第14話 亡者ノ爪痕
カラムク領ノスト。
領主ビエーラ・カラムクの館。
館内にある大食堂にカナタ、レティス・リシッドとその部下達。
使用人達が退出した後、静まり返った食堂内にて、
彼らは自分たちをこの場に集めた領主ビエーラ・カラムクの言葉を待っている。
「さて、それじゃあ何から話そうかねぇ」
「ビエーラ様、お話の前に少しよろしいでしょうか?」
話始めようとするビエーラの前でサロネが手を上げる。
その出鼻を挫く割り込みにあからさまに嫌な顔をするビエーラ。
「何だい下っ端。人がこれから話そうって時に邪魔すんじゃないよ」
「差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですがどうにも気になってしまいまして」
身を小さくして恐縮するサロネにビエーラがため息交じりに先を促す。
「仕方がないねぇ。あたしは気が長い方じゃないんだ。さっさと言いな」
「ありがとうございます。では1点だけ、ビエーラ様のお話というのは今我々が座っている席の並びと関係がある事でしょうか?」
「並び?」
サロネの言葉でカナタが今、自分たちが座っている座席順を見る。
館の主たるビエーラを正面に見て右側に前からカナタ、リシッド、シュパル、ベーゾン。
左側にはレティス、間を1席空けて、ダットン、ジーペ、サロネとなっている。
一通り並びを確認したが別段変な印象はない。
「この並びって変なの?俺の為のご褒美席だと思ってたんだが」
『そんな訳ねーだろ!』
カナタのボケた発言にリシッド隊の面々から総ツッコミが入る。
先程まで借りてきた猫の様に大人しかった男達のいきなりの息の合った行動に、流石のビエーラも唖然となっている。
(なんなんだいこの子達はさっきまで大人しいと思ったら・・・)
領主であるビエーラを前にここまでふざけた態度を取る者は珍しい。
そんな不遜な彼らが少しだけ不快で少しだけ可笑しく思える。
ふと彼らと旅を共にするレティスを見れば、ニコニコと笑顔を浮かべ事の成り行きを見ている。
彼女の表情からこれが彼らの普段通りのやりとりなのだろうと理解し、様子を見る事にする。
「今カナタくんが座っているのは、本来であればリシッド隊長が座ってるはずなんだよ」
「え!なんか嫌だなソレ」
「どういう意味だ!」
カナタの言葉に即座に反応し、こめかみに青筋を浮かべるリシッド。
頬をヒクつかせて凄む隣席の男をまるで意に介するどころかカナタがさらに煽る。
「言ったまんまだよ。分からなかったのか貴族様?」
「分からなかったらそもそも聞き返してないんだよクソガキィ」
懲りもせずに鋭い視線をぶつけあう2人に一同がため息をつく。
「隊長殿とカナタ少年。話が進まないからそのぐらいにしてくれないか」
「ぐっ。・・・すまない」
「・・・申し訳ない」
シュパルの申し出に我に返ったリシッドが頭を下げる。
カナタもバツが悪そうにしながらそれに続く。
シュパルのしきりでようやく大人しくなる2人の姿にジーペがサロネに耳打ちをする。
「リシッド隊長は親戚で面倒見てもらってたから分かるが、なんでカナタはシュパル殿の言う事を素直に聞くんだ?」
「さぁ?そういや前に世話になった人に似てるとか言ってましたよ」
「ふ~ん。なるほどなぁ」
場が落ち着いた所で、ビエーラが一つ咳ばらいをし、
一同の注目が自分に集まったのを確認してから話を始める。
「下っ端の言った通り。この場においてはボウヤがあたしにとっては一番の客になる」
「僕、下っ端で固定なんですかね」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何でもないです」
小声で不満を呟いたサロネだったが耳ざといビエーラには筒抜けで、
威圧的な鋭い視線を向けられ居すくめられる。
縮みあがるサロネを無視して今度はシュパルが疑問を向ける。
「カナタ少年が一番の客という事は先程おっしゃった魔獣か野盗に関係がある事でしょうか?」
「・・・そうだね。じゃあ、まずはそこから話をしようか」
シュパルの割り込みに一度溜息をつくとビエーラは一度瞑目し、深く息を吐く。
自分の中で目まぐるしく動く感情を整理し、それを終えたところで目を開く。
目の前の老婆から向けられる真剣な眼差しにカナタも思わず姿勢を正す。
「あたしは今年でもう77歳になるんだが、未だに領主なんて役割をやってる。本来なら二十貴族会の座を後進に譲って、楽隠居してる歳なのにだ」
「そうなの?」
「ああ、二十貴族会の貴族は長くても70歳で引退して後進に座を譲っている」
カナタの問いにリシッドが珍しく嫌がらずに答え、カナタもそれを素直に聞く。
それだけ2人がビエーラの話に関心があるという事なのだろう。
リシッドの説明が終わったところでビエーラが話を続ける。
「確か、あたしの息子には昔会った事があっただろフォーバル家の坊ちゃん」
「ルウク様ですね。お会いしたのは子供の頃に王都で一度と、後は他家の晩餐会で二,三回でした。気さくに接してくださる明るい方だったと記憶していますが」
「そうだね。お人好しな所を除けば、頭も良くていい領主になれると思っていたよ。じゃあ、その息子が死んだのは知ってるかい?」
ビエーラが口にした言葉にリシッドが驚きの声を上げる。
「えっ!亡くなられたんですか!一体いつ」
「そうだね。もう6年前になるかねぇ」
ルウク・カラムクとは左程縁があったわけではないが、
体格は少し小太りでリシッドにとっては気のいいおじさんという印象だった。
父に連れられた幼いリシッドににこやかに握手を求めてきたのは今も覚えている。
「そんな・・・。知りませんでした。その頃はまだ訓練兵として王都外におりましたもので」
心から気落ちした様子のリシッドにビエーラは少しだけ表情を軟化させる。
「別に責めちゃいないよ。王都にも死んだとしか伝えてないしね」
「ご病気ですか?それとも事故か何かで?」
問い詰めるように立て続けに質問するリシッドの前で老婆は頭を左右に振って彼の言葉を否定する。
そこでリシッドはようやく目の前の老婆の言わんとしている事を理解する。
「当時はあたしも引退する気でねぇ。領主の仕事を息子に引き継いでいた。近くの村に数人の護衛を付けて夫婦で視察に行かせた時、奴らが現れたのさ」
「悪欲三兄弟ですね」
「ああ、同行した護衛もろとも皆殺しだったよ。死体なんて呼べるモノすら残らなかった」
誰もが一瞬、息を忘れる程に重たい空気がその場に沈黙が下り、
気まずい静寂が部屋の中を満たす。
彼女の受けた痛みを思えば誰も言葉を発する事が出来ない。
「憎かった。許せなかったよ。あたしは確かに二十貴族会の1人。あたしらの発言一つで多く民の生き死にを左右できる立場だ。だけれど同時に人の親だ。ルウクは随分と歳を取ってからようやく授かった1人息子。それをあんな惨い殺され方をするなんて・・・思い出すだけで頭がどうかしちまいそうだよ」
老婆は震える己の手を強く握りしめて机に振り下ろす。
細い木の枝の様な細腕が乾いた音を立て、その音が室内に空しく響く。
「それからは血眼になって奴らを追った。懸賞金も他とは比にならない程に釣り上げたし、腕の立つ傭兵も雇った。それでも奴らの命には届かず領内の村は次々と焼かれて多くの犠牲が出た」
机の上の手を震わせ、悔しさをかみ殺す様に俯き強く唇を噛みしめる。
年老いて乾いた唇から抑えきれない荒ぶる思いが吐息となって漏れ出す。
もはやこの世にいない相手と言えど、子の仇への憎しみは未だに深い事がその姿から伝わってくる。
カナタ自身。対テロ部隊にいた時に似た様な場面は幾度も目にしてきた。
そしてその思いは例え相手を殺したしても晴れる事が無い事を知っている。
(世界は違っても人の心に違いはない・・・か)
カナタはそんな思いを抱きながら目の前の老婆を見つめる。
荒い息を静めて少しだけ落ち着いたビエーラがその顔を上げる。
「それでもあたし達は諦めきれなくてね。随分と長い間奴らを追った。確実に仕留められる機会を伺い、準備も進めてきた。それでもどこか心配だった。また失敗するんじゃないかってね。そうして手をこまねいている間も村は焼かれ、民は死んだ。無能な領主があったもんだろ?」
「いえ、そのような事は・・・」
自嘲気味に笑うビエーラにリシッドが言い淀む。これは他の領内でも十分に起こり得た事だと思う。
たまたま運悪く奴らが狩場にしたのがカラムク領だったそれだけの事。
それだけの違いでしかないのだ。
だがビエーラは領主である以上その責は負わねばならない。
「次に奴らが現れたらあたしの持つ全てを使って奴らに挑む。そう決めて準備を進めていた時だよ。ヘソン村襲撃の報を聞いたのは」
そこまで言い終えた所でビエーラが目の前に集まった者達の顔を見渡す。
1人1人が複雑な感情を抱いた表情を浮かべている。
なにを言うべきか思い悩む一同を代表しリシッドが続きを促す。
「それで・・・どうされたのですか」
「間に合わない。そう思って諦めた。それでも、村一つ犠牲にしてでも逃げる奴らを追って最後の戦を挑むつもりだった。その結果、死のうが生き残ろうが責任を取って二十貴族会は退くつもりでいた」
そこでビエーラの言葉の中に少しだけ混じった嘘のにおい。
恐らく目の前の老婆は元より死ぬつもりだったのだろうとカナタは気付いた。
だが、今、彼女は生きている。
「結果は知っての通り。私達が出発するより前に、あの極悪非道で知られた悪魔の様な男共は、こんなどこの馬の骨とも分からんボウヤ1人に全滅させられた!こんな話聞いた事あるかい?」
先程までと打って変わって話に熱がこもり語気の荒くなるビエーラ。
その様子の変わり様に皆が反応に困りカナタを見る。
「言いたい事は分かるけど俺の扱い酷くね?」
「まぁまぁ」
「まったくとんだ肩透かしを喰らったもんだよ」
内に溜め込んだ熱を放出するように言い放つビエーラを前に、カナタが軽く頭を下げる。
「なんか悪かったな婆さん」
「本当だよ。必死に準備に準備を重ねてきて、決死の覚悟までしたあたし達はとんだ道化さ」
怒りが収まらないのかビエーラが感情のままにカナタを責める。
謂われのない文句を言われるカナタを庇ったのはリシッドだった。
「そうは仰いますが、こちらも命がけだったのです。認めたくはありませんがコイツがいなければ村は全滅していました。我々とて今、ここでこうして居る事はなかったと思います」
カナタの為に熱弁を振るうリシッドの姿に部下達も揃って首を縦に振る。
ただ、そんな彼を見てカナタは、
「おまえ・・・なんか悪いものでも食ったのか?」
「うるさいな。ちょっと黙ってろ」
少し苛立ったリシッドに言い返そうとカナタが口を開きかけた時、
目の前のビエーラが自分の前に手をかざしてそれを制する。
「あたしとした事がこの年になって少々熱くなりすぎたみたいだね。・・・フォーバルの坊ちゃんが言う通りだ。結果として私の領内の村は救われた。その礼はしなくちゃならない。・・・いいや、それも少し違うね」
老婆はそう言って目の前に座るカナタの両手を取って強く握る。
しわがれたその手は少しだけ冷たいが、その内側に宿る熱が握った手を伝って流れてくる。
その熱が目の前の老婆の偽らざる感情。そして次に出る言葉に嘘が無い事を伝える。
「ボウヤ。あたしの村を救ってくれてありがとうよ。息子の・・・ルウクの仇を取ってくれて・・・ありがとう」
そう言ってカナタを見るビエーラの頬を一筋の涙が伝う。
1人息子を失い、時が経ち、もう苦しみと悲しみの果てに流しつくし枯れ果てたと思っていた涙。
だが、この時のために残っていたのか最後の一滴は頬を流れて床に落ちた。
ビエーラ自身思っていなかった涙に思わず自嘲の笑みを漏らす。
「はは、まったく。ただでさえ最近化粧のノリが悪いってのに、これ以上年寄りから潤いを奪おうってのかい」
「心配しなくても外見は枯れ木と大して変わらないから気にするなって」
ビエーラを気遣っての発言だろうが、カナタの吐いたセリフにリシッドとシュパルがギョッと目を剥く。
瞬く間にその表情から血の気が引いていく。
それもそうだ、相手は仮にもが国の最高機関の1人。そんな人物に対して今のカナタの発言は流石に無礼が過ぎる。
先程ビエーラ自身が言ったカナタを客として迎えているという事を信じれば多少の無礼は許されるだろうが、
流石に今のは怒らせたんじゃないかと恐る恐る様子を窺う保護者2人。
(大丈夫なのか・・・?)
見ればビエーラの肩が小刻みに震えている。
その様子に一瞬本気で怒っていると思いかけだが、よく見れは表情は穏やかに笑みを浮かべている。
「領主であるあたしに随分な事を言ってくれるじゃないかこのボウヤは。・・・まあいい、今のは大目に見てあげるよ」
「そいつはドーモ。領主様」
「・・・はぁ」
どうやらビエーラの怒りを買うような事態にはならなかったらしくホッと胸を撫で下ろす2人。
それにしても権力者相手でも、まるで態度を変えないカナタにリシッドの心に再び芽生える疑問の種子。
(本当にこいつは何者なんだ。国の最高機関である二十貴族会を相手にこの場を思い通りに操っているのか?それとも何も考えていないのか?)
目の前の男の顔を再度窺うが、答えなど分かろうはずもない。
ただ、その笑い顔には策略どころか知恵の一つも使ってる風には見えない。
(ああ、こいつはきっと何も考えてないな)
カナタの横顔からそう確信するリシッド。
「ところで婆さん。礼なら言葉よりもなんというか形になるものが・・・」
「なんだい金かい?その年でもう守銭奴を気取る気とは。まったくロクな育ちをしてないねぇ」
カナタの言葉にビエーラが眉根を寄せるて不満を漏らす。
だが、カナタも今後の生活が懸かっているのでここは譲れない。
「ロクでなしは自覚してる。まあどう言われようと心が痛まないんでどうでもいいや。それよりこっちは借金があるんで早くこの重荷から解放されて身軽になりたいんだよ」
「その歳で借金とはいったい何をやったんだい?」
「それについては私がご説明します領主様」
そう言って手を上げたダットンの頭部が陽光を反射して強く主張する。
「カナタさんは野盗討伐に際しまして村長と取引をされたんですが、その取引において戦いの際に発生した村への被害額の全てを肩代わりする事になったんですよ」
「なんだいそりゃ?なんでボウヤがそんな事をする必要があるんだい」
「我々もそう思ったんですが、本人がそれでいいと言うモノでして・・・」
ダットンがいやはやと呆れた様な視線をカナタへと向ける。
カナタはその眼を受けてもどこ吹く風と表情を変えない。
「別にいいじゃん。懸賞金たくさんもらえるんでしょ?」
「ああ、そういう事かい。随分と気前がいいと思ったらそんなこと考えてたのか」
「生憎自己犠牲なんてお綺麗な生き方を出来る程、真っ直ぐな生き方はしてこなかったんでね」
「・・・そうかい」
そう言ってカナタはおどけたように肩を竦めて見せる。
その言葉を受けたビエーラはというと先程までとはまた表情が変わっている。
一言でいうと曖昧。
ここまでははっきりと感情を示してきたその顔が、迷いに揺れている。
「どうかしたか婆さん?」
「いや、懸賞金500ガノ。私としては払うのはやぶさかじゃないんだが・・・」
「えっ!まさかお金ないの?」
ここまで来てまさかの展開にカナタの表情が引き攣る。
流石にこれで懸賞金が出ないとなると格好つけて出てきたカナタとしては赤っ恥の上に、
それなりに高い額の借金を抱え込むことになってしまう。
(考えなかったわけじゃないけど・・・それは勘弁してほしいなぁ)
カナタは最悪のパターンを想定するが、すぐにビエーラがそれを否定する。
「いや、違う。そうじゃないよ」
「どゆこと?」
「・・・はぁ。こういうのはあたしも好きじゃないんけどねぇ」
その時、食堂の出入り口の方から2度扉を叩く音が響く。
音につられて全員の視線が扉の方へと注がれる。
扉の向こうには人の気配。明らかに中から声が掛かるのを待っている様子。
しばしの沈黙の後、何かを諦めたようにビエーラが扉の方へ向かって声を掛ける。
「いいよ。入っておいで」
「ハッ!失礼致します!」
力強い男の声の後、木の両扉を押し開けて声の主が部屋へと入ってくる。
現れたのは短く切り揃えた赤茶色の髪に水色の瞳をした彫りの深い顔をし、
屈強そうな体躯を黒い軍人用の礼装で身を包んだ男。
初対面の印象としては真面目で堅物な感じがリシッドよりも強い。
部屋に入った男にビエーラが疲れた様な表情を浮かべる。
「身内相手にその堅苦しい態度はやめなって言ってんだろ。ルード」
「そうは参りません。私はあくまで二十貴族会の貴族ビエーラ様に仕える騎士でありますので」
ルードと呼ばれた男は仰々しい態度でビエーラにそう告げると、
ズカズカと部屋の中を進んでカナタとビエーラの間に割り込むようにして立つ。
視界を塞ぐ目の前に立った男を見上げると鋭い視線が迎え撃つ様に見下ろしていた。
(あっ、これ面倒臭そうなヤツだ)
目が合った瞬間そう思った。
リシッドも生真面目で堅物な男だが、目の前の男はその数段上の堅苦しい感じがする。
「貴方が、かの野盗共を屠った者・・・相違ないか?」
「ソウデスケド」
「であれば、不躾で申し訳ないが私と立ち会って頂きます」
「・・・はっ?」
いきなり突き付けられた言葉にカナタは頭の上に疑問符を浮かべる。
リシッド隊の面々も状況が呑み込めずに目を白黒させ、
この事態を想定していなかったレティスも首を左右に振ってオロオロしている。
ビエーラだけが自分の椅子に背を預け大きなため息を吐く。
「まったく。客人に対して名乗りもしないとは礼儀は教えたはずだよ」
「これは、申し訳ありませんビエーラ様。どうにも気が逸ってしまいました」
「謝るならあたしじゃなくてそこのボウヤにだろうが」
「はい。お祖母様」
「・・・・・」
ビエーラの言葉に恐縮しきりのルードと呼ばれた男。
礼儀について叱責を受けているが一向にカナタへ謝ってくる気配はない。
(コイツ絶対に頭弱い系だな)
先程からのやり取りだけでそれだけは確信を持てる。
こういう手合いはカナタが苦手とするところだ。何せ話が通じない。
ここからの展開を考えて憂鬱になるカナタの前でしばらくお説教が続いたが、
一通り話終えたところでビエーラが視線をカナタへ戻す。
「まったく。誰に似たんだか・・・とにかく紹介するよ。この子は私の孫、つまりルウクの息子で名をルードという」
「以後お見知りおきを」
「はぁ」
促されるままに一礼するルードに、ぎこちなく応じる周囲の面々。
流石に彼の態度にどう対応していいか分からない様子だ。
動揺する周囲を余所にルードは自分の言葉を続ける。
「では挨拶は済みましたので早速立ち合いを・・・」
「待てやコラ。そんなの応じるなんて一言も言ってないぞ」
勝手に話を進めようとするルードにカナタが食って掛かる。
文句を付けられたルードは憮然とした態度を崩さず、逆に問いかけてくる。
「何故?武人ならば試合の申し出があれば応じるのが筋というもの。臆病風にでも吹かれたのですか」
「なぁ~にが武人だアホ。アンタさてはKYだろ。生憎こっちはただ住所不定無職の大貧民だから武人なんてけったいなもんじゃありません~」
「けーわい?何を言ってるか分かりませんが、武人でもない者が領内で恐れられた野盗を倒したなどそんな話が信用できるとでも?」
「そんなのそっちの都合だろ。俺の知ったことじゃない」
「何だと?」
カナタの放った言葉にルードの彫りの深い顔がより険しいものになり、
2人の間の空気がみるみる険悪なものへと変わっていく。
だがこうなるのは当然。名誉を重んじる誇り高い騎士であるルードに対し、金で敵を殺す傭兵のカナタでは水と油の関係なのだから。
視線で火花を散らす2人を見てビエーラがやれやれとため息をつく。
「待ちなルード。あんたの手前勝手な都合ばかりを押し付けるんじゃないよ。せめて相手にきちんと事情を伝えてからにしな。後、ボウヤには悪いけどこの子の為にちょいとばかし付き合ってもらうよ」
「申し訳ありません。ビエーラ様」
「ええ~。なんで俺が・・・」
恭しく老婆に一礼するルードと文句をぶー垂れるカナタ。
そんな彼らを見て隣席のリシッドがやれやれと肩を竦める。
「まったく。話を聞かされる続ける身にもなってほしいものだ」
リシッドが呟いた言葉にレティスを含め、隊の面々が思わず苦笑いを浮かべる。
「・・・あなたがそれを言いますか」
「何か言ったかシュパル?」
「いえ、何も」
シュパルはそれだけ言うと、カナタ達の会話へと意識を向ける。
「ボウヤには面倒をかけて悪いね。だが、この子も長い修行の末にようやく騎士にまでなり、両親の復讐を果たせるだけの力を付けたのに、狙ってた仇を横から見も知らぬ他人に奪われたんだ。この子の親代わりとしては行き場を失った思いを吐き出させる機会を与えてやりたい。そうなると奴らを倒したおまえさんは適任って事になる」
「なんで?」
納得いかないといった様子のカナタに、ビエーラはさも当然と言わんばかりに答えを寄越す。
「簡単な事さ。ボウヤに負けても奴らに負けた事にはならないし、ボウヤに勝てば奴らに勝った事と同義かそれ以上って事になるからねぇ」
「んな無茶苦茶な」
「ビエーラ様。別に私はそのような・・・」
「あんたは黙ってな。話がややこしくなるから」
「・・・はい」
口を挟もうとして祖母に叱責を受け、ルードは言いかけた言葉を飲み込む。
騎士として主人の命令に服従している故か、それとも祖母と孫という間柄故に逆らえないだけか、
ともかく他人には分からない2人だけの歪な関係がそこに垣間見える。
一方、外堀を徐々に埋められて、いよいよ戦うしかなくなってきたカナタは未だ悪あがき中。
「嫌だよ。絶対厄介な予感しかしないし。強いんだろこのおっさん」
「おっさ・・・」
「孫はこれでも25歳だよ」
「えっ!そうなの?あまりにも老けすぎて分からなかった」
カナタの言葉にリシッド達が口元を押えて必死に笑いを堪える。
これには流石のビエーラも半笑いになっているが、
その隣ではルードが顔中に青筋を浮かべて血走った目でカナタを見ている。
どう見ても怒っているのは明らかだ。まあ、分かった上で煽っているわけだが。
「はぁ、じゃあ仕方ないね。それじゃあ懸賞金はなしって事になるが?」
「ナニソレ!横暴すぎでしょ!そんな事許されるわけないでしょ」
断固として権力には屈しないという姿勢を取るカナタに、
老婆は今日この場において最上級の悪い笑みを浮かべる。
「知らなかったのかいボウヤ?この街においてはあたしが法さ。そしてそういう我儘を許されるのが権力者ってもんなんだよ」
「キッタネー!オニ!アクマ!クソババァ!」
「貴様!黙って聞いていればお祖母様に向かって!」
殴りかかる勢いで一歩踏み出すルードをビエーラがその細腕を前に出して止める。
瞬間、湯沸かし器のように熱くなった体内の熱に歯止めがかかる。
下がっていく熱と対照的に冷静になる頭で、
怒りで咄嗟に『お祖母様』と呼んでしまった事を思い出し自分を恥じる。
(お祖母様は気にするなと仰るが二十貴族の騎士たるもの公私の分別はきちんとつけるべきだ。私もまだまだ未熟)
とはいえ、目の前の小僧の無礼を見過ごす事は出来ない。
「申し訳ありません。ですが二十貴族相手にあの態度は流石に容認しかねます」
「そう思うんなら後でたっぷりとその思いをぶつけてやんな」
「はい」
ビエーラの言葉にルードは力強くうなづく。
孫の決意を受け取り、ビエーラがニヤニヤと笑いカナタへと水を向ける。
「という事でこっちはそういう方針で決まったんだが、どうすんだいボウヤ?このまま泣き寝入りするかい?それとも・・・」
「分かったよ。やればいいんだろやれば!」
なんとか逃げ切りたかったが、最早これまでと諦めて返事を返すカナタ。
リシッドとの口喧嘩程度なら絶対引かないが、今回ばかりは相手が悪い。
カナタの返事を聞いてビエーラは満足そうに頷く。
「決まりだね。館の裏に守備兵用の練兵場があるからそこを使おうか。聖女様とフォーバル家の坊ちゃん達はどうする?」
尋ねられたレティス達も聞かれずとも答えは決まっていた。
「私もご一緒します」
「では我々も同行します」
「分かった。じゃあこっちだついといで」
椅子から立ち上がったビエーラを先頭に皆がその後ろに続いて部屋を後にする。
こうして、カナタは思わぬ形で二十貴族の騎士と相対する事になる。
すいません。仕事で更新間隔空きました。
そして予告した戦闘は次回にもちこしとなります。