第31話 両生類ニ乗ッタ小人
リルルやテーラ達、新たな旅の仲間を加えたカナタ達の一行は、
次の二十貴族の所領であるベシュナー領へと向かっていた。
現在、一行が乗る荷馬車の上の空気はあまりいいとは言えない状況だった。
「・・・・・・ふんっ」
「・・・・・・はぁ」
道を行く馬車の荷台。その中の角と角、対極に位置する2つの場所にはそれぞれ聖女が2人。
片や不満そうに頬を膨らませるリルルと、片や残念そうに溜息を吐くレティス。
まだエキソを旅立ってそれ程時間も経っていないというのに2人の間の空気が重い。
とは言っても別にいがみ合っているという訳ではない。
単純にリルルがレティスを一方的に敬遠しており、レティスも仕方なくリルルに合わせている形。
「なんで私がこんな狭い馬車の上でこの様な・・・・」
「お嬢様。そんな事仰らずに」
憚る事なく愚痴るリルルを宥めるテーラ。
ここ何時間かでもう何度聞いたか分からないこのやり取りに、
周りは未だにどう反応してよいものかと答えを見出せずにいる。
「私、何かリルルさんに悪い事しちゃったんでしょうか?」
「いえ、多分それはないかと」
「ええ、そこは私も同感です」
俯きがちに呟くレティスをフォローするのはサロネとダットン。
2人の慰めの言葉にレティスは力ない笑みを返す。
そうして聖女2人の気持ちを落ち着かせるべく兵士達が躍起になる中、
カナタはというと・・・。
「ほら、そこまた間違えてるぞ」
「えっ!マジ?どれ?」
顔面ブルドッグことベーゾン先生の下、絶賛読み書きの勉強中。
今やっているのはガノン王国をはじめ、大陸南部では幅広く使われているフェルノン文字と呼ばれる文字の練習。
文字自体はキリル文字に近いのだが。似た形が多い上に読みが違ったりと中々難解だ。
「くっそ。なんだよこれ?どっちがどっちだ?」
こんがらがる頭を掻きながら本と紙の間で視線を行き交わせる。
不規則に揺れる馬車の荷台の上で、カナタは必至に木箱を机に筆を走らせる。
「えっと・・・これが・・・」
「違う、そうじゃない。ここはもっとこうシュッ!とだな」
「分かんねーよ。なんだよシュッ!て」
「シュッ!はシュッ!だ」
文字の書き方一つでこちらも意見が合わずに揉め始めるカナタとベーゾン。
下らない事で言い争う2人の姿を見て、リルルは呆れたように目を向ける。
「まったく何をやっていますのかしら。あの方達は・・・」
「あはは、そうですねぇ」
リルルの言葉を受けてテーラもまた2人へと視線を向ける。
ただ、その目はリルルと違って慈しむ様に細められた。
「でも、なんだか羨ましいです」
「羨ましい?どうして?」
テーラの思いがけぬ言葉にリルルは眉を顰める。
そんな彼女の前でテーラは彼らを眩しそうに見ながら告げる。
「だって、仲良さそうじゃないですか」
「・・・・そうかしら?」
テーラの言葉を聞いてもう一度目の前の馬鹿共に視線を戻す。
あれこれ言いあうカナタとベーゾン、その様子を見て笑うレティス達。
こんな光景は自分と自分の護衛達との間では決してなかった光景である。
それは間違いない。
リルルにとってヨノルだけは特別だったけれど、それでもこんな打ち解け方はしなかった。
そう考えると、なんだか少し歯痒く、悔しくもあった。
(やはり気に入りませんわレティス・レネート。かような出自にありながら、私の持たぬものを持つ貴女が)
とはいえこれからしばらくは一緒に旅をする事になるのだから意地ばかりも張っては居られない。
こちらは少ない手勢で合流した身であり、戦力としてはこちらの方が心許ない。
甚だ不本意ではあるが、この旅の主導権はレティス側にある。
レティス自身がそういった事を気にする人間でない事は知っているが、
リルル自身がそこに甘える事を性格的に良しと出来ない。
(分かっていますわ。だからこうして嫌々とはいえ彼女と相乗りしているのでしょう。リルル・テーステス)
自身にそう言い聞かせて、自分の心の内側で混ぜ合わせになっている感情の渦を、肺の奥底から体の外へと吐き出す。
「はぁ、仕方ありませんわね。・・・レティス・レネート」
「はい」
突然リルルから名指しにされた事に少し驚きながらも、レティスが真っ直ぐにリルルへと体を向ける。
2人の間に流れる空気に、周りの面々も自然と口を閉ざし、馬車の荷台が揺れるゴトゴトという音だけが響く。
「私は貴女の事が好きではありません」
「っ!。・・・そうですか」
分かってはいても面と向かって放たれた発言に目に見えてレティスが消沈する。
周りの面々も、まさかいきなりそんな言葉をぶっこんでくるとは思わず呆気にとられる。
そんな周囲の反応を他所に、リルルは言葉を続ける。
「ですが、それは私個人の問題であって、この国が直面している危機の前では些末な事にすぎませんわ」
「・・・はぃ」
「ですので不本意ではありますが、この危機が去るまでの間、私は貴女の指示に従いますわ」
リルルからの申し出に今度は全員が目を丸くして言葉を失う。
貴族らしく気位の高い彼女の方から譲歩してくるとは、
流石に正直誰も予想していなかった。
「本気なんですかお嬢様?」
「ええ、我が名に懸けて」
皆の前で堂々と言い放つリルル。
その言葉にどんな言葉を返すのかと、全員の視線が今度はレティスへと注がれる。
皆の視線を一身に集めたレティスが口がゆっくりと動く。
「その申し出は・・・お断りします」
「・・・なんですって?」
苛立ちを込めたリルルの言葉に、ピリッと空気が張り詰める。
リルルの背後から怒りのオーラが立ち上るのが見える様だ。
「貴女、今、自分が言った事の意味が分かっているのかしら?」
「ええ、勿論。私と貴女は同格です。ですので私から貴女にお願いする事はあっても、指示を出すなんて事はあるべきではありません」
堂々と、それでいてハッキリと今度はレティスがリルルに思いを伝えた。
これには流石のリルルも少々面喰ったらしく。珍しく口篭っている。
「何よそれ。そんなんで私に納得に納得しろとでも言うの・・・」
聞き取れないほどの小さな声でそう零すリルルに、レティスは苦笑いを浮かべながら言葉を繋ぐ。
「私を嫌いだと仰られたのには正直凄く傷つきましたけど、それでもそれはリルルさんの思いであり、私には私にできる努力でリルルさんに認めて頂く事しか出来ません。命令や指示で人の心を変える事は出来ませんからね」
そう言ってはにかんで見せたレティスに、リルルは諦めた様に溜息を吐き出す。
「はぁ・・・もう結構ですわ。だったら精々私を納得させてくださいな」
「はい。そうします」
リルルの言葉に満足そうな笑みを返すレティス。
その表情を見て、リルルは心底彼女とは合わないと思った。
「何よ。折角人が譲歩してあげたのに、これじゃ私の立つ瀬がないじゃない」
「えっ?」
「なんでもないですわっ!」
強い口調で言葉を返したリルルが話は終わりと言わんばかりにそっぽを向く。
そんな彼女にレティスは軽く微笑みを見せて頭を下げた。
こうして2人の間にあったわだかまりはひとまず収束する事になる。
最も、問題の根幹が出自である以上は根本的な解決にはならないのだが。
2人の話が終わったところで荷馬車の上に居た面子が一様に胸を撫でおろす。
それはもちろん、この一行の実質的な統率者であり、全員の命を預かるこの男こそ最たるものである。
「とりあえず、なんとかなったみたいでよかった」
そう呟いて腹の底に溜まった混沌とした空気を吐き出すリシッド。
正直、先程から後ろの荷馬車の様子が気になって気になって仕方がなかった。
途中で隣のシュパルに手綱を預けていなかったら荷馬車は大きく道を外れていただろう。
それ程にリシッドの狼狽えぶりは酷いものだった。
「隊長殿も気苦労が絶えませんな」
「そう思うんなら一日でいいから代わってくれ」
「・・・ハハハハハ」
割と深刻な顔で訴えてくるリシッドから乾いた笑いを浮かべ、サッと目を逸らすシュパル。
信頼を置く副官の反応にリシッドは落胆の溜息を吐き出す。
確かに仲間が増えて戦力は増えたが、それ以上に聖女2人の護衛という重たい責任が、今、彼の背中にのしかかっている。
(リルル様がレティス様の事を嫌いだという事は以前から護衛の兵士の間では有名な話だったから、同行するという話が出た時はどうなる事かと思ったが、これなら王都までは人間関係が悪化する心配はそこまでしなくていいかな)
問題の先送りかもしれないが、ひとまずこの件についてはしばらく大丈夫だろう。
とはいえ未だ問題は山積みであり、しばらくは胃の痛い日々が続く事は確約されている。
「ああ、早く王都に着いて、この日々から解放されたい」
珍しく弱気な言葉が自然と口をついて出た。
御者台の上で肩を落とすリシッド横に一頭の馬の顔が並ぶ。
その背に跨っているのは新たに加わった護衛の兵士ダスターの姿。
「どうしたんすか隊長さん?」
「ん?ああ、いやちょっとな」
リシッドはこのダスターという男に対し、少々ノリが軽く軽薄そうな印象を持っている。
(強いて言うならばカナタのアホに少し似ているところが少し苦手だ)
そう考えているとダスターが申し訳なさそうに頭を掻く。
「いや~、なんかウチのお嬢がご迷惑をおかけしてるみたいで、申し訳ないっす」
「気にしないでくれ。これも任務だ」
「そう言って頂けるとこっちとしても気が楽っす」
「そうか。そんな事は気にしないでもいい。我々は同じ護衛の兵士じゃないか」
リシッドの言葉にダスターは少しだけ意外そうな顔をした後、すぐに苦笑いを浮かべてその言葉を否定する。
「よしてくださいって隊長さん。おれっち達と隊長さんじゃ器が違いすぎますって」
「しかしだな・・・」
それでも同格であると伝えようとするリシッドの言葉をダスターは遮る。
「テーラの姉御とも昨日の内に話して決めてたんですよ。おれっち達は仲間も隊長も失っちまって最早隊として体裁を保つ事も難しい。だからもういっそ隊長さんの指揮下に入れてもらった方が気持ちが楽だってね」
「・・・そうなのか?」
基本的には隊長2名体制での運用を検討していたリシッドにとっては思わぬ申し出だった。
現状テーラは前隊長であるヨノルより全権を移譲されている為、リシッドと同格として同じ権限を持っている。
だから王都につくまでの間、役割を分担をする事を考えていたのだが、テーラ自身がそれを望まず、リシッドの指揮下に入る事を望んだのならば、運用方法をまた考え直す必要がある。
(確かに1人で回せた方が色々やりやすい事もあるのだが・・・)
ただ、その分の負荷や責任がリシッドに集中する事になる。
どうしたものかと考え込むリシッドの横でダスターがさらに言葉をつづける。
「今朝の一戦を見て思いましたよ。おれっちと姉御じゃ、まだ皆さんには及ばないってね」
「そうか?君達も中々だったと思うが?」
「よしてくださいよ、おれっち達にあんな真似できませんって」
ダスターにしては珍しく真面目な表情で言葉を返す。
王都を出る前は実力差に左程の差はなかった筈なのに、いつしか開いた大きな差。
それを認めるのに昨日の一戦は十分なものだった。
「ほんと、上には上がいるもんすよ」
「それは・・・・・そうだな」
ダスターの言葉に相槌を打ち、リシッドは後ろの荷馬車へと視線を向ける。
視線の先には、木箱の上に置いた紙に必死で何やら書き込むカナタの姿。
ダスター達が自分達を強者と呼んくれる様に、自分達の目指す先に居る者。
彼の雷の双刃を真似て作り上げた魔核剣技「フォースセイバー・ジェミニ」
まだ自身が思い描いている完成型には遠いが、ある程度形になってきた。
そして自分の部下達もまた成長している。
今日の戦いで見せた合体魔核剣技「クワトロフォース・ゼファー」
(あの技は中々凄かった)
旅の合間に時間を作って訓練はしているが、一体いつの間に編み出したのかリシッドも知らない。
あれはカナタではなく。この国の兵士であれば誰もが良く知っている。
ある強者の技をモチーフにしているのは見て分かった。
(まあ、この国において兵士の憧れと言えばあの人だろうしな)
ガノン王国に仕える兵士や騎士の頂点に君臨する男。
騎士団長レガート。
一介の平民の出でありながら、その類い稀なる武の才をもって騎士団長にまで上り詰めた男。
一度あの人が騎士と兵士100人相手に訓練をしているのを見た事があるが、あれは異常な光景だった。
闘技場の中心で一度も誰の攻撃も掠らせる事すらなく全ての兵士を圧倒した。
今まで色んな戦士を見てきたが、あれを超えると思わせる者に会った事はない。
間違いなく王国最強は彼だろう。
そこでふと思う。カナタとレガートが対峙した場合、勝つのはどちらだろうかと。
(いくらこのバカが強くても、レガート騎士団長の方が圧倒的に強い。もし2人がぶつかる事があれば勝つのはレガート騎士団長で間違いないだろう)
それならば何故自分は、皆が最強だと思うレガートではなくカナタを真似る様な事をしたのだろう。
本当の強者を目指すのならば模倣すべきはそちらだ。
「本当になんであんな馬鹿の真似など・・・」
今更考えてみると自分の正気を疑いたくなる。
だが、それでも不思議と後悔はしていない。
(何故だろうな。今は無理でもコイツならいつかは騎士団長をも超える気がする)
大した根拠はないが、漠然とそんな風に思った。
1人ありもしない事に妄想を膨らませるリシッドの姿に、ダスターは不思議そうな顔をする。
「どうかしたんすか?」
「いや、なんでもない」
「そっすか。まっ、なにはともあれ、今後ともよろしくお願いしますよリシッド隊長」
「ああ、分かっている」
話は終わり、ダスターは荷台の隣に並ぶように後方へと下がっていく。
ちなみに現在、荷馬車の上に居るのはリルルとテーラ、ベーゾン、カナタ、レティス、ダットン、サロネ。
リシッドとシュパルはいつもの様に御者台の上、ジーペとダスターはテーラとダスターが乗ってきた馬に乗って馬車の両側についている。
こうした配置が取れるようになったことで異変への対応に対しても即応性が向上した。
(もっとも、こちらが気付いた時にはきっと戦闘は回避できない状況だろうがな)
戦力が向上したとはいえ、なるべく獣人の一団相手に真っ向勝負は避けたい。
以前個体差で考えればスペック自体はあちらの方が上だ。
(それにあのバカが引き分けたシュンコウとかいう獣人も居る訳だしな)
再戦となった場合、どちらに軍配が上がるかなどリシッドでは予測も出来ない。
故に今は敵を倒す事よりも全員を無事に王都に辿り着かせる事こそが目下の目標とする。
リシッドがそんな事を考えている間に、馬車の目の前の林が開けて平原に出る。
と、同時に頭上に覆いかぶさる巨大な影。
「えっ?」
「隊長。これは・・・」
頭上を見上げるリシッドとシュパルの眼前に現れたのはカエル。
体長5mはあろうかという巨大なカエルの背中だった。
「「魔獣っ!」」
完全に予想外の突然の出来事にリシッドとシュパルが慌てて馬を止める。
馬車の両側にいたジーペとダスターも全く気付いていなかったらしく。
慌てて腰の剣を抜いて構える。
「嘘だろっ!なんだこのサイズ!」
「いや、それよりも全く気配を感じなかったっすよ!」
あまりに突然の出来事で騒然となる外のメンバー。
一方、荷馬車の中ではあまりの急停車の為に、全員が大勢を崩して揉みくちゃになっていた。
「イタタタタッ」
「何事ですか?」
「もう痛いですわね。外の人達は何をやってますの?」
荷台の上で転倒し、折り重なるように倒れ込んだ面々が身を捩る中、
リルルとテーラ、2人の体を両腕で抱える様に下に敷き、背中に抱きつく様に倒れ掛かるレティスの重さを感じる。
ありがちなラッキースケベかと思われたが、彼の後頭部に乗るベーゾンのケツの重さで、額を床に押し付けられて身動きが取れず、今にも頭蓋が割れそうな程の痛みに絶望の声を漏らす男。その名はカナタ。
「いいから・・・どいてくれ・・・マジ・・・死ぬ」
『~~~~~~~~っ!?』
自分達の体勢に気付いた女性陣が顔を真っ赤にして抗議する。
「何してますの!」
「離してください!」
「ごめんなさい!すぐにどきますから」
「グェエエエエ・・・やめろ!・・・押すな!・・・首が・・もげ・・・るぅううう」
押しのけようとするリルルとテーラに下から体を押され、上から立ち上がろうとするレティスに体を押され、首を固定されたまま体を上下に揺さぶられて悶絶するカナタ。
「ベーゾン!・・・さっさと・・・どけぇ・・」
「ああ、すまんすまん」
ようやくその巨体から頭を解放されたカナタが体を起こし、
背中にレティスを乗せたまま荷馬車の上で立ち上がる。
「ゲホッ・・・ゲホッ・・・あと少しで脳味噌ぶちまけるかと思った」
「すっ、すみません」
カナタの言葉に背中にしがみ付いていたレティスが恥ずかしそうに頬を染める。
背中にレティスの体温と柔らかさをここで初めて認識したカナタが慌てて否定する。
「いや、全っ然気にしてないから。むしろご褒美・・・」
カナタの言葉に耳まで真っ赤になったレティスが慌てて体を離す。
温もりと感触を名残惜しそうにしながらカナタがだらしない表情を浮かべる。
そんな彼を、ようやく自由になって起き上がったリルルとテーラがジト目で睨み付ける。
「サイテーですわ」
「サイテーです」
「・・・・俺も被害者なんだがなぁ」
2人の視線に先程までの余韻も吹き飛び、なんとも釈然としない思いのままカナタは御者台の方へと歩みだす。
「クソ貴族様~。何やらかしてくれてんだよ」
「うるさい!今はそれどころじゃない!」
物凄い剣幕で反論してきたリシッドに若干気圧されながら、カナタが頭上に掛かった影を見上げる。
そこには地球だと脊椎動物亜門・両生綱・無尾目に分類される生き物の背中。
ただ、カナタの知っているそれとは違って、小さなビル程度の大きさをしている。
「・・・何コレ?」
「魔獣だろうがどう見ても!」
「ああ、なるほどね~。道理でデカイと思った」
呑気な事を言いながらもう一度その背中を上から下まで見直す。
(うん。やっぱりどう見てもカエルだな)
改めてそんな感想を抱いたカナタの前で、カエルがゆっくりと振り返る。
真正面から見ると、より一層のカエル感が増して見える。
外の異変に荷馬車の中から顔を出した面々も、そのあまりの異様に慄く。
「なんですかコレ!」
「デカイ魔獣!」
「こんなに近づくまで何やってたんですか!」
様々な声が上がる中、目の前の巨大なカエルから声が響く。
「ホッホッホ。ようやく来おったか」
「なっ!」
「魔獣がっ!」
「喋った!」
魔獣に遭遇した時以上の衝撃がその場の全員に波のように広がる。
喋る程の知性を持った魔獣となると、天災級の力を持った魔獣である事が多く。
それと戦闘などという事になれば無事で済まないのは明らかだ。
その事を知る兵士の面々は手にした剣の中にじんわりと汗が滲む。
が、それを知らないカナタはしげしげとその巨体を見上げる。
(喰ったらうまいかな?)
目の前の異形を前に、まるで野生児のような発想に至るカナタ。
というのも、カエルはサバイバルで何度か喰った事があるし、
暗殺者時代には毒ガエルから毒を抽出して殺しに用いた事もある。
ある意味親しみが深い生き物である為、そういった驚異の感情があまり湧かない。
(さて、どうしようかな)
目の前に立ちはだかる異形に対し、どう対応するかと考えあぐねていると、
カエルの喉元に首輪の様に下げられた籠と、その中に小さく蠢く何かが目につく。
「?」
「ホッホッホ。カエルじゃないぞよ。こっちじゃこっち」
「どっ、どこだ!」
「姿を見せろ!」
カエルの方から響いてくる声に、他の面々が翻弄されている中、
カナタは先程から蠢いている小さな生き物を凝視する。
「なんだアレ?小さな爺さん?」
『えっ?』
カナタの言葉に、全員の視線が彼の視線の先を追いかける。
その先には確かに小さな籠に入った尖がり帽子を被った老人の姿。
「ようやく気付きおったか。にっぶい人間共じゃのぉ」
馬鹿にしたような口調で老人がこちらに語り掛ける。
サイズにすれば恐らく人の頭程の大きさの小さな老人。
だが、その姿を見た兵士や聖女達が驚きの表情を浮かべる
「あれは、まさか精霊?」
「嘘っ!あれが?」
「初めて見たっす」
「でも一体どうしてこんな所に?」
「待っていたと言っていたが、どういう事なんでしょうか」
何やら興奮した様子で口々に述べる周囲を余所に、カナタが小さな老人い尋ねる。
「爺さん待ってたとか言ってたけど、俺達に何か様かよ?」
「ホッホッホ。人間の癖にワシらを見て驚かぬとは、大した胆力の童じゃの」
「別に、あんたがなんであるかなんて俺の知った事じゃないしな」
カナタの返答を聞いた小さな老人が楽しそう笑い声を上げる。
「ホーッホッホ。言いおるな童。じゃがまあ聞け、ワシはこの辺り一体のノームの長をしておるドノウというもんじゃ。よう覚えておれよ」
「ふ~ん。あっそ」
相手の名乗りにまるで感心を示さないカナタ。
だが周囲はそれに反して物凄い熱気に包まれる。
「ノームの長!」
「凄いっ!これは凄いぞ!」
「もうこの国に精霊なんていないと思ってたのに」
「大発見じゃないですか」
兵士も聖女も大興奮でドノウと名乗った精霊に羨望の眼差しを向ける。
目の前の存在がどれほど凄いのか分からず。
周りの空気からただ1人置いてけぼりを喰らったカナタはブスっとした表情でドノウを見上げる。
「で、そのノームの長とやらが俺らに何の様だよ?」
カナタのあまりに不躾な物言いに周囲が慌てて止めに掛かる。
「こっ、コラ!カナタ!」
「そんな物言いはやめなさい」
「精霊様に向かって失礼ですよ」
「礼儀知らずにも程があるって!」
仲間達から散々、非難を浴びせられながらも態度を崩さぬカナタに、
ドノウは相変わらず楽しそうな笑い声で応じる。
「ホホホホホ。な~に、ちょっとした野暮用じゃよ」
「野暮用?」
「そうじゃとも。こないだワシらの泉の近くを血で汚した連中にちょっとばかり仕置きをしてやろうと思ってのう」
『っ!?』
ドノウの告げた言葉に、カナタ以外の心臓が大きく跳ね上がる。
彼が言っているのはつまり、自分達が精霊の怒りを買ったという事だ。
「お待ちください!あれには事情がありまして」
「そうです。私達にとっても本意ではございません!」
慌てた様子でリルルとテーラが弁解しようとするが、ドノウは変わらずの笑い声で応える。
「ホッホッホ。それはおヌシら人間の都合じゃろ。ワシらの知った事ではないわい」
「・・・そんな」
ドノウの言葉にリルルとテーラだけじゃなく他の者まで絶望の表情を浮かべる。
何せ精霊は世界に満ちる根源たる力が生み出した言わば世界の化身。
個体によって行使できる力の大小はあれどその力は絶大。
そんなのに目を付けられる事は獣人の相手にする以上の脅威である。
「ホッホッホッホ。そう悲観する事もあるまい。手加減はしてやるから、うまくすれば生き残れるじゃろうて。それに・・・」
「それに?」
首を傾げるリシッドの前で、ドノウはその小さな手で持ち上げ、一団に向かって指をさす。
「そこの童はヤル気みたいじゃぞぃ」
『えっ!』
ドノウの言葉にリシッド達が恐る恐る指差す方へと目を向けると、
腰に携えた双刃を抜き放ったカナタが、不敵にドノウを見上げている。
「分かってんじゃん。マイクロ爺」
「ホッホッホ。よく分からぬが口の減らぬ童じゃのぅ。実におもしろいのぅ。死ぬ前に名ぐらいは聞いておいてやるわい」
「カナタだ。すぐに一生忘れられない名前になる」
「ホーッホッホッホホホ。そりゃ楽しみじゃわい」
カナタの言葉にドノウが今までで一番楽しそうな声で笑う。
勝手に話が進んで、もう闘うしかない状況になって尚、
他の面々はどうすればよいかと迷った様子を見せる。
「いつの間にか戦うしかなくなっているが・・・」
「いいんですか?相手、精霊ですよ?」
「しかし戦わないとこちらも命が・・・」
戦わなければ命はない。
だが、今日まで精霊は尊く、偉大な存在だと教えられてきた彼らに、
いきなり精霊と戦えと言っても難しい。
迷い、考える周囲の前でカナタは馬車を下り、平原に向かって歩を進める。
「ここじゃなんだし、あっちでいいか?」
「ホッホッホイ。ワシャどこでも構わんよ」
「ん~じゃこっちだな」
意気揚々と戦いに向かおうとするカナタの後に続いてドノウの乗ったカエルも移動を開始する。
平原の中心に向かって進んでいく彼らの姿に、リシッドも覚悟を決める。
「やるしかない・・・か」
「ですねな」
「いつも格好いいとこ取られっぱなしですしね」
「精霊と戦ったなんて王都に帰ったらいい自慢話だぜ」
「まあ、いつもの事ですしね」
「やってやりますか!」
腹を決めたリシッド隊の面々が次々と馬車を下りていく。
彼らに続いてレティスも馬車を下りてその後に続く。
「待ってください。私も行きます」
「なっ!」
「えっ!」
これにはリルルだけでなくテーラとダスターも驚きに目を剥く。
「貴女分かってますの!」
「えっ?何がですか?」
「精霊と戦うなんて・・・危険すぎますわ!」
「そうですけど・・・でも、カナタさん達ならなんとかしてくれますよ」
先程までと違ってまるで恐れる様子を見せないレティスの態度に、
彼女の考えている事が理解できずに問いかける。、
「何故そこまで彼らを信用できるのです?強いとはいえただの人間。精霊に勝てる道理がありませんでしょうに」
確かに現実を見ればそう考えるのが当然である。
それでも、それはレティスが彼らを信じる心に変わりはない。
「そんなの関係ないですよ。旅の仲間なんだから信じるのは当たり前じゃないですか」
「っ!?」
言葉も出なかった。
呆れを通り越して、そこまで彼らを信じられる彼女を羨み、その心の強さに嫉妬した。
だからこそ、負けたくないと強く思う。
「はぁ、仕方ありませんわね。この1件、原因の一端は私達にもありますからね」
「お嬢様っ!」
「お嬢っ!」
リルルの言葉を聞いて控えていたテーラとダスターも心を決める。
「テーラ、ダスター。付き合わせることになるけれど構いませんわね?」
「勿論です!」
「お嬢の頼みとあっちゃ断れませんって!」
まだ恐れはあるが、自分の我儘に応え様としてくれる2人の兵士を前に、
無様な姿は見せられない。
「行きますわよレティス・レネート」
「はいっ!」
毅然とした態度でもって先を歩き出したリルルに、レティスと2人の兵士が続く。
こうして、エキソを旅だって早々に彼らの前に現れた脅威。
土精霊<ノーム>の長ドノウ。
この邂逅が、これから先の彼らの戦いを大きく左右する事になる。
お久しぶりです。
少し間が空いてしまってモウシワケアリマセン。
最新話更新です。
ひとまず次回は対精霊戦です。
フルメンバーで挑むのですが果たして結果やいかに!




