第2話 闇ヲ往ク獣達
時刻は22:00
木々が生い茂る山の中を走る黒のワンボックスカーが2台。
ブリーフィングでダスクによって分けられた2チーム。
前の車に4人、後ろの車には5人の兵士がそれぞれ分乗している。
カナタが後ろの車に乗りこんでから、かれこれ1時間と少しが経ったところだ。
改造されたワンボックスカーの車内。運転席の後ろには広いスペースが確保され、
両側に取り付けられた長いシートに2人ずつ座っている。
運転席側のシートに腰かけたカナタは黙って目を閉じて微動だにしない。
別に眠っている訳ではない。これからの荒事に備え無駄な体力は使わないようにしているだけだ。
だが、そんな彼の思いは隣に座っていた男の妨害を受けてとん挫する。
「Hey!カナタ~。スクールライフハタノシンデマスカ~」
陽気に片言で話しかけてくるのは部隊のムードメーカーであるチャールズ・ワーカー。
35歳。アメリカ出身の黒人で元・米国海兵隊に所属していた過去を持つ。
部隊で最年少のカナタをやたらと構うお人好しで、かなりふざけた性格をしている。
日常生活におけるカナタの性格の一部は彼の影響を受けた部分が大きい。
歳の割に若い印象を受ける彼の笑顔にカナタは閉じていた目を開く。
「それ今言わないとダメ?」
「モチモチロンロン!ワレワレコレカライノチガケノドンパチタイ~ム」
カナタの返事にチャールズが両手を広げ、オーバーなリアクションで答える。
いいヤツなのだが、こういう時の彼の相手は少々面倒臭いと言わざるを得ない
「アシタノオヒサマオガメルホショーハナッシング」
「・・・そっすか」
カナタがチャールズの言葉に渋々といった様子で頷く。
こんな調子だが、チャールズを含め数多の戦場を生き抜いた歴戦の彼らに戦場において油断はない。
故に全員の生存が絶対でないという事を十分理解しているからの言葉だろう。
ただ、同時に彼の言葉に思う事もある。
日本という安全な島国でポッと出のテロリスト如きに彼らが遅れをとるとは正直思えない。
正規の軍人ならともかくテロリスト程度ならプロである彼らにとって脅威レベルは高くない。
この場合チャールズの言葉は単純にカナタの今の生活への興味からなのだろう。
(こういう時のチャールズは本当に面倒くさいんだよなぁ)
内心で辟易しつつも、日頃から面倒を見てもらった先輩の言葉だけに無下にもできない。
何の話をしたものかとカナタが考えを巡らせていると、正面に座っている大柄の白人が口を挟む。
「チャールズ。作戦ノ前にあマり騒ぐナ」
厳つい見た目通りの重低音ないい声が特徴の男。名はニコライ・アレンスキー。
2m越えの体躯と無口で笑うことのない生真面目な性格の男。歳は確か43だったはずだ。
軍属時代にロシアの冬山で作戦中に現れたクマを素手で殺した話は社内で知らない人間はいない。
また、カナタに格闘戦術を叩きこんだ1人でもある。
彼との特訓の日々は今思い出すだけでも背筋に寒気を覚える。
尚、特訓時代にカナタと日本語を勉強したのでチャールズよりは日本語が喋れる。
「そうだな。よく喋る奴は喋った数だけ弾が飛んでくる」
ニコライの言葉に隣に座っていたメガネの白人が頷く。
短く揃えた金髪。水色の瞳は眼光が鋭く。顔に神経質さを張り付けた33歳のドイツ人。
名はハンス・グートシュタイン。
入社してからの期間は4年で相乗りした5人の中では一番の新参者だが、
7か国語を話せる上に戦闘能力、指揮能力も高く。本作戦における5人のリーダーを任せられている。
「HAHAHA!ダイジョーブ!ダンガンノホウガワタシカラニゲルカラ」
ハンスの嫌味にチャールズが笑いながら冗談を返す。
空気を読まず1人笑い続けるチャールズの声だけが揺れる車内に響く。
目に見えて不快そうにするハンスの表情にカナタも言葉が出ない。
若干空気が気まずくなりかけたところへ運転席の方から声がかかる。
「旦那方~。そろそろ山道入るから黙らないと舌噛みますよ~」
運転席にいた男がバックミラー越しに後ろの4人に声を掛ける。
今回の作戦におけるこのチームの最後の1人。
長いウェーブがかった黒髪と黒眼に少し焼けた肌をした日系ブラジル人。
フルネームはルーカス・ヒロ・デュナ・カルタスと長い為、皆一番呼びやすいセカンドネームのヒロと呼んでいる。
年齢は25歳で社内では一番カナタと年が近く兄貴分を気取っている。
ヒロの言葉でお喋りのチャールズも慌てて口元を抑えて静かになる。
道の途中で前の車と分れて、整備された山間の国道を外れ整備されていない山道へ入る。
小石や岩に乗り上げる度に車体が揺さぶられるが、大男が乗っているせいかあまり跳ねない。
普通の人間なら軽く3回は車酔いになりそうな車の揺れが20分程続いた後、森の中で車が止まる。
目標とするテロリストのアジトから約5km程の地点で車がエンジンを止める。
「作戦ポイントに到着。全員用意してくれ」
ヒロの言葉で停車した車の中の全員が座席の下から武器一式を取り出す。
銃刀法の厳しいこの国ではSATや自衛隊でもなければまずお目にかかれない銃火器の数々。
カナタも自分のアサルトライフルを持ち、予備のマガジン4本をベストのポケットに収める。
通常軍隊というのは役割や作戦に応じて決まった装備が軍や会社から支給される。
だが、この会社は少々変わっており装備一式は本人の自由に選ばせている。
補充やメンテナンスは本人の給料から天引きというシステム。
曰く、命がかかっている商売だから個人のベストパフォーマンスを発揮できるスタイルを重視しているんだとか。
故に元軍人メンバーは軍属時代から使い慣れた装備で身を固めている事が多い。
カナタはだけは軍属経験がなく。特殊な環境で育ったことから銃器はあまり持たない。
代わりに細身のスローイングナイフを10本取り出し、防弾ベストの左右に五本ずつ仕込む。
腰のベルトの左右にコンバットナイフ。背にはマチェットを斜めに背負う。
絞殺用のスリングワイヤーを2本をポケットの中に忍ばせ、ベルトには二つのハンドグレネードをぶら下げて支度が整う。
早々に支度を終えたカナタに対し、
周りのメンバーはライフルを主体としサブウェポンとしてグレネードランチャーや、
ショットガン等の銃火器で身を固める。
1人だけ近接戦闘に特化した軽めの装備は仲間の中でもかなり浮いて見える。
カナタの装備を前に、付き合いの短いハンスは渋い顔をしている。
「何度見ても異様だなおまえの武装は」
「そうかい?今回は屋内戦がメインだからこんなもんだろ?」
ハンスの表情にカナタは軽く肩を竦めて見せる。
「カナタの実力ニ問題はナい」
「ソウダヨー!カナタハベリベリストロング~ダネ」
「・・・実力の程は把握している」
チャールズとニコライからの言葉にハンスもそれ以上は言わない。
どうやらかつての近接戦の訓練でカナタにコテンパンにされたことを思い出したらしく
ハンスの神経質な顔がより険しくなる。
彼らのやりとりを見ていたカナタの肩をヒロが後ろから叩く。
「ガキの癖に兄貴分より強いってどーなんだよ」
「接近戦限定だけどな~。後、勝手に兄貴言うなし」
自分の肩に置かれたヒロの手を払い除けるカナタ。
社内のメンバーの大半が銃火器を使った長距離、中距離、近距離戦闘のオールラウンダー。
今回は活かせないが、ハンスは超長距離のスナイパーとして社内でも屈指の腕を持つ。
ヒロは工兵としても優秀であり、ニコライはパワーだけなら社内で一番の怪力。
チャールズは逃げ足が速いし格闘戦にも長けている。
一癖も二癖もあるメンバーだがその実力だけは折り紙付きだ。
カナタ自身も7歳から12歳までの間、とある場所でアサシンとして育てられていた経緯があり、
格闘術、刃物や道具を使った近接戦闘においては社内でも屈指の強さを誇る。
得意分野も性格も違う面々。別に仲がいいわけではないが命を預けあう程度の信頼関係はある。
背中を預けるに足りない人間はここにはいない。
全員が準備完了したことを確認し、リーダーのハンスが号令を発する。
「目標地点に移動を開始する」
『了解!』
素早く5人が隊列を組んで真っ暗な森の中で移動を開始する。
先頭にカナタとニコライ、続いてリーダーのハンス、後列にヒロとチャールズの順に並んで進む。
森の中を警戒しながら進み、1時間近くかけて歩いた所で山の中腹に、やたらと目立つ白く大きなコンクリート製の建物が見えた。
建物の裏側、小高い丘になった地点まで移動し一時部隊を分け建物の周辺を偵察する。
「建物西門付近に敵影2」
「東門ガワ。こチラも敵影2」
「了解。後はチャールズとヒロの報告だが・・・」
丘の上に残り双眼鏡を使って周囲を確認していたカナタとニコライそれとハンス。
そこへ周辺の偵察に出ていたヒロとチャールズが戻ってくる。
「周辺にアンブッシュ等は確認できず。こりゃザルだな」
「ザルッテナニヨ?」
「えっ?それ説明すんの?ヤなんだけど」
「ソンナコトイウナヨ」
戻ってくるなりショートコントしている二人にハンスが眉間の皺が深くなる。
「まったくこいつらは・・・。しかしこれ程手薄だとかえって心配になるな」
「そうか?平和ボケした島国のテロ屋なんてこんなもんでしょ~。なぁカナタ」
「ノーコメントで」
カナタの個人的な感想としてはヒロの言い分も一理ある。
だが、数々の事件を起こし未だに構成員の1人も捕まっていない様な連中だ。
逆に怪しまないでいる事の方が無理な話である。
「後は別動隊からの連絡待ちか」
周囲の森の静けさと眼下に佇む工場の静けさに異様な空気を感じる。
そこへヒロが持っている無線機が電波を受信する。
無線機を口元に寄せてヒロが別動隊と交信。短いやりとりを数度繰り返し、ヒロが顔を上げる。
「タイガー隊より連絡。あっちは準備出来たってさハンスの旦那」
「分かった。本部へ連絡し予定通り作戦開始と伝えろ」
「了っ解。タイガー隊へこちらモグラ隊。予定通~り作戦を開始するってダスク親分によろしこ!オーバー」
ヒロの緊張感のない応答に無線越しにタイガー隊の兵士の苦笑いが漏れ聞こえた。
ハンスのこめかみがピクピクと痙攣しているが気付かないフリをしてカナタ達は突入に備える事にする。
タイムスケジュールでは0時になると同時に突入開始の予定だ。
ブリーフィングの際のダスクの説明を思い返す。
今回の作戦は2チーム態勢で行われる。
作戦のメインであるテロリストの拠点突入と殲滅を実行するのがカナタ達の「モグラ隊」
市街にある本部との連絡用通信装置の設置と防衛、援護が「タイガー隊」の役割だ。
指揮官のダスク曰く今回のミッションに適した最高の攻撃的布陣らしい。
もっと数を投入すればと思いもしたが、この会社は優秀な人材が多い分社員総数が少ない。
社長のメガネに適った人間しか雇用してもらえないからだ。
社員数が少ない分1人頭の身入りもいいので文句を言う者はいない。
必然的に投入できる人間が限られるのだからこればっかりは仕方がない。
作戦開始時刻が近づき、カナタ達は工場を取り囲むカナタの身長程はある塀の影に身を潜める。
塀の影から顔を覗かせ敷地内の兵士の様子を観察する。
こちらの存在に気付く様子はなく雑談に花を咲かせている。
彼らからは緊張感がまったく感じられない。
これから起こる事も知らずに呑気なものだと思っていると、背後からチャールズの呑気な声が聞こえる。
「ナンデモグラナノカネ?」
不意に口をついて出たチャールズの言葉に場の空気が一瞬固まった。
ブリーフィングで決められてからずっと皆が思っていた事だったが、よりにもよって今言うか。
呆れながらカナタが後ろへ視線を動かすと丁度ハンスと目が合う。
その鬼のような形相にカナタもどう応じていいか分からず硬直する。
(今すぐそのクソ野郎を黙らせろ!?)
敵拠点の目の前迄来ている状況なので声には出さないが視線に怒りが宿っている。
怒りに打ち震えるハンスを余所にチャールズの問いにヒロが答えを提供する。
「親分がア○マルプラ○ットで見て気に入ったらしいぜ」
「モットカッコヨクシテホシカッタネ」
「オマえラ・・・少し黙レ」
『ハイ』
小声ながらもニコライの威圧感たっぷりの言葉に馬鹿者2人が震え上がる。
流石はチームの最年長にして自分の師の1人だけはあるとカナタが感心する。
その時、ハンスが右手を挙げて全員の視線を集める。
作戦開始のカウントダウンが開始され、開いた5本の指が小指から一つずつ折り曲げられる。
(4・・3・・2・・1・・GO!)
最後に残った人差し指が折り曲げられるのと同時に塀を乗り越えてカナタ達が敷地内に飛び込む。
カナタ達が飛び込むのと同時に敷地内の各所で照明が落ちる。
真っ暗な敷地内を照らす月明かりの中を5人の影が一直線に進む。
西門付近を見張っていた警備員姿の男達が慌てた様子で懐へと手を伸ばす。
だが彼らが懐の銃を抜くよりも早く彼らの頭が跳ね上がり、不自然な体勢になってその場に崩れ落ちる男達。
タイガー隊からのスナイパーライフルによる援護射撃でテロリスト達は死に気付く事無く骸を晒す。
転がる死体には目もくれる事無くカナタ達は建物の入り口に向かって走り抜ける。
工場の入り口の扉に取りつくと、丁度扉の向こうから足音が響き敵の接近を伝える。
足音の数からして4人。ハンドサインで相手の数を仲間に伝え、5人で扉の両脇に移動し相手の出現に備える。
抱えていたアサルトライフルをニコライに預けたカナタが腰の左右のコンバットナイフに手を添える。
ドタドタと慌ただしい足音と共に4人の男がアサルトライフルやサブマシンガンを手に扉から飛び出してくる。
即座にカナタは腰の左右からコンバットナイフを抜くと、足音もなく彼らに近づいていく。
一瞬で2人男の背後に立つと間をすり抜けながら首筋に一閃を見舞う。
音もなく喉を切られ、声を発する事も出来ず2人の男が崩れ落ちる。
2人の体が完全に崩れ落ちる頃には残りの2人も同じ末路を辿っていた。
鮮やかな手並みに思わず仲間達から小さな歓声が上がる。
「相変わらず大した腕だな」
「そいつはドーモ」
ハンスの賞賛の言葉にカナタは両手のナイフの血を払いながら適当に返事を返す。
カナタにとっては殺しの技を褒められた所で別段嬉しくはない。
あくまで生きる為の術であり、己の行いが世にとっての悪である事など自覚しているからだ。
「コレデモウスコシハシズカニススメルネ」
「まぁ、すぐにデスメタルが童謡に聞こえるレベルのステージに変わるけどな」
チャールズとヒロが周囲を警戒しながらか軽口を叩く。
口調は平時のものと変わらないが歴戦の猛者らしく動きに無駄はない。
預けたアサルトライフルをニコライから受け取るとカナタは先頭に立って建物の中へ侵入する。
テロリストの増援が迫っている気配はまだない。
警戒を緩めずに周囲を見渡すと、ベルトコンベアと大型の作業機械がいくつか並んでいるのが目につく。
ブリーフィングでは表向き海外の大手自動車メーカーから部品製造を委託された会社の工場だと言っていた。
現在は真夜中という事もあって工場は稼働していないが、建物内には人の気配が感じ取れる。
「確か調査の結果、工場の下に奴らのアジトがあるんだっけ」
「規模の程までは分からないが」
「トリアエズイリグチミツケナイトネ」
彼らが捜索を開始しようとした所で敵に新たな動きがあった。
加工場スペースへの出入り口の奥、薄明りの中、今度は8人程で隊列を組んでこちらに向かっている様だ。
「どうするハンス?」
「部屋に招き入れて各自の判断で攻撃。ただし2人程生け捕りにして情報を聞き出そう」
「了解。んじゃ生け捕りはカナタとニコライのおっさんに任せるぜ」
「へいへい」
「・・・了解」
簡単なやりとりの後、全員が部屋の各所に散って敵が来るのを待ち構える。
待ち伏せされているとも知らずに8人のテロリストが部屋の中へ駆け込んでくる。
周囲を警戒しているがカナタ達の姿を補足出来ていない。
逆に敵を完全に補足した5人が一斉に飛び出し、アサルトライフルを斉射する。
マズルフラッシュと共に音と銃弾が飛び出し、雨の様にテロリストへと降り注ぐ。
合図なしの五方向からの一斉攻撃にテロリスト達は狙いをつける間もなくハチの巣にされていく。
一瞬で5人を仕留めた所で、カナタとニコライが敵へ向かって駆けだす。
2人とも自分から一番近い相手に狙いをつけて襲い掛かる。
余った可哀想な1人はハンス達3人による集中砲火の餌食となって呆気なく果てる。
カナタは半狂乱になった相手の右手目掛けてスローイングナイフを投げつける。
相手の皮手袋を簡単に突き破って刃は骨にまで達する。
「いっぎゃああああああ!」
悲鳴と共にナイフの突き立った手から銃が零れ落ち、男は手を押さえながら蹲る。
あまりに簡単に戦意を喪失する相手に呆れて言葉もない。
ニコライの方へ視線を向けると既に相手の銃を奪い首を締めあげていた。
(まあ、当然の結果か)
最初は警戒していたがやはりロクに戦場を知らない国のテロリスト。拍子抜けな感じは否めないが、気を取り直してカナタは蹲る相手にアサルトライフルの銃口を突き付ける。
「時間は有限なんだ。手短にいくぞ。地下への入り口はどこだ」
「ひっひぃいいいい。命だけは・・・あっぎゃあああああ」
「"手短に"だ」
相手の額に銃口を向けたまま手の甲に突き立ったナイフの柄を蹴りつける。
衝撃で手の中に留まっていた刃が手の平を突き破る。
テロリストはあまりの痛みに絶叫を上げ、涙を流しながら悶絶している。
もはや欠片程の戦意も失った相手をカナタは冷めた目で見下ろす。
彼からしてみれば身勝手なテロ行為で一般市民を殺害しておいて命乞いとは馬鹿にしているとしか思えない。
「イタイイダイイタイイダイイタイィイイイイ」
「・・・はぁ」
痛みで思考を埋め尽くされて話す事が出来ないテロリストに溜息をつく。
自分の持っていたアサルトライフルを下げ、足元に落ちていた拳銃を拾い上げて男のこめかみに押し当てる。
「早く喋らないと・・・」
「ひぎぃいいい。わかっだからぁ話すからぁあ」
不細工な顔が涙と汗と血と鼻水でグチャグチャにした男からようやく情報を聞き出す。
男達が歩いてきた廊下を奥まで進んだところに消火栓に偽装した隠し通路があり、
そこから地下へ通じる階段がある事と地下には仲間が57人程いる事。
話の中で、事前に知らされていなかった情報が男の口から語られた。
それはテログループのリーダーと一緒に組織に武器を流したブローカーが来ている事。
「その男の名前は」
「名前は・・・知らない。本当なんだぁ・・うぅっ・・・皆"道士"と呼んでぇ・・」
「道士だと・・・」
その呼称にカナタは自分の記憶の中にある1人の男の姿がよぎる。
(だが、ありえるだろうかあの男はあの時に死んだはず)
道士と呼ばれる存在に個人的に思うところはあるが、ひとまず他に情報がないか男に確認する。
「これでぇっ・・・全部ぅっぅっ・・手あでぇを・・・」
「そっか。じゃ、楽にしてやるよ」
「へっ?」
男が素っ頓狂な声を上げるのとほぼ同時に銃弾が相手のこめかみを撃ち抜く。
何が起こったか気付く事もなく男は生物から物に変わった。
床に転がった男の返り血が付着した銃からマガジンを抜き、弾倉に弾がない事を確認するとそのまま足元に捨てる。
武装は足りているし慣れない銃火器は手元にあっても逆に邪魔なのであまり持ち歩かない事にしている。
自分の仕事を終えたカナタが顔を上げると、丁度、
ニコライのいる方角からボキリッと太い骨の折れる鈍い音が聞こえた。
音のした方へ視線を向けると、どうやら首の骨が折られたらしいテロリストがニコライの前で崩れ落ちたところだった。
首にはくっきりと手形が残っていて彼の力の程を物語っている。
「うへぇ~。マジでゴリラ」
「・・・」
カナタの呟きが聞こえたらしいニコライがジロリとこちらを睨む。
目を合わせないようにそっぽを向くカナタの下へハンスが歩み寄る。
「遊ぶな。・・・情報を整理するぞ」
「りょーかい」
周囲への警戒は緩めずに敵兵2名から収集した情報に差異がないかを確認。
ここで証言に違いがあるようならもう何人かとっ捕まえて尋問するが、
その心配はないだろう。映画やドラマの中ならともかく訓練を受けたプロですら
命の危機に直面した状況で高度な嘘をつくのは簡単ではない。
「情報に齟齬は見られないな」
「あの状況で口裏合わせたなら敵を褒めるしかないな」
「モウシンデルケドネ」
「・・・うっせぇよ」
チャールズの横やりに顔を顰めながらカナタがテロリスト達が入ってきた通路へ向かう。
素早く隊列を組んで廊下を進み、そこから一気に消火栓に偽装した階段入り口へ移動する。
トラップがないかを念入りに確認して扉を開けて中を確認する。
地下に伸びる真っ暗な階段の奥にわずかな明かりが漏れ出ている。
どうやら地下には地上とは別の電力があるらしい。
「さて、ここからが本番だ。何があるか分からんから用心しろよ」
「オーケー。ハリキッチャウヨ」
ハンスの言葉にチャールズが鼻息を荒くしている。
先陣切るのは自分なんだけどな等とは思っていても口には出さない。
階段内にトラップの類がないか確認しながら慎重に降りる。
長い階段を下りたところで通路脇に陣取り、物陰から通路内の様子を窺う。
まだ人の姿は見えないが通路の奥の曲がり角の向こうから複数の足音が聞こえる。
「足の運びがなってない。練度はD判定だな」
「本物の戦場を知らない日本のテロ屋なんてこんなもんっしょ」
「カーニバルニヨビタイグライダヨ」
「ま、ウチなら実技で一発不採用だろうな」
『間違いない』
カナタの言葉に皆が口を揃えて頷く。
その間にも敵の足音は大きくなって少しずつ迫ってくる。
ニコライが背中に背負っていたシリンダータイプのグレネードランチャーに弾を込める。
ヒロは腰に下げた袋からスモークグレネードを取り出しカナタに投げて寄越す。
カナタは無言でそれを受け取り素早くピンを抜くと、通路の奥、曲がり角手前に滑らせる。
直後に曲がり角からテロリストの一団が姿を現す。
数人が通路の影から飛び出した所でスモークグレネードが勢いよく煙を吐き出す。
狭い通路ではないが、地下という空気の流れが悪い空間では煙が溜まりやすい。
さらに通路の端、しかも足元という死角になっている位置から突如吐き出された煙に、あっという間に視界を埋め尽くされ、突如として視界を奪われたテロリスト達がパニックに陥る。
「なっ何事だぁああ!」
「煙幕だと!」
「くそっ!前が見えん!」
パニック状態の敵の一団に対し、離れた位置にいたカナタ達は敵の位置は煙が撒かれる前に確認済みだ。
しかも視界が奪われた瞬間、全員が足を止めてしまっているので狙うのは容易。
ニコライを除く4人が物陰からライフルによる斉射で敵を攻撃する。
直後、真っ白な煙の向こうからテロリスト達の阿鼻叫喚が響く。
「ぎゃぁあああっ!」
「敵の攻撃だぁああ」
「撃ち返せぇっ!っつぎゃあああ」
「撃つな!同士打ちになる!」
「ぐぇっ」
「戻れ!戻れぇえええ!」
大混乱に陥り、みっともなく騒ぐテロリスト達を尻目にこちらは冷静に対処する。
通路側からの銃撃が止むと同時にニコライが通路奥に向かってグレネートランチャーを撃ちこむ。
スコンッという間の抜けた音と共に撃ち出された弾が煙の向こうに消える。
直後、ドンッという短い音と共に巻き起こった爆発が敵兵を吹き飛ばす。
爆風でまき散らされた煙が拡散し、ぼんやりと通路が見えてくる。
通路の真ん中、真っ黒に焦げた部分を中心にテロリスト達があちこちに転がっている。
かろうじて助かった者も無傷とはいかず痛みに呻き声をあげている。
「ううう」
「いでぇええええ。いでぇよおおお」
カナタは死屍累々の通路に踏み出すと足元の兵士には目もくれず、一気に曲がり角の位置まで移動する。
ハンス達は彼の後に続いて移動しながら、まだ息のある者に確実に止めを刺していく。
曲がり角の壁に身を寄せたカナタは曲がり角の向こうにまだ数人の気配を感じ取る。
(3・・・いや4人か)
カナタは後ろに控えていたニコライとヒロにハンドサインで合図する。
二人は短く頷くと、ヒロはハンドグレネードを取り出し、ニコライは通路に転がっていた死体を一つ抱え上げる。
準備ができたことを確認し、カナタは指を三本立てて見せるとカウントを開始する。
(3・・2・・1・・0)
カウント0と同時にニコライが死体を曲がり角の向こう側へ投げ込む。
突如通路に現れた人影にテロリスト達が慌てて銃弾を撃ち込む。
けたたましい音と共に銃弾が撃ち込まれて死体が空中で躍る。
直後、味方に攻撃したと勘違いしたテロリスト達に動揺が走る。
「味方だ!」
「くそっ!なんてことだ!」
その一瞬の隙を突いてヒロが敵の方へ向かってハンドグレネードを投擲。
「しまった!」
気付いた時には最早手遅れ、相手が動き出すより早くグレネードが炸裂し、
爆風と飛び散った破片がテロリスト達を襲う。
一瞬の閃光と衝撃の後、通路を爆風が通り過ぎるのを確認しカナタが飛び出す。
直撃を受けた兵士2人は即死、1人は右腕が吹き飛び全身に裂傷を負って虫の息。
最後の1人は無傷ではないが壁によりかかっている。まだ戦闘継続可能。
カナタは残った1人に向かって走り、相手が気付くよりも早く相手の懐に飛び込む。
左腕を顎の下に滑り込ませ体を壁に押し付け固定し、右手のコンバットナイフを相手の左胸に突き刺す。
「ぐうぇっ」
至近距離で呻く相手の声が徐々に小さくなり、相手の手が宙を彷徨ってふっと落ちた。
力がなくなった死体から体を離すと死体がゆっくりと床に倒れる。
虫の息だった1人にもチャールズが拳銃で止めを刺してやる。
「今のでどのぐらい?」
「17だな。これで残り40人」
「ジュンチョウジュンチョウネ」
ここまでの戦いで敵の兵力約三分の一を倒したがこちらは無傷。
武器弾薬も持ってきたアサルトライフルのマガジン1本分と手投げ弾数個程度とまだまだ余裕だ。
「油断はするな」
「了~解」
その後も、地下3Fまで進む途中、いくつかの部屋に潜んでいたテロリストを各個撃破。
57人目を倒した所で廊下の奥にある一際大きな電子扉の前にたどり着いた。
「ここが最深部か?」
「さっきの奴の話だと恐らくそのはずだぜハンスの旦那」
ここまで来る途中に何人か締め上げてボスの居所は吐かせてある。
喋ってくれた礼に全員に漏れなく鉛玉をプレゼントしてきた。
扉の向こうには恐らく残りの兵士13人とテロリストのボス。
そして"道士"と呼ばれる武器商人がいるはずだ。
通路の突き当り、扉右手側にあるコンソールにヒロが近づき操作を始める。
その間にライフルのマガジンを交換し、全員が突入準備を整える。
「・・・」
「オワッタラオレケッコンスルンダ」
「そのベッタベタのお約束はやめろ。そもそもアンタ既婚者だろうが」
「ソウヨ。マイワイフベティハサイコーニキュートネ」
「・・・それが言いたかっただけだろ」
この状況でも軽口を叩くチャールズにカナタがウンザリしている間も作業は進む。
電子ロックが解除されて扉がゆっくりと音を立てて開き始める。
カナタ、ハンス、チャールズが扉の左側、ヒロ、ニコライが右側に陣取り、
全員がアサルトライフルを握りしめて突入しようと動き出す。
刹那、真っ黒な影が開きかけの扉の間から飛び出した。
「っ!」
通り過ぎたのが人間だと気付くよりも早く相手はこちらを向き、手に持っていたナイフを5人に向かって投げつける。
「チッ!」
咄嗟にカナタは持っていたライフルを盾にして飛び込み、飛来するナイフを受ける。
3本のナイフはアサルトライフルの銃身に突き刺さって止まる。
カナタはそのまま相手に向かってライフルを投げつけ、背中のマチェットに手を掛ける。
男が黒の表演服を翻し、ライフルを拳で叩き落す。
そこへカナタが大きく踏み込んで斬りかかるが、即座に男が腰に携えた青龍刀で応じる。
ギィンッ!
甲高い金属音と共にぶつかり合う刃が火花を散らす。
互いの刃を挟んで二人の顔が正面から向き合う。
揺れる長い髪の間から男の細い目と薄く笑った口元が覗く。
その見知った男の顔にカナタの額を嫌な汗が伝う。
対する男はまるで見知った友人に話しかけるような口調で話しかける。
「やぁ。いい天気だねぇ少年」
おどけた口調で話しかける長髪に糸目の男。カナタはその男の名を知っている。
"道士"と呼ばれる武器ブローカーにして、かつてカナタに武器術、格闘術、暗殺術を仕込んだ男。
「会えるとは思わなかったぜ道士。いや、藩 飛龍<ハン フェイロン>!」
かつての師を前に、カナタは咆哮と共に踏み出した。
当初の予定だと2話で異世界転移だったんですが、
考えてたら話が膨れ上がっちゃいました。すんません。
次回で現世編最終話になります。
※加筆、修正をしました。