。

チグリス、ユーフラテスだったかなんかそんな事を言っていた気がする。

授業の内容はともかくとしてこの川を下っていけば人のいるところまでたどり着ける可能性に思い至る。


「よし!明日からはこの川を下るとするか」


明日からの方針を決めたところで焚火の場所まで戻る。

戻る途中、闇の中から数匹の獣がこちらを窺っている気配を感じた。

だが、カナタの持った火の明かりか、あるいは服についた血の匂いを恐れてか近づいてはこなかった。

しかし油断すれば襲い掛かってきそうな危険な気配を感じる。


「やれやれ・・・今夜は安眠出来そうにないな」


そんな愚痴を零しながら焚火の前へと戻る。

その夜はそのまま地面に横なりながらも目を閉じる事なく過ごした。




太陽が昇り、朝の陽ざしが木々の合間から差し込む。

いつの間にか周囲の獣の気配も消え、周囲からは小鳥の囀り一つ聞こえず。

そんな静かな森の中でカナタは軽くストレッチする。


「さて、今日中に人に会えるか・・・最悪、街道に出たいところだな」


全身の筋肉をほぐし終えると、昨日焼いた肉を幾つか食し胃袋を満たす。

余った肉は捨て置き、角と毛皮も捨てていこうか迷ったが手持ちの武器が心もとない事もあり持っていくことにした。

角を毛皮で巻き、その上から作戦時に携帯している絞殺用のワイヤーで縛って肩に下げる。


「行くか」


支度を整えると、昨日見つけた小川に向かって歩き出す。

マーキングを頼りに川に出ると後は昨日の計画通りに川に沿って歩く。

昨日と違って辿るべき道(?)がはっきりしている分足取りは軽い。

太陽が真上に来る頃には歩く場所が土から砂利になり、小川は大きな川に合流していた。


「川を下って正解だったかな」


楽観的な事を呟くが、未だ街道どころか人の手の加わった場所を見てない。

決して楽観視出来るほど状況は好転していないが、昨日の右も左も分からない状況と違って今は自分が迷子でサバイバーで川下り中という事が分かっている。

少なくとも昨日より分かったことがあるからとポジティブに考える。


歩きながら冷めて固くなった肉をかじる。

一晩おいて少し味がついた気がしないでもないが獣臭い。

だが、この状況で贅沢など危険行為だと自信に言い聞かせて我慢する。

その時、川の中を悠々と泳ぐ魚と思しき影がいくつか見えた。


「晩飯魚にしようかな」


思うが早いか砂利道から隣接する森へと入ってマチェットで手頃な木の枝を落とすと、更に木の根元を掘り起こして土の中からミミズ(?)やムカデ(?)捕まえて川の方に戻る。

砂利道に転がる大岩の上に虫を放り出すと、コンバットナイフで木の枝を加工し始める。

ニコライとの修業時代に手先の器用さを買われて木細工を習い、今では腕もかなり上がっている。

あっという間に木の枝で竿と針を作り、その二つを手持ちのワイヤーで結ぶ。


「よしっ!いい出来じゃん」


出来栄えに満足気に頷くと、岩の上でのた打ち回る虫を掴んで針に突き刺す。

針の先で死のダンスを踊る虫には目もくれずに川の中に投げ込む。

投げ込んでから数秒後、すぐに竿の先に反応があった。


確かな手ごたえに竿を引き上げるとワイヤーの先に食らいつく魚の姿。


「おっし!いい感じだ!」


朝から幸先のいいスタートが切れたと笑顔を浮かべる。

直後、その後を追って巨大な蛇が水面から大口を開けて飛び上がった。


「い"っ!」


予想外の猛獣の登場にカナタの表情が笑顔が消えて歪む。

カナタの思惑など気にも留めず大蛇は魚を一呑みにすると、水しぶきをあげてカナタの目の前に着水する。


撒きあがった水しぶきを全身に受けながらカナタは大岩の上に立ち上がる。

そこで頭を持ち上げた大蛇と目が合う。


「やっ、やぁ」

「シャァアアアアッ!」


手を上げて挨拶をするカナタに、大蛇が叫び声をあげて攻撃態勢に入る。

対するカナタは身を翻すと同時に竿を投げ捨てて川下に向かって走り出す。


「勘弁しろよ~」


泣き言を言いながら足場の悪い砂利の上を全力で走るカナタ。

大蛇は砂利の上を滑るように進み、あっという間にカナタに追いつく。

開かれた口が近づき、上下2本の大きな牙が迫力を増す。

牙の先端には小さな穴。恐らく獲物に毒を流し込む器官だろう。


「そんなもん毒なしでも一発で死ぬっての!」


飛び掛かってきた大蛇の口の端外側ギリギリに飛び込みマチェットを振りぬく。

口の端を切られた大蛇の血が砂利の上に飛び散る。

その血に混じって飛び散った何かが砂利の上でガシャンと金属音を上げる。

予想外の音に嫌な予感を覚えて手に持ったマチェットを確認する。

マチェットの刀身が真ん中部分で折れてなくなっていた。


「最悪だ・・・」


折れたマチェットに涙目になりながらカナタが零す。

だが悲嘆に暮れている暇はない。大蛇が再びこちらを向く。

気のせいか、いや気のせいじゃなく間違いなく怒っている。

野生の怒りをほとばしらせて大蛇が体当たりを仕掛ける。

咄嗟に森の中に逃げ込んで体当たり攻撃を躱すと大蛇はそのまま背後の木に激突。木は根元からへし折れて倒れる。


その隙をついて再び森の中を川下に向かって走り出す。


「ったく。怒りすぎだろ!カルシウムとれよ!」


逃げるカナタに、態勢を立て直した大蛇が再びカナタに狙いを定めて追いかけてくる。

森の中を縫って迫る大蛇のスピードは凄まじく。人の足で逃げ切るのは不可能だと確信する。


(使いたくなかったんだけど仕方ない)


カナタも意を決してベルトにぶら下げていた切り札。ハンドグレネードに手を伸ばす。

縦横無心に迫りくる大蛇相手にタイミングを取るのは難しいがやるしかない。

森の中から飛び出して砂利の広がる川沿いへと躍り出る。


「さあ来やがれ!」


森から飛び出した大蛇が最初の攻撃と同じ様に口を開いて迫る。

カナタはその大口に向かってハンドグレネードのピンを素早く抜いて投げ込む。

投げ込まれた異物に反射的に大蛇の口が閉じる。

勝利を確信したカナタだったが直後彼にも予想外の事が起こった。

投げ込んだハンドグレネードが予想以上に早く爆発したのだ。

口の中で爆発を食らった大蛇が大きく身をくねらせながら転がる。


「うおっ!」


突進を躱して水の中に飛び込むつもりだったカナタだったが、予想した軌道と違う動きでもがく大蛇の尻尾に運悪く巻き込まれて弾き飛ばされる。

強い衝撃に体が浮かび上がり宙を舞う。

体中が軋む程の衝撃の中、受け身を取るべく落下地点に目を向ける。

川の下流、視線の先は切り立った崖になっていた。


「うそだろ!」


驚きに声を上げるが掴まるものも何もない空中では為す術がない。

カナタの体が崖の向こう側に真っ逆さまに落ちていく。

崖を越えて投げ出された体が眼下に広がる湖面へと吸い込まれるように落ちる。


 バッシャアァアアアアアン


大量の水しぶきを上げてカナタが崖下の湖に落ちた。

崖下までの高さは5m程と思ったほどの高さはなく

落下地点が水だったこともあり大きなダメージはなかった。


「ブハッ!ゲホッ!ゲホッ!」


水面から顔を出したカナタが咳き込みながら立ち上がる。

思わぬ出来事に多少ダメージを受けたが、思った程の負傷はない。

むしろ肩から下げた獣の角が帯びた電撃で背中が少し痺れている方が問題だ。


「まったくなんだんだよ今日は。次から次へと」


もう何度目になるかそんな文句を吐き出すカナタ。

その時、ふと自分へと向けられる視線に気づき振り返る。

カナタは視線の先に捉えた姿に思わず息を呑む。


腰の辺りまで伸びた長いブロンドの髪。

エメラルドの様な碧色の瞳。

キュッとした瑞々しい唇。

水を弾く透き通る様な白い肌。

女性特有の膨らみを持った柔らかそうな胸。


まるで絵に描いた様な美しい少女が一糸纏わぬ姿でこちらを見ていた。


「「あっ・・・・・」」


見つめ合ったまま二人して声をあげて固まる。

こうしてカナタはこの世界で最初となる出会いを迎えた。

ようやっとの第一章開幕です。

だいぶ泥臭い話になっちゃいました。

次回は異世界人とのファーストコンタクト。

カナタの運命やいかに!


※加筆、誤字修正しました

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