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第21話 守護ノ報酬ト波乱ノ予感

窓から差し込む日の光が、カーテンの隙間を抜けて少女の顔を照らす。


「うぅ・・・・んっ・・・」


艶っぽい声を上げてレティスがベッドの上で身じろぎする。

少女のお意識は眠りの国から徐々に光の中で覚醒に向かって浮上していく。

少しずつ近づいていく小鳥の囀りを聞きながら、レティスがゆっくりと目を開ける。


「もう・・・朝?」


霧のように纏わりつく眠気を、軽く頭を振って払う。


「・・・起きないと」


自分に言い聞かせるようにそう呟くと、暖かな布団の誘惑を振り払い、モゾモゾと布団から這い出す。

ネグリジェの様な寝間着姿のまま、ヨタヨタとペンギンの様な足取りで窓の方へと歩み寄る。

日を遮っていたカーテンに手を伸ばし、ゆっくりと左右に開く。

思っていたよりも強い光が窓から飛び込み、目の奥を刺激する。


「あうっ」


強い光に網膜を刺激されたレティスは、額に手を当てて一歩後退る。

クラクラとする頭を振って再び窓の傍に立つと、今度は窓を外側へと押し開く。

館の2階の窓が開け放たれると同時に風が吹き込み、部屋の中に新鮮な空気を運び込む。

吹き込む風を体で受けとめてレティスが大きく背を逸らす。


「スーッ。・・・・ハーッ」


大きく深呼吸して肺の中の空気を入れ替え、吐き出す空気と一緒に眠気を体の中から外へと追い出す。

体の中から眠気がほとんどなくなった事を確認し小さく頷く。


「よし。今日も頑張りますよ」


小さく声を出して気を引き締めると、今度はクローゼットの前に移動。

白塗りに所々金の装飾が施された豪華なクローゼットを開くと、中に吊るされた純白の修道服へと手を伸ばす。


寝間着を脱ぐと、手に取った修道服へいそいそと着替える。

服を着替えると、今度は洗面所に向かって身嗜みを整える。

おかしな所がないか一通り確認を終えると、日課である朝の祈りの時間。

館の中にある礼拝堂へ向かうべく部屋を出る。


部屋を出てすぐに扉の前に立っていたサロネが扉の開く音で振り返る。


「おはようございます。サロネさん」

「おはようございます。聖女様」


互いに軽くあいさつを交わしたところでサロネの顔を見ると、眠たそうに目を細め、虚ろな表情をしている。


「大丈夫ですか?」

「えっ?・・・ああ、すみません。大丈夫です」


レティスの言葉に少し反応が遅れながら、サロネが瞼の上を指で擦る。


「交代するはずだったジーペが尋問に行ったきり戻ってこなくて、ちょっと寝不足なだけです」


そう言って欠伸噛み殺すサロネを見て、少しばかり気の毒に思いながらも、自分の護衛任務のせいという事もあり、どう声を掛けてよいものか悩む。

何かを言おうと思案顔のレティスを見てサロネが素早く手を上げてその先を制する。


「気は使っていただかなくて結構ですよ。任務ですし」

「ごめんなさい」


申し訳なさそうに頭を下げるレティスを前にサロネが困った顔をする。

自分より格が上の相手に頭を下げられるのは好きじゃない。

下げさせるのは嫌いじゃないのだが・・・。


「そんな事よりもいつものお祈りですよね。礼拝堂までご一緒しますよ」

「あっ、はい。お願いします」


無理やりに話を打ち切って別の話題に差し替えたサロネ。

レティスも彼の言葉に促されて、目的の場所へと廊下を歩き出す。

その後ろに従者の様に付き従ってサロネが続く。


2人はレティスの部屋を出てすぐのところにある階段を下りて、一階の廊下に出る。

館の中心へと長く続く廊下を2人の足音だけが響く。


そうしてしばらく歩いていくと館の中庭へと差し掛かる。

手入れが行き届いた庭は、小さな噴水と周りを囲む色鮮やかな草花で彩られていた。


「綺麗なお庭ですね」

「あ~え~っと・・・そうですね」


感嘆の声を漏らすレティスだったが、サロネはそうでもないらしく。

同意を求められた事に困った挙句、適当な返事を返す。

そっけない彼の態度に、振るべき話題を間違えたかなとレティスは内心で少しだけ後悔する。

どうにもサロネは自分に対して一線を引いている様に感じる。

他の人よりも余所余所しいとは以前から感じていたが、最近よりそれを顕著に感じる。


(相性なのかな?それとも、もしかして避けられてるのかな?)


もし避けられているなら少し残念だなと思いながら視線を庭の方へ戻す。

足を止めてしばしその光景に見入っていると、不意に庭の草花の上を丸い影が通過した。


「?」


何かと思って首を傾げるレティス。

丸い影は噴水の上を通り過ぎて、花壇を囲む芝生の上で止まる。

円形の影はみるみる大きくなり、影の上に重なる様に何かが落ちてくる。

勢いから想定したよりも軽い雑草を踏み敷く音と共に降り立つ1人の人物。


「聖女様。下がってください」


すぐさまレティスを庇うように飛び出したサロネが、剣を構えて彼女の前に立つ。

先程までの眠たそうな彼からは想像もできない機敏な動きに思わず驚くレティス。


「早く下がって!」

「はいっ」


モタつくレティスにサロネが強い口調で指示を飛ばす。

慌ててレティスは言われた通りにサロネの背に隠れる様に移動する。

剣を正眼に構えたサロネが落ちてきた人物の方を鋭く睨む。


(何者だ?まさか例の襲撃者がここまで!)


最悪の可能性を考えながら、こちらから先に仕掛けるべきか考えるサロネ。

そんな彼の前で落ちてきた人物はスッと立ち上がるってレティス達の方へ振り返る。


「ん?何やってんのサロネ?」


聞き覚えのある声に背格好。そして軽薄そうな笑顔を前にサロネの右肩が少しズリ下がる。


「・・・カナタくんこそ何やってんのさ」


2人の前に現れたのは黒のランニングシャツに、下は戦闘服といった出で立ちのカナタ。

敵の襲撃だと思って身構えていたサロネは脱力しながら剣を鞘に納める。

一気に力が抜けたサロネは、カナタへと非難するような目を向ける。


「心臓に悪い登場の仕方は止めてほしいんだけど・・・」

「ん?ああ、悪い。ちょっと朝の運動がてら走ってたら丁度いいところ庭があったもんでつい・・・」


悪びれる様子もなくカナタの放った言葉に、サロネの眉がピクリと動く。

カナタの言った言葉をサロネは頭の中で反芻するが、どうも今の状況と彼の言葉が繋がらない。


「走ってたって・・・。君は今、上から落ちてこなかったか?」

「そうだな。屋根の上を走ってたからな」


当然だろと言いたげな目を向けてくるカナタ。

やはりおかしい。というか何故屋根の上を走っているんだコイツと思うサロネ。

思った以上に感情が表に出て、怪訝な表情をするサロネにカナタがやれやれといった様子で口を開く。


「ここ何年か訓練の一環でやってるパルクールとかフリーランニングとか呼ばれる運動法だよ。分かるかな?」

「ぱるくぅる?ふりぃらんにんぐ?」


カナタの語った聞きなれぬ言葉にサロネが首を傾げる。

その頭上には複数の?マークが浮かんでいるように見える。


「・・・・やっぱいいや。忘れてくれ」


説明された内容をいまいち理解していない様子のサロネに、カナタは面倒くささから説明を放棄する。

腑に落ちない様子のサロネの後ろから、今度はカナタの様子が気になったレティスがひょこっと顔を出す。


「随分高い所から落ちたみたいですけどケガはないんですか?」

「あっ!レティス様!オハヨーゴザイマス」


サロネの後ろから姿を現したレティスに挨拶と共に笑顔を向ける少年。

そこでサロネが一度瞬きをした瞬間。目の前にいたカナタの姿が忽然と消えた。


(あれ?えっ?)


まるで幻だったかの様に消えたカナタにサロネが驚きに目をぱちくりとさせる。


「何々?どこか行くの?」

「っ!?」


突如、自分の真横から聞こえた声にサロネが思わず飛び退いて声がした方へと向き直る。

さっきまで中庭に立っていたはずのカナタがいつの間にか自分の左隣に立っていた。


(えっ?いつ移動したの?ていうか速っ!なにそのデタラメな速度!)


瞬間移動でもしたんじゃないかと思う程のカナタの移動スピードの速さに唖然となる。

声も出ない程驚くサロネの事など気にも留めずにカナタはレティスとの会話を続ける。


「これから礼拝堂に朝のお祈りに行くところです」

「そなんだ。いつもやってるの?」

「そうですね、私の日課なんです」

「そっか~」


レティスの言葉にカナタが大きく首を縦に振って頷く。

目の前のカナタの言葉にレティスの脳裏に疑問が浮かぶ。

というのも今日までの旅の間でもレティスは毎日朝は祈り捧げていた。

その事は別に隠してもいなかったし、皆知っている事だと思っていた。


(そういえば・・・)


レティスはカナタが旅に加入してから今日までの朝の風景を思い返す。

そこでいつもお祈りをするタイミングでカナタだけがその場に居なかった事を思い出す。

そこで浮かんだ一つの答えを確かめるべくカナタに尋ねる。


「カナタさんって毎朝こうやって訓練をされてるんですか?」

「ん?ああ~そういやそうかも。習慣だから特に気にしてなかったけど」


思い出したように語ったカナタの答えにレティスは妙な親近感を覚える。

自分が日課である祈りを捧げている間、彼もまた自己の鍛錬という日課をこなしていた事を知れて何故か少しだけ嬉しかった。


互いの日課について立ち話を続ける2人。

レティスと話をしている間、デレデレとだらしない笑顔を浮かべるカナタの姿は、

サロネの目にはご機嫌取りに主人の前で尻尾を振る犬の姿と重なって見える。


(男女の仲というよりはペットと飼い主みたいな主従関係って感じだよなぁ)


サロネがそんな事を考えていると、廊下の向こうから何やら漂う不穏な気配。

訝し気に廊下の奥を睨んでいたサロネの視界に現れたのは、交代時間になっても姿を見せずに夜番を放り出し、姿を消していた男。


「ハァハァ。・・・カナタァ・・・待てって・・・言ってるだろ」


汗だくになって肩で息をしているジーペ。

自分に仕事を押し付けて戻ってこなかった男の疲弊しきった姿に、サロネの心を爽やかな風が吹く。


(何であんなに疲れているかは知らないけれど、僕の睡眠時間を削ったんだから当然の報いですね)


内心で疲弊したジーペの姿を嘲笑うサロネ。

ともあれ何故ジーペがカナタの後を追ってきたのかは少し気になる。

フラフラになってカナタ達の下へと歩いてくるジーペにようやく気付いたカナタがそちらへと視線を向ける。


「なんだよ。今、俺はレティス様と話してるんだから邪魔するなよ」

「いえ、私の事なんて後で・・・」

「いいんだよ~。あんな野郎は放っといて」


カナタの言葉にレティスは苦笑いを浮かべながらジーペとカナタを交互に見る。

一方のジーペは、レティスを相手に話すのとはまるで違うぞんざいな扱いを受けて、心からの非難の声を上がる。


「人の事を置いてけぼりにしといてそんな事言うか普通?泣くぞ!」


悲鳴に近い裏返った声を上げるジーペにカナタが冷たい眼差しを向ける。


「知らないよそんなの。俺の朝練に勝手についていくって言ったのはそっちだろ?結果、ついてこられるかまで面倒をみてやる義理はない」

「ひっでぇ!」


突き放すどころか突き落とす様なカナタの言葉にジーペが本気で涙目になる。

だが、同情の余地はない。

聖女護衛の任務中でありながら仕事を放棄し。あまつさえ自分の鍛錬を行っていたと分かり、半目になったサロネが薄く笑う。


「へぇ~。僕が一睡もせずに一晩中廊下の前で立ってたっていうのにそんな事をしてたんですか・・・」

「サロネ!違う。違うぞ!俺もさっきまでビエーラ様の所にいて・・・」


普段と違うサロネの気配に圧倒されながらも必死に弁解を謀るジーペだったが、サロネはまるで聞く耳を持たない。


「そんな事言ったって騙されませんよ!そもそも領主様にはルード様が付いてるんだからジーペさんの出る幕なんてないでしょう!」

「いや、そうなんだけど・・・これには深~い事情があって・・・」


普段の優男らしい穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、表情とは真逆の威圧的な態度で詰め寄るサロネに、流石のジーペもタジタジである。

何やら揉めているジーペとサロネを横目にしつつ、カナタはカナタでレティスとの会話に意識を向ける。


「礼拝堂だっけ?一緒についていってもいい?」

「いいですけど。カナタさんもお祈りするんですか?」


レティスの問いかけにカナタの笑顔が固まる。

彼から伝わってくる空気の変化にレティスが怪訝な表情をする。

そんな彼女に対し、カナタは少しだけ真面目な表情を作ると、首を左右に振って先の言葉を否定する。


「神様へのお祈りだっけ?それだけは絶対にしない。悪いけど俺は神様ってヤツを信じてないからね」


普段の彼とは違う雰囲気を感じ、レティスは少しだけ残念そうに眉を寄せる。


「・・・そうなんですか」

「悪いね。こればっかりは譲れないんだ~」

「いえ、それは構いません。ですが・・・」


勿論、本当に構わないかと言われると微妙な話だ。

レティスは主神レメネンを崇めるレメネン聖教会の十六聖女。

神の信徒たる彼女がその神を否定する事はないし、本来なら彼に教義を説いて勧誘するのが彼女の役割である。

だが、例えどんな手を尽くしても、彼がその思いを変えるとは思えなかった。


「だとしたら何故一緒に行くんですか?」

「それは・・・まあ、なんとなくだよ」


本当は君と一緒に居たいからと言いたいところだが、流石にそれは恥ずかしくて口には出せない。

今まで散々2人きりだなんだとアピールはしているが、それでも照れくさい事はあるのだ。

なにより、そんなキザなセリフが似合わない事など自分がよく知っている。

悶々と自問自答するカナタのはっきりとしない態度にレティスが首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでもございませんです!そんな事より早いとこ礼拝堂に行きましょう」


心の動揺を悟られまいと虚勢を張って見せ、一歩踏み出すカナタ。

だが、彼が踏み出した方向は今しがたレティスとサロネが歩いてきた廊下だ。


「ふふふ、カナタさん。そっちじゃないですよ」

「えっ、そうなの?」


レティスに呼び止められて、カナタはぎこちなく足を止める。

そこからクルリと180度反転して再び大きく一歩踏み出し、今度はレティスの隣に並ぶ。

隣り合った彼女へと照れた様な笑みを見せて、彼女の方に向かって自分の肘を少し浮かせてみせる。

先程キザは似合わないと思っていながら、随分と芝居がかった態度でカナタが告げる。


「それじゃ、お嬢さん。僭越ながらこの私めがお送り致します」

「うふふ。じゃあ、お願いしますね」


見よう見まねで紳士を気取るカナタの姿にレティスが微かに笑うと、自分に向けて出された肘に手を沿える。

彼女の手に触れられて胸の鼓動が跳ねる。

自分でも格好つけた態度だと内心苦笑しつつも、レティスがノッてきてくれた事に嬉しくなる。


そのままレティスを伴って礼拝堂へ向かって廊下を歩き出す。

どこかぎこちなくも微笑ましい2人の背中をやれやれと見送るジーペとサロネ。


「なんとも微笑ましい事ですね」

「青い春って感じだよなぁ」


微笑ましく思いながらもカナタの前途の険しさを思うと少し哀れな気もする。


「道程は険しいってのに健気なこった」

「そうですね。まあ、それは置いといて・・・」

「?」


突如話題を切ってきたサロネにジーペが視線を戻す。

普段通り二コニコと笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていない事にジーペの背中を冷たい汗が伝う。


「サボった事は後で隊長に言いつけますから」

「ちょっ!待って!それだけはマジで勘弁してくれぇええええええええええ」


サロネの無慈悲な一言にジーペの顔からサッと血の気が引き、

早朝の穏やかな雰囲気をぶち壊す悲痛な叫び声が中庭に響き渡った。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



食堂内には館に仕える使用人達が配膳をする微かな食器の音が響く。

昨夜の襲撃者の尋問の結果について話すべく集められたレティスとリシッド隊の面々。

館の主であり、二十貴族会の1人である領主ビエーラの前に昨日と同じ順で席に着いている。

その場にただ1人、昨日一日だけで随分と活躍した少年の姿だけがその場にない。


(これから重要な話し合いだと言うのに、カナタのヤツはどこいった?)

(今日は朝から姿を見てないです)

(さっきまで聖女様と一緒だった事は確認してるんですが・・・その後は見てないです)


視線を動かしアイコンタクトだけで会話をするリシッド達。

多少事情を知っているジーペは素知らぬ顔でその中に混ざる。

せわしなく視線でやりとりする彼らを見てビエーラがため息をつく。


「まったく。落ち着きのない子達だね」


呆れた様なビエーラの言葉に、背後に立ったルードが微かな笑みを浮かべる。

なんだかんだと言いながらも、祖母が彼らの事を気に入った事を彼はちゃんと分かっている。

ルードの視線に気づいたビエーラが彼の方を振り返る。


「なんだいルード。珍しく笑ったりなんかして・・・」

「いいえ、なんでもありません。ビエーラ様」

「・・・まあいい。それじゃあ話を始めるとしようかね」


孫の不自然な態度に、どこか釈然としないものを感じながらも、ビエーラがテーブルの方へと視線を戻す。

皆の視線が自分に集まっている事を確認し、ビエーラが口を開く。


「さて、それじゃあ昨夜の話の続きを始めようじゃないか」

「待ってください。まだ1人足りないようですが・・・」


開始早々に話の腰を折ってくるリシッドの質問。

だが、この場にいる多くの者の総意の乗せられた言葉にビエーラは落ち着いた様子で返す。


「ボウヤに関しちゃ心配はいらない。今から話す内容についても全て知っている」

「・・・そうですか」


この話についてはここで終わり、暗にそう言われた気がしてリシッドはそれ以上尋ねる事を止める。

他に意見が出ないか周囲を見渡して、誰も口を開かないことを確認したビエーラは話を先へと進める。


「じゃあ、まず今回の襲撃に関して分かった事を伝えよう」

「お願いします」


場の空気がピンと張った糸のように張り詰める。

この街を出れば血なまぐさい戦いが待っているのだから、それも当然。

皆が緊張の面持ちでいる中、落ち着いた様子でビエーラが言葉を続ける。


「尋問の結果として判明したのは襲撃者の数は30人。そしてその半分が戦闘向きの獣人である事が分かった」

「獣人ですって!」

「それは本当ですか!」


ビエーラから齎された情報にダットンとベーゾンが驚きのあまり思わず立ち上がる。

彼らが驚くのも無理ない。獣人というのは普通の人間よりも身体的な基本スペックが高い。

それも戦闘面に強い相手となれば国の1個小隊以上の力を持った者までいると聞く。

そんな相手が15人もいるとなれば苦戦は必至。最悪仲間が死ぬ可能性だって十分考えられる。

彼らの士気を挫くだけの悪い報せに、朝食の席に似つかわしくない重苦しい空気がその場を包む。


黙り込んだリシッド達を無表情に眺めるビエーラ。

彼らに対し何も言わぬ祖母の内心を読み解いたルードは内心で苦笑する。


(お祖母様も人が悪い)


既にこの件について片は付いているが、ビエーラは彼らの反応を見て楽しむ為にワザと結果を言わず遠回りしているのだ。

事が片付いた後、カナタと2人で祖母の部屋に報告へ赴いた際にジーペに何やら吹き込んでいたが、どうやらこの席で口裏を合わせる様に指示していたのだろう。

先程からジーペがやや過剰とも取れるリアクションをしているのがいい証拠だ。

別にルードに他人の弄ぶ様な趣味はないが、祖母のささやかな楽しみを邪魔するのも気が引けたので口を出さない。


(彼らには悪いが、もう少しばかりお祖母様の悪ふざけに付き合ってもらうとしよう)


こういう時に限って空気を読んだ対応をするルードの前で、話は尚も展開していく。


襲撃者達が既に撃破された事など露程も知らぬリシッドは思わず唇を噛んで苦い顔をする。


「まずい事になったな」

「相手の数もありますし、戦力的に分が悪いですね」

「しかし獣人なんて一体どこから」


戦闘向きの獣人がこの国に居ないのは国の兵士であれば誰でも知っている話。

国外からそういった者達が入ったと言う話も聞かない以上、どこの勢力の者かは現段階では全く分からない。


「ここに残って迎撃するか?」

「いや、やめたほうがいいですね。それだと街に被害が出る可能性があります」

「守備兵を回してもらおうか?戦力としてはそれでも不安だが」

「近くを巡回している兵団と連絡は取れないんでしょうか?」


思いついた意見を口々に出し合うリシッド達。

出した案が浮かんでは次々に消えていく。

それほどまでに今の状況は良くないと言えた。

真剣なやりとりをする彼らの中でただ一人表情がひきつるジーペ。

流石にそろそろ種明かしをしないと、後で偉い目に遭う事を恐れている様だ。


(もう手遅れだと思うけどね)


自分でそう仕向けておいてビエーラは内心楽しそうに彼らのやり取りを見守る。

そんな中、ふと何かを思い立ったシュパルがビエーラへ質問を投げる。


「牢に繋いだ者達はどうしましたか?まだ生きているならさらに尋問をして詳しい話を聞きたいのですが」


襲撃者の仲間についてより詳しい情報を得たいというシュパルの申し出だったが、ビエーラは首を左右に振って答える。


「悪いね。獣人化して脱獄を謀ったので止む無く斬った」

「・・・そうですか」


情報を得る手段が失われたことを知り、落胆するシュパル。

だが、この言葉を聞いたサロネはパッと表情を明るくする。


「でも、それってルード様がいれば獣人相手でもなんとかなるって事ですよね」

「おおっ!確かに」

「そうか。そういう考えも出来るな」


つまり襲撃者が現れた際、ルードに助力をしてもらえば勝算があるという考えに思い至るリシッド隊。

羨望の眼差しを向けられた事にルード自身悪い気がしないでもない。

期待するような目を向けてくる彼らの願いは次の言葉で打ち砕かれる。


「悪いけどウチの孫は貸してやれないよ」

「えっ!」

「何故ですか!」


ビエーラの言葉を信じられないといった表情を浮かべるリシッド隊の面々。

レティスも協力的に思われたビエーラの言葉に驚きの表情を浮かべている。


「理由を聞かせてください!」


立ち上がって詰め寄るリシッドの視線を受けてビエーラは考え込むような仕草をする。


(さて、そろそろ種明かしをしてやろうかね)


そう思って口を開きかけた時、タイミング悪く食堂の扉が開かれる。

開かれた扉の向こうから顔を出したのは言わずと知れたカナタである。


「婆さ~ん。さっき貰ったこの服のサイズバッチリなんだけどちょっと派手じゃない?」


場の空気にそぐわない呑気な声に、折角ビエーラが話を引き延ばして作った雰囲気がぶち壊しになる。


「・・・ボウヤ。もうちょっと空気を読みなよ」

「へ?何が?」


大いに不満そうな表情を浮かべるビエーラからの視線を受けて首を傾げるカナタ。

遅れてやってきたカナタが皆の注目を集める中、ルードが満足そうに笑む。


「よくお似合いだ。カナタ殿」

「そう?ならいいんだけど」


ルードからの賞賛の言葉にカナタは複雑な表情を浮かべてもう一度自分の姿を見降ろす。

袖の長い黒革の素材の服、その上からは真っ白なヴェストを羽織り、下は白地のズボンの様な履物で足首を小さなベルトで巻いて固めている。

腹には今まで使っていたベルトと、その左右にヘンゼルとグレーテルが下がっている。


(最初服をくれるって言われた時はどんなヒラヒラしたピカピカした派手な服を与えられるのかと内心ヒヤヒヤしたけど・・・)


今日までの戦いの日々で元々着ていた戦闘服の上は破損して破棄。

下に関してもあちこち破れて着られなくなりかけていた。

そんな時に前日の食堂での一件からビエーラが手配してくれたこの服。

思ったよりも色合いも落ち着いてて機能的にも動きやすい。

しかもこの服には何やら魔獣の毛とか皮とか使っててかなりスペシャルな一品なんだとか。


(価値とか全然分かんないけど・・・)


食堂に来る前、ビエーラより今回の報酬として与えられたのは、この服の他にカラムク家の家紋の入った銀の指輪。

それとカナタの後見人である事を示す書状。

後は聖女護衛の前金代わりに王都にあるカラムク家所有の家を一軒譲ってもらう事になった。


(あまり立派すぎないショボイ物件を頼んだが、貴族の感覚ってズレてそうだからそれだけが心配)


とはいえこの歳で夢のマイホーム持ちはかなり嬉しい。

未だ見ぬ我が家に思いを馳せるカナタ。

夢が膨らませるカナタの周りでは、彼の恰好にレティスやリシッドが驚きの表情を浮かべている。


「カナタさん。その姿は・・・・」

「まさか戦身装束<シュレード・ル・オーダ>!」

「正気ですか!」


先程までの悲壮感漂う空気はどこへ行ったのやら、たかが服装に随分と熱くなるリシッド達。


「何?これってそんな凄いの?」

「確かに凄いんだけど・・・それを着る意味わかってる?」

「意味?」


サロネの口から出た意味というワードに何やら不穏なものを感じて思わず後退る。

慌ててビエーラへと視線を向けると、割と最近見た悪い魔女の顔をしていた。


「戦身装束<シュレード・ル・オーダ>、別名『死刃装束』。防御を捨て、どれほどの刃をその身に受けようとも相手を葬る。相打ちを覚悟で死地に赴く者が着るいわば死装束だよ」

「・・・・ナニソレ。キイテナイ」

「言わなかったからね」


まんまと罠に掛けられた事を知ったカナタの顔が悔しそうに歪む。

ビエーラの策略にまんまとハマった事は解せないが、とはいえ、そこまで気にするほどの事かと言えばそうでもない。

元よりカナタの戦い方は機動力重視の近接戦。

この世界に来てからは特にパワーで劣る分、その傾向がより顕著になっている。


そもそもカナタがいた現代の戦場では毎秒数百発の銃弾が飛び交い、砲弾が木の葉のように人を吹き飛ばす。

そんな戦場で盾や鎧等役に立たず。むしろ動きを鈍らせる足かせとなって邪魔なくらいだ。

それ故により強度のある重装甲な戦車や装甲車、もしくは軽量の防弾チョッキ等にその役割を取って代わられ、古の防具の多くが戦場から姿を消した。

そんな現代の戦場を生き抜いてきたカナタにはむしろこの装いこそが相応しいとも思える。


(だからって死ぬ気なんてサラサラないけどね)


自分の纏った装いについて自分なりの答えを出したカナタ。

その顔に不敵な笑みを浮かべてビエーラを見返す。


「まあ、折角貰ったんだし、ありがたく使わせてもらうとするよ」

「そうかい。ボウヤならきっとそう言うだろうと思ったよ」


装束を受け入れたカナタとそれを贈ったビエーラ。双方が納得している以上、他の者にそれ以上口を挟む理由はない。

戦身装束を纏ったカナタの姿を見て、リシッドはまた彼との差が開いたように感じていた。


(戦身装束は確かに死装束と呼ばれているが、同時にそれを纏う者は力を認められた勇者の証)


流石に昨日今日出会ったカナタの為に作ったわけではないだろうが、それにしてはよく馴染んでいる。

その事が、カナタが元々それを纏うに足る勇者であったからだと言っている様で、リシッドがより一層落ち込む。

そんなリシッドを尻目にカナタが話を元の方向へ戻す質問を切り出す。


「ところで何の話してたの?」

「昨日の襲撃者達についての話をしていたところだよ」


カナタのせいでいいところで中断されたけどと思いつつも口には出さない。

ビエーラからの回答を受けてカナタが納得したように相槌を打つ。


「ああ、昨日俺らが"片付けた"アイツらの事か」

「ん?」

「えっ?」

「はい?」


カナタの口にした言葉に妙なキーワードが混じっていた事に気付いた面々が首を傾げる。

ビエーラとルード、ジーペを除いた面々の視線がカナタへと集まり、その意思を代表してリシッド、ではなくシュパルが代わりに尋ねる。


「片付けたとはどういう事だいカナタ少年」

「ん?どうもこうも言葉通りで昨日、ルードと一緒にちょっとそいつらを潰して来たんだけど」

「・・・そうか」


シュパルからの質問が終わった後、場には何とも言えない沈黙が降りてくる。

今度は先程までの重苦しいものではないが、なんとも気まずい。

それはそうだ。悪戯に弄ばれたとはいえ相手は国家の中枢である二十貴族。

文句一つ言うのだって結構な勇気がいる。

だからって怒りがわかない訳ではなく。行き場を求めた怒りの矛先は、自然と事実を知りながら黙っていたジーペへと向けられる。


「何故報告しなかった」

「いえ、あの、その・・・実は・・・」


今まで聞いた事のないリシッドの低い声。

仲間達から向けられる冷たい視線。

ビエーラ達はというと素知らぬ顔を演じており、

ジーペはまさに針の筵に座る心地だ。 


その後、ジーペの処遇については街を出た後でゆっくりと話し合う事となり、話はカナタとルードが捕えたコクマについての事に移る。


「取り調べをしている者の話だと、よっぽど怖い思いをしたのか知ってる事については素直に喋っているみたいだよ」

「そうですか」


ビエーラの言葉を聞いてレティスがカナタへと視線を向ける。

レティスに見つめられるなんて本来ならウェルカムなカナタだが、

今回ばかりは流石に気まずくて視線が合わない様にそっぽを向く。


(約束破った事怒ってませんように、怒ってませんように)


頭の中で何度も繰り返しそう念じながらも、怖くて目が合わせられない。

怯えるカナタを放っておいて話はさらに先へと進む。


「詳しい話はまだこれからだけど、随分と大きな勢力が地下で動いてると見て間違いはなさそうだね」

「という事は今後も襲撃が続く可能性があるという事ですね」


リシッドの言葉にその場に再び緊張が走る。

今回はカナタとルードの活躍で事なきを得たが今後もそううまくいくとは限らない。

脅威は未だ国内の至る所に潜んでいるのだから。


「そういう事だね。あたし達二十貴族会としても、これ以上被害を出さない為に一度対策を開くことが決まった。近々王都に発つ事になるだろう」

「という事はビエーラ様達も旅に同行なさるんですか?」


レティスの問いかけにビエーラが少しばかり考え込む。


「あたしも流石にいい歳だからねぇ。長旅は体に堪えるんだよ」

「はぁ」


高齢とはいえ年齢の話は女性相手にタブーである為、肯定も否定も出来ず曖昧な表情を浮かべるリシッド達男共。

情けない男共の反応を鼻で笑いながらビエーラが続ける。


「あたしが行くにしても、行かないにしても護衛が必要だからねぇ。悪いがルードは貸してあげられないよ」

「そうなりますよね」

「婆さんが出発するまでここに滞在してちゃダメなのか?」


不意に浮かんだ疑問をぶつけるカナタ。

その言葉にレティスを含めた全員が難しい表情をする。

皆に代わってそれに答えたのがブルドック顔のカナタ専属教師ベーゾンだ。


「我々が急いでいるのは王都で行われる祭事の為だと言うのは話したな」

「そんな事も言ってた気がする」


いつかの授業で聞いた微かな記憶を頼りにカナタが答える。

今にも溜息が漏れそうな表情をするベーゾンがその溜息をぐっと我慢する。


「・・・・まあいい。これはレメネン聖教会が4年に一度、総力を挙げて行う大々的な慰霊祭なんだが、その時ばかりは常に国内を巡礼している十六聖女や教会のお偉方が一堂に会する。それほどの一大行事だ」

「へぇ~」

「ちなみにこの祭事へ間に合わなかった場合、次の慰霊祭までの期間、その聖女は軟禁されるという厳しいルールが設けられている」

「はぁ?何それ。意味わかんないんだけど」


理不尽極まる内容に苛立ちを隠そうともせず口に出すカナタ。

彼の言い分も分かると前置きをしたうえでベーゾンが補足を交える。


「この件を含め、聖教会には多くの取り決めがあるが、それら全てが聖教会と王国の間で今なお話し合いが持たれ、下手をすれば情勢を左右する程のデリケートな話だ。一介の市民にどうこうできる話ではない」

「センセー!それでも納得できません」


万が一遅れるような事があれば、4年間もレティスに会えなくなるなんて事も起こりかねない。

それだけはどんな手を使ってでも断固阻止する必要がある。

カナタがそう心に固く誓っていると、ベーゾンの話した内容にサロネが疑問を呈する。


「その件なんですが、今回は十六聖女が3名も殺害されるという異常事態が起こっています。延期等の対応は取られないんですか?」

「それについてはあたしが答えるよ下っ端」

「下っ端じゃないんです。サロネって名前があるんです」


涙目になるサロネを無視してビエーラが先の疑問について語りだす。


「十六聖女暗殺については口外しない事が既に王都から通達されている」


予想だにしなかったビエーラの言葉を一同は驚きをもって迎える。


「えっ!」

「無理ですよ。亡くなられた以上慰霊祭に参加なんて出来ない。すぐにバレるんじゃ・・・」

「それについては影武者を立てる予定になっているそうだよ」


そう言ってビエーラは机の上に一枚の手紙を取り出す。


「先程、聖教会から来た早馬が持ってきた各領主宛てに届いた文なんだが・・・内容はそれだけじゃない」

「と言いますと?」

「生き残っている十六聖女。彼女達が合流出来る様に取り計らい、護衛達力を集結させて少しでも安全に王都へ迎える様に助力をしてほしいとさ」

「なるほど」


護衛対象が纏まって動けば、それに随伴する護衛の兵士の数も単純に増す。

敵が強力な分、こちらも力を集結させることでそれに抗じようというのだろう。


「あんた達の次の目的地は・・・確かユーステスの若造のところだったかね?」

「はい。その予定です」


ビエーラの言葉に、旅の行程を管理しているダットンが答え、

その答えを聞いてビエーラが小さく頷く。


「そういう訳で丁度1人、トグル領からユーステス領内に入った聖女様がいらっしゃるから合流してほしい」

「しかと承りました。して、その聖女様は?」


リシッドの問いにビエーラが珍しく苦笑を浮かべた。


「第六席 リルル・テーステス様だよ」



ビエーラから告げられた聖女の名。

カナタにとって2人目となる聖女との出会いがこの旅に新たなる波乱を巻き起こす事になる。


お待たせしました。

本当は水曜日投稿の予定だったんだけど、

なんか随分ボリュームが増えまして・・・。


ちなみに今回出てきた戦身装束<シュレード・ル・オーダ>ですが

ドイツ語で戦闘を意味する「シュラハト」と

オーダーメイドの服のイメージから考えた造語です。

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