第38話 虎爪再来
ベシュナー領のほぼ中央、領主の街にほど近い場所に広大な森がある。
魔獣が多く生息する事から余人が近づく事がない森の奥深く。
そこに胴着に身を包んだ1人の男の姿があった。
「コォオオオオオオッ」
目を閉じ、息を吐きながら目の前にある全長10mはあろうかという大岩に向かってゆっくりと右手を前に伸ばす。
男の姿が徐々に変貌していき、灰と白の毛並みをした虎の姿となる。
男の名はシュンコウ。
星爪の旅団という獣人を中心に結成された組織の中でも生粋の武闘派で知られ、虎爪師団の師団長を任されている男。
獣人体へと姿を変えたシュンコウの動きがピタリと止まる。
次の瞬間、カッと目を見開いたシュンコウが全身に漲る力を右拳の先に集めて解き放つ。
「南星獣角拳奥義・流星爆砕!」
ゴウッという唸りを上げて繰り出された拳の先が岩を打つ。
直後に大岩の全体に亀裂が走り、内側から粉微塵に砕け散る。
降り注ぐ岩の破片を浴びながら、シュンコウが前に突き出した拳をゆっくり下ろす。
大きく一度深呼吸をした後、獣人の姿から人の姿へと戻る。
「ふむ、仕上がりは上々といった所か・・・」
自分の拳を見下ろしながらシュンコウが小さく呟く。
見下ろした拳を開くと、それを顔の高さまで持ち上げて顔に刻まれた傷口をなぞる。
痕は残っているが傷としては完全に治っている。
なのに触れれば小さな痛みを感じる。
痛みとしては些細な物、だがその痛みが彼にとって苦い記憶を呼び覚ます。
沸々と体の奥底から湧き上がってくる感情。
色褪せる事の無い怒りが真っ黒な激情がマグマの様な熱をもって体の中を駆け巡る。
「早く。早く来い!早くぅうううう」
顔の傷に何度も指を這わせながら狂気に満ちた目でシュンコウが呟く。
最早彼の頭の中に当初の目的であった聖女と貴族の抹殺はない。
今あるのは己の顔に傷をつけたただ1人の少年を己の手でくびり殺す事のみ。
「あのガキはまだかぁぁああ。カナタ!カナタァアアアアアア!」
絶叫が静かな森の中に響き渡る。
シュンコウの周囲には何匹かの魔獣の気配がある。
だが、それらが近づいてくる気配はない。
魔獣の本能がシュンコウの力を恐れて近付かないのだ。
最初の内は無謀にも襲い掛かってくる魔獣がいたが、
この森に入って数日、修行として多くの魔獣を始末している内にそういったものもいなくなった。
森で一番強かった熊の魔獣も、今日の朝には肉塊に変えた。
それでもその結果に満足できずに今もこうして鍛錬を続けている。
狩った魔獣の方が生物として個体としてのスペックではカナタを凌駕していた。
それでも魔獣達を何匹殺した所であの少年を勝てるイメージには繋がらなかった。
結局のところ、カナタを相手にするには直接戦ってみなければどうなるかなんて分からない。
「私が勝つ。次こそはこの私がなぁああああああああ!」
深き森の奥底で闇に向かって吠える灰色の虎。
その言葉が引き金となったのか背後から近付く人の気配を感じ振り返ると、
部下の1人が木々の間から姿を現す。
「シュンコウ師団長。奴らが領主の街へ近づいてきております」
「クククク。ついに来たか。で、いつ頃到着しそうだ?」
先程とは打って変わって落ち着いた口調で尋ねるシュンコウ。
部下は態度を崩す事無く報告を続ける。
「ハッ!明日の昼には街に入るかと・・・」
「そうか。ならば出迎えの準備をしないとな。・・・フフフ。ハーハッハッハッハ!」
待ちに待った時が来た事にシュンコウは笑い声を上げる。
自身達の纏め役たる師団長シュンコウの異様な姿に慄きつつも、
報告に来た部下も彼のやろうとしている事を止めようとしない。
何故なら、彼もまた彼の地での戦いで友をリシッドに殺されているからだ。
「復讐の時、ですねシュンコウ師団長」
「その通りだ。受けた屈辱は必ず倍にして返すぞ人間共め!」
高らかなるシュンコウの宣言が闇に木霊する。
その声に呼応して闇に潜んでいたシュンコウ配下の者達が姿を現す。
怒りと復讐の光をその眼に宿した悪鬼達が今、動き出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、カナタ達は領主の目と鼻の先まで来ていた。
ユーステス領での戦いを合わせればここまで13日間、獣人達からの襲撃は一切ない。
起こった事と言えば土精霊ドノウとの戦闘にイシマでの鍛冶職人誘拐事件。
その他だとの村や町で喧嘩の仲裁や、何も知らずに襲ってきた野盗の撃退程度。
「こうまで何も起きないと返って不気味だな」
「そう?これが本来の聖女の巡礼の在り方なんだけどね」
カナタの言葉にテーラが困り顔を浮かべながら答える。
地球にいた頃も異世界に来てからも戦いが日常であるカナタにとっては違和感ないが、
リシッドやテーラ達、ガノン王国兵士にとってはこれまでの連戦の日々こそが異常なのだ。
「ともあれ、流石にもうそろそろ何か来そうな気はしますね。特にいつかの虎の獣人とか」
「そうだな。確かにあの虎の獣人共とは決着が着いてないしな」
「虎の獣人っすか?その話詳しく聞きたいっす」
サロネとジーペ、2人の口から出た言葉にダスターが喰いつく。
興味津々と言った様子のダスターにサロネが頷く。
「そうか。テーラさんとダスターさんは加入前でしたね。いやもう大変だったんですよ。ユーステス領に入ってすぐのタイミングだったんですが、山中で虎の獣人の襲撃を受けちゃって・・・」
「ほぉ、それでどうしたんですか?」
余程続きが気になるのか、やや食い気味に尋ねるダスターにサロネも調子に乗って語り始める。
「現れた相手の数は15人。対するこちらは半分の7人!それでも聖女様を守るべく僕達は力を合わせ、敵に立ち向かったのです!」
「おお!」
芝居がかった口調で語り出したサロネにダスターが引き込まれる。
周囲で彼の話を聞いていたジーペとカナタが苦笑いする。
どう考えてもサロネの語りには若干話を盛っている節があるからだ。
(そんな暑苦しい感じで立ち向かったっけ?)
(いや、どうだったかな?少なくとももうちょい追い詰められてた感はあった気がする)
話を隣で聞きながらカナタとジーペは視線で意見を交わす。
その間にもサロネの語りはヒートアップし、ありもしない事まで語り始める。
「敵の大将。シュンコウとカナタくんの戦いはそれはそれは凄まじく!地は裂かれ、木々はなぎ倒され、他の者が入り込む余地がない程で!」
「おお~っ!」
身振り手振りを交えてのサロネの語りにダスターが身を乗り出す。
だが、それを聞いていた男2人の表情が歪む。
(そんな事あったのか?)
(いや、確かに木は倒れてたけど・・・。そもそもサロネってこっちの戦闘見てないよね)
(そういや確かにそうだな。どうする?止めるか?)
(そうだな。あんま楽勝ムードで再戦なんてなって事になったら目も当てられないし)
誇張どころか虚偽まで混じり始めたサロネの語りをそろそろ止めるようと、
カナタとジーペが割り込むタイミングを計り始める。
そんな2人の意図を知ってか知らずかサロネの語りは佳境へと突入する。
「敵も中々にやるもので一進一退の攻防が続いたんですけど、そこへ突如天空から乱入する影!なんと天災級魔獣としても悪名高いあのテンペスタークロウが僕達の頭上に!」
「テッ、テンペスタークロウ!?」
その名を聞いたダスターがひっくり返らんばかりのオーバーなリアクションで仰け反る。
馬車の隅で呆れながら話を聞いていたリルルとテーラもこれには少し驚いたらしく動きが止まる。
カナタには分からないが、天災級魔獣とはそれ程の脅威らしい。
「そっそれで、どうなったんですか!」
続きが気になって仕方ない様子のダスターの問いに、サロネがフッと穏やかな表情を見せる。
「大丈夫です。確かにテンペスタークロウの襲来は予想外でしたが、その結果向こうもこちらも戦闘を中断。虎の獣人達は尻尾を巻いて逃走。こちらはなんとかその場に踏み止まり、テンペスタークロウがまき散らす災害から生き延びました」
「はぁ~。なんか凄いっすね!波乱万丈って感じっすね!」
語り終えて余韻に浸るサロネと彼の話に完全に引き込まれ興奮気味のダスター。
結局話に割り込むタイミングを逸したカナタとジーペがサッと目を逸らす。
そんな彼等にリルルとテーラが冷たい視線を向ける。
「ほんっと男ってこれだから・・・」
「なんでもいいですけど、嘘は感心しませんわ」
「嘘じゃないですよ!ねっ2人共!」
呆れ口調の女性2人からの言葉に、心外だと言わんばかりにサロネが反論する。
それに対し、同意を求められたカナタとジーペは頬を引き攣らせる。
「ああ、まあ多分間違っては・・・いないかな?」
「うん。たぶん、多少?表現が過剰なぐらい・・・な気がする」
「ですよね!聖女様もそうですよね!」
「えっ!私ですか!」
歯切れ悪い2人の返事の後、何故か突然話を振られ、
レティスが困惑の表情を浮かべる。
「あの、えっと・・起こった事は間違いなかったと思いますよ」
「ふ~ん。そう。あなたがそう言うならそれで構いませんわ」
「あうぅうう」
もうどうでもいいと言わんばかりにリルルに話を打ち切られ、レティスが涙目になる。
サロネに巻き込まれた挙句、貧乏くじまで引かされたのだから無理もない。
哀れなレティスに周囲から同情的な視線が向けられる。
元凶となったサロネも申し訳なさそうに頭を下げる中、彼女に熱い視線送る男が1人。
「はぁはぁ、そんなレティス様も可愛いよレティス様」
「・・・・・」
「悪いカナタ。今のオマエ結構キモイわ」
「カナタくん。それはないよ」
「女性の前ではやめた方がいいわよ。カナタくん」
荒い息を吐き両手の指をワキワキと動かす紛う事無き変質者に仲間達から非難の声が飛ぶ。
そんな荷台の騒々しい声も最早聞き慣れたものになりつつある事に危機感を募らせる男がいた。
他でもない聖女護衛部隊の隊長リシッドだ。
「どうしようシュパル。なんかこの状況に慣れ始めた自分がいるんだけど・・・」
「まあ、いいんじゃないですか。それが悪い事という訳でもないですし」
いつもと若干方向性の違う悩みを漏らすリーダーをいつものように宥める。
その心の内では、随分と騒々しくなった隊の様子を父親の様な視点で見守っているシュパルがいた。
(リルル様達合流メンバーも随分と隊の雰囲気に馴染んだようだし、よかったよかった)
加入当初は彼女達の境遇に同情し、何か手助けできないかと思っていたが、
自分が何かをするまでもなくカナタを始めとした他のメンバーだけでなんとかなった。
もう私が何かしなくても若者達は上手くやっていけるんだな等と彼らの成長を喜びつつも、一抹の寂しさを味わうシュパル。
バタバタと今日もにぎやかな一行の馬車が小高い丘の上に出る。
「おっ!隊長。ようやく見えてきましたよ」
「ん?ああ、その様だな」
シュパルの声に反応してリシッドも前方に見えた街に目を向ける。
ベシュナー領、領主の街フラープ。
広大な盆地の中に形成された円形の大きな街。
街の周囲は城壁と見紛う程に立派な石壁に守られており、大型の魔獣であろうともそう簡単に侵入する事は出来ない造りになっている。
街の中央には大きな湖があり、湖の中心にある島には領主の館が建っていた。
館のある島からは長い1本の橋が湖の外まで伸びており、唯一の出入り口となっている。
「何度見てもあの館は壮大だな」
「そうですね」
この地を訪れるのはリシッド自身3度目の事だが、3度共別の確度から街を見ているが、どこからみても景観の良さだけは変わらず美しい。
景色の良さに見惚れているリシッドの後ろ、馬車の荷台からカナタが顔を出す。
「なぁなぁ、今回行くベシュナー領の領主ってどんな人なんだ?」
「そうだな。コンブル・ベシュナー様は二十貴族会の前議長を務められた大変聡明で優れた方だ」
「知らないよ。そんな事言われたって分かる訳ないだろバーカ」
「なんだとぉ」
「なんだよ。やんのか?」
今すぐにでも殴り合いそうな程に睨み合うカナタとリシッド。
相も変わらず血の気の多い2人に苦笑を漏らしながらシュパルが2人の諍いに水を差す。
「コンブル様は大変温厚な方だよ。貴族、平民分け隔てなく接せられる素晴しい方だ」
「へぇ~」
「ただ、怒らせると物凄く恐い方でもある。若い頃にはベシュナー領で悪事を働いた山賊を全員捉えた後、長い時間を掛けて拷問した上で処刑したという話もある」
「それはまたなんとも・・・」
極端な人間がいたものだと言いかけたが、確かに怒らせると恐い人間というのは存在すると思って口を閉ざす。
カナタ自身、この世界に渡る直前に戦った戦闘狂の事を思い浮かべて身震いする。
あの男も平時とキレてる時で戦闘力が段違いだった。
「その事件以来ベシュナー領で悪事を行う者はかなり少なくなったという話だから結果的には良かったと言うべきなのかな」
「流石はコンブル様だ。民を想い民のために働く。決して悪を許さぬ心。私自身もかくありたいものだ」
「そういえば隊長はコンブル様に憧れているんでしたね」
「ああ、私の貴族としての理想像はリシュナー様とコンブル様だからな」
そう言って珍しく嬉しそうに語るリシッド。
カナタと口喧嘩している時とはまた違った意味で子供の様なその表情は、
さながら好きなスポーツ選手について語る少年の様でもあった。
「リシッドってタダの堅物野郎だと思ってたけど意外とそうでもなかったりする?」
「はははっ、昔から子供っぽいところは治らないままだ」
「なっ!そんな事無いだろ!」
酷い言いがかりだと憤慨するリシッドを余所にカナタとシュパルが笑う。
そうこうしている間に馬車は街の正面ゲート前まで近づく。
馬車の接近に気付いた門番が入り口脇にある詰所から顔を出す。
それからはいつものように手続きを済ませて街の中に入る。
フラープは他の街と同じ様に人は多いのだが、騒々しいといった印象を全く受けない静かな街だった。
活気に満ちた街もいいが、こういった落ち着いた雰囲気の街も悪くない。
そんな感想を抱きながらカナタは行き交う人々を目で追う。
その光景はどこかで見た古都京都を連想させるものであった。
「なんかこう外からの景色だけじゃなくて、街の中まで絵になる感じの街なんだな」
「フラープの人は皆静かで大人しいのが特徴だとよく言われるからな。だからという訳ではないがフラープ出身者で兵士になる者はほとんどいないそうだ」
豆知識を披露するリシッドの話を聞き流し、周囲を見渡していた時。
館のある方角から風に乗って運ばれてきた匂いがカナタの鼻を刺激する。
その匂いはカナタにとってはとてもよく嗅ぎ慣れた匂いであり、この街の雰囲気に最もそぐわない匂い。
「血の匂いがする」
「っ!?」
あまりにも微かな匂いだった為、気が付かなかったリシッド達の間に緊張が走る。
即座にリシッドが全員に向かって号令を発する。
「全員!緊急警戒態勢!」
『了解っ!』
荷馬車の上のジーペとサロネが馬車後方、馬車両側についていたベーゾンとダットンが左右、前方をシュパルが素早く視線を走らせる。
何事かと周囲の人々が様子を窺っているが、それらを相手にしている余裕はない。
注意深く辺り確認するが街中に異変は見られない。
「報告しろ!」
「前方異常ありません」
「後方異常ありません」
「右側異常ありません」
「左側異常ありません」
部下達の報告を聞き終えたリシッドが厳しい表情を浮かべる。
「となるとこの付近ではないのか?」
顎に手を当て考え込むリシッド。
そんな彼の前でカナタが匂いのする方向に向かって指を差す。
「前だ。恐らくあの館の中で何かが起こっている」
「館からだと・・・」
カナタの口から出た言葉にリシッドは足元が大きく揺さぶられる様な心地になる。
尊敬する領主コンブルの危機を察したリシッドの中で焦りが募る。
「侵入経路が一か所しかない館だぞ。一体どうやって・・・」
「真正面から乗り込んだとでもいうのか」
館にまでは橋を渡って入り込む以外の道は存在しない。
だが、橋の前には門番が存在し橋を渡るモノを検閲している。
橋の前の門番は今も存在しており異変は見られない。
「湖を渡ったというのか?それとも・・・」
チラリと橋の前の守備兵にリシッドが目を向けると、結構な距離があるにも関わらず相手と目が合う。
相手はこちらを見つけるなり口の端を吊り上げて笑い、挙句手まで振ってきた。
傍から見れば気持ちのいい挨拶に映るだろうが、リシッドにとってこれほど怖気のする挨拶はかつてなかった。
「ダメだ。既に橋の前の詰所は制圧されている」
「えっ!」
「ウソッ!」
リシッドの言葉に馬車の荷台からサロネとテーラが驚きの声を漏らす。
リシッドと同じ様に詰所の様子を確認したシュパルも表情を曇らせる。
「なんて事だ。ということはやはり敵は館の内部に侵入しているという事か」
「ちょっと待ってくださいっす。確か今ってベシュナー領には合流予定の増援部隊が来ているはずだから戦力は拡充されてるはずっすよね」
「それに領主様付きの騎士様もいらっしゃるはずだし、敵に攻め入られるなんて事は・・・」
ダスターの言うように確かにここフラープで聖女護衛の増援部隊が合流する予定だった。
それにテーラが言うように領主付きの騎士だって常に領主の傍にいる。
そう易々と後れを取ったりはしないはず。なのに何故だろう。
リシッドの中で胸騒ぎが収まらない。
その時、どこから現れたのか馬車の前に1人の黒いマント姿の男が進み出る。
相手の表情や格好には見覚えがある。いつか山の中で遭遇した虎の獣人の1人だ。
「聖女レティス様とリルル様御一行ですね。お待ちしておりました」
まるであの時の事を思い出させるように恭しく一礼し、口上を述べる男。
状況を理解したリシッド隊の警戒心が一気に高まる。
こちらの反応に満足したのか、男は薄ら笑いを浮かべて言葉を続ける。
「シュンコウ師団長より伝言を託って参りました」
「・・・話せ」
「領主の命は預かっている。助けたければ橋を渡って館へ来い。いつかの戦いの決着を付けよう。との事です」
男の言葉に、リシッドを含めた全員の間に重苦しい沈黙が降りてくる。
聖女の護衛として危険の中に飛び込む様な事をするべきか、
しかし飛び込まなければ領主を助ける事が出来ない。
「どうします。これって罠の可能性が・・・」
「しかしこの事態を見過ごす訳にも・・・」
どうする事が正しいのかと部下達の目がリシッドに問いかけてくる。
そんな時、荷馬車の上で身を隠していた聖女2人が顔を出す。
「リシッド隊長。助けに行きましょう。助けられるのは私達しかいません」
「コンブル様は二十貴族会の重鎮。こんなところで失う訳にはまいりませんわ」
聖女2人からの思わぬ申し出、以前のリシッドならば聖女2人の言葉といえどすぐに決断することは出来ずに選択に迷った事だろう。
だが、今回のリシッドは一味違う。
「総員戦闘準備!これより領主コンブル様の救出に向かうぞ」
思った以上の早さで下された隊長からの命令にリシッド隊の面々が一瞬言葉の意味を理解できずに硬直する。
そんな不甲斐ない部下達にリシッドが鋭い目を向ける。
「どうしたシュパル副隊長。復唱せよ!」
「ハッ!リシッド隊総員戦闘準備!」
『了解!』
シュパルの号令に合わせて全員が声を合わせて命令に応じる。
その様子を眺めていたシュンコウの使者がニヤリと笑う。
「そうでなくては面白くない。館まで案内するから付いて来い」
男はそう言うと踵を返し、館へ向かって歩き出す。
その後に続く様にリシッドも馬を前に向かって進ませる。
館へと続く街のメインストリートを男の後に続いて馬車が進む。
人ごみの中をしばらく進んだところで前を歩いていた男が思い出したように口を開く。
「そうそう。言い忘れていたがお前達全員が死ぬまで聖女2人には一切手を出さない事を約束しよう」
「それを信用しろと?」
「いいや、だが今回の我々の目的はあくまでお前達に受けた屈辱を晴らし、仲間の仇を討つ事だと言いたいだけだ」
前を歩く男がギリリと歯を噛みしめる音が後ろの馬車まで聞こえてくる。
「しかし意外だな。獣人が我々の為にこんな所でわざわざ網を張って待っているとは思わなかった。随分と過大評価されたものだな」
「自惚れるなよ人間。あの館こそがお前達の墓場となるのだ」
リシッドの言葉が余程相手の気に障ったのか先ほど浮かべた笑みとは対照的に、
怒りの形相を浮かべて男が振り返る。
「せいぜい今の内に最後の別れを済ませておくんだな」
それだけ言うと男は再び前を向いて歩き始める。
再び歩き出した後、馬車は橋の前の詰所の横を抜けて橋の上に出る。
馬車が橋の上に移動した事を確認した所で、詰所の中で門番に偽装していた獣人が馬車の後ろに回り込みその後に続く。
「どうやら奴さん達。本気で決着を付けるつもりみたいですね」
「それならこちらも望む所ですよ」
「よく考えたら、ここで逃げた所でコイツ等が諦めるとも思えませんしね」
「なんか知らないっすけど、話に聞いた虎の獣人との闘い!燃えるっすね!」
「私達も全力で相手をするまでです」
リシッド隊全メンバーも目の前の戦いに向けてよりそれぞれが強い意思を見せる。
戦うと決まった以上、もう彼らに迷いはない。
士気が高まる仲間達を余所に、カナタは平常運転で荷台の上で武器のチェックを始める。
イシマで購入した武器を次々と身に着けていく。
「ヘンゼルとグレーテルは問題なし。スローイングナイフもスティックタイプ5本とアロータイプが5本ずつ。後は片手剣をどれにするかだな」
自分で買った2本とコクタクから贈られた片手剣の計3本を前に悩むカナタ。
恐らく今回の戦いも前回と同じく自分がシュンコウと戦う事になるだろう。
「だったらやっぱりこれかな」
カナタが手にしたのはコクタクから贈られた至高の1本。
選んだ理由は単純明快。
重要な局面で使うならばより性能の高いものを使うべきという判断からだ。
こうして全ての武器を選び終えたカナタ。
彼にとっては地球での最後の作戦以降、久方ぶりの完全武装だ。
愛用していた道具でない事を除けば今の装備に不安要素は特にない。
「こんなもんでいいかな?」
動きづらかったり、おかしなところはないかと手足を振って確認する。
体が違和感なく動く事を確認すると小さく頷く。
「よしっ!準備完了」
カナタの支度が終わったのとほぼ同時に馬車が大きく揺れて止まる。
外を見ると、橋を渡り切り館の敷地に乗り入れた所だった。
「着いたって事でいいのかな?」
「その様ですね」
カナタの問いに外の様子を窺っていたテーラが首を縦に振って肯定する。
直後、馬車の前方を歩いていた案内役の男から声が掛かる。
「全員馬を降りろ。建物の中に案内する」
「・・・分かった」
男の声に従ってリシッドが全員に向かって下車を促す。
全員が馬と馬車から降りて敷地内に出る。
馬車をその場に留めて門を潜った一同はそこに広がっていた光景に一瞬言葉を失う。
「っ!」
「そんなっ!」
「・・・酷い」
「ようこそ。ここが今日貴様らに復讐する為だけに用意された処刑場だ」
門の内側に入った彼らの周囲一帯には撒き散らされた血と臓物。
あちこちに転がるのは頭部を潰され、腕をもがれ、体を裂かれた死体の数々。
身に着けた装備等からここの守備兵や、聖女護衛の増員メンバーと見て間違いないなさそうだ。
「これってまさか」
「ええ、間違いないでしょう。ここの守備兵と護衛の増員メンバーですね」
「そんな・・・ここまでするなんて」
鎧を紙くず同然に引き裂かれ、骨も肉も断ち切られた無残な死体が敵の強さを物語っている。
あまりに凄惨な光景を前に女性陣の顔色が目に見えて悪くなる。
その事に気分を良くしたのか案内役の男が聖女2人に語り掛ける。
「聖女様達には少々刺激が強かったようですね。これからより辛い場面に出くわす事になるのだから。今の内に馬車の中で休んでいても構いませんよ」
どこか小馬鹿にわざとらしい敬語で喋る相手に聖女2人は首を左右に振って相手の言葉を否定する。
「いいえ、私達は最後まで見届けます」
「王国に仇なす不逞の輩がどの様な末路を辿るのかをね」
「ふんっ!くれぐれも巻き添えを喰らって死なない様に気を付けるんだな」
不機嫌そうに聖女2人にそれだけ言うと、男はカナタへと視線を移す。
「小僧。シュンコウ様が館の2階でお待ちだ」
「ん?あっそう」
男の言葉に生返事で答えながらカナタが周囲を見渡す。
それからゆっくりと視線を館へと移動させると入り口に向かって歩き出す。
「リシッド。こいつら多分前回よりも相当強くなってるから気を付けろよ」
「言われるまでもない。おまえの方こそ抜かるなよ」
「バーカ。誰に向かって言ってんだよ」
そう言ってすれ違い際に2人は互いの拳をぶつけ合う。
「下は任せた」
「親玉を頼む」
短い言葉にありったけの思いを乗せて相手に託す。
相も変わらず口喧嘩の絶えない2人だが、こういう時はつくづく息が合う。
カナタはそのまま案内役の男の横を通り抜けて館の扉の前まで移動するとその扉を開く。
開かれた扉の向こう側、眼前の光景にカナタが薄く笑う。
「諸君、出迎えご苦労」
扉の向こう側に立っていたシュンコウの手下達に向かって軽口を叩くカナタ。
20人の虎の獣人が一斉にギロリと鋭い視線を向けるが、カナタがそれらを意に介する様子はない。
「ガキが。さっさとシュンコウ師団長に殺されて来いよ」
「その後で五体をバラバラにして門の外に吊るしてやる」
「残念。そんな未来は永久に来ないよ」
目の前の獣人と軽い皮肉の言葉を交わし、カナタが館の中に踏み入る。
カナタと入れ替わる様に館の中にいた獣人達が外へと飛び出していく。
あっという間に誰も居なくなった広いホールの中、ポツンと取り残されたカナタの後ろでゆっくりと扉が閉まる。
直後に、外から戦いの開始を告げる轟音が鳴り響く。
「えっと、あのクサレ野郎がいるのは確か2階だったな」
目の前に伸びる2階への階段を確認するとカナタは移動を開始する。
外から見た時よりも広い印象の建物の中を気配に気を配りながら歩く。
周囲を見ながら歩いていると、廊下のあちこちにも血痕が残されており、
部屋のいくつかからは濃厚な血の匂いが漂ってくる。
「この様子だと屋敷内は全滅だろうな~」
どうやらあの虎男は兵士だけでなく屋敷の使用人までも手に掛けている。
元々獣人達のやり方が気に喰わないとは思っていたが、
戦う力を持たぬ人間にまで手に掛けたのならばもはや許す理由などない。
「これ以上犠牲者は出させない。ここで終わりにする」
決意と共に館の最奥にある領主の部屋へ向かって進む。
近付く程に強烈な殺気がカナタを押し潰そうとのしかかってくる。
それをものともせずに突き進み最奥にある扉へとカナタは手を掛ける。
ドアノブを回すと、ギイッという鈍い音を立てて開く。
扉の先、部屋の中央に置かれた木製の大きな机の奥、
領主が座るに相応しい大きな椅子に背を預ける見覚えのある男。
「ようやく来たか小僧。待っていたぞ」
「そうかい。俺は別にそうでもなかったよゲス野郎」
シュンコウの言葉に応じながらカナタが素早く室内を見渡す。
最初に目についたのは窓の傍、柱に張り付けにされた下半身のない白い軍服姿の男の遺体。
あの服装には見覚えがある。いつかルードが着ていた騎士の正装だ。
カナタの視線に気づいたシュンコウが聞きもしないのに喋りだす。
「その男がここの領主に仕える騎士だったんだが、貴様を迎える準備運動にと思って相手をしたがまるで話にならなかった」
「・・・別に聞いてねえよ」
「なんの役にも立たなかった罰に自分の剣で胸を貫いて殺してやった」
「だから聞いてないって」
「ククククク。そうか。じゃあおまえが気にしているのはこの男か?」
シュンコウは笑いながら足元に手を伸ばし、そこに落ちていたモノを拾い上げる。
彼が掴み上げたのは真っ白な髪と髭を蓄えた老人の姿。
血を流しすぎているのか顔面は蒼白になっており、大変危険な状態であると一目でわかる。
「おいおい、人質の扱いがなってないぞクサレネコ科野郎」
「私は無傷で渡す等とは一言も言ってないぞ」
「ああ、そうかよ!」
瞬間、カナタは袖に仕込んでいた棒状のスローイングナイフを引き抜いてシュンコウへと投げつける。
飛来するナイフを咄嗟に片手で弾いたシュンコウ。
直後、ナイフを弾いた筈の手に走る鈍い痛み。
何事かと思い痛みの元を探るべく自分の腕に目を向けると、腕に突き刺さった白い刃。
「なんだこれは?」
「ナイフだよ。そんな事も分からないほど馬鹿なのかおまえは?」
然も当然と言い放つカナタの言葉に、シュンコウの怒りが一気に頂点まで上り詰める。
「人間の分際で・・・一度ならず二度までもこの私に傷を・・・・許さぬ。決して許さぬぞおぉおおおおお!」
「それはこっちのセリフだボケ。速攻で地獄に叩きこんでやるから覚悟しろ!」
今再び向かい合った狂える虎と凶刃の少年。
命を削り合う激しい戦いの幕が上がる。
更新が遅くなって大変申し訳ありません。
どうにも話が決まらないのと、
展開に悩みまして遅くなりました。
ともあれついに来ました
リシッド隊+カナタVSシュンコウ率いる虎爪師団!
次回!激闘が始まりますのでお楽しみに!




