第25話 次ナル標的
意識を取り戻した時、既に日が落ちて辺りは暗くなっていた。
誰かに体を揺さぶられて目を覚ます。
「あっ、やべぇ寝てた」
本当は気を失っていたのだが、誰にともなく言い訳をするカナタ。
目を覚ましても体を揺さぶる感覚が止まず。
不思議に思って振り返ってみると死体と勘違いした野犬に手足を噛まれていた。
ガジガジと鋭い歯を立てるが、装束は破れず傷一つない。
それでも服の上からとはいえ噛まれれば痛くない訳がない。
「・・・いってぇよバカ!」
自分の状態を認識し、大声を上げて手足を力任せに振り、噛みついていた野犬共を振り払う。
引き剥がされ、勝てないと判断するなり野犬共が森の中へと一目散に逃げていく。
「ったく油断も隙もあったもんじゃないな」
愚痴をこぼしながらぬかるみに手をついて体を起こす。
右手を突いた所で脇腹と右肩に激痛が走る。
「~~~~っ!?いてぇ~」
先の戦いで自分が負傷している事を思い出しながらその場に仰向けに倒れる。
泥と雨でグチャグチャになった服が体に張り付いて非情に不快である。
(っていうか傷口に泥とかついてっけど雑菌とか大丈夫かな?地球外の寄生虫とか病原菌とかで一発アウトなんてのは流石に勘弁なんだけど・・・)
今知り得る限り、ガノン王国内の医学については地球とは違う独自体系の発展を遂げているらしく。体の内部の病気を治す薬学魔術とか傷や骨折等を治す治癒魔術なんてのが基本となる。
逆にウィルスや細菌についての研究は遅れており、感染症が発生すると村1つ隔離するなんて事もあるそうだ。
「ウィルスとか感染症とかマジ怖い」
カナタも昔テロリストのいる街へ攻め入った際、不衛生な環境での生活の為に感染症にかかった患者を見た事がある。
体中が膿んだり、腐ったりして臭いは酷く。代謝機能が正常に機能しなくなり糞尿を垂れ流し、高熱にうなされ続ける人々を見た。
その光景は悪夢を具現化したように悲惨なものだった。
あの時からこの世で一番なりたくない病気は感染症となった。
(今更だけど傷口塞いどくか)
頭の上に転がっていたヘンゼルを手に取ると、左頬の傷口に宛がう。
バチバチと言う音と共に左頬に熱を感じて歯を食いしばる。
ヘンゼルの帯びた雷の力で傷口を焼いて塞ぐ。
「ああ~ビリビリした」
自分で確認する事は出来ないが左頬の傷は塞がったはずだ。
代わりに頬が結構な火傷をしたが、レティスに頼めばきっと元通りにしてもらえるだろう。
「自分のケガの始末を女の子に頼むってのもなんだか情けない気もするけど」
1人ごちるカナタの耳に遠くの方で自分を呼ぶ声が聞こえる。
「カナタ~」
「カナタ少年!聞こえるか!返事をしてくれ~」
「どこだクソガキ~!さっさと出てこ~い」
カナタの事を探すリシッド達の声を聞いて、カナタは上半身を起こす。
向こうもどうやら生き伸びたらしい事に自然と安堵の笑みが零れる。
「向こうも無事だったか。良かった良かった」
雨は上がっているが、こんな真っ暗闇をいつまでも探させても悪いと、ズキズキと痛む脇腹を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「顔の傷は処置したし、肩と脇腹はまあ聖女様頼りとして他は異常なしっと」
自分の肉体の状態を確認し終えたところで、声のする方角へと体を向ける。
「とりあえず行くとしますか」
暗闇の中を仲間達の声を頼りに歩き出す。
星の明かりも届かぬ森の中を進んでいると、この世界に来て最初に過ごした森を思い出す。
あの時は右とか左どころか自分の居場所もロクに分からず。
1人で不安な夜を過ごしたが、今は1人で暗闇を進もうと不安はない。
闇の向こうからカナタを呼ぶ者達の声が聞こえるから。
「あの夜からは考えられなかった事だ」
まだ短い付き合いではあるが、こうして闇の中、彼らの声を頼りにする程度にはリシッド達の事を信用している自分が確かにいる。
「まあ、まだまだ頼りないんだけどね」
独り言を呟いている間に自分を呼ぶ声が近づき、闇の向こうに松明の明かりらしきものも見えてくる。
自然と前に進む足も早くなっていく。
10m程歩いた後、木々の間を抜けたところでリシッドに出くわす。
手に持った松明の明かりに照らされたその姿は、ズタボロと言って差し支えないほどに酷く。
鎧は原形が分からない程に変形し、着ている服も所々裂けたり血が付着している。
知らない人が見れば彼が貴族だなどとは思わないだろう。
お互いに酷い恰好をした相手を見るなり口を開く。
「誰がクソガキだよ。根暗貴族様」
「やはり生きていたか無鉄砲小僧」
開口一番、挨拶代わりの憎まれ口を叩きあった2人。
しばし無表情で向かい合った後、急に可笑しさがこみ上げて2人同時に噴き出す。
「ハハハ。なにその恰好ひっでぇ」
「ククク。おまえこそ全身泥まみれで酷い有様じゃないか」
互いの酷い有様を笑いながら指摘する。
2人の笑い声に誘われるようにして、捜索に出ていた他の面々もその場に集まってくる。
「も~何やってるんですか2人共」
「隊長~。見つけたんならちゃんと報せて下さいよ~」
「カナタ少年も、返事がないから心配したぞ」
ダットンとジーペ、それとシュパルが闇の中から姿を見せる。
兵士達はリシッドと大差ない程に着ているものはボロボロだが、元気そうだ。
「うわ~カナタ。おまえぐっちゃんぐっちゃんじゃないかよ」
「折角の卸したてが酷い有様ですね」
「まったくだ」
確かに酷い有様なのは自覚しているが、それはお互い様だと思う。
「おまえらは自分の姿をいっぺん鏡で見てから出直して来い」
それだけ言うとカナタはリシッドへと向き直る。
「で、そっちの戦果の程は?」
「7人倒した。こっちは死者ゼロだが、サロネとベーゾンが深手を負って聖女様が精霊晶術で治療中だ」
「そっか」
どうりで3人の姿が見えない訳だ。とはいえ無事で一安心。
「とはいえ結局のところ相手には逃げられてしまったがな」
「それについてはこっちも似た様なところだ。あのデカイ鳥何なんだ?アレが来た途端に早々に逃げやがったよアイツ」
「仕方あるまい。相手はかの天災級の魔獣。名は確かテンペスタークロウだったな。遭遇するのも難しいが敵対して生き残るのだって難しい相手だ。そんなのと獣人相手に同時に相手にしなくて済んだだけでも運が良かったと思うしかあるまい」
「それもそうだな。で、その天災さんはどちらへ?」
カナタの問いかけにリシッドが軽く肩を竦めて見せる。
「さあな。奴らが逃げた後もしばらくは辺りを飛び回って散々雷やら竜巻やらで森の中を引っ掻きまわした後、飽きたのか急にどこかへ飛び去って行った」
「・・・よく無事だったな」
「何故だろうな。正直俺にもわからん」
ただ、これは私見だがリシッドの目にはあの魔獣が何らかの目的をもって行動しているように見えた。
(だが、そんな事があり得るのか?相手は魔獣だぞ)
果たしてあのようなケダモノにそんな事を考える知能があるのかは分からない。
考えた所で答えなど分かるはずもない。
しばし考えたが答えは出ず、ひとまずこの件は保留とし、話題を変える。
「とはいえ、これで勝負は持ち越しだな」
「ああ、だが次に会ったら」
「そうだな。次こそは」
言葉を紡ぎながら2人が互いに向かって右手の人差し指を向ける。
『必ずおまえより先に奴らをぶっ潰す!』
改めて目の前の男に向かって宣戦布告する。
得られる報酬もなく、栄光もない。
ただ相手の悔しがる顔を見る為だけの嫌がらせ。
そんな理由でもモチベーションを保つには十分な理由だ。
フッと笑みをこぼし、2人が突き出した人差し指を丸めて握り拳を作る。
「とりあえず今日のところはよくやったと誉めてやろう」
「そっちこそ。大したもんだよ言っといてやるよ」
そう言って作った拳を前に出して軽くぶつけ合う。
目の前の2人のやりとりを見ていたシュパル達も微笑む。
こうしてリシッド達と合流したカナタは馬車へと戻る。
馬車まで戻ると、荷台の上からは光が漏れていた。
真っ暗な森の中にあって、そこだけが昼の様に明るい。
恐らくレティスの精霊晶術の光だろう。
その光に吸い寄せられるように近づいていき、後ろから荷馬車へ乗り込む。
「ただいま戻りましたよ~」
なんとも気の抜けた声に荷台の上に居た3人がこちらを振り向く。
「おかえり~」
「おかえりなさい」
「遅かったな」
出迎えの声に笑顔を返すカナタの顔が光に照らされる。
泥の付いた顔とそこに刻まれた火傷の痕。
さらに見れば右腕を庇うように左腕で抑えている。
それを見たレティスが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「怪我、酷いんじゃないですか?」
「あ~、うん。だから治して貰えると嬉しいかも」
そう言って木箱の傍に腰を下ろし、箱に背中を預ける。
小さく息を吐くカナタへと歩み寄ったレティスが目の前で膝をつくと、左頬の火傷にそっと指で触れる。
「酷い傷じゃないですか。痛くないんですか?」、
「え、あ、うん。ちょっとだけ」
流石に自分で焼いたとは言い出せず目が泳ぐ。
悲し気に目を伏せたレティスが不意にカナタの身を抱きしめる。
「無事でよかったです」
そう耳元で呟いた彼女の言葉はカナタの耳に入っていない。
何せ予想だにしていなかった事態に泡を食って脳味噌の処理が追い付いていない。
嬉しさと恥ずかしさに赤面し、慌てふためくカナタをニヤニヤと厭らしい笑顔で見つめるサロネとベーゾン。
「お~お~。羨ましい事で」
「ハハハ。良かったじゃないかカナタ」
「うっせぇぞ死に損い共!墓の下に叩きこむぞ」
茶化す馬鹿共の声に向かって声を上げるが、まるで勢いがなく。
その事がより一層彼らを調子づかせる。
「恐い怖い。恐いから僕達は隅っこの方で小さくしてましょうか」
「そうだな。後は若い2人に任せるとしよう」
「おまえらあああああ」
ふざけた様子で荷台の隅へと移動する2人にワナワナと拳を震わせながらも、右肩の痛みと、柔らかな感触を手放したくないという邪な感情が邪魔をしてレティスを振りほどけない。
そんなカナタの視界に、いつか見た光の玉がフワフワと浮かび上がる。
「今、治しますからじっとしてて下さいね」
「うん。分かった」
言われるがまま体から力を抜いて今の状況を満喫する事にする。
命張った分の報酬としては十分すぎるご褒美だ。
(ああ~生きてるって素晴らしい)
呆れるほどに単純な自分を自覚しつつも、今はただ、目の前の幸せな状況を堪能する。
その後も走り出した馬車の上で、カナタの治療が終わるまでこの幸せな状況は続き、気が付けば朝になっていた。
もう一生分の幸せを使い果たしたんじゃないかってぐらいの幸福感。
その余韻は領主の街に入るまで続いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから1日でなんとかユーステス領主の街へと辿り着く一行。
領主の街の名はエキソといい。小高い丘の上に築かれた町である。
全体的な街の造りはノストと大差ないが、ノストよりは商店が少なく。
代わりに工場や工房が多く立ち並んでいるのが印象的だった。
そしてもう一つの大きな違いは領主の館が街の中心ではなく工場等が連なる工業区画にあった事だ。
館の前まで荷馬車を進めたところで、リシッドが門番の兵士に声を掛ける。
「失礼。こちらは二十貴族会のテナン・ユーステス様の館で相違ないか」
「如何にもその通りだが、おまえ達は?」
少しばかり態度の悪い兵士からの問いかけにリシッドは一つ頷き答える。
「私共は聖女レティス・レネート様とその護衛の者である。領主様に用があるのだが、急な話で申し訳ないが領主様にお取次ぎ頂けないか?」
「確認する。ここでしばし待たれよ」
そう言い残すと兵士は館を囲む門の内側へと歩いていく。
代わりの門番が詰所から姿を見せて門の前に立つ。
それから時間にして10分から20分程待たされたところで先程の兵士が戻ってくる。
「待たせた。生憎と領主様はただ今留守にされておる」
「そうか。では戻るまで外で・・・」
「ただ、奥方様が話は聞いているから通してよいと仰せだ」
話を被せ気味に兵士がそう伝えると顎をしゃくって付いてこいと促す。
若干横柄に感じなくもないが、この程度でいちいち目くじらを立てるのも大人げないと我慢する。
案内されるまま館の内側に馬車を進ませ、指示された場所に停める。
馬車を降りるレティスやリシッド隊の面々に続いてカナタが外に出る。
するとその姿を見止めた門番の男が怪訝な表情をする。
「なんだあいつは?聖女の護衛というのは6人だと聞いているが」
「ああ、彼は傭兵だ」
「ようへいだぁ?あんなガキが?」
見るからに不機嫌そうな態度を浮かべる門番の兵士。
不機嫌さを隠そうともしない相手にリシッドの苛立ちが増していく。
(なんだ貴様その態度は!王国兵士の自覚があるのか!)
表層では平静を装いながら心の中で怒声を上げるリシッド。
そんな事を露ほども知らない門番はさらに言葉をつづける。
「そもそも護衛がいるのになんで傭兵が要るんだよ?聖女の護衛ってのは精鋭なんだろ?」
「必要あっての臨時的な処置です」
「臨時的な処置ねぇ。あんなガキより俺の方がよっぽと頼りになると思うが?」
そう言って男が剣を振るような仕草をして見せる。
どうやら今の自分の仕事内容に不満があるらしくリシッド達をやっかんでいるらしい事を言動から理解する。
(その程度の動きであのバカより強いなどと、寝言は寝て言え!)
愛想笑いを浮かべながら内心で毒づく。
そんな彼の心の内を理解してか隊の面々が引き攣ったような笑顔を浮かべる。
聖女暗殺の件は限られた者しか知らない秘匿情報。
簡単に口外する訳にもいかず、どう説明したものかと考えていた時、カナタが門番へと歩み寄る。
「ん?何か用か」
「いや、俺の話してるみたいだったからね」
「ああ、聞こえてた?悪いな」
悪いと言いながらまるで悪びれた様子を見せない相手にカナタは笑顔で応対する。
「別にいいよ。それよりこれ見てみ」
「あん?なんだよ」
カナタが手に持った何かを相手の顔の前に突き出し、男が目を細めて突き出された何かに視線を注ぐ。
すると先ほどまで厚顔不遜な態度だった男の顔からみるみる血の気が失せていく。
「こっこれは!」
「?」
狼狽する男を不思議に思ってカナタの手に持った物へ目を向けてようやく合点がいった。
カナタが手に持っていたのは旅立ちの時にビエーラより与えられた家紋の入った指輪。
「しっ失礼致しました!まさかカラムク領主様の縁者の方とは知らずにとんだ無礼を!」
「ああ、大丈夫気にしてないから」
嘘つけと心から思う。
もし本当にそう思っているならわざわざ家紋の入った指輪など見せる訳がない。
どうやら権力には滅法弱いタイプの男だったらしく。
おかげで先程までの男の不遜な態度は鳴りを潜め、平身低頭媚びへつらう。
あまりの態度の変わり様に呆れつつも、いい気味なので口を挟む事はしない。
「とっとにかく、ご案内しますので付いてきてください」
「うむ、くるしゅーない」
越後のちりめん問屋よろしく家紋入りの物品の力をまざまざと見せつけたカナタ達は、威勢を無くし小さく縮こまった男の後ろを悠々と歩く。
館の廊下を歩きながらレティスが先頭を歩く兵士に尋ねる。
「今、この館にはどなたがいらっしゃるんですか?」
「え?それはどういう・・・」
レティスの言葉の真意を計りかねた男が小首を傾げる。
彼女の言葉をリシッドが補足を付けて男に告げる。
「この館に現在我々以外で誰か来賓はいるのかとお尋ねだ」
「ああ、そういう事か・・・ですか」
言われた男が廊下の天井を見上げてしばし考える。
すぐに答えが出ない辺り、何名かは客がいる事が窺える。
人通り記憶を遡ったところで結論が出たのか男が首だけを後ろに向ける。
「奥様の弟君が王都からお見えなのと、あとはトラキネン領から買い付けに来た商人が1人いたはずです」
「そうですか、ありがとうございます」
「いいえ、このくらい」
レティスに礼を言われた男がデレデレとだらしない笑みを浮かべる。
が、すぐに隣に居るカナタから殺気の篭った視線を向けられて顔を前に戻す。
(何アレ!めっちゃ怖え!)
今し方見た眼光の鋭さに身震いしながら廊下を進む。
男の背中にジト目を向けて低く唸るカナタに一同が思わず苦笑する。
「グルルルルルルッ」
「ど~うど~う」
「落ち着けよカナタ」
「そうそう。誰も取ったりしないから」
「それはそれで失礼じゃないか?」
好き勝手に喋る目の前の馬鹿共にリシッドが額に手をあてて溜息をつく。
「まったくこいつらは」
「まあまあ」
「ウフフ」
シュパルに宥められ、その隣でレティスが微かに笑い声を上げる。
なんだかこの流れが定着しつつある気がしてリシッドの心労が更に増す。
そうこうしている間に、領主婦人が待つ応接室へと通される。
広い室内に一歩入ると1人の女性が立っていた。
金髪のウェーブが掛かった長い髪をした品のある綺麗な女性だ。
「レティス・レネート様と護衛の皆さんですね」
「はい」
「私はクラーラ・ユーステス。領主テナン・ユーステスの妻にございます」
そういって女性は微笑むと深く一礼する。
貴族の奥様というイメージ通りの姿に思わず背筋が伸びるカナタ。
どうにもこういった女性は苦手だ。
「話は主人から伺っております。まずはそちらにお掛けになってください。今、飲み物を用意させておりますので」
「ありがとうございます」
領主婦人に促されるまま2つのソファにそれぞれが分かれる。
片方にはリシッド、レティス、シュバル、ダットン。
そしてもう片方にはジーペ、ベーゾン、サロネときて最後にカナタ。
「ってちょっと待て~い!」
突然大声を上げたカナタに全員の視線が集まる。
彼の突拍子もない行動に慣れているリシッド隊の面々やレティスはいいが、領主婦人は目を丸くして硬直している。
「うるさいぞ馬鹿者」
「そうだよカナタくん」
「少しは空気読めよ」
「あ~あ、驚きで奥様固まってるじゃん」
「ちゃんと謝れよ」
「そうですよカナタさん今のは酷いです」
「ええっ!」
野郎共に混じってレティスにまで注意されてカナタが動揺し、慌てて領主婦人に向かって頭を下げる。
「なんか大声出してすみませんでした」
「い、いえ」
「もうしません。・・・じゃなくって!」
もうしないと言った傍から再び大声を上げるカナタ。
訳が分からずオロオロとする領主婦人をリシッドが手で制し、カナタへと視線を向ける。
「聞いてやるからさっさと要件を言え、話が出来ん」
溜息交じりにそう告げるリシッド。
もうこの後の展開が読めているだけにその表情には呆れの色が浮かんでいる。
案の定、次にカナタの口から飛び出した言葉は彼の予想を裏切らないものだった。
「おかしいだろ!なんで俺の席がレティス様の隣じゃないんだ!」
それが当然だと言わんばかりのカナタの言葉に全員の口から思わず失笑が漏れる。
大方そんなとこだろうと思ってはいたがここまで予想通りだと呆れを通り越してむしろ清々しい程だ。
それを口にした本人が本気でなければだが、
「カナタくん」
「なんだサロネ?」
「君って本当に馬鹿なんだね」
「なにっ!」
笑顔で罵声をぶつけてくるサロネにカナタが眉間に皺を寄せる。
が、それに反してリシッド隊の面々はサロネに同調してうんうんと頷く。
一緒にいるレティスだけは乾いた笑い声を上げている。
領主婦人は呆気にとられて口を開けてぽかんとしている。
そんな一同を代表してサロネが語り聞かせる様に口を開く。
「いいかいカナタくん。君はこのメンバーの中では一番の新参。つまりは一番の下っ端だ。そんな君が一番の末席に座るのは当然だろう?」
「ええ!だってビエーラの婆さんのとこではレティス様の隣だっただろ!」
他にもとカナタが言いかけたところで、サロネが首を左右に振って言葉を遮る。
「あの時はまだ君はお客様扱いだったからね。それにビエーラ様からも特別な扱いを受けていたから当然だ。でも今の君は雇われた一介の傭兵に過ぎない。この意味が分かるね」
「ぐっ!」
雇い主が違うとはいえ確かにサロネの言っている事は正しい。
それ以上反論する言葉が浮かんでこず、泣く泣くカナタはその場に腰を下ろす。
ようやく大人しくなった馬鹿を尻目にリシッドが領主婦人へと向き直る。
「お騒がせして申し訳ありません。話の続きをしましょう」
「えっと、もうよろしいのですか?」
「はい。後、次にそこの馬鹿が何か言っても無視していただいて構いませんので」
「はあ」
気にするなと言われても視界の端で涙目になっている少年が気にかかる。
とはいえ話せと言われた以上、話をするのが今の自分の役目だ。
極力少年の姿が視界に入らない様に顔を向けてクラ―ラが話を始める。
「詳しい話については主人が戻ってから改めてお話しする事になりますが、現在、『星爪の旅団』を名乗る獣人達によって十六聖女の方への襲撃が続いているという報が届いております」
「やはりですか」
その名が出たという事は、どうやらリシッド達がここに到着するまでの間にも襲撃があり、生き残った他の護衛部隊から情報が王都へと上がったらしい。
「して、被害の方は」
「護衛の兵士が数名。ただ聖女様方に新たな犠牲が出たという話はございません」
「そうなんですか?」
それについては少し意外だった。
同じ任務に就く同僚の力を信じていない訳ではないが、良くも悪くもリシッド達と同等程度の実力の彼らに、あの恐ろしい獣人の一団を撃退できるとは正直思えない。
が、そのリシッドの疑問は次なる驚きの発言によって塗りつぶされる。
「なんでもビエーラ様とカナード様のおかげだそうですよ」
「父上の?」
ビエーラはともかくとしてここで自分の父親の名前が出た事にリシッドが眉根を寄せる。
彼の知る父親は良くも悪くも冷静沈着。人としては冷たい氷の様な印象の男だ。
とても誰かの為に動く様な男ではないとリシッドは思っている。
「ええ、まずはビエーラ様から聖教会と王国に護衛の増員と傭兵の雇用を上申する文が届けられ、それをカナード様が国王陛下に直談判なさったとか」
「あの父がですか!」
信じられないと言った表情を浮かべるリシッドを見てクラ―ラが困ったような笑い顔になる。
今の反応だけで2人の親子関係が冷え切っているのは見て取れる。
貴族の分家の末娘であるクラ―ラも貴族の家庭内のゴタゴタについてはよく知るところ。
こういったデリケートな部分は刺激しないが得策とそれ以上この話題に触れる事は避ける様に計らう。
「2人の申し出に王が勅命を下され、追加人員が王都を発ち、雇われた各地の傭兵が護衛部隊に合流し、賊を撃退する事に成功したと聞き及んでおります」
「そのような事になっていようとは」
「生憎この街に今動ける傭兵はいませんが、次のベシュナー領にて王都を発った増援部隊が合流する手筈になっております」
『おお!』
その言葉を聞いた一同が一様に活気づく。
当然だろう。この街で別の聖女部隊と合流し、さらに次の街で人員を増やす事が出来れば、相手もそう簡単には手が出せなくなる。
しかも次のベシュナー領を抜ければ次はリシッドの父、カナードが治めるフォーバル領を残すのみとなる。
「希望が見えて来ましたね」
「ええ」
リシッドの言葉にレティスが抑揚に頷く。
まだ安心するには早いが、期待をせずにはいられない。
その時、さっきまで涙目だった少年が手を上げる。
「ところでちょっと聞いてもいいかな?」
カナタの問いかけにクラ―ラが答えるかどうかの判断を仰ぐべくリシッドへ視線を向ける。
視線の意味を理解しリシッドが小さく頷く。
それを受けて初めてクラ―ラがカナタの方へ顔を向ける。
「どうかされましたか?」
「領主様ってのは今どこに行ってるの?」
貴族を相手に随分と馴れ馴れしい口をきくカナタに内心で不満に思いながらも、そこは貴族。務めて落ち着いた口調で答えを返す。
「もうお1人の聖女。リルル様をお迎えに上がっております」
「貴族様自らですか?」
「ええ、リルル様のお父様には随分とお世話になったそうで是非お迎えにあがりたいと・・・」
同じ聖女なのにレティスと随分扱いが違うが、今はそんな事はどうでもいい。
クラーラの目の前にいる男達の顔つきが険しくなり、先程までのボケた事を言っていた少年は一転し、真剣な表情を浮かべる。
「まずいかもしれない」
「えっ?」
「奥さん。迎えに行った場所と護衛の数は?」
「騎士様と守備兵を数名。後は護衛に雇っている傭兵を引き連れて街の南西にある森へ」
困惑する彼女の返答を聞くなりカナタがソファから勢いよく立ち上がる。
「リシッド出るぞ!」
「どうするつもりだ。我々とてすぐには動けんぞ!」
前回の戦いで装備はボロボロ。傷は全員ほぼ治ったとはいえ疲労は拭えない。
さらに連日荷馬車を引かせているから馬も休ませなければ死んでしまう。
「奥さん!場所の分かる兵士と馬を出せるか!」
「えっ?えっ?」
事態が呑み込めずにいるクラーラにリシッドが極めて落ち着いたトーンで話しかける。
「クラーラ様。今すぐ出せる馬と兵は?」
「兵は先程の門番の彼が・・・馬は敷地内に何頭か飼っていますが、どうするんですか?」
「テナン様の命に危険が迫っている可能性があります」
「っ!?」
リシッドの言葉を聞いて信じられないと狼狽えるクラーラ。
その間にカナタは、扉の外で待機していた先程の態度の悪い兵士を捕まえる。
「どうする気だ!」
「俺1人で行く。ここは任せるぞ」
「分かった」
「えっ?ちょっとなんです?」
突如捕まえられた兵士は訳が分からずきょろきょろと辺りを見る。
「奥さん。ちょっとこいつと馬借りていくからね」
「あっ、はい」
まだ事態を呑み込めていないクラーラが小さく頷くと、カナタは兵士を連れて部屋の外へ消えた。
カナタがいなくなって静寂に包まれた部屋の中、クラーラがかろうじて声を絞り出す。
「護衛も複数ついてますし、問題ないのでは?」
「分かりません。我々の杞憂という可能性もあります。ただ、」
「ただ?」
リシッドは自分の中に浮かぶ一つの可能性を提示する。
「滅多に自分の街から出ない領主と、聖女という2人の標的を仕留められる好機を見逃すとは思えないです」
「でも兵士や傭兵で数を増やしていますし、大丈夫なのでは?」
「本来ならそうなのですが、今回は場所が悪い」
「場所?」
首を傾げるクラーラの前でリシッドが尚も言葉をつづける。
「場所です。我々もこの街に来る前日に遭遇したのですが、相手は獣人。森の中でこそ真価を発揮する様な相手だと騎士様がついていても厳しいかと」
「そんな!」
一気に青褪めるクラーラの表情、フッと力が抜けて領主婦人はソファに背を委ねる。
「主人は・・・テナン様は大丈夫でしょうか」
「今はなんとも。しかし奴が間に合えば」
もし彼の言うような状況だった場合、状況は切迫しているはず。
そんな場所へ少年1人を放り込んだところでどうなるというのか
やけに自信ありがに語るリシッドにクラーラが尋ねる。
「兵士の方がそこまで仰るほどのあの少年。いったい何者なのですか?」
「見たままのクソガキですよ。ただし・・・」
言いかけたリシッドがその先を口に出すのを躊躇う。
今更ながらカナタを褒める様な言葉を人前で口に出すのは癪だ。
そんなリシッドの言葉を引き継いで代わりにレティスが答える。
「あの人は私の、いいえ、私達の救世主です」
そう告げたレティスの顔には何の不安もない笑顔が浮かんでいた。
今回は準備回。
次回は再び戦闘回に突入。
新キャラが
新聖女に新領主に新騎士に・・・・。
ああ、楽しみ?かな




