第35話 小悪党ノ皮算用
町での小競り合いの後、負傷した男を連れてカナタとダスターは一度教会へと戻った。
先に馬車の前で待っていたレティスとリルル、リシッド隊の面々に事情を説明をした。
「はぁ、あれほど揉め事は起こさない様にって言ったのに」
「申し訳ないっす姉御」
テーラからの叱責を受けながら、ダスターは申し訳なさそうに頭を下げる。
とはいえ今回ダスターに自身にさほど非はない。
ただ、同行していながらカナタを止められなかった事も言い訳はできない。
最も、ダスターがどう頑張ったところでカナタを止められたかは疑問が残る所だ。
「まったく。本当に躾がなってない野良犬ですわね」
「面目次第もありません」
呆れた様子のリルルの言葉にリシッドが頭を下げて謝罪する。
自分の直轄の部下ではないとはいえ、人員の配置はリシッドが決めた事。
監督者としての責任はリシッドにある。
「リシッド隊長。これで出発が遅れる様な事になっては困りますわよ」
「勿論、そうならない様には致します。ご安心を」
「そう。それが分かっているのなら構いませんわ」
そこまで言うと興味を失った様子のリルルが教会の建物へと足を向ける。
「私、長旅で疲れていますのでこれで失礼致しますわ」
それだけ言い残し、リルルはテーラとダスターに目配せで合図を送る。
2人は彼女の意図を察してその後ろについて歩き出す。
教会側の計らいで教会内に部屋を借りられる事になったので、そこに向かうのだろう。
白い教会の建物内へと歩き去るリルルの背中を見送りながらリシッドは溜息を吐く。
「まったく。あのアホのせいで俺が怒られたじゃないか」
部下の失態ならば隊長である自分の指導不足であると諦めもつくが、
自分の部下でもなくまるで言う事も聞かない問題児のせいで頭を下げる事には、
流石のリシッドも納得いかないといった様子だ。
かなりブルーが入って俯いたリシッドが視線を動かし、歩き去るリルル達から問題児へと移動させる。
そこには、教会の庭の真ん中、芝生の上に正座してベーゾンとシュパルに説教されるカナタの姿。
「カナタ少年。ちょっと勝手が過ぎるんじゃないか」
「カナタ。あまり好き勝手に行動するな」
「ハイ。スイマセンデシタ」
平伏し、謝罪の言葉を述べる少年は珍しく反省しているように見える。
彼の前にはリシッド隊の保護者兼お父さん的立場であるシュパルと、彼の教師代わりを務めるベーゾンの2人。
当初、リシッドは自ら説教しようと思っていたのだが隊員全員に止められた。
曰く、リシッド相手だとカナタは反省するどころか食って掛かり、無駄な口論にしかならないからだとか。
リシッドとしては不満の残る話だったが、結局彼らの意見に押し切られる形で今の状況と相成った。
結果的にこれが功を奏したらしく。今、カナタは涙目になっている。
この2人相手だとカナタも強く出られないらしく正座を続けている。
「結果、皆の言った事通りの方がうまく事が運んだか」
正直、隊長としての威厳だとかなんだとかで複雑な気もするが、
結果上手くいっているので文句を言う余地もない。
(あのバカがまるで借りてきた猫の様だ)
何せ隊の中でもカナタにとって頭が上がらない2人が相手なのだからそれも当然。
ジャパニーズDOGEZAを披露するまでに追い詰められる。
そんなカナタの姿を見つめるリシッドの口元が思わず綻ぶ。
「フンッ。実にいい気味だ」
「あん?なんか言ったかクソ貴族」
リシッドの小さな呟きを耳ざとく拾ったカナタがギロリと鋭い視線を向ける。
カナタの視線を受けたリシッドが応戦すべく口を開きかけるが、
それよりも先にシュパルとベーゾンが2人の間に割って入る。
「カナタ少年。まだ話は終わってないぞ」
「カナタ。反省が足りないようだな」
「ソンナコトナイデス。チョーハンセイシテマスデス」
「・・・・・」
腕組みをして目の前に立ちふさがる2人の兵士の圧力に、カナタがみるみる縮こまる。
まるで山門に立つ金剛力士像を彷彿とさせる迫力に、視線が自然と足元に下がる。
逆にいつもの口喧嘩に発展すると思っていたリシッドは、なんだか肩透かしを食ったような気分になる。
行き場を失った感情を持て余しながら、視線を彷徨わせるリシッド。
ふと、そんなリシッドの視界に、レティスの治療を受けている男の姿が目に入る。
カナタとダスターが連れてきたこの町の鍛冶職人見習いの青年。
(名前は確か・・・ジックだったか?)
何やら只ならぬ様子でカナタ達に助けを求めてきたという事で、
現在はレティスに治療を受けながらサロネとジーペが彼から事情を聞いている。
(他にやる事もないし、俺もあっちに行くか)
いつもの遊び相手を他人に奪われたような、なんともいえない感覚を追い払うべく
リシッドはレティス達の方へと移動する。
「どうだ、何か分かったか?」
「ええ、まあ大凡の事情は分かりましたよ隊長。ただ・・・」
「ちょっと厄介な事になってますね」
「厄介?」
何やら煮え切らない様子の2人の返事に、リシッドが眉根を寄せる。
2人の態度から面倒事である事は目に見えて明らかだ。
「彼の師匠。この町でも指折りの鍛冶師でコクタクってお人なんですがね」
「ちょっと待て、コクタクってあのコクタクか?」
「ええ、あのコクタクさんです」
彼らの言うコクタクというのは、ガノン王国でも五本の指に入る鍛冶職人の名だ。
華美な装飾などはないが、その性能の高さからナイフ一本ですら破格の値で取引される程の一品と言われる。
武器を扱う者にとってはまさに憧れの存在である。
「確か国王陛下自らが王太子の元服の品を依頼した程の御仁ではないか。それが何故厄介ごとに巻き込まれるというんだ?」
「まさにその件みたいなんですよ。今回の問題」
「ん?どういうことだ?」
リシッドの問いに、サロネが少し思案するとジックの方を見る。
サロネの視線を受けたジックは小さく頷いて口を開く。
「詳しいお話は私の方からさせて頂きます」
そう言ってジックは鍛冶師コクタクと自分に起こった出来事を語り始めた。
事の始まりはコクタクが国王直々の依頼を受けた事に端を発する。
リシッド達が聖女と旅に出る前からこの依頼は決まっていた事だが、
この度、正式に王都からの使者がコクタクの下へ書状を持って現れた。
「勿論、師匠はその話をお受けになりました」
「それは当然そうでしょうね」
王家の、それも次期国王の元服の品を作るなど職人にとってこの上ない名誉だ。
余程の理由がない限り、これを断ろうなんて職人はこの国には居ないだろう。
「ただ、問題はそのあとすぐに起こりました」
使者が書状を持って現れたその日の内に、イシマの町でも1、2を争う大店の店主から、献上品の合作の申し出があったのだ。
「師匠はそれを断りました。自分の受けた仕事だから他人の力は借りないと」
「まあ、そりゃそうでしょうね」
国王が求めたのは王国でも五本の指に入るコクタクの作った武具であり、
他の者の手の入る余地などありはしない。
もしそんな物を献上しようものならば、極刑に処されても文句は言えない。
「ところが、その店の店主は諦めが悪くて、何度もウチの工房に足を運んではしつこく師匠に合作を要求して、最後には自分の店に入れなんて言い出す始末で・・・」
「それはまたどうして」
「その店の店主、名をシムーチェと言うのですが、なんというんでしょうか地位と名誉というものにやたらと固執する種の人物でして」
「ああ、なるほど」
ジックの言葉になんとなく彼の言わんとしている事を理解する。
つまりは自分の店に国王陛下から直に依頼を請け負ったと言う箔を付ける為に、
町一番の鍛冶職人であるコクタクを取り込もうとしたのだ。
「ウチの師匠も頑なに断り続けてたんですが、そうしたら今度はガラの悪い取り巻きを引き連れてくるようになりまして」
「もしかして先程町でウチのバカがぶっ飛ばしたと言うのは・・・」
「はい。シムーチェの取り巻き連中です」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけリシッドは安堵する。
タダの町の荒くれをノシたとあっては、同行する聖女様達に要らぬ迷惑が掛かりかねなかったが、相手が悪党ならば別に気兼ねは要らない。
「最初はちょっとした嫌がらせ程度だったんですが、いつまで経っても首を縦に振らない師匠に、嫌がらせは次第にエスカレートして、最終的に業を煮やしたシムーチェは金で雇った男達を使って・・・」
「遂にはコクタク殿自身を誘拐するに至ったと」
「はい。私も師匠を助けようと剣を持って店を出たのですが、結果はご存知の通りです」
そこまで言ってジックは悔しそうに唇を噛んで俯く。
何の役にも立てない自分の不甲斐なさが許せないのだろう。
ここ最近、何度か同じ様な気持ちを味わったリシッドにとっては共感できる話だ。
「もうこのまま殺されると思った時に、彼に助けてもらったんです」
そう言ってジックが指示した方に目を向けると、
未だ正座のまま兵士2人に説教され続けるみっともない少年の姿。
「・・・・・」
「まっ、まあそれはともかく誘拐は捨て置けません。すぐに町の代表と教会に連絡して兵を借りて対応を・・・」
「隊長。それが無理なんですよ」
「何?」
突如、横合いから口を挟んだジーペの言葉にリシッドが眉根を寄せる。
意味が分からないと言った様子のリシッドにジックが先程の話を続ける。
「イシマの町では現在、シムーチェがこの町の代表を務めているのです」
「しかも、どうやらここの司祭とも裏でつながっているらしいんですよね」
「なんだと!」
全く予想だにしなかった事実を告げられてリシッドが驚きの声を上げる。
この町を監督する者が悪事を働き、しかももう一方の権力者とも癒着しているというのだから無理もない。
俄かには信じられないと言う思いからリシッドが聞き返す。
「それは本当に間違いない事なのか?」
「ええ、本人達は隠しているつもりの様ですが、この町の商人や職人の間では割と有名な話です。2人の配下の者がよく行き来しているのを多くの町の者が見ていますし」
「そんな・・・」
ジックの確信に満ちた言葉を、リシッドはすぐに信じる事が出来ない。
町の権力者が汚職に手を染めると言うのは別に聞かない話ではない。
だが、多くの国民が信奉するレメネン教を取り纏める聖教会のそれも司教が癒着等、到底認められるものではない。
そんなリシッドの思いとは裏腹に、ジーペとサロネはジックの言葉に肯定的だ。
「確かに、あの傭兵大嫌いの司祭様が、こんな兵士だの傭兵だのがこぞって集まる町に長く居続けてるってのは不自然ですよね」
「嫌いな人間が多くいる町に身を置く事になっても、それを我慢できるだけ得られる見返りが大きいって事だしな」
何気ない2人の言葉だが、実際彼らの考えている通りなのだろう。
あの司祭は確か今年で65歳を迎える。
話では5年前に最後のチャンスだった次期教皇の選定から漏れた後、
司祭はこの地へ来たと聞いている。
最後の機会を逃し、王都から離れた所で、甘い誘惑から腐敗に手を染めたというのなら頷ける話だ。
(確かに、昼間に会った司祭はどこか態度が厳しく、言葉もどこかトゲがある様な印象だった)
先刻、聖女2人を伴って会談に臨んだ際の事を思い出す。
苦難続きでようやくここまで辿り着いた聖女2人を前に、司祭の態度はどこか面倒
そうに見えた。
もちろん、あからさまにそんな態度を取っていた訳ではないが、別段それを隠す様な素振りも見せなかった。
(しかしまさか感じの悪い人物じゃなく本当の悪党だとは思わなかった)
知りたくもなかった事実を知ったと思うリシッドの視界で、明らかに先程までと雰囲気の違う人物が映る。
ずっと彼らの話を傍で聞いていたレティスだ。
(しまった!)
リシッドはそこでようやく自分の迂闊さに気付く。
最も配慮しなければならないタイミングで考えが至らなかった。
レティスにしてみれば自分と同じ聖教会に属するものが、
金銭目当てに悪党と結託していると聞かされて気分がいい筈がない。
どうフォローすればと動揺するリシッドの前で、レティスが口を開く。
「もし、今のお話が本当ならば、司祭様の行いは正さねばなりません」
暗い表情のまま、どこか悲しそうな声音でそう告げるレティス。
その言葉には悲しさと共に、同じ神に仕える仲間だからこそ、
自分達の手でなんとかしなくてはならないという決意が込められていた。
そんなレティスの言葉に、ジーペとサロネがコクリと頷く。
「聖女様もこう仰っている事だし、いっそ全員で攻め込んでみるか?」
「いや~、そうしたいのは山々なんですがねぇ」
出来る事ならば今すぐ乗り込んでいってこの事態を解決したい所。
だが、事はそう単純な話でないのは彼らも分かっている。
「相手は町の長も務める商人と教会の司祭。商人は何とか出来ても司祭が問題だ。下手に手を出したりしたら教会内での聖女様の立場が悪くなりかねない」
「う"っ、分かってますよ」
「それは・・・マズイですよね」
「他にも、俺達が手を出す事で教会と王国政府との関係が悪化したりすることだって考えられる」
民を守る事を信条とする彼等であっても、今回は相手が相手だけに行動を起こす事が出来ない。
「じゃあ、どうするんですか?」
「このまま見過ごすんですか?」
「それはないが・・・」
腕組みをして難しい顔で男達が考え始める。
連れ去られたコクタクの身の安全を考えれば、少しでも早く動いた方がいい。
なのに彼らを取り巻く状況が、行動を妨げる。
そうして対応に頭を悩ませるリシッド達に背後から声が掛かる。
「やっぱここは面倒なしがらみが一切ない俺がやるしかないだろ」
カナタの声にリシッド達が振り向けば、正座したまま胸を張るカナタの姿。
何やらニヤリと不敵に笑っているが、正座しているので恰好悪い。
「えっと・・・どういう事なんでしょうか?」
反応に困っている皆を代表してレティスがカナタへと尋ねると、
その言葉を待っていたとばかりにカナタが話し始める。
「聖女様や国の兵士だのってのが表に出てマズイってんだろ?その点俺は傭兵っていう金さえ貰えればどこの誰をぶちのめすのも依頼人次第の職業だ。相手も老若男女、善人だろうと悪人だろうと関係ない」
薄ら笑いを浮かべてそう告げるカナタ。
何やら不穏な発言も混じっているが、言っている事は間違ってない。
「そもそも俺は司教のヤツに会ってないし、顔バレしても問題ないっしょ」
「むぅ、それは確かにそうだが・・・」
こうなると先程教会へ顔を出した際、門前払いを喰らったのが逆に良かったと思えてくるから不思議だ。
どうやら今回はカナタの言っている策に乗る以外に、穏便に事を収める術はない様に思える。
(ここはこのバカに賭けてみるしかないか)
気は進まないが仕方ないと、諦め混じりに決断するリシッド。
決断したリシッドから視線を受けたレティスが小さく頷く。
「それではカナタさん。お願いできますか?」
「勿論!レティス様のお願いとあらば。それに金も前金で貰ってるし、俺がキッチリ片を付けるよ」
作戦が失敗するとは思っていないが、正直不安がない訳ではない。
確かに、荒事に関して言えばこの町の悪党程度ではカナタの相手にもならないだろう。
問題はむしろカナタがやりすぎないかどうかの方だ。
「念の為に言っておくが、腐っていても相手は司祭。殺すなよ」
「あ~はいはい。分かった分かった」
リシッドの言葉に生返事を返しながら、カナタが立ち上がる。
腰に下げた短剣と片手斧に手を掛けると、目の前のベーゾンとシュパルに預ける。
「一応目立っちゃマズイから武器は置いていく」
「分かった」
「えっ?それで大丈夫なんですか?」
何事も無い様な彼らのやり取りにジックが信じられないといった表情を浮かべる。
彼がそう思うのも無理はない。相手はシムーチェが雇った傭兵や荒くれ者達。
中には兵士ですら手を焼く様な輩だっている。
「せめて何か武器を・・・」
「いいよ別に、どうせ現地調達するし」
何の問題もないと言った様子のカナタの言葉にジックは返す言葉を失う。
不安そうにジックが周囲を窺うが、誰1人少年を制止しない。
それどころか、レティス以外は心配する様な素振りも見せない。
「明日の朝までには片を付けて帰って来いよ」
「そんなの言われなくても分かってるっての」
リシッドの言葉に軽く返事を返しながら、丸腰のカナタが歩き出す。
が、すぐにその足を止めて振り返る。
「ところでその鍛冶屋さんが捕まってるのってどこだっけ?」
いきなり先行きが不安になるカナタの言葉に、ジックの不安はますます高まる。
(本当にこんな少年1人に任せて大丈夫なんだろうか)
ジックは心の中を不安で満たしながら、言われるがまま自分の師匠が囚われているであろう場所を伝える。
日が傾き辺りの景色が朱に染まる中、カナタはイシマの町から少し離れた鉱山にいた。
ここは、件の商人シムーチェが持っている鉱山の1つで、ジックの話だとこの山はシムーチェの手下が頻繁に出入りしており、恐らくここに攫われたのだろうという話だった。
僅かに生い茂る林の中、一本の木の上に身を隠し、採掘場と思しき場所を観察しながらカナタは独り言を呟く。
「確かに鉱山にしては頭空っぽな感じの悪人面が多いな」
山の中腹にある坑道を出入りしている鉱夫の他に、見るからにガラの悪い男達がうろついているのが見える。
よく見るとその多くが、山の中に幾つか空いた洞穴の近くに集中している。
「流石見るからに馬鹿が揃ってるだけあって、布陣に知恵が足りないな」
腕に余程の自信があるのか、それとも荒くれ者だから統率する者がいないのか、
どちらにしてもカナタとしては一々捜索する手間が省けて助かる。
「とはいえ数が多いなぁ」
目に見える敵の数を数えたカナタが思わず愚痴をこぼす。
ざっと数えただけでも30人程度の人数。
それに加えて恐らく洞穴の中にもまだ何人かいるとみて間違いないだろう。
しかも表に居るのは雑魚、洞窟の中にいる敵の方が強い可能性が高い。
「ターゲットを連れ出すにはちょっと数が多いな」
今回一番の目的は攫われた鍛冶職人の奪還である。
目的さえ果たせればあの男達を全て相手にする必要はないのだが、
これだけの数が居ればそれも難しい。
「職人の人が怪我をしている可能性もあるしなぁ」
現状でも厳しい条件なのに、敵に悟られずに怪我人を連れ脱出するとなると難易度はさらに跳ね上がる。
ある程度人数がいるのなら担いで脱出もできるだろうが、生憎と今回はカナタ1人だ。
「さて、どうしようかなぁ」
正直全滅させるのはそう難しい事ではないが、全員を相手にしている間に、
目的の鍛冶職人に危害が及ばないとも限らないから、派手な動きは極力避ける必要がある。
「例の商人か、司祭でもとっ捕まえて人質に出来ると楽なんだけどな」
そんな事を呟きながら周囲を再び走査するカナタ。
その時、採掘場へと続く山道を上ってくる一台の馬車が目に留まる。
「ん?あれは・・・」
オレンジに染まる坂道に向かって目を凝らす。
今まで見てきた馬車の中でも、一段上の豪華な装飾が施されており、
一目見て金持ちか、位の高い人間が乗っている事が想像できる。
「まさか・・・・流石にそんなあからさまな事はしないだろ~」
仮にも相手は人1人を攫う様な悪党である。
自分達の行いの後ろめたさから、極力人目は避けて然るべきだ。
それがまさか自らの居所を喧伝する様な愚行を犯すなどありえない。
とはいえ、今回の誘拐事件の関係者である可能性が高い事から、カナタは目で馬車の後を追う。
やがて馬車は採掘場の敷地隅に建てられた1件の大きなログハウスの前で止まる。
すぐさま周囲に人が集まり、その全員が馬車の前で片膝をつく。
「お待ちしておりました司祭様」
(っ!?)
1人の男が口にした言葉を拾い、カナタが思わず驚きの声を上げそうになる。
そんなカナタの前で、馬車の扉がゆっくりと開かれて、中から真っ白の法衣を纏った白鬚の老人が姿を現す。
(何、あのジジイ。馬鹿なの?とてつもない馬鹿なの?)
まさか自身と癒着が疑われている相手の下に。身分を隠そうともせず現れるとは思わなかった。
悪党にあるまじき間抜けっぷりに流石のカナタも開いた口が塞がらない。
(もしかして自分が悪事に加担しているって自覚がないのか?本当は商人の手の平で踊らされているだけとか?)
しかし、そんな間抜けが果たして司祭という位まで上り詰める事が出来るだろうか。
聖教会がどういった基準で司祭等を選出しているか知らないが、多少の政治的駆け引きはあるはずだ。
腹芸の一つも出来ない様な愚物が人の上に立つ事等、考えられない。
(バレても問題ないと思っているのか、それとも他に理由があるのか・・・)
流石に下らない見栄を張っているだけだと言うなら、もはや愚者と呼ぶしかない。
目の前の司祭の行動の理由づけを考えている間にも、司祭達が移動を開始する。
「シムーチェはどうした?」
「はい。旦那様はただ今、例の鍛冶職人の拷問に立ち会っております」
「そうか。全く素直に首を縦に振ればよいものを・・・愚か者が」
司祭の言葉に現代でも十分におまえの方が愚かだよと思いながらカナタが司祭の動きを追う。
司祭の馬鹿さ加減には正直驚いたが、ここに姿を現してくれたのはこちらとしても都合がいい。
(なんとかあの間抜け野郎をとっ捕まえて人質に使うのが一番手っ取り早そうだな)
そんな時、足元に数人の人の気配を感じて息を潜める。
下を見下ろすと、丁度自分のいる木の下に近付く2人の人影。
2人とも商人が雇った傭兵だろうか、1人は皮鎧、もう1人は全身鎧を纏っている。
「うへ~漏れる漏れる」
「おい、さっさとしろよ」
「うるせ~な、ションベンぐらいゆっくりさせろよ」
ズボンをずりおろしながら男が木に向かって下半身をさらけ出す。
その後ろで全身鎧の男が呆れた様な声を漏らす。
「持ち場を離れてるのがバレたらこっちがシムーチェさんにドヤされんだよ」
「いいじゃね~か。好きに言わせとけば、どうせこんなとこ来るような役人なんていない・・・っと・・あ~出る出る」
ジョボジョボと勢いよく流れ出る解放感に身を預けながら皮鎧の男が後ろの男に振り返る。
「それによ~。こっちにはレメネン聖教会の司祭だって付いてるんだぜ。例え他の町の役人だのなんだのが来たって揉み消せる。まあ、逃げられる前に俺が殺っちまうけどな~」
「俺が言ってるのはそういう事じゃねえよ。ったく分かってないな。あの人金持ちの癖に仕事に関しては凄く細かいからバレたら報酬減額されんだよ」
「マジッ!そいつはヤバイじゃねえか」
解放感に身をゆだねていた皮鎧の男が慌て始める。
だから言ってるだろと言った様子で後ろの全身鎧の男が肩を竦める。
そんな2人のやり取りを樹上で観察していたカナタがニヤリと笑う。
瞬間、カナタが木の上から飛び降り、皮鎧の男の真上に出る。
「へっ?」
「あっ?」
頭上の物音に気付いた2人が上を見上げると同時に、皮鎧の後頭部にカナタの蹴りが炸裂する。
蹴りを喰らった皮鎧の男は。直前まで自分が放尿していた箇所に顔面を打ち付けて悶絶する。
天に向かって尻を突き出す様に倒れた皮鎧の男。
「クソッ!」
目の前に突如現れた少年に動揺しながら、全身鎧の男が腰に下げた剣に手を伸ばす。
だが、それよりも早くカナタが手に持った何かを男に向かって投げつける。
「ぎゃあっ!なんだこれっ!」
ヘルムの僅かな隙間を通って、細かい砂粒が男の目に入り、溜まらず男が悲鳴を上げる。
その隙にカナタが男の両肩に飛び乗ると、革紐で固定されたヘルムを掴む。
「はじめまして、さようなら」
何の感情も込める事無くそれだけ言うと、ヘルムを両腕に抱えて力任せに捻る。
ゴキッ、ボキッという男の首の骨が折れる鈍い音が響く。
直後、力を失った膝が曲がり、死体が地面に転がる。
「いてぇええええ。テメエェ何者だ。こんな事してタダで済むと・・・」
先程後頭部を蹴り飛ばした皮鎧の男が首の後ろを抑えながらカナタへと振り返る。
敵意に満ちた瞳を真正面から受け止めてカナタが冷たい笑みを浮かべる。
その冷たい微笑みに、男は背筋に冷たいものが駆け抜ける。
「少し話を聞かせてもらえる?素直に答えないとどうなるか分かるよね?」
カナタは足元に転がった全身鎧を踏みつけにしてそう告げる。
下半身を露出したまま男はガチガチと歯を鳴らしながら頷く。
曝け出されたままの股間のモノはもうすっかり縮み上がっていた。
「わっ、私で答えられる事なら何なりと仰ってください」
「うん。素直でよろしい」
男の返事に満足そうに頷きながらカナタがゆっくりと口を開く。
イシマの町に根付いた悪党達にとって恐怖の夜がここから始まる。
次回は戦闘回になります。
武器を持たずに単身敵地に臨んだカナタと悪党達の戦い。
さて、どのような展開になる事やら、
そして攫われた鍛冶屋の安否は!
次回、第36話『匠ノ業物』に乞うご期待。




