第30話 紛レ潜ム牙ヲ断テ
大広間に集められた一同の前に、突如姿を現したクラテラトなる青年。
彼の登場に最初に驚きの声を上げたのは領主夫妻だった。
「クラテラト君」
「クラテラト。あなた何でこんな所に。部屋で待っていなさいと言ったでしょ」
「嫌ですよ姉上。折角聖女様が2人もいらっしゃってるというのに僕に挨拶もさせてくれないなんて」
クラーラからの叱責もまるで気にする様子を見せぬ青年。
自身の立っていた部屋の隅から中央へ向かって歩を進める。
口調や姿がキザったらしいだけでなく歩き方までもがキザったらしい。
テナンとクラーラの反応から恐らく話に聞いた容疑者の1人。クラーラの弟だろう。
突如現れたクラテラトの姿を見てテナンとクラーラが困り顔を浮かべる中、他にも見るからに表情が変わった者が2人いた。
貴族の家系出身の兵士であるリシッドとシュパルである。
彼の姿を見るなりあからさまに不快な表情を浮かべる2人。
クラテラトの姿を見るなり視線だけで2人が会話を始める。
(シュパル。なんでコイツがここに居るんだ!)
(私も失念しておりましたが、クラーラ様はトラキネン本家の三女だったのを今思い出しましたよ)
(・・・そうなのか。いかんな。どうもあの男の印象が強すぎて他の家族の事まで記憶になかった)
そこでもう一度リシッドがクラテラトへと視線を戻す。
無駄どころか過剰な程に膨れ上がった自信を顔に張り付けた青年。
表情だけでなくこの世は自分の為に回っているとか本気で考えていそうだから尚始末が悪い。
(今でさえあのアホ1人に手を焼いてると言うのに、なんで今ここで一番面倒くさい男に出くわす。呪いか?俺は呪われているのか?)
(流石にそれは考えすぎだと思いますが、この場面で、あの御仁の登場は正直この局面においてはあまり望ましくないのは確かですな)
(ああ、正直最悪だ)
割と本気で胃が痛くなりかける。
目の前に迫る問題の種に頭を抱えるリシッドと彼を宥めるシュパル。
そんな彼等を離れた場所から眺める問題のアホことカナタ。
(へぇ~。リシッドが俺以外にあんな顔するの初めて見たかも。っていうかシュパルまで嫌そうなのはなんでだ?)
思いがけぬ2人のリアクションを勘ぐっているカナタの近くで、中央に向かって歩いてきたクラテラトが足を止める。
軽く視線を向けてみるとカナタより少し背が高いクラテラトの視線がカナタを見下ろす。
「小僧、邪魔だ。そこを退け」
「あぁ?」
開口一番から目線だけでなく言葉まで随分と見下した事を言うクラテラト。
初対面でいきなり因縁をつけてくる青年にチンピラの様にガンを飛ばすカナタ。
「フンッ。ただの野良犬か」
メンチを切るカナタを鼻で笑い飛ばし、一瞥をくれて通り過ぎたクラテラトは、何食わぬ顔で円卓を囲む輪に加わると、同じく円卓を囲むように立っているリシッドの方へ目を向ける。
「久しいなリシッド。最後に会ったのは王都の晩餐会だったかな?」
「・・・・・」
「しかし驚いたな。なんだそこの小僧は?まるで躾がなってない。今どきの兵士は野良犬を連れて歩くのか?」
「・・・・・」
無視しようと目を合わさないようにするリシッドだが、それを都合よく解釈するのが自己中という人種である。
そしてこの男、クラテラト・トラキネンは先にも言った通りこの世は自分の為にあると思っている程の自己中だ。
「嘆かわしい。二十貴族会でも長く重責を担ってきたフォーバル家の跡取りが野良犬を連れて聖女の護衛。王都で国の為に身を粉にして働いておられるカナード様が知ればどう思われるであろうか」
ビキッという何か固いものにヒビが入るような音がどこかで聞こえた。
音がした方を見れば我らがリシッド隊長殿の背後で真っ黒なオーラが揺らめいている様に見える。
目が血走り、頬を引き攣らせ、こめかみには血管が浮かんでいる。
リシッドの前で父親の話がタブーなのは付き合いの短いカナタですら知っている。
「今、何か言ったかクラテラト?」
努めて冷静を装っているが、完全にブチ切れているのは誰が見ても明らかだ。
ただ1人、それを知ってから知らずかクラテラトはまるで動じる事なく、なおも言葉を続ける。
「どうやら伝わらなかった様だから言い直してやろう。部下の管理も満足に出来ないなど失態だぞリシッド・フォーバル」
クラテラトの言葉を今度はリシッドが鼻で笑い飛ばす。
「笑止。そもそもそいつは俺の部下ではない。それよりも何故おまえがここに居る。おまえをこの場に呼んだ覚えはないぞクラテラト・トラキネン」
言葉を交わした2人の間に漂う不穏な空気。
どうやらこのクラテラトなる青年は、リシッドにとって少なからず因縁のある相手の様である。
「聞いていなかったのか?僕は嫁がれた姉上のご様子伺いに王都からはるばるやってきたのだよ」
「俺が聞いたのはその事じゃない。まったく相変わらず人の話を聞かないヤツだ」
「君こそ貴族の癖に兵士だなんていつまでしているつもりだい?そんな事は力ぐらいしか取り柄のない平民にでもやらせておけばいい事だ」
「それこそ貴様には関係無い事だ」
視線で火花を散らす2人の貴族。
今の一連のやり取りだけで2人の仲の悪い理由は大体分かった。
厚顔不遜で貴族として下の者を見下した態度を取るクラテラトと真面目で堅物、融通の利かないリシッドではソリが合わないのは当然だ。
(初めてだな。ああいう漫画に出てくる様な嫌味ったらしいヤツ)
そんな感想を抱くカナタも正直クラテラト第一印象は良くない。
強いていうなれば嫌いな部類に入る。
周囲の兵士達も同様の思いを抱いている様で不快気な視線をクラテラトに向けている。
先程の明らかに兵士見下した発言がどうにも気に障った様子。
クラテラトの介入で一気に場を包む空気が険悪なものへと変わっていく中、場の空気を打ち破ったのは意外にもレティスだった。
「クラテラト様でよろしかったでしょうか?」
「左様にございますよ。聖女レティス・レネート」
レティスに名を呼ばれるなり、他の者から興味を無くし、優しげな笑顔を浮かべるクラテラト。
目に見えてレティスに色目を使うその姿に、カナタの中の嫌いな奴ランキングで、クラテラトがリシッドの上に躍り出る。
(許可が下りるなら今すぐにでもあのニヤケ面粉々にしてやる)
そんな物騒な事を頭の中で考えながら殺気の篭った視線を向けるカナタ。
だが、クラテラトはまるでそれを気にする様子もなくレティスとの距離をさらに縮める。
「どうですか?この後、僕と一緒に街を散策など?それともどこかでショッピングになさいますか?」
「いえ、そうではなくてですね・・・」
「ああ、後、僕の事は親しみを込めてクラトとお呼びください。親しい者にしか許していない呼び名なのですが、聖女様は特別です」
まるで話を聞かずに身勝手に話を進めるクラテラトにタジタジになるレティス。
その肩を抱く様に腕を回すクラテラトの背後で、こめかみに青筋を浮かべて今にも殴りかかりそうなカナタ。
そんな2人を見かねたリシッドがクラテラトに声を掛ける。
「それぐらいにしておけよクラテラト。聖女様が困っていらっしゃる」
「僕に言い寄られて困る女性などいないよ」
何の根拠があってそんな事を言うのか分からないが、自信に満ちた様子で即座に言葉を返したクラテラトにリシッドがさらに言葉を続ける。
「そうか。だが、いい加減にしないと、後ろの狂犬が貴殿に噛みつきかねない」
「そんなの君達だけでなんとかしなよ。その為の兵士だろう?それとも自信がないのかい?」
馬鹿にするような口調で言い放つクラテラトの前でリシッドが小さく首を振る。
「そう出来れば苦労はない。言い忘れていたが、その狂犬はこの場の誰よりも凶暴でな。恥ずかしながら暴れだしたら我々では手に負えない」
「・・・・へぇ。君が冗談を言う日が来るとは明日は空から槍でも降るのかな?」
そう言ってクラテラトが大仰に両手を広げて見せるが、周囲はクスリとも笑わず真顔のままである。
そこで初めて自分の義兄と姉、そして騎士デニクの顔色を窺う。
返ってくるのは姉夫婦の苦笑いと、俯きがちに目を伏せる騎士デニクの姿。
ここでようやくその言葉が冗談でない事を悟る。
「まさか冗談だろう?騎士よりも強いだって?こんな小僧が?」
未だ信じられないと言った様子のクラテラトの言葉に、返事を返したのはカナタだった。
「あ~そのリアクション。もういい加減飽きたから話進めてくれないかなぁ」
すぐ真後ろから聞こえた声にクラテラトがゆっくりと振り返る。
そこには屈託のない笑顔を浮かべる1人の少年。
だがその眼は笑っておらず。空虚な闇が覗いている。
「その手を早くどけないと腕ごと落としちゃうぞこの野郎」
向ける笑顔とは裏腹に恐ろしい事をさらっと口走る少年に、流石のクラテラトの笑顔も引き攣る。
「くっ、平民風情が誰に向かって・・・・」
「手を離すのかな?離さないのかな?腕がいるのかな?いらないのかな?」
有無を言わせぬ相手の迫力に気圧され、悔しそうにクラテラトがレティスの背に回していた手を引っ込める。
ようやく少しだけ大人しくなったクラテラトに、リシッドが本題について踏み込む。
「して、クラテラト。本題だ」
「本題だと?」
リシッドの言葉を聞いたクラテラトが首を傾げる。
まさか自分から名乗り出ておいてこんな反応をされるとは思っていなかったリシッドは心底呆れ果てる。
「先程おまえ自身が言っただろうが、リルル様がエキソ付近に到着したのを伝えたのは自分だと」
「ああ、なんだその事か」
既に興味の大半を失ったクラテラトが面倒くさそうに答える。
「そうだよ。僕が兄上にリルル様の事を伝えた」
「どうしておまえがその情報を知り得た」
「簡単な事だ。今この館にいるトラキネンの商人に聞いた。あれは僕が以前から贔屓にしている商人でね。この度も姉上が嫁ぎ先で寂しい思いをしない様にとトラキネンに産物を持参させたのさ」
彼の言葉を受けて一同の視線がクラーラに向く。
周囲の視線に少しだけ圧倒されながらも、クラーラが彼の言葉を肯定する。
「はい。確かに弟はこうして時々、トラキネンから商人を呼んで私に贈り物をしてくれます」
「姉上の事を想えば当然の事です」
どこか誇らしげにクラテラトが胸を張って放った言葉に全員が疲れた顔をする。
この男は自分に疑惑の矛先が向けられているという自覚がないのだろうか。
とはいえ今の話を確認する必要が出てきた。
「今の話がどこまで本当か、その商人にも確認を取る必要がありますね」
シュパルの言葉にリシッドが大きく頷く。
「ああ。テナン様、その者をここに呼んでもよろしいでしょうか?」
「そうだな。私もそう思っていたところだ。すまぬが誰か、その商人をここに呼んできてくれ」
テナンの言葉にクラテラトが微笑を浮かべて答える。
「そのような些事。本来であれば使用人の仕事ですが、皆様、何やらお疑いのご様子。仕方ないので僕が呼んできますよ」
致し方無しといった様子で語るクラテラトだが、彼の容疑が晴れた訳ではない。
万が一のことを考えてリシッドが並んだ自分の部下に視線を送る。
「ジーペ、ベーゾン。そいつだけでは何かあった時に心配だ。同行してくれ」
『了解』
威勢よく頷いた2人が部屋を出て行こうとするクラテラトに続く。
後ろに張り付いた2人の兵士を見てクラテラトが不満を漏らす。
「なんだい。僕の事を信用していないのか?」
「当たり前だ。おまえの疑いが晴れた訳ではない」
「やれやれ。どうせ連れて歩くなら女の子がよかったよ」
ぐちぐちと文句ばかり述べるクラテラトに向かって顎をしゃくってさっさと行けと促すリシッド。
やれやれと肩を竦めてようやくクラテラトが部屋を出る。
彼の姿が見えなくなったところでようやくリシッドが一息つく。
「なんだかどっと疲れが・・・」
「お疲れ様です。隊長殿」
「全く。あの男は相変わらずだな」
リシッドの呟きにクラーラが少しだけ不快そうな顔をする。
どうやらあんな男でも家族からは大切に想われているらしい。
慌てて口元を抑え、小声で隣のシュパルに語り掛ける。
「とにかく一刻も早くこの件を片付けて、早く次の街へ向かいたいものだ」
「同感です」
そう言って2人が顔を見合わせて苦笑する。
それから少し経った後、クラテラトが件の商人を連れて戻ってくる。
「いやはや、お待たせしてしまったかな」
「おまえの事は待っていない」
むしろ叶うならば今後の人生で二度とその顔を拝みたくないくらいだ。
流石にそんな事をこの場で口走ったりはしないが。
クラテラトの背後から、私財で買い与えたのか銀色に輝く全身鎧に身を包んだ傭兵8人を伴って恰幅の良い薄毛の中年が姿を現す。
(この男が例の商人か。獣人にしては随分と恰幅が良すぎる気もするが、奴らの協力者という可能性もある。油断はできないな)
そう考えるリシッドの前で、クラテラトの連れてきた商人が首が隠れる程に弛んだ肉を揺らしながらテーブルの傍へと歩み出る。
「これはこれは領主様。私めをお呼びと聞いて参りましたが、どういった御用向きでしょうか?何かご所望の品がございましたらすぐにでもご用意させますが?」
どうやら呼びに行った際に特に説明もせず連れて来られたらしく。
新しい取引の話と勘違いした商人が揉み手をしながらテナンに擦り寄る。
なんとも商魂逞しい事だが、今はそんな事に構っている程暇じゃない。
「済まないね。今回は商談じゃないんだ」
「左様でしたか、ではどういった御用向きで?それにこちらの方々は」
商談でないと聞いて少し肩を落とした様子の商人が、そこで初めて居並ぶ者達の姿に目を向ける。
「兵士の方に、もしやお2人は聖女様?昨日は大変な目に遭われたと伺いましたが、お怪我もなく何よりにございます」
「あ、どうも」
「フンッ」
商人の社交辞令に律儀に挨拶を返すレティスと、不満そうに鼻を鳴らすリルル。
商人も金にならない相手には大して興味もないらしく、すぐに金づる。もといクラテラトの方へと視線を向ける。
「商談でないとなると何故私が呼ばれたのでしょうか」
「さぁ、僕も詳細については聞いていない。君と同じで仲間はずれにされるところだったのさ」
「左様でございましたか。これはとんだご無礼を」
「構わないよ。全てはあの陰険で堅物で、真面目ぐらいしか取り柄のない隊長さんが悪いんだ」
そう言ってクラテラトは嫌味を込めた笑みをリシッドへと向ける。
相手の意図は分かっているがいちいち取り合うだけ時間の無駄だと、リシッドはクラテラトを無視して商人へと話を切り出す
「貴殿をこの場に呼んだのは、今、話に出た昨日の一件について聞きたいことがあったからだ」
「はぁ、私に聞きたい事ですか」
リシッドからの問いかけに対し、商人は少しだけ不満の色を浮かべるが、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「領主様のお役に立てるのであれば、何なりとお尋ねください」
どうやら頭の中で、ここで協力的な姿勢を取った方が今後の利益になると踏んだらしく嫌に協力的な姿勢を示す商人。
呆れたくなる気持ちをグッと堪えてリシッドが本題に入る。
「昨日、リルル様がエキソ付近の森に到着した旨を知らせたのは貴殿だと聞いたが、相違ないか?」
「ああ、その事でしたか」
リシッドからの質問に、商人は大きく頷くと自慢げに語り始める。
「はい、それは私めがクラテラト様にご報告した事に間違いございません。丁度街の外に出していた使いの者が森の近くでお見かけしたものでね」
「使いの者?」
「はい。以前奥様がご所望だった品が手に入りましたので、それを受け取りに森の向こう側まで行かせたのでございます」
「そうでしたか」
商人の言葉を聞いたリシッドが他の面子の顔色を窺う。
皆、判断し兼ねているのか難しい表情を浮かべて唸っている。
リシッドも彼らと同じ感想を抱いている。
だが、現状彼からの聴取意外に事態を把握する術がない。
真偽を確かめる為にもリシッドはさらに話を掘り下げる。
「ところでその使いの方は今どちらにいらっしゃるんでしょうか?」
「その者は今、街の方へ使いに出しております。もう間もなく戻ると思うのですが・・・」
そう言って自身が入ってきた扉の方へと目を向ける商人。
雇い主の動きに併せて両脇に立った全身鎧の男達が道を開ける。
ガシャリという金属音が室内に響くと、リルルが不快そうに表情を歪める。
「ちょっと、貴方達。領主様の前で全身鎧の上、ヘルムも取らないなんてあまりに無礼ではなくって?」
礼儀にうるさいリルルの場違いな指摘に周囲が微かに苦笑を浮かべる。
だが商人の方はそうでもなかったらしく少し慌てた様に左右に並ぶ傭兵を交互に見る。
失礼をかまして今後の取引に支障が出ては笑い話にもならないからだ。
商人が慌てた様子で謝罪の弁を述べる。
「これはとんだご無礼を!すぐに取らせますので」
商人が左右に並び立つ傭兵を見上げて強い口調で命令する。
「お前達、早くそのヘルムを取らぬか」
「・・・・・」
だが、雇い主の命令にも関わらず傭兵達はそれを無視し、
何かを考える様に互いを見合った後、やがてヘルムの奥で諦めた様に溜息を吐く。
「はぁ、まさかこんな事になるはな」
「何が起こるか分からないものだ」
ヘルムの奥から響いた低くくぐもった声。
彼らの態度に腹を立てた商人が傭兵の1人に詰め寄る。
「何をやっている!早くヘルムを取れ!」
「はいはい。今取りますよ」
そう言って全身鎧の男がその頭に被っていたヘルムを外す。
そこから現れたのは日焼けした肌の偉丈夫。
中々に逞しい傭兵らしい顔つきをした男に、商人も意外と傭兵を見る目があるなと感心したのも束の間。
次の瞬間、商人から口から驚きの言葉が飛び出す。
「誰だ、おまえは?」
『っ!?』
商人の口をついて出た言葉に、その場に居合わせた全員の間に衝撃が走る。
直後、ヘルムを外した男が口の端を釣り上げて笑うと、目の前に立った商人の顔を思い切り殴りつける。
グシャリという鈍い音を立てて分厚い脂肪を纏っていた商人の顔面に拳が深々と突き刺さり、商人の体が部屋の奥まで砲弾の様に吹っ飛ぶ。
壁に叩きつけられた商人の顔は既にザクロの様に弾けており、原型を留めてはいなかった。
「ヒィッ!」
「イヤァアアアアアッ!」
しゃくり上げる様なテナンの短い悲鳴と、クラーラの絶叫が部屋の中に響き渡る。
目の前で起こった惨劇を前にクラテラトは呆けた様にその場に立ち尽くし、
リシッド隊やテーラとダスター、デニクが腰の鞘から剣を抜き放つ。
「まさか護衛に雇った傭兵が内通者だったとはな」
「どうでしょうかね。先程の反応から察するに途中で入れ替わったと考えるべきでしょうが」
そう言ってリシッドとシュパルが商人の方へと目を向けるが、今の一撃で脳を潰されて即死したらしく体が微かに痙攣しているだけだった。
「情報を引き出す事は出来なくなったな」
「まだ目の前の敵から聞くと言う手もありますが?」
「余力があればそうしたい所だが、倒す気で行かないと、こちらの命が危うい」
「・・・ですかね」
2人が目の前の敵に意識を向ける中、相手もこちらへ向かって一歩を踏み出す。
男の顔がみるみる変化して猿の獣人へと変化する。
「鎧が少しばかりキツイが、まあいい」
「ああ、標的を殺すには差し支えない」
ガシャガシャと耳障りな金属音を鳴らしながら8人の獣人が踏み出す。
まるで迷いがない目、一度他の部隊が退けられている事を知っての行動からも分かる通り、どうやら彼らは決死隊の様だ。
生きて帰る事を捨て、ただ標的を仕留める事を目的として結成された部隊。
死を恐れず、あの世へ道連れにする相手を求めて攻撃してくるのだから始末が悪い。
そんな彼らが標的を求めて部屋の中に居る者達を品定めする。
「聖女が2人に、領主が1人、貴族の血筋が3人」
「ああ、奴らを道連れにすれば任務完了だ」
特に打ち合わせもせずに誰を狙うかを早々に定めた彼らの前に立ちはだかる1人の少年。
「そんなふざけた真似。やらせると思ってんのかい?」
自分達よりも小柄ながら、今日まで3度に渡り獣人達を退けた最大の警戒対象。
カナタと呼ばれる少年を前に猿の獣人達の間に緊張が走る。
「出たな同朋の仇。人の皮を被ったバケモノめ」
「その言葉、そっくりあんた達に返すよ」
飄々とした様子で言葉を返す少年を前に、猿の獣人達が一様に息を呑む。
今日までの彼の戦ぶりは既に彼らの組織内でも知られ始めたらしく。
向こうもカナタを脅威として認めた様だ。
その証拠に、外見だけ見れば自分達よりも弱そうなカナタを相手に、獣人達の目には微かに恐れの色が混じっている。
「来なよ。全員、この場でカーペットのシミに変えてやるからさ」
「くっ、言ってくれるじゃないか」
死をも恐れぬはずの決死隊ではあるが、犬死には望むところではない。
目的も果たせずに死ぬ事は彼らにとっては死よりも恐ろしい。
そして目の前の少年を相手にするには何人かは捨て駒とならねばならない。
選択を迫られる獣人達が僅かに逡巡する合間に、カナタが一歩を踏み出す。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
冷たい声音と共に感情のない目を向けてくるカナタに獣人達が決断する。
「くっ!構わん!散開して目標を狙え。こいつは俺が引き受ける!」
「すまないっ!」
「頼んだぞ!」
決断と共に獣人達が部屋の中に散らばり、標的へ向かって動き出す。
だが、こちらも相手の隙にさせてやるつもりなどない。
「リシッド!こっちが片付くまでそっち足止めしといて!」
「うるさい!こっちの心配など不要だ!」
『全員、俺が片付ける!』
獣人達に向かって飛び出すカナタと、部屋の奥へと下がるリシッド達。
まずカナタが目の前の獣人に向かって円卓の前の椅子を蹴り飛ばす。
綺麗な細工の施された高そうな椅子が獣人の纏った鎧に当たって跳ね返る。
「そんなものが足止めになるかぁ!」
足元で止まった椅子を蹴とばそうと足元の椅子を見下ろした瞬間、目の前に飛び込むカナタの膝。
「っ!?」
椅子に注意が向いた僅かの隙を突いて一気に距離を詰めたカナタの膝蹴りが獣人の顔面を鋭く蹴り上げる。
「ごぶっ!」
血を吐きながら天を仰ぐ相手の顔の上、カナタの振り上げた銀色の片手斧の刃が下を向く。
「死ね」
言葉と共に容赦なく振り下ろされた刃が、ヘルムを外して露出した頭部を断ち割る。
血を吹き出し、顔面を縦に割かれた巨体が、そのまま後ろへと倒れ込む。
崩れ去る死体に背を向けて、カナタが次の獲物に目を向ける。
「まずは1人だ」
カナタの眼前、円卓を挟んだ向こう側で5人の獣人を前に、密集陣形を取って戦うリシッド達の姿。
ほとんどの者を防御に廻し、リシッド、シュパル、デニクが敵の中へと斬り込む。
「グランフォース・セイバー!」
「フォースセイバー・ジェミニ!」
「グランフォース・ソル・セイバー!」
リシッドの両手の剣が白く輝き、シュパルの剣が蒼い輝きを纏い、デニクの剣が刀身の2倍の大きさの光の刃を纏う。
向かってくる獣人目掛けて各々が手にした刃を振り抜く。
だが、その刃が相手の身を切り裂く事無く弾かれる。
「ははは、効かぬわ!」
「どうして我らがこんな窮屈な格好をしていると思っている!」
そう。彼らが纏っているのは商人が元は傭兵に買い与えた高価な防具。
その性能は折り紙付きであり、魔核剣術や魔術にも耐えうるだけの力を持っている。
(もっとも、あの小僧の様に急所等を狙われれば意味がないがな)
そう思ってカナタの方をチラリと見ると既に仲間を倒してこちらに向かって動き出していた。
数秒と保たなかった仲間の無念を思いつつも、このままでは自分も同じ運命を辿る危険がある。
「そこをどけ!小物がぁああああ!」
「断る!」
相手の拳の連打に併せて両手に持った剣を繰り出して、相手の攻撃を相殺するリシッド。
拳を一発繰り出す毎に、焦りから制裁を欠く相手の攻撃をリシッドは冷静に見極める。
瞬間、力任せに入った安直な右ストレートと共に、リシッドが勝負に出る。
「死ねぇええええええ!」
「だから断ると!」
相手の拳に向かって踏み出したリシッドの体が僅かに沈み込むと同時に、右手の剣を真上に振り上げて相手の腕を上方へと跳ね上げる。
鎧に阻まれて腕を落とすことは出来なかったが、これで相手の右の脇の下がガラ空きになる。
鎧の構造上、肩関節を動かす為に脇の下には隙間が存在する。
そこに目掛けて左手に握った剣を滑り込ませる。
「言っているだろうが!」
ズドンッという肉を突き破る音と共に、リシッドの刃が相手の脇の下を抜け、剣の先が体の中を通って左肩から飛び出す。
「ぐがぁっ」
苦痛に歪み、口から血を撒き散らす相手の体から剣を抜いたリシッドが、付着した血を振り払う。
「こちらも1人倒したぞ!」
「おのれぇええええ!」
リシッドの前で崩れ落ちる仲間の姿に、怒りの形相でリシッドに飛び掛かってくる。
飛び掛かってきた相手の一撃を両手に持った剣を交差させて防御する。
ズシリと体の芯にくる衝撃と重さが体にのしかかるが、なんとか踏み止まる。
そんなリシッドの隣では、デニクとシュパルが獣人2人と互角に渡り合い、最も護衛対象に迫った残りの3人はリシッド隊の4人が主体となって築いた防御を崩す事が出来ず。攻めあぐねていた。
「どけぇ!雑魚共!」
「どくわけないでしょうが!」
「寝言は寝て言え!」
『馬~鹿!』
防御を破れず焦りだす相手に余裕の挑発をするリシッド隊の4人に、その後ろで聖女達に張り付くテーラとダスターが唖然とする。
「4人がかりとはいえ、獣人を一歩も寄せ付けないなんて」
「なんなんすかねこの人達」
信じられないといった様子で目の前の光景を見守る2人に、レティスが後ろから声を掛ける。
「決まってるじゃないですか。あの人達は兵士。貴方達と同じ、聖女の護衛ですよ」
「私達と同じ・・・」
「・・・聖女の護衛」
レティスの言葉を噛みしめる様に口の中で繰り返す2人、その意味を理解した2人の顔が前を向き、手にした剣を握る手にも自然と力が篭る。
「それじゃあ、おれっち達も」
「負けてられないわね」
同じ聖女の護衛として、彼らに後れを取る訳にはいかない。
それが同じ聖女の護衛を任されたヨノル隊で生き残った自分達の務めだ。
今は実力で彼らに及ばなくとも、この気持ちまでは負けられない。
「後ろは任せてくださいっす!」
「皆さんはそいつを倒しちゃってください!」
『了解っ!』
危機の中、改めて同じ志の下に集った兵士達の間で築かれる結束が、獣人を圧倒し始める。
後ろを任せろと言う2人の声を受けて、4人が一気に攻勢に出る。
「おまえら!あれ、やるぞ!」
『応っ!』
3人の獣人相手に4人が横一列に並んで正眼に構える。
彼らの呼吸に呼応するように手にした剣が赤い脈打つように発光する。
最初はバラバラだった光が同じリズムを刻むように発光が揃っていく。
「何かマズイ!」
「今すぐに殺せ!」
危険を察知した獣人達が一斉に襲い掛かるが、その時には既に4人の剣が放つ光は綺麗に揃っていた。
「見晒せエテ公!」
「これがリシッド隊初!」
「合体魔核剣技!」
「その名も!」
『クワトロフォース・ゼファー!!』
叫び声と共にジーペから順に敵に向かって時間差で剣を振るっていく。
大気中に刻まれた赤い剣の軌跡が重なり合いながら前進する。
最後にサロネが重なり合った赤い斬撃に最後の一撃を加えると同時に四重に重なった赤き斬撃が獣人に向かって突進する。
「魔核剣技なんぞ!」
「弾き飛ばしてくれるわ!」
鎧を纏った3人の獣人が、鎧を盾にして突破しようと4人が放った技に突っ込む。
たかだが4人分の魔核剣技であれば十分に防げる。そのはずだった。
技を鎧が受けた瞬間、全身に掛かる凄まじい負荷に3人に表情が歪む。
「なんだこの威力は!」
「体がバラバラになりそうだ」
「鎧が・・・保たない!」
直後、纏っていた全身鎧のあちこちに無数の亀裂が入り、まるで陶器のように呆気なく鎧が砕け散り、鎧を失った獣人達は為す術もなく技を喰らって、全身をズタズタに引き裂かれる。
「ギィヤァアアアアアッ」
「グゥギェエエエエッ」
先に突っ込んだ2人の全身が目の前で引き裂かれ、大量の血が飛び散る中、少し後に突っ込んだ獣人がかろうじて鎧と片腕を犠牲に技の軌道上から飛び退く。
「ハァッ・・・・ハァ・・・。何だ今のは・・・」
見た事もない4人の放った一撃に混乱が脳内を埋め尽くす。
ともかく足を止めてはまずいと動き出そうとした時、背中から鋭い痛みが胸元に向かって走る。
「うっ・・・ぐぅっ・・・何だこの痛み・・・」
全身に走る焼けるような痛みの中、獣人が肩越しに後ろへと視線を向けると、爽やかな笑みを浮かべる1人の少年。
「残念。俺に背中を向けたのが運の尽きだったな」
「・・・むぅ・・・無念」
悔し気な表情を浮かべ、獣人が絨毯の上に崩れ落ちる。
残された3人もターゲットである聖女にも領主にも、最早近づける隙はない。
ここからの逆転は例え獣人であっても不可能だと判断し、リシッドが相手に告げる。
「諦めて投降しろ。そうすれば命までは取らない」
「ククク。我らがそんな甘言に乗るとでも?」
「いや、無用な殺生はこちらも望むところではない。例え相手が命を狙ってきた獣人であろうともだ」
「・・・・甘いな。お前は」
リシッドの言葉に男はキッと鋭い目で睨み付ける。
そこには降参の意思は見られない。最後まで戦い抜く事を決めた戦士の目だ。
それはデニクとシュパルと戦っている相手も同じらしく攻撃の手を止める気配がない。
「重ねて言う。我らに降参はない」
「・・・そうか。分かった」
そう言ってリシッドは気持ちを切り替えて目の前の相手に向き直る。
「せめて、長く苦しまぬ様に終わらせよう」
「ほざけ。次こそはその素っ首を叩き落としてやる」
向かい合った2人の間に静寂が降りる。
周囲の音、雑念が入り込む余地のない張り詰めた空間の中、2人が踏み出す。
向かってきた獣人の右拳を剣で払い除けるとほぼ同時に、リシッドの右脇腹を目掛けて伸びる相手の手刀。
(殺った!?)
次に指先に掛かるであろう肉の感触を確信する獣人の前で、リシッドが獣人に向かって突進する。
手刀の内側に入り込んだリシッドが体を反転させながら獣人の体に背中を預ける。
獣人がその胸でリシッドの背中を受け止めた直後、両脇腹の下、全身鎧の隙間に2本の剣が突き入れられる。
「ごふぅっ・・・」
血を吐き、獣人の体がリシッドの背中におぶさる様に重なる。
まだ辛うじて動く手でリシッドの喉笛を切り裂こうと手を動かすが、もはやその手には虫一匹殺す力も残ってはいない。
「言い残す事はあるか?」
「ない。ここが我が死に場所よ」
「そうか。では、さらばだ」
言ってリシッドが相手から逆手に持った剣を相手の体から引き抜く。
鮮血が絨毯の上に吐き出しながら、男の体がその場に崩れ落ちた。
「すぅっ・・・はぁ~」
戦いで昂った心を落ち着けるべく1つ深呼吸をした後、リシッドは周囲を確認する。
先程までシュパルとデニクが相手にしていた獣人2人も、カナタの介入によって既に骸と化していた。
「これでひとまず片はついたか」
「みたいだな。まぁ、掃除は大変そうだけど」
「ウッ」
改めて周囲を見渡せば周囲は死体だらけ、赤い絨毯は本来の色とは違う濁った赤が混じり、高価そうな椅子や大きなテーブルは壊れ、壁のあちこちには血痕が飛び散っていた。
要人を守る為とはいえ、あまりの惨状に思わずリシッドは頭を抱える。
「気に病まないでくれ。この程度の事、命が助かった事に比べれば大した事はない」
「テナン様・・・」
「とはいえ、流石にあれほどの戦いだ。妻が憔悴しきっていてね」
そう言ってテナンの向けた視線の先には、真っ青な顔をして呆然と立ち尽くすクラーラの姿。
「悪いが、今回は見送りは遠慮させてもらうよ」
「いえ、我々こそ、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんてとんでもない。おかげで助かったよ。この礼はいずれ必ず」
「それこそお気になさらず。これが私達の任務ですので」
そう言って2人は互いに軽く握手を交わす。
手を離すとテナンはすぐさま夫人の下へと駆け寄り、すぐさま部屋を後にする。
それを見送ったリシッドは、勝利を喜び合うカナタと自身の部下、新たに加わった仲間達の輪の中へと入っていく。
そんな彼の姿をいつからかずっと部屋の隅から見ていた男が1人。
戦いには参加せず戦いの行方を見守っていたクラテラト・トラキネンが小さく呟く。
「リシッド・フォーバルにカナタなる少年か・・・少々厄介だな」
当初見せていた高慢さも、明るさも、まるで嘘だったかの様な無感情な目で一行を見詰めたクラテラトは、喜び合う彼らに何も告げる事無く静かにその場を後にした。
記念すべき30話でございます。
ここまで来られたのも読者の皆様のおかげです。
ともあれまだまだ先は長いです。
ぶっちゃけ本当に全体の5パーセントも進んでません。
とにかく最後まで書き切る様に頑張ります。
ご支援、ご声援の程よろしくお願いします。
ちなみに次話更新は少し間が開きます。
本格的な全話修正と見直しに入りますので平にご容赦を




