第15話 騎士カラノ挑戦状
二十貴族会が1人。ビエーラ・カラムクの館の裏手に建てられた学校の体育館程の大きさの建物。
ノストに常駐する王国の兵士が訓練に使っている練兵場である。
建物の中央には土色の地面が露わになった楕円形の広いスペース。
そこを囲むように塀があり、その外側には周囲から観戦できるような簡素な造りの長椅子の座席。
さながらスペインの闘牛場を思わせる場所の中央にて、
カナタはビエーラの騎士であり孫であるルード・カラムクと向かい合っていた。
「逃げるなら今の内だぜおっさん」
カナタからの安い挑発を受けたルークが不満そうな表情を浮かべる。
「先程の話を聞いてなかったのか?私はまだ25だ」
「生憎アンタの歳なんか興味ないよ。顔がおっさんだからおっさんでいいだろ?」
「・・・その減らず口。すぐに叩けなくしてみせよう」
「あんたにそれが出来るかな?」
早くも火花を散らせる2人の前に、ビエーラに言われて武器を取りに行ったサロネが剣を2本持ってやってくる。
「なんで僕がこんな雑用を・・・やっぱり下っ端だと思われてるからかな~?」
「まあまあ、拗ねるなよサロネ」
不満を口にするサロネを宥めながらその腕の中から剣を受け取る。
カナタに続いてルードもサロネから剣を受け取る。
「訓練用の片手剣です。きちんと刃引きされてる事は確認しましたんで斬れる事はないと思いますが、油断してると大怪我しますんでくれぐれも注意してください」
「分かっている」
「りょ~かい」
2人は受け取った剣を鞘から抜いて刀身を検める。先端を潰し反りのない両刃の長剣。
長さ80㎝程の金属塊は持っているだけでも中々に重量感がある。
また随分と使い込まれているらしく刀身が曇っており金属らしい輝きはない。
見るからに切れ味は悪そうだ。
手にした武器の確認を終えたカナタが剣の先端を地面に付ける。
「正直、自分の得物でやりたいんだけどね」
「私はそれでも構わないが」
実際、真剣勝負を望んでいるルードにとってはそちらの方がむしろ望ましい。
彼の言葉をカナタは首を左右に振って即座に否定する。
「やめとく。あんた強そうだし加減できずに間違って殺しちゃいそうだから」
「ほう。言ってくれる」
カナタの言葉にプライドを傷つけられたルードは鋭い目を向け、より一層闘志を燃やす。
ルードの思いを知らず。手で持った剣をブラブラとさせながらカナタは自分の武器である2本の刃『ヘンゼル』と『グレーテル』の事を思い浮かべる。
未だ実戦で使用していないが、丸太すら両断するその切れ味は既に確認しており、
ルード程の相手と戦えばその性能上冗談抜きで殺しかねないバケモノ武装である。
(ホントにあのグスダンって親父はどうかしてる)
思い出し笑いを浮かべるカナタを見てそれが余裕の笑みだと勘違いしたルード。
「随分と自信があるんだな」
「う~ん。自信って言うのとは少し違うし本当は余裕もないんだけどね。まあ殺し合いじゃないし、それにここんとこ相手にしてきたのに比べると、あんたからはそれほど凄みを感じないってだけなんだけど」
「なに!」
流石に今の物言いには腹が立ったらしくルードの語気が強くなる。
思わず出た自分の声の大きさに慌てて取り繕うように口元を抑えて拭う。
この男はどうやら騎士らしく振舞おうとするあまり自分を抑圧しすぎている風に見える。
その辺りも脅威を感じない要素の一因なのかもしれない。
「まあいい。戦ってみれば答えは自ずと出るだろう」
「そうそう。舌だけクルクル回っても仕方ない」
ルードが内心で必ずカナタに一泡吹かせて見せようと意気込むが、
対するカナタは失うものが特にないので怪我だけはしないようにしようと思う程度。
(とはいえ、向こうさんもかなりの手練れっぽいし逃げるのも楽じゃないな)
これからの戦いの事を考えると憂鬱である。
ビエーラの話では相手をすれば勝っても負けても報奨金は出してくれるらしい。
流石に接待プレイできる程の技量差はないと思うのでこちらも真面目にやるが、戦い流れや決着事態はある程度好きにやらせてもらう。
ふと、目の前の相手から視線を外して周りとみると、
観覧席の方でビエーラ、レティス、リシッド隊の面々がこちらを見ている。
レティスなどは心配そうな表情を浮かべてカナタに視線を送っている。
(まあ、俺が大怪我したらレティス様が責任感じちゃいそうだし、何より可愛い娘の前ではいい所を見せたいというのが男心、なるべく勝つ方向で頑張りますか)
カナタ自身こういった勝負はあまり気乗りしないが、いい加減諦めて腹を決める。
「ところでお2人さん防具は?」
「イラネ」
「彼が着けないなら私もつけない。だが、本当にいいんだな。大怪我をしても知らんぞ」
カナタの身を案じて2人が最後の確認をする。
2人が防具を勧めるのも無理はない。
ルードは身長190cm代と大柄でリシッド達よりも一回り体も大きく力も強い。
とはいえ悪欲三兄弟程の筋肉モリモリというわけでもない。
剣を自在に操る為に必要な筋肉と機動力を落とさない程度に身軽さを持ち合わせた、高身長の割にはバランスの取れた体格だ。
対するカナタはルードと比べれば低身長で体格も貧相に見える。
何も知らない人が見れば誰だってルードの方が勝つと思うだろう。
勿論この体格差。ルードの一撃を喰らえばカナタとて無事では済まないはず。
だが、カナタは頑として防具を着けようとはしない。
「邪魔だから要らないよ。臭くてダサくて重いし」
「・・・わかった。これ以上は何も言うまい」
「ですね。時間も勿体ないんでサッサと始めましょうか」
どこまでも譲らないカナタにルードとサロネも説得を諦める。
剣道の様に互いの間合いの少し外で向かい合う2人。
審判役としてシュパルが立会人を務める。
準備を終えた2人を確認しサロネが観覧席へ向かう。
「んじゃ僕も観戦させてもらいますが、くれぐれも2人とも大怪我とかしないで下さいよ。手当とか本当面倒くさいんで」
「・・・さぁ?それはあちらさんに次第かな」
サロネの言葉にカナタがルードの方へ顎をしゃくって見せる。
水を向けられたルードが真剣な表情でそれに答える。
「生憎、試合と言えど手を抜く気はない」
「だってさ」
「騎士様に目を付けられるなんてカナタくんもついてないね~」
他人事でよかったと言わんばかりに笑顔で去っていくサロネをカナタは冷めた目で見送る。
(絶対に後で泣かす)
サロネへの報復を胸に誓ってカナタが目の前の相手に向き直る。
距離にして2m程の空間を空けて対面する両者。
両者の間に立つシュパルがルールの説明を始める。
「試合は相手が降参するか、私が続行不能と判断した段階で終了とする。目つきと金的は禁止。もちろん相手が降参した場合の追撃もなしだ。それでは私の合図と同時に試合開始とするがよろしいか?」
「問題ないよ」
「ああ、こちらもそれで構わない」
説明が終わり、ルードがゆっくりと剣を鞘から抜くと、鞘を捨てて正眼に構える。
リシッド達と初めて会った時と同じ構えだ。
カナタはというと剣を鞘から抜かずに鞘の中ほどを持ったまま立っている。
「早く剣を抜いたらどうだ」
いつまでも剣を抜かないカナタにルードが焦れて声を掛ける。
審判役のシュパルも始めて良いものか悩んでいる。
「このままはじめちゃっていいよ。シュパル」
「そうか。分かった」
「なんだと!」
カナタの了解を得て試合を始めようとするシュパルに対し、
ルードは苛立ちのあまり再び声を荒げる。
だが、今更待ったをかけるのも変な話なのでシュパルは気にせず試合開始の合図を出す。
「はじめっ!」
「待っ!」
準備できていないと判断して開始を止めようと声を出しかけたルードの目の前に突如、鞘の付いた剣の先端が飛び込み、その右頬を強く打ちつけた。
「っ!?」
一瞬何が起きたか分からずに叩かれた右頬を手で抑える。
口の端が切れて血が滲み、叩かれた頬が熱を帯びてジンジンと痛む。
(一体何だ今のは・・・まだ試合は始まっていないのに)
殴られた事を自覚すると同時に相手の卑劣な手口に怒りで胸が熱くなる。
怒りの赴くままカナタを睨み付けるとヘラヘラと憎らしい笑みを浮かべている。
「挨拶代わりの一発で目は覚めたかいおっさん」
「何を言っている。この様な卑怯な手で・・・」
今のは無効だ。認められない。そうルードが口にしようと口を開きかけるが、
それよりも早く、カナタが子供の様な笑顔でルードに告げる。
「良かったな。今のが野盗だったらアンタ死んでたぜ」
「っ!?」
その言葉にルードの体の中を雷で撃たれる様な衝撃が走る。
それはカナタに対する怒りではなどではなく。
自分自身への愚かさを思い知らされた事に対するものだ。
(私は何と甘い考えをしているんだ。私が本来戦うはずだった相手は野盗。それも正々堂々等とは無縁の悪漢だ。この少年に仇である野盗の代わりをさせておきながらなんという体たらくか!)
ギリリと音が成る程歯を食いしばったルードは、
すっくと立つと先程打たれた右頬とは反対の左頬を自分で強く殴りつける。
「ぐっ!」
痛みで脳がぐわんと揺れるが、今はこの痛みが自分には必要だと判断し耐える。
これにはカナタを含めて見ている者皆驚いたらしく目を丸くしている。
「何やってんの?」
「何の事はない。自分の思い違いを正しただけだ」
「あっそう」
まだ一発頬を叩いただけなのに勝手に盛り上がっている目の前の男が少し不気味だ。
カナタの事を侮っているみたいだったから初撃でちょっとからかったのがどうやらそれが悪かったらしい。
目の前の男から漂ってくる気配が変わる。
「少年よ名を何と言ったか?」
「カナタだけど。別に覚えておかなくてもいいよ」
「カナタ。その名忘れる事がない様胸に刻もう」
「そういうの別にいらないです」
こうして喋っている間も相手の隙を窺っているのだが、先程までと違って打ち込めるような隙が見当たらない。
どうやら先程の一撃で眠っていた獅子を起こしてしまったらしい。
(やべぇ。これちょっとマズイかも)
目の前の相手の変わり様に内心で冷汗が止まらない。
カナタのなるべく楽して懸賞金獲得しようという思惑は序盤から早くも暗雲立ち込める出だしとなる。
そんなカナタの内心等知る由もない観覧席の面々。
2人の様子を離れた位置から見ていたビエーラはどこか楽しそうに笑う。
「あのボウヤ。中々味な真似をするじゃないか」
「と、いいますと?」
ビエーラの言っている事が理解できずに首を捻るダットン。
リシッドやレティス達も多少の違いはあれど同じ感想を持った様でビエーラの言葉を待つ。
「ウチの孫は最初完全にあのボウヤの実力を信じてなかった。まあ、あたしもだけどね」
「それは・・・無理もないですね」
普段のカナタの様子を思えば、あれが凶悪な野盗を全滅させるだけの力を持っているなど誰も思うまい。
「そうして侮った結果がさっきのアレだ。開始早々いいのを一発貰う羽目になっただろう」
「確かに」
開始と同時にルードの右頬を打った一撃。
正直かなり卑怯な手口ではあったがシュパルの開始の合図が出た直後である為、
それに文句をつけるなどお門違い。油断したやつが悪い。
「ボウヤにしてみればあの一撃で決着を着ける事も出来た。なのにそれをしなかった。こんな面倒事はさっさと片付けちまいたいだろうにねえ」
「どうしてでしょうかね?」
「さあね。真意は分からないが、おかげでウチの孫から油断はなくなってボウヤを本物の強敵と認識した様だ。この戦いこれからおもしろくなるよ」
『おぉ~』
ビエーラの見立てに皆が感心して声を上げる。
本人の知らぬ所で勘違いから勝手に自分の株が値上がりしている事などカナタは知る由もない。
ただ、盛り上がる面々の中でリシッドだけが違う感想を抱く。
(あのアホがそこまで考えているとは思えん。どうせムカついたからからかってやろうとして虎の尾を踏んだだけだろう)
何故か犬猿の間柄であるリシッドだけがカナタの置かれた状況を的確に見抜いていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
勝手な憶測で盛り上がる外野の言葉等耳に入らない。
それほどに今のカナタの状況は切迫していた。
「ヤバッ!」
直感に従って咄嗟に右膝を折って態勢を崩す。
星の引力に引かれて体が沈み込むと同時に、眼前を金属の塊が突き抜けていく。
その行く先を見届ける事無くカナタは折った右膝に力を込めて左へ飛ぶ。
直前まで自分の体があった場所に真上から剣が振り下ろされて地面を穿つ。
「ほぉ!これも避けるか!」
決まったと思った連撃を躱されたにもかかわらずルードはどこか嬉しそうだ。
本気で戦い始めた時から彼の目には親の仇の影など見えていない。
目の前にいる強者との出会いを神レメネンに感謝しているくらいだ。
(想像以上!想像以上だ!)
目の前のカナタは今まで出会ってきたどんな敵とも違う。
ルードは騎士になる為過酷な訓練。過酷な任務をこなしてきた。
任務の中で屠ってきた野盗等は100を超えてからは数えるのを止めた。
王国兵士は実戦よりも訓練で強くなる為、いざ実戦だと実力を出し切るのが難しい。
だが騎士は訓練までも実戦形式であり、立ち会いの末に死者が出る事もある。
それを乗り越えた一握りだけが二十貴族会の貴族に仕える専属騎士になれる。
そんな一握りの存在である事にいつしか慢心していた己を恥じる一方で、
目の前の少年の技の冴えには賞賛を送りたい。
(これならどうだ!)
剣を引きながら息を溜め、剣突と同時に吐き出す。
今日見せた中では一番早い突き。
(避けられない!)
回避が間に合わないと判断するなり、ルードの突きの軌道上に自分の剣を振り上げて割り込ませる。
剣の側面を盾代わりにしてルードの突きを受けるが、
力も体格も違う為体ごと後ろへ吹っ飛ばされる。
「くぅっ!」
「むっ?」
突きがぶつかった瞬間の違和感にルードは眉を顰める。
剣を押し込んだ瞬間の手ごたえが途中から途絶えたのだ。
(なんだ今の手ごたえは?)
自分の手の中の剣を見るが機能の大半を削いだ金属の塊に変化は見られない。
すぐにカナタの方へと視線を向けると、手の中の剣の刃がこちらを向いている。
どうやら直撃と同時に手の中で剣を半回転させて衝撃を散らせた様だ。
(これも凌ぐか!)
俄然やる気になるルードとは対照的にカナタの表情は冴えない。
どうも戦闘開始時に変に相手のやる気スイッチを入れてしまったらしく攻撃の手が早く反撃の隙が作れない。
(始まる前はそうでもなかったのになんでやる気が増してるんだこのおっさん!)
今の突きにしたって刃引きしてても当たり所によっては即死レベルだ。
ちょっと休憩を入れたいところだが残念ながら向こうにその気はないらしい。
「本当。厄介なおっさんだ!」
突進と同時に斬りかかってくるルードの間合いを測る。
(少しだけ間合いが遠い、という事は・・・連撃!)
上段からの斬り下ろしに向かって飛び込み、頭上に降ってくる刃を半身になって躱す。
目と鼻の先を刃が通り過ぎていくのを肌に感じるが、喉元過ぎればなんとやら、
相手が下から切り返すよりも早く攻撃に移る。
右手に持った鞘を付けたままの長剣を相手の手首目掛けて振り下ろす。
「なんのぉ!」
気合の咆哮と共にルードが右足を踏ん張って後ろへ下がり剣を引く。
カナタの斬撃が空を切る中、ルードは左脚を軸に体を横に回転させて、、
一回転しながら引いた剣をカナタの側頭部目掛けて横薙ぎに振るう。
(マズッ!)
右から迫る刃に手に持った剣の柄から手を離し、外腹斜筋を使って無理やり体を左側へ倒す。
ルードの一閃を躱す。視界の端では斜めに倒れる先程手放した剣の姿。
その刀身を足先で跳ね上げて再び右手に掴む。
姿勢を低くした保ったまま空いた左手で地面を掴むように手をつく。
地面を引っ掻く様に勢いをつけルードへ向かって突進する。
その姿はまさに得物に襲い掛かる猛虎の様に勇ましい。
「ッラァアアアアア!」
ルードにとってカナタの実力が想像以上だった様に、
カナタもまたルードを余興で応じる相手ではないと判断し闘争本能を加速させる。
目の前に迫るカナタを前に、心は熱くしながらも頭は冷静にルードが迎え撃つ。
飛び掛かって斬りつけるカナタの刃を長剣を振り上げてぶつける。
が、体重と回転の乗った一撃は想像より重く。勢いを殺しきれず踏鞴を踏まされる。
「おおおおぅ」
後ろに2歩下がった所で態勢を立て直すが、既にカナタの姿は眼前に迫っている。
「チィッ!」
今度は弾かれまいと両手足に力を込めて応じようとするが、その時点で既にカナタの術中。
斬りかかると見せかけて踏みとどまり、力が入って動きが鈍った剣を握った手元目掛けて左足で蹴りつける。
お忘れかもしれないがカナタの半長靴はチタン鋼板入り。
凶悪な靴底で踏みつけられてボギリと音を立ててルードの右手中指の骨がへし折れる。
「ぬがあぁああ!」
この試合が始まって以来初の痛打にルードが苦悶の表情を浮かべる。
だが、その手に握った剣を手放したりはしない。
むしろ蹴りで片足立ちの状態のカナタに向かって体当たりを仕掛ける。
謀らずもショルダータックルの態勢となって肩がカナタの胸に減り込み、
その体を後方へと吹き飛ばす。
「ぐぇっ!」
無様な声を上げて後ろに飛ばされたカナタが地面の上を転がる。
衝突の衝撃で肺の中から空気が減り、減った空気を補おうと肺が空気を求める。
その影響で息が早まり呼吸が荒くなる。
「ぜぇ・・・・はぁ・・・はぁ・・・騎士様にしちゃ随分雑な体当たりをしてくるもんだ」
距離にして4m程離れた相手との距離。
だが2人とも間合いはショートレンジ。近づかなければ何も始まらない。
「うわ~超近づきたくない。もう終わりにしたいな~」
わざと観覧席に聞こえるような声でそう呟いて見せる。
勿論、観覧席にいた全員にその呟きが聞こえる。
カナタの言葉にビエーラはどう思ったのか気になったサロネが尋ねる
「ああ、言ってますけど?」
「何言ってるんだい。こんな中途半端じゃルードだって納得しないよ」
「ですよね~」
思っていた通りとはいえ、若干カナタが気の毒になってくる。
「それにアンタ達だって2人のどっちが勝つか見てみたいだろ」
「う~ん。それは確かにありますね」
カナタと騎士の戦い。
騎士の戦いなどは訓練で何度か見たことがあるが、
カナタの戦い方をちゃんと見るのは今回が初めてだ。
大蛇との闘いは気絶していて見ていないし、
野盗との戦いも多くは山中で倒し、村の中での戦いもダゴとの戦いを一部見ただけだ。
(ホント、普段とは別人にしか思えないね)
2人の戦いぶりを見てそんな感想しか出てこない。
王国でその実力を認められ騎士と呼ばれる者は100人と決して多くはない。
その中でも貴族付きの騎士となれば20人しかいない。
そんな相手を前に全く引けを取らない戦いを繰り広げるカナタ。
これほどの戦いを今後の人生で見られる機会などもうないかもしれない。
騎士であるルードの剣技を理想の手本とするならば、
カナタの技術は自分達の技の欠点を突くものであり両者の動きから学ぶところは大きい。
同じ芸当等到底不可能だが、見ているだけでも十分に勉強になる。
(ただ、1人だけすごく不満そうだけど・・・)
2人の攻防を興味深く眺めている隊員の中、
サロネが視線を向けた先には苛立たし気な表情を浮かべるリシッド。
どうやら彼にとって目の前で繰り広げられる戦いはおもしろくないらしい。
(隊長機嫌悪そうだな~)
いつもいがみ合っている相手が王国でもトップクラスの実力者を相手に対等に渡り合っているのだから。
リシッド自身カナタとの実力差については理解しているし認めてもいる。
それでも日頃憎まれ口を叩きあうようなある意味対等な関係の相手。
それが自分よりも格上の相手に善戦しているのだから置いていかれた様な気分なのだろう。
「そりゃ、おもしろい訳ないですよね」
「ん?どうかしたか?」
「い~え、何でもありません」
何やら憐れみにも似た視線を向けてくるサロネにリシッドが怪訝な顔をする。
それも束の間の事。刃同士がぶつかり合う金属音を聞いてすぐに2人の戦いに目を向ける。
2人がぶつかり合う度に同じ場に立てない自分の弱さを苦々しく思う。
ただ、彼の思いの中でサロネが思っていた事と違う事が一つある。
それはカナタがルード相手に手こずっている事。
(おまえの実力はそんなものじゃないはずだ)
これは試合。命がけの戦いでない以上2人とも本気と言えど実戦気持ちの入り方が違う。
この場での勝敗がそのまま2人の実力を示すことにはならない。
だが、それでもリシッドはカナタの方が強いと思っている。
人間としての好き嫌いは別として周りが思っている以上にリシッドはその実力を高く評価している。
だからこそ騎士相手に手を拱いているカナタを歯痒く思う。
なんとも身勝手な話ではあるがそれがリシッドの本心だ。
「いつまで遊んでいるつもりだ・・・馬鹿者め」
「・・・ふむ」
ご機嫌斜めなリシッドの呟きを聞いたダットンがその輝く頭に策を閃く。
自分の前で心配そうに戦いの行方を見守っているレティスに声を掛ける。
「聖女様。カナタさんが心配ですか?」
「そうですね。男の方同士の事ですので私には止められませんが、2人とも大怪我だけはしてほしくないです」
「そうですか。でしたら私にこの場を治める妙案があるのですが」
「本当ですか?」
レティスの問いにダットンは笑みを浮かべて大きく頷く。
「勿論でございます。よろしければお耳を拝借」
「はい!」
ダットンがレティスの耳元に口を寄せてそっと耳打ちする。
その内容を聞き終えた後、ダットンを見てレティスが困った様に眉根を寄せる。
「本当にそんな事でいいんですか?」
「はい。効果はテキメンかと思われます」
「はぁ」
どこか納得のいっていない様子のレティスだったが、
とりあえずダットンに言われた内容を実践すべく今なお刃を交わす2人の方を向く。
「カナタさぁああああん!」
レティスの上げた声が2人の耳に届く。
「ん?」
「なんだ?」
レティスの声を受けた2人が間合いを離して声のした方を向く。
流石にここで集中力を切られるのは展開的にキツイのだが、
美少女に呼ばれたとあっては応じないわけにもいかない。
幸いKYだと思われたルードもここは空気を読んだらしく仕掛けてこない。
(ただ、混乱してるだけか、聖女だから気を使ってるのかは知らないけど)
とはいえ長々と話をしている程の余裕もないので軽く手を上げて観覧席の方を見る。
視界に映ったのは雑草(リシッド隊)と枯れ木に囲まれた一輪の可憐な花。
その姿を見るだけで陰湿な老婆に強いられた罰ゲームも耐えられるというモノだ。
和むカナタに向かってレティスがさらに言葉を続ける。
「この試合が終わったら2人でお出かけしましょ~う」
『えっ!?』
「なん・・・だと・・・」
レティスが口にした言葉にダットンを除いた全員が唖然とする。
先程まで喜々として戦いを観戦していたビエーラですら困り顔だ。
「聖女様。流石に今のはこの場でする話じゃないよ」
「そ、そうですよね」
レティスが恥ずかしそうに頬を染めて下を向く。
提案したダットンはというとしたり顔で2人の方を見ている。
「やれやれ。これでボウヤが怪我でもしたら・・・」
「勝ったな」
「勝ちですね」
「これで終わりか。いい勉強になったぜ」
レティスの行動に不満を漏らすビエーラだったが、
その周りでリシッド隊の面々が口々に戦いの決着を示唆する発言をする。
驚きに慌てて彼らの方へと視線を向ける。
「どういう事だい下っ端。まだ流れはどちらにも傾いていないように見えるけど」
ビエーラの質問にサロネは既に決着が見えている様に答える。
「いや~今ので決まりましたね。カナタくんの勝ちです」
「根拠は」
「彼は男の子ですからね」
「は?」
サロネの言っている事の意味が分からず首を傾げるビエーラ。
「見ていればすぐに分かると思いますよ」
そう言ってサロネが向かい合う2人の男を指さす。
ビエーラは黙って彼が指さす方へと視線を向ける。
「2人でお出かけ・・・・2人でお出かけ・・・邪魔者はいない・・・」
「さっきから何をブツブツ言っている!」
聖女の話は済んだと判断したルードがカナタへ向かって斬りかかる。
カナタはというと先ほどのレティスの言葉を脳内で何度も反芻し、迫るルードに気付いていない。
(これが終わったらレティス様とお出かけ。2人きりで・・・それはつまり!)
その言葉の意味するところを理解したカナタの目がカッと見開かれる。
目の前にはルードが迫りその手に握った刃を横に振りカナタに迫る。
(この様な決着。恨みますよ聖女様!)
決着の一撃と思われた右から左へと流れるような一閃は、カナタの体をすり抜けて空を斬った。
「なんだとっ!」
目の前の出来事が信じられずに目を剥くルード。
直後、その顔面に向かって黒い影が迫る。
「くっ!」
咄嗟に首を後ろに引いて回避しようとするが、躱しきれずに右のこめかみ近くを鋭い痛みが襲う。
痛みに右目をつぶりながらも左の目で今の影の正体を追う。
そこには鞘をつけたままの剣を振り抜くカナタの姿。
(何!先程まで完全な無防備だったはず!)
ルードが驚いている瞬間すらもカナタの動きは止まらない。
態勢を崩して後ろへ下がるルードに向かって追撃をすべく駆けだす。
ルードへと襲い掛かるカナタを突き動かす衝動それは、
(デート!デート!デートだ!)
ただ異性と逢引するだけの為に全力で目の前のルードを圧倒。
なんとも現金で安上がりな性格をしている。
迫るカナタを近づけない様に剣を真上から振り下ろす。
が、ルードの剣の間合いの半歩前でカナタの体が急停止し、
その切っ先はカナタの目の前で通り過ぎて地面に届く。
急激なチェンジ・オブ・ペースで相手の距離感を狂わせる。
カナタの目の前には伸びきったルードの腕とそこへ続く橋の様な剣。
「あんたに時間は掛けてらんないんだよ!」
長引けばデートの時間が減ってしまうという理由で勝負を決めに掛かる。
声と同時にカナタはルードの持った剣を踏んで前に飛ぶ。
空中で身を真横へ捻りながら顔面目掛けてローリングソバットを繰り出す。
「ぬぅおっ!」
咄嗟にルードが左腕を盾にしてカナタの蹴りを受ける。
左腕に加わる力と固い感触が痛みを生んで腕を駆けあがる。
歯を食いしばってカナタの足を払い除ける。
開けた視界には身を翻し、剣を真横へと振るうカナタの姿。
左腕は足を弾いた時の痺れでうまく動かない。
右腕は剣を握ったままだが今から戻しても間に合わない。
1秒もない時間の中でルードは考える。
この一撃を受ければダメージは免れないが、戦いは続けることができる。
そう考えた時、遠くに見える己の祖母の姿が目に留まる。
どこかから声が聞こえた気がした。おまえは何者かと。
その問いに対する答えに気付いた瞬間、ルードの口から自然と言葉が漏れた。
「私の負けだ」
「っ!?」
横に振った刃が相手に届く寸前でカナタが手首を返して剣の軌道を変えて真上に逸らす。
あと少し宣言が遅ければ危うく直撃させる所だった。
無理やりな軌道修正をした為、着地と同時にバランスを崩して尻餅をつく。
「いってて」
座り込むカナタの前にルードが右手を差し出す。
「大丈夫か?カナタ殿」
「どうってことないよ」
差し出された手を掴むとルードの力強い手に引かれて立ち上がる。
立ち上がって尻についた砂を手で掃う。
身についた砂等を軽く落としたところでルードに向き直る。
「満足できた?」
「満足・・・という訳ではないが、こんな八つ当たりが無意味だという事は理解した」
「そう。なら俺はお役御免って事で」
「ああ、面倒を掛けた」
誠意をもって頭を下げたルードの謝罪をカナタは素直に受け取る。
そこへ2人のやりとりを見守っていたシュパルがゆっくりと近づく。
「ルード殿。これでよろしいか?」
「ああ、文句のつけようもなく私の負けだ」
「分かりました。では・・・勝者カナタ!」
「はい拍手~」
シュパルの勝者宣言にカナタが1人で拍手を送る。
ルードとしては喜べる結果ではないので苦笑いを浮かべるしかない。
決着を見届けた観覧席のビエーラはしばらく声も上げられずにいた。
「・・・驚いたね。本当に勝っちまったよ」
「私もびっくりです」
レティスが声を掛けてから戦いの流れが目に見えて変わった。
ルードに巻き返す余地すら与えないままの決着に、
切っ掛けを作ったレティスもそれ以上言葉が出てこない。
だが、リシッド隊の面々は何一つ驚く様子すらなく席を立つ。
「大体、予想通りです」
「だな」
「もう一波乱ぐらいあっても良かったですけどね」
「ルード殿ならもう少し粘るかとも思いましたが・・・」
口々に戦いに関する意見を口にしてカナタ達の方へと歩き出す面々。
1人座ったままのリシッドはどこか嬉しそうな顔を浮かべたまま下を向く。
(まったく。最初から実力を出しておけば良かったのに・・・アホめ)
心の中で1人悪態をついてリシッドが顔を上げると、ダットンが見下ろしていた。
「どうしたダットン?」
「隊長。カナタさんの説得お願いしますね」
「は?」
ダットンの言った言葉の意味が分からずに首を捻るリシッド。
一方のダットンは苦笑いを浮かべて言葉をつなぐ。
「流石に護衛対象である聖女様をカナタさんと2人きりで行動させるわけにはいかないでしょ」
「あっ!」
ダットンの告げた言葉にリシッドの表情が引き攣る。
あの問題児を説得する等という面倒事を前にしてリシッドは暗澹たる面持ちを浮かべるのだった。