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第12話 領主ノ街ヘノ道程

空は快晴、吹く風は穏やかで、近くを流れる小川は澄み切っている。

周囲に広がる田園風景と合わせれば絵に残したい程の絶景。


そんな心洗われるような景色の中を進む一台の馬車。

御者台の上に座ったリシッドの顔は周囲の景色に反してどんよりと暗い。


「なんでこんな事になった」


思わずそんな言葉が口を突いて出る。

本来ならこの景色に心を癒されていたはずの男は最近ずっとこんな表情だ。


「まぁまぁ、そう仰りなさるな隊長殿」


隣に座っていた黒髪に顎髭を蓄えた中年男が溜息をつくリシッドの肩をポンと叩く。

男の名はシュパル・フォーバル。

リシッドの隊の副長にして隊の最年長者。

リシッドと同じく家名を名乗る事を許されたフォーバル家の血筋。

本家筋のリシッドとは違い、分家筋の末端で、言わば遠縁にあたる。

シュパルの励ましの言葉にリシッドが疑うような眼差しを向ける。


「シュパル。まさかおまえまで私を裏切るのか?」

「裏切るだなんて人聞きが悪いですな」

「悪い。だがどうにも・・・な」

「まあ、お気持ちは分からんではないですがね」


手綱を握ったまま御者台の上でこれでもかと肩を落とすリシッド。

どんよりと沈む自分たちの一族の次世代の長リシッドの背後、

馬車の荷台の方へとシュパルが視線を向ける。


「カナタくん!もっかい!もう1回見せてよ」

「しょうがないな~。1回だけだぞ」

「流石カナタ!気前がいいな」


シュパルの目に映ったのは荷台の上で騒々しい声をあげるバカ者共。

それはリシッドとシュパルを除く部隊の面々と、

先日から隊に同行しているカナタ少年だ。

ヘソン村を離れてから5日が経過し、ここまでトラブル一つなく村を三つ越え、

今は目的地のカラムク領主の街「ノスト」を目前としている。

だが今、部隊の秩序は大きく乱れてきていた。

原因は分かっている。自分たちの命の恩人にして最大の警戒対象であるカナタ少年だ。


ヘソン村の1件で英雄的な活躍を見せた彼の手腕は、

隊内で一番長く兵士をやっているシュパルから見ても神懸かっていた。

特に悪欲三兄弟の長兄ダゴに止めを刺した最後の一撃は思い出すだけで鳥肌が立つ。


リシッドの救援の際、村の入り口付近で、どうぞ使ってくださいと言わんばかりに立てかけられた大鎌を発見し、

1人でダゴと戦うカナタ少年の援護になればとリシッドの指示で三人がかりで運んだ。

その後、窮地のカナタ少年を援護すべく3人がかりで大鎌を投げ込んだのだが、

そこから勝機を見出し、曲芸の様な立ち回りを持ってダゴを切り伏せるとは思わなかった。

自分達の隊長で、一番の実力者たるリシッドですらあのような芸当は不可能だ。


(魔人種や亜人種の戦士であれば可能かもしれんが、一見した限り彼は普通の人だ)


その後、村での野盗討伐に関する話し合いの流れから彼が旅に同行する事になったのだが、

接してみると、この少年は本当に不思議な人物だ。


まず、素性が分からない。

出会った時に訳の分からない事を口走っていたし、二十貴族の縁者でもないのに家名らしきものを名乗ったとも聞いている。

平民がそんな事をすれば重罪だという事を知らなかったというのも驚きだった。

理由については他国の人間だと言っていたらしいがそれも相当怪しい。

国内の事だけでなく周辺国の事情にすら疎いのだ。

加えてダットンの話ではお金に関する知識すらなかったとの報告もあった。

ここ数日接する間、シュパルも彼の言動に何度か失笑を禁じ得なかった。


(頭が悪い訳ではないようだが・・・)


そう、強いて言えばあまりに常識がなさすぎるのだ。


次にその技量。リシッド隊の隊員は40代のシュパルを除けば皆年が近く20代前半。

多くの者が10代の頃から研鑚を積んで精鋭と呼ばれるまでになった。

だが、カナタ少年は彼らより若いながらその技量は数段上を行っている。


(一体何をどうやればあんな戦士が育つのだ)


シュパルの中では独力であれほどの戦士になる事など不可能だと考えている。

ただ、彼ほどの高い技量を持った者の指導者であれば無名とは到底思えない。

その逆も然り、高名な騎士等の弟子であればその名は多くの者が知るところだ。

ガノン王国内だとレガート騎士団長とその騎士団がそれに該当する。

他にも数人の候補が浮かぶが、どれも違う気がする。

そもそもカナタ少年の戦い方は騎士や兵士のそれではない。

相手に応じて臨機応変に対応。相手の意表を突き、

最も効果的な一撃を的確に狙って繰り出していた。


他国の"アサシン"や遠方の国の"忍者"なる集団が似た様な技を使うと聞くがそれと同じかは定かでない。

リシッドはその辺りを考えてカナタを必要以上に警戒している様だ。


(最も最近では個人的な好き嫌いの方だけで見ている気もするが・・・)


真面目で堅物な性格を絵に描いた様な男にしては珍しい事だとシュパルは内心苦笑する。

ともあれ、カナタ少年が暗殺者であれば今までにもそれを為す機会が幾度もあったのに、

それを見逃している事の説明がつかない

シュパルとしてはカナタの暗殺者説は早期に違うと結論付けている。

確証と呼べるものはないが、強いて言えば今、全員が生きていることが証拠と言えるだろう。


最後にその人柄。これが今回リシッド隊にとっての最大の誤算だった。

この旅への彼の参加が決まった当初は隊内でも彼の扱いを巡っては意見が割れた。


彼の能力を危険視して聖女の傍に置くべきでないという意見と、

魔獣討伐に次ぐ野盗討伐の実績を称賛し迎え入れるべきだという意見の二つ。


ヘソン村を旅立つ前日、その対応を巡って夜を徹して話し合いがもたれた。

最終的にはカナタ受入派で隊の金庫番たるダットンの放った一言で決まった。


「そもそもカナタさんを乗せる新しい馬買う程の余裕はウチにはないですよ」


想定外の連戦で治療薬や破損した武器の補修などで出費が嵩み、

さらにカナタの保証額の一部即金で必要な額を立て替えた為、

たった数日の間村に滞在しただけで、手元には旅をするのに余分な額はなくなっていた。


現実は世知辛くリシッド隊の台所事情は思った以上に厳しくなっていた。

結果、隊員が乗っていた途中の村で売って金を作る必要が生まれ、

レティスの乗っていた馬車に全員押し込めるしかなくなった。


これについても潔癖で堅物のリシッドが最後まで抵抗したが、

レティスから徒歩だと祭事に間に合わない事と自分は気にしないからと宥めた事で、リシッドも渋々了承した。

だが、この辺りからリシッドにとって事態はより悪い方へと動き出す。


このリシッド隊は結成されて3年程度の部隊。

隊長であるリシッドの下、規律正しく、一糸乱れぬ連携、堅実な作戦行動で実績を重ね。

結成から3年で国の兵士の中でも精鋭しか任されない聖女護衛の任に就いた。

ただ、リシッドは知らない話だが、この聖女護衛の大抜擢には裏事情が存在し、

二十貴族会の一角。フォーバル家の嫡子であるリシッドに箔を付けさせる目的があった。


とはいえ彼らに実力がない訳ではなかった。

ただ、その任務の大半が野盗を追い払う程度の護衛任務や他の隊と合同の魔獣討伐と、

今回の様な苦戦を強いられる実戦の機会がなかった。

隊員達も慢心こそしていなかったが、異例の出世に彼らが自信をつけていたのも事実。

それが今回の想定外の2度の戦闘において足を引っ張り、結果醜態を晒すこととなった。

もっとも、余計なしがらみがなく万全の状態であったとしても、

魔獣、野盗との2度の戦闘に勝利できたかはシュパルは正直自信が持てない。

だが、カナタ少年はそれをやってのけた。


最初は彼を恐れていた隊員達も、そんな彼の強さに惹かれ徐々に会話をするようになる。

それだけならばまだよかった。


問題はその後、彼を伴って旅をする内にその人となりが分かってくると、

今度は彼の子供っぽい所や非常識なところを諭す様に隊員達が接する姿が見られるようになる。

用は兄貴風を吹かせるようになっていったのだ。

戦闘の実力では到底カナタ少年に敵わなくても、

自身の持っている知識や経験で彼に勝る事で優越感を得ていたのだ。

ダットン等はその最たるもので、

村での一件以降、お金に関する事や常識を先生面してカナタに教えていた。

なんとも人として器の小さい話ではあるが、

持っていた自信を粉微塵に砕かれたばかりの彼らには必要な事だった。


シュパルもそんなやりとりを最初は微笑ましく見守っていたのだが、

ヘソン村を経って2日目あたりから雲行きが怪しくなる。


ダットンは村を出る少し前からカナタ少年と随分親しげだったのだが、

2日目には隊内で最年少のサロネが戦闘に関する話題で盛り上がり、

3日目には強面で知られるベーゾンが食事の話題を真剣に会話し、

そして4日目には隊内で3番目の実力者ジーペが女性関係の話題で熱くなっていた。

その姿はまるで古くからの友人と接する様にカナタと語りあっていた。


シュパルはここでようやくカナタという少年の真の危険性を理解した。

彼は人に好かれる才能の持ち主だったのだ。

正確には危なっかしくて放っておけない子犬に対する保護愛の様な感情だろうか、


ともかく、シュパルがその事に気付いた時には既に手遅れで、

あの規則正しく無駄口等ほとんど叩くことがなかった隊の面々が、

今や荷車の中で楽し気に談笑しているのだ。


「まったくもって恐ろしい人間がいた者だ」


とはいえシュパル自身としてはそれが悪い事だとは思っていない。

軍人として規律を重んじ行動するのは当然の事だが、

1人の人間としての自分まで抑え続ける必要はないと考えている。要は節度の問題だ。

だが、隊内一の堅物で生真面目なリシッドにとっては大問題だ。

自分が必死になって作り上げた隊がまるで別物のようになってしまったのだから。

リシッドの思いを考えれば彼の落ち込み様も頷ける。


一方、落ち込みまくるリシッドそっちのけで楽し気な荷台の面々。

彼らの視線が今、カナタへと注がれている。

一身に注目を浴びるカナタは腰に装備した武器を颯爽と抜き放つ。

右手には銀色の輝きを放つ大振りの短剣、左手には柄の短い刃厚の片手斧。

どちらも刀身が銀色に輝き、刃は稲光を走らせて、刃の部分をぶつけるとバチバチッと音を立てて火花を散らす。


『おおおおおおおお!』


カナタの持った2つの刃にリシッド隊の面々が歓声を上げる。

彼らを前にカナタも得意げな表情を浮かべる。


「何度見ても凄いな」

「ああ、こんな武器は王都でだってそうそうお目に掛かれない」


口々に感想を述べる男達の視線を集める2つの刃。

それはヘソン村出発の朝、鍛冶屋の親父からカナタへ贈られたものだ。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



時は遡りヘソン村出発の朝。

馬車の中へリシッド隊の面々が荷物を運びこむ中、

岩の上に座ってその様子をボケーっと眺めているカナタ。

忙しそうにしている彼らと対照的に暇であるのは目に見えて明らかだ。

それも当然。カナタには用意すべき荷物がない。

むしろ今回の戦闘で地球からの持ち込み品はスローイングナイフ1本とワイヤー1本となった。

主武器として活躍したコンバットナイフはダゴの膝を破壊した際に刃が歪み、

使い物にならなくなっていた。

戦闘服の上着もダゴの攻撃によって破れ、服からボロ布にクラスチェンジした。

今はシスターが餞別代わりにくれた神官が旅装に使う白い外套を羽織っている。


「しばらく使われてないから持っていきな」


そう言ったマントを差し出したシスターの手には、

針仕事でついたと思しき傷跡が見えた事は口には出さないでおく。

熟女のツンデレなんてカナタの好みには一ミリも掛からないが、

人としてその心遣いはありがたく受け取っておく。

シスターの足元で子供達も一緒に旅立つカナタを見送る。


「ふしんしゃーまたねー」

「ふしんしゃーげんきでねー」

「よ~しジャリ共。おまえらの気持ちは分かったからそこに並べ~。1人ずつぶっ飛ばすから~」

『わ~怒った~』


クモの子を散らしたように笑顔で逃げ出す子供達。

子供たちを追い回そうと踏み出すカナタの頭上に、シスターが容赦なくフライパンを振り下ろす。

2日の間で随分と聞きなれた金属音が辺りに響く。


「~~~~~~~っ!?」

「バカやってないでさっさと行きな」


鼻から脳みそが飛び出しそうな衝撃に頭を抑えるカナタ。

そんな彼の頭上から駆けられたシスターの言葉に、涙目になったカナタは顔を上げて笑顔で返す。


「この礼はいずれするから」

「何の事を言ってるか知らないが期待しないで待ってるよ」


こうして短い間だが世話になった教会を後にし、

リシッド達と約束した村の中央付近にある合流地点へやってきた。


だが思いの他準備に手間取っているらしく未だ待ちぼうけを食らって現在に至る。


「いい感じの別れを決めて来たのに、これでばったり再会したらめちゃくちゃダサいな」


シスター達がひょっこりどこかから顔を出さないか気が気でない。

その時、遠くからカナタの方に足早で駆けてくる男が1人。

今回の野盗撃退の功労者の1人。鍛冶屋の親父その人である。


「はぁ・・・はあ・・・・。間に合ってよかったぜ。にいちゃん」

「親父さんどうしたんだ?もしかして鎌壊したの怒ってる?」


昨夜の戦闘で見事にダゴを切り裂いた鍛冶屋の親父自慢の一品は、

地面に突き立った後、衝撃で刀身に大きな亀裂が入り、やがてその重さで自壊した。

その分の金は支払ったはずだが、それでは納得できなかったのだろうか?

肩を怒らせながら歩み寄る鍛冶屋の親父に殴られる覚悟を決めたカナタだったが、

振り上げた両手はカナタの肩に乗せられる。


「待たせたなにいちゃん。遂にできたぜ」

「・・・へ?」


いまいち状況が呑み込めていないカナタの前で鍛冶屋の親父が背負っていた袋を地面に降ろす。

いそいそと袋の中から取り出したのは鞘に収まった大振りの短剣と斧鞘付きの柄の短い片手斧。

相手の意図が分からずきょとんとしたカナタが尋ねる。


「これは?」

「頼まれてた品だよ。にいちゃんの旅のお供に持って行ってくれ」


そう言って鍛冶屋の親父の暑苦しい笑顔と共に差し出された武器。

促されるまま2つの刃を手に取り、鞘から抜いて検める。

それは、こんな辺鄙な村の鍛冶屋が作ったとは到底思えないほど見事なものだった。


まるで宝石のように白い光を放つ2本の刃。

刀身には宿主が生前に持っていた力が今も宿り、稲光を走らせている。

グリップ部分が獣の皮膚で守られており感電の心配もない。

試しに短刀を軽く振ってみると、ジッという音を立てて空気中を漂う目に見えない埃まで焼き切った。


あまりの完成度の高さにカナタが惚ける。

その姿を見て、鍛冶屋の親父が照れたように鼻の頭を指先でこする。


「どうやら気に入ってくれたみたいだな」

「ああ、すげぇよ。すげえカッコイイ!」


子供の様に目を輝かせるカナタは受け取った2つを鞘に納める。

そこである重大な事に気付く。


「でも、俺、今支払う金がないっていうか借金まみれなんだが」

「ああ、聞いてるぜ。中々男ぶりをあげたそうじゃねえか」


別に秘密にしてたわけじゃないが取引の件は昨晩の間に随分広まっているらしい。

現代なら情報漏洩でコンプライアンス問題になりそうだ。


「まぁ、そういう訳でこいつを買うだけの金が・・・」


名残惜しそうに斧と短剣を見つめて鍛冶屋の親父に返すべく差し出す。

だが、鍛冶屋の親父は首を横に振って受け取らない。


「いいんだよにいちゃん。こいつは俺がにいちゃんに贈りたいんだ」

「だけど・・・」

「な~に"霊獣クジカ"なんて伝説級の素材を扱わせてもらったんだ。こっちが金を出さなきゃないけないくらいだ」


そう言って高らかに笑う鍛冶屋の親父。その豪快な笑みにカナタもつられて笑う。


「それにな~。にいちゃんのおかげで俺の作った武器が村を救う役に立った。鍛冶屋冥利に尽きるってもんだ」

「・・・そうか。分かったよ」


これ以上は何を言っても彼の気持ちが変わらない事を悟り、

カナタは手にした武器を受け取る事に決める。


「それじゃ、ありがたく貰っていくよ」

「おうよ」


受け取った短剣を腰のベルトの右側に差し、左側に片手斧を下げる。

随分と心もとなかった装備が今やそこいらの兵士じゃ手が出せないレベルに早変わり。


「へへっ。様になってんじゃねえかにいちゃん」

「そいつはどうも」

「やっぱ英雄には伝説級の武器だよなぁ」

「自分で作っといて伝説って・・・」


鍛冶屋の親父の自画自賛に思わず苦笑するカナタ。

だが、鍛冶屋の親父はあくまで大真面目な様子で続ける。


「な~に言ってんだよにいちゃん。霊獣クジカの角っていやぁ"ジンの英雄譚"っておとぎ話に出てくる"魔女殺しの聖剣"の素材じゃねえか。ガキだって知ってるぜ」

「そなの?」

「常識だぜ?ってにいちゃんは常識ないんだっけ」

「・・・うるせー」


鍛冶屋の親父にまで非常識と言われて本気でブルーになる。

急に元気のなくなったカナタの肩を鍛冶屋の親父がバシバシ音が出る程叩く。


「ハッハハハ!いいじゃねえか。そんな非常識なとこもにいちゃんのいいところさ!」

「どこがだよ!」


褒められても全く嬉しくない所を褒められて憤慨するカナタ。

先程と一転して怒り出すカナタを無視し鍛冶屋の親父がカナタの腰の武器を指差す。


「そんな事よりもそいつらに相応しい名前をつけてやってくれよ」

「名前?んなもん適当につけちまえばいいじゃん。AとかBとか」

「えー?びー?何言ってるか分からんがもちっといいのはないのかい?」

「そう言われてもなぁ」


鍛冶屋の親父に言われて先程までの憤り頭の隅へと追いやり思案する。

今までの人生において武器に名前など付けた事などない。

理由は簡単。消耗品だからだ。

破損や欠損、紛失しても新しいのを買えばそれで済んだ。

だが、今後はそうも言っていられないだろう。

そう考えると、今後長い付き合いになるだろう2本の刃に愛着も湧く。


「"魔女殺し"の伝説と、"異なる形"の武器が"二つ"・・・よし決めた!」

「ほう、聞かせてみな」


何かを閃いたらしいカナタの言葉を鍛冶屋の親父が身を乗り出して待つ。

自信満々に胸を逸らして腰の武器を指さす。


「こっちの短剣を『ヘンゼル』、片手斧の方を『グレーテル』と名付ける」

「なんだか変わった名前だが・・・。いいんじゃねえか?」

「これ以外ない!決まりだな」


鍛冶屋の親父の肩透かしを食らったような表情が若干気になるが、

自分の新しい武器にカナタの胸は高揚する。

そうこうしている間に、出発の準備が整ったらしくダットンが迎えに来る。


「それじゃ行きましょうかカナタさん」

「ああ、・・・そうだ。親父さん最後に名前を聞いてもいいかい?」

「名前?しがない村の鍛冶屋の名を聞いてどうすんだい?」


カナタからの申し出に首を傾げる鍛冶屋の親父。

その問いにカナタは少し悪戯っぽい表情を浮かべて答える。


「そうだな、英雄なんてのはガラじゃないんだが、今後もし名が知られた時に、使ってる武器の作者の名を知らないなんてのはなんだか恰好つかないだろ?」


その答えを聞いて一瞬驚きに目を丸くした鍛冶屋の親父だったが、

すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべ豪快な笑い声を上げる。


「ハハハハハッ!違いねぇ!グスダンだ。ヘソン村の天才鍛冶師グスダン。覚えときなカナタのにいちゃん!」

「ああ、そのイカレた腕前と一緒に覚えておくよグスダンの親父!」


そう言ってどちらからでもなく手を差し出して固い握手を交わす。

状況の掴めないダットンを余所に2人が手を握ったまま高笑いする。

こうして新たなる武器を得てカナタはヘソン村を後にした。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



鍛冶屋の親父グスダンの恐らく生涯最高の傑作となる短剣と斧。

この世界においてカナタが自慢できる数少ない2つの武器を前に、

リシッド隊の面々は飽きる事無く眺めている。


「いいな~いいな~。俺も欲しいな~」

「これ王都だと一体いくらするんでしょうかね?」

「バカ野郎。値段じゃないだろ」

「"霊獣クジカ"生きてるのを見たかった」


羨ましそうにいいなを繰り返すサロネに、金勘定に走るダットンとそれを窘めるジーベ。未だ見ぬ霊獣に思いを馳せるベーゾン。

最初は余所余所しかった面々も今ではすっかりカナタを認めている。

彼らの雰囲気に、どこかかつての仲間の影が重なる。


(ニコライは逝ってしまったが、チャールズ、ハンス、ヒロは無事逃げられただろうか)


もはやどれだけ離れたかも分からない仲間を思う。

きっともう2度と会う事はない。そんな予感がする。

それでも生きていてほしいと願う自分がいた。

暗くなりかける気持ちを振り払うように頭を振って思考を切り替える。


「ところでその霊獣クジカってすごいん?」

『はぁっ?』


カナタの声に荷台の男共が呆れた様に声を上げる。

流石にこの人数に呆れられるとカナタのガラスのメンタルがダメージを受ける。

最もアンチマテリアルライフルでも抜けない防弾仕様レベルだが・・・。


「カナタさんそれ本気で言ってる?」

「ありえないぜカナタ。赤子だって知ってる事だ」

「それは流石にないけど、まあ常識だよな」

『うんうん』


全員が頷く中、1人非常識のレッテルを張られたカナタが荷台の奥に座るレティスに助けを求める。


「レティス様~。こいつらがいじめてくんだけど~」

「フフフ。ごっごめんなさい。おかしくてつい」

「そんな!チクショー非常識舐メンナー」


レティスにまで笑われたカナタは膝から崩れ落ち、荷台の上で両手をついて悔しがる。

恥を掻き終えた後は、隊内一の物知りであるベーゾンが話を始める。

最近、カナタの無知が露呈する度に皆で笑ってその後授業が始まるのがパターン化しつつある。


「生きる伝説"霊獣クジカ"目撃情報は4年に1度あるかないか」

「オリンピックかワールドカップみたいだな」

「なにそれ?」

「気にするな戯言だ。続きをどーぞ」


カナタの地球言語に話が止まりかけるがそこはスルーしてもらう。


最近分かったのだが、どうやらカナタが彼らと会話できるのは、

カナタの知っている表現や言語と相手の認識があっている部分だけの様だ。

オリンピックやワールドカップといった地球産の単語は知らない相手には伝わらない。

逆にカナタが知らない異世界限定の単語はカナタには単語としてしか認識できない。


そう考えるようになったのは先日3つ目の村の露店で売られていた果物に関する出来事。

店先で見つけたのは「ブーカ」と呼ばれる果物。

これはピラミッドの様な四角錐状の甘く歯ごたえがあり、においも強いものだったが

カナタの地球での知識に類似品はなく呼び方はそのまま「ブーカ」となった。

逆に楕円形の黄色く酸っぱい果実は、匂いや味も呼び方も地球と同じく「レモン」だった。

つまりカナタの脳で言語機能がどういう訳か異世界語を理解し翻訳している様なのだ。

切っ掛けや影響は未だ不明だが現状そういう風に考えている。


話を再開するベーゾンの声のトーンが下がる。

別に会談やってるわけではないが、いつもこの調子だ。


「かのジンの英雄譚で語られる通り優れた霊獣で長く生きた個体だと人語を解するという伝説がある。ジンの英雄譚では村々を苦しめていた魔女の討伐に立ち上がったジンを守る為に犠牲となり、ジンに自分の遺体から角を抜き取らせ、それを持ち帰ったジンが角を剣の素材として聖剣レスリーダを錬成し、魔女を撃ち滅ぼした」

「おい、話変わってるぞ」

「ああ、すまん。この話好きなんだ」


カナタからの指摘を受けてベーゾンが軽く頭を下げるが反省した様子はない。

このベーゾンは知識はあるが自分の好きな話に流れていく傾向がある。


「では気を取り直して続けよう。霊獣クジカの個体数は少なく繁殖方法は不明。ただ存在は確認できているから生物学会が調査を続けているんだが、まず遭遇できないので研究が一向に進んでいない」

「なんで?」


カナタの問いにベーゾンが待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる。

その表情にカナタはこの先の話に嫌な予感がする。


「ふふん、それはな霊獣クジカは"世界に選ばれた者"の前にしか現れないと言われているからだ。実際霊獣クジカを見たって人はその後、商売で大成したり武勇で名をはせたりしている。つまりカナタは霊獣が認める選ばれた男って事だな」

「うげっ」


ベーゾンの言葉にカナタは心底嫌そうな顔をする。

"世界に選ばれし者"だなんてあからさまに面倒くさそうな役など冗談じゃない。

こっちは明日の生きるか死ぬかすら分からない無職様だ。


「ほんとどうやって見つけたんだ?骸だって残さないって噂なんだぞ」

「知らないよ。森の中で遭難して腹減ってる時になんか前に居たんだよ」

「生きた個体が?」

「ああ、だから殺して食った。処理の問題もあったけどうまくはなかったな」

『えっ!』


カナタの発した言葉にその場の空気が凍り付く。というか一瞬世界が止まった。

御者台に座っていたリシッドとシュパルが目を見開いて後ろを振り返り、

先程まで楽しそうに話を聞いていたレティスですら頬を引き攣らせている。

さっきまで和やかムードだった場の空気が一転氷河期に突入している。

場の空気を察しつつも確認を取るべくカナタが誰にでもなく尋ねる。


「あれ?もしかしてオレやっちゃった?」

「『やっちゃった?』じゃないよ!大問題だよ!」

「"神の使い"とか"神託の獣"とか言われてるんだぞ!」

「聞いてた!話聞いてた!生きる伝説だぞ!」

「常識がないですまされるレベルじゃないって!」

「国によっては死罪確定ですよ!」


周囲からに一斉に詰め寄られて叱られるカナタ。

顔からは血の気が引いて目は完全に涙目になっている。

その後軽く30分程、揺れる荷台の上で全員から叱責を受け、

終わった頃には目から生気が抜けて口からは魂が半分で掛かっていた。


「角と毛皮持ちあるいてたから、みんな分かってるもんだと思ってた」

「カナタと会ってから他の事考えてる暇があったと思うか?」

「イイエ、アリマセン。モウシワケアリマセン」


片言になって謝罪するカナタに、もう皆呆れるしかなかった。


「確かにこの国で霊獣の狩猟は禁じられていないが、それでもまさか霊獣を食べるアホがいるとは思わなかった」

「うるせー」


リシッドがギロリと鋭い視線を向けると、カナタが子供の様にプイッと視線を逸らす。

今回は非が自分にある為か反論はしない。それが返って不気味でもあるが。


「まあ、でもこの国でよかったですね。ゼクトゥス聖王国なんかだったら公開処刑ですよ」

「ああ~あそこは思想が極端ですからね~」

「逆にガレイアス帝国とかダラグノン王国なら霊獣も平気で食ってそうだな」

「確かに」

「ガレイアスと言えばディトランデ公国とまた一戦やったんだっけ?」

「あそこも好きだよな~戦争」


どうやらお叱りムードは完全に収束したらしく話題が雑談に切り替わる。

カナタは大人しく皆が語っている内容に聞き耳を立てる事にする。

知らない国の名前が次々に上ってくるがどれもまだカナタの知らない情報だ。

一応地理に関してはベーゾンが教えてくれているが基本的にはガノン王国内の事だけだ。


(今度機会があったら聞いてみよう)


今のカナタではまだ彼らと同じ話題で話せる程の知識や常識がない。

仲間はずれ感は否めないが、それでも皆が世話を焼いてくれるので着実に前進はしている。

これでもガノン王国内の通貨に関する知識は一通り手に入れた。

ガノン王国内で流通している通貨はビーツ、フォル、ガノの3種類。

ビーツが銅で形状は四角形、フォルが銀色で三角形、ガノが金色で円形。

価値を円に例えると、1ビーツが一円以下、1フォルが百円相当、1ガノが十万相当

つまり7ガノ22フォル73ビーツだと722,073円となる。

ちなみに一億以上になる場合はガノン王国利金切手という紙が国から発行され、

そこに支払者側が額面を記載し国の印を貰って使う仕組みらしい。

なんで1ビーツが一円じゃなくて一円以下なのか等の細かい仕組みや

法則性はいまいち分かっていないが大体こんな感じだ。


(つまり悪欲三兄弟の懸賞金は日本円にして推定五千万円。大金だ!)


これを知った時は教えてくれたダットンの手を取って踊りだした事を思い出す。


このリシッド隊、カナタにとってはいけ好かないクソ貴族の部隊だが、

精鋭というのは伊達ではなく知識方面も大変に優秀である。


ダットンは商家の三男で家を告げないから軍に入ったそうだが、

商家の息子らしく金が動くことには目端が利き、知識も豊富。


(その分髪が無くなったのかと聞いたら生まれつきだと言われたな~)


次にサロネ。最年少で21歳と若いがしっかり者だ。

顔は長い黒髪で童顔の優男。体格のゴツさと童顔のアンマッチが女子にウケているらしい。

口調と内面が草食系全開で若干女っぽい時もある。

薬師の弟子だったが、一念発起して軍に入隊。薬学に詳しい。


(機会があったら女装させて・・・いや、ゴツすぎて服破れるな)


ベーゾンは顔がブルドックに似た筋肉マッチョ。

ただ外見に似合わず博識で、軍に入る前は教師を目指していたらしい。

貧乏な家の出の為、家に金を入れるために軍に入ったのだとか。

無知蒙昧なカナタのほぼ専属教師でカナタは頭が上がらない。


(ベーゾン。マジで先生だよな~。でも顔がキッツイんだよな~)


隊内三番目の実力者ジーペ。順番だと普通に真ん中だが強い。

軍に入る前は武者修行として諸国を渡り歩いており、

その際に地方の食文化などに触れてそっち方面に詳しい。

リシッドには隠しているが実は結構なスケベである。


(女っ気ない部隊だから色々溜まってるって言ってたな。まあレティス様に手を出したら両手足とアレを切り落とすけど)


最後に副長であるシュパル・フォーバル。

最年長者らしく落ち着きがあり大人の貫禄を持っている。

フォーバル家の人間だが、本人はそっち方面に進む気はないらしい。

その割には国の政治事情などに詳しいらしく。リシッドとよく難しい話をしている。

残念ながらまだ信用を得るには至っていないのか、あまり情報を教えては貰えない。


(とてもあのクソ貴族の血縁とは思えない熟練の兵士って感じだな。雰囲気はダスクに少し似てるかも)


ここまでの5日間このメンバーと旅してきた事はとても有意義な時間だった。

おかげで笑われ続けた"無知"と"非常識"は多少改善された気がする。

"リシッド以外"のメンバーには感謝してもし足りないくらいだ。

個人的にはもう少し彼らと旅をしたい気もするが、彼らには任務がある。


(せめて後少しだけこうしていたいな)


そう言って一同を見渡し、最後にその視線をレティスへと向ける。

目が合った彼女が笑顔で小さく手を振ってくれた事に心拍が跳ね上がる。

色々理由をつけてはみたがやっぱり一番ここに居たい理由は彼女だ。


(やっぱりなんとかしてもっと彼女と距離を縮めたい!だけど・・・)


チラリと御者台を見るとリシッドの落ち込んで丸くなった背中が見える。

この隊のリーダーであるあのクソ貴族様は次の街でなにがなんでもカナタを切り捨てるに違いない。


(リシッドに頭を下げたくはないが、背に腹は代えられない)


身を切り刻まれる思いでプライドを投げ捨てる覚悟をするカナタ。

その時、御者台の方からシュパルの声が飛ぶ。


「聖女様、カラムク領主の街、『ノスト』が見えてまいりました。」


シュパルの言葉に反応して皆が荷台の先頭へと集まる中、

カナタは1人荷台の中央でこれからの展開について頭を巡らせる。


レティス達にとっての通過地点にしてカナタの目的地であるこの街で、

カナタはこの国の中枢。現二十貴族会の1人と対面する事になる。

説明回でもっと書いておきたいこともあったのですが、

今回はここまでにして、また別の話に回します。

次回は二十貴族会との対面。

この出会いがもたらすものは!的な感じです。


ブックマーク少しずつ増えていてモチベが上がってます。

これからも楽しんで貰えるよう頑張ります

※誤字、修正いたしました。

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