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第11話 陽ハ昇リ、旅立チノ朝ガ来ル

悪欲三兄弟率いる野盗の一団の襲撃から一夜が明けた。

未だ混乱の中にあるヘソン村の一角。

村の西側出入り口にある教会の礼拝堂にカナタはいた。


常に戦地を駆けていた静寂 彼方<シジマ カナタ>にとっては久しくなかった深い眠りの中。

不意に髪を撫でられる感触にカナタが微かに眉を寄せる。


(暖かい・・・陽だまりの・・・におい)


鼻の奥をくすぐるような香りに、カナタの意識は眠りの波間を漂いはじめる。

後頭部に感じる柔らかい感触とぬくもりが心地よい。


「ムニャ・・・気持ちいい」


カナタの呟きに顔の上の方で微かに笑い声が聞こえる気がするが気にしない。


(それにしてもこの枕なんだか柔らかくて寝心地がいいなぁ~)


心地よい感触に枕に顔を埋めて頬ずりをする。

すると頭の下の枕が一瞬ビクッと動いたかと思うと今度は位置を変えるようにモゾモゾと動く。


(あれ、なんか今動かなかったかこの枕?)


違和感を感じて中途半端だった意識を浮上させ、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。

少し白みがかった景色の中、自分を見下ろす碧色の双眸と顔にかかる柔らかいブロンドの長髪。

整った顔立ちの少女が浮かべる微笑みを前に感情がそのまま口をついて出る。


「ああ、綺麗だ」

「・・・えっ?」

「・・・あっ」


耳に届いた言葉に目をパチくりとさせた少女。その頬に僅かながら朱が差す。

対するカナタはというと自分の置かれた状況を理解できずにパニック状態い陥る。


(おい、ちょっと待て。これは一体どういう状況だ。っていうか俺は今何を口走った!)


どんな乱戦の中でも冷静に戦況を判断しテロリスト達を葬ってきた少年も、

色恋に関しては銃の扱いも知らぬ新兵以下のド素人となり下がった。

補給物資もなければ衛生兵もいない戦場に裸一つで放り出されたカナタは身動き一つ取れない。

かろうじて自分がレティスの膝の上で寝ているという事だけが認識できた程度だ。


(どうする!何を言えばいい!『お嬢さんあなたの膝は最高です』とでも言えばいいのか?)


頭の中では混乱が混乱を呼び、思考がまとまらない。

欲望だけがこの場所だけは動くまいとその膝の上を占領し続けるべく抵抗を続けている。


(ここは我々の占領地だ!誰にも渡さん!)

(無駄な抵抗はやめろ!これ以上は彼女に迷惑だ!)

(ええい!黙れ黙れ!断固としてここを明け渡すつもりはない!)

(止むを得ん。こちらも荒っぽい手段を取るしかないようだな)


脳内で理性と煩悩がB級戦争映画のような小芝居を繰り広げる中、

カナタを見下ろす目の前の少女がその長く綺麗な髪をかき上げる。

その仕草一つだけで理性、煩悩の両軍ともが一斉に降伏の白旗を掲げる。


「目が覚めて良かったですカナタさん」

「心配・・・かけたかな」


先程口にした言葉の件もあって、照れくさくてレティスの顔を直視できずに視線を逸らす。

だが今のカナタの頭は彼女の膝の上、逃げたそばから先回りされて顔を覗き込まれる。


「どうかしましたか?」

「~~~~~~っ!?」


声にならない悲鳴をあげてカナタは膝の上で小さく悶える。

恥ずかしくて逃げ出したいが逃げ出せない幸せな地獄。

バクバクと音を立てる心臓を必死に抑え込むように右手を自分の胸に添える。

その時、チラリと見た自分の傷だらけになっている右腕に目が留まる。

いつの間にか治療されたらしく血は止まったようだが大きな傷痕が今も痛々しい。

自分の腕を眺めるカナタの視線に気づいたレティスがその手に自身の手を重ねる。


「大丈夫です。傷は私が治しますから安心してください」

「いや、別に・・・」


「構わない」そう続けようとした言葉を飲み込む。

カナタの今までの人生において負った怪我など数知れず。

治りきらずに体に残った傷痕だって1つや2つではない。

今更傷が一つや2つ増えた所で気にするような繊細さは生憎と持ち合わせていない。

だが、目の前の少女の手の感触が心地よいので敢えて何も言わずされるがままになっている。


「少し我慢してくださいね」

「へ?我慢?」


突如レティスに告げられた言葉にカナタは少し嫌な予感を覚える。

歯医者が「痛くなったら言ってください」と言っているのと同じタイプの発言な気がしてならない。

内心焦るカナタの思いとは裏腹にレティスが目を閉じる。

すると2人の周りの空気が温度が下がり、ひんやりとした感覚が肌を撫でる。

1、2秒の感覚の後、彼女を中心に、周囲の空間にビー玉サイズの光の玉がいくつか浮かびあがる。


「これは?」

「私の神霊晶術で"セイクリッド・ゴスペル"と言います」

「しんれーしょーじゅつ?」


またしても聞き覚えのないキーワードだったが、なんとなく凄そうだという事は分かった。

空気中をフワフワと漂っていた光の玉がやがて意思を持ったようにカナタの右腕に集まる。

光の玉が次々とカナタの腕の中に吸い込まれるように消えていく。

一つ、また一つと体の中に入る度、右腕が熱を帯び、傷口を電気が走るような痛みを覚える。

痛みに腕を仰いで見れば、昨晩負った裂傷や擦過傷が僅かずつだが小さくなっている様に見える。

以前、獣の角の雷に焼かれた腕も同じ様に治癒されたのだろうとなんとなく思いながら腕を見る。

ただ、神聖な感じの名前とは裏腹に傷が再生していく様は極小の虫が無数に這っているように見え、

正直見ていたって気分がいいものではなく。むしろグロくて少し萎える。

やがて全ての光の玉が腕の中に消え、レティスの手を通じて徐々に伝わっていた熱が離れる。

レティスの手から解放された右腕を下ろして視界から外す。


「聖女様ってのはこんな事ができるんだな」

「えっと別にそういう訳でもないんですよ。たまたま私がこの力を持つ神霊の加護を得ているだけで・・・」

「ふ~ん。そういうもんなんだ」


言ってる事は相変わらずまるで分からないが彼女が特別なのは伝わった。

そうでなくともカナタにとってはこの世界における数少ない知り合いの中では、

現状彼女がブッチギリで特別な存在だがそれを言う度胸はない。

互いの息遣いが聞こえるほどの距離で彼女の顔を見上げ、先ほどからの疑問をぶつける。


「そういや俺ってばどうしてこの態勢なんだろ?」

「もしかして嫌でしたか?」

「んーにゃ全然。むしろ今なら死んでもいいぐらい」

「それは・・・困っちゃいますね」


苦笑するレティス。カナタとしてはまんざら冗談でもなかったんだが、

その先に続く気の利いたセリフは残念ながらカナタの乏しい表現からでは出てこない。

仕方がないので話を先程の流れに戻すことにする。


「でさ、このご褒美の理由って何?」

「ご褒美かどうかは分かりませんが、理由は・・・昨日カナタさんが最後におっしゃってたからでしょうか」

「え、マジで」

「はい。マジです」


悪戯っぽく笑うレティスから降りてきた言葉にカナタは顔を引き攣らせ、

最後の記憶を思い出すべく脳をフル回転させる。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



ダゴを倒した後、フラフラと集会所へと向かったカナタ。

集会所の中にいた女や子供、老人に野盗達撃退をしたと伝えた。、

その報は驚きと歓声をもって迎えられた。


「私達、助かったんだ!」

「やった!やったぁあああああ!」

「これでいつもの暮らしに戻れる」

「村のみんなに知らせないと!」


歓喜に沸く者達。その中の何人かが一刻も早く村の者に報せようと外に飛び出していく。

直後、外から上がる絹を引き裂く悲鳴。


「いやぁあああああ!」

「血が・・・血がああああ!」


外から上がった悲鳴に集会所の中にいた者達が騒然となる。

そういえば村中に野盗共の死体が転がったままだった。


「あっ、忘れてた」


外に出て行った者達の脳裏に一生消えないレベルのトラウマを植えつた可能性があるが、

疲れ果てたカナタはその状況をどこか遠くの世界の事のように感じている。

全身を包み込む倦怠感に眠りの世界へ意識が徐々に沈みこんでいく。


(流石に疲れたなぁ・・・ものすごく・・・眠たい)


そんな中、集会所の入り口傍の壁に寄りかかるカナタの下にレティスが歩み寄る。

袖がちぎれ、酷い裂傷を負った右腕に思わず声をあげる。


「大丈夫ですか!酷い怪我・・・早く手当てを!」

「ん?あ・・・ああ」


言われてみれば確かにダゴにぶっ飛ばされて結構なケガをしていた気がする。

痛みはあるはずなのに、今は全身を襲う睡魔のせいか特になにも感じない。

これってマズイ状態なのではとも思ったが、それすら眠気の前に呑まれて消える。


(大蛇の時より軽傷だから多分大丈夫だろ)


前回死にかけた事すらも忘れて寄りかかった壁に体重を預けて座り込む。

周囲が何やら騒がしいが、何を言っているのかはまるで聞き取れない。

ただ、必死な様子の目の前の少女の声だけは微かに聴きとれる。


「すぐ治療しますから!しっかりして下さい!」

「それはもう任せる・・・それよりも・・・」

「それよりも?」


虚ろな表情で目の間の少女を上から下まで眺めた後、軽く頷き、

戦いの中で考えていた事を頭の片隅から引っ張り出す。

今にも眠気で押しつぶされそうな意識の中でそれだけを言葉にする。


「眠いから寝ていい?後、寝床は・・・膝枕でいいから・・・じゃ、よろしく」

「えっ!それってどういう・・・」

「・・・・Zzzz」


カナタの言った言葉の意図が分からず問い返すが返事はない。

レティスが覗き込むと、壁にもたれ掛かったままの状態で寝息を立てるカナタ。

限界に達したその意識はそのまま眠りの世界へ落ちていった。




自分の中に残っていた最後の記憶を思い出したカナタは口を閉じ、

見下ろす少女から隠れるように、ゆっくりと両手で自分の顔を覆い隠す。


(確かに言ってた・・・バカじゃねえの!何やってんだ俺!)


先程とは別の理由であまりの羞恥に今すぐ死にたくなった。

ムードも色気も何もあったもんじゃない。

言っている内容が「眠たいから枕の代わりよろしく」と同義だ。

命のかかった戦いの最中に確かにそんな願い事を考えたりもしたが、

それも自身を鼓舞する為のもので一時的な考えだった。


(くっそー!あの時に戻って自分をぶん殴りてぇ!)


後悔先に立たずとはよく言ったものである。

そんなカナタの戯言レベルの発言を律儀にも叶えてくれたレティスにはもう感謝しかない。

同時に、こんな美少女の膝の上を独占できるなんて事はこれからの人生でそうそうないだろうという思いが湧き上がる。

その思いからもうしばらくこうしていようと開き直る事にした。


「ところでここってどこ?俺の最後の記憶と景色が違うんだけど」

「ここは教会の礼拝堂です。集会所周辺はその・・・」

「ああ・・そゆことね」


言い淀むレティスにカナタがその先の答えを直感的に理解する。

集会所や村周辺にはカナタが倒した野盗の血やら内臓やらがまき散らされている。

それに時間もそれなりに経過して元々臭かった野盗共が更なる悪臭を放っている事だろう。

見た目、精神的、肉体的にも衛生上良くない場所に怪我人を置いておくのはよろしくない。


「今、村の男性たちが片づけを行ってくれてます」

「そっか。なんか悪い気がするなぁ」


カナタのやった事の結果を他人に後始末させて申し訳ない思いの一方で、

村の男衆には悪いが片付けはお任せし、

今しばしこの状況を堪能するとしようとする思いに身を委ねる。


「他の村の人たちは?」

「皆、自宅の確認やら片付けの手伝いやらで出払ってます」

「なるほど」


多くの者が出払っている状況。つまりそれは、


「もしかして今、この場に2人っきりとか?」

「それは・・・」


カナタの質問に彼女の唇から言葉が紡がれるより前に、

長椅子に横たわっているカナタの傍に立つ小さな影に気付く。

なんとなく気配は感じていたから本当は最初から分かっていたのだが、

それでも希望を抱く浅はかな男のささやかな望みは粉みじんに砕け散った。


「ふしんしゃがせーじょさまをくどいてる~」

「くどいてる~」

「うるせ~よ。黙れジャリ共」


丸い目をくりくりとさせて喜色満面の笑顔を浮かべる子供たちに、

小さな願いを砕かれた男が少し苛立たし気に告げる。

この流れはなんとなく読めていたとはいえ残念な思いを抱かずにいられない。

悲しいオスの性である。


(そりゃそうだよな~。あんなスプラッタ映画同然の場所に子供を残しとく訳ねーもんな)


儚い理想と世知辛い現実を前にカナタは目の端に涙を浮かべる。

決してイチャつけなくなった事を嘆いたから出たのでははない。と思いたい。

そんなカナタの気持ちも知らず子供達が無邪気に走り回る。


「ふじゅんいせーこーゆーだー」

「ふじゅんだーはんざいだー」

「あまり燥いではいけませんよ」


膝の上のカナタをそのままにして騒ぐ子供達を窘めるレティス。

ガキの戯言とは言え、男女関係を疑われる発言の方は完全にスルー。


(もしかして俺って男として意識されてないんじゃ・・・)


考えていなかった可能性に思い至り急激に気分がブルーになる。

そんなカナタの表情の変化に気付かないレティス。

悶々とする思いを振り払うべくカナタは一つ決心する。


「いつまでもこうしてる訳にはいかないな・・・男として」

「はい?」


カナタの呟きにレティスが首を傾げる。

不思議そうに見下ろす彼女のふとももの辺りをポンポンと軽くたたいて合図する


「ありがと。そろそろ起きるよ」

「もうよろしいんですか?」

「ああ、大丈夫だよ」


少し、いや、かなり残念な思いを引きずりながらカナタが腹に力を籠めて体を起こす。

まだ全身に僅かな痛みはあるが思ったほどではない。

完治はしていないが傷口が薄くなった右手に力を込めて握ってみる。

指先にまで違和感なく力が伝わる感覚。どうやら問題はなさそうだ。

そのまま両膝に力を入れて立ち上がり、背を逸らして体をグッと伸ばす。


「よし。じゃあ俺も手伝いに行こうかな」

「ちょっと待ってください私も・・・」


自分も立ち上がろうとしたレティスだったが、

長く膝枕の大勢だったからか足元がふらつき倒れそうになる。

咄嗟に腕を差し出して彼女の体を正面から抱きとめるカナタ。

生地の厚い法衣の上からでも華奢な体の重みと柔らかな感触が伝わり胸が高鳴る。


(うぉおおおおおおおっ!生きててよかった~!)


心の中で感涙に咽びながらガッツポーズをするカナタ。

一方の腕の中に収まった少女は顔を真っ赤にし、慌てて身を離す。


「ごっごめんなさい」

「気にしなくていいって」


腕の中からなくなった感触を確かめるように指をワキワキ動かしてそう告げる。

今のリアクションから察するにどうやら男だと認識はされているらしい。


(良かった。色々とヨカッタ)


余韻を楽しむように目を閉じるカナタにレティスが首を傾げる。

とはいえ、いつまでも遊んでもいられないので行動をすべく踏み出す。


「んじゃ気を取り直してっと」

「待ってください」


レティスに遮られ、いきなり出鼻をくじかれる格好になったカナタの膝が折れる。

危うくつんのめりそうになる体を力を込めて留める。


「何?なんかあんの?」

「村長から目を覚ましたら連れてくるように言われてたんです。報酬の件で話があるそうで」

「あ~。なんかあったねそんな話」


レティスの言葉に戦いの前の村長との取引を思い出す。

今後の身の振り方を左右する重大な話のはずなのにどうにも気分が乗らない。


「バックレていい?」

「ばっくれ?よく分かりませんが行きましょう。皆はここに居てくださいね」

『ハーイッ』


レティスに手を握られ、有無を言わさず連行されるカナタ。

無抵抗に連れていかれるその姿は、子供たちの目にドナドナされる羊にも見えた。



  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  



礼拝堂を出て、外に出ると既に日は随分と高く。

自身が、長い時間眠っていたらしい事が分かる。

前を歩くレティスに手を引かれて村の中を進む。

遠方には黒煙が立ち上っており、僅かな異臭が鼻を衝く。

今まで何度となく嗅いで来た匂い。人の焼ける匂いだ。

方角などから恐らく運び出した遺体を村はずれの丘辺りで火葬しているのだろう。


「流石にこんな状態の村を子供に見せる訳にはいかないな」

「そう・・・ですね」


その言葉を最後に2人の間にしばしの沈黙が下りてくる。

どこか気まずい雰囲気。

今更ながら村の中で起こった出来事を考えると互いに言葉が出てこない。


(声掛けにくいなぁ~。当然といえば当然なんだけど)


極悪非道の野盗の一味とはいえ一応は人間。

それをあれだけ容赦なく殺しまくったんだから普通の人間ならカナタに恐れを抱いて当然。

実際に先程から何人かの村人とすれ違ったが、

幾人かはカナタから離れるように道の端へと移動した。

それを踏まえた上で、前を歩く少女がどう思っているのかが気になった。


「1つ聞きたいことがあるんだけど?」

「何ですか?」

「俺って怖い?」

「・・・・・」


なるべく相手を委縮させない様に明るく接してみるが、

訪れるのは再びの沈黙。カナタの問いかけに対する答えはない。

返す言葉が見つからないのか、この沈黙が答えなのか、

後ろを歩いている為、レティスの表情が分からずカナタには判断がつかない。

落ち着かずキョロキョロと辺りを見渡している間に村長の家の前にたどり着いた。


「着きましたよ」

「あっ、はい。どうもありがとうございます」


心なしか素っ気ない態度のレティスに思わず丁寧な口調になってしまう。

促されるまま村長宅に入ると中には村長と村人が2人。そして、


「チッ!生きてやがったか」

「フンッ!貴様の方こそ」


体のあちこちに包帯を巻いたリシッドが忌々し気にこちらを見ていた。

ダゴを倒す時、一瞬とはいえ協力したのが嘘のように睨み合う2人。

リシッドの傍らには室内の光を倍ぐらいに増幅しそうな程に輝く禿頭の男が立ち、

2人のいがみ合いを黙ってみている。


「ったく。誰かさんが不甲斐ないせいで随分苦労したぜ」

「私達の助力がなければ負けそうだったくせに何を言っているのやら」

「あんだと」

「やるのか」


互いの胸倉を掴み合ってギリギリと捻りあげる2人。

2人のやり取りを見ていた村長たちが乾いた笑いを浮かべる。


「まっまぁ、お2人とも落ち着いて」

「そうだな。こんなゴミ貴族様に用はないんだった。村長話を」

「村長。ガキの使いに駄賃は不要ですので早々に切り上げましょう」

「ははは、いやはや参りましたな」


しばらく2人の罵り合いに付き合わされる村長たち。

とはいえいつまでやってもキリがないので頃合いを見てカナタが用意された椅子に座る。

ようやく席に着いた事で村長も話を始める。


「では、本題に入りましょう。こちらをお納めください」


村長に促されて後ろに立っていた2人の村人が机の上に袋を置く。

エコバッグぐらいの大きさの袋の中をのぞいてみると、

金やら銀、銅の色をした三角や四角、円型の金属片が入っている。


「これは?」

「今回の報酬でございます。小さな村ですのでそれほど多くはありませんが」

「ああ、そうなんだ」


村長の言葉に再び袋の中の金属片へとカナタが視線を戻す。

難しい表情をして何やら考え始めるカナタ。

そんなカナタの表情に村長たちの間に不安の色が広がる。

何せ相手は単身で野盗を壊滅させた男、機嫌を損ねればどんな事になるか分からない。


「これでは・・・不足でしょうか?」

「・・・・・・・」

「村の被害も大きく、これ以上となると・・・・」

「・・・・・・・・・・」


目を閉じ、真剣な様子で考え込むカナタに周囲の緊張感が高まる。


「あの~」

「村長っ」

「はいっ!」

「まずは・・・」

「まずは?」


真剣なまなざしを向けられた村長が思わず息をのむ。

その雰囲気に周りの者達も緊張の面持ちで次の言葉を待つ。


「この硬貨(?)の価値について教えてもらえないかな?」

『・・・はぁっ?』


カナタの口から飛び出した予想外の言葉にその場にいた全員驚きの声を上げ、それ以上の言葉を失う。

まさか金銭を要求しておきながらその価値が分からないと言い出す輩がいるとは、

誰もが夢にも思わなかった事だろう。

周りの反応を受けて途端に羞恥で顔を真っ赤にしてカナタが俯く。目は完全に涙目だ。

内心では取引なぞと言い出した過去の己を呪い、今すぐこの場から逃げ出したくなっていた。


(まさか諭吉や一葉だけじゃなく英世すらいないとは!それどころかユーロでもペソでもマルクでも元でもドルでもないとは!いや、そもそも異世界なんだから地球の金があるわけないじゃん!なんでそれに気づかないんだよ俺のアホォオオオオオッ!)


目の前の机に頭を何度も打ち付けて悶絶するカナタ。

そんな彼に、この場に居合わせた者達が皆が憐れみの視線を向ける。

5分程そうして自己嫌悪に苦しみぬいたところで、

ようやく落ち着きを取り戻したカナタが顔を上げる。

平然を装っているが目元がウサギの様に赤くなっている。


「とりあえず・・・受け取った金から支払いを済ませたいんだが」

「支払い・・・ですか?」


予想していなかったカナタからの申し出に村長が目を丸くする。

居合わせた者達も意外そうな表情でカナタを見ている。

彼らの視線を気にしながらもカナタは言葉を続ける。


「ああ、まずは酒屋から買った酒と、薬師から買った薬、鍛冶屋から買った武器の代金」

「お待ち下さい。それらは村から提供させて頂いた物だと考えておりますので・・・」


村長の言葉をカナタは首を左右に振って遮る。


「そうはいかないんだよ。彼らにだって生活があるんだから」

「はぁ。そうおっしゃるなら・・・ですが」


村長がチラリとカナタの様子を窺う。

支払うにしてもカナタは勘定が出来ないのはこの場の全員が承知している。

金の価値の分からない相手であれば口裏を合わせれば差し出した金偽り、

余分に巻き上げることだって可能だ。

勿論村長にそんなつもりはないが、

徴収した額が適正でないと勘違いされて暴れられても困る。

どうしたものかと村長が頭を悩ませていると、

成り行きを傍観していた人物が一歩前に出て手を上げる。


「ここは私が間に立って勘定を行いますがよろしいでしょうか?」

「ダットン。おまえ」

「誰、このハゲ?」


名乗りを上げたのはリシッドの部下の1人。ツルリとした禿頭が特徴的な男。

訝しがるカナタの前に男は軽く会釈して見せる。


「自分はダットン。リシッド隊長の部下で、隊の金庫番をやってるもんですよ」

「はぁ」

「カナタさんはどうやらお金に無知らしいから自分がお手伝いしますよ。村の人間でもなければカナタさんの関係者でもない中立の立場ってやつですからねぇ」

「金に・・・無知」


初対面同然のハゲ男に無知と言われたことがショックだったらしく、

カナタの表情が目に見えて暗くなる。

気落ちするカナタを余所にダットンが村長から購入した物品の詳細を確認し、

カナタの許可を得ずに勝手に袋から金属片を取り出し支払っていく。


「これと・・・これと・・・これで7ガノに22フォルと73ビーツ丁度!」

「はい。確かに」


ダットンが受け渡した金額を村長が受領する。

金庫番だけあってダットンの計算は素早く的確であった。

価値の分からないカナタでもその会計が正確であったのだと雰囲気で察する。


「では、これですべての支払いが完了ですね」

「いいや、まだだ。まだ残ってるよ」

「へ?ですが購入した分の額は確かに頂戴しましたが」


カナタの言葉に村長を含めて皆が揃って首を傾げる。

その中でダットンだけがカナタの思惑をいち早く理解する。


「まさか・・・正気ですかカナタさん。それだと金がなくなるどころか完全にマイナスですよ」

「構わない」

「はぁ、わかりましたよ。村長さん、村の方の被害はどれほどに?」


カナタとダットンの間で成立しているやりとりについていけない周囲を無視し、

ダットンが村長へと尋ねた。


「えっええ、狩人が数名ケガをしましたが、人的な被害はゼロです。ただ数件の家が破損や倒壊しておりまして・・・」

「その被害総額は?」

「大体ですが・・・43ガノと150フォルぐらいかと・・・まさか!」


ここまで話を聞いていた場の全員がここでようやくカナタの意図を理解した。

そう、戦闘で生じた被害総額を全て自身が負担すると言っているのだ。

これには村長も両手を前に出して否定する。


「流石に村の恩人にそのような事をお願いする訳には・・・」

「違うよ村長。それは間違いだ。これは俺と村との取引でありビジネスだ」

「びじねす?」

「用は約束だ。約束の内容は俺が野盗を片付けてその見返りに金を貰う。そうだったよな」

「はい。その通りです」

「じゃあ村に被害が出たのは、そうなる前に奴らを仕留めきれなかった俺の責任って事になる。つまり村に出た被害は俺に負担する義務があるってことだ」

「それは・・・」


はっきり言ってしまえば暴論だった。

村に勝手に攻め入ったのは野盗達だし、それを止められなかったからといってそこにカナタが責任を感じる理由はない。

だが、目の前の少年はそれすらも自分の手の中に抱え込もうというのだ。

驚きに目を見開く村長を前にダットンとカナタが話し合いを始める。


「しかし、そうなると手持ちの金では足りなくなりますね」

「確か懸賞金出てるんだよなあいつら?」

「ええ、三人揃って500ガノという超高額の賞金が」

「じゃあそれで支払いって事にしたいんだけど」

「それだとカラムク領の領主の所まで証拠品を持って行かないと受け取れないですね」

「遠いのそこ?」

「それは・・・」


ダットンが黙って聞いていた自分の上司の方に向かって視線を投げる。

その視線の意図を理解したリシッドはわざとらしくため息をつく。

ジロリとカナタの方を見て、少し考えた後、ダットンの言わんとした言葉を引き継ぐ。


「ここから東への村三つ超えた先にカラムク領主の街がある」

「つまりそこに行けばもらえると」

「そういう事だ。そして・・・」

「それは私たちの今後の移動ルートに含まれています」


リシッドの言葉を遮ってレティスがそう告げた。

レティスの横やりに少し意外そうな表情を浮かべて後、リシッドは黙り込む。

どうやらレティスの今後の動向をカナタや村の者に知られたくなかったらしい。


「じゃぁついていっていい?」

「ダメだ」

「おまえには聞いてないんだよボケ貴族」

「護衛任務の指揮官として認められない。絶対にダメだ」


頑なとして認めようとしないリシッドに、席を立ったカナタが詰め寄る。


「頼りないクソ貴族様の代わりに俺が守ってやるって言ってんだよ」

「いらん。余計なお世話どころかいい迷惑だ。行くなら1人で行け」


歯をむき出しにして睨み合う2人の間にレティスが割って入る。

その宝石の様な瞳がカナタを見据える。


「一緒に行きましょうカナタさん」

「いいの!」

「聖女様!」


レティスの言葉に満面の笑顔になるカナタと対照的に納得いかない様子のリシッド。


「予定より遅れが生じてしまい、少し急ぎの旅になります。心強い味方は1人でも欲しいのです」

「でもこの男は素性が!」

「大丈夫でしょ。むしろ金勘定もできないまま放りだして途方に暮れた挙句、野盗にでもなられる方が厄介ですよ」

「ダットンおまえまで!」


味方だと思っていた2人にそこまで言われてリシッドはそれ以上の否定の言葉が出てこない。

一方のカナタはダットンの言葉に傷ついたらしく暗い顔で俯いている。


「ハハッ。どうせ俺は金も満足に数えられないボンクラ」

「・・・」

「とにかくです。これで方針は決定しました!村の被害分の金銭はカナタさんの懸賞金で保障。そして懸賞金を受け取れるカラムク領主の下まで私達と同行するという事にします」

「仰せの通りに聖女様」


こうして村長宅での取引は予想外の結末を迎え、カナタはカラムク領主のいる街を目指す事となった。

その後、村長宅で細々とした話し合いが行われ、終わった頃にはすっかり陽が落ちていた。


村長宅からの帰り道。

リシッド、ダットン、レティス、カナタの順に4人が並んで村を歩く。

先頭を歩くリシッドの手に持った小さな松明の火が揺らめく。


今夜がこの村で過ごす最後の一日となる。

カナタにとっては異世界で最初に他者と交流した感慨深い場所である。

その場所から離れるのを目前に少し寂しいような気分になる。


「ここからがスタートかな」


未だこの世界には分からない事や知らないことばかりで、

生きていく為には他者の協力はなくてはならない。

それを考えれば、この国においてある程度地位のあるレティスの様な人間と関わりが持てた事は僥倖と言えるだろう。

リシッドも貴族らしいのでそっち方面の繋がりも欲しい気はするが、

リシッド相手に下手に出るのは正直、気が進まない。


(向かう先のカラムク領の領主と今回の件で繋がりを持っておきたいところだな)


とりあえず自分の生活の基盤を構築し、今後の身の振り方を落ち着いて考えたいところだ。

その為にもまずは金だ。あの三兄弟は相当な賞金首だったらしく貰える額は大きい。

この村の被害保障に回しても十分な余裕がある程だ。


(とりあえず村への支払いの後で色々考えよう)


大雑把にだが今後の道筋を考えたところでカナタが自分に向けられた視線に気づく。

視線の先を追っていくと前を歩いていたはずのレティスが隣にいた。

何か言いたそうにしているが中々言い足せないでいる様子。

遠慮などしなくてもいいのにと思った後、こちらから切っ掛けを作る事にした。


「レティス様はこの俺に何か御用でしょ~か?」

「いえ、あの・・・さっき村長の家での事で・・・」


何やら歯切れの悪いレティスの口調。カナタは努めて明るく先を促す。


「いいよ遠慮とかしなくて、俺とレティス様の仲じゃない」

「貴様と聖女様の間に気安く接してよい仲などない」

「テメェには話してねぇよクソ貴族様」


突如横やりを入れてきたリシッドとカナタの視線がぶつかって火花を散らす。

カナタの言葉を受けたレティスは足を止めてカナタを向く。

真っ直ぐにカナタを向き口を開く。


「この度は私達を・・・いえ、村を救っていただいてありがとうございました」

「あ、うん。はい」


言葉と共に仰々しく頭を下げるレティスにカナタも戸惑う。

2度目となる感謝の言葉だが、言われて慣れていない事は相変わらずとして、

昼間に接していた彼女との間の距離感の違いに少し残念な思いがした。


(もっと昼間の時みたいな気安い感じで接してくれていいんだけどなぁ)


そんな事を思いながらチラリと視線を移すと、

リシッドとダットンも同じ様に頭を下げていた。

リシッドの方からは心底不本意であるといった気配がにじみ出ているが、

それでも頭を下げたという事はそれが彼らの本心なのだと理解するには十分だった。


「本来であればこの様な場所ではなく、正式な機会を設けてお礼を・・・」

「いいっていいって、むしろそういうの俺が困るからさ」


レティスの言葉を遮ってカナタがその先を制する。

恐らく村長たちがいる前で言わなかったのはリシッド達の面目を思っての事だろう。

村人を守ったとはいえ、実質の戦果のほとんどがカナタ1人の手によるもの。

だが、それを認めてあの場でカナタ1人を褒め称えれば、命を賭して戦ったにもかかわらず、

たった1人の戦力にすら及ばなかったと彼らは無能のレッテルを張られかねない。

村長たちはそんな事を言うような人物ではないだろうが、

人の話等どこでどう伝わるか等分かったものではない。

それでも、せめて感謝の思いを伝えたくて人目のない道の真ん中になったのだろう。


「本当に気にしないでよ。俺にも俺の事情ってやつがあったわけだしさ」

「ですが・・・村の被害の保証まで受け持っていただいて私たちは」

「それこそ俺の取引の問題だよ。先に被害保障についてまで取り決めをしてなかったんだからさ。いや~失敗失敗」


勿論嘘だ。カナタの傭兵時代に会社が交わした契約書の内容などは多少頭に入っている。

そこには輸送の護衛などで被害が出た際の会社側の負担額等も明記されていた。

それをベースに考えた場合、今回は単身での防衛である為、村に被害が出る事は想定の事態。

保障が発生する可能性は十分にあった。被害額の方に関しては最初から頭に入れていない。

それでも保障するようにしたのは、話の中で懸賞金が高額である事を事前に知っていたからそれに賭けたにすぎない。

万が一足りなかったらどこかで雇ってもらって返済しようと思っていた。

ともあれ概ねが思惑通りに進んで良かったと今更ながら安堵する。


「それよりさ。今日からしばらく世話になるんだからもっと気楽にいこーよ」

「それでいいんですか?」

「ああ、もちろん。むしろ堅苦しくされると息が詰まる」


カナタの言葉にレティスはこの話題を終わらせることにした。

それが今、目の前の恩人の望みであるのだから、


「わかりました。では明日からは旅の仲間ですね」

「後で皆にも紹介しないといけませんね」

「やれやれ、厄介者が増えるのは勘弁願いたいんだが」


カナタの言葉で堅苦しい空気から解放された3人がカナタを迎える。

1人は随分と嫌そうだが・・・。


「クソ貴族様は後3時間ぐらい頭下げてろ」

「あっ?調子に乗るなよ!」


飽きもせずにギャアギャアと言い争う2人を見て、ダットンが呆れ、レティスが可笑しそうに笑う。

散々言い争って無駄な時間と体力を消費した後、4人が教会に戻る。


「随分と遅かったじゃないか」

「そこのお2人がいつまでも馬鹿みたいに喧嘩するんで無駄な時間をとりました」

「ダットン!おまえ隊長に向かって!」

「ハゲ!このクソ貴族と一緒にするなよ」


出迎えたシスターの前でダットンの吐いた言葉に文句を述べるアホが2人。


「やれやれだね全く」

「フフフ」


呆れるシスターと可笑しそうに笑うレティス。

どうやら彼女の笑いのツボは少し変わっている様だと思いながら目の前の金髪と言い争う。

そこへシスターの足元を勢いよく子供たちが走り抜ける。


「おかえり~せいじょさま~」

「おかえり~ふしんしゃ~」

「おかえり~つるっぱげ~」


出迎えの言葉をあげて走り回る子供たちの無邪気さよ。

だが、カナタの呼び名は相変わらずの"不審者"の模様。

そこに我が意を得たりといった様子で勝ち誇った顔をするリシッド。


「お出迎えだぞ。不審者様」

「うっせぇ!てめぇは呼ばれてすらいないだろうが!」

「自分の呼び方酷くないですか?」

「ほんっとに学習しない男どもだよ」

「アハハハハハ」


こうして迎えられた教会の中でカナタにとっては最初で最後の食事をする。

固いパンと味の薄いスープではあったが、レティスやシスター達と一緒の食事はどこか暖かく。

カナタの心に暖かさで満たすものだった。

楽しい食事を終えた後は割り当てられた部屋で眠気の誘うままに眠る。


やがて山間から陽が昇り、別れの朝が来る。

カナタにとって未だ先の見えない未来に向かう為の旅立ちの日だった。

非戦闘回。カナタさんの旅ここに始まる!って感じですかね

今回は冒頭のイチャイチャがメイン回です。

次回はガノン王国関連の説明回の予定です。


さて、今月唯一の連休に入ったので

精を出して話を進めようと思います。

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