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第17話 夜ノ中ニ潜ム者

日が暮れ、ノストの街に夜の闇が下りてくる。

家々では煮炊きの煙が上がり、窓からは団欒の明かりが漏れる

これまでの旅の中で、ガノン王国に電気等の現代的な文明がないのは知っている。

訪れた村々では蝋燭の火等の僅かな明かりで生活をしていた。

ノストの街では夜を照らす明かりはグノース石とぬいう特殊な鉱石を加工したものを用いている。

グノース石には変わった特性があり、太陽の光を吸収してその内側に蓄え、

周囲が暗くなるとそれに応じて吸収した光をエネルギーとして消費し発光するというもの。

ガノン王国内だけでなく周辺国でも街などでは一般的な家庭用の明かりとして使われているそうだ。

欠点はその特性上、曇りや雨の日が続くと溜めたエネルギーを使い切って使えなくなる事。

というベーゾンから聞いた話を思い出しながらカナタは窓の外の明かりを見て呟く。


「ホント、どうしたもんだか」


今、カナタ達は通り沿いにある一軒の料理店にいる。

一通り必要な買い物を終えて、今は皆で夕食を囲んでいる。


「実にいい買い物でしたね」

「いやいや、あれはやりすぎでしょ。店主さん涙目でしたよ」

「通りの鍛冶屋に置いてあった手甲。中々いい品だったな」

「そうか?俺はあの変わった形の剣の方がいいと思うんだけど」

「ジーペ。酒は呑みすぎるなよ」

「分かってますって隊長。あっ!おねーさん同じのもう一本」


皆が思い思いに会話をする中、カナタだけは思考の霧の中にいる。


目下の悩みは今後の身の振り方である。

このままだとレティス達と別れて1人旅をする事になってしまう。

当初はそれも止む無しと考えてはいたのだが、未だ右も左も分からないこの世界。

やはり1人で行動するのは心許ない。


(まだ知らない事も多いしな)


一番いいのはこのままレティス達の旅に同行して王都まで行くこと。

現状、彼らの旅に同行する事はカナタにとってメリットが大きい。

旅の間に彼らから知識を得る事が出来るし、退屈する事もなく、道にも迷わない。

少なくとも現状、ガノン王国内で活動する分にはこれ以上ないと言っていい条件が揃っている。


(何よりレティス様が一緒にいるしな~)


チラリと隣の席に視線を向ければ、目の前の魚料理を頬張るレティスの姿。

彼女が居るなら1人きりで旅をするよりはずっと有意義な旅になるだろう。

何せ見てるだけでも幸せなのだから。


(その為にも、どうにかしてレティス様達の旅に同行する口実が必要なんだが・・・)


レティスに向けていた視線を今度はその正面に座るリシッドへと向ける。

庶民の店にも関わらず姿勢を崩さず出された品を丁寧に切り分けている。

皿の上の魚を骨と身で丁寧に選り分ける姿など几帳面な性格が露骨に出ていて見ているだけで疲れる。

普段は物静かに食事をする彼が、今日は部下達と楽しげに談笑する姿は不自然極まりなく。

そのどこか憑き物が落ちたような表情が不快感を煽る。

理由については大体見当がついており、その事がカナタをより不快にさせる。

不意に視線に気づいたリシッドがこちらの方へ視線だけを向けた。


(にやり)


皆が堅物とか真面目と呼ぶ日頃の彼からは想像も出来ない悪意の篭った厭らしい笑み。


(この野郎!絶対俺を連れて行かない気だな!)


よっぽどカナタを追い出す時を待ちわびていたらしい事がその表情から窺える。

最後は不本意ながらも頭を下げて頼む事も考えていたが、この調子だとそれも難しい。


(何か良い手はないのか)


別の手を考えるべく再び思考に没頭するカナタ。

そんな食事にもあまり口を付けず考え込むカナタを見てリシッドは内心でほくそ笑む。


(ここまでの道中。この男に色々と引っ掻きまわされてきたが、それも今日で終わる)


今日までの道のりを思い出し、リシッドはグッと強く拳を握る。

カナタが同行してから今日までの間で乱れた隊の秩序。

それによって隊員たちの知らなかった新たな一面を知る事が出来たことは事実だ。

おかげで今までよりも隊の結束は深まったと言えるだろう。


(それでも、このまま流されていく訳にはいかない)


やはり隊長として、命を預け合う部下達を守る為にも規律ある隊運営が必要だとリシッドは考える。

それは決して個人的にカナタが嫌いであるという事を抜いての正直な思いだ。


(元の通り。いや、それ以上の隊にしなくてはならない)


今回の一件を期に強くそう思うリシッド。

それは次期フォーバル家の当主としての外面を気にしてのものではなく。

隊を預かる1人の兵士としての彼の意思。


(その為にもコイツにこのまま居座られてたまるか!)


決意と自信に満ちた顔で切り分けた魚の身を口に運ぶリシッド。

先程から続く2人の無言のやりとりに周りの面々も思わず苦笑いを浮かべている。

2人は周りに気付かれてないと思っている様だが、露骨すぎて傍目に見ても両者の胸の内は明らかだ。


「カナタも粘るな」

「だけど隊長も頑固ですから。そううまくはいかないですよ」


ベーゾンとサロネが2人の様子について小声で話す。

そこへ同じ様に展開が気になっているジーペとダットンが2人の会話に割り込む。


「どちらか折れれば面倒がなくていいんですがね」

「ちなみにお前らはどう思ってんだよ?」

「どうとは?」

「決まってんだろ。カナタがこのまま同行するかしないかについてのお前らの意見だよ」


ジーペの言葉にその場の3人が顔を見合わせる。

意見も何も自分たちにその決定権はない。全てはリシッドの決定次第だ。

そしてその全権を握っているリシッドの意思は既に決まっている。

つまり彼らがこの事について話をしても結果は変わらないだろう。


「それ、話す意味あるんですか?」

「そうそう、既に状況は決しているでしょう」

「だな」


話した所で時間の無駄だと言う3人に対し、ジーペが軽い溜息をつく。


「分かってないのはお前達だぜ。この先の事を考えれば、結果は俺らの今後を大きく左右するんだぜ」

「どういう意味ですか?」


その言葉を待っていたと言わんばかりにジーペが身を乗り出す。

つられて3人も前のめりになって耳を傾ける。


「この旅がこれからずっと安全だなんて保障がないのは前回痛い目を見て分かっただろ」

「それは確かに」

「あまり思い出したくはない話ではありますね」


大蛇との闘いと野盗襲撃を思い出して一同の表情が暗くなる。

大蛇戦ではあと一歩のところで不意を突かれて不覚を取り、野盗相手には大した手柄を上げるどころか防戦一方だった。

出発した当初、聖女護衛の任務に対し過去の事例や同僚の話等から、

大任であっても危険度の低い任務という印象をもっていた。

結果として認識の甘さが苦い悔恨の記憶となり彼らの認識を改めさせる機会になった。


「今後の道中、また同じことが起こらない保証はない。違うか?」

「そうですね」

「当然だな」


この旅に対する考えを改めた今、危険性について一同が考えを巡らせる。

二度とあのような醜態を晒すまいと言う意思が1人1人の目に宿っている。


「そう考えた時、今の俺達じゃ正直不安じゃないか」

「ですかね」

「そうかも知れません」


自分達より実力者であるジーペの言葉にサロネとダットンも頷く。

だがベーゾンだけは不服そうに眉を寄せる。


「言いたい事は分かるが、それでいいのか?」

「何だよ」

「我々は国の精鋭。カナタより力不足なのは承知だが、だからと言ってカナタに頼るのは違わないか」

「それは・・・」


ベーゾンの言葉に黙り込む一同。確かにベーゾンの言う事ももっともだ。

だが自分たちの意地や誇りで旅のリスクを上げる等愚行である。


「僕はカナタくんが一緒に行ってくれた方いいと思います。今は恥を飲み込んでも任務をやり遂げるべきかと」

「自分も同じですね。我々の事だけならばベーゾンの言う事も最もですが、重要なのはあくまで任務の達成ですし」

「だろ。当然俺もだ。それにあいつといれば俺達はもっと強くなれる気がする」


サロネ、ダットン、ジーペが同じ様な意見を述べる中、それでもベーゾンは答えを変えない。


「俺は反対だな。そもそもカナタは得体が知れなさすぎる」


これはカナタによく授業をしている彼だからこその意見。

スパイや暗殺者をいう疑惑はほとんど薄れたが、油断すべきではない。

カナタは気を許すにはあまりにも謎が多すぎる。

1人反対するベーゾンの言葉に続いて彼らの会話に割り込む者が現れる。


「私も反対だ」

『シュパル副隊長』


割り込んできた声の主に驚き、皆が一斉に顔を上げる。

ついさっきまでレティスの席の隣に座っていたはずのシュパルがいつの間にか彼らの傍に立っていた。

突然の乱入者に皆が呆けている間もシュパルは話を続ける。


「そもそもこの国の兵士ですらない人間の手を借りるのはどうかと思うぞ」


シュパルの言葉に賛成派の三人も言葉が出てこない。

カナタは間違いなく強者だがガノン王国の兵士ではないのだ。

シュパルは一度難しい表情を浮かべる4人の顔を見渡し、最後に問いかける。


「これで3対3だがどうする?隊長に言うだけ言ってみるか?」


少し嫌味っぽい口調で尋ねるシュパルに皆が首を左右に振って答える。


「数の上では同じですけど、隊長と副隊長が同意見な時点でやっぱダメじゃないですか」

「そうですね。残念ではありますが」

「ん~。良い手だと思ったんだがな~」


シュパルの言葉で状況が決した様で賛成派のメンバーの表情に諦めの色が浮かぶ。

意図してこの状況にしたとはいえ、チクリとした痛みがシュパルの胸を刺す。

確かに結果を重んじるのであれば、この先カナタを連れていくのはいい案だ。

だが、兵士でもない人間に頼る事は国の誇りと名誉を背負う彼らには出来ない。

それをすればガノン王国の兵士は平民にも劣ると言われ、国と国中の多くの兵士の顔に泥を塗る事にもつながる。


(カナタ少年に感謝はしているがこればっかりは仕方ない)


こうして隊内で燻るカナタ同行の思いを僅かな芽から摘み取り可能性を消す。

今いる仲間だけでなんとかするしかないのだ。

今もまだ考えを巡らせるカナタを横目にシュパルは心で詫びる。

こうしてカナタの意思に反して外堀は埋められ、知らない所で状況は決定した。







結局、夕食の間にリシッドを言いくるめる様ないいアイデアは出てこず、カナタはレティス達と共に店を出る。

通りの方も昼間よりは随分と人の数も減り、露店などは店をたたんで帰り支度をしている。

家路につく多くの人とは反対方向。つまり坂の上を見れば薄明りに照らし出された領主ビエーラの館。

坂の上に見えるその堂々とした佇まいを見上げながらレティスがダットンに問いかける。


「もう、お買い物は終わりですか?」

「そうですね。必要な分は確保できたと思います」

「そうですか」


ダットンの返事を聞いて少しだけ名残惜しそうにするレティスだったが、すぐに気持ちを切り替えて振り返る。


「ビエーラ様の館に戻りましょうか」

「了解しました」


レティスの言葉にリシッドが頷き、部下達に目配せをする。

それだけの合図で皆が連携を取ってレティスを守るように隊列を組む。

あまり仰々しくならない様配慮しているつもりなのだろうが、人が疎らになった通りを歩くには不自然な印象を受ける。


(男連中の中に女1人混じってればそりゃ目立ちもするか)


身分を隠した街歩きとはいえ、別に周囲に溶け込む必要がある訳でもない。

とはいえもうちょっとやりようがある気もするのだが・・・。

そんなカナタの内心を余所に来る時と同じようにレティスがカナタに手を差し出す。


「カナタさん」

「おっ、おう」


差し出された手を掴む。もう半日続けている事ではあるが未だ慣れない感覚に、鼓動が高まって仕方ない。


(っていうかなんでずっと手握ってんだろ?)


嬉しい事は間違いないが、カナタの印象としてレティスは結構な恥ずかしがりな気がする。

そんな彼女がこうして手を握ってくれる事を今更ながら疑問に思う。


(まさか最後になるから思い出作りの為とかじゃないよね)


ふと浮かんだ嫌な考えを頭を振って追い出す。

こんなところで思い出にしてしまえる様な関係にしてしまいたくはない。

きっと違う理由があるに違いないと根拠もなく思い込む事にする。


「どうかしましたか?」

「ん~にゃ。なんでもない」


彼女の思惑は分からないし、本音を聞いてショックを受けたくないので、今はこの時を楽しむ事に専念して、余計考えを頭から追い出す。

前を歩き出したレティスのその後に続いてカナタは歩きだす。

直後に首の後ろの辺りにチリチリとした熱を感じる。


(誰かこっちを見ている・・・しかもこの視線の感じは)


この感覚には覚えがある。

敵意や悪意といった感情のこもった視線が向けられた時の感覚。

その視線の元を辿るべく周囲に視線を走らせるが、疎らになったとはいえ人の多い通りである事や、

相手に気付かれないために最小の動きしか出来ない為、中々出所を絞り込めない。


(狙われているのか?)


まだ確証を持てる程ではなかったが、勘違いではなさそうだ。 

見ればリシッド達も何かしらの違和感を感じたらしく動きに警戒の色が見られる。


(リシッド達も何か感じているみたいだし、これは何かあるな)


疑念がほぼ確信に変わり、カナタは意識を研ぎ澄ませる。

その時、前方から大きなガラスの割れる音が上がり、カナタ達の4m程先の居酒屋から2人の男が転がり出てくる。

咄嗟にリシッド達は腰の剣に手を伸ばして構える。


「やりやがったなぁ!」

「テメェこそ!」


道端に転がり出たのは2人の男。

地面を転がった後、起き上がるなり互いを罵りあい始める。

周囲にどよめきが起こって様子を窺うが、それだけでは収まらず、今度は拳で互いの顔を殴りつけた。


『いってぇ!』


殴られた頬を抑えながら2人が仰け反る。

痛む頬を真っ赤にはらしながら再び睨み合う2人の男。

どうやら2人とも相当に酔っているらしく顔は紅潮し呼吸も荒い。

我を忘れて取っ組み合う2人の男達を止めようと、店の中から店員が飛び出してくる。


「お客様困りますよ!店の前で」

「うるせぇゴボウ野郎!おまえはすっこんでろ!」

「このボケを黙らせるまで口挟むんじゃねえ!」


店員を怒鳴りつけて争いを再開する2人の男に周囲の視線が集まる。

傍から見ればただの酔客同士の喧嘩ではあるのだが、

まさに狙ったかのようなタイミングで起こった事態を前にリシッドは考える。


(ただの偶然か、それとも何かの策略か・・・)


考えを巡らせている間も、2人の諍いあう声は止まらず。

その声につられて野次馬も集まってきてリシッド達の進行方向を塞いでいく。


「これは・・・まずいですね」

「そうだな」


目の前の人だかりを通っていった場合、その中に悪意を持った者がいればレティスに危害が加わる可能性がある。


「迂回して行くぞ」

「了解」


リシッドはルートを変更する事を決めて部下達に指示を出す。

目の前の争いを心配そうに見つめるレティスにすぐに変更を伝える。


「聖女様。この通りは危険かもしれませんので道を変えます」

「えっ!でもあちらの方達が・・・」

「酔客同士の争いです。放っておけば収まるでしょう」

「そう・・なんですか」


レティスなりに思うところはある様だが、ここは指示に従ってもらう方がいい。

そう思って道を変更しようとした時、カナタがリシッドの横を通って争いの方へ向かう。


「ちょっと行ってくるわ」

「何!貴様勝手な真似を!」


カナタを止めようとしてその肩に手を伸ばすが、その手をスルリと躱してカナタは足早に争いの中へ向かう。


「は~い。皆さんごめんなさいよ~」

「なんだ?」

「おい、押すなよ!」


人ごみの中を掻き分けて争い合う2人の酔客の前に出る。

向かい合って殴り合う2人の顔は既に真っ赤に腫れ上がり鼻からは血が垂れている。


「この野郎!いい加減にしろよ」

「それは俺のセリフだボケが!」

「はいはい。どうでもいいけど邪魔だからそのぐらいにしてくんない?」


罵り合う二人の間に割って入り仲裁を始めるカナタに周囲から驚きの声が上がる。


「にいちゃん!やめときな危ないよ」

「早く離れた方がいい」


喧嘩は止めないのにカナタの事は止めようとする野次馬に思わず苦笑が漏れる。

だが、既に酔客2人の注意はカナタの方に向いていた。


「なんだテメェは!」

「邪魔すんじゃねえぞ小僧!」


邪魔されたことに腹を立てた酔客2人。

やはり相当に酔っているらしく足元が覚束ない様子だ。


(どうやら仕込みって訳じゃなさそうだけど・・・迷惑な事この上ないな)


酒臭い臭いをプンプンとさせる男二人に顔を顰めながら、カナタは挑発を続ける。


「ちょっと迷惑なんでどいてくれませんか?」

「ああっ?」

「何言ってんだこのガキ?やっちまうぞ」

「大丈夫!あんたらじゃ無理だから」

「なんだと!」


カナタの挑発にあっさりと引っかかり、詰め寄ってくる2人の酔客。

オロオロとやりとりを見守る店員と好奇の目で見る野次馬達。


(さて、コソコソしてる奴を釣り上げてやるとするか)


目の前の酔客ではなく周囲の視線へと注意を向ける。

先程の妙な気配の出所を探るが、こちらを見ていないのか視線を感じない。


(俺に興味はないって事ね。それならそれで構わないさ)


怒りの形相を浮かべて迫る2人の男をカナタは涼しい表情で迎える。


「余裕こいてんじゃねえぞ!」


力任せに殴りかかる男の右拳を軽く払うと、その腕を左手で釣り上げながら相手の懐に潜り込む。

身を捻り背中を相手の体へと密着させる。


「よっと!」

「うおわっ!」


膝の屈伸運動で勢いをつけてその体を背負い投げる。

直後、男の靴底は地面から離れ、男の視界は天地が逆さにひっくり返った。

自分の体が半回転した事に驚く暇もなく、そのまま背中から地面へ叩きつけられる。


「げふっ」


背中全体に広がった衝撃で男は呆気なく白目を剥いて気絶する。

見ていたもう一方は何が起こったか分からず口を開けたまま固まっている。

鮮やかな袖釣込腰で相手を制圧したカナタはというと、事もなげに裾に着いた埃を払ってゆっくりと顔を上げる。


「次、あんたね」

「なんだとぉ」


先程まで争っていた相手が簡単に倒されたことに動揺しながらも、

酔って正常な状態でない為、湧き上がる怒りに任せて襲い掛かってくる。

右、左と続いた拳打を首を左右に振って躱し、左腕が伸びきったところで右手で相手の手首を掴む。

そのまま相手の手首が外側に向く様に折り曲げながら自分の方へ引き寄せる。

同時に自分も相手横を抜けるように前に進み、身を捻りながら男の横を通り抜け、

相手の肘が天を向くようにねじり、手首が首の後ろに来たところで一気に体重を掛けて引き落とす。

一連の動作で肩と肘を極められた男は成す術なく背後へと倒される。


「いでぇっ!」


何をされたか分からず男は自分の腕に引っ張られて地面に転がる。

カナタが今使ったのは合気道の技の一つで四方投げと呼ばれる技法。

昔訓練の一環で軽く習った程度だったが素人相手とはいえうまく決まった事に内心で一安心する。

地面に引き倒された男の手首を掴んだままカナタが男の耳元で囁く。


「酔うのは勝手だけど、あんまり暴れるとこのまま折っちゃうよ」


カナタの言葉に男の中から一気に酒気が抜けて酔いが覚める。

土木関係の仕事をしている男にとって手のケガは明日の生活に関わる大事だった。


「わっ悪かった。だから勘弁してくれねぇか!」

「素直で結構」


カナタは笑顔と共に男の肩を空いた方の手でポンポンと叩き、手首を掴んでいた手を離す。

ほんの数分の間に起こった出来事に野次馬達が息を呑む。


「なんだったんだ今の」

「すっげぇ」


見事な手並みに感嘆の声が上がり、やがて野次馬達から歓声が上がる。


「いいぞ兄ちゃん!」

「カッコイイ~」


歓声に沸く野次馬の前でカナタが軽く手を振って応じる。

その姿に遠目で見ていたリシッドが頭を抱える。


「このタイミングで悪目立ちするような事をするなんて・・・」

「いえ、逆にチャンスかもしれませんよ」


苦悩するリシッドだったが、シュパルの予想外の言葉に眉を顰める。


「どういう事だ?」

「カナタ少年が注意を引いた事で多くの観衆の目があちらに向いています。逆に今、野次馬達と違った怪しい動きをすれば相手は我々に動きを悟られる可能性があります」

「なるほど。カナタが注意を引いた事で今だけは大衆に紛れて近づく手が使えなくなったという事か」


リシッドの出した結論にシュパルは大きく頷く。

確かに酔客の乱闘程度の注目度ならばそのまま無視しても違和感がないが、

今のあの場の盛り上がりであればより多くの人の興味を引き、注目を集めるだろう。


「そういう事です。とはいえいつまでも引き付けてはいられないでしょうから急ぎましょう」

「分かった。しかしこれでまたあのバカに借りを作る事になってしまったな」

「返せない借りにならないといいんですがね」

「それは言ってくれるな」


リシッドとシュパルは互いに苦い表情を浮かべる。

ともあれ取るべき行動が決まった以上モタモタしてもいられない。

レティス達を先導して脇道へと入っていく。



脇道に入ってからは小走りに館への道を急ぐリシッド一行。

自分だけ守られながらカナタだけを残していく事に心配そうな表情を浮かべるレティス。


「カナタさん大丈夫でしょうか?」

「本音を言うのは癪ですが、事戦闘に関して言えばあの男が大丈夫じゃない事の方が考えにくいくらいです」

『確かに』


リシッドの答えに男連中全員が首を縦に振って肯定する。

彼らの息の合った答えに少しだけ仲間はずれにされたような疎外感を受けるレティス。


「そもそもまだ本当に狙われていると決まったわけでは・・・」

「先程まではそうだったんですがね」


レティスの言葉を遮ってダットンが背後へと視線を向ける。

言われてダットンの視線の先へ目を向けると薄暗い夜道が続いており、

奥には暗い闇が続いているだけに見える。

だが、その闇を見るリシッド達の目つきは険しい。


「どうやら追ってきているみだいなんですよね」

「えっ!」

「脇道に入ったことで逆に狙いやすいとでも思ったんですかね?」

「浅はかな事だな」


レティスはその闇からは何も感じないが、彼らは誰かいる事に確信を持っている様子。

戦いの中に身を置く彼らが言う事なのだから疑ったりはしていない。

それでも姿の見えぬ追手がいると言われてもピンとは来ない。


「っと!おいでなさった様ですよ」


ダットンの言葉の後、突如闇の中から2本の矢が飛び出す。

最後尾を走っていたジーペとサロネが振り向くと同時に剣を抜き、瞬時に矢を切って落とす。

切り落とされた矢が地面に落ちるより早く次の矢が闇の中から現れる。


「しつこいっての!」

「ですね!」


2人は油断なく構えを取ってまま向かってくる矢を次々と切って落とす。

闇の中から飛び出す矢を落とすなど並みの兵士では早々できる事ではない。

最近活躍の場をめっきり失っていたが、彼らも精鋭と呼ばれる程の兵だと改めて思わされる技の冴えだ。

危なげなく奇襲に対処する2人が背後のリシッド達に向かって声を上げる。


「隊長!ここは僕らが受け持ちます」

「そういうわけで聖女様を連れて行っちゃって下さいよ」

「分かっている。下手を打つなよお前達!」

『了解』


威勢のいい二人の返事を受けてリシッド達は迷う事無く2人に背を預ける。

レティスも内心では後ろ髪を引かれながらも、ここで迷う事が彼らの足を引っ張ると思いリシッド達に続く。


「お気をつけてくださいね」

「お任せを!」

「気にせずササッと行っちゃってくださいよ」


踏みとどまりそうになるその背を二人の声に後押しされてレティスは進む。

そのまま館へと続く坂道を駆けあがるリシッド達。


「気配は多くない。このまま一気に突っ切るぞ」

「隊長!」


シュパルの言葉と同時に目の前の建物の陰から2つの人影が飛び出す。

相手の姿ははっきりと見えないが、その手に持った金属の輝きだけで敵と認識するには十分だ。


「シャァッ!」

「シェェアッ!」


奇声と共に襲い掛かる2つの影から繰り出される鋭い斬撃。

対して相手の出現を察知していたリシッドは落ち着いた様子で剣の柄に手をかけ、

敵の振りかぶった刃の描く軌道を冷静に見極めてから腰の剣を抜き放つ。

相手の手の中の刃だけを狙って剣で弾き飛ばし、すかさず刃を寝かせて相手の顔を横から打ち据える。


「ぷげっ!」


無様な悲鳴が闇に響き、影の主が隣家の壁へとカエルの様に叩きつけられる。

電光石火の一撃の後、剣を鞘に納め振り返れば、もう一方の人影もシュパルが冷静に対処して無力化したところだった。


「隊長。こちらは無力化しました」

「よし。本当なら捕縛したいところだが、今は聖女様の安全が優先だ。館へ急ぐぞ」

『了解』


そこから館までの坂道を一気に駆けあがり、再び館正面へと続く道へと出る。

人通りはほぼなくなっており、開けた道の上には館の入り口が見えた。


「よし!もうすぐだ」


館に入ってしまえば常に周囲を守備兵が巡回している為、相手も手を出せないはずだ。

目的地を目の前にして気が抜けそうになるレティス。

対してリシッド達の表情はより一層真剣な表情を浮かべる。


(目的地を前にした時ほど油断が生じるもの。つまり狙ってくるなら今!)


そう思った瞬間、道の両側から突如リシッド達目掛けて荷車が飛び出してくる。

だがこの程度の事はリシッド達も織り込み済みである。


「ベーゾン!ダットン!」

『了解!』


2人が荷馬車の前に立ちはだかると同時に2人の持った剣が薄く発光する。


『シールドウォールッ!』


ベーゾンとダットンの声に合わせて目の前に迫っていた荷馬車がグシャリッと音を立てて歪む。

まるで見えない壁にぶつかったように前方部分が砕ける。

2人が盾になっている間にリシッドとシュパルがレティスを連れて2人の作った道の間を抜ける。

ここで護衛が2人になる事を狙っていたかのように、突如彼らの頭上に影が差す。


「えっ」

「何っ!」

「これはっ!」


三人が見上げた空には、宙を踊るようにのたくりながら落ちてくる無数の蛇。

かつて兵士としての訓練課程で教本で見た生物。

致死性の猛毒を持つ事で知られるヴァイトスネークという個体。


「シュパルッ!」

「隊長!」


咄嗟にレティスの傍に固まって迎え撃つ姿勢を取る2人。

少々危険だが落ちてくる個体全てを切り落とすしかない。

一匹でも漏らせばそれだけでレティスへの危険が増す。


(例え毒を喰らおうとも!聖女様だけは守りぬく!)


闘志をみなぎらせて落ちてくる蛇の群れを睨み付ける。

迫る蛇を見上げ、剣の柄を力強く握りしめるリシッドの耳に遠くから声が届く。


「ウィンドネルブレェードッ!」


勇ましい咆哮と共に闇の中を荒れ狂う風の刃が天へと駆け昇る。

無数のかまいたちに切り刻まれて空中の蛇達が次々とぶつ切りになっていく。


「これはっ!」


驚きに目を剥くリシッドが声のした方を見れば、右手に持った剣を振りぬいたルードの姿。


「ちぃっ!流石に全ては無理だったか」


撃ち漏らした事に悔しそうに歯噛みするルード。

その視線の先には風の刃が通り過ぎた後、難を逃れた数匹の蛇の姿があり、

重力に引かれた蛇はそのまま彼らの頭上に向かって落ちてくる。


「ちょっと肩借りるよ!」

「何っ!」


今度は坂の下から突然かかった声にシュパルが前を向いた瞬間、彼の目の前を影が真上に向かって飛び上がる。直後にシュパルの右肩に人1人分の重たい衝撃が加わる。


「うおっ」


突然の事でバランスを崩したシュパルが頭上を見上げると、

いつの間に追いついたのか、カナタが空中へと飛び上がり落ちてくる蛇の首を掴み取っていく。

指の間に蛇の頭を的確に挟み込み、両手で計6匹を瞬く間に捉えるカナタ。


「んじゃ後はよろしく~」


片手に3匹ずつ蛇を捕まえ、頭上を通り過ぎるカナタ。

残り4匹となった蛇。こうなってしまえば後は簡単だった。

リシッドが真上に向かって剣を振って4匹の蛇の命を絶ち、シュパルが降り注ぐ血の雨を払ってレティスに飛び散らない様に対処する。

血の雨の一滴までもが地面に落ちきったところで、ようやくリシッドが息をつく。


「ふぅ」

「お見事です隊長」

「見事か。今それを言われても嫌味にしか聞こえないな」


自嘲するようにそう言ってからリシッドが周囲を見渡す。

周りも静かになり、周囲から感じていた何者かの気配も消えた。


「ひとまずは追い払えたみたいだな」


昼食後の運動にしては少々過激に過ぎる部分があったが、何とかレティスを守り抜くことができた。

シュパルの方を見ると、少し疲れた様子ではあるが特に問題はなさそうだ。


「この国って空から蛇が降ってくる日とかあるの?」


折角、気持ちが落ち着ける状況になった所にカナタが適当な事を言ったので、思わず苛立った声を上げる。


「そんな訳ないだろうが!」

「まあまあ」


鼻息を荒くするリシッドをシュパルがとりなし、落ち着く様に促す。

結局いいところを全てルードとカナタに持っていかれた事で少々気が立っているらしい。

シュパルに言われて落ち着くよう自分を静めるリシッド。

そこへ、他の隊員たちが次々と集まってくる。


「隊長~ご無事ですか~」

「うわっ!なんでこんなところに蛇のぶつ切りが!」


口々に声を上げる隊員達の姿を見て、リシッドが厳しい目を向ける。


「遅い!もっと早く集まれ」

「そんな殺生な!」

「言い方キツイですよ~隊長」


口々に不満を漏らす部下達の姿に、リシッドは思わず重い溜息が出た。

今までの危機の規模からすれば大した事ではなかったとはいえ、明らかにこちらを狙った襲撃の手口に気を抜いてばかりもいられない。

気持ちを切り替えると、姿勢を正し部下達を見つめるリシッド。

そんな彼の意図を察してか全員が彼の前に整列して姿勢を正す。


「サロネ、ジーペ共に無事であります。残念ながら追手は取り逃がしました」

「かまわん。次!」

「ダットン、ベーゾン共に怪我なし!荷車周辺に襲撃者は確認できず!」

「よし。では一度館へ戻るぞ」

『了解!』


リシッドの号令の下、先程と同様にレティスを囲むようにして隊列を組み、リシッド達は急ぎ館へと歩き出す。


「いちいちあんな堅苦しい事やらなくてもよくね」


彼らのやりとりにそんな言葉を漏らしながらカナタもその後に続く。

歩き出してすぐに両手に持ったままだった蛇達が暴れだす。


「おっと、いけね忘れるとこだった」


特に理由もなく生け捕りにしたが、流石に持って帰る訳にもいかないので握力に任せて蛇の頭を握りつぶす。

グチャリと気色の悪い感覚が手の中に広がり、頭部を失った蛇の体が地面の上に落ちてのたうち回る。


「帰ってさっさと洗面所借りようっと」


両手に着いた血を軽く振って飛ばしながら、カナタもまた館へと歩き出す。


館の前では守備兵とルードがリシッド達を待ち受けていた。

その彫りの深い顔が険しさを増しており、何かただ事でない事を感じだ。

皆を代表してリシッドとレティスがルードの前へと進み出る。


「聖女様。ご無事で何よりです」

「いえ、ルード殿も先ほどはご助力感謝します」

「はっ、つきましては皆さまへ我が主より至急のお話がございます」

「至急ですか?」


ルードの言葉に一同の表情に不安の色が広がる。

先を聞くのが恐ろしくもあるが、避けては通れない雰囲気が彼から感じられる。


「はっ!これからの皆さまの旅に関する重大な事と聞いております」

「分かりました。すぐに伺います」

「では、ご案内しますのでこちらへ」


ルードに先導されてカナタとレティス、リシッド隊の面々が館の中へと入る。

この夜、カナタ達にもたらされる報せが、彼らの旅を波乱に満ちたものへと変える事など、

この時は誰も予想だにしていなかった。

少し感覚が開いてしまい申し訳ないです。

ちょっと業務が忙しくて手が回らず(言い訳)

ともあれここからいよいよ本格的な話になってまいります。


次回はなるべく早くあげれるようにしたいと思いますが

また連勤が始まるので・・・・

とりあえず次回をおたのしみに!

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