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第20話 騎士ノ剣ト無職ノ双刃

ドーハと名乗った猿の獣人の放った鋭い拳撃がカナタへ向かって一直線に伸びる。

昼間に戦ったルードの斬撃に匹敵するスピードに加えて、

あの時の刃引きされた剣の切っ先よりも今の拳の方が攻撃範囲が広い。


(それでもルードの剣突に比べりゃどこか見劣りするな)


そんな感想を抱きながら、向かってくる拳を地面に伏せる程姿勢を低くして躱す。

自慢の拳を躱された事に少しだけ動揺の色を滲ませつつも、大きな驚きはなくドーハの目がカナタの動きを追う。


(まさかこの距離で拳を躱す者がいるとは・・・だが!)


すかさず左足に力を込めてカナタの顔面目掛けて蹴りを繰り出す。

脚の筋肉の動きでそれを見切っていたカナタは、床に着いた手と両足に力を込めると、

相手の右足側に向かって自分の体を押し出す。

真横でドーハの左足が空気を切り裂く音を聞きながら右足の外側へ向かって飛び込む。

片足立ちになったドーハの目の前で体を反転させて頭と足の位置を入れ替えると、そのままドーハの向う脛目掛けて靴底で蹴りつける。

ミシリという不快な音が相手の足から耳に届く。

だが、ドーハの体は揺るがず、相手の体勢が崩れる気配もない。


「う~わ。マジかよ」


想定以上の相手の頑丈さに思わず声を上げながらカナタが視線を上へと向ける。

既に拳を引き戻し、2撃目の準備ができたドーハが躊躇いもなく拳を振り下ろす。


「ふんぬっ」


拳よりも早く相手の脛を蹴って着弾予測地点から離脱するカナタ。

先程以上の速度を出して打ち出された拳が空を切って牢屋の床を穿つ。


「これも避けるか小僧!」

「そっちも随分と丈夫な育ちの様で羨ましいくらいだよ!」


体を起こしながらドーハの言葉に答えるカナタ。

幅3m、高さ2.5m、奥行き4mの決して広くはない牢の中で繰り広げられる2人の戦い。

息つく暇もない2人の攻防に鉄格子の向こうの者達も固唾を呑んで見守る。


(ったく。獣人ってのが丈夫なのは聞いてたが、チタン鋼板入りの蹴りが効かないってのは予想外でちょっとムカつくな)


以前のベーゾンの授業で聞いた話だと、種族によって違いがあり一概には言えないが、人間よりも身体機能が高く、その能力を活かした戦法を得意としているという話だった。

もっとも、王国内で戦闘職をしている獣人がいない事からベーゾン自身も文献等で知る程度ではあったが。


(まあ、速いと言っても見切れない程でもないし、足の方も無傷って訳じゃないから殺れない事はなさそうだな)


目の前のドーハを上から下まで眺めながら様子を窺う。

普通の人間よりも長い手足と鋭い反射神経に頑丈な肉体。

恵まれた体格や能力ではあるが、繰り出す攻撃は技と呼ぶには力任せに過ぎる。


(技はルードよりも下。一撃の破壊力なら悪欲三兄弟の次男のが上だったかな)


一撃貰えば確かに危ない相手である事に違いはないが、今までの相手と比べれば中途半端な力量だと言わざるを得ない。

だがこの評価は第三者視点で見ると正しくない。

そもそも彼が今まで戦ってきた相手の力量が高すぎるのだ。

ドーハの実力は王国兵士10人は楽に瞬殺できるだけの力を有している。

それを相手に中途半端な程度の力と評するカナタの判断基準が異常なのだ。


そんな事にはまるで気づくこともなく、相手の評価を終えてカナタがドーハに声を掛ける。


「一個だけ質問してもいい?」

「思い残す事があっては浮かばれんだろうからな。で、何が聞きたい?」


随分と自信過剰に言い放つドーハに釈然としないものを感じながらも、先に疑問を解決するべくカナタが問いかける。


「次の襲撃に来る連中の中でアンタは上から何番目?」


カナタの言葉を受け、ピクッとドーハの耳が微かに動く。

ドーハがカナタに勝つ気でいるように、カナタも当然ドーハに勝つつもりであるからこその言葉。

ただ、先程から攻撃しているドーハに対し、逃げ回ってばかりのカナダが、今の戦いよりも次の戦いに意識を向けている事にドーハが不快感を露わにする。


「小僧。私に勝つつもりでいる訳か」

「当然だろ。というかむしろ負ける要素ないし」


負けるつもりなどこれっぽち足りとも見せないカナタにドーハの拳が怒りで震える。


「そんな事よりもサクッと答えてくんない?こっちは早いとこ終わらせて帰って寝たいんだから」

『えっ!』


この言葉にはドーハだけでなく鉄格子の向こうからも驚きの声が上がる。

この場を切り抜けても明日には今以上の修羅場が待っている事は明らか、そんな危機的状況下で、まさかまだ帰って眠る様な事を考えていた事に驚きを通り越して呆れるしかない。


(まったくとんでもないボウヤだ。どんな神経してんだい)

(この少年の豪胆さ、末恐ろしいな)

(相変わらずいい度胸してるぜカナタのヤツ)


見守る三人がそれぞれに同じ様な感想を抱きながらその背中に視線を注ぐ。

対してまるで相手にされていない事を知ったドーハの怒りが頂点に達する。


「強者だと思って相手をしていたが力量差も分からぬただの人間風情が・・・図に乗るなぁあああああ!」


一連の攻撃で自分優位だと思い込んでいたドーハは、怒りの咆哮を上げて突っ込んでくる。

右、左と続く拳のコンビネーションを繰り出すが、バックステップで紙一重で躱されて空振りする。

が、下がったカナタの背中はすぐに背後の鉄格子にぶつかって逃げ場を失う。


「馬鹿が!侮るから自分から追い詰められる様な事になる!」

「はいはい」


勝ち誇ったような声を上げるドーハ前でカナタはつまらないものでも見る様な視線を向ける。

いいからさっさと掛かってこいと口ではなく目で語るカナタに、ドーハの怒りは頂点を越える。


「ひき肉にしてくれるわぁあああああああ!」


始めの余裕など既に失せて、大声を張り上げてドーハがカナタへと体当たりをしかける。

直後、飛び上がったカナタは、真上に上げた手で鉄格子を掴んで自分の体を持ち上げる。

相手の頭の高さの位置で鉄格子の上に着地すると、すぐさまその細い鉄の棒を蹴って相手へと向かって飛ぶ。


「なにぃっ!」


予想外の相手の動きに驚くドーハとカナタの距離は一瞬で縮まり、交差する。

正確にはカナタがドーハの頭上を飛び越えたのだ。

カナタの姿がドーハの視界から消えた直後、その後頭部に頭蓋を砕く程の強い衝撃を受けてドーハの体が鉄格子に突っ込む。

ドーハの体を受け止めた鉄格子がメキメキと音を立てて折れ曲がり、原形を留めないほど大きく歪む。

牢屋の前に立っていた面々も咄嗟に後ろへ飛び退くほどに鉄格子が廊下へ飛び出す。

自分の力を自分で受ける形になり、想像以上の衝撃を受け意識の混濁するドーハの背後にユラリと立つ人影。

首を回し肩越しにその影、カナタへとドーハが視線を向ける。


「さっきの質問をもう一度する。アンタは上から何番目だ?」

「こんな・・・事で勝った・・・つもりか」


息も絶え絶えではあるが、まだ戦えると自身を奮い立たせるドーハ。

だが、背後に立つカナタの告げた言葉がそんな彼の心を砕く。


「当然。だってアンタは俺に武器すら抜かせられなかった訳だし」


そう言ってカナタが腰に帯びた2本の刃を両手で軽く叩いて見せる。

今の今までその事に気付かなかったドーハの目に明らかな動揺の色が浮かぶ。


「馬鹿な。こんな事が・・・・」

「分かって頂けた様で何より。さあ、もう一度。アナタハウエカラナンバンメ?」


どこかふざけた様にすら見える芝居がかったカナタの問いかけに、ドーハは相手を強者だと認めつつも自分より下に見ていた事を思い知らされ、未だ底を見せていないカナタの底知れなさに恐怖を感じる。


(到底勝てる相手ではなかったというのか、だが、この小僧は野放しにするにはあまりに危険すぎる)


今までは真正面から相手を叩き潰す戦いをしてきたドーハも、この時ばかりは仲間の為に信念を曲げてでもここでカナタを消さなくてはならないと確信する。

相手の油断を誘い、隙を突いて相打ち覚悟で仕掛ける事を決めて密かに拳を握る。


「敗者は勝者の言葉に従うものだ。答えよう」

「そりゃ良かった。で、アンタより上は何人?」

「・・・私より強い者は2人だ」


敗者の礼儀としてこの言葉に嘘はない。

だが、その言葉の終わりと同時に戦士の誇りを捨て、無防備なカナタへと振り返るドーハ。

だが、彼の視界にカナタの姿が映る事はなかった。

動き出しと同時に体に強い衝撃を受け、その後から体の動きが鈍い。

自分の体の異変を確かめるべく視線を体へと落とす。

そこにはドーハの体を貫き、血を滴らせる2本の銀色の刃。


「なっに・・・」


自分が剣で刺された事を自覚した瞬間、喉の奥から湧き上がってきた血が口から溢れ出す。

急激に全身から力が抜けていくのに反し、全身が煮え立つ様に熱くなる。

力を失っていくドーハの体からゆっくりと剣を引き抜いて血を払うジーペとルード。

予想だにしていなかった鉄格子の向こうからの不意打ち。

別に正式な果し合いでもなければ1対1と決めていた訳でもない。

ただの殺し合いなのだからこの結末は当然の事と言えるが、ドーハはその事に納得できずに口元を歪める。


「卑怯な・・・・」


負け犬の遠吠えを聞き流し、ビエーラが合図を出す。

直後、牢番の兵士2人が鉄格子の向こうからドーハの顔目掛けて槍を突き出し、その刃が猿の頭を突き破って血肉をまき散らす。

頭部を失った体がグラリと大きく揺らいでドーハの体が冷たい石床の上にゆっくりと崩れ落ちる。

最後に自分の事を省みずにドーハが残した言葉に、その場にいる面々が冷めた目を向ける。


『おまえ達が卑怯とか言うな』


息の合ったカナタ達の声はドーハに届く事無く虚空へと消える。

頭部を失って物言わぬ骸となったドーハを見下ろしながらビエーラが呟く。


「馬鹿な男だねぇ。ここに入った時点でロクな死に方なんて出来る訳がないじゃないか」


その言葉はドーハへ向けてられている様であり、また他の誰かに向けられている様にも聞こえた。

先にカナタが予告した通りの決着と共に、静かになった牢屋の中からカナタが通路へと戻る。


「さてと、とりあえず帰って寝るか」

「ああ、やっぱりさっきの本気だったんだな」


改めて先程の言葉が本気だったと知りジーペが苦笑いを浮かべる。

連れてルードとビエーラに牢番の兵士までもが同じ様な表情をする。


「何言ってんだ?当然だろ。カナタさんってば育ち盛りなんだからさ」


おかしいところなど何一つないといった態度でカナタ。

とても明日になれば今の戦闘以上の戦いに身を投じるとは思えないカナタの姿に、

驚きや呆れ以上の頼もしさを感じずにはいられない。


「実力だけじゃなくて中身までバケモノじみたボウヤだよ」

「ええ、まったくもって仰る通りです」

「ひっでぇな。もうちょっと優しくしないと泣くよ」


泣きマネのような仕草をするが、誰も取り合わない。

その事に露骨に不満そうな表情を浮かべて拗ねたカナタは、館へ戻るべく牢屋の外へと続く廊下を歩き出す。

歩き出したカナタに続いて、ビエーラ達も牢番の兵士に礼を言ってその場を後にする。


残された牢番の兵士2人が廊下側に突き出る程に歪んだ鉄格子を見ながら呟く。


『これの修理って誰がするんだろ?』



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



夜も遅く人通りはほぼ無くなって、家々から漏れる明かりも僅かな大通り。

そんな真っ暗な坂道を館へ向かって歩きながら、明日、領内を出る際の話を始める4人。

本格的な話し合いは戻ってリシッド達を交えて行うが、出来るだけ早く大枠は絞ろうという話だ。


「とりあえず出発前に街の出入りを全面禁止にして人を遠ざけないとね」

「一般の市民に被害を出す訳にはいきませんからね」


ビエーラの言葉にジーペも納得して大きく頷く。

ドーハの話では明日の朝の出発に合わせて襲撃という話だった。

明日出発しなければ襲ってこないかもなんて事も考えたが、流石にそんな子供の言い訳みたいな話が通用する相手でもないだろう。


「援護に街の守備兵を何人か回しますか?」

「余計な犠牲が出る事は望ましくないですかね。中途半端な戦力は返って足を引っ張られるかもしれない」


ジーペは自分で言った言葉に内心複雑な思いを抱きながら続ける。


「幸いこちらに野盗の一団を1人で倒したカナタもいますし」


視線と共にジーペから水を向けられたカナタは困った様に眉を寄せる。


「今回と前回だと状況が違うからとれる対応が多くないんだよな~」

「そうか。むしろ前回より敵の数は少ないし楽だと思うんだが」


ジーペの言葉にカナタは重たい溜息を1つ吐き出し、諭す様に話し始める。


「確かに時間的猶予は前回よりあるよ。でも今回は相手の集結地点も分からないから先制攻撃で数を減らす手が使えない。襲撃に合わせて迎撃する事は可能だけど、今回予想される戦場は街の外。ヘソン村の時みたいな遮蔽物のないだだっ広い平野だ。そんな場所で四方から襲撃されてどうやって迎撃する?流石に全方位から来られると俺一人じゃ捌ききれないんだけど」


弱気ともとれるカナタの言葉を聞いてルードの足が止まる。


「カナタ殿でもそんな事を言うんだな」


常にどこか余裕のある態度でいるカナタらしからぬ言葉に驚いたような素振りをするルード。

そんな彼の態度に不本意だという意思を滲ませるカナタ。


「ナニソレ?当たり前じゃん。俺の事なんだと思ってんだよ。どこにでもいる普通の無職様だよ?」


プクーッと頬を膨らませて態度で抗議の意を示すが、ルードがその言葉を真に受ける様子はない。

それも当然。ルードの知る限り、カナタ以外に素手で獣人と渡り合う人間等見た事も聞いた事もない。


(こんなバケモノじみた無職がどこにでもいたら我々は廃業だな)


ルード自身としても珍しく思う程の冗談のような考えに思わず笑みを漏らす。


「なんだよ。笑うような面白い事は言ってないんだけど・・・感じ悪いなぁ」


ルードの笑みに不服そうなカナタの隣で、ジーペは話を聞いて思いついた内容を提案する。


「ヘソン村の時は村の集会所周辺に人を集めて俺達が守り、カナタが攻撃って役割分担したし、今回も同じ方法で・・・」


ジーペの言葉にカナタは首を左右に振って否定する。


「あの時は集会所っていう頑強なシェルターがあったからその手が使えたけど、今回レティス様が乗っているのは荷馬車。矢なんか射掛けられたら簡単にハチの巣だ」

「なるほど」

「見立てではレティス様の守りと素早く敵を倒す攻め手が同数程度必要かな」


カナタの言葉にジーペが珍しく難しい表情を浮かべる。

そもそもこういった頭脳労働は彼の専門ではない。


「やっぱり館に戻って隊長達と話さないとダメだな。俺じゃいいアイデアは出てこねえ」


ふと、後ろを歩きながら話を聞いていたビエーラが声を上げる。


「待ちなボウヤ。もし、相手の集結地点が分かって先制攻撃を取れるとしたらどうなる?」


背後から上がった思いがけぬビエーラの言葉にカナタは思案し始める。


「そうだね。明日自分達が攻めるまで何も起こらないと高を括っている様なら1人だけでも楽に落とせるだろうね」

「ほぅ。そうかい」


カナタの話を聞いたビエーラの表情が邪悪に歪む。

まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女の様に不気味な顔で、カナタ達も思わずたじろぐ。


「なんだよ婆さん。顔が超怖いんだけど」

「まったく失礼なボウヤだね。レディに向かって」

(レディなんて言うような歳かよ!)


ビエーラの本気とも冗談とも取れぬ言葉に内心毒づきながらも、何かを思いついた様子のビエーラの次の言葉を待つ。


「奴らの集結地点について一つだけ心当たりがある」

「マジッ!」

「本当っすか!」


驚きの表情をするカナタとジーペにビエーラは自信ありげに答える。


「いいかい。敵は街を出た所を襲撃すると言ってきた。つまり街の出入りをどこかから監視している。ただ、さっきのドーハの話を鵜呑みにするなら、それぞれの街の出入り口に人員を割ける程の人数は居ない。戦力を分断して失敗するなんて程の馬鹿者の集まりとは考えられない。となると聖女様一行がどこから街を出るか、館を出る時から監視できる場所に陣取っている可能性が高い」

「つまり館のある山の上よりも高い場所って事か?」

「でもノストの街の周囲にここより高い山なんてないぞ?」


ビエーラの言葉に2人が疑問を口にしながら首を傾げる。

まるで答えが分からず2人が問いかける様に視線をビエーラに戻す。


「よく思い出しな。相手が言ったのは"街を出た後に襲撃する"と言った事。そして先程の襲撃が"どこで"起こったかを」

「・・・まさか!街の中か」


ビエーラの言葉で答えの一端を見出したカナタが声を上げる。

正解を引き当てた事に満足そうな笑みを浮かべるビエーラ。


「そう。別に相手は街の外から襲ってくるとは一言だって言っちゃいない」

「なるほどねぇ。で婆さんには奴らの潜伏先が大凡分かってるって事か」

「ああ、少し前にこの街に出来た店で一つ気になるのがあってねぇ」

「ほぉ。その話詳しく聞きたいな」


カナタとビエーラが互いに悪い顔をして含み笑いを浮かべる。

そんな両者の姿をまるで悪魔同士の取引でも見る様な目でジーペとルードが見守る。


「あの2人だけは一生敵に回したくないな」

「・・・同感だ」


2人の背中に悪魔の黒羽が生えるのを幻視しながら、2人が頷きあう。

敵拠点の場所をビエーラに聞いてカナタが足を止める。


「なるほど。あそこか」

「おや、ボウヤは行ったことがあるのかい?」

「入ったわけじゃないけど、ちょっとね」


そう言ってカナタが坂の下の方へと体の向きを変える。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」


スタスタと早歩きに三人の間を抜けて坂の下へ向かうカナタにビエーラが声を掛ける。


「待ちなボウヤ」

「何?」


呼び止められたカナタが首だけをビエーラの方へと向ける。


「明日は朝から出発だ。帰って一眠りする時間ぐらいは欲しいだろう」

「そう出来る様になるべく早く片付けてくるつもりだけど?」


ビエーラの言葉に怪訝な表情を浮かべるカナタ。

だがビエーラは表情を変えずに落ち着いた様子で言葉を続ける。


「ウチのルードを貸そう。そうすりゃずっと早く片が付く」

「ビエーラ様!」


突如言い渡された言葉にルードが素っ頓狂な声を上げる。

ルードが驚くのも無理はない。騎士とは主に付き従いその身を守る剣であり、盾である。

それが一時とはいえ傍を離れる事など認められる訳がない。

だが、そんなルードの気持ち等、子供の頃から彼を見ているビエーラだってわかり切っている。


「どうせ老い先短い身だ。気にする事はないよ」

「ですが!」

「"あの子"も立派に育っている様だし。あたしに何かあっても、このカラムク領はおまえとあの子がいるから何も心配いらない。そうだろ?」

「・・・お祖母様」


確かにカラムク領の後継者たる"彼"がいれば領主問題は心配ないだろう。

だが、1人の騎士として残った唯一の家族として、何か反論しようとするが、それすらもビエーラは許さない。


「おまえは確かに私の騎士だ。だがそれ以前にその身が国家、国民の為の剣である事を忘れちゃいけないよ」


我が祖母ながら痛い所を突いてくるものであると内心思う。

自分が最も大切にしている身内にそうまで言われては、ルードにそれ以上拒むことは出来ない。


「分かりました。すぐに片を付けて戻ります」

「ああ、頼んだよ。私の騎士」

「ハッ!」


恭しくビエーラに一礼したルードが身を翻してカナタの隣に並び立つ。

カナタとルード。

体格だけを見ればまさに大人と子供の様だが、この場においてこれ程敵に回して恐ろしい2人もいないだろう。

両雄の後姿を見つめながらジーペが苦笑交じりに呟く。


「これからあの2人と戦う事になる敵が気の毒になりますな」

「違いないね」


ジーペの言葉に同じ様に苦笑を浮かべてビエーラが頷く。

並んで坂道を下るルードが背中越しにジーペへと声を掛ける。


「ジーペ殿!お祖母様の護衛の任。一時お預けします!」

「了解しました。で、どれぐらいでお戻りの予定で?」


ジーペの問いかけに、カナタとルードが顔を見合わせる。

少しの間をおいて頷きあうと、二人が夜空に向かって宣言する。


『5分で片付けてくる!』


言葉と同時に2人が眼下に広がる暗闇に向かって走り出した。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



薄明りの中、明日の戦いに向けて武器の手入れをする男達。

聖女、貴族襲撃に加担する一派の面々がせわしなく動き回っている。


「急げよ。時間はあまりないぞ」

「撤収準備も忘れるな。痕跡になるようなものは残すなよ!」


この場を指揮する2人の獣人の指示に男達が威勢のよい返事を返す。

ここは夕刻、酔客2人が争っていた店の地下にある一室。

防音対策で何重にもなった分厚い壁には斧や剣、弓などがたて掛けてある。

周囲に立て掛けてある武器を眺めながら、この一団を仕切る猿の獣人コクマは一抹の不安を感じていた。


(先の戦いで牢屋に囚われたドーハ達が戻らない。まだ捕まったままなのか、それとも・・・)


ドーハの実力はよく知っているし信頼もしている。

だが、それだけに彼が戻らない事がコクマに拭いされぬ不安を与える。

そんな彼に、このメンバーでは二番手を務めるジダが声を掛ける。


「コクマ。まだ心配してるのか?」

「ああ、どうにもな。ドーハ達から連絡がない事が気がかりで・・・」


そんな彼にジダが余裕の笑みを浮かべて返す。


「心配しすぎだ。あのドーハだぜ。騎士相手でもそうそう遅れは取らねえよ」

「だといいのだが・・・」


実は心配事はそれだけではないが、今は言うべきではないと口を閉じる。

虫の報せとでも言うのだろうか、どうにも先程から胸騒ぎが収まらない。


(我々獣人が何を臆する事があるというのだ)


自分に問いかけるコクマの声に答える様に、直後、外部と部屋を繋ぐ金属性のドアが轟音と共に勢いよく吹き飛んだ。


「ぎゅんっ!」

「ぐえっ!」


吹き飛んだドアに吹っ飛ばされて2人が壁に叩きつけられる。

一瞬の出来事に部屋の中から驚きの声が上がる。


「っ!?」

「なんだ!」

「何が起こった!」


慌てふためく周囲を余所に、咄嗟に襲撃者だと察したコクマが声を上げる。


「襲撃者だ!全員武器を取れ!」


コクマの声を聞いて周囲の面々が傍近くにあった武器を手に取る。

その間にもコクマの脳は状況を把握すべく高速回転する。


(上には8人程見張りを付けていたのに物音ひとつしなかった。一瞬で全員殺されたのか?)


ありえない考えだとは分かっていても目の前の現実が、その答えこそが正しいと物語っている。

現れる相手を見極めるべく、扉を失った出入り口に全員が視線を注ぐ。


「すっげぇ威力。さすが騎士様」

「褒めても何も出せないぞ」

「そう?それは残念」


この場の緊張感にそぐわない呑気な声と力強い男の声、声に続いて入り口から姿を現す2人の男。

1人は白い軍服姿に腰に帯びた剣の紋から一目で騎士だとわかる。

だが、もう一方はどこにでもいそうな若者といったラフな格好。

その腰に似つかわしくない革ベルトに下げた2本の刃物が相まって異様さは飛びぬけている。


「ちわ~。三河屋で~す」


開口一番。訳の分からない事を口走る少年。

同じことを思ったらしい騎士が少年に向かって尋ねる。


「ミカワヤ?カナタ殿。それは何かの呪文か?」

「いんや。俺の国でよそ様の家にお邪魔する時の伝統的なご挨拶」

「・・・そうか。変わっているんだな」


まるで散歩中の雑談の様に言葉を交わす2人に、周囲の男達は言葉も出ない。

コクマも仲間たちと同じ思いを抱いて混乱する。


(なんだこいつらは。いや、片方は恐らく服装や剣の紋からルード・カラムク。領主の騎士で間違いないだろうが・・・)


問題はルードと並び立つ少年の方だ。

カナタと呼ばれた少年はどう見ても一市民にしか見えない。

コクマが獣人化して殴れば容易に首をへし折る事が出来るだろう。


(騎士ルードと並んで立つという事はそれ程の実力があると見るべきか・・・しかし)


まるで緊張感のないヘラヘラとした笑顔のカナタを見て、戦意が湧き上がってこない。

しかし、この街最大の脅威と目されているルードが乗り込んできた以上、気を抜いてはいられない。


(ここに乗り込んできたという事は、ドーハ達は死んだか)


仲間の死を残念に思いながらもコクマは獣人本来の姿へと変身し、手に持った武器を強く握る。

それに合わせて部屋の中で次々と仲間達がその本性を現す。


「おお、変わった。やっぱりここで間違いなさそうだな」

「そのようだな」


獣人達が変身した事にどこか安心したような2人にコクマは苛立ちを覚える。

普通の人間が獣人を見ればその異様に恐怖して逃げ出す。

だが、目の前の2人は恐れるどころか安心するという真逆の反応を見せた。

それがコクマやその仲間のプライドを酷く傷つけた。


(我等を馬鹿にしているとしか思えぬ!)


苛立ちに任せてコクマは部下達に向かって指示を飛ばす。


「殺せ!生かして帰すな!」

『応っ!』


一斉に襲い掛かってくる獣人達を前にカナタとルードが不敵に笑う。


「やるぞ!カナタ殿!」

「分かってるって!」


カナタが腰の2本の刃を解き放ち、ルードが腰の剣を引き抜くと、

一瞬で二人から流れてくる空気の質が変わる。


(マズイッ!)


直感的にコクマがその危険性を理解するが、もう遅い。

コクマが仲間たちに向かって声を掛けるよりも早く、2人の手にした刃が獣人達の体を駆け抜ける。


綺麗な太刀筋を描いたルードの剣閃の後、切断面から血が滲み、2人の獣人が床に崩れ落ちた。

一方、ルードと同じく2体の獣人を相手取ったカナタは、1人の首を右手に持ったグレーテルで斬って飛ばし、もう1人は左手のヘンゼルで心臓を一突きにしていた。

ほんの一瞬の出来事にコクマとジダ、周囲の仲間も呆然と立ち尽くす。


(なんだこいつらは!)


人間を上回る身体能力を持つ獣人相手に髪の毛一本、薄皮一枚すら触れさせぬ等、普通の人間のやっていい事ではない。

ガノン王国の最高峰。騎士であるルードだけが相手ならばそれも止む無しと受け入れよう。

それでも、隣に立った得体の知れない少年までがルードと同等の事をしたのは容認できない。


「聞いていない。こんな話は聞いていないぞ!」


怒りとも恐怖ともつかない感情に任せて絶叫するコクマ。

取り乱すコクマに周囲の目にも明確な動揺の色が浮かぶ。

この中で一番の強者である彼がこうまで取り乱すなど他の者とて初めて見た。

そんな周囲の混乱など無視してカナタがコクマを指さす。


「ルード。あんな事言ってるけどどうする?」

「誰から聞いていないのか、是非とも詳しく聞きたいところだな」

「じゃ、あいつは生け捕りにするか?」

「出来るか?」

「まあ、どうにかするさ」


ルードにそう言い残すとユラリと緩慢な動きでカナタが一歩前に出る。

普通に戦えば、獣人達にも勝ちの目がない訳ではないが、既にこの場の空気はカナタとルードが支配しており、心で負けた獣人達に勝ち目などもうない。


スローモーションの様に動く空間をゆっくりと歩くカナタ。

近くに立っていた男が真横から突き出した剣を一歩下がって躱し、飛び込んできた男の両腕をグレーテルで切って落とす。

そのまま両手を失った男の腹目掛けて体を捻って付けた勢いを乗せてヘンゼルを突き刺し、壁際に押し返す。


「ぐぁあああっ」


仲間をやられた事に怒り、後ろから2人がカナタに向かって走り出すが、カナタは振り返らない。

カナタに向かって飛び掛かった2人のさらに後ろからルードが真横へ剣を走らせる。

2人の体が空中で胴体から真っ二つに切り裂かれ、血と臓物を床にまき散らす。

場を一層の恐怖が支配するが、恐怖の主2人が彼らに慈悲を与える事はない。

その場を動けず硬直して居ようとも容赦なく斬り捨てる。


2人が部屋に入って数分の間に既に11人が物言わぬ肉の塊に成り果てた。


「はい。次の方~」


また1人、仲間ががカナタと呼ばれた少年の手に掛かって命を落とした。

仲間の死に、コクマの耳に足元が崩れ落ちる音が確かに聞こえた。


"上の命"でガノン王国内の貴族や十六聖女を暗殺するのが彼らの任務。

各地に散らばった同胞からの報告ではさしたる被害もなく既に何件かの暗殺に成功した事を耳にしており、

自分達もそれに負けない働きをしようと思っていた。そしてそうなるはずだった。


(何が一体どうして、こんな事になっているんだ)


最初の襲撃に失敗した時、少しの落胆はあったが、ドーハを牢へ潜伏させるなど手は打ってあったし、大きな失敗はないはずだった。


「どこで間違えた。どこで・・・」


自問自答を繰り返すが、答えを出してくれる者等いない。


「ウィンドネルブレェードッ!」


突如耳に響いたルードの声に、現実に立ち返ったコクマの眼前を風が吹き抜ける。

視界に映るのは切り刻まれた仲間と、部屋の中にあった木箱の破片や砕けた食器等。

狭い室内を薙ぎ払った豪風の刃は天井を突き破って空へと舞いあがる。

巻き上げられた埃で視界が埋まり視界がぼんやりと霞む。


「ルードのバカ!これじゃ俺らも見えないだろうが!」

「ああ、すまないカナタ殿」


緊迫した状況の中で相変わらずコントの様なやり取りをするカナタとルード。

そんな2人のやりとりだが、先程までと違って苛立ちは湧き上がってこない。

むしろ今が逃げる好機だと考えて、コクマが声を上げる。


「撤退。撤退だ!全員今すぐこの場を離脱しろ!1人でもいい!逃げるんだ!」


コクマの声に弾かれるように仲間達が出口へ向かって駆けだす。


「あっ!コラッ!勝手に逃げんな!」

「ぐはっ!」


霞む視界の中で空気の動きなどから敵の所在を見極めながらカナタとルードが逃げる者達を倒していく。

逃げようとしたことで逆に無防備になった相手を倒すなど、2人にとっては造作もない。


舞い上がった埃が落ち、視界が晴れる頃にはジダとコクマしかその場に残っていなかった。


「バケモノ共め!」


苦々し気に言葉を吐き捨て、手にした斧を握りしめるジダ。

コクマも武器を握ってはいるが、もはやその眼から戦意は失われつつあった。

2人の前にはカナタ1人が立ち、ルードは通路を塞ぐように立って様子を見ている。


「さぁ、幕引きとしますか」

「クソッタレがぁああああ!」


ジダが怒りのままにカナタに向かって襲い掛かる。

ドーハよりも鋭い拳の連撃。それすらも踊るような足捌きで躱し続けるカナタ。


「アァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!」


全力の攻撃が掠りもしない事で募る苛立ちがジダの攻撃を単調なものへと変える。

瞬間、連撃の中に混じった一撃。野球で言えば失投で入った甘い棒球。

その甘い一撃を狙いすましたかのようにカナタの手の中のグレーテルが切って落とす。


「うっぐぁあああ」


左の手首から先を失ったジダが痛みで後方へ下がるが、直後に地面を蹴った足に痛みが走る。

見ればヘンゼルの刃が太腿に突き刺さっており、足から痛みと引き換えに力を奪う。

後ろへと崩れるジダの目の前にカナタが大きく一歩踏み込む。


「残念。そっちは"生き止まり"だ」

「ひぃっ!」


短い悲鳴を上げるジダの顔面目掛けてグレーテルが鋭く斬り込む。

頭部を断ち割られたジダの体は背中から倒れ、ビクビクと痙攣する。

ジダの死体を見下ろしていたカナタの視線がゆっくりとコクマの方を向く。

その手に持った2つの刃がバチバチと音を立てて付着した血を散らせていく。


(こんな子供が魔核武装所持者だと!勝てるわけがない!)


己と双璧を為すジダの無残な最期を見届けたコクマの心は完全に折られ、その場に膝をつく。


「降参だ。せめて痛みの少ない死を・・・」


思いがけず降参の意思を示した相手にカナタとルードが顔を見合わせる。


「どうする?」

「まあ、無抵抗の者を痛めつけるのもな」

「それもそうか」


肩を竦めるルードにカナタも頷いて両手に持った刃を収めた。

その前に強者と呼ばれた男の抜け殻だけを残し、カナタとルードの殲滅戦は終わりを告げた。


「ところで何分経った?」

「7分程」

「・・・凄く締まらないし、格好悪いな」


地上からは騒ぎを聞きつけた野次馬たちの声が聞こえるが、今はそれを遠くへ追いやり、カナタは疲れた溜息をつく。


「はぁ、帰って寝よ」




これはまだ始まりに過ぎないのだ!

という事で初の獣人戦は終了です。

しかし、話が思った以上に進まない。

このままだと100話書いても全体の半分もいかないぞ!

と焦っております今日この頃。


次回は水曜日か木曜日に上がる予定です。

映画観たい。でっどぷーるとGAROが

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