第24話 空カラ覗キ見ル者
カナタとシュンコウが森の中へ消えた後、残されたリシッド達の眼前で、シュンコウの部下達が次々とその姿を変異させる。
ベンガルトラを連想させる黄色の毛並みに黒の斑模様をした虎の獣人が並び立つ。
一斉に黒のマントを脱ぎ去ると、袖のない茶色の胴着を纏った獣人達が一歩前に出ると、思わず圧倒されてリシッド達が半歩後退る。
「ふん。腰抜け共め」
「師団長が出るまでもない」
「貴様らの相手等我等だけで十分よ」
自身に満ち、戦う前から勝ちを疑わない虎の獣人達をリシッド達は冷静に観察する。
リシッド達よりも一回り大きい体躯。腕の太さはもちろん。鋭い爪と牙、血に飢えてギラつく眼。
常人ならば人睨みされただけで震え上がり、身動きする事も出来ず命を差してもおかしくない程に恐ろしい。
「お前達、行けるか?」
「当然ですよ隊長!」
「獣人がなんだってんだ!」
リシッドの問いかけにダットンとジーペが威勢よく答え、シュパル、サロネ、ベーゾンが異論なしと抑揚に頷く。
「カナタくんが帰ってくる前に決めちゃいましょう!」
「俺達の力を見せてやる」
「戻ったらきっと驚くだろうな」
相手の強さに恐れをなすどころかやる気に満ちた笑顔を浮かべるリシッド隊の面々に、目の前の虎人間達が不快気に表情を歪める。
「チッ、下等種風情が生意気な」
「ふん、貴様ら程度の腕では相手との実力差も分からぬようだな」
心底見下したような言葉をリシッド達に向かって吐く虎男共は、さらにこの場に居ないカナタの事までのたまう。
「あの小僧もそうだ。何者かは知らぬが、団長を敵に回したが運の尽きというものだ」
「あやつが生きてこの場に戻る事など万に一つもあり得ぬと知れ!」
「細首をへし折られて今頃自分の無謀を悔いている頃合いよ!」
獣人達の的外れな言葉を聞いたリシッド達が思わず吹き出す。
「アハハハハッ」
「ヒーッハハハハ。腹痛い」
「プククク。獣人ってのは冗談まで出来るんだな」
突然笑いだしたリシッド達に虎獣人達が困惑した表情を浮かべる。
驚きのあまり固まったままの敵の一団に向かってリシッドが指をさす。
「わかっていないな。死神を引き当てたのはむしろお前達のボスの方だと思うぞ」
「なんだと!?」
「我等が団長を愚弄するか!」
リシッドの放った言葉が獣人達を刺激し、緊張感を高める。
口々に目の前の獣人達が自分達が口を開くが、そのどれもがリシッド達の心を折るには足りない。
むしろ目の前の獣人達こそが事実を誤認していると強く思う。
その事がリシッドを少しだけ愉快な気分にさせ、口元を綻ばせる。
「獣人というのも存外大したことが無いんだな。こんな簡単な事も分からないなんて」
侮辱され、いきり立つ獣人達を前にして、尚もリシッドは言葉を続ける。
「世の中には通常の物差しで計れぬ規格外のバケモノというのが存在するんだよ」
それを聞いた獣人達が驚きの表情で顔を見合わせた後、彼の言葉を一笑に付す。
「あんな貧相な小僧が貴様の言う化け物だとでも言うのか?」
「これはおかしい。あんな小童では1分と保たぬわ」
「恐怖で気でも触れたか?」
リシッドの言葉を真に受けようとしない獣人達。
そんな彼らにリシッド隊の面々が憐れみを込めた視線を向ける。
「アレがそう簡単に死ぬようなタマかよ」
「家庭内害虫よりもしぶとそうですしね」
「まったくだな」
「あの少年の首を取るなら騎士級の実力でないとな」
「少なくとも我々だったらいくら金を積まれてもお断りですな」
「そういう訳だ。お前達の団長は諦めた方がいいぞ」
そう言ってリシッドが剣を構え、シュパル達もそれに続く。
言いたい放題のリシッド達に怒り心頭の獣人達が牙を剥き出して唸る。
「グルルルル。その無駄口叩けぬようにしてやろう!」
「猫の癖にキャンキャンと良く吠える。御託はいいからかかってこい!」
リシッドの言葉を合図に虎の獣人達が一斉にリシッド達へと駆けだす。
相手の動きに合わせてベーゾンとダットンが素早く前に出る。
『シールドウォールッ!』
息の合った声に反応して2人の持った剣が淡く発光し、前方に見えない壁を形成する。
だが、これは相手も想定していたらしく見えない壁に触れるギリギリ手前でピタリと足を止める。
「ふん!この程度見切れぬと思うてか!」
「この様な児戯。既に見飽きておるわ!」
教科書通りの2人の技を見て獣人達が嘲り笑う。
彼らがそう言うのも無理はない。何せ今日までの間に既に数人の貴族縁者を殺害してきている。
もちろん傍で護衛についていた者は兵士だろうが何だろうが皆殺しにしてきた。
その過程において今、彼らが使った技は幾度となく見てきたし対処法も知っている。
この技は目に見えない縦横2m、暑さにして10㎝程の障壁を目の前に作る王国兵士が十八番とする魔核剣技。
目に見えない上に魔獣の体当たりや、魔導士の必殺魔術でも傷一つ付かない程の強固さを誇るが、効果範囲が思いのほか狭いのと、前面にしか展開できない上に展開中は身動きが取れないなど欠点も多い。
つまり、一度壁を作らせてその外側から回り込んでしまえばいいだけの事。
事実、今までの相手は複数人で取り囲めば為す術もなく死んだ。
そして今回も決まった手順をこなすべく動き出す。
だが、この油断こそが彼らの命運を左右した。
彼らは知らない。並みの兵士ならばいざ知らず。
リシッド達もまた今日までカナタの戦いぶりをみて成長している事を。
獣人達が動く。ある者は見えない壁の左右に走り、ある者は飛び越えるべく跳躍する。
その動きまでもが既にリシッド達の手の内だとも知らずに。
障壁を張ったダットンとベーゾンの左右からそれぞれサロネとジーペが、2人の間からはシュパルが前へと飛び出す。
同時に見えない壁がすぐさま解除され、目の前には無防備な姿を晒すネコ科。
目に見えない障壁である為に、獣人達は解除された事が分からず。
シュパル達が飛び込んできて初めて技の解除に気付くが、もう遅い。
障壁がある事で隙だらけで横を向いた相手に向かって3人がすかさず剣を走らせる。
『フォースセイバー!』
「グランフォース・セイバー!」
高熱を帯びて赤く染まった2本の剣と、蒼炎を纏ったシュパルの剣が先程まで余裕ぶっていた獣人の体を切り裂く。
サロネが横一線で1人の首を飛ばし、ジーペが相手を脳天から真っ二つに断ち割る。
シュパルの剣はV字を描く様に空を走って1人を袈裟掛けに斬り下ろした後、真上に刃を返してもう1人を逆袈裟に斬り上げた。
人でも獣でもなくなった4つの死体が血をまき散らして地べたに転がる。
一方、ダットン達に襲い掛かるべく真上に飛び上がった3人の敵に向かって、ベーゾンの背中を蹴ったリシッドが跳躍する。
両手に2本の剣を握りしめたリシッドがまっすぐに相手に向かう。
(いつまでも弱いままではいられないんだよ!)
リシッドと獣人達が空中で激突する。
本来の王国の兵士が訓練の過程で習得する剣術は1刀流での戦い方。
例に漏れずリシッドも訓練においてこの技術を学び。
教えられるがまま、忠実にその技を習得した。
その当時はそれを極める事こそが強さへと至る道だと信じていた。
だが、敵や状況に合わせて戦術を変えるカナタの独特な戦いを見て、その考え方に変化が生じた。
(強さの在り方は人それぞれ。型にハマるだけがすべてではない)
カナタが野盗を退けて以降、彼なりの試行錯誤の中行き付いた1つの答え。
小さな思いの種は戦いの土壌で芽吹きの時を迎える。
『フォースセイバー・ジェミニ!』
リシッドの持つ2本の剣が根元から先端に向かって白色の光を纏う。
「ちょこざいな!叩き落してやる!」
迎撃しようと相手の鋭い爪がリシッドの顔目掛けて突き出される。
迫る相手の攻撃を左の剣を真上に振り上げて切り裂くと、右手の剣をすかさず相手の頭へと叩き込む。
声も上げられずに死んだ敵の体を蹴って剣を引き抜き、死体の背後にいた獣人にぶつける。
「チィッ!」
「舐めるな!人間!」
空中戦から2人を脱落させたところへ、残った1人の拳がリシッドに迫る。
咄嗟に2本の剣を交差させて盾とし、相手の攻撃を受け止める。
重たい衝撃が両腕にズシリとかかった後、地面へと押し返される。
「くぅっ」
自分に掛かった攻撃の威力と重力を両膝で受け止め着地する。
1人は仕留めたが、残る2人は足止めするに留まり、リシッドの前に着地する。
(流石にいきなりカナタの様にうまくはいかんか)
初実戦にしては上出来と言えるだろうが、リシッドは満足できなかった。
リシッドの導き出した二刀流の戦法。
戦い方としてはリシッドの性にあっているらしく。
旅の間に仲間達と練習を繰り返し、形にはなってきたが、まだ理想とするイメージからは遠い。
(今の空中戦。カナタであれば恐らく3人同時に討ち取っただろう)
小憎らしいあの顔が頭に浮かんで思わず舌を打つ。
とはいえ今は目の前の敵への対応と気を取り直し、白く輝く刃を構えなおし、こちらを睨んでいる2体の獣人と向き合う。
「あいつはまだこんなもんじゃないな」
1人ごちるリシッド。そんな彼の目の前で2匹の虎が吠える。
「貴様ぁ。よくも仲間を!」
「許せぬ!五体を引き裂いて野に晒してくれるわ!」
怒りに打ち震える相手を前に、リシッドは酷く落ち着いた様子で対峙する。
「来るなら来い。あいつの背中に追いつく為にもお前達には練習台になってもらうぞ!」
残る獣人は9人。数の上ではまだ不利な上、相手から先程までの油断や侮りが消えた。
形勢は未だ不利どころか悪くなったとすら言えるだろう、それでも不思議と恐れはない。
「ここからが本番だ。気合を入れろよリシッド隊!」
『了解!』
陰りを見せぬ仲間の闘志に満足そうに笑うと、リシッドが目の前の敵に集中する。
向かい合ったリシッド隊と虎爪師団の死闘はまだ始まったばかりだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方、森の中を仲間と離れて疾走する2匹の獣がいた。
片や灰色の毛並みをした虎の獣人と騎士級の戦士たる1人の少年。
「オラァッ!」
声を発し、目の前の全てを引き裂く様に、シュンコウが左腕を横薙ぎに振りぬく。
指先の爪が描いた軌跡をなぞる様に、眼前の木が小枝の様に中ほどで裂ける。
眼前で空気が裂けるのを目の当たりにしつつ、カナタが両手の刃を握りしめて相手の懐へと飛び込む。
喰らえばそれだけで命のない一撃を前に、躊躇なく突っ込み相手の間合いの内側を侵略する。
「ウオラァアッ!」
グレーテルでシュンコウの腕を斬りつけると、これを爪で弾き飛ばす。
すかさずヘンゼルを腹部に向かって突き出す。
シュンコウよりも一回り小さな体に細い腕、だがその手から繰り出されるのは身の毛もよだつ奪命の一撃。
「シャアッ!」
「ッ!」
腹部への一撃を身を捻って直撃コースから逃げる。
だがすぐに首の真下から駆け上がってくる寒気を感じ、咄嗟に首を後ろに逸らすシュンコウ。
直後、目の前を真上に向かって銀色の刃が駆け抜ける。
完全には躱しきれずに顎の先が少しだけ裂けて血が滲む。
(予想以上に速く鋭い!なんだこの小僧!)
想定以上のカナタの身体能力に僅かに動揺しつつも、首を逸らした勢いのままに後ろへと反り返って、天へ向かって右足を蹴り上げる。
自分に向かって放たれた蹴り足を踏みつけ、その蹴りの勢いに乗って後ろへと飛ぶ。
綺麗な弧を描きながらバク宙するカナタの先には一本の木。
カナタは空中で体勢を整えて木の幹へ垂直に着地する。
両膝で着地の衝撃を吸収し、膝が沈みきった所で顔を上げてシュンコウへと目を向ける。
「いくぞ!」
言葉と共に両膝に力を込め、目いっぱいの力で木を蹴ってシュンコウに向かって飛ぶ。
矢のように弾き出されたカナタの体がシュンコウに向かって一直線に進む。
向かってくるカナタを迎撃すべくシュンコウが右腕を突き出す。
「虫が!叩き落してやる!」
「それはお断りだ!」
槍の様に突き出された腕の前で体を抱え込むようにしてカナタが空中で一回転する。突き出した相手の拳、目掛けて足を振り上げ踵を叩きつける。
真上から叩きこまれた一撃で、シュンコウの腕が地面へと突き刺さる。
体勢が崩れて前傾になったシュンコウの前で今度は真横へとカナタが身を捻る。
「っせい!」
シュンコウの顔面目掛けて繰り出された回し蹴りが左頬に減り込む。
咄嗟に首を振って威力を逃がすが、全ては逃がしきれずに口の中に血の味が広がる。
「ぐっ!」
上体を大きく仰け反らせて、踏鞴を踏むシュンコウ。
体勢を崩した相手に追撃を行うべく、さらに前に出るカナタをシュンコウの鋭い視線が射抜く。
「下等種族が!舐めるなよ!」
シュンコウが咆哮と共に、自力で上体を跳ね起こし、カナタを正面から睨む。
血液の流れと共に全身に意識を巡らせ、漲らせた力が筋肉を膨張させる。
肉体に収まり切らずに漏れ出た力が血の様に赤い蒸気となって体から立ち昇る。
「南星獣角拳・岩間通し」
技名と思しき言葉を口にし、地面を這うように両手足を突くシュンコウ。
四足獣らしい体勢から、地面を蹴って自分の体を前へと押し出す。
何のことはない突進。そう思って迎撃すべく身構えようとするが、そこで目の前の男の異変に気付く。
変身し大柄になったとはいえ、身長190cm程から伝わってくる圧力が尋常でない。
何かある。そう考えて迎撃を捨てて回避に思考を切り替える。
(あっ!これやばいヤツだ)
ここにいてはマズイと本能的に危機を感じ、すぐさま真横へ飛んで相手の直線軌道上から退避する。
直後、繰り出されたシュンコウの突進は想像の遥か上を行く破壊力を示した。
例えるならば4tトラックがF1マシンと同じスピードで駆け抜けたと言えばいいだろうか。
シュンコウの前に並んでいた木々は、へし折れるか根元から吹き飛び、駆け抜けた後には20m程の道が出来ていた。
目の前で見せつけられたあまりの破壊力に、思わず絶句するカナタ。
(なんつーデタラメな威力だ)
いつかの森で死闘を演じた大蛇の魔獣の方が、まだ可愛げがあった気さえしてくる。
地面に横倒しになった木々を見て、次に先程まで自分が立っていた場所を見る。
一歩間違えれば自分はあそこで肉片になっていたかと思うと体の底から身震いする。
折れた木から落ちた木の葉が降り注ぐ中、足を止めたシュンコウがカナタの方へと振り返る。
「初見でこの技を躱したのは貴様で3人目だ」
「そいつは残念。どうせなら一番を頂戴したかったんだけどね」
肩を竦めて冗談めかすカナタに、シュンコウが険しい表情を浮かべる。
「1人目はウチの団長。2人目はとある王国の騎士。もっとも2人目に関しては既に土の下だがな」
「じゃ、3人目の俺でこの記録は終わりだな。何せ・・・」
首を傾けてカナタがシュンコウへと笑顔を向ける。
「アンタが死ねば、もう避けられる事もないだろ?」
「随分と大きく出たな下等生物。だがその言葉後悔する事になるぞ!」
歯を剥き出しにし、カナタの下まで響く程にギリギリと歯を噛みしめるシュンコウが、足元に転がった折れた木を抱え上げる。
「潰れろ!脆弱な人間めが!」
雄たけびを上げ、持ち上げた木をカナタに向かって投げつける。
ゴウッという音を上げて折れた木が真っ直ぐにカナタへと直進する。
砲弾の様に向かってくる折れた木を真上に飛んで回避するが、飛び上がったところへすぐさま二本目の木が投げつけられる。
(やべっ!)
飛来する木のスピードから回避が困難だと判断し、両手のヘンゼルとグレーテルを握り締める。
「ッラァアアアアアアアアアアアア!」
向かってくる木に向かって飛び、迫る木の根をヘンゼルとグレーテルで斬り飛ばし、眼前に迫りくる木へと飛び乗る。
そのまま飛ぶ木の幹の上へと体を押し上げ、地上から5m程の上空まで飛び上がった木の上に立つ。
「ふぅ。あっぶねえ」
背後から前に向かって景色が流れていく中、一本の木に目を付けるとそちらへと飛び移り、木の幹にヘンゼルを突き刺してその場に留まる。
その横をシュンコウが投げた木が次々に後ろへと飛び去り、他の木にぶつかって跳ね返る重鈍な音を聞きながら木の上からシュンコウの姿を捜す。
先程までいた場所に既に姿はなく。気配も感じない。
(どこにいきやがった)
上下左右に視線を巡らせて周囲を走査するが、影すら捉えられない。
いつしか降り出した雨の音が邪魔で足音も拾えない。
(まずいな。完全に見失ったぞ)
キョロキョロと辺りを見渡していた時、ゾワリと背筋を寒気が駆け上る。
直後、頭上に差す影。
「なっ!」
見上げれば、先程シュンコウが投擲した木の一本が頭上から降ってくるのが目に入った。
そしてその陰からシュンコウが姿を現す。
「死ねぇ!」
自身が身を隠していた木をカナタに向かって蹴り飛ばす。
真上から重力プラス蹴りの威力で先程以上のスピードで太い木がカナタ目掛けて落ちてくる。
咄嗟に突き刺していたヘンゼルを引き抜き、木を蹴って離脱を謀るが、完全には回避しきれず、木の枝がいくつか体を引っ掻く。
落下する木が横を抜けた所で、今度はその向こうからシュンコウが迫る。
「南星獣角拳・城壁砕き」
立ち昇る赤い霧を纏ったシュンコウが真下に向かって拳を振り下ろす。
体を捻って僅かながらにその軌道上から身を逸らすカナタ。
瞬間、左頬に焼く様な熱を感じると同時に皮膚が裂けて血が溢れる。
さらに落下するカナタの背後、迫る地面の上を何か固いものがぶつかった様なガツンという音が響き、首を捻って見れば大地を穿つ穴。
(ちょっと待て!嘘だろ!)
これはカナタにとっても予想外の威力。
まさか拳突だけで離れた地面の上に穴を開けるとは思わなかった。
その威力の高さにゾッとしつつ、目の前の男に視線を戻す。
相手は攻撃を躱された事に大層ご立腹な様で怒りに表情が歪んでいる。
「一度ならず二度までも!」
「ふざけんな!避けるに決まってんだろあんなの!」
今度こそ仕留めるべく次なる攻撃へと動き出すシュンコウ。
地面へと落下しながら迫るシュンコウに向かってカナタは蹴りを放って距離を離す。
「させる訳ねえだろ!」
「貴様!」
蹴った衝撃で距離が離れ、落下する2人が空中で体勢を立て直し、地面に降り立つ。
互いに相手を視界の中に収めたまま睨み合う2人。
(人間の小僧如きを相手にここまで手を焼くとは!)
目の前に立って生意気にもこちらを睨み付ける少年にシュンコウが鼻を鳴らす。
時間的にそれほど長く戦っているという訳ではないが、それでもここまで手数を繰り出して殺すどころか深手の一つも負わせられなかった相手等、久しく記憶にない。
ここまで来ると、未だ息の根を止める事が出来ない相手に少しばかり興味が湧いてくる。
「小僧。貴様一体何者だ?」
「ん?なんだよ急に、サインでも欲しいのか?」
「さいん?何か知らんがそんなものはいらん。そんな事よりもおまえはどこの誰だ?何故我等の邪魔をする」
思ってもいなかった相手からの問いかけに小首を傾げる。
別段今更になって話す程の事もないように思えるが、少し休憩ついでに応じる事にする。
「どこの誰・・・か。一応、今のところ職業は傭兵で、将来的には王都在住予定の17歳ってところかな?邪魔する理由はそれがお仕事だから。以上」
「ふざけるな!ガノン王国内で貴様の様な腕の立つ傭兵の話等聞いた事がない!」
答えに納得がいかずに憤慨するシュンコウにカナタは然も当然と言わんばかりに応える。
「そりゃ、当然だろ。つい4日前に開業したばっかりだし・・・」
「そんな話は聞いていない!何故貴様の様なガキがこれ程の力を持っているか!それを聞いている!」
鼻息荒くまくしたてるシュンコウ。
そんな相手をやれやれと呆れた様子で見つめるカナタ。
正直面倒くさくなってきたので話を切り上げる事にする。
「そんな事は今からくたばるアンタにはどうでもいい事だろ?」
「そうはいかん!俺達は獣人だぞ!それもエリートたる虎種のだ!それがたかが人間風情の!それも名も聞いた事のない小僧1人に手こずる等あってはならないんだよぉ!」
醜く表情を歪めて地団太を踏むシュンコウ。
駄々をこねる子供の様な相手の振る舞いに辟易し、カナタが武器を構えなおす。
「だったらせいぜい噛みしめろ。今からアンタは"ただの人間"に殺されてエリート種族の誇りってヤツにたっぷりと泥を塗りたくる事になるんだからな」
「いつまでも、舐めた口叩くなぁあああああああああ!」
シュンコウが怒りの咆哮を上げ、人が殺せそうな程に殺気の篭った視線を向けてカナタへと踏み出す。
それに応じる様にカナタもまた相手に向かって走り出す。
駆けだした2人が木々の間を縫って相手へ向かって駆ける。
一つ木の間を抜ける程に近くなる2人の間合い。
(今度こそ、その内臓をブチ撒けてやる!)
距離が近づき、互いの間に一本の木を挟んだ状態からシュンコウが右腕を前へと突き出す。
螺旋を描く様に捻った拳がドンッという腹の底に響く重たい音を上げて木を抉り、シュンコウの腕が木の幹を突き破って鋭い爪が反対側から飛び出す。
先程の態勢であったならばカナタの頭蓋ごと突き破り、物言わぬ肉塊に変えただろうがそうはならない。
相手の攻撃の瞬間、目の前の木に向かって飛び、真上へと駆け上がるカナタ。
直後に木の芯から衝撃が伝わり、足の下をシュンコウの鋭い爪が突き抜けていく。
(まったく。とんでもねえパワーだ。だけど!)
木を真ん中から突き破った相手の腕が伸びきる直前。
シュンコウの重心が前に偏っている今ならば回避は出来ない。
そう判断し、木から僅かに体を離し、重力に体を預ける。
(その右腕を叩き落とす!)
自由落下に身を任せながらグレーテルを握り締め、木の真ん中から生えた右腕目掛けて振り下ろす。
並みの獣人相手であればこれで片腕を斬り飛ばす事が出来ただろう。
だが、数々の戦いを経験し、師団長にまで上り詰めたシュンコウもまた歴戦の戦士。
直前で身の危険を察知、身の危険を感じ取った頃には、既にもう片方の腕が自然と次の攻撃に移っていた。
「ハアッ!」
丹田に力を込めて息を発し、自分の右腕よりも少し上の位置目掛けて強烈な掌打を放つ。
「南星獣角拳・地盤打ちぃ!」
本来であれば地面を打って相手の動きを封じる技だが、その応用として打った物を砲弾の様に飛ばす事が出来る。
渾身の力で打たれた一撃で、2人の間を隔てる木は、穿たれた穴から真っ二つに折れて上半分が吹っ飛ぶ。
当然それは木の向こう側にいたカナタの体を真横から叩きつける。
右肩と右の脇腹を打つ重たい衝撃に視界が揺れる。
「がぁっ!!」
真横からの不意の一撃。重たい衝撃が右腕とアバラ骨を軋み、体を真横へと吹き飛ばす。
投げ出されたカナタの体は水気を帯びてぬかるんだ地面にボールの様に跳ね、泥の中を転がる。
「くっそ・・・・いってぇ」
泥にまみれながら四肢を地面について体を起こす。体中に鈍い痛みが広がり、折れた腕とヒビの入った脇腹から痛みが熱を帯びる。
苦悶の表情を浮かべて顔を上げると、既に次の攻撃体勢に入ったシュンコウの姿。
(やばい!避けないと)
フラつく体に鞭を打って起き上がるカナタ。
その姿を追ってシュンコウが技を放つ体勢に入る。
「今度こそ死ね。南星獣角拳・岩間つぶ・・・」
シュンコウが技を放とうとした瞬間。2人の頭上に巨大な影が掛かる。
「なに!」
「なんだっ?」
雨雲に覆われて暗くなった空の下にあってなお、はっきりと分かる程に地上に落ちる巨大な黒い影。
カナタ達の頭上を自由に空を舞い踊るそれは、赤と黒色の4枚羽を持つ巨大な鳥。
全体的なフォルムとしてはカラスに似ているが、その圧倒的なまでの存在感は比較にならない。
寒気がするほどの危険な気配が地上の2人の上に降り注ぐ。
「馬鹿な。テンペスタークロウだと!」
その姿を見たシュンコウが初めて驚愕と恐怖の混じった表情を浮かべる。
世界中に生息するとされる魔獣。その中でも上位に位置する危険な個体。
目撃例は少なく。格としては霊獣と同等とも目されており。
雨雲の中に棲んでいるとされ、滅多に地上に姿を現さないという話だ。
(こんな天災級の魔獣が何故、今こんな所に!)
そんな考えが浮かんだのも束の間、すぐさまシュンコウは思考を切り替える。
天災級の魔獣が現れたとなっては最早一刻の猶予もない。
僅かな対応の遅れがそのまま死へと直結する事になる。
(聖女や貴族の子倅の命などいつでも奪える。今はとにかくこの場から離脱する事こそが先決)
冷静に状況判断を下し、部下達の下へと向かおうと意識がそちらを向く。
目の前の敵から意識を外したほんの一瞬。
その刹那、シュンコウの右肩に鋭い痛みが走る。
「ぐぅああああっ!」
突如その身を襲った痛みに悲鳴を上げ、瞠目する。
見開いた目に飛び込んできたのは短剣に突き刺されて血を流す自身の右肩。
その傷を作った相手へと動いた目には、口に咥えた斧を振り下ろすカナタの姿。
「フゥッ!!」
片手斧を咥えた口元から呻く様な叫びと共に繰り出された一撃は、シュンコウの顔の上を斜めに走る。
「オォオオオオオオッ!」
雄たけびとも悲鳴ともつかぬ声を上げ、シュンコウが顔に刻まれた傷を手で抑え蹲る。
浅く入ったために命には届かなかった様だが、それでも相手に深手を与える事に成功したカナタ。
すかさずその命を絶つべく左手のヘンゼルをシュンコウ目掛けて繰り出す。
「喰らうか!」
迫る刃を咄嗟に後ろへと飛び退いて躱したシュンコウが顔の傷を抑えたままカナタを睨む。
「貴様ぁあ。あれが見えていないのか!」
「はぁ?ただの鳥だろ」
まるで気にするそぶりも見せぬカナタにシュンコウは愕然とする。
この大陸に住むものであれば十人が十人裸足で逃げだすような天災級の化け物を前にして、目の前の男の言った言葉は正気を疑わざるを得ない。
「あの異形の姿を見て貴様は何とも思わないのか!」
「知らないよそんな事!」
そう言ってカナタがシュンコウへと襲い掛かる。
互いに右腕の自由が利かない状況、とはいえ基本能力の高さから考えればシュンコウの方が有利。
そのはずだが、天災級のバケモノを前にして恐れの入ったシュンコウは精神面で大きくカナタにアドバンテージを奪われ劣勢に立たされる。
上空に居座る脅威のせいで動きが精細を欠き、繰り出される斬撃を今一歩のところで躱しきる事が出来ない。
「くっ!馬鹿な!」
まだ命の危険に達する一撃こそないものの、このままではジリ貧。
一発逆転の技を使おうにも連続して繰り出される攻撃の為に体勢が作れない。
(一瞬、テンペスタークロウに気を取られただけでここまで追いつめられるとは)
自分の優位に慢心して隙を作ったのは落ち度が作り出した状況。
あの時、技を止めずに目の前の男を倒さなかった事を今になって後悔する。
対するカナタは決着を付けるべく。
折れた右肩と脇腹の痛みを歯を食いしばって堪えながら決定的な一撃を繰り出すべく動く。
「うぐっ!」
呻き声を上げてシュンコウが膝をつく。
カナタの攻撃を受けて傷だらけになったシュンコウの左腕が力なく下がる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
決着を付けるべくカナタが最後の一撃を繰り出す。
2人の様子をまるで観察するように上空から見ていたテンペスタークロウがここで初めて動いた。
「クァアアアアアアッ」
大ボリュームで鳴き声を一つ上げると、その翼を一度だけ大きく振るう。
瞬間、森のあちこちで竜巻が発生し、上空の黒雲からは稲妻が落ちる。
テンペスタークロウの羽ばたきが起こした突風が地面を走り、カナタとシュンコウを上空へと巻き上げる。
「うおっ!」
木の葉と共に巻き上げられた体は、すぐに重力の支配下に戻って落下を開始する。
意図せず投げ出された体は十分な体勢を取る事もままならずに地面へと近づく。
「ぐぅっ!」
「ぬがっ!」
別々の場所に落下した2人が満足な受け身も取れず地面へと叩きつけられる。
先程折られた肩のダメージが増し、ヒビの入ったアバラは折れて激痛が襲う。
地面に伏したまま動けずにいるカナタに対し、なんとか身を起こすシュンコウ。
だが、彼はカナタを探す様な事はせず。その場から離脱する道を選ぶ。
「小僧!もし次に生きて会う事があれば!その時は必ず命を貰うぞ!」
最後にそれだけを言い残し、シュンコウが体を引きずりながらその場から逃げ去る。
直後に指笛の音が森中に響き渡った。
「く・・・そ・・・。待ち・・・やが・・・れ」
泥にまみれて地面を無様に這いつくばりながら、カナタがシュンコウの消えた方へと手を伸ばす。
体中の痛みから遠のきかける意識の中、見上げた空には異形の鳥が雲の中へと飛び去って行く。
まるでカナタ達の戦いを邪魔しにきた様な上空の怪鳥。
「邪魔・・・・・しやがって、いつか・・・・焼き鳥にしてやる」
そこまで言ってカナタの伸ばした手は泥の上に力なく落ちた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その頃、ガノン王国より遥か遠くの地にある古城。
城の一角に作られた縦横10m程の大きな部屋。
部屋の中央には床一面を覆う程に巨大な魔方陣が描かれており、
その上には、巨大な透明な結晶体が鎮座している。
結晶体の内部には漆黒の鞘に納められた一本の剣が封じられている。
この結晶体、或いは封じられた剣の為に作られた部屋の中で、銀色の長い髪をした1人の男が剣に向かって語り掛ける。
「私のテンペスタークロウを勝手に使うのは感心しないな」
《アノ子ハ元々僕ノ子ダ。ドウ使オウト僕ノ勝手ダロ》
どこからか響く声に悪びれる様子はなく。むしろ不遜な態度を示す。
その事に、男はやれやれと肩を竦める。
「例の子を探しに行ってたのかい?」
《サァ、ドウダロウネ。ゴ想像ニオ任セスルヨ》
こちらの質問に答えてくれる気は無い事を知って男は一つため息をつく。
この話題になるといつも"彼"はこうやって話をはぐらかす。
余程自分には知られたくない事らしい。
(まっ、無理もないんだろうけどね)
何せ彼がこうしてこそこそと自分の配下を操る原因を作ったのは自分だ。
もちろんその事について後悔はないし、弁明する気もない。
とはいえ彼に話す気がないなら話はここまでだ。
「例の子が見つかったら私にも教えてくれよ。是非一度会ってみたい」
《ソウダネ。気ガ向イタラソウスルヨ》
話の終わりと共に銀髪の男が部屋の外へと消える。
剣の入った結晶体だけが残った部屋で小さな声が響く。
《君ニ会ワセルノハマダマダ先ニナルダロウ。何セアノ子ハマダマダ弱イカラネ》
静かになった部屋の中、剣を封じる結晶体だけが怪しい輝きを放つ。
今回タイトルが2転3転してしまった。
どこに主点を置くか考えると最終的にこれに落ち着いた。
2局面同時戦闘は書くの難しいなぁ
今回は物語の重要な部分がちょこっと出ました。
彼らは何者なのか?声の正体は!
まあ、分かる人は分かるかなw




