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第18話 王国ニ差ス影

謎の襲撃の後、ビエーラに呼び出されたカナタ達は、館の中にある応接間に通された。

向かい合う幅広のソファーにはカナタ、レティス、リシッド、シュパルが座り、その後ろにサロネ、ダットン、ベーゾン、ジーペが立つ。

対面には領主ビエーラが座り、その後ろにはルードが控えている。

席に着くなり対面を見れば、向かいあったビエーラの表情は昼間と違ってどこか固い印象を受ける。


(さっきの襲撃と関係がある話だって事だが、一体・・・)


つい先ほどあった襲撃の事を考えているのかリシッド達の表情も緊張感に満ちている。

重苦しい沈黙がしばらく続いた後、ビエーラがようやく口を開いた。


「外で襲撃にあったそうだが・・・怪我はないかい?」

「えっ、あっいや特にはございません」

「そうかい」


投げかけられたビエーラからの言葉にリシッドは動揺しつつも答える。

ビエーラの人柄から、本題入ってくると思っていたのに思わぬ肩透かしを喰らう。

彼女らしからぬ態度に一同の間に不安が広がる。


対して、一同の動揺を感じ取っていながらも、未だビエーラ自身抱えている問題を話すべきか迷っている様で、何度も視線を彷徨わせて、口を開きかけては閉じるといった煮え切らない態度。

1人だけ場の空気に馴染めていなかったカナタが焦れてビエーラに口を出す。


「婆さん。黙っていても何も始まらないんだけど」

「分かってるよ。いいからちょっと黙ってな」


カナタの言葉にビエーラが少し苛立たし気に答える。

背後に立ったルードは微動だにしていないが、自分の祖母に心配そうな視線を向けている。

一体何がそこまでビエーラの言葉を詰まらせるのか、カナタはそれが気になった。

この国の二十貴族会で長き間、様々なものを目にしてきた彼女ほどの人物をこれほど動揺させる事態とは一体。


そこからさらに少しの逡巡の後、ビエーラはようやく決心がついたらしく。

閉ざさしていた口をようやく開く。


「さっき王都に置いているあたしの配下から火急の報せがあってね」


そう言ってビエーラがルードの方に視線を送る。

ビエーラの視線を受けたルードが懐から一通の便箋を取り出し、ビエーラに渡す。

受け取った便箋から一枚の紙を取り出し、ビエーラはその紙をテーブルの上に置く。


「この手紙には、国内で起こったある事件についての報告が記載されている」


そう言ってリシッド達の前に手紙を差し出すビエーラ。

机の上の手紙を受け取って、リシッドがその内容に目を通す。

読み進める程にリシッドの表情がみるみる内に険しさを増していく。

額には汗が浮かびあがり手を震わせるリシッドの口から掠れた声が漏れる。


「まさか・・・・こんな事があっていいのか」


手に持った紙を握りつぶしてしまいそうな程の力を込め、歯を食いしばるリシッド。

彼の様子に、まだ内容を知らない周囲の面々は一層不安の色が広がる。

手紙を読み終えたリシッドは、周りに内容を伝えるでもなく黙って俯く。

手紙の内容に衝撃を受け、言葉を発しないリシッドにレティスが不安そうに尋ねる。


「リシッド隊長。一体何があったのですか?」

「・・・それは」


内容を口に仕掛けたリシッドだったが、何を思ったか言葉を止めて視線を逸らす。

悔しそうに唇を噛みしめるばかりで肝心の内容を口にしない。

黙りこんでしまったリシッドに、自分の口で語ろうとしないビエーラ。

はっきりしない2人の態度に皆が困惑する中、沈黙を破ったのはビエーラの背後に立っていたルードだった。


「国内を巡礼中だったレメネン聖教会の十六聖女。その内の3人が暗殺されたそうだ」

『っ!?』


ルードの口から放たれた言葉に、その場にいたカナタを除く全員が驚きの表情を浮かべたまま固まる。

国教であるレメネン教の十六聖女はこの国に住む多くの者達にとっては神や大司祭に次ぐ尊い存在。

悪欲三兄弟の様な不信心者がその美貌や価値を狙ってという事もあるがそれは本当に少ない例外であり。

そんな特別な存在に手を掛ける者がこの国に居ようはずはない。

皆がそう思っていただけに、ルードの放った言葉は到底信じられるはずもなかった。


「それは誠ですか!」

「なにかの間違いとかじゃ」


サロネやダットンの言葉をビエーラは首を左右に振って否定する。


「これは二十貴族会の貴族全員の下へ発せられた確度の高い情報。間違いだろうね」


ビエーラはそう言ってその枯れ枝の様な腕を組み、背もたれに体を預ける。

疲れた様な表情を浮かべる彼女に、今度はレティスが問いかける。


「亡くなったのは・・・・亡くなったのは誰なんですか?」

「第八席、ジレ・ヴィンブル様。第十ニ席、エシュー・カントラ様。第十六席、サナラ・マルシェルス様の御三方となります」

「そう・・・ですか」


ビエーラの言葉にレティスは小さな声で答えて俯く。

表情には強い落胆と悲しみの色が浮かび、目に僅かな涙を浮かべている。

同じ十六聖女に身を置くものとして複雑な思いがあるのだろう。


場の空気が今まで以上に重くなる中、カナタだけはその重く悲しい空気に馴染めないでいる。

神など信じておらず宗教的価値観等を彼らと共有できない事もあるが、

何よりカナタは人の生き死にに関しては割とドライな価値観を持っている。


(美人さんらしいから一度会ってみたかったんだが、死んだじまったんなら仕方ないか)


皆が思っているのとは違った理由で残念がるカナタ。

場の空気は理解しているが、どうもそれに合わせるような気にはならない。

根本的な考え方が違っているのだし、無理に合わせるのも何か違う。


そもそも人は全て生まれて、生きて、死ぬものだ。

そして生まれ方も、生き方も、死に方も望んだとおりになる事の方が少ない。

生きたいと思っても生きられず、死にたいと思っても死ねない。

善人が早死にし、悪人が長生きする。そんな理不尽なものが人の命というものだ。

多くの死を見てきたカナタにとって人の世とはそういうものだと考えている。

だから知りもしない人間の命が失われた事を多少残念に思う事はあっても、それ以上の感情は湧いてこない。

カナタはどこか冷めた様な目で事の成り行きを見守る。


「一体誰がそんな真似を!」


声を上げて激昂するジーペ。周りの者達も少なからず同じ思いの様で、

怒りに身を震わせ、目には憎しみにも似た黒い炎が燃える。

レティスは口元を覆った状態で固まったままだ。

そんな中、この場において唯一カナタ動揺落ち着いた態度のルードがジーペの言葉に答える。


「下手人は不明だそうだ。現在調査部隊を向かわせて確認を取っている」


ルードが答えを返すと、今度はサロネが神妙な面持ちで口を開く。


「護衛は、護衛の部隊はどうなったのですか」

「全滅はしなかったようだが報告書には死傷者多数と書かれてある」

「そんな・・・」


ルードの言葉を聞いて消沈するサロネの肩を慰めるように叩くダットン。

どうやら先程名前の上がった聖女の護衛に知り合いがいた様で、その身を案じているのだろう。


「で、これからどうするの?」


中々先に進まない会話に飽きてきたカナタが口を挟む。

一瞬、ルードを除いた全員が彼の言葉を非難するような視線を向ける。

場の空気は分かっているがそれを読んで時間を潰すのもバカバカしいので、空気は読まずに言葉を続ける。


「聖女様が三人殺され、レティス様もさっき狙われた。って事は狙いは十六聖女の命と見て間違いはないんだろ?つまりは次もまた狙ってくるって事だ」

「何が言いたい」


カナタの言葉の意図を察しながらもリシッドは敢えて皆の前で彼に問う。

期待通りの質問に対しカナタもそれに応じる。


「お前達でレティス様を守り切れるのかって聞いているんだよ」

『っ!?』


途端に水を打ったように静かだった場が熱を持ち始める。

リシッド隊の面々に対し、侮辱と取られても仕方のないカナタの物言い。

これまでの旅で多少は仲良くやってきた彼らも流石に表情から怒りを滲ませる。

とはいえ、聖女三人を手に掛けるような敵。

つまり護衛部隊を破った賊を相手に自分達だけで守り切れると言い切る程には傲慢になれない。

悔しそうに唇を噛みしめる部下達の前でリシッドが言葉に力を込める。


「守る。守って見せる」


力強くそう言い切って見せるリシッド。

その堂々とした振る舞いに、自然と隊内の士気が高まっていく。


「隊長!」

「やってやりましょう!」


勝手に盛り上がるリシッド隊の面々。そんな彼らにカナタはつまらなさそうな顔を向ける。

熱を帯びる彼らのやる気に水を差すように口を出す。


「お前達のやる気の話はしていないし、正直どうでもいい。事実問題として可能かどうかを聞いている」

「ぐっ」


カナタの言葉にリシッド隊のメンバーは言葉を飲み込みリシッドへと視線を集める。

いつものふざけた態度ではなく厳しい目を向けるカナタにリシッドは言い返す。


「今日限りで縁が切れるお前には関係無い事だ」

「んだと!」


リシッドが放った言葉にカナタが席を立って詰め寄る。

そのままリシッドの胸倉を掴み上げると鋭い眼光で睨み付けと、敵意を向けられたリシッドもそれを真正面から睨み返す。

互いの奥歯がギリギリと音を立てる程の怒りに一触即発となる。

普段の口喧嘩とは違い、今にも殴りかかりそうな2人を慌てて周りが止めに入る。


「ちょっと2人とも落ち着いて」

「そうですよ領主様の前でこんな・・・」

「聖女様も困ってますしね」


ダットンの言葉に2人の視線がレティスへと向かう。

そこには涙目になって2人を止めようとするレティス。

声を掛けようとしている様だがうまく言葉が出てこない様子で口を小さく開いては閉じている。

自分の事で迷惑をかけていると思ってどう声を掛ければいいのか分からないのだろう。

そんなレティスの姿に2人の中で燃え滾っていた炎が急速に勢いをなくす。


「チッ」

「クッ」


2人は舌打ちと共にぶつけ合っていた視線を逸らす。

それでもなお2人の間には険悪な雰囲気が漂う。

そんな中、次に口を開いたのはビエーラだった。


「なんだいこんな時に2人で盛り上がって」

『盛り上がってない!』


思わず声が揃ってしまった事に2人が嫌そうな表情を浮かべ顔を逸らす。

2人の様子にやれやれと首を振るビエーラ。


「というかボウヤは一緒に行かないのかい?」

「・・・」

「ええ、懸賞金を受け取る為に領主様の館まで案内するという約束ですからね。我々とこの男との関係はそれで終わりです」


苦々し気に唇を噛むカナタに対し、どこか勝ち誇ったような表情を浮かべるリシッド。

思わず饒舌になって話を続けるリシッド。


「それにコイツは受け取った懸賞金から村の借金を払いに戻らねばなりませんから」

「そういう事かい。じゃあ村への返済はあたしが手配しよう」

『へっ?』


ビエーラが口にした予想外の言葉に2人が間の抜けた声を上げ、他の者も驚きのあまり目を丸くする。

リシッド達の思惑等まるで気にする事無くビエーラはさらに続ける。


「というか懸賞金に関してはさっきアンタたちの馬車に積み込ませた。今更降ろさせるのも手間だしこのまま一緒に王都へ向かいな」

「なっ!」

「婆さんナイス!」


先程までとは立場が逆転し、頬を引き攣らせるリシッドとビエーラに向けてサムズアップをし歓喜の笑みを浮かべるカナタ。

2人の間に挟まれたレティスは嬉しそうな困ったような表情を交互に浮かべる。


「待ってくださいビエーラ様。これは我々の問題で・・・」

「なんだいフォーバル家の坊ちゃん。あたしの決定に文句があるとでも」

「そういう訳では・・・」


威圧するようなビエーラの視線を受けて、流石のリシッドも言葉に窮する。

リシッドの性格上、立場が上の人間にこう言われては弱い。


「それにさっきボウヤが言ったように、この先はアンタ達だけで旅をするのは危険すぎる。そもそも狙われるのが聖女様だけとは限らないわけだしね」

「どういう意味ですか?」

「実は暗殺されたのは聖女だけじゃないんだよ」

『えっ?』


先程知らされた情報に匹敵する驚きがその場に居合わせた面々の心に訪れる。

ビエーラは先程同様にルードから便箋を受け取り机の上に置く。


「こっちは王都じゃなく各領主宛てに飛ばされた文だ。中に書かれているのは二十貴族会の今後を揺るがしかねない内容になっている」

「・・・拝見します」


最初の手紙を机に戻し、リシッドが新たに机に置かれた手紙を手に取る。

その内容に目を通す彼の手がワナワナと震えだす。

内容が気になったジーペが後ろからリシッドの肩を掴む。


「隊長。何が書かれてるんですか?」

「・・・貴族が殺されている」

「なんと!」


リシッドの言葉にシュパルが驚きの声を上げ、リシッドの手から手紙を奪って覗き込む。

普段ならリシッドを立て二番手らしく振舞うシュパルだが、今回ばかりは内容が内容だけに冷静では居られなかった様だ。


「ベシュナー領の次男ケトゥー様。ジューン領の長女コニー様、クラムシュ領の三男キテル様、デキシン領の次女シーン様、それに本家筋以外でも不審死を遂げた方が数名・・・これは一体」

「あんた達は知らないだろうが近頃王国内ではこういった事態が後を絶たない」


ビエーラが告げた内容に自分達の足元が揺らぐような強い衝撃を受ける。

与えられた情報をとても認められないリシッドが声を上げる。


「一体誰がこんな真似を!まさか他国の勢力が戦争を狙って!」

「いや、恐らくは国内の現体制に不満を持つ者達によるものだというのがおまえさんの親父達。カナードやリシュナーといった現二十貴族会の首脳部の考えだ」

「そのような・・・」


暗い顔で俯くリシッド。周りの仲間達も一様に表情に暗い影を落とす。

無理もない。近年では戦争もなく平和に思っていたはずの自分達の国。

それがまさか自分たちの知らない所でその地盤を揺るがすような事態が起こっているとは思っていなかった。

完全に部外者視点で話を聞いていたカナタがここで再び口を挟む。


「ってことはなんだ?狙われてるのはレティス様だけじゃなくてこのクソッたれ貴族様も的に掛けられてるって事?」

「ぬぐっ」


ビエーラに問いかけながらリシッドを指差す。

指された方のリシッドは不服そうに表情を歪める。

こんな状況下でもスタンスを変えないカナタにビエーラは呆れた様子で答える。


「まったく口が悪いボウヤだ。が言っている事はつまりそういう事だよ」

「ふ~ん」


生返事を返しながらその視線がリシッドの方を向く。

目が合ったカナタの顔に実に悪辣な笑みを浮かべ、馬鹿にしたような口調で問いかけてくる。


「レティス様の超ぉおおおついでぐらいに守ってやろうかぁ?」

「いらんわ!」


カナタの言葉にリシッドが苛立ちと怒りを込めて返す。

さっきからカナタが喋る度に場を引っ掻きまわされてリシッドのストレスが増していく。

苛立つリシッドの隣でビエーラの言葉に疑問を投げかけるシュパル。


「聖女暗殺と貴族の死の因果関係は本当にあるのですか?」

「証拠はないよ。だがこの所王国内ではこういった不穏な動きが相次いでいるのも事実。それにさっきアンタ達自身が明確に狙われたという事を忘れちゃいけないよ」

「そう・・・ですね」


シュパルは考える。ビエーラの言ったように、もし狙われているのが聖女レティスだけでなく次期当主たるリシッドもとなると、王都まで無事に辿りつく事は今よりももっと困難になる。

いくらシュパル達が精鋭と言えど限られた人数で2人を同時に守るのは難しい。

しかも隊長としてのリシッドの性格上、彼はきっと前線に立ち続けるだろう。

だがそれを許してしまってはこの国の未来を担う者を失う可能性が高まる。

そんな事は認められない。


(どうする事が正しい。どうすれば2人を無事に守り切る事が出来る)


最善の手を考えるシュパルは目の前に立つカナタの姿を捉える。

今自分達が手元に置くことができる現行最強の戦力。

館に戻るまでなら彼を残し、自分達だけで旅を続ける道を選んだ。いや、そう決めていた。

だが、話を聞いた今、彼の力を手放す事こそが愚行であるという答えに至る。


「カナタ少年。私からもお願いする。どうか私達の旅に同行してほしい」

「副隊長!」

「シュパルさん!」

「シュパルッ!おまえまで何を!」


思わぬ腹心の裏切りにリシッドが戸惑いの声を上げる。

部下達も予想外の人物の予想外の言葉に一様に混乱している。

無理もない。館に戻る前に彼の意思をきいたばかりなのだから。


シュパルの言葉を受けたカナタはというとニヤけた顔を隠そうともせずふんぞりかえる。


「え~どうしよっかな~」


勿体ぶった態度で答えを渋ってみるが、内心では既にリオのカーニバルばりの祭り状態で踊りだしていた。

もはや答えなど決まり切っているのだが、こうなってくると悪い欲が顔を出すのが人間の悪いところである。


(クククッ。もはや流れは完璧に俺に向かっている。ただこのまま素直に行くのもなんか癪だし、何か別の条件を上乗せして・・・・)


悪い顔で悪い方向に考えを巡らせ始めるカナタ。

その間もリシッドは最後の悪あがきに必死の抵抗をする。


「お言葉ですがビエーラ様。この任務の全権は私に委ねられており、全ての決定は私が・・・」

「なんだい?一介の兵士が領主たる私に意見しようってのかい?」

「いえ、決してそういう訳では・・・」


夕食を終えるまではようやくカナタから解放されると喜んでいたのがまるで嘘のように焦るリシッド。

館に戻るまでとはって変わって自身の思惑とは違う意見で外堀が埋まっていく。

状況はほぼ決したと言っていいが、カナタを認めたくない小さなプライドが正常な判断を妨げ、悪あがきをさせる。


「何より素性も知れぬ者を雇う事など出来ません、もしかしたらこいつ自身が先程ビエーラ様の仰った賊かも知れ・・・」

「リシッド隊長!」


突如真横から上がった怒りの篭った声にリシッドは自分が言葉の選択を誤った事に気付く。

恐る恐る隣に座ったレティスの方に目を向けると、真剣な眼差しの中に怒りを宿したレティスの顔が映る。

出会ってからこれまでの旅の中でこれほど怒った彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。

が、今そんな事はどうでもいい。

これまでの日々の中で彼女が自分達の事を信頼して護衛を任せてくれているのと同じように、

命を賭して戦ったカナタを彼女は随分信用している。

そんな彼女の前でカナタを疑う一番言ってはいけない事を言った。


(しまった!熱くなってつい・・・)


慌てて自分の失言を取り繕おうとするが、もう遅い。


「短い間ですが今日まで一緒にやってきたカナタさんをそんな風に思ってたんですか!」

「いや、ちがっ!今のは言葉の綾で・・・・」


語気を強めて詰め寄るレティスに、流石のリシッドもシドロモドロになってうまく言葉が出てこない。

今まで見た事のない彼女の剣幕に圧倒されて思考がまとまらない。

だが、このまま何も言わないと、彼女の口から決定的な言葉が出てしまう。

焦りと混乱がリシッドから正常な判断力を削り取っていく。


「リシッド隊長がそんな事を言うなんて・・・正直見損ないました」

「っ!?」


生まれて初めて女性から向けられた失望の言葉が生真面目な彼の心臓をグサリと突き刺す。

かつてない程のメンタルへのダメージに頭痛と共に眩暈がする。


(俺は間違ったことは言っていないはずだ・・・そのはずなのに何故こんな)


カナタの素性が分からないのは事実だし、その実力から疑うのは当然だと言いたい。

だが、周りからリシッドに向けられる視線はそれを許さない。

レティスだけでなく自分の部下達までもが今のはダメでしょと目で訴えかけている。


(確かに先程の襲撃もヤツはこちらに味方した。だからといってそれが敵がこちらを油断させる為のワナじゃないとは・・・)


心で必死の言い訳をするが、リシッド自身分かっている。その可能性はほぼ無い事等。

例え相手の信頼を得る為だからといって戦うには、今日までの間に彼らを襲った危機はリスクが高すぎる。

一歩間違えれば死に直結するような危険を冒して近づくぐらいなら、そもそも自分で手に掛けた方が早いし確実だ。


(だからってこいつの何がそこまで信じられる?何故皆がこいつの味方をする?)


理由が知りたくてカナタの方を見るが、そんな事をしても答えは出ない。


(俺は間違っているのか?そもそも俺は何故ここまで奴が信じられないんだ?)


リシッド自身分かってはいない。いや、本当は分かっているが認めたくないのかもしれない。

それがカナタへの憧れと、子供染みた嫉妬の為だという事を。

どうにかしないとと脳味噌を必死に働かせるリシッドだが、その間にも外堀は狭まっていく。


「私の見立てではカナタ殿に及ぶ程の実力者は残念ながら見受けられないが」


会話に一切口を挟まなかったルードがここへきて初めて口を開く。

しかもその内容はリシッドの立場をより悪くする発言だ。

真面目でKYであるルードのハッキリと物を言う性格がリシッドの足元を揺るがす。


「今の話から分かる通り現状の戦力だけで王都に向かうのは非常に危険だというのは馬鹿でもわかる。他の護衛部隊と大きな力の差があるか、騎士級の実力者がいるのであれば構わないが、先程の戦闘を見る限り特にそういった様子も見られない。何か秘策などがおありなので?」

「それは・・・」


オブラートに包むような事はせず、はっきりと意見をぶつけてくるルードに自信をもって返すだけの言葉をリシッドは持っていない。

同時にそれは自分達の力量では不足だと暗に認める事を意味している。

煮え切らない態度のリシッドにビエーラが怪訝な表情をする。


「お前さん何を意地になってんだい?」

「意地になど!」


思いがけず声を荒げてしまったことにリシッドが慌てて口元を抑える。

レティスや仲間達から向けられる視線が痛い。

押し黙るリシッドを見て、まるで話にならないと言わんばかりに呆れたビエーラが今度はカナタの方を向く。

丁度、その灰色の脳味噌で悪巧みを思いついたカナタが悪い笑みを返す。


(まあ、こっちのボウヤは王国関連の悪事に加担してはいなさそうだが、別の意味で悪人って事には間違いなさそうだ)


八方ふさがりで苦悩するリシッドを横目に見て少し哀れに思いながらも、ビエーラはこの話題を決着させるべく話を進める。


「ボウヤの方はどうなんだい?悪い話じゃないと思うんだけど」

「そうだね。こっちの条件を受けて貰えるなら考えてもいい」


あくまでも交渉権は自分が握っているといった風にカナタが胸を張る。

まるで大人ぶった子供の様に背伸びをするカナタの姿が可笑しくビエーラは内心苦笑する。


「条件かい。一応聞こうじゃないか」

「ああ、俺からの条件は3つ。1つは懸賞金とは別で今回の護衛任務への同行には報酬を支払って貰う」


カナタからの要求に当然だと言わんばかりにビエーラは頷く。

どんな世界だろうと人が生きていくうえで何をおいても金は必要だ。

多すぎて困る事もあるが、無いのに比べれば些細な事だ。


「見かけによらずちゃっかりしてるね。希望する額面は?」

「今回と同じ500でどうだい?」

「私1人でも支払えそうだが国家の大事だ。二十貴族会としての正式な依頼として検討させてもらうよ。で次は?」


もっと吹っかけてくることも考えたが今はそれについては言及しない。

事は国家の今後に関わる大任だ、それに相応しい結果に応じた額を考える事を胸の内にしまう。

ともかく今は条件を聞き出すことにビエーラは意識を向ける。


「2つ目は、婆さんに、というかカラムク領主様に王都での俺の後見人になってもらう事」

「ほぅ。そんな事でいいのかい?」


もっと難しい条件を突き付けて来るかと思ったが、拍子抜けするほど簡単な内容に肩透かしを食った気分になるビエーラ。

だが、カナタとしてはこれは結構重要な問題だ。


「悲しいかな。こちとら生まれも育ちも証明できない住所不定無職なもんで、家一件借りるのだって楽じゃないんだよ」

「なるほど。そりゃ確かに大事だ」


王都は地方の領などとは違い、住民の管理などがしっかりしており住む為にもそれなりの手続きや財力が必要だ。

住所不定無職の旅人がある日いきなり乗り込んで住みつけるような場所ではない。

だがこの国の最高機関である二十貴族会の後ろ盾があればそんな心配は必要ない。


「いいだろう。後でボウヤの身元を保証する書状を一筆書かせて貰おうじゃないか。ついでにウチの家紋が入った品を贈ろう。何かあった時はそいつを見せればいい」

「流石婆さんだ。話が早くて助かるよ」

「ボウヤに褒められてもねぇ」


互いに悪い顔で受け答えする2人。

リシッドは納得いかない表情を浮かべるが、現状立場の悪い自分が言葉を発しても無駄だというのは理解している。


(そんな簡単に!しかも家紋入りの品を贈るなど身内も同然じゃないか)


何故カナタのような人間を相手にそこまで出来るのか理解に苦しむ。

背後に立ったルードが何か文句を言わないか窺うが、口を挟む様子はない。

それどころかどこか誇らしげである様にすら見える。


「最後、三つ目の条件を聞こうじゃないかボウヤ」


身を乗り出して尋ねるビエーラに、受けて立つと言わんばかりにカナタが正面からその目を見据える。


「こいつが一番難しい。婆さんじゃどうにも出来ないとだけは断言しておく」

「ほう。この国の最高機関たる二十貴族会のあたしに出来ないとは聞き捨てならない。是非聞かせてもらおうじゃないか」


ズイっと先程よりも身を乗り出すビエーラを前に、

カナタの視線が少し泳ぎ、チラチラと隣を気にするような仕草をする。

何を言い出すのか気になった全員がカナタに注目し身を乗り出す。


「3つ目の条件は・・・・その・・・レティス様と・・・・王都でデート・・・いや、2人きりで王都を散歩する・・・事だ」

『・・・・・』


言い終わると同時に急激に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くカナタ。

予想の斜め上を行く答えに呆気にとられるビエーラとルード。

逆にああやっぱりそう来るかと安心した表情を浮かべるリシッド隊の面々。


「ボウヤ。あんたそんな事でいいのかい?」

「そんな事じゃねぇし!超重要案件だし!最悪前の2ついらないレベルで!」


確認してきたビエーラに対し、カナタはムキになって答える。


(なんとも欲のないと言うべきか・・・欲望に忠実というか)


思わず呆れて溜息をつくビエーラ。

だが、カナタの言う様にこればっかりはビエーラにはどうする事も出来ない。

3つ目の条件の答えを求めるべく、ビエーラはカナタの隣で頬を主に染めてモジモジと恥ずかしそうに身を捩るレティスへと視線を向ける。

レメネン聖教会の宝である十六聖女。

交際について決まりはないが周囲の目があり表立って交際をするなど聞いた事もないし、結婚となればそのハードルは一気に上がり条件が厳しくなる。

この国の法を知ってるかどうかは分からないが、カナタだってレティスを口説く事が難しいのは分かっている筈だ。

無謀と言ってもいい挑戦をしようという少年に少しだけ微笑ましい気持ちになる。


「確かに、あたしじゃ3つ目の条件には答えられないが、聖女様としてはどうです?ボウヤの条件をお受けになりますか?」

「私は・・・・」


ビエーラに促され、レティスは自分の中に答えを求める。

カナタの事はこの短い間では考えられないぐらい距離を近く感じている。

だが、まだ男女のそれと言えるかどうかと思えるほどかは自分でもわからない。

友達という言葉が今彼女の中では一番近いものに当てはまるだろう。

そんな自分にカナタが何を望んでいて、自分がそれに応えられる自信はない。


(それでも、皆が生きて王都に戻れるのであれば)


友情でも愛情でもない理由ではあるが、彼女を決断させるにはそれだけで十分だった。


「三つ目の条件。レティス・レネートの名に掛けて必ず果たさせて頂きます」

『おおっ!』


レティスの決断に、思わず周囲の男共から歓声が上がる。

リシッドは自分の不甲斐なさにガックリと項垂れ、逆にカナタは明るい未来に小さくガッツポーズをする。

両極端に一喜一憂する2人がそろそろおもしろくなり始めたビエーラが笑い声が漏れてしまう前に結論を口にする。


「どうやら決まりのようだね」

「ああ、交渉成立だ。婆さん」


机を挟んで両側に座った悪党2人が悪い笑みを浮かべて頷く。


「お待ちくださいビエーラ様」

「なんだいフォーバル家の坊ちゃん。往生際が悪いね。そろそろ温厚なあたしも怒るよ」

「しかし、もっとよく考えて・・・」

「お黙り!」


ビエーラにピシャリと一喝されてリシッドが縮こまる。

カナタやレティス、リシッド隊の面々も自分が言われた訳では無い事が分かっていても思わず身を竦ませる程の声。

実孫のルードまでも祖母の一喝に背筋を正して直立している。

周囲の人間が竦みあがる中、ビエーラは尚も声を張り上げる。


「リシッド・フォーバル!」

「ハッ!」


名を呼ばれたリシッドは立ち上がりビシッと音がしそうな程の敬礼をする。


「二十貴族会が1人。ビエーラ・カラムクがその名において命ずる。聖女レティス・レネートを守り抜け。その為にあらゆる恥を捨てよ。誇りを捨てよ。守護の助けとして我が騎士が認めた戦士。カナタを汝等が旅の共として王都へと同行させよ」

「ハッ!謹んでその命お受けいたします」


二十貴族からの正式な命令である以上、拒否する権利はない。

リシッドは躊躇なく答えると同時に踵を打ち鳴らす。

その答えを聞いたビエーラは表情を緩め、満足そうに頷く。


「最初からそうすりゃいいんだよ」

「申し訳ありません」


リシッドはビエーラに心からの謝罪の弁と共に頭を下げる。


「あんたの誠実さや正しくあろうとする心は美徳だ。だが、人の上に立つものがそれだけじゃいけないよ」

「肝に・・・銘じておきます」


再び頭を下げてリシッドがカナタを見る。

何か詫びた方がいいのか等と考えていたのが馬鹿らしくなった。


「王都行くの楽しみだね」

「そっそうですね」


リシッドの事などまるで気にすることなくレティスへと話しかけている。

話しかけられているレティスはリシッドの方をチラチラ見て困り顔だ。


(やっぱりコイツは気にくわない!)


誰に何を命じられようと、この気持ちだけは決して変えないと心に誓うリシッドだった。

また、間が空いちゃいましたね。すいません。

次は2日以内に更新できると思います。たぶん

今、ここまでの話を鋭意修正中です。

ちょっと読みづらい箇所等が多くてすみません。

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