第13話 カラムク領主ノ街デ
カラムク領の街「ノスト」は小さな山の上に築かれた街。、
外側を2m程の石壁に囲まれており、その外側を川が流れている。
街の中央には領主の館が建ち、そこを中心にして家々が建ち並び、
輪を広げるように街を囲む壁際まで続いている。
街を上空から見て十時に切るようにして大きな水路が走っており、
近くの川から汲み上げた水を引いている。
建つ家は、今までの村々の様な木を切り出して組んだだけの簡素な家ではなく。
石を積み上げて、その間を粘土質の土を流し込んで固めた石造りとなっている。
しかもどうやったかは不明だが綺麗に成型されており、壁は凹凸の少ない見事な平面だ。
ヨーロッパの方にある田舎町などで似た様な造りの家を見た事があるがそれよりも立派だ。
華美さはないが、さながら古都の様でとても風情がある。
「おぉおおおおおお」
「やめろ!キョロキョロするな。恥ずかしい!」
小さく歓声をあげ、辺りを物珍しそうに見渡すカナタにリシッドが声を飛ばす。
だがその言葉はカナタの耳には届かない。訳ではないが聞き流す。
現地の人々にとってはなんでもない事なのだろうが、カナタにとって目の前の景色は新鮮だ。
(村の暮らしぶりからもっと旧時代的なものを想像してたがこれは中々・・・)
今まで見てきた村々の暮らしは質素そのものであり、
その暮らしぶりからこの世界の文明的なものにあまり期待していなかった。
だがこのノストは、あちこちに商店が建ち、露店も多い。
行きかう人々の服装も派手ではないが村の者達と違い泥などついてない。
流石に国の重鎮たる二十貴族会の街だけはあるらしく栄えている。
(村との格差が随分あるが、村の人々が暮らしぶりに不満を持っている様子はなかったし、どこかでバランスが取れているという事なのだろうか?)
浮かんだ疑問について考えていた時、馬車が止まり御者台の方から声がかかる。
「到着だ」
リシッドの言葉に外を見ると、周囲を鉄柵に囲まれた真っ白な館が目の前に聳え立っていた。
外見的には西洋風の迎賓館といった格式高い建物に見受けられる。
「私と隊長で手続きをしてくるから荷運びを頼む」
シュパルの言葉を受けて周りの面々が立ち上がり、下車の準備を始める。
カナタも慌てて立ち上がり荷持つ運びの手伝いをする。
何を運ぼうかと見回した時に足元の物体につま先が当たる。
「ほんと邪魔だよな。これ」
「証拠品だから仕方ないよね」
サロネと共に足元に転がしている布で巻かれた物体に目をやる。
それは懸賞金を受け取る為にヘソン村から運んできた品。
悪欲三兄弟の長男にして頭目のダゴが使っていた巨剣である。
手入れもロクにされていなかった為、切れ味は最悪だが、
それを補ってあまりある力を秘めているのは身をもって体験済みだ。
「こいつから運ぶか」
運び出そうと柄の部分を手に持ってみるが少ししか持ち上がらない。
「重っ!」
「そうなるよね。正直僕も1人じゃ持ち上がる気がしないよ」
目の前のサロネが苦笑交じりそうに告げる。
仕方がないのでサロネと2人がかりで持ち上げて運び出す。
大の男2人がかりにも関わらず中々の重量であり、運ぶのにもたつく。
「あの化け物。よくもまあこんなもん片手で振ってたな」
「確かに。本当よく勝てたよね」
「正直俺もそう思う」
サロネの言葉にカナタはダゴとの戦いを思い返す。
今更ながらあの死闘に勝利出来た事が奇跡に思えて仕方がない。
いつしか荷運びする手を止めてサロネと雑談に興じるカナタ。
すると、不意に手の中にあった重さに変化が生じ、僅かに軽くなった。
「ん?」
「あれ?」
「わたしも・・・てづだいますぅ」
違和感の後の弱々しい声に2人が視線を向けると、
2人の間でレティスが顔を真っ赤にして巨剣を支えようとしていた。
驚きに二人が目を剥いて声を上げる。
「ちょっ!危ないって!」
「聖女様、我々がやりますから!」
「これでもぢからはあるふぉうなんれふぅ~」
「言えてない!ちゃんと言えてないから!」
必死に2人に協力しようとする姿が健気で可愛いなんて思ったのも束の間、
危なっかしいその姿に2人の男の意思が同調する。
「サロネ!」
「分かってます!」
2人して渾身の力を込めて巨剣を上に持ち上げ、肩の高さに上げる。
重量から解放されたレティスの足元が若干フラつくが問題はなさそうだ。
彼女が持ち直すのを見届けると、2人は縦に並んで互いの右肩に巨剣を担いで走り出す。
「聖女様は隊長達と館の方へお願いします!」
「荷運びは俺たちがやっとくから~」
「あっ、はい。分かりました」
少しだけ残念そうにするレティスの表情にアホ2人は心を痛めながら巨剣を運び去った。
ズシズシという音がしそうな足取りで巨剣を館へ運びこみ、館の守備兵に指示された場所へ置く。
ようやっとその重量から解放された2人の男は汗びっしょりになり肩で息をする。
「ぜっ・・・ぜっ・・・脚力には・・・自信あったんだけど・・・キッツイ」
「ハァッ・・僕も・・結構・・・鍛えてたんですが・・・堪えますね」
キャパオーバーの重量のものを無理やり運んだのだから当然の結果だった。
しばらくして呼吸が落ち着いたところでカナタが切り出す。
「レティス様はリシッドのとこいったと思う?」
「まぁ、素直な方ですから僕らのいう事聞いてくれたと思いますよ」
「そっか。・・・ならいい」
「ほんと、カナタくんはレティス様の事好きですよねぇ」
「はぁっ!?」
突然のサロネの言葉にカナタは間抜けな声を上げて赤面する。
「なっ何言ってんだよサロネ・・ソンナワケナイジャナイ」
「君そういうの誤魔化すの下手だよね」
「ぐっ!」
サロネの言葉に思わぬ追加ダメージを受け、どう誤魔化すか急いで考える。
必死に視線を彷徨わせて考えるカナタにサロネがトドメを刺す。
「み~んな知ってるよ。あの朴念仁なリシッド隊長だって気付いてる。というかアレで気付かれないとでも思ってたの?」
「ごふぅっ」
サロネだけならなんとか誤魔化せると思っていたカナタの甘い見立ては見事に粉砕される。
まさかサロネだけじゃなくリシッド隊の面々にまで知られているとは、
しかもよりにもよって一番知られたくなかった男にまで。
「何故こうなった」
両膝を折って地面に手を突くカナタにサロネが呆れたように告げる。
「まだ出会って大して日も経ってないのに本当よくやるよ。僕なんか高嶺の花過ぎて異性として見れないもん」
「え、そんなに?」
「当たり前じゃん。むしろよく口説こうと思えるよね。相手はあのレメネン聖教会の十六聖女だよ?とても正気の沙汰とは思えないんだけど」
心配するような脅すようなモノの言い方をするサロネ。
だが今更そんな事を言われてもカナタにだってどうしようもない。
「そんな事言われても俺には分からない。十六聖女だと何か問題なのか?」
「はぁ、そういえば君は常識がないんだったね」
「その言い方マジでやめてくんない。本気で泣きそうなんだけど」
「男の涙なんて気色悪いから泣くなら向こう向いてね」
「ひどっ!」
この童顔優男はたまにこういう感じでいきなり毒を吐く。
その事を知らずに接していた当初はギャップに驚かされたものだ。
サロネはふぅとため息をつくと改めてカナタの方を見る。
「レメネン聖教会と十六聖女についてはどこまで知ってるんだっけ?」
「えっと、確かレティス様とベーゾン先生の授業だと・・・」
道中立ち寄った3つ目の村で宿に泊まった際の出来事を思い返す。
カラムク領内を移動する馬車や泊まった宿でカナタの為に設けられた常識口座。
その日のお題は宗教。授業は主にベーゾンが行い、レティスが補足する事になった。
宿屋で借りた机と椅子に座ったカナタの前でベーゾンがそのブルドックの様な顔を向ける。
「まず、『レメネン聖教会』だが、これは豊穣と知恵の神レメネンを崇めるレメネン教の教徒が興した教団でガノン王国とは協力関係にある。ちなみに我が国の多くの者はレメネン教を信仰している。私もそうだ」
「ほお」
「聖教会と王国の関係は長く。その歴史は遥か昔に溯る。ガノン王国は今でこそ他国との戦争もなく土地も豊かで農業が盛んな国だが、その昔は魔獣による汚染や相次ぐ戦争で大地が荒廃して作物が育たなかったらしい。民が飢饉や伝染病に苦しむ中、王国は他国の侵略に対する防備に必死で何もできずにいた。そんなある時、突如、神レメネンが自分の使徒を引き連れて天空より降臨し、荒廃した大地を潤し、民に生きる為の知恵を授けた。やがて民が生活できるまで回復した所で神レメネンはこの地を去ったが、その際に自分が連れてきた使徒を十六人残した。それが・・・」
「レメネン聖教会の十六聖女の始まりとされています」
ベーゾンの言葉を引き継いだレティスが続ける。
「十六人の使徒は転生を繰り返し、その時代に相応しい器を得て顕現するとされています。その選択方法は不明ですが、選ばれた者は何かしらの特別な加護を受けていて優れた術を使う事が出来ます」
「こないだの。せいくりっど何とかね」
礼拝堂で見た光に包まれた光景と膝枕を思い出すカナタ。
男の不純な思いなどまるで気づかず少女は話を進める。
「はい。ただ、その加護もずっと続くわけではなく。年を重ねるごとに力は弱まっていきます。大体30代から40代の間で完全に消失して、その間に次の聖女が選定されます。後は・・・その・・・」
「うん?」
突然歯切れが悪くなったレティスにカナタは首を傾げる。
頬を朱に染めてモジモジするレティスにベーゾンとカナタが顔を見合わせる。
明らかに様子がおかしい彼女に声を掛けようとしたところで、
頬を赤く染めたレティスが顔をあげる。
「男性と・・・こっ交配して・・・その、しょっ処女性を失った場合等は・・・その時から徐々に力を失います」
「そっそうですか」
羞恥に耳まで赤く染まるレティスに思わず敬語で答える。
そういえば以前ヘソン村の教会でリシッドが処女がどうとか言ってた気がする。
正直あのいけ好かない男の言葉なんて覚える気がないからすっかり忘れていた。
恥ずかしそうに顔を赤くする彼女に悪い事をしたと思いつつ、
そんな表情もそそるなどとSっ気の強い思いを抱くアホが1人。
「まあそれはともかく。レティス様がその十六人の使徒の転生者だとして、教会はそれをどうやって見つけるんだ?」
「それは簡単だ。転生者は体のどこかに聖痕を持っているし、幼少期から力を行使できるから発見は容易だ」
「へ~・・・。レティス様もあんの聖痕?」
「はいこちらに・・」
カナタの言葉を受けてレティスが背を向けると、手で後ろ髪を掻き上げる。
その仕草の色っぽさに思春期が暴走して思わず鼓動が高鳴るカナタ少年。
(落ち着け!落ち着くんだ俺!早まったら色々と終わる!)
何とか自制して視線を首元へ向けると、首の付け根部分。
左肩の辺りに何やら拳程の大きさの赤い紋様が見える。形状は羽の様にも花の様にも見える。
「どうです?見えますか?」
「そりゃ~もう素敵なうなじがバッチリと」
「~~~~~~~っ!?」
カナタの余計な一言でレティスが首を隠すよう両手で抑えて座り込む。
こちらからその表情は窺い知れないがきっと顔中真っ赤にしている事だろう。
その小さな背中をニヤニヤと眺めていたらベーゾンに後頭部を拳骨で殴られる。
衝撃で机の天板の上に顔面から突っ込んで潰れたカエルの様に伏す。
「ふざけるんなら終わりにするぞ」
「ずびばぜん」
「よろしい。じゃあ、続けるか・・・」
「ほ~い」
気を取り直して授業を再開する。落ち着いたレティスも黙って話を聞いている。
「十六聖女についてだが、何故皆女性なのかは不明だ、一説には主神レメネンが女性だからというのもあるし、好色家だというのもあるが」
「神様スケベやん」
「と・に・か・く。十六使徒の転生者は皆女性の為、いつしか十六聖女と呼ばれるようになった。ここまでいいか?」
「問題ないで~す」
ベーゾンの言葉にいかにも現役高校生らしく答えるカナタ。
「でだ、十六聖女は名前の後にそれぞれの使徒の名を名乗る事になっている」
「へぇ~。レティス様以外ってどんな人がいるんだ?」
「そうだな。アスリアス・セイファーレ様、コーリィ・モナート様、ノーマ・コーラル様、スール・フリマ様それから・・・」
「ちょっと待て!それ十六人全員暗記してるのか?」
「当然だろ?」
「マジか!」
そういえば世のアイドルオタクなる人種は好きなアイドルグループのメンバーを暗記していると聞いた事がある。
まさかベーゾンはこの世界におけるそっちの人なのではと疑いの眼差しを向けるカナタ。
「ちなみに全員可愛い?」
「さぁ?会ったことはないから分からんが全員美人だという噂だ」
「さいですか」
どうやら違った様で一安心するカナタ。
まあベーゾンがオタクだったとしても正直どうでもいいのだが、
カナタの発言に呆れとも苦笑いともつかない表情を浮かべているレティス。
「ちなみに聖女様達は基本30歳過ぎるまで結婚は出来ない。破った聖女はその記録の全てを抹消して資格も剥奪される。その後は良くて国外追放か最悪の場合死罪もある。ちなみに男の方は死罪確定。ただし王族や貴族の伴侶になる場合はその限りではなく。現に今まで何度か聖女が王族ないし貴族の伴侶となっている」
「王様はともかく貴族もアリなんだ」
「その辺も元々は厳格な取り決めがあったんだが、昔の二十貴族会の1人が聖女にやたら惚れ込んで、無理やり曲げさせたみたいだがな」
「だから権力者って嫌いなんだよ」
嫌悪感を露わにして吐き捨てるように言うカナタ。
権力者に振り回されるのはあちらもこちらも同じらしい。
やれやれと言った様子でベーゾンが溜息を吐く。
「まあ、そういう事だから諦めるなら早い方がいいぞ」
「何が?」
「いや、何でもない」
ベーゾンの言葉の意図が分からず首を傾げるカナタ。
だがベーゾンはそれ以上何も言わなかったので気にしないことにした。
その後も授業は続き、しきたりや祭り等のイベントに関する話が続いてその日の授業は終わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
村での授業内容を思い出したカナタがサロネの前で憤慨する。
「あっ!なんか思い出したら腹立ってきた。なんだよあの30歳以下の聖女と結婚できるのは王族か貴族の血筋に限るっての!関係ないじゃん!一番気に入らなかったわ~」
「君みたいな住所不定、無職で無一文の不審者よりは身元も確かだし老後も安心だし当然じゃない?」
さも当然とばかりに言い放つサロネ。それを聞いてカナタはがっくりと肩を落とす。
「・・・せめて定職に就きたいです」
「まあまあ、昔は平民と恋に落ちて駆け落ちした人も居たみたいだよ」
「本当に!?」
思いがけず告げられた内容にカナタの顔がパァッと明るくなる。
そして納得するように何度もうなずく
「そういうのってロマンあるよね~」
「まあ、見つかって拷問の末に処刑されたって話だけど」
「・・・・・」
とんでもないオチがあったものである。
ニコニコとした笑顔でこちらを見るサロネをジト目で見つめ返す。
「・・・サロネ。おまえは俺をおちょくって楽しいのか?」
「まあ、それなりにわね」
「コノヤロー!」
涙目になってサロネに掴み掛るが既に逃亡態勢を取っていたサロネに逃げられる。
「あっははは」
「ブッコロス!」
「おまえら。遊んでないで荷物運んでくれよ~まだあるんだから」
本気の追走スイッチが入りかけた所で別の荷物を持ってきたジーペの声が掛かる。
途端に2人が遊びモードをやめて馬車の方へと歩き出す。
「んじゃ行くよ~カナタくん」
「おう。サロネさっきの覚えとけよ」
「もう忘れたよ」
その後もこうして雑談を繰り返しながら荷物を運び、
昼に差し掛かる頃には荷物も運び終えてようやくひと段落となった。
「なんであの狭い馬車に何であんなに荷物があるんだよ」
「まあ、今回は魔獣とか野盗とかの関係で運ぶものが多かったしね」
「そうかい」
サロネと共に馬車の前に戻ってくると、丁度シュパルとリシッドが戻ってきたところだった。
「手続きは完了したから馬車を移動させる。その後で街の方に食事に行くぞ」
「やっとメシか~」
「なんだかお腹空いちゃいましたよ」
「おまえらが遊んでるからだろ」
ジーペの言葉にリシッドが殺意の篭った視線を向けるが、
カナタもサロネも目を合わせない様に視線を逸らす。
リシッドにとってこの2人の仲がよくなり行動も似てきた事が目下の悩みの種である。
「俺の隊の秩序が・・・何故こんなクソガキに」
「まぁまぁ隊長殿」
ワナワナと肩を震わせるリシッドをシュパルが宥めるのが近頃のお約束である。
その時、館の方から黒い紳士服の男が足早にこちらに寄ってくる。
男はリシッドの前で足を止めてから一礼して顔を上げる。
「レティス様の護衛の皆さまでしょうか?」
「そうですが、私共に何か御用でしょうか?」
リシッドの答えに男は改めて恭しく一礼し要件を告げる。
「私は領主様にお仕えしている者です。領主ビエーラ・カラムク様より皆様を昼食にお招きするよう仰せつかって参りました」
「これはご丁寧にどうも」
リシッドと使用人らしい男の会話にリシッド隊の面々が色めき立つ。
どうやら豪華な食事にありつけることを期待しているらしい。
そんな中、1人だけ浮かない表情のカナタ。
(俺、リシッドの部下じゃないけど一緒に行っていいのかな?)
困惑するカナタを尻目に話は進んで皆が館の入り口に向かって歩き出す。
仕方がないので何食わぬ顔をして付いて行く事にする。
館の中に足を踏み入れると、床一面が赤い絨毯に覆われており、
壁は一面は白い壁紙に小さな細工が施され、扉や中央の階段も高そうな木で出来ている。
調度品に関しても高そうな雰囲気の壺や絵画が飾られていた。
「はぁぁあああああああ」
「そのバカ面をとっとと引っ込めろ」
その見事さに感嘆の声を漏らしていたカナタだったが、リシッドに注意されて声を喉の奥に引っ込める。
普段ならばお決まりのいがみ合いが始まるところだが、流石にこんな所で喧嘩を始める程お互い子供じゃない。
案内されるままに食堂と思しき大部屋に通されると、
テレビドラマや映画に出てきそうな長いテーブルの奥に1人の老婆が座っていた。
細身で顔も手も皺だらけで、後手に縛った長い髪の毛も根元から真っ白だが、
その目は鋭く力があり、領主の風格を漂わせている。
老婆の斜め前の椅子には窓から漏れる光を背にした美少女。もといレティスが座っている。
(光に照らされた姿も絵になるなぁ)
1人頬を緩ませるカナタを余所にビエーラがリシッドに向かって言葉を発する。
「待っていたよ。フォーバル家の坊ちゃん」
「坊ちゃんはよしてくださいビエーラ様。今の私は一介の兵士に過ぎませぬ」
「ハッハッハ。堅物なところは父親とそっくりだね」
ビエーラの放った言葉にリシッドの表情が引き攣る。
どうやら父親と似ていると言われたのが気に入らなかったらしい。
その僅かな表情の変化を目の前の老婆は見逃さなかったらしい。
「気に入らないって表情に出てるよ。全くこのぐらいの事で心動かされてんじゃないよ。次代の二十貴族会を任される者がそんな調子でどうするんだい」
「・・・面目次第もございませぬ」
気付かれないと思っていた表情の変化を見咎められたリシッドは素直に頭を下げる。
だが、これは気付いた相手が凄い。何せ2人の間には10m近い距離があるのだから。
流石は国の重鎮にしてガノン王国最高機関『二十貴族会』の一角といった所である。
(あのリシッドがいい様にやられている。実に気分がいい)
内心でほくそ笑むカナタ。逆に他の者達の表情は芳しくない。
恐縮しきりのリシッドを見てどうしていいか分からないといった様子だ。
それも当然だろう自分達のリーダーがまるで子供の様に叱られる姿を見れば不安にだってなる。
ビエーラはそんな一同を見渡し、最後にチラリとカナタへ視線を向ける。
カナタも当然その視線に気づいているが気付いてない風を装って何食わぬ顔をする。
「まあいいさね。いつまでも立ち話をしても仕方がない。こっちへ来なよ。食事にしよう」
「それではお言葉に甘えてさせて頂きます」
ビエーラの許しを得てリシッドが一礼する。
待機していた使用人達一斉に動き出し、隊の皆を1人ずつ席へ案内する。
カナタの前にも1人の使用人が立ち、一礼する。
「ご案内致します。そちらのお召し物はこちらでお預かりしても?」
「あっ、はい。お願いします」
流石に上着を着たままは失礼だと思い羽織っていた白い外套を脱いで渡す。がそこで気付く。
この外套を脱いだ時点で自分の上半身が黒のランニングシャツ一丁だと。
(やらかした!)
リシッド隊の面々は国の兵士だから服の汚れを払えばそれなりの恰好をしているが、カナタは違う。
相当鍛えているから見苦しい体はしてないが、その恰好はどう考えてもこの場に相応しくない。
誰も何も言わないが周囲の視線を独り占めしているのを感じる。勿論悪い意味で。
「あっ。なんかすみません」
「いいえ、こちらこそ失礼しました」
カナタと使用人が2人して謝罪を繰り返す。その姿を見てビエーラが悪そうな笑みを浮かべる。
その顔は完全におとぎ話に出てくる悪い魔女だ。
「中々いい体つきしてるじゃないかボウヤ」
「えっと、・・・どうもありがとうございます?」
なんと答えたらいいか分からずとりあえずお礼を言ってみる。
正直、老婆に狙われてるなんて考えただけでゾッとしないが、
相手はこの国のお偉いさん。下手な事は出来ない。
「ボウヤに何か上に着るもの持ってきてあげな」
「かしこまりました」
ビエーラに命じられて脇に立っていた男がすぐに動きだす。
先程カナタ達を迎えに来た男だ。彼は近くのドアからすぐに部屋の外へ消えた。
その間にカナタは案内されるままに席へ着く。
(あれ?この位置って・・・)
席について辺りを見渡すとすぐ右隣に館の主である領主ビエーラ。
正面にはレティスが座っており、左にはリシッドが座っている。
つまりは隊長であるリシッドよりも上座である。
(レティス様の正面とか超べスポジじゃん!)
礼儀作法等の常識に乏しいカナタにそんな事が分かる訳もなかった。
ただ、正面にレティスが居るというそれだけで有頂天になるカナタ。
もはや両側の2人の事など頭から吹っ飛んで正面の少女に釘付けになる。
「まったく。いい根性してるねこのボウヤは」
「お恥ずかしい限りです」
呆れた様子のビエーラに何故かリシッドが頭を下げる。
そこへ先程出て行った使用人の男が折りたたんだ黒い服を手に戻ってくる。
「この様なものでよろしかったでしょうか?」
「恐縮です」
「ではお召し変えのご用意を・・・」
「自分でやるんで!」
男の申し出を即座に断って綺麗に折り畳まれた服を広げる。
袖の長いYシャツの様だが、とりあえず今着られるものなら何でもいい。
素早く服に袖を通してその場に着席する。
また周囲の視線を集めたが、もう恥を掻くのにも慣れてきたので気にしない。
カナタの着替えが終わったところで、ビエーラが目配せをすると、
次々とテーブルの上に大皿に乗った料理が並べられていく。
コース料理的なものを想像して身構えていたが、
どうやらバイキング形式に近く欲しいものを取ってもらうタイプの様だ。
「旅の疲れもあるだろうから好きなだけ食べな。遠慮はいらないよ」
ビエーラの言葉を受けて皆、思い思いの料理を取り分けてもらう。
皿の上に乗せられた豪華そうな料理に自然とカナタのテンションも上がる。
今までの村々での食事は味気ないものが多かった。
別にそれが悪いとは思っていない。傭兵時代はそれが当たり前だった。
だが、やはり人間たまの贅沢はあるべきだとも思う。
昂る気持ちを抑えてナイフとフォークを手に取る。
皿の上に乗った肉を素早く切り分けると、その一つを口に運ぶ。
(うまい~。文明の味がする)
異世界に来てからとった食事の中で一番おいしかった。
その味に思わず目尻に涙が浮かんでくる。
こんな機会は二度とないかもしれないと思い、次々と皿の料理を取り分けてもらう。
異世界に飛ばされたことで食事制限から解放されたカナタは一心不乱に料理を貪る。
「お前さんたち、このボウヤにちゃんと食事やってたのかい?」
「・・・そのはずなんですが」
それから30分程経った後、出された料理の全てを最低2周して満腹感に満たされるカナタ。
他の隊員も食事を終えたらしく、使用人達が食器などを下げていく。
目の前のレティスは出されたタルトの様なデザートをチマチマと食べている。
そんな姿を正面から見られるだけで天にも昇る心地だ。
(ああ、こんないい席に座らせてくれるなんてこの婆さんは何者だ?神か?)
馬鹿な事を考えながらビエーラに目を向けると丁度目が合った。
その眼がどこか値踏みするようにカナタを見つめる。
「このボウヤがカナタってので間違いはないんだね?」
「はい。そうですが。この男が何かやらかしましたか?」
何を言われるのかと戦々恐々とするリシッドがビエーラの言葉を待つ。
「ああ、それはもう大事をやってくれたよ。おかげで私らの予定が狂っちまってね」
「その男の命で償えるならどうぞ好きにしてください」
「本人無視して何言ってるのかなこのクソ貴族様は」
「黙れ、二十貴族会の1人ビエーラ様の手を煩わせたお前なんぞ死刑で十分だ」
「だからそれをなんでお前が勝手に決めてんだよ」
互いの襟首を掴んで睨み合う2人。
結局いつも通りの展開になり、場を弁えずいがみ合う2人に他の隊員たちは呆れて言葉が出ない。
ビエーラはというとそんな2人を見て可笑しそうに笑う。
「アハハハハ。あの真面目なフォーバル家の坊ちゃんがこんな顔をするとはね」
「こっこれはご無礼を!」
我に返ったリシッドが慌てて手を離して居住まいを正す。
相手の勢いがなくなって事でカナタもリシッドの襟から手を離す。
本来なら可愛らしく食事するレティスに戻したい視線を皺だらけの老婆に向ける。
「で、俺に何か用ですか?」
「な~に、さっき聖女様から話を聞いてね。是非一目会って言いたいことがあったのさ」
「お金ならないですよ」
「人の話聞いてるのかねこのボウヤは。これでも二十貴族会の一員。生憎金に困っちゃいないよ」
「・・・羨ましい」
サロネに言われた住所不定無職の無一文というキーワードが脳裏をよぎり泣きたくなった。
「そんな事より聞きたいのはあんたが森の魔獣と、野盗、いや悪欲三兄弟をやったってのは本当かい?」
「それは我々も現場で目撃して・・・」
「あたしはこのボウヤに聞いてるんだ。外野は黙っといで」
「・・・失礼しました」
口をはさみかけたリシッドがビエーラの勢いに気圧されて押し黙る。
一瞬の間にあのリシッドがまるで蛇に睨まれたカエルの様になった。
それ程までに今、この老婆が放った威圧感は凄まじいものがあった。
「で、どうなんだい?」
「ん~。まあそうなると思います」
詰め寄ってくるビエーラにカナタはビビりながら答える。
「そうかい」
「何か問題だった?」
「・・・そうだね。問題はあったが、無くなったってとこかね」
「?」
老婆が何が言いたいのかまるで分らない。
カナタだけでなくリシッドや他の隊員も分かっていないようだ。
ただ、レティスだけが何か知っているらしく穏やかな表情を浮かべ何も言わない。
ビエーラは小さく息を吸うと落ち着いた声で使用人に指示を飛ばす。
「少し人払いをしとくれ」
「承知しました」
部屋の中にいた使用人達が素早く退出し、
後にはリシッド隊の面々とレティスとカナタ、ビエーラだけになった。
そしてビエーラはカナタに正面から見据えて語り始めるのだった。
カナタがこの場に呼ばれたその理由を。
なんだか話書くほど長くなっていく気がする。
まあいいんだけどね
次回はちょっとしたバトル発生の予感。