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第19話 地下デ対峙スル陰者達

カナタの王都への旅への同行が決定し、その場は一先ず落ち着きを取り戻す。


「しかし、緊急時とはいえ一般人を戦線に加えた事が知れれば問題になりませんか?」


ベーゾンの言葉に全員の視線が集まる。

そこにはまた場が荒れる事を懸念する意思が込められている。


「なんだい、まだ文句があるのかい?」

「いえ、そうではありません。ただ内外に向けて体裁ぐらいは整えるべきかと」

「なるほど、それは一理あるか」


ベーゾンの言葉にビエーラが少し考え込む。

ガノン王国で一般人が武装する事が禁じられているわけではない。

魔獣や野盗に対する自衛を考えれば当然の事だしそれをとやかく言う権利は誰にもない。

それでも守りの薄い村ならばともかく。

領主の館がある街等を武装した一般人がというのはいい顔をされない。

野盗や魔獣からの防衛や荒事を専門に行うのが兵士職であり、騎士職である。

そんな彼らがいる街で平民が武器を持つ理由がない。


ヘソン村の様な辺境の村々に兵士を常駐させる事は難しいが、各領内を常に兵士隊が巡回しており常に危険がある訳ではない。

兵士や騎士は国から支給される武器に証となる紋が刻まれている為、不審がられる事はないが、

カナタの様に身分不確かな人間が武装していれば要らぬ誤解を与えかねない。


「何か身分を証明する必要があるねぇ」

「そうなの?めんどくさいね」


もう同行する事が決定しているので正直どうでもいいと思っているカナタ。

コイツ今、絶対どうでもいいと思っていると全員の冷めた視線が向けられるが、

それを意に介する様な素振りも見せない。


「ボウヤだって要らぬ争いや揉め事を招きたくはないだろ?」

「・・・そうだね。でもさ」


ビエーラの問いかけにカナタが薄く邪悪な笑みを浮かべる。


「寄ってくる奴を片っ端から叩き潰せば済む事だし」


どこか楽し気にすら見える様子で語ったカナタの言葉に、ビエーラは心胆から底冷えするような寒気を覚える。

一瞬、自分がした決断は誤りだったのではないかと強く感じる程、目の前の少年の放った言葉には冷たい感情が乗せられていた。

彼が暗に言ったのは敵対者は全て殺すという事だと理解したためだ。

周りを見ればレティス以外の皆がその意図を理解したらしく一様に青い顔をしている。


「流石にそれは・・・」

「いくらなんでも」


普段の明るいカナタらしからぬ言葉に動揺して言葉に詰まる周りの面々。

無理もない事だろう。

ある程度更生したとはいえ、カナタが生きた年月の多くを藩飛龍という異常な殺人者による教えの下で過ごしている。

普通の人間らしく振舞っていても、時にこうして強い攻撃性が見え隠れする。

どう言葉を掛けたものかと考えを巡らせる周囲を余所に、彼の発言を言葉通りに捉えたレティスがカナタへと向き直る。


「カナタさん」

「はいっ!」


名前を呼ばれたカナタは、主人に呼ばれた犬の様に喜々とした様子で少女の方へと顔を向ける。

きっと尻尾がついていたら左右に大きく振っているだろうと思わせる程の大した犬っぷりだ。

そんな忠犬カナタにレティスが厳しい目を向ける。


「なんでしょうかレティス様!」

「私は暴力で何でも解決しようとするのは好きではありません」


子供を叱る先生の様な口調で語り掛けるレティスにカナタはうんうんと頷く。

そんなカナタの態度にレティスの口調にも自然と熱がこもる。


「確かに私達の旅はこれから危険なものになるかもしれません。それでも人を信じる心を無くしてはいけないと思うんです」

「仰る通りで!」

「・・・おいおい」


レティスの言を聞いて頷き、賛同するカナタに周りから思わず失笑が漏れる。

だが、2人の耳にそんな呆れるような周囲の言葉は届かず。

カナタの望んでいるモノとは違うが、ある意味2人だけの世界が展開されていく。


「カナタさんは本当は優しい人だと思います。だからこそ無闇に人を傷つけるような事を、私はしてほしくありません。分かっていただけますか?」

「もちろんですとも!」


大声と共に相槌を打つカナタを見てレティスも満足げに微笑む。

その笑顔にどこからか飛んできた矢(幻覚。矢尻はハート型)がカナタの胸を射抜く。


(今なら溶岩の海に飛び込もうが、深海1万メートルに沈められようが、生還できる気がする!)


勿論そんな事は不可能だが、普段出来ない様な事も今なら出来る気がする程舞い上がっているのは確かだ。

満開に広がった脳内花畑をスキップするカナタの手を取り、レティスが言葉をつづける。


「非力な私を助けるだけでなく、どうかその力で多くの人を守り、悪しき道から救ってくださる事を私は望みます」


真っ直ぐに向けられるエメラルドの様な宝石の輝きを持つ碧色の瞳に見つめられ、腹の底から脳に向かって熱い何かが駆け上がる。


「お任せください。その望み、必ずや叶えて御覧に入れましょう!」


まるで演劇の様に仰々しく、それでいて高らかに宣言し、カナタはレティスを見つめ返す。

直視するだけでも気恥ずかしく。その眩しさに眼球焼け落ちるんじゃないかと思いながらも、

この一瞬、一秒すら逃すまいと必死に目を開く。

あまりの圧迫感に、レティスも怯みながら言葉を絞り出す。


「分かっていただけたのはいいんですが、ちょっと・・・怖いです」

「ごめんっ!」


慌てて顔を背けて身を離すカナタ。

離れると同時に、堪えていた恥ずかしさが全身を駆け巡り熱量で脳が沸騰する。

真っ赤になって惚けている2人に呆れてビエーラが口を開く。


「それで、小芝居は終わったと思っていいのかい?」

「申し訳ありませんビエーラ様」


頭を下げるレティスにビエーラはやれやれと肩を竦める。

とはいえ実際ビエーラはそんな事を気にしてなどいない。

むしろレティスに感謝すらしているぐらいだ。


(どうやらボウヤの手綱はこのお嬢さんに任せておけば問題なさそうだね)


カナタによる被害者が出る事を未然に防ぐことが出来、内心で安堵するビエーラ。

リシッド達も恐らく同じような思いだった様で少し気の抜けた様な表情をしている。

そんな彼らをだらしないと思いながらも、同じ状況に陥っている自分を省みて人の事は言えない事に思い至る。


(それにしてもこんな狂犬を尻に敷くとはこの娘も大した玉だよ)


隣り合って座る2人を見て交互に見ながらそんな風に思う。


(おっといけない。話が随分と逸れちまったね)


脱線しかけた話を元に戻すべく、ビエーラは先程思いついた案を述べる。


「仕方ないからボウヤは私が個人の権限で雇った傭兵として扱う事にするよ」

「・・・傭兵ですか」


ビエーラの言葉にリシッドとシュパルが渋い顔をする。

ガノン王国内で現在傭兵は多くはない。

理由は簡単。もう200年近くガノン王国は戦争をしていない為、必要とされていないからだ。

とはいえ魔獣や野盗の危険がある為、兵士の育成は継続して行っているが、

近年では戦時中、その全盛期よりも兵士や騎士の力が落ちたと揶揄される事もある。

そんな状況の国で傭兵の需要などほぼ皆無と言っていい。

それでもゼロでないのは、王国の力に頼らず魔獣や野盗を確実に追い払うべく大手の商家等が雇い入れているからだという。

ただ、傭兵の多くは本質的に争い事が好きな連中や、腕っぷしの強い者、村の暮らしに馴染めず飛び出した者等で人格的に難がある者が多く。

度々、雇い主や兵士と揉め事を起こして問題になっており、イメージが良くない。


聖女の護衛に傭兵を加えるのはあまりイメージ戦略として望ましくはない。

聖女という清廉潔白な存在の傍にダーティなイメージの強い傭兵というのがそぐわというのが主な理由。

だから今まで聖女の護衛は基本兵士のみで構成されてきた訳だ。


(確かに聖女の護衛に傭兵を加えてはならないという明確な取り決めが割る訳ではない)


暗黙のルールである。しかもそれは聖女の巡礼に及ぶ危険が皆無といって良かった今までの話であり、

明確な危険が迫った今ならば許されるものだと思われる。


(そうは言っても私達の一存でその暗黙のルールを破ってよいものか)


シュパルが隣に座ったリシッドの方へと視線を向ける。

リシッドはというと先ほどまでの我儘を言う子供の様な態度は既に失せ、

最善手を打つべく対応について思案する。

少しの間、考えていたリシッドは何かを決断したらしく顔を上げる。


「止むをえません。ビエーラ様の案で行きましょう」

「賢明な判断だよ。少しはフォーバル家の次期当主らしくなったじゃないか」

「ご冗談を・・・」


ビエーラからの賛辞を苦笑いで受け流すリシッド。

前例のない決断とはいえ、流石にこの程度で頭首と認められても素直に喜べない。

その時、応接間の外から扉を叩く音が室内に響いた。

ビエーラが後ろのルードに向かって手で合図を出すと、ルードが扉の前まで向かい、相手を確認する。

その後、ルードの許可を得て扉の内側に入ってきたのは1人の若い兵士。

兵士はやや緊張の面持ち扉の前に立ってビエーラの方を窺う。


「報告だろ。さっさと始めな」

「はっ!先程リシッド様達より窺った場所にて、リシッド様達が交戦したと思しきを2名を拘束しました」


兵士の報告を聞いてカナタ以外の者の顔に緊張の色が浮かぶ。

カナタだけはボケーッと窓の方を向き、外の景色を眺めている。


「そうかい、今はどうしてる?」

「現在は兵士詰所の地下牢に繋ぎ、尋問の手配をしております」

「分かった。じゃあ、私も行こうかね」

「かしこまりました」


報告を終え、緊張の面持ちで立ち尽くす兵士。

その横に立つルードにビエーラが合図してから立ち上がる。

少しフラつく老婆の下にすぐにルードが杖を持ちより、その身を支える。


「ビエーラ様」

「大丈夫だよルード。全く歳を取ると足が悪くなっていけないねぇ」


そう言ってルードから杖を受取ると、具合を確かめる様に2,3度地面を突く。

問題ない事を確認してからビエーラがレティス達の方を向く。


「お前さん達はどうする。手荒な事になるだろうからあまりお勧めはしないが」


ビエーラの言葉にレティスの表情が暗くなる。

痛めつける様な事は止めたい。だがビエーラがそれを聞く気が無い事も分かる。

でなければ自分の前でそれを言ったりはしないはずだ。


「なるべく手荒な事をされない事を願います」


焼け石に水だと分かってはいるが、せめてそれだけはと思い言葉に出す。

ビエーラはその言葉には答えず、他の面々に視線を移す。

視線を受けたリシッドは少し考えてからジーペの方を向く。


「ジーペ。頼めるか」

「了解です。隊長」


隊の中でも特に荒事専門のジーペが大きく頷く。


「それじゃあ、行きますか」


そう言ってビエーラの方へと歩み寄るジーペの後ろに続く者。

思いがけず振り返ったジーペが苦笑いで相手を迎える。


「おまえも行くのか」

「まあ、暇だしな」


先程まで興味無さ気にしていたカナタがジーペの後に続く。

若い兵士に続いて部屋を出る前にビエーラが振り返る。


「今日の話はここまでだ。明日の朝、食堂に集まっとくれ。何か情報が手に入ったらそこで伝える事にするよ」

「承知しました。それではいってらっしゃいませビエーラ様」


残る事を決めた面々が立ち上がって部屋を出るビエーラ達を見送る。

送り出された面々は一路兵士詰所へと向かう。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



ごつごつとした石を積み上げて作られた牢屋。

鉄格子の向こうには鎖でつながれた男が鋭い目をこちらへと向けている。

男の鋭い視線をどこ吹く風といなしてビエーラが鉄格子の前に立つ。


「さて、話を聞こうじゃないか」

「貴様らに話す事などないわい!」


捕まっているにもかかわらず随分と威勢のいい男にビエーラは眉をしかめる。


(随分と余裕があるみたいじゃないか、まだ何か逆転の目があると思っているねこいつは)


数々の修羅場を潜り抜けてた貴族としての長年の勘がそう告げる。

同行したジーペとルードは気付いた様子はないが、カナタも何か思うところがあったのか眉根を寄せている。


(やはりタダ者じゃないねこのボウヤ。今のだけで何か感づいた様じゃないか)


カナタの得体の知れなさに思わずその深淵を見てみたいという興味が湧き、思わず口の端を釣り上げる。

その笑みをどうとったのかは知らないが牢に繋がれた男が喚きだす。


「何を笑ってやがる!テメェ等このままただで済むと思ってんのか!」

「うるさいねぇ。自分の状況分かってるのかい?」


ビエーラの問いかけに男は余裕の笑みで応える。


「はん!こんな牢屋に繋いだぐらいで勝った気になってんじゃねえぞ!」

「ほう。あんたに牢屋を抜け出せる術があると?」

「・・・さあ、どうだったかな」


うっかりと口を滑らせそうになった事を自覚したらしく男は誤魔化そうとする。

だが、先ほどの物言いで予想が大体あっていた事の裏付けは取れた様なものだ。


(後はこいつが何に対して希望を見出しているか・・・だが)


幸いにも目の前の男は頭が悪く口も随分と軽そうだ。

少しばかり痛い目を見せれば簡単に口を割る事だろう。


「そうかい。じゃあ痛い目を見てもらうしかないね」

「おいおい、いいのかい?王国で拷問は禁じられているはずだぜ!」


慌てて口を開いた男がビエーラの左右にいる兵士を見る。

彼らは王国の兵士でありビエーラの配下ではない。

つまり、この場において兵士達にとってはビエーラの行動もまた監視対象である。


「馬鹿そうに見えて多少の知恵はあるようだね」

「うるせぇ!それよりいいのか?例え二十貴族と言えど法を破ったらどうなるか」

「ふぅむ。弱ったねぇ」


王国は戦争をしなくなって以降、犯罪者などに対する拷問を禁じている。

この法は例え二十貴族であっても破る事は許されず、破れば任を解かれた上で厳罰に処される。


故に本来であればこの男の様な犯罪者は刑務所の様な施設へ囲って刑期が終わるまで強制労働に従事させるのが通例である。

この施設での強制労働も十分に過酷であり、犯罪者が自分で口を割りたくなる程だと伝え聞く。

だが、そうなるまでに時を掛けていられる程、王国に迫る危機は予断を許さない。


「こっちとしても手荒な事はしたくないんだがね」


そう言ってビエーラがパチンと指を鳴らすと、牢屋の前に立っていた2人の兵士がその場を離れる。

驚きに男がギョッと目を剥いて兵士達に向かって声を上げる。


「おい!ちょっと待て!どこへ行くんだ!待ってくれ!」


男の呼びかけに兵士達は一切応じずに牢屋へと続く廊下の外へと出ていく。

その場にビエーラ、ルード、ジーペ、カナタの4人と繋がれた男1人だけになる。

正確には隣の牢にもう1人いるのだが、そっちはまだ目を覚ましていないので反応はない。

兵士たちに置いていかれて男の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。


「おやおや、どうしたんだろうね」


その言葉を聞いてカナタは吹き出しそうになる口元を隠し、内心で苦笑する。


(婆さんも長い事政治の世界にいるだけあって大した悪党だ)


兵士達の去ったほうを見ながら恍けた口調で話すビエーラにジーペとルードも続く。


「腹でも痛くなったんじゃないですか?」

「この様な陰気な場所で勤務をしていると腹が冷えてしまいますからね」


まるで事前に打ち合わせた様に恍けて見せる彼らに男は心の底から震えがくる。


「おまえらっ!何を仕込んだ!こんな事が許されると思ってるのか!」


もはや悲鳴に近い声を上げ、喚きだす男に4人が顔を見合わせる。


「あの男は何を言っているんだろうね?」

「さあ、私には皆目見当もつきません」

「自分の罪の重さに気付いて混乱してるんじゃないですか?」


その時、カナタが地面に落ちていた何かに気付いた様な素振りで何かを拾い上げる。


「アレ?コレハナンダロウ」

(芝居が凄く下手!?)


思わぬ所で驚かされた一同の前、片言でワザとらしく足元のカギを拾い上げるカナタ。

手に持ったカギを相手からも良く見えるように振る。


「おや?それは牢屋のカギだね」

「兵士ともあろうものが"うっかり"カギを落として行く等。今度注意しないといけませんね」

「しかし、この鍵どうしましょうか?」


未だ芝居を続ける面々を前に男の顔が恐怖に歪む。


「おいおい、まさかお前ら・・・そんな事する訳ないよな」


男の声など耳に入らない様にカナタ達は芝居を続ける。


「コノカギ、ホントニロウヤノカギカ?」

「確かに、大事なものを落として行くのも考えにくい」

「こいつで牢屋が開くか確かめてみよう」

「ソウシヨウ」


言うなりカナタが牢屋の鍵穴にカギを差し込んで捻る。

ガチャンッという音を上げて鉄格子の扉がゆっくりと開く。


「アイタッテコトハコレハロウヤノカギダナ」

「じゃあ、後で兵士に返さないとな」


そこまで言った所で、ジーペとカナタが牢屋の中へと踏み入る。

ツカツカという足音が不気味に響いて男の前へと近づく。


「何をする気だ・・・俺は何もしゃべらないぞ」

「さあ?どうだろうな」

「じゃあ確かめてみようか」


そこまで言った瞬間、鋭い肘打ちが男の顔面に減り込む。

鼻の骨が折れたらしく打ちあがった男の鼻は歪み、血が溢れだす。

前歯も何本か折れたらしく、床に黄ばんだ白い欠片が落ちる。

顔中に広がる痛みに男が悲鳴を上げる。


「ひぎゃああああああああ!」

「あっ、悪い。肘が滑った」

「あ~あ、可哀想に・・・大丈夫か?」


手錠で拘束された両手で必死に顔を覆おうとする男の肩をジーペが掴む。

万力の様な力が指先に込められ、男の肩にメリメリと食い込んでいく。


「いだぇっいだだだっ」

「ジーペ。強く掴みすぎじゃね?」

「そうか?大丈夫かい。にいさん」


目の前で苦痛に呻く男を心配するような口ぶりだが、男から見た2人の目にはまるで感情の色を感じない。


「いふぇい・・・・おまふぇら絶対ゆるふぁな・・・」

「えっ?なんだって?よく聞こえないな」

「じゃあ、喋れるようにしてやろうか」


そう言って2人は男の両手の小指を掴むと関節を逆向きにへし折る。

電気が走ったような痛みが指先から脳へと突き抜けて、男の視界が明滅する。


「~~~~~~~~~っ!?」


声にならない悲鳴を上げて男がもがくが、目の前の2人は容赦なく薬指を掴んでへし折る。

続けざまに全身を駆け巡った痛みに男が涙を流しながら荒い息を吐く。


「痛ぇへぇええ。なじぇぇええっ。ごんな事がゆるざ・・・・」

「早くゲロった方がいいぜ」

「じゃないと指、全部折れちまうかもな」


低くくぐもった声でカナタとジーペが男に囁く。

ステレオから耳に届いた言葉に男の顔が絶望に染まり、ガタガタと震え上がる。

だが、それほどの恐怖を味わいながらも男は口を割らない。


「言わらい!おまへ達はぜっらいに殺ふ!」


痛みに対して簡単に屈するかと思ったが思わぬ根性を見せた事に4人が少しだけ驚く。


「あらあら、思ったより頑張るじゃないか」

「その様ですね。どうします?」


対応を聞いてくるジーペにビエーラは鼻を鳴らし答える。


「だったらお望み通りにもう1ランク上のおもてなしをしてあげな」

「りょ~かい」

「じゃ、うるさくならない様にこいつを使うか」


カナタは来る道すがらで拾ってきた拳大程の大きさの石を取り出すと、

男の口内に石を突っ込んで口を塞ぐ。


「もがっもがが」

「これで良しっと」

「おまえ一体いつそんなもんを」

「えっ?こういう場合って五月蠅くなるから大体使うだろ石」


然も当然と言わんばかりに返すカナタに流石のジーペも返す言葉がない。

対テロ部隊時代。拘束したテロリストの口を割らせる為にこの手の拷問は慣れている。

大勢の命にかかわる案件等だと今の様な温い手口じゃなく人道的に外れた手段も随分と使った。


「そんじゃ、おもてなしプラン2を始めますか」

「終わるまで生きていられるといいね」


目の前の2人から向けられる邪悪な笑顔。男が真の恐怖を知り、絶望の底を知るのはその後だった。






時間にして30分程、男の声が聞こえなくなり静かになった石室の中、向かい合ったカナタとジーペ。

額に浮かんだ汗を拭いながらジーペがカナタに尋ねる。


「しかし、良かったのかカナタ」

「ん?何が?」

「いや、さっき聖女様と約束してなかったっけ。人を傷つけないって」


ジーペの問いかけにカナタが軽く笑って答える。


「ああ、あれはあれ、これはこれ。守るためには多少の嘘も方便ってね」

「ハハハ。おまえ大した悪党だよ」


そうしている間に牢屋の門番たちが戻ってきて"片づけ"を済ませる。

その間に目を覚ました隣の牢屋に繋がれた男の前へと移動し、鉄格子の前にビエーラ達が立つ。


「ようやくお目覚めかい」

「ぐぅっ、おまえは・・・領主ビエーラ・カラムクか」

「さっきのよりは頭は良さそうだね」

「何?」


ビエーラの言葉に男がギョッとした顔をする。

そこでビエーラの両側に立ったジーペとカナタの手元に目が行く。

その手は鮮血で真っ赤に染まっており、血の主が辿った陰惨な末路を物語っている。


「殺したのか!」

「さぁ?どうだろうね」

「くっ」


悔しそうに歯噛みする男を前にビエーラが口を開く。


「あんたの前に話を聞いた男は随分とお喋りでね。よぉ~く語ってくれたよ」

「ふんっ!ならば俺に聞く事等ないはずだが」


男の指摘に対し、ビエーラは少し思案した後に言葉を続ける。


「そうだね。さっきのが喋り終わる前に眠っちまってね。聞きたいのはその続きだよ」

「何が知りたい?」


意外と聞き分けよく答える相手を不審に思いながらもビエーラは核心となる部分に触れるべく言葉を投じる。


「この後に行われる再襲撃の時刻と、投入されるであろう"獣人"の数」

「そこまで喋らせたか・・・大したものだ」


落ち着いた様子で語る男には先程の男とはまた違った余裕の色が見える。

その正体を探るべく慎重に話を続けるビエーラ。


「さっきのよりあんたの方が格上って印象だね」

「そうでもない。普段の戦闘力を考えれば互角だ。その証拠にこうして牢の中にいる」

「・・・そうだね」


今の会話の中で意図的に漏らしたかどうかは分からないが、いくつかの情報は引き出す事が出来た。

この男がここに捕まった事は恐らく意図した事であり、本来の戦闘力は先程の男以上だという事。

その事から、この男にはこの場を脱するだけの実力がある可能性が浮上する。


(どうやら誘き出されたのはあたし達の方かも知れないね)


もし相手の目的がビエーラであり、王国内の事件の事を知って自ら尋問に来ることまで想定していた場合、

ここに自分がいることまでが相手の思惑通りであり、自分は今、相手の顎の前に居る事になる。


「もしかして、あたしは一杯食わされたかい?」

「そうだな。我々としては分の悪い賭けではあったが、犠牲を払って賭けただけの結果は得た様だ」


そう言って顔を上げた男の目には強い輝きを放っている。

その視線を受けてジーペとルードが腰の剣に手を掛ける。

鉄格子を間に挟んで睨み合う繋がれた男とルード達。


「そうそう。領主殿の先程の質問に答えさせて頂こう。襲撃は明日の朝、聖女と護衛の一行が門を抜けた所を襲撃する。数は30人・・・・内半分が獣人だ」

「なんだって!」


身体能力で並の人間を上回る獣人。それが15人というのは中々に驚異的な数字だ。

ガノン王国内にもいくつか獣人の住む場所は存在し、王都で暮らしている者もいる。

だが、彼らはどれも戦闘に不向きな種族であり、そもそも王国と敵対するような関係ですらない。

つまり、国外の勢力か、ビエーラ達二十貴族会ですら把握していない勢力が存在する事になる。

敵から齎された思いがけぬ情報に、流石のビエーラも動揺し数歩後ろへと後退る。

これにはジーペとルードも驚いたらしく声を荒げる。


「ふざけんな!そんな話信用できるか!」

「我等を謀るつもりか!」


2人の叫びを見に受けた男が手を繋がれたまま薄く笑う。


「フフフ。流石に今のは堪えた様だな。だが今言った言葉は事実であり真実だ。嘘だと思うのなら試してみるといい」

「クッ」


男の言葉に対しジーペは押し黙る。そんな事出来るはずがない。

そうこうしている間に男の放つ空気が変わる。


「流石に騎士様相手に正面から挑むつもりはなかったが、この好機を逃す手もあるまい」


そう言うと男の髪が後ろへと伸び始め、全身の皮膚を覆う様に体毛が濃くなっていく。

手枷が内側からの圧力に耐えかねて壊れ、盛り上がった筋肉が鎖を引き千切る。

ほんの数秒で大き目の猿の様に男の姿が変わる。


「我が名を高める為にその命を貰い受ける!」


本来の姿を解き放った男が声を張り上げて宣言する。

狼狽える牢番の兵士と身構えるルードとジーペ、立ち尽くすビエーラ。

だがそれよりも男の傍近くに立つ者が1人いた。


「おまえはこの牢からは出る事すら出来ないよ。エテ公」

「なんだおまえは?」


狭い牢の中、男の拳の届く距離に居るのは1人の少年。

いつの間にか鉄格子の内側に入って男を見上げているカナタに、周りの者達も驚きを隠せない。

猿に姿を変えた男が目の前のカナタへと視線を注ぐ。

背格好や体格からはとても強者には見えないが、漂ってくる空気がタダ者でない事を物語っている。


「小僧。相当強いな」

「知らないよそんな事。だが、あんたを殺すぐらいは出来そうだ」


両手を広げて芝居がかった口調。だが怯むことすらなく真っ直ぐにそう伝えるカナタに、男が高らかに笑う。


「ハハハッ!ならば騎士殿の前に貴様に相手をしてもらうとしよう!我が名はドーハ。小僧!貴様の名は」

「カナタ。別に覚えなくていい。数分後には覚えた脳味噌がその辺りに散らばる事になるだろうからな」

「ぬかせぇえええっ!」


叫び声を上げて男がカナタへ向かってその拳を伸ばす。


襲撃者達との開戦は暗い地下室でこうして幕開けた。

後半ちょっと残酷度強めの話になりました。

今回は拷問の詳細はボカした表現を使用。

拷問とか超怖いわマジで。


次回は初の獣人戦闘へ突入します。

やっとこヘンゼル&グレーテルが火を噴きます!(刃物だけど)


後は20話を前にして未だまともな魔法戦闘がない事に心痛めています。

魔法についても早く書きたいんだけど登場人物的にまだ先になります。

その時は解説も含めて長々と書きたいっすわ


後一応小説情報様にツイッタ始めました。

@krtairj2a4

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