第23話 雨音ト共ニ寄リ来タル
ここはガノン王国の南東。ユーステス領内にある山の中。
カラムク領を出て早4日。その道程も大半を消化し、領主の街までは後一日もあれば到着という所まで来ていた。
領主の館に着けば豪華な食事と暖かな寝床で眠れると思っていたのも今は過去の事。
現在、リシッド達の置かれている状況は非常に切迫していた。
というのも先程から馬車の周りを取り囲むように動き回る複数の気配。
最初は獣かと思ったが、先程から漂ってくる殺気から恐らく新手の襲撃者の可能性が高くなった。
そうした状況から、現在荷台の上は緊迫感に包まれている。
「という訳でこの状況。どう対処しましょう?」
顔を寄せ合う荷台の面々を代表して、ダットンが居並ぶ面々の意見を伺う。
『当然、一人残らずぶっ飛ばす!』
拳を握りしめてカナタとジーペが息ぴったりに物騒な事を言い放ち、それを聞いたサロネ、ベーゾン、ダットンが軽い頭痛と共に溜息を吐く。
殺る気に満ちた2人は無視してサロネがまず口を開く。
「今更ですけど野盗の可能性・・・・はないですよね。やっぱり」
「可能性としては低いですねぇ。野盗にしては動きの統制が取れすぎている気がしますし」
ダットンからの返事に、抱いていた微かな可能性が萎んでサロネが大きく肩を落とす。
ベーゾンはというと険しい表情を浮かべて上を向き、虚空を睨んでいる。
そんな彼らを見てカナタとジーペが重たい空気を放つ3人に不思議そうな顔をする。
「何を悩んでいるんだ?相手が誰でも殺る事は変わらないだろ?」
「そうそう。野盗をぶっ殺すか、獣人をぶっ殺すかの違いだけだろ?」
「ちょっと黙ってろ戦闘狂共」
突如口を開いたベーゾンに咎められ、2人が不服そうに頬をプクーッと膨らませる。
「なんだよ~。怒るなよ~。本当の事だろ~」
「往生際が悪いぞ~おまえら~」
ブーブーと文句を垂れるアホ2人にサロネ達常識人が頭を抱える。
とはいえカナタ達の言っている事は別に間違ってはいない。
むしろ敵の襲撃である以上、撃退するのが彼らの任務だ。
ただ、現実問題として敵を壊滅するよりも自分達が生き残れるか可能性が低いのが問題だ。
彼らとて精鋭と呼ばれた兵士。簡単にやられてやるつもりもないが、1人2人倒すだけでは意味がない。
困難な状況を打開する策がないか考え込む中、ベーゾンが御者台の方へと意見を求める。
「隊長。どうします?」
ベーゾンから意見を求められたリシッドは、顎に手を添えて考え込む。
冷静に自分達の現状、周囲の環境から今取れる最善の手段を導き出すべく思考を巡らせてみるが、そんな都合よく策が思いつくわけもなく、眉間の皺が深くなるばかりだ。
(どうするリシッド・フォーバル。この馬車のスピードでは到底奴らを撒くことは出来ない。だからと言って打って出るにはここは森の中で視界も悪い。しかも獣人は種族によってこういった環境でこそ真価を発揮する者もいると聞く。それを考えれば迎え打つにしてもあまりに分が悪い)
今、自分の切る事の出来る手持ちの札が果たしてどの程度有効に機能するか自身が持てない。
(おかしい。近頃ずっとこんな事ばかりじゃないか?)
いつから自分はこんなに自身が持てなくなったのかと思い返した時、荷台に居る少年の顔が脳裏をよぎる。
どうにもカナタと出会ってから今の様な状況が続いている気がしてならない。
(あいつは絶対に疫病神か死神だ。間違いない)
打開案が出てこない事から思わず思考が現実逃避し、カナタに責任転嫁する自分に気付いて慌てて自分を現実に引き戻す。
ここのところどうにも自分まで調子を狂わされている風に感じ、頭を冷やすべく小さく息を吐く。
(いかん。今はそんな事よりも奴らを撃退する手段を考じねば)
必死に考えを巡らせるリシッドの隣で、シュパルが手綱を取る手を強く握る。
「隊長、そろそろ対応策をお願いしますよ。あちらさんがそろそろシビれを切らしそうです」
「そんな事は分かっている!」
数少ない味方だと思っていたシュパルからの催促に思わず大きな声が出てしまった。
申し訳なく思いながらも謝罪はしない。時間はリシッドを待ってはくれないのだ。
この一分一秒を生き残るための策を生み出す為に使う事が彼への詫び代わりになる。
そんな時、御者台に座る2人の間、荷台の中からカナタがひょっこりと顔を出す。
「周りの奴らが気になるならちょこっと行って黙らせてこようか?」
「おまえはちょっと大人しくしてろ!」
余裕なく声を荒げるリシッドに、カナタは不快そうに表情を歪める。
「あんたにゃ言ってないし。シュパルに言ってんだよターコ」
「なんだとぉ~!」
互いの目が潰れそうなほどに睨み合う2人。
この非常時にあって相も変わらずいがみ合う2人の姿にシュパルからは苦笑いが漏れる。
だが、そんな2人のやりとりを見ていると、意外となんとかなるんじゃないかと根拠もなくそんな気がしてくる。
「ところで1つ聞くがカナタ少年。君ならばこの状況を打開できるか?」
「さぁ?やってみないと分かりません」
間髪入れずに返ってきた言葉は、シュパルが期待したものではなかった。
今までだとなんとかなるとか言っている彼の返事が今回ばかりは違った。
カナタの返事に期待していた部分が大きかった分、自分達の置かれた状況の深刻さを改めて認識する。
「意外だな。おまえならなんとかするって言うかと思った」
「何?もっと希望的な答えが欲しかった?」
からかうようなカナタの物言いに、ムッとしながらもリシッドは考える。
自分達の任務に同行しているとはいえ、いつまでもカナタ頼りというのも妙な話だ。むしろこうして彼1人ではどうにも出来ない事があって当たり前。
ならば自分たちが一丸となり、力を合わせて乗り越えるべきだという答えに至るリシッド。
そうして答えを待つカナタの方へと向き直ると、なるべく嫌味っぽく聞こえるように言葉を紡ぐ。
「いいや、そんな気遣いは不要だ。むしろおまえも一応人間だったという事に少し安心したくらいだ」
「はぁ?」
リシッドからの嫌味にカナタが心底嫌そうな表情を浮かべる。
その隣ではシュパルがクスリと笑い声を漏らした。
「ちょっと聞いたシュパル!このクソ貴族様、言ってる事酷くね!」
「ハハハッ!悪いが今のは私も隊長に賛成だ」
「なにそれ。心外!」
御者台の腰かけを叩いて憤慨するカナタを余所に、リシッドとシュパルが前を向く。
状況は何も好転していないが、今のやり取りで幾分か気持ちが楽になった。
(なんとかなる。いや、なんとかしてやる!)
決意を込めて前方を見据えるリシッドの前に、目の前にまっすぐ伸びる道の両側から人影が飛び出す。
「くっ!止まれぇ」
慌ててシュパルが手綱を引くと、馬が嘶き、大きく体を揺すって足を止めた。
ガクンッと大きく後ろの荷台が揺れ、衝撃に驚いたカナタ以外のメンツも顔を出す。
「なんです今の!」
「敵の攻撃ですか!」
緊張した様子のダットンとサロネが表情を強張らせて辺りを見渡す。
ベーゾンは元々顔が濃くて表情が分かりづらいが、口を真一文字に結んでいる。
どうやら彼も動揺している様だ。
ジーペだけは今にも飛び出さん勢いで鼻息を荒くしている。
「やってやりましょうよ隊長!」
「待て、落ち着いてもう少し様子を見よう」
少し慌てた様にベーゾンはそう言ってジーペを荷台の中へと引き戻す。
一方、リシッド、シュパル、カナタの3人は目の前に現れた一団へと目を向ける。
そこには首から下を黒いマントで隠した男達がカナタ達の行く道を塞ぐように立つ。
「見た事のない肌の色だな」
「ええ、少なくともガノン王国の民ではなさそうです」
いつでも攻撃に移れる姿勢を維持してもっとよく目の前の男達を観察する。
目に見えている顔は、随分と日焼けしており浅黒い色をしている。
相手の数は15人。一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。
先程まで森の中から放たれていた気配が目の前に集結している事から、彼らが森の中からこちらを窺っていたとみて間違いないだろう。
(まさか向こうから姿を現すとはな。一体どういうつもりだ?)
突然姿を見せた相手に、警戒を解かずに身構えるリシッドとシュパル。
その後ろではカナタも腰に下げたヘンゼルとグレーテルに手を掛けている。
そんな彼らに向かって、目の前の一団の中から1人の男が前に出る。
浅黒い肌と肩までかかる灰色の長い髪、緑色の瞳に鋭い光を宿した男。
一目見てリーダー格だと分かる程、他とは違った力強い気配を纏っている。
荷馬車を引く馬の前まで男が歩くと、リシッド達へとその鋭い眼差しを向けて問いかける。
「おまえ達がレメネン聖教会の十六聖女、レティス・レネートと、その護衛を任ぜられた二十貴族会フォーバル家の嫡男。リシッド・フォーバルの部隊で相違ないか?」
暗殺目的で来たにしては随分堂々と振る舞う相手に少々面喰いながら、相手の言葉の意図を吟味する。
流石にこの状況でわざわざ出てきた以上、相手はこちらの素性を把握している。
誤魔化しや虚偽は返って状況を悪化させると判断するリシッド。
「シュパル。すぐに馬を出せるようにしておけ」
隣にいるシュパルにだけ聞こえるようにそう告げる。
事前の打ち合わせで何かあったらレティスだけでも逃げられるようにと打ち合わせをしてある。
手筈は、もう一方の標的であるリシッドを餌に注意を引き付けて、その隙にシュパルがレティスを連れてこの場を突破するというものだ。
彼の言葉の意味するところを察して、シュパルが緊張から表情を硬くする。
一呼吸おいてリシッドがゆっくりと立ち上がり、相手からの問い掛けに応じる。
「どこの誰かは知らぬが、馬車の行く手を遮っておいてその物言いは如何なものか。こちらの素性を問う前に、まずはそちらから名乗られよ!」
声高に叫ぶリシッドの言葉に男が眉を寄せて怪訝な顔つきになる。
が、すぐに不敵な笑みを浮かべるとリシッドからの問いかけに答える。
「これは失礼した。我が名はシュンコウ。『星爪の旅団』が1つ。虎爪師団で師団長をしている者だ。さる高貴なお方の命を受けてこの場に立っている。・・・これでよろしいか?」
相手を嘲笑うような表情を向けてくるシュンコウと名乗った男。
リシッドは険しい表情を浮かべたまま相手の語った言葉を脳内で反芻する。
(星爪の旅団だと。聞いた事がないが、一体何者だ?)
改めて相手の姿を上から下まで眺めてみるが答えは出ない。
リシッドの視線を受けてシュンコウが鼻で笑う。
「ふんっ。男に見つめられる趣味はない。先程の問いに答えてもらおう」
シュンコウの言葉に、内心で腹を立てながらも、努めて冷静を装いリシッドが応じる。
「我が名はリシッド・フォーバル!二十貴族会が1人、カナード・フォーバルが一子にして聖女護衛の任を負うリシッド隊の隊長である!シュンコウと言ったな。この馬車を聖女レティス・レネート様の馬車と知ってこの様な無礼な振る舞いを見過ごすことは出来ない!高貴な方の命と仰せだが一体如何なる理由あっての事か!」
仰々しく言い放つリシッドの後ろ、荷台の上ではリシッド隊の面々とカナタが臨戦態勢を取って動向を見守っている。
「いざ戦いとなったらどうします?」
ダットンの言葉を受けてベーゾンが重苦しい口調で答える。
「優先すべきは聖女様の命。その次が隊長。俺たちは・・・・一番最後だ」
「やっぱりそうなりますよねぇ」
何かを諦める様な口調でサロネが小さくため息をつく。
不安そうな3人の前でただ1人、今か今かと戦いを待ちわびるジーペ。
「何言ってんだお前達。燃える展開だろ?腕が鳴るぜ」
「脳筋はこれだから」
1人燃え上がるジーペに心底呆れ果てる3人。
彼らのやりとりを前にレティスは変わらず穏やかな笑みを浮かべる。
「聖女様?」
「どうして・・・笑って」
とても笑えるような状況じゃない。なのに彼女のこの穏やかさ。
彼女の思惑が分からず。どう声を掛けた者かと皆が考え込んでいると、レティスの方から彼らに向かって言葉を掛ける。
「私は1人で逃げたりしません。皆さんと一緒にこれからも旅を続けます」
『えっ!?』
少しだけ予想はしていたが、揃って困惑の表情を浮かべる野郎共。
これはまずいと慌てて彼女の説得をしようと詰め寄る。
「それはダメですよ!」
「そうですよ!危険です!」
「どうしてですか?皆さんが守ってくださるんですよね」
彼らの言葉に不思議そうな顔で逆に問いかけてくるレティスに男達が言い淀む。
「いや、そうなんですが。状況がまずくなったら隙を見て逃げて頂かないと」
「我々の任務は聖女様を生きて王都へお連れする事でして・・・」
そう言ってどこか自信なさげな彼らの言葉にレティスは笑顔を向けて言葉を返す。
「大丈夫です。私、皆さんなら最後まで守ってくれると信じてますから」
そこまで言い切られてしまっては男達にそれ以上彼女に掛ける言葉はなかった。
いや、むしろ護衛として、兵士として、男として、彼女の思いに応えない訳にはいかない。
そうなると今度は説得するはずが逆に説得し返された事に可笑しさがこみ上げてくる。
「まったく。聖女様もズルい方です」
「そうまで言われちゃ簡単には死ねないですね」
「ああ、その通りだな」
「やってやりますよ。獣人がなんだってんだ!」
流石は聖女と言うべきか、彼女の言葉で消沈しかけていた男達の士気が急激に高まる。
荷台の上で血をたぎらせる男達を余所に、外の様子を窺っているカナタの表情は優れない。
原因は分かっている。目の前でリシッドと睨み合っているシュンコウと名乗った男だ。
(アイツはヤバいな。この感じ、ルードと同等か・・・それ以上)
離れたからでも伝わってくる相手の力量にカナタは戦慄を覚える。
カラムク領でのルードとの試合はカナタの勝利に終わったが、所詮は試合。
本気の殺し合いとなれば結果はどうなっていたか分からない。
何せお互いに本来の装備ではなく。全力ではなかったからだ。
だが、今、目の前で道を阻む男は違う。
お互いに何も遠慮をするような理由もなければ、切り札を隠す必要も当然ない。
しかも相手は人間の上をいく基本スペックを持つ獣人。
先の獣人との戦闘では、目の前の男程の実力が相手になかったこともあるが、狭い牢屋の中や、地下の倉庫という獣人の持つ身体能力が活かし難い閉所だった事とカナタ達が先手を取って行動したという精神面でのアドバンテージが強く作用した結果の余裕をもって勝利出来た。
だが、ここは山の中。開けた場所ではないが、こちらよりはあちらにとって戦いやすいフィールドであろう事は言うまでもない。
(正面切ってやり合うにはちょっとばかし分が悪いなぁ)
顔には出さないがカナタは心の中に焦りを抱く。
シュンコウだけが相手でもキツイのに、彼の後ろに居並ぶ者達もタダ者ではなさそうだ。
逆にそれ程の手下を従えるシュンコウの実力が問題だ。
恐らくカナタの人生において対峙した者の中でもトップクラスに入るだろう。
(フェイロンやゲンジ程ではないにしろ、とてつもない強敵だ)
苦戦具合で言えば大蛇の魔獣も入るが、あれは人じゃないので今回は比較対象外。
目の前の相手の力量に珍しく真剣な表情を浮かべるカナタにシュパルが僅かな不安から尋ねる。
「ノストでは獣人相手に随分簡単に勝ったと聞いたが、今回は自信なしか?」
「いや、一対一なら自信なくはないし、集団相手でも野戦よりは遮蔽物の多いこういった戦場のが俺向きなんだけど・・・」
「どうした?」
どうにも煮え切らないカナタの態度にシュパルが焦りから答えを催促する。
言うべきか言うまいかと、少しだけ考え込むような仕草をした後、思い切ってカナタがその先を続ける。
「あのシュンコウって男だけ飛び抜けて強い。下手したら本気のルードと同じぐらい」
「っ!?」
カナタが告げた言葉にリシッドとシュパルの額を一筋の汗が伝う。
今日までの戦いの中でカナタが強いと評した相手を2人が思い浮かべる。
悪欲三兄弟の長男ダゴとカラムク領主の騎士ルードの2人の姿が脳裏をよぎる。
それほど多くの敵に遭遇してきた訳ではないが、どちらも国内では知られた猛者だ。
そんな敵と渡り合ってきたカナタをして、強いと認るような相手が今、目の前に立っている。
「最悪ですな」
「ああ、最悪だ」
シュパルが驚きに顔を上げると、話を聞いていたリシッドが横目で2人を見ていた。
視線を受けた2人が再びシュンコウへと視線を向けると、彼らの相談が終わるのを待っていたシュンコウがニヤリと笑う。
「話し合いは終わったのか?だったらこちらの話だが、我等の要件は1つ。聖女レティス・レネートとフォーバル家の嫡男、リシッドフォーバルの命を頂戴したい!それさえ頂ければ他の者に用はない。見逃してやろう」
まだ戦ってもいないのに勝った気で言葉を紡ぐシュンコウ。
とはいえ相手の実力の程度がある程度分かった後だと苛立ちよりも恐れが先に立つ。
劣勢と分かって気圧される己に心底嫌気がさす。
(くそっ!また俺は!)
ここ最近どうにも自分たちにとって不利な状況ばかりが続いている。
敵がこちらの都合など考えてくれない事は分かっているが、それにしたって状況が悪すぎる。
ここ数年では国中の兵士の誰も経験したことがないトップレベルの危機だ。
(我々とて精鋭と呼ばれるまでに鍛え上げ、それなりに修羅場を潜ってこの任に就いた。他と比べても決して楽な道のりではなかったはずだ。なのにそれでもまだ力が足りないというのか)
行き場のない感情が渦を巻き、相手ではなく力のない自分への怒りと苛立ちから唇を強く噛みしめる。
強く噛みすぎて唇が切れ、血が口元を伝うが、そんな事は今どうだっていい。
悔しそうに歯噛みするリシッドの後ろで、カナタは別の事を考えていた。
(それにしてもこいつらの仕掛けてきたタイミング。まるでここを通る事を予め知って待ち伏せしていたみたいだ)
彼らの接近に気付いたのはつい先程だが、その遭遇がどうにも偶発的なものに思えず。カナタの中で疑念が膨れ上がる。
(そもそも国中に網を張ってるにしたって街道の数も多いって話だし、敵にだって数に限りがあるはずだ。なのにこんなピンポイントでカチ合うなんてどう考えても変だ、先程の高貴なお方ってやつが関係してるのか?)
どこかから情報が漏れていると考えるのが自然だが、情報伝達手段が地球よりもずいぶん遅れているこの世界において、それをどうやって伝達しているというのか。
謎は深まるばかりだがそれを検証している時間はない。
戦いの開始は刻一刻と迫っている。
「部下の方々の為にも命を差し出される事をお勧めするぞ。リシッド殿」
社交的に語りかけてくるが言っている事とは裏腹に内容については随分と物騒だ。
リシッド達相手であればそれが可能であるという事を暗に示しているのだろう。
余裕の態度でシュンコウはリシッドに背を向ける。
「少しだけ考える猶予を与えよう。・・・賢明な判断を期待する」
そう言って微かに鼻で笑うと、シュンコウは道を塞ぐように並んだ一団の前まで戻った。
良くも悪くも時間が出来た事に僅かに安堵する。
(随分と舐められたものだ。しかし、このまま舐められて終わるつもりはない!)
意を決して斬りかかろうかと剣の柄へと手を伸ばすリシッドだったが、不意に、伸ばした手がピタリと止まる。
自分の意図に反して動きを止めた腕に、圧迫するような感覚。
ゆっくりと手首の辺りに感じた違和感へと顔を向けると、リシッドの手首はカナタによってしっかりと掴まれ動きを止めていた。
「何のつもりだ貴様」
「リシッド。話がある」
「忙しい。後にしろ」
珍しく。というか初めて面と向かって名前を呼ばれた事に多少の驚きを感じながらも、今はそんな事に構っている余裕はないと振り払おうとする。
しかしそれはカナタとて同じ事。振り払おうとするリシッドの腕を握る手に力を込めるて押し留める。
「いいから聞け。あのシュンコウって野郎はタダ者じゃない。アンタは手を出すな」
「ふざけるな。それではこの場を切り抜けることは出来ない。それともお前にいい案があるのか?」
逆にカナタの胸倉を掴み返すリシッドに、カナタが真っ直ぐな目を向けて答える。
「案なんて上等なもんじゃない。だがヤツは俺が倒す。だから他の連中が邪魔に入らない様に抑えてほしい」
「なに?」
先程名を呼ばれた時以上の驚きの言葉がリシッドの耳に飛び込む。
少しずつ落ち着きを取り戻し、カナタの顔を正面から見据える。
シュンコウがタダ者でない事はリシッドだって分かっている。
他の者とは持っているものが違うのは目に見えて明らかだ。
そんな相手を倒すと言いきったことも驚きだが、初めてカナタがリシッド達を頼った。
その事が他の何をも寄せ付けぬ驚きをもってリシッドの胸を打ち、胸倉を掴んでいた手が自然と離れる。
「・・・やれるのか?」
「一対一なら負けたりしないさ。そんな事よりそっちの方こそ大丈夫なんだろうな?」
「どういう意味だ?」
「対獣人。初めてなんだろ?それにあの人数。楽じゃないぞ」
逆にリシッド達を心配し返すその言葉に、リシッドはいつもの調子で言葉を返す。
「ああ、それなら問題ない。あの男の相手をする事に比べれば子供の相手をする様なものだ」
互いに目線を交わした2人がどちらともなくニヤリと笑う。
正直、互いに言葉でいう程、楽な相手ではない。
それでも、互いの顔に暗い雰囲気はなく。むしろ目には戦意が満ちていく。
「だったら勝負だな」
「いいだろう。その勝負受けようじゃないか」
『どっちが先に敵を片付けるか!』
2人の勝負。というよりはカナタとリシッド隊の勝負がこうして成立。
確認もされずに勝手に巻き込まれたシュパルが頬を引き攣らせる。
「隊長。まさか本気じゃないですよね。冗談ですよね?」
「何がだ?」
シュパルの問いかけに割と本気で小首を傾げるリシッドの表情を見て、流石のシュパルも冷静さを失い、彼に詰め寄る。
「カナタ少年との勝負です!この一大事に何をやってるんですか!」
「だからこそだ。あいつに!いや、我々自身にも見せつける必要がある」
「見せつけるって何をですか?」
リシッドの意図が分からず、心の内から漏れる苛立ちを滲ませながらシュパルが彼に掴み掛る。
シュパル1人だけなら構わない。同じ英雄の血を引く身内の為だ。
彼が行くなら地獄へだって付き従う覚悟はある。
だが、他の者達は違う。
聖女護衛の任務の果てに戦って死ぬならまだしも、子供染みた争いの駒として悪戯に捨てさせていい命じゃない。
そんなシュパルの怒りは、次にリシッドが放った言葉によって吹き散らされる。
「近頃ではめっきりカナタのおまけの様な扱いと成り果てていたが、我々リシッド隊こそが聖女様を。レティス・レネートを守る真なる守護者だという事を、今こそここに見せつける時だ!そうだろうシュパル」
「・・・隊長」
リシッドが告げた言葉にシュパルは己が浅慮を恥じた。
どうやら臆病風に吹かれ、尻込みしてたのは自分の方だったのだと思い知る。
そして思う。こんな困難な状況下にあっても誇りを失う事無く戦いに挑もうとする男の姿。
やはりリシッドこそが次代の国を背負っていく若者なのだと改めて感じる。
その証拠に、荷台の上から様子を窺っていた部下達が力強い声を上げる。
「流石は僕達の隊長ですね」
「ええ、今の話。中々シビレさせて頂きましたよ」
「確かに、いつまでもカナタにおんぶに抱っこじゃ恰好が付きませんからね」
「地獄の底までお供させてくださいよ」
彼を非難するどころか自分も共に困難に挑もうと言う部下達の姿。
「・・・お前達」
リシッドに賛同する部下達を前に、リシッドは胸の奥から湧き上がる熱に体が震える思いだ。
自分はいい部下に恵まれたと、彼らとの出会いに感謝する。
だが感動を分かち合うのはまだ先だ。
全てはここを越えて次の領主の街へと辿り着いた時、共に酒を酌み交わそうと誓う。
「必ず生き残って、勝利の酒を酌み交わそう!」
『応っ!』
今、真の意味でリシッド隊の心はここに一つとなった。
「あっ!ちなみにそん時は隊長の奢りって事で!」
「・・・分かっている」
ジーペの入れた余計な茶々に急激に現実に引き戻される。
正直手持ちの金は心許ないが、まあなんとかしよう。
酒代を稼ぐ事など今、目の前にある修羅場を越える事に比べればどうという事はない。
そんなリシッド達の様子を見守っていたカナタが尋ねる。
「そっちの意見も纏まったみたいだし、行くか?」
「そうだな」
リシッドの合図を受けてシュパルが頷き、馬車を前へと進める。
相手の獣人の種族など、まだ謎も多いが意思は固まった。
後は全力を尽くして挑む以外に道はない。
シュンコウ達の目の前で馬車を止めると、リシッドとカナタが左右から御者台を降りてシュンコウの前に立つ。
カナタの姿を見止めたシュンコウがその目を細める。
「何者だこの童は?兵士ではなさそうだが・・・」
事前にカナタの事を知らされていないらしく。少しだけ困惑の色を浮かべるシュンコウにカナタが不敵に答える。
「知らないなら教えてやろう。俺の名前はカナタ。レティス様のファンの1人で、ビエーラの婆さんに雇われた傭兵というか用心棒で、後は・・・おまえの敵だ」
「ほう」
カナタの言葉を聞いてシュンコウがますます目を細める。
今までの強敵達と違ってカナタを格下に見ている目つきだ。
無理もない。傍から見ればカナタはサロネよりも弱そうに見えるはずだ。
戦闘種の獣人とは元来そういった肉体的な強さ重視の考え方をしている。
シュンコウもまた例に漏れず同様の考え方をしており、それではカナタの真価は見いだせない。
細めた目の奥に浮かぶ侮りの色と共にその表情があの男を連想させる。
(こうして見るとなんか少しだけフェイロンに似ていなくもないな)
最も、あっちの方がカナタとしては数倍恐ろしい。
(っていうか異世界の獣人と対峙しても格上に思える程強いってどんだけバケモノだったんだよあの中年!)
心の奥で自分が倒した男に対して悪態をつく。
今更ながらあの男に勝てた事が奇跡に思えて仕方ない。
その事に比べれば、やはり目の前の獣人等恐れるに足りないと思い直す。
カナタがそう答えを出した所で、リシッドがシュンコウへと体を向ける。
「シュンコウ殿だったな。先程の質問の答えを返そう」
「伺おう。して結論は?」
「結論は・・・・こうだ!」
言うなりリシッドが腰に差した剣を勢いよく抜き放ち、鋭い刃がシュンコウの顔目掛けて走る。
その攻撃を咄嗟に後ろに下がってシュンコウが躱す。
目の前を金属の塊が空を切って走り抜けていくのを見送る。
(愚か・・・たかが兵士が獣人に敵うものか。そっ首を叩き落としてくれるわ!)
剣を振りぬいた瞬間にリシッドの首を飛ばそうと、腕を振り上げる。
が、彼の本能がすぐに防御姿勢を取れと警報を鳴らす。
慌てて振り上げかけた腕で顔を庇うようにガードの姿勢を取る。
直後に腕に走る重たい衝撃にシュンコウの体が踏鞴を踏む。
その様子を後ろで見ていたシュンコウの部下達が驚きの声を上げる。
「団長!」
「シュンコウ団長!」
シュンコウの身を案じる声に、シュンコウが体の奥から湧き上がる強い苛立ちを声に出す。
「騒ぐな!」
強い不快感を示すシュンコウの声に部下達が一様に口を閉ざす。
体勢を立て直したシュンコウが顔を上げると、蹴りを足を振りぬいたカナタの姿があった。
「言った筈だぜ。あんたの敵は俺だってな」
「小僧。・・・よくも」
「思ってたより大した事無さそうで安心したぜ」
シュンコウの言葉を遮ってカナタが口にした言葉にシュンコウが額に青筋が浮かび、
歯を剥き出しにして怒りの形相へと変わる。
「今吐いた言葉。後悔するぞ人間!」
「させてみろよ。もっとも、無理だと思うけどね」
カナタの挑発がシュンコウのプライドを刺激し、望んでいた言葉を引き出す。
「お前達は護衛の兵士をやれ」
「団長は?」
「俺はこの小僧をやる。時間は掛けん。少し生まれてきた事を後悔させるだけだ」
そう言ってシュンコウが真の姿へと変異を遂げる。
灰色の毛並みに白い斑模様をし、鋭い牙と爪をもったその姿はまさしく虎だった。
「生きたまま内臓を引きずり出して喰わせてやる。自分の臓物の味を噛みしめながら死ね」
「だったらこっちも予告してやるよ。テメエは自分の血で溺れ死ぬ」
睨み合ったまま、カナタとシュンコウが馬車から見て左手側の林の中へと移動する。
残された虎爪師団の者達とリシッド達の面々が対峙する。
「大人しく命を差し出すならば楽に死ねたものを」
居並ぶ男達の誰かが呟いた言葉に、リシッドはその手に持った剣を構えて答える。
「お前達が何者だろうと構わない。我々の道を阻むと言うならば捻じ伏せるのみだ!」
こうしてカナタとシュンコウ、リシッド隊と虎爪師団の2つの戦いが始まる。
だが彼らは知らない。いつの間にか空を覆わんと迫り来る黒雲。
微かに降り始めた雨の中、招かれざる巨大な影がその場へと迫っていた。
さて、第三の強敵の登場です。
しかも何やら不穏な影が・・・。
というか思った以上に伸びてまた話が伸びる!
一話で一区切りのつもりが2話構成に!
・・・いつも通りですね。
聖女登場は少し伸びそうです。
次回は熱いバトルを書けるといいな。
更新は水曜日中にはしたいですね。




