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第16話 知ラナイ街ヲ歩ケバ

ビエーラ・カラムクの館の前で不服そうな表情を浮かべる1人の少年。

グレーのVネックシャツとカーキ色の七分丈のズボンといったラフな格好のカナタ。

今、カナタが着ている服はビエーラの館の使用人が用意してくれた街歩き用の服。

どうやら食堂での一件で服も買えないほど貧乏だと思われたらしい。


(実際間違ってはいないけどね)


彼から2m程距離を空け、同じ様に街歩きの恰好に着替えたリシッド隊の面々が並んで立っている。


「もうそろそろ機嫌なおしてよカナタくん」

「そうだぜカナタ。折角の自由時間なんだし」

「ガルルルルルルッ」


機嫌を取ろうと話しかけてきたサロネとジーペを恨みがましく睨み唸り声を上げるカナタ。

その姿はまるで飼い主に捨てられて人間不信になった野犬の様だ。

歯を剥き出しにし喉を鳴らして威嚇するカナタに2人もお手上げ状態。


「ダメです隊長。手が付けられません!」

「はぁ、面倒だ」


困った様子で訴えるサロネにリシッドは大きく溜息を吐く。


ルードとの試合の後、喜び勇んでレティスの下へ駆け寄ろうとするカナタを捕まえ、

先程の発言が発破をかける為の出まかせだと伝えたところ、

途端に絶望の表情を浮かべて落胆した姿は中々に悲壮感に満ちていた。

その後からずっと今の様な調子でリシッド達に敵意を向けてくる。

元々他人の言う事を聞く様な殊勝な男ではないが今回はいつも以上だ。


「まあ、暴れださないだけまだ良かったか」

「そうですね。彼に暴れられると我等でも手に負えませんからね」


そう言って困った様に肩を竦めるシュパル。

先程の戦いを見せられたらそう思うのも無理ないだろう。

1人の兵士としてはあの場に居合わせた事は実に幸運だったと思う。

あれほどの技の応酬。見ただけでも十分に得るものはあった。

隊の者達もそれぞれに得る者があったようで皆いい表情をしている。


カナタにそんなつもりはないだろうが、隊の成長の機会を与えてくれた事に何か礼をしたいと思わないわけでもない。

だが、リシッドの自信の立場がそれを阻む。


(聖女様はきっとコイツと2人で出かける事を断らないだろう。だが我らの任務が聖女様の護衛である以上2人だけでの外出を認めることは出来ない)


そういう訳でカナタの希望を叶えてやる事は難しい。

リシッドはもう一度溜息をついて状況をややこしくした張本人に目を向ける。


「ダットン。もう少し後の事を考えてから行動してくれ」

「いや~、あの時はあれが最善だと思ったのですが・・・面目ないです」


自身のツルツル頭を撫でながらダットンが詫びる。

とはいえ彼の言う事も分かるのであまり責められない。

カナタとルードがいくら化け物じみていようとも人間。

人である以上はどんな達人だろうと疲労や集中力切れからミスは十分に起こりうる。

彼らレベルの戦いで起こったミスは大怪我か最悪、命の危険にまで及ぶ。

それを考えて早めに決着を着けさせるというのはいい判断だったと思う。


(この男の性格を利用したうまい手ではあったが、後処理の面倒くささが課題か)


考えを巡らせながらチラリと視線をカナタに向けると丁度目が合った。

キッと鋭い視線を向けられ、すぐに目線を逸らす。

普段通りであれば大体ここから下らない諍いが始まるのだが、

今回は自分達が悪いという事もあってリシッドも口を出さない。


(旅のサーカス団で飼っている猛獣は気性が荒く飼育が大変だと聞くが、今ならその気持ちが少し分かる気がする)


最も目の前の男に比べればサーカスの猛獣の方が数段可愛げがある。



ちなみに彼らが今何をしているのかというと、

明日の朝には次の街へ発つ為、これから皆で揃って買い出しに行くところだ。

先に着替え終わった男共だけ先に館の外に出てレティスの着替えを待っている。


「聖女様遅いですね」

「まあ、女ってのは着替えに時間がかかるもんだしな」

「へぇ~・・・」


サロネの言葉にジーペが得意げに鼻を鳴らす。

そんな彼の態度にジーペが冷たい眼差しを向ける。

いつもの事だ。酒場の女からでも聞いた受け売りだろうとサロネは彼の話を聞き流す。

普段ならばここで話は終わるが、今回はサロネの代わりにその話に興味を持った人物がいた。


「そうなのかジーペ?」

「えっ!いや・・・あの・・・その」


予想だにしなかったリシッドの問いにジーペのドヤ顔がすぐに引っ込む。

普段ならリシッドの前でしない様にしていたのだが、

戦いの余韻でテンションがあかったのか、つい口を滑らせてしまった。

答えに窮し、ジーペの表情がみるみる青ざめる。


というのも筋金入りの堅物であるリシッドは女性関係に関しても潔癖であろうとするクソ真面目君だ。

隊内の人間にもそれを求める節があり、爛れた女性関係等は彼のもっとも嫌うところである。


(酒屋でおねーちゃんをナンパした時の話だなんて言えるわけねぇ・・・)


リシッドの逆鱗に触れた時の事を考えてジーペが身震いする。

隊に配属された当初、ジーペはリシッドのやり方に反抗的な態度で応じていた。

当時、自分の腕にかなり自信があった彼は調子に乗ってリシッドに試合を挑んだのだが、

結果的にボコボコにされ、その高くなった天狗鼻を見事にへし折られた。

自信を失いかけたジーペにリシッドから更なる追い打ち。

鍛えなおすと言われて地獄のシゴキを味わったのは未だ鮮明に思い出される苦い思い出。

それ以来リシッドには極力逆らわない様に努めてきた。

それも今、一瞬の油断で悪夢の再来を目前としている。


ジーペは慌てて助けを求めるように仲間たちに視線を向けるが、皆知らん顔で目を逸らす。


(自業自得ですね)

(ご愁傷様)

(馬鹿め)

(たまには痛い目をみるべきだな)


皆の態度に内心が透けて見え、これにはジーペも涙目になる。

そんな事情など知る由もないリシッドは首を傾げる。


「どうしたジーペ?顔色が悪いようだが・・・」

「いや、なんでもないですよ。ハハハハハ」


乾いた笑い声を上げて誤魔化そう悪あがきをするジーペ。

リシッド達のやりとりをジト目で見つめるカナタ。

仲間はずれにされただけでなく存在も忘れられて機嫌の悪さが増していく。

カナタの不満がピークを迎えようという時、館の入り口の大きな扉が開き、

その扉の陰からレティスが顔を出す。


「すいません皆さん。お待たせしてしまったみたいで」

「っ!?」


レティスの声に一同が視線を向けると、少し恥ずかしそうな表情を浮かべるレティスの姿。

クリーム色のブラウスにグレーのロングスカートといった派手さはないが大人しく品のある服装。

日頃見ている飾り気のない白一色の服装と左程違いがない様にも思われるが、

控えめながらも女の子らしさが垣間見え、その可愛らしさが普段よりもカナタの胸を擽る。

見慣れない私服の新鮮さも相まって破壊力は抜群だ。


(生きているって素晴らしい!グラァアアアシアスッ!)


先程までの不機嫌なんぞどこかへと投げ捨てて歓喜に打ち震えるカナタ。

握った拳で小さくガッツポーズを繰り替えす姿に、周りで見ているリシッド達も苦笑いを浮かべる。


「我々の先程までの苦労は一体・・・」

「言うな。空しくなるから」


サロネとダットンが下を向いて呟き、大きくため息を吐く。

1人だけ助かったといった表情のジーペに、ベーゾンとシュパルが冷めた視線を向ける。

リシッドだけは普段と変わらない態度でレティスに応える。


「お気になさらず。ところで準備はよろしいので?」

「はい。あっ、どこか変なところとかないですか私の恰好?」


そう言ってレティスはその場でクルリと回って見せると、彼女の長いスカートがフワリと揺れてスカートが広がる。

踊るようなその仕草にカナタは心を大きくかき乱される。

対して目の前で見ていたリシッドは何食わぬ顔で感想を述べる。


「特におかしなところはないかと思います」

「そうですか」


朴念仁のリシッドに気の利いた答えなど期待するだけ無駄だが、

決して嘘をつかない彼の言葉にレティスも安堵の笑みを浮かべる。

そんな2人の姿は、傍から見ると少しだけいい雰囲気に見えなくもない。


「聖女様ってもしかして隊長の事気になってたりすると思う?」

「どうでしょうかね。どっちかっていうと同僚とか同志って気もしますが」

「それよりもまず、あの隊長が色恋に興味あるかどうか・・・」

『確かに』


頷きあい2人の関係を勘繰るサロネ達の姿は、昼休憩のOLが他人の恋愛話に花を咲かせるのに似ている。

彼らの2人の関係を疑うような会話の内容を漏れ聞いて、カナタの顔から表情が消える。

その心中は表層の無表情と異なり嵐の中の小舟の様に揺さぶられまくっている。


(あのボケ貴族がレティス様のタイプなんて嘘だろ?確かに外見はモテそうな気がしないでもないが、あんな性格が岩石みたいなヤツ一緒にいても疲れるだけだろ。俺が女だったら億の金積まれたってお断りだ。つかあんなのと結婚とか決まった日にはエアーズロックから身投げするレベルだろ実際)


嫉妬心から頭の中で散々リシッドを酷評したところで、レティスの気持ちが気になり恐る恐る顔を上げる。


「どうかしましたかカナタさん?」

「わっ!?」


いつの間にか目の前に立っていたレティスに思わず驚きの声を上げる。

上目遣いにカナタを覗き込むレティスの瞳。

綺麗な碧色の瞳の瞳に見つめられて心臓の鼓動が早まる。


「いや、なんでもない。なんでもないよ」


照れて赤くなるしながらもなんとか取り繕おうと言葉を絞り出す。


「そうですか?ならよかったです」


カナタの態度に少し疑問を感じながらも、はにかんだ様な笑顔で答えるレティス。

そんな彼女を見てカナタは自分の内側の熱が噴火寸前の火山のように煮えたぎり、噴火しそうになるのを必死で抑え込む。


(ヤバイ。俺は今日死ぬかもしれない。こういうのなんて言うんだっけ萌死?)


逆上せあがった頭で、もはや死語となった単語を思い浮かべ、

なんとか高まる心に余裕を取り戻そうとするのだが、その僅かな余裕すら粉砕すべくさらなる追撃が加えられる。


「それじゃ行きましょうか」

「そだね。・・・って、え?」


不意に右手の中に感じた柔らかな感触に、ぎこちない動きで視線を向ければレティスの細い指が自分の手の中にある。

驚きのあまりそれが自分の手だと一瞬認識できなかった程に狼狽するカナタ。

なんとか理性を押さえつけてレティスに視線を戻すと、変わらない笑顔がカナタを迎える。


「一緒にお出かけするんですよね?」

「☆&%#\○っ!」


こみ上げる嬉しさが突き抜け過ぎて思考が遠くへと飛び去った。

押し寄せた圧倒的歓喜の熱量にカナタの脳がオーバーフローして煙を上げる。

先程までの戦いで見せた勇ましさなど、もはや欠も感じさせない腑抜けが1人出来上がった。

遠くの花畑に思考が飛び去ったカナタを余所に、話を聞いていたリシッドが慌てて手を上げる。


「お待ちください聖女様。街へは私達も一緒に参りますので」 

「そうなんですか?さっきの約束だと2人だけで行くんだと思っちゃってました」


どうやらレティスはレティスで護衛される側としての認識が薄いらしく。

護衛する立場としてリシッドは頭が痛くなる思いだがそれを言い出せるわけもない。

事情が分からず不思議がるレティスにリシッドはあくまでも平静を装って理由を告げる。


「申し訳ありません。ダットンの言葉が足りなかったよう聖女様を誤解させてしまった様です」

「そうなんですか。じゃあお買い物の間も皆さん一緒なんですね」

「はい、聖女様にはご不便をおかけしますが・・・」

「いいえ、皆さんの事は頼りにしてますので引き続き護衛のお仕事よろしくお願いしますね」

「はっ!」


姿勢を正して敬礼するリシッドに部下達も続いて敬礼する。

街に出かけるだけなのに一々面倒くさいヤツ等だとつくづくは思う。

いつも真面目すぎて堅苦しい男だが、こんな男でも今は居てくれないと困る。

当初二人きりになれない事に随分と落胆していたがそれは早計だった。


(手握っただけでこんな状態なのに、このまま2人きりになんてなったらきっと俺は死ぬ。色んな意味で!)


茹で上がった脳味噌で辛うじて出したその答えに1人頷く。

男共を前にレティスが手に持った巾着袋のようなものを差し出す。


「ビエーラ様から旅の資金の足しにとお金を頂いてきました。このお金で旅の準備をしましょう」

「本当ですか!」

『おおおおお!』


喜びに歓声をあげる一同。ダットンに至っては早速頭の中で金勘定を始める始末。

彼らの喜びようにレティスも満足そうに頷く。

その様子を見ていたカナタだけがどこか釈然としないものを感じる。


(それって俺が体張って稼いだ金じゃね?まあ、いいんだけど)


確かめるように自分の右手の指を動かせば、手の中でレティスの細い指が微かに握り返すような感触。

たったそれだけの事が今は何よりも嬉しい。


(彼女の手を今だけでも独占できるなら、金なんて惜しくはないかな)


どれだけの金があっても、きっと得られない手の中の幸福感に自然と頬が緩む。


「それじゃ、行きましょうか」


レティスの言葉を合図に男達はぞろぞろと街へ向かって歩き出す。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



街の南門から領主ビエーラの館へ向かって続く大きな坂道。

その道こそがノストのメインストリート。

道の両側には大小様々な商店が並び、脇道には露店がひしめき合う。

店先には売り子が立ち、威勢のいい声で客引きをしている。


「そこなご婦人!どうだい新しい鍋だよ~」

「いい魚入ったんだがどうだい奥さん!」

「おにいさ~ん寄ってかないかい。おいしいポラフ焼きだよ~」


今まで訪れた村々の落ち着いた静かな雰囲気とは違い、行きかう人も多く活気に満ちている。

人々で賑わう通りをレティスに手を引かれながら歩くカナタ。

最初は心臓が口から飛び出るかと思う程だった鼓動の高鳴りも今は随分と落ち着き、

夢見心地でレティスの後をついて歩く。

一方のレティスはというと辺りをキョロキョロと見渡し、隣のダットンと話をしている。


「何から買いますか?」

「そうですねぇ」


レティスの問いかけにダットンがその輝く頭をフルに活用して計算を始める。

金庫番を任されるだけあって彼の金銭感覚はかなりのものだ。

ダットンに言わせると他のメンバーでは限られた資金で活動する護衛部隊の財布を管理するに向いていないとか、


「リシッド隊長とシュパル副隊長は貴族の家柄だから金銭感覚が市民感覚からはズレていて必要でないものをまで購入しそうで危険です。サロネとベーゾンは市民感覚過ぎて自分の趣味で無駄遣いして支出に偏りが出る可能性がありこれも危険があります。ジーペ?論外ですね。あの男にお金を預けたりしたら豪遊に費やして隊は三日と保たずに路頭に迷いますよ」


というのが以前カナタが聞いたメンバーに対するダットンの評価だ。

中々辛口の評価だがレティスを含め、皆の生活を預かっているのだから当然の事かもしれない。

ダットンは肩から下げていた少し大きい布袋の中から、タ○ンページと同じぐらい分厚い帳面を取り出す。

その分厚い帳面を一切の迷いなくめくって目的のページを開く。

チラリと見えたページに記載された文字と思しき記号の羅列。

生憎とカナタはこの国、というかこの世界の言語が読めないので書いてある内容は全く理解できない。


(な~んで言葉は理解できるのに文字は読めないんだろ)


理由について思いつくのは音情報である言葉と視覚情報である文字の違い、

音は耳に届けばそれだけである程度の情報を得る事が出来る。

声の調子で人の感情が分かるのは、発した言葉の音階の高低等にも情報が含まれるからだ。

対して文字はその形や配列など法則を理解する基本知識がなければ永遠に読解などできない。


(会話できるからそこまで不便はないけど、文字も覚えないと今後色々と苦労しそうだな~)


こうして日々を過ごすだけでも目の前には積み上げられていく課題の山。

なのにカナタには学もない。金もない。仕事もない。棲む場所もない。当然身寄りもない。

生きていく上で圧倒的に足りないものが多すぎて、もう数える気も起きない。

悩み多きカナタが先行きに不安を感じている間にダットンは帳簿から必要な情報の確認を終える。


「ここからだと次のユーステス領までは大凡4日の道のりとそれほど距離はないですが、間に村が1つしかないので、なるべく旅に必要な食料と飲み水はこの街で確保したいですね。後は代えの衣服に防具ですかね」

「じゃあまずは食料品店ですか?」

「そうですね。ただ食料は少しでも長く保たせるためにも出発直前に鮮度の良いものを手に入れるのが望ましいので、今日の内に必要分を購入して明日朝一番に入った品を荷馬車に運んでもらうよう手配しましょう。飲み水に関しても同様ですね」

「なるほど。流石ですねダットンさん」


レティスの賞賛を受けて鼻高々といった様子のダットン。

カナタとしてはダットンが褒められているのは面白くはないが、専門外すぎてどうする事も出来ない。


「とりあえず、いくつか店を回って値段や品質を比較。値の安さばかりに目が行くと品質の悪いものを掴まされる事もあるので要注意。もちろん提示された値段に満足してはダメです。値段交渉はきっちり行って少しでも出費を節約。幸い数量を多く仕入れると大体の店は値引き交渉に応じてくれます」

「どうしてですか?」

「どの商店も当然ながら在庫を残したくありません。売れないとお金にならないですし、特に食品は日が経つにつれて鮮度も落ちてすぐ売り物にならなくなりますから大変です。でも一定数は在庫確保していないと、顧客のニーズに応えられず店の評判が落ちてしまったりします。そうならない為に店頭に並んだものの他にも予備在庫を必ず用意します。ただ多くの場合、この予備在庫がなくなる事はありません。何故なら予備だからです。ただし今回の様な大量注文があった場合はこの予備在庫を吐き出す事が出来るので店にとってはその分利益となる訳です。なので本来損失分を考えれば多少の値引きをしてでも利益を得られる方がいいのです」

「そういう事なんですね」


ダットンの説明に感心しきりのレティス。

尊敬の眼差しを向けられるダットンだったが、

その背後からカナタの嫉妬の篭った視線を向けられ思わずその笑顔も引き攣る。


(目つき凄っ!というかその顔は人前で見せちゃいけない顔だって!)


呪いでも掛けれたならば二十か三十は掛けかねない怨念に満ちた顔をしているカナタ。

後ろから何やら黒いオーラでも立ち上っていそうな雰囲気に圧倒されダットンは慌てて話題を逸らす。


「ここで喋っている時間も勿体ないので早速店を回りましょう」

「そうですね」


ダットンを先頭に、立ち並ぶ商店の店先を順番に巡り始める一行。

普段の村々だとレティスの装束と護衛のリシッド達の恰好ですぐ身元バレしてしまうが、

今日は皆地味な街歩きの恰好をしているので違和感なく溶け込めている。

たまにリシッド達が腰に下げた剣が注意を引くこともあるが、

この街は旅のハンターや冒険者と呼ばれる者も逗留するのでそこまで悪目立ちもしない。


(紛争地帯だと銃を持った兵隊が歩いてても大して気にしないのと同じって事かな)


日本でならば武器を持った人間が街中を闊歩する等ありえない事だが、

戦いが日常に隣り合った環境では武器というモノに対する警戒心が低くなるのは異世界も同じらしい。

街の様子にそんな印象を抱きながら行きかう街の人々を観察を続ける。

そうこうしながら食料品の店などを数件回っていた時、不意にある店の前で前を歩くレティスの足が止まる。


「?」

「どうかされましたか聖女様」

「いえ、ちょっと・・・」


訝しむリシッド達にレティスは首を左右に振って何でもない事をアピールをする。

カナタは直前まで彼女の視線が向けられていた場所に目を移す。

脇道に並んだ露店の一つに女性ものの装飾品の店。

流石に露店で宝石は売っていないようだが、綺麗な石のネックレスやブレスレットが並んでいる。


(いくら聖女とか言われても、やっぱり年頃の女の子だけあってああいうのにちゃんと興味あるんだな)


レメネン聖教会の十六聖女等と呼ばれ、どこか浮世離れしたところのある彼女の、

女の子らしい内面を知る事が出来てカナタは少しだけ手を繋いだ彼女との心の距離が近くなったような気がする。


(こういう時は男らしく何か買ってあげるのがカッコイイんだろうけど・・・)


残念なことに未だカナタの手元には自由に扱える金がない。

ビエーラの話だと明日には懸賞金の支払い準備ができるのでそれまで待つよう言われている。


(くっそ~!折角のチャンスが!)


少しでも気を引けるなら金など惜しまないと思うその思考は、キャバ嬢にのめり込み高価な貢物をする客の様でかなり危険な状態。

幸いと言うべきか1ビーツも持ちあわせず、借金を出来るような身元の保証もないので何も出来ない。


「気にしないでください。それより次はどこのお店ですか?」

「そうですね。食料は大方見終わりましたから後は代えの服と下着等ですかね」


カナタがどうにかしようと考えを巡らせている間に一行は買い出しを再開する。

結局何もできないまま手を引かれてカナタも歩き出す。

ただ、このままチャンスを不意にするまいと露店の場所と店主の顔を高速で脳にインプットする。


(店主の顔がヤクザっぽくて覚えやすい!場所も坂の上から6つ目の脇道の一番手前だな)


レティスに引っ張られながらもなんとかそこまで覚える。

明日金が手に入り次第速攻買いに来ようと心に決める。

それから5分程道を歩いた所で、1軒の店の前で一行の足が再び止まる。


「では、我々は表で待ってますので」

「分かりました」

「?」


ここまでレティスにべったりとくっついていたリシッド達の思わぬ言葉。

何事かと思って店の前のディスプレイに目を向ければ、木製の人型が胸と腰部分だけに布を纏って立っている。


(この世界にマネキンってあるんだ・・・というかここってもしかして)


慌てて店先をくまなく確認するが、どうやら間違いなさそうだ。


「この世界にも女性用下着専門店とかあるんだ」


思わず声に出して呟いていたカナタの肩に背後から不意に手が置かれる。

振り返ってみると心底意地の悪い顔をしたリシッド。


「そういう訳で"カナタ殿"。聖女様の事をくれぐれもお願いします」

「・・・はあっ?」


言っている事の意味が分からない事と、馴れ馴れしく話しかけてくるリシッドの違和感で事態が呑み込めない。

そんな状態のカナタに畳みかけるようにリシッド隊の面々が次々と口を開く。


「カナタくんって確か聖女様と2人になりたかったんだよね」

「ひゅ~っ羨ましい~」

「良かったな。おっと俺たちの事は気にしなくていいぜ」

「我々はここで待っていますので」


彼らの言葉の一つ一つが脳に染み込んだところでようやく彼らの思惑を理解する。


(こいつら!俺をハメる気だ!)


流石に女性用下着の店に野郎共を引き連れて入ればレティスが恥を掻く。

だが、彼女の身の安全を守る為には誰かしらは彼女に同行する必要がある。

そこでリシッド達が考えたのがカナタを生贄にする事だった。

カナタと言えど女性用下着の店に入るなど相当に勇気がいる。というかそれ以前に入りたくない。


(ヤバイ!このまま黙っていたら俺はあの羞恥地獄に叩きこまれる!)


慌てて何か言おうと口を開きかけた時、手の中のレティスの指の力が強まる。

何事かと反応してみれば恥ずかしそうに頬を赤くしたレティスの顔。


「その、すみませんがよろしくお願いします」

「ひゃい」


今にも消え入りそうな小声でそんな事を言われてしまえば、もうカナタに抵抗する術などなかった。

手を引かれて無抵抗のカナタの姿がレティスと共に店の中に消える。

それを見送るリシッド達の表情は清々しいまでに爽やかだった。


「いや~よかったです。彼がいてくれて」

「カナタさん自身へのご褒美にもなりますしね」

「喜んでくれるといいな」

「今だけは2人きりにしてやろう」


まるで悪気無くそんな事をいう彼らの姿は実に悪党であった。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



店内には色とりどりの女性用下着。

流石に地球の下着程のクオリティはないにしても中々に艶やかな世界が広がっている。

そんな店の中で石の様に固まって動かないカナタ。

店内で買い物をしているご婦人方から向けられる視線で針の筵だ。


(ド畜生めぇええええ!あいつら絶対後でぶちのめす!)


心の中で血の涙を流しながら外で待つ男共への報復を固く誓う。

居心地の悪さに逃げ出したいところではあるが、レティスにお願いされた以上逃げ出す事は許されない。

カナタとしては下着そのものに対して思うところは特にないが、

ここが男が容易に踏み入っていい空間で無い事ぐらいは分かっている。

所在なさげに視線を彷徨わせるカナタの目には先程から数人の男性客の姿を捉えている。

恐らく恋人の買い物に付き合っている様だが向こうも居心地は悪そうだ。


(カップルってみんなこんな事してるのか?すげぇな)


男性の方に多少の照れはあるものの和気あいあいと会話しているカップル達に感心する。

そこへいくつかの下着を抱えたレティスがカナタの傍に戻ってくる。


「あの、試着室の方に行きますね」

「・・・ワカリマシタ」


周りのカップルのようにうまくいかずロボット口調になるカナタ。

その姿に顔を赤くしながらもレティスが可笑しそうに笑う。


「サイズの確認だけします。すぐに終わらせますので」


そう言って試着室の中に引っ込むレティス。

仕切りのカーテンの向こうから度々布擦れの音が聞こえ、それだけで悶々とするカナタ。


(何コレ?新手の拷問?捕虜に関する国際条約は?)


頭の中は大混乱状態に陥りまっとうな思考が出来ない。

大切にしたいという思いと獣の欲望がせめぎ合いを続ける。


「あれ?入らない・・・嘘、また大きくなっちゃたかな」

(何が!何が大きくなったの!)


燃える欲望の炎の中にニトロを放り込むような言葉が耳の中に飛び込み、

カーテン一枚向こうの情景を思って妄想が加速する。

かつてない程に荒ぶる欲望に理性が必死の抵抗を続ける。

その後は特に会話もなくただひたすらに天国であり地獄の様な時間が30分程続き、

レティスが会計を終える頃にはカナタは燃えカス寸前になっていた。


「すいませんでした。付き合ってもらって」

「いや、なんのこれしき」


レティスの言葉に気力をすり減らしきったカナタが元気なく答える。

かつて戦ったどんな戦場よりもある意味過酷な戦いだった。


(主に自分との戦いだったけど)


店の外に出たところで、待っていたリシッド達が一斉にこちらを向く。

何かおもしろい事でもあったのだろうか全員がニヤけた表情をしている。

もちろんその理由などカナタには分かり切っている。


(こいつら・・・タダで済むと思うなよ)


ほとんど残りカスになった気力に怒りの炎を滾らせてカナタが視線を向ける。

オレンジ色に染まる空の下で報復について考えを巡らせる。

カナタの内心を知ならいレティスが柔らかな笑みを浮かべて振り返る。


「カナタさん。すいませんね私達の買い物に付き合わせて、本当なら最後にこちらからお礼をしないといけないはずなのに」

「ん?最後」


突如彼女が口にした言葉の意味が分からず一瞬脳がフリーズする。

急いで記憶を掘り返し、今まで忘れていた重大な事実を思い出す。


(そういや俺、一緒に旅するのここまでって話のままだった!)


先程までの天国と地獄もリシッド達への怒りも一発で吹き飛び、

カナタはこの日一番の大問題を目の前に思考の海へとダイブする。

カナタさん悶絶回。

次回はノストからの旅立ち予定。

カナタとレティスはこのまま別れてしまうのか!?

的な感じですかね

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