第26話 不良門番ノ野望ト現実
ユーステス領主の街エキソ。
そこから南西にある小さな森へと続く街道を一頭の馬が駆ける。
上下に激しく揺れるその背に跨る2人の男の姿。
馬を操る男の名前はトンテ。25歳の独身男性。
兵士としては大した実力はないが努力もせず、なのに自己顕示欲は強い。
一言で彼を評するならば"小物"か"俗物"である。
ガノン王国の兵士で、今は領主テナン・ユーステスの館の門番をしている。
(チクショー。なんで俺がこんな目に!)
今日も朝から門番として退屈な仕事をしていた彼が何故今、こんなところで馬を操っているのかというと、それは彼の後ろにいる少年のせいである。
聖女レティス・レネートに同行している傭兵だという話だが実際のところはよく知らない。
(な~んかうさんくさいんだよな。そもそもこんなガキが本当に強いのかよ)
聖女の護衛達はなにやら一目置いている様だが、自分達より若いヤツに頼ってる時点で彼らの実力だって怪しいもんだ。
(あんな腰抜け共が精鋭として持て囃されてるのに、なんで俺が門番なんだよ。納得いかねぇ)
訓練兵時代から訓練にはロクに顔を出さない不良兵士であったが、剣の腕には多少自信があった。
実力的には精鋭部隊か騎士に選ばれると自分では思っていた。
(流石に騎士は無理だったな。同期のルードってのが化け物すぎた。あんな老け顔で俺とタメ歳ってのも信じられなかったけど)
結局どちらにも選ばれず、中途半端に領主の館の守備兵に配属されて今に至る。
(全く。お偉いさんってのは見る目がないぜ。俺じゃなくてあんな腰抜け共を精鋭に選ぶなんてよ)
自己評価が高いトンテだが、その実力はリシッド隊メンバーより格が一段下がる。
弱い訳ではないが強い訳でもないという中途半端な彼に相応しい立ち位置だ。
(にしてもテナン様の危機ってのは本当かよ?信じられないな)
領主のテナンは歳は30代半ばで細身の優男。
先々代から受け継いでいるエキソの街の工業力の向上と街の発展に尽力する努力の人。
誰もが認め、称える自慢の領主様だ。
一介の兵士に過ぎないトンテにだって声を掛けてくれる様な気さくな人柄もあり、トンテもそんな彼が嫌いじゃない。
(そりゃ~あんだけの御仁だしな。別嬪な嫁さんだって貰えるってもんだよな。俺も嫁さん貰うならあれぐらいの美人がいいな)
クラーラの美しい姿を網膜の裏で幻視していると、ふと先程見た聖女の姿が思い浮かぶ。
(そういやあのレティスって聖女もかなりの美人だったな。どうせ馬に相乗りするならこんな感じの悪いガキじゃなくてあんな娘と2人で遠出したいとこだぜ)
俗物らしくよからぬ妄想が膨らませていると、問題の少年から注文が入る。
「さっきから何をブツブツ言ってんだよ。一大事かもしれないんだから急いでくんない?」
「あっ、すみません」
(チッ!うっせーってんだよガキ。文句があるなら自分1人で行きやがれってんだ)
表面上は下手に出つつも内心で年下に指摘された事に苛立ちを募らせる。
信頼する領主の危機だという話だから、こうして馬を出してやっているんだ。
しかもそのテナンの危機という話だって本当かどうか怪しい。
(テナン様は騎士様だけじゃなく20人以上の護衛を連れて出かけられたんだぞ。そうそう危険があるものかよ)
否定的な事ばかり考えていたせいで、段々と自分がやっている事が無意味な事の様に思えてくる。
少しだけ彼らの話を聞いたが、その中に獣人という単語が含まれていたのを思い出す。
(獣人がどうとかって話だが、ここはガノン王国だぜ?他国ならいざ知らず。そうそう戦闘系獣人がいるかって話だよ)
ますます自分のやっている事がバカバカしくなって手綱の紐を緩める。
「お客人。もう行くのやめましょうよ。きっと今頃無事合流してこっちに戻ってますって」
苛立ちが伝わらぬよう小物らしく細心の注意を払ってトンテがカナタに告げる。
トンテの進言を後ろに座っている少年は一考すらせずに拒否する。
「そんな事は聞いていない。いいから黙って馬を走らせろ」
「んだとガキ!こっちが大人しくしてりゃつけあがりやがって!」
相手の物言いに我慢が出来ずにトンテが怒声を上げる。
が、次の瞬間、喉元に突き付けられた得物を見てその表情が強張る。
「あんまり何回も言わせないでくれる?急いでるんだけど」
耳の中に冷水を流し込むような冷たい囁きにトンテが心胆から震え上がる。
地獄からの死者の呼び声の様に冷酷な言葉にトンテは無言で頷き従う。
(何なんだよクソ~。このガキ何者なんだよ。本当に人間か?軽くチビっちまったじゃねえかよ)
生まれて今までの人生の中であんな恐ろしい声を彼は聞いた事がない。
思い出すだけで手が震える。
それでも小物なりに米粒程のプライドでそれ以上はチビらなかった。
その後は、従わないと殺されるという恐怖に背中を蹴とばされながら、動物的な本能に従って馬を駆けさせる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
無言で馬を走らせる事4時間。
ようやく目的の森の入り口が見えてきた。
「お客人!あれだ!あれが領主様と聖女様が落ちあう予定の森だ!」
「よ~し。じゃあこのまま森の中へ突っ込め~!」
「えっ!」
少年からの命令にトンテの顔から血の気が引いていく。
何かあった場合、自分までも巻き込まれたくないという思いが如実に顔に出ている。
「俺は外で待ってますよ・・・どうぞ1人で」
「聞こえなかった?ツ・ッ・コ・メ・!」
「・・・はい」
それ以上の問答は不要と、喉元に刃をチラつかせられれば従うほかない。
有無を言わせぬカナタの圧力に屈し、トンテは涙目になりながら鐙で馬の腹を蹴って森の中へ飛び込む。
森の外は日差しが眩しい程に明るいというのに、森の中は思った以上に暗かった。
鬱蒼と生い茂った木々が日光の侵入を遮り、独特な空間を作り出している。
「うえ~。なんか気味悪い感じですよ。お客人」
「知ってるよ。いいからさっさと進む」
トンテの意見などまるで聞かずに指示を出す背後の少年。
先程までのやりとりで抵抗の無意味さを理解したトンテは黙って指示に従う。
森の中に作られた細い道に従って奥の方へ向かって進む。
「森のどの辺りで合流する予定とか分かる?」
「ああ~。恐らくノームの泉じゃないですかね」
「ノームの泉?」
どこかで聞いた事がある単語が出た事にカナタが少し驚く。
以前、タカヒサがやってたゲームに出てきたキャラクターがそんな名前だった。
「昔この辺りに居たっていう精霊が作ったとされる泉だそうで」
「精霊か~。確かあれも精霊だったな~」
「お客人は精霊を見たことがおありで?」
「いんや全く。特に興味もない」
「あっ、そうですか」
あまりにも思わせぶりな態度をするから精霊を見た事があるかと思った。
(さっきの反応はなんなんだよ!期待しちまったじゃないか)
声に出してツッコミたい気持ちをグッと堪えて我慢する。
変に刺激して痛い思いをするのは勘弁である。
「とりあえずそのノームの泉ってとこへ・・・」
「?どうしました」
「ああ~、やっぱりいたよトンチキ共が」
「へ?」
少年の言葉に驚き、慌てて周囲を見渡すと周囲の木々の間を飛ぶ黒い影。
素早すぎてその全容を捉える事が出来ない。
だが、この動きだけで相手が何者かだけはすぐに分かる。
「あわわわわわ。本当に獣人!なんで?どうして~?」
「うっさいなぁ。それより急がないと危ないよ」
「ええっ!どうして」
「どうしてってそりゃ・・・」
話の途中で木々の間を縫って飛ぶ物体。
素早くヘンゼルを引き抜いたカナタが飛来した物体を弾き飛ばす。
頭の横でキィンッという金属同士がぶつかる音にトンテが身を竦める。
「ヒィイイイッ!」
「ほら、こんな感じでナイフとか飛んでくるし」
言うのが遅いと心の中で罵声を飛ばしながら必死に手綱にしがみ付く。
先程の一撃を皮切りに左右から次々に刃が飛来する。
「いやしかし、思ったより早く補足出来たな。ラッキー」
「何言ってんだ!領主様達より俺達のがヤバいだろこんなの!」
「え?どの辺が?」
何を言っているんだと言わんばかりの少年の声音にトンテは訳が分からない。
亀の様に身を縮ませながら首だけを僅かに後ろに向けてみると、飛び交う刃をまるで虫を払うように少年が手に持った刃で弾き飛ばしていく。
「嘘だろぉおおおおおおおおおお」
信じられないという思いがそのまま声となって口から飛び出す。
混乱するトンテを余所にカナタは事もなげに飛び交う刃を払い続ける。
すると先程まで馬上の2人を狙って飛んでいた刃が二人の乗る馬に向かって飛ぶ。
「今、足を潰されるのは困るんだよなぁ!」
言ってカナタはエキソを出る時に持ち出した物を取り出す。
それは何の変哲もない2m程の長さの細い金属の鎖。
馬小屋の傍に置いてあったものを拝借してきたのだ。
「ほらよっと」
カナタは馬上で鎖を鞭の様に振り回し、馬目掛けて飛んできた鎖を払い飛ばす。
これは想定していなかったのかどこか遠くの方で舌打ちするような音が聞こえた。
「あ~ららら、あちらさんこっちに来る気みたいだよ」
「ええええええ!そんなぁああああああ」
「嫌なら急ぐ!HURRY UP!HURRY UP!」
「チキショォオオオ」
トンテが馬が恐怖に駆られて進むスピードが増していく。
木々を飛び交っていた者達を置き去り、森の中を前へと進んでいく。
「おお、早い早い」
後ろで楽しそうな声をあげる少年の心境がまるで理解できない。
(何コイツ?狂ってるのか?頭おかしいだろおこんなのぉ?)
獣人に追われるこの状況を楽しんでいるなんてまともな人間の反応じゃない。
トンテはとんでもない相手の同行者に選ばれてしまったと今更ながらに後悔する。
後悔のどん底に叩きこまれるトンテの後ろから気軽な少年の声がする。
「なあ、あれが領主様の御一行だと思う?」
「え?」
必死過ぎて周りを見ていなかったトンテが少年の声に顔を上げると、100m程前方の木々の間に数人の人の姿が見えた。
見知った兵士仲間と領主の騎士デニク。
そしてその背後に領主テナン・ユーステスと聖女と思しき少女の姿。
「あれだ!領主様達だ!」
これで助かる!そう思ってトンテの顔に微かに笑顔が浮かぶ。
だが、それも束の間、距離が近づくほどに彼らの異変に気付く。
「あれ?護衛に雇った傭兵の姿がない。それになんで皆怖い顔してるんだ?」
近づくほどに鮮明に分かるようになった彼らの表情は険しく余裕がない。
まるで今の自分達と同じ、獣人に命を狙われているような・・・。
「まさか!」
そして距離が20mまで近づいた所で、彼らの足元に転がる馬と傭兵の死体に気付く。
テナン達の周囲を取り囲む様に数人の茶色っぽい毛並みの猫の様な姿をした獣人。
普通の猫よりは少しだけ耳がピンと張っている事から普通の猫ではないようだ。
その中に1人だけ白っぽい毛並みをした獣人が騎士デニクと対峙していた。
しかもデニクが劣勢らしく体のあちこちに血の跡が見える。
同僚達もなんとか生き延びているが、血だらけで顔色も悪い。
「まさか・・・こんな悪い夢だろ」
とんでもない所へ来てしまったと慌てて馬首の向きを変えようとするが、背中の少年がそれを許すわけがない。
「はい。突撃突撃」
「うわ~やっぱりか~!」
泣きながらトンテは真っすぐに森の中を進み領主達の居る場所へと突撃を慣行する。
馬の嘶きにテナン達がこちらへと顔を向ける。
直後、木々の間からカナタとトンテの乗った馬が飛び出す。
「何事だ!」
「まさか敵の援軍!」
動揺する兵士達の頭上、宙に浮かぶ馬体の上からカナタが馬の背を蹴って飛び上がる。
「オッラァアアアアアアアアアッ!!」
猫頭達の方に向かって飛び出したカナタは空中で体を回転させながら手に持った鎖を振り抜く。
勢いの付いた鎖が2人の猫の小さな頭を真横から打ち据えてその頭蓋を粉砕する。
「ビェッ!」
「ジャッ!」
奇怪な声を上げて猫の鼻と口から血を噴出して崩れ落ちる。
突然の仲間の死に猫頭の獣人達の間に動揺が広がる。突然の援軍の登場にテナンやデニクが驚きの表情を浮かべる。
「なっ、なんだぁ」
「味方なのか」
周囲に動揺が広がる中、ジャラリと音を立てて地に着いた鎖と共にカナタが軽やかに着地する。
正面を向いてニッと笑顔を作ると、猫頭の獣人達に向かって人差し指を突き付ける。
「次に死にたいのは、どの猫ちゃんかな?」
余裕の表情で佇むカナタを前に猫頭達が身構える。
「くぅっ!」
「怯むな殺れ!」
掛け声とともに猫達が一斉に動き出す。
前回の虎共の様な力強さは感じないが、とにかく素早い。
しかもそれが木々の間を飛び交う事でどこから来るか狙いを絞らせず、かく乱する。
「な~るほど。確かにこいつは厄介だニャ」
相手の動きが追いきれない上にそれが複数人。普通に考えれば劣勢。
そんな状況にあって尚、カナタの態度は崩れない。
その背後から短刀を持った猫頭が音もなく飛び掛かる。
が、その刃は直前で阻まれる。
カナタの手に持った鎖が右足に踏まれて撓みなくピンと張り、相手の刃を受け止めている。
「追いかけなくてもそっちから来てくれると思ったよ」
「っ!?」
驚きに目を剥く猫の前で鎖から手を離し、相手の開かれた両目に向かって躊躇なく2本の指を突き刺す。
鮮血と共に猫の目から生涯の光が奪われる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
絶叫を上げて眼球の潰れた両の目から血を流す猫頭。
仲間の悲鳴に周囲の猫達が僅かに動揺する中、また1人がカナタへと襲い掛かる。
「よくも仲間をぉおおおお!」
冷静さを失い怒声を上げて襲い掛かる相手の一撃を一歩引いて躱す。
「ダメじゃん。攻撃前に声を出したら奇襲になんない」
そう言い終えると同時に相手の顎を真下から蹴り上げる。
顎が砕け、口の中を血まみれにした猫が背中から倒れる。
「ならば!」
「これで!」
「仕留める!」
跳躍する猫達が、まるで跳弾する弾丸の様に木々の間を飛び交い三方向から迫る。
「それならこんなのはどうかな?」
3人が木々の間から現れた所で、1人目の前に両目を潰した猫を突き飛ばす。
仲間にぶつかって2人が絡み合うように地面に転がる。
残るは2人。カナタの左斜め前方と右手側から同時に仕掛ける。
右足の下に転がる鎖を右手側から来る相手に向かって蹴り飛ばす。
「くっ」
宙に投げ出された鎖に注意が向き、払い落すべく相手の速度が弱まる。
この時点で同時攻撃のタイミングは完全に狂わされた。
1人で突っ込む事になった相手は既にカナタという猛獣の咢の先だ。
「シェァッ!」
繰り出される鋭い剣突に合わせてカナタもヘンゼルを繰り出し、剣を持った相手の手を突き刺す。
刀身に込められた電撃で手の内部の血が沸騰し、力を失くした指先から短剣を取りこぼす。
「落としましたよっと!」
相手の手元から落下する剣の底を蹴り上げて相手の胸板へと叩き込む。
丁度、心臓の位置に突き刺さった刃が相手の命を奪い取っていく。
崩れ落ちる目の前の相手の猫顔、濁ったその目の中に反射し、先ほど鎖で速度を緩めた敵の姿が映る。
「ふっ」
一つ息をついた後、すかさずグレーテルを抜いて後ろに向かって振り下ろす。
相手の肩口から入った刃が袈裟掛けに体の中を走って下へと抜ける。
「あっがぁああああ」
脳内を暴れまわる痛みに飛び出しそうな程に目を見開き、膝を折って地面に倒れ伏す。
倒れた男の手から短剣を取り上げると、目を潰した猫人間とそれに絡まったもう1人の下へと歩み寄る。
「えっと・・・男同士ってのはアレだけど、お幸せに」
「ちょっ待っ!」
制止する相手の言葉を無視して短剣で2人の胸を貫き通す。
血を吐き苦しむ2人がゆっくりと事切れる中、残りの顎を砕いた猫の頭を切り飛ばす。
頭上の獣人達が目の前で起こった出来事に息をのむ中、周りの死体を数えるカナタ。
「これで7人。さて、後はニャン人かな?」
そう言って木の上の獣人に向かってお道化た笑顔を向けるカナタ。
息一つ乱す事無く瞬く間に7人を倒した少年。
その素振りとは裏腹に、冷酷に、非情に、残忍に仲間を屠ったその手腕に樹上の獣人達が戦慄する。
「スナー師団長!」
「師団長!あの小僧タダ者ではないですよ!」
「狼狽えるんじゃないよ!お前達」
頭上から名を呼ばれたこの一団の頭と思しきしなやかな体躯の白毛の猫人間が、対峙していた騎士デニクから身を離す。
「まったく。とんだ邪魔が入ったもんだよ」
白猫はそう言ってカナタの方へと目を向ける。
「やってくれるじゃないか小僧。何者だい?」
「通りすがりのナイスガイとでも呼んでくれ」
スナーの問いかけに対し適当な返事を返すカナタ。
別に教えても問題はないのだが、なんか気分が乗らないので今回はパスする。
それをどう解釈したのかは知らないが、スナーが意味深に頷く。
「敵に情報は漏らしたくないか・・・。まあいい。アタイは星爪の旅団。山猫師団の団長スナー様だ」
そう言ってスナーがふふんと鼻を鳴らす。
一方のカナタは興味無さげにふーんと生返事を返す。
大体の予想はついていたけど今回は山猫なんだと少し納得。
「どうでもいいけど、あんたとシュンコウってどっちが強い?」
「なんだって?」
突如、相手の口から出たよく知った男の名前にスナーが眉をしかめる。
虎爪師団の師団長シュンコウ。
旅団の中でもトップクラスの武闘派で知られるあの男の名を何故目の前の少年が知っているのか。
「あんたみたいなガキがどうしてシュンコウさんを知ってるのさ」
「なんでって、そりゃこないだちょこっと揉めたから」
「シュンコウさんと揉めた?おもしろい冗談を言うね。あんたなんかがあの人に勝てるわけないだろ」
「ああ、残念ながらこないだは邪魔が入って片が付かなかったんだよな~。まあ次は勝つけど」
肩を竦めて見せるカナタにスナーが少し動揺する。
周りの山猫獣人達もどうやら彼女と同じ思いらしく攻撃するかどうか迷っている様だ。
何せ相手の言っている事が真実だった場合、彼と戦う事はすなわち旅団でも屈指の武人を相手にするのと同義であるからだ。
「いずれシュンコウの野郎とはもう一度戦う事になる予定だからさ。その前の練習がてらあんた達をぶちのめそうかと思ってんだけど」
「言ってくれるじゃないか」
随分と舐めた口を利く相手を黙らせたいという思いが湧くが、どうにも踏ん切りがつかない。
シュンコウとスナーとでは獣人としての格も武人としての格も違う。
圧倒的な差ではないが、あまりにも分が悪すぎる。
(確かシュンコウさん達は聖女レティス・レネートの暗殺に向かった筈、まさかこいつがその時の護衛の兵士か?しかしそれほど腕の立つ兵士がいるなど報告なかった。どういう事だ?)
シュンコウが任務に失敗する事などスナーにとっては考えられない。
だが目の前の少年はシュンコウの名前を出し、なによりスナーの目の前に生きて立っている。
「どうする?やるの?やんないの?」
「ちょっと待ってもらえる?今考えてるから・・・」
「早くしてね。こっちも早く帰りたいから」
まるで緊張感のないやりとりをする2人に、周囲で見ていた者達が唖然としている。
「なっ、なんなんだ彼は?」
「獣人を倒したかと思ったら話し始めたし」
「おい、どうなんだよトンテ!」
「知らないってそんな事。こっちが聞きたいぐらいだよ」
馬の背の上に体を投げ出したトンテに仲間の兵士達が詰め寄る。
口々に質問を浴びせる彼らに、知らぬ存ぜぬと機械的に答えを返す。
実際問題、トンテだって本当に何も知らない。
ただ、聖女レティスの護衛達が彼に一目置く理由は今の戦いで嫌という程理解できた。
(あの獣人相手にあそこまで戦うとかどんなバケモノだよ。本当に人間か?)
あんなのを後ろに乗せて走っていたかと思うと背筋に寒気が走る。
身を震わせるトンテの下に領主テナン・ユーステスが歩み寄る。
「よくぞ助けに駆けつけてくれた」
「いいえ、とんでもないです」
2人に話しかけられたトンテが慌てて馬の上で姿勢を正す。
周りの兵士が2人の周りに散らばり、周囲の警戒に戻る。
「他にも援軍が来ているんだろ?」
「いえ、あの人だけです。聖女レティス様の護衛の方が彼だけでいいと」
「えっ!それは本当か」
テナンが驚きに目を丸くする。それはそうだろう普通救援に来るならある程度の人数が必要だ。
たった1人の援軍なんて話にだって聞いた事がない。
もしトンテが相手の立場だったなら憤慨するだろうと思う。
その時、テナンの背からトンテに向かって声が掛かる。
「そこな兵士。今、レティスと仰いましたか」
「あっ、はい。そうですけど・・・」
なんだろうと思ってテナンの背後を覗き込むように首を伸ばす。
すると彼の背後から白い修道着に身を包んだ小柄な少女が姿を見せる。
水色の双眸と長い金色の髪を左右に結び、幼さの残る顔だちだが、精巧な人形の様な美しさがある。
レティスやクラーラの様な女性らしい色気はないが、どこか保護欲をくすぐる容姿だ。
そんな可憐な少女の口元から次なる言葉が放たれる。
「答えなさい。レティス・レネートは既にエキソの街に入っているの?」
「あっ、はい。そうです」
「ふ~ん。そう」
それだけ言うと少女は踵を返してトンテが連れてきた少年の方を向く。
が、すぐに何かを思い出したように振り返った。
「あと、あなた」
「はい」
「目上の相手と話す時は馬から降りなさい。それが礼儀というものよ」
「しっ失礼しました!」
慌てて馬から降りるトンテを一瞥し、少女は少年へと視線を戻す。
トンテが傍にいるテナンへとすり寄る。
「領主様、あの方が例の・・・」
「ああ、あの方がリルル・テーステス様。十六聖女の1人にして二十貴族会が1人。フィスメス・フェメル様のご息女だ」
「なるほど、どうりで・・・」
可愛らしい見た目と違って随分とキツイ物言いをすると思ったが、貴族の家柄ならばそれも頷ける。
能力を発現し、聖女として聖教会に招かれるまで貴族としての英才教育を受けていたのだろう。
「聖女になってご実家とは疎遠になったと聞いてはいるが、我が恩人たるフィスメス様の娘。何か力になれればと思ったのだが、まさかこのような事になるとはな」
そういってテナンは周囲の惨状に目を伏せる。
少しでも早く安全を確保しようと手勢を連れてきたまでは良かったが、結果は無用な死者を増やしただけだった。
「リルル様の護衛も残り2人だけとなってしまった。力のなさを嘆くばかりだ」
「まっまあ、そう気を落とさず。獣人相手なんですから仕方ないですよ」
らしくもなく自分の主人を慰めるトンテにテナンが軽く微笑む。
それからその視線がカナタの方へと向けられる。
「しかし、凄いな彼は、我が騎士デニクですら手を焼いた獣人相手に互角どころか圧倒しているじゃないか」
「確かにそうですねぇ」
性格はかなりおっかないけどと小声で呟くが、テナンには聞こえない。
そんな事を思っていた時、この状況での自分の役割の大きさが頭をよぎる。
(あれ?これってもしかして大手柄じゃね)
主の絶体絶命の窮地に馬を駆り、救援に駆けつけた自身の姿を頭に浮かべる。
(悪くない。悪くないぞ!むしろこのまま行けば!)
このまま領主様と聖女様2人を救出する事が出来たなら、誰もが自分を称えるだろう。
自分達の主を救われた領民達が彼を称える姿が目に浮かぶ。
(そしていずれは精鋭部隊に、いや騎士にだってなれるかもしれない!)
1人でどこまでも妄想を肥大化させるトンテは生まれて初めて神に感謝した。
そしてこの手の輩が目先の欲に目がくらんで余計な事を考えて周りの足を引っ張るのは最早お約束である。
(待てよ。このままだと結局手柄の大半はあの訳のわからんガキのものになるな)
実際その通りで、獣人と戦っているのはカナタなのだが、それじゃあトンテとしては面白くない。
(折角だし、ここで俺の存在をアピールしてもっと俺に対する評価を上げた方がいいな)
その為に何かいい手はないかと周囲を見渡せば、山猫の獣人達は全員の視線がカナタにくぎ付けになっており、味方の兵士やデニク、テナン、リルル。全員の視線が今、彼に集まっている。
今、あの場に加勢することが実際は一番効果的だと思うのだが、流石のトンテもここまでの戦いで彼らと自分との実力差ぐらいはわかっている。
自分程度の実力であの間に割って入り、獣人相手に大立ち回りなど命がいくつあっても足りない。
その時、欲で薄汚れた彼の頭の中に閃くものがあった。
(待てよ。これって、今なら逃げ出せるんじゃないか!?)
そう思って再度周囲に目を視線を送るが、間違いない。
誰もが目の前の光景に集中し、今なら1人、2人が動いても誰も気づく事はない。
視界に映ったその程度の情報だけで、他に大した根拠もないままトンテは行動を開始する。
まずは自分の一番近くにいる領主テナンの傍へと静かに歩み寄ると、小さな声で話しかける。
「テナン様、一度この場を離れましょう」
「急にどうしたんだトンテ?」
「今なら、あの若者が注意を引き付けてくれていますんでこの場から離脱する事ができます」
トンテの言葉にテナンが現在の状況を確認する。とはいえ彼も戦いについては素人であり、大した経験は持っていない。
その為に、現場を知っている兵士。つまりトンテの言葉に流されてしまう。
「なるほど。確かに一理あるな。しかし皆で逃げてはすぐに気取られるのでは?」
「ですからまずは領主様と聖女様だけ先にお逃げいただくのです」
「なんだって?」
トンテの言葉にテナンが眉を顰める。
自分の仲間を置いて逃げ出そうと言うのだからそれも当然だ。
そう思われることは当然、織り込み済みであり、その為の言い訳は用意してある。
「違うんですよテナン様。これは皆を逃がす為でもあるのです」
「どういう事だい?」
「ここにいる皆はあの獣人達から2人を守る為にいるわけなんですよ。だから2人がここから逃げないと皆ここから逃げられません」
「それは分かっているが・・・それでどうにかなるのか?」
「大丈夫ですよ。奴らも標的が手の届かない所まで逃げれば諦めますって」
もちろん根拠はない。思いついただけの出まかせである。
トンテの言葉にテナンが難しい顔で考え始める。
(早くしてくれよ。獣人が気付いたら俺の出世がパアになる)
2人を連れて街に戻れば英雄としての名声が待っているのだ。
焦れるトンテが出世の為の道具、もといもう1人のカギである聖女に声を掛ける。
「あの~リルル様。急いでこの場から私達と離脱を・・・」
「行きませんよ。私は」
「へ?」
まだ何も言っていない内から拒否されて、トンテの表情が固まる。
言葉の意味を理解しきれずにいるトンテにリルルがさらに続ける。
「行くならテナン様を連れて2人だけでお行きなさい。私はここに残ります」
「そんな。この場にいれば皆が危険で・・・・」
諦めきれずに食い下がるトンテへ少女が冷たい視線を向ける。
湖の様に青い双眸がトンテの濁った瞳を捉え、その腹の底に抱えた欲望さえも見透かす様な目を向ける。
まるでトンテの魂胆など初めから御見通しだと言わんばかりの目力にトンテが思わず後退る。
(なっ!小娘の癖になんて目力してんだよ。おっかなくてチビっちまったじゃないか!)
本日2度目と会って男としては非常に見っとも無い醜態を晒しているトンテ。
言い寄るトンテを黙らせた所で、今度はリルルが彼に尋ねる。
「そんな事よりも兵士。あの殿方の名は?」
「あっ、ええっと・・・確か」
リルルからの問いかけにトンテが慌てて今日一日の記憶を溯る。
相手が別嬪さんならいざ知らず。小生意気な小僧の名前などいちいち覚えておくほどトンテの物覚えはよくない。
(えっと、なんつったっけ?確かドナタ・・・じゃなくて、ソナタでもなくて・・・ドカタ・・・も違うし)
先程までの立身出世の為に小狡い策を巡らせていた頭は湯気を上げそうな程赤くなって名前を絞り出そうと細い記憶の糸を必死で手繰る。
モゴモゴと口の中で名前を繰り返すトンテを見てリルルが小さくため息をつく。
「まるで雀の脳味噌ね。テナン様、この様な程度の低い男は傍に置いているだけで御身の毒です。早々にクビにする事をおすすめしますわ」
「ははは、これは手厳しい。ですがリルル様、彼もそう悪い男ではないのでどうか許してやってください」
どこまでも貴族らしく上から目線で物を言うリルルに、自分よりもかなり年下の相手からキツイ事を言われてもテナンは不快な様子を見せない。
そこが彼の器の大きさであり人望の源なのだろうが、リルルとしては彼の対応は不服だった。
「テナン様はあまり人を見る目がないのですね。まあ、私には関係の無い事ですから、今の話も忘れてくださって構いませんわ」
そう言ってリルルが三度少年へと視線を送る。
視線の先のカナタはというと、どうやら答えを出し終えたらしいスナーに尋ねる。
「で、どうするか決まった?」
「そうだねぇ。今回はアタイらも命は惜しい。ここらで退かせてもらう事にするよ」
思ったよりも随分とあっさりと撤退の意思を示した相手に、少しだけその場の緊張感が緩む。
「でもまた来るんだろ?」
「いーや、それはどうだろうねぇ。何せ・・・・」
言いかけた所でスナーが口の端を釣り上げて笑う。
直後、木の上で大人しくしていた獣人達が一斉に動き出す。
「聖女と領主の命はここで頂いていくからねぇ!」
スナーの言葉を合図にトンテ、テナン、リルルのいる場所に向かって頭上から無数の刃が飛ぶ。
「ヒィッ!」
「わっ!」
「っ!」
人が抜けられる隙間がない程に投げ込まれる無数の刃に3人の表情が強張る。
が、カナタは助けに動くどころか余裕の表情をスナーに向ける。
「そう来ると思ってたよ」
瞬間、3人の両側にリルルの護衛の兵士2人が立ち、障壁を展開する。
『シールドウォールッ!』
これにより二方向からの攻撃を防ぎ、空いた前後のスペースには生き残った守備兵が盾を持って穴埋めに入る。
残るは真上だが、これについても心配は無用だった。
「ディフュージョンリッパー!」
テナンの騎士デニクが奥の手である魔核剣技を発動させる。
剣の先を中心に、真上に向かって光の刃が拡散して飛ぶ。
降ってくる刃の雨を真下から打ち払い、攻撃の波を押し返した刃が、カウンターで木の上の獣人達を撃ち落とす。
「なんだって!」
自分との戦いで疲弊しきっていたはずのデニクが放った一撃にスナーが驚愕の表情を浮かべる。
対してカナタはデニクに向かってグッと親指を突き立てて見せる。
「ヒューッ。やるじゃん」
「君には負けるがね」
カナタからの賞賛に、冗談とも本気とも取れぬ口調で返すデニク。
こうして去り際に目的だけでも達しようとしたスナーの思惑は見事に潰されて唇を噛む。
「バレていたとしても一体どうやって連携を・・・」
「そんなの教えるわけないじゃん。馬鹿なの?」
当たり前の事をカナタに言われてスナーの顔がますます悔し気に歪む。
「くっ覚えておいでよ!この例は必ずするからね!いくよお前達!」
捨て台詞を残し、スナーとその配下の者達が木の上をどこかへと走り去っていく。
そんな彼らの背に向かってカナタが声を掛ける。
「次からはそういうセリフ言うのやめた方がいいぞ~。負けフラグっていうヤツだから~」
遠くの方でうるさ~いと返事が聞こえた様な気がするが、その答えは次回に会う時までとっておく事にする。
周囲から完全に敵の気配が消えたのを確認し、カナタがテナンとリルルの方へと向き直る。
「とりあえずこれで一安心かな」
「ありがとう。助かったよ」
「ありがとうございます。えっと・・・」
未だトンテから答えが聞き出せず名前が分からないリルルが言葉に詰まる。
そんな彼女の意図を察してカナタが笑顔を向ける。
「俺の名前はカナタだよ聖女様。以後よろしく」
「私はリルル。リルル・テーステス。よろしくお願いしますわ。カナタ」
貴族出身らしく優雅な一礼を見せて少女が小さく微笑んむ。
こうして2人目の聖女リルルとカナタは出会った。
その後ろでは大出世のチャンス(?)を掴み損ねたトンテが暗く俯いていた。
「俺、何しに来たんだっけ?」
今回は前回登場した感じの悪い門番。トンテを中心に書いてみました。
ちなみに使い切りキャラなので見せ場はもうないです。
そして、当初の予定より大分遅れて2人目の聖女リルル登場です。
所謂小柄な金髪ツインテというありきたり・・・もとい王道ですかね?
今後どう話に絡んでくるのかはお楽しみに
次回は日常回というか説明回?
ここ最近で一気に登場キャラ増えたからトークパートが大変です。
水曜日か木曜日に更新出来たらと思っています。




